星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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終盤に入ってるので、ちゃっちゃと進めましょう。

楽しんでいただけると嬉しいです。


かくして愚者は聖者となりて

 

 

「──はっ!?」

 

 

 

 前触れなく意識が戻り、反射的に飛び起きる。

 

 その反動でぐらりと意識が一瞬遠のき、体にかかっていた何かを握って姿勢を保った。

 

 数度頭を振ると、痛みは引いていく。視界がはっきりしたところで周りを確認した。

 

「ここは……俺の使ってた客室?」

「おお、フール殿! お目覚めになったか!」

「……スペンサーさん?」

 

 横を振り向けば、そこには椅子に座ったスペンサーさんがいた。

 

 彼は安堵した顔で胸をなでおろし、こちらに柔和な笑顔を向けてくる。

 

「心配しましたぞ。よもやあの場で倒れるとは思いませんでした」

「ああ……どれくらい眠っていましたか?」

「半日というところです」

 

 半日か……そういえば、疲労と魔力枯渇で気を失ったんだったな。

 

 シンセイを体から抜いたせいでもあるだろう。あいつがいることに慣れすぎていた。

 

 いや、俺のことはいい。

 

「それで、どうなりました?」

「現在、兵を集めております。あと一日もあれば五千は集まりましょう」

「……そう、ですか」

 

 一日も保つだろうか? 

 

 おそらくコウキは、クーネ王女を連れて王都まで帰還するか、単身で帰ってくるはず。

 

 なんとも奇妙な考え方だが、天之河光輝の……彼の力は大きい。それこそ勇者として召喚されるほどに。

 

 その力無しに、ろくな戦力のないアークエットだけで一日も数千の《暗き者》に立ち向かえるだろうか? 

 

 くっ、一人じゃ何もできない自分が久々に恨めしくなった。

 

「……悩ましげですな」

「顔に出ていましたか」

「いえ……ですが、そうですな。今朝のことも含め、ますますフール殿を信頼しました」

 

 突然の言葉に、きょとんとしてしまう。

 

 すると彼は朗らかに笑い、それから俺より幾分も大人らしい穏やかな目を向けてきた。

 

「私も戦乱の中で、無駄に長生きしてきたわけではない。人を見る目にはそれなりに長けているつもりですが……貴方の目には〝嘘〟が一切ないですな」

「……時々、自分を誤魔化す為の嘘はつきますがね」

「それは必要だからでしょう? 確かに勇者様とは違いますが、しかし筋が通っていて誠実だ」

「……照れますね」

「はっは、貴方もそんな顔をしなさるか」

 

 本心からの呟きだった。

 

 自分より倍は生きているだろう人物にストレートに褒められると、なんとも面映ゆい。

 

 だけど、これまで悔い改めて生きてきた人生が正しかったと言われているようで嬉しかった。

 

「それを見極めたから、筆頭文官殿も許したのでしょう」

「許した?」

 

 何を、と聞こうとした途端、スペンサーさんの背後から何かが飛び出してきた。

 

 驚いて体が強張り、身構える間も無くその小さな影は俺の眉間に真っ直ぐ突き進んできて──

 

「あいたっ!?」

 

 な、なんだ? 今の感触、なんだか覚えがあるような……

 

 

 

キャハハハ♪ キャハハハハ♪ ゼイジャク ゼイジャク♪ 

 

 

 

 

「って、お前かよ!」

 

 目と鼻の先には、ゆらゆらと羽音もなく揺蕩う青目の黒いムシ。

 

 アーティファクトとともに預けたはずの相棒は、俺を見てケタケタと笑っていた。

 

「ここまでして危機を知らせてくれたのだから、と。相棒殿はそのままにしておくことになりました」

「……ありがとうございます」

 

 どうやら、故郷に帰れなくなる覚悟と引き換えに少しだけ信頼を得られたようだ。

 

 とりあえずシンセイを体内に戻すと、その力が全身に張り巡らされて同化し始める。

 

 ぼんやりと体の芯に残っていた気だるさが、瞬く間に消えていく感覚がした。

 

「ふう……ん?」

「どうされました」

「いや……」

 

 何か……聞こえる。

 

 シンセイの力を取り戻した途端に、微かな気付きのような何かを感じた。

 

 

 

 

 目を閉じ、自分の中に意識を集中する。

 

 その感覚の出所を探り、やがてそれがギリギリで途切れていなかった陰狼の力だと気付いた。

 

 これは……呼びかけ? 何かを叫ぶような声が、魔力のパスを通して伝わってくる。

 

 数度〝魂飛ばし〟を使ったからだろうか。以前よりもその感覚がよく掴めるようになっている。

 

 そしてそれは……決して良くないものだ。

 

「……スペンサーさん。俺の体をお願いしてもいいですか」

 

 一度開眼してそう尋ねると、少し不思議そうにした後、彼は目の色を変えた。

 

 詳しいことを説明しないまでも、俺の雰囲気から感じたのだろう。

 

「あちらで何か?」

「わかりません。ですが、誰かが俺を……呼んでいる」

「……承知した。このスペンサー、全霊をかけてフール殿の体をお守りしましょう」

「心から感謝します」

 

 一度は起き上がらせた体を、ベッドの上に横たえる。

 

 再び目を閉じると、何も言うこともなくシンセイが自分の力を活性化させてくれた。

 

 その力に身を任せ、自分から遠く離れたアークエットへと伸びる魔力の通路を意識する。

 

 

 

 

 

 次の瞬間、俺の意識はその道を一瞬にも等しい時で駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「──、────い、きこ──る──か!」

 

 最初に、声が聞こえた。

 

 それは先ほど感じた気付きの正体だとすぐに悟る。素早く陰狼と意識の同調を進めた。

 

 数秒ほどして、仮初めの五感が意識に馴染むことを確認した俺は、目を見開き……

 

「おいっ、聞こえてるか!? もし聞こえているのなら、頼むからこっちに来てくれッ!!」

 

 陰狼に向かって、見たこともないような形相で叫ぶコウキを捉えた。

 

《……今、魂を同調した》

「っ! よかったっ、来てくれて助かった」

《何があった?》

 

 尋ねれば、彼は口を噤む。

 

 ……その表情は、〝悪意感知〟など用いずとも、それを見た誰もが分かるほど負で満ちていた。

 

 恐怖。後悔。苦悩。嫌悪。怯え。悲観。絶望。数え上げればきりがない。

 

 なぜだ。どうして君は、そんな顔をしている? 

 

 

 

 俺は、陰狼を動かし周囲を見渡す。

 

 コウキと俺を、不思議そうに、同時に切羽詰まった顔で見るクーネ王女やスパイクさん、ロスコーさん達。

 

 聞こえてくるのは、阿鼻叫喚の声。

 

 人々が逃げ惑い、泣き叫び、怒鳴り散らして死にたくないと訴える地獄。

 

 魔力で編んだ獣の体に感じるのは、数千──否、万の〝何か〟が地響きを伴い、行進する鳴動。

 

 その音に恐怖するように体を震わせる、膝をついたコウキの腕にしがみつく幼い男の子。

 

 最後に空を見上げ──そこに輝く光の聖堂を見て、俺は全てを理解した。

 

《──コウキ。まさか君は》 

 

 彼を見る。

 

 コウキは、いろんな感情でぐしゃぐしゃになった顔で無理矢理に笑った。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん。やっぱり俺は、救いを求める人を見捨てられない」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 …………あぁ。

 

 

 

 やっぱり、君は、俺と同じ。

 

 

 

 俺とは違う、〝天之河光輝〟なんだな。

 

 

 

《それが、君の〝唯一〟か?》

「……わからない。この選択が、正しいとも、間違いだとも思えない。きっとこれは、俺の〝穴〟にはめ込む何かじゃない」

 

 でも、と彼は立ち上がって。

 

 聖剣を静かに引き抜き、大通りの向こう──そこにいるだろう敵を見据えて。

 

「ヒーローに、なりたかったわけじゃない」

《……ああ》

「誰も殺しくない……死にたく………………ない」

《…………ああ》

「けど、さ…………けど、俺は」

 

 

 

 

 

 助けを求め、伸ばされた手を打ち払うことはできないんだ、と。

 

 

 

 

 

 ……ああ、知ってる。知ってるさ。

 

 その思いを、ありとあらゆる後悔と苦悩の果てに、がむしゃらに掴み取った〝勇気〟という選択を。

 

 俺が〝唯一〟の為に絞り出したその勇気を、彼は〝名も知らぬ誰か達〟の為に振るうと決めたのだろう。

 

 

 

 色々な言葉が思い浮かんだ。

 

 君にも〝大切な誰か〟がいるのだろうと。それを天秤の傾かなかった方にして良いのかと。

 

 それは彼自身がよくわかっているのだろう。

 

 だって、分かっていなければ……あんなに辛そうで、苦しそうで、怖そうな顔はしない。

 

 身勝手な機体に押しつぶされそうな顔で、目に見える〝死〟に、今にも泣き出しそうな顔で、それでも選んだのだ。

 

 だから、それを尋ねることは侮辱でしかない。押し付けるだけの傲慢でしかない。

 

 彼の覚悟を汚すことで、俺の過去を否定することに他ならないのだ。

 

 だったら。

 

《俺は、何をすればいい?》

 

 せめて、彼と同じ〝天之河光輝〟として。

 

 俺にできることをしなくてはいけない。

 

「彼女達を。どうか、頼む」

「──っ」

 

 クーネ王女が、リーリンさんが、スパイクさんが息を呑む。

 

 もう俺が影狼の中にいることは分かっているのだろう。コウキと俺を交互に見て、悲痛そうに顔を歪ませている。

 

 それは、俺への独白じみた、彼の本心を聞いたからなのだろうか? 

 

「お前ならできるだろ?」

《……任せろ》

 

 

 

 

 

 グルルルルルッ!!! 

 

 

 

 

 

 影狼への魔力回路を最大開放。

 

 全魔力の五割を投与。臨界点まで性能を強化。

 

 影狼を一気に七メートル大まで巨大化させた。その場にいたコウキ以外の全員がどよめく。

 

 気にすることなく、俺は二つに別れた尻尾や口を使ってクーネ王女達を影狼の背に問答無用で乗せた。

 

「待ってっ! 待ってくださいお兄さんっ! 勇者様が──」

「──行くんだ、クーネ。なるべく早く救援を待ってるよ」

 

 そして、天之河光輝は聖剣を高らかに掲げた。

 

 

 

 

「神意よっ、全ての邪悪を滅ぼす光をもたらしたまえ!」

 

 

 

 詠唱が始まる。聖剣が光りを放ち、【聖絶】に目を奪われていた周辺の人々がそれを見上げた。

 

 

 

「神の息吹よっ、全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たしたまえ!」

 

 

 

 光の嵐とも呼ぶべき魔力の渦がコウキを中心に乱舞し、誰もが息を呑む音がした。

 

 

 

「神の慈悲よっ、この一撃を以て全ての罪科を許したまえ!」

 

 

 

 荒れ狂う光が全て、聖剣へと収束する。

 

 影狼を通じて感じられる、都市の外に群がる《暗き者》達が動揺するように各地で蠢く。

 

 背中でクーネ王女が暴れる。抑えようとするスパイクさんとリーリンさんごと下半身を沈ませた。

 

「────。」

 

 最後の瞬間、コウキがこちらを見た。俺は彼へと頷く。

 

 弱々しく微笑んだ彼は前を向き、それを見届けるために俺も開かれた大門へと目を移す。

 

 左右へと開かれた門の向こう、そこに大地を埋め尽くさんばかりに揃う《暗き者》達へ──

 

 

 

 

 

「──【神威】ッッ!!!」

 

 

 

 

 

 純白が、世界を染め上げた。

 

 擬似的な視界は塗り潰されるが、その凄絶な轟音と突き進む魔力の大奔流だけは捉える。

 

 それは一瞬の出来事。防ぐ以前に、光を認識したか否かという刹那に《暗き者》達が滅ぼされた。

 

 

 

 

 

 やがて、光が徐々に消えていく。

 

 音が、色が世界に取り戻された時、そこには大通りを越え、地平の彼方まで続く嵐の跡があった。

 

 誰もが呆然と、魔力の大量消費に膝をついたコウキでさえも目を見開く中、俺は《暗き者》の中に出来た道を見据える。

 

 四肢に力を込める。無いはずの腹に力を込め、姿勢を低く身構えて。

 

「っ、お兄さん、待っ──」

「行けぇッ!!!」

 

 

 

 疾走する。

 

 

 

 誰よりも速く。何よりも疾く。

 

 風など置き去りにして、臆病な少年がたった一人で作ってくれた希望へと駆け抜ける。

 

 それが、彼を絶望のどん底に残していく愚か者が、たった一つしてあげられることだから。

 

「勇者さま! 死んだら、殺してやりますから! 絶対に生きてないとっ、酷い目にあわせますからっ!! クーネはっ、やると言ったらやる女ですぅ!!」

 

 ……っ、クーネ王女の叫びが心に突き刺さる。

 

 偽物の歯を食いしばって、彼の期待に答えるために王都の方向へ走った。

 

 何事か喚いていたクーネ王女が、しばらくアークエットから離れるとふと静かになる。

 

 少しだけそちらに意識を向けた瞬間、彼女は首元のヴァーゲを抱えるように覆い被さってきた。

 

「お兄さんっ! 勇者さまを、勇者さまを助けることはできないんですかっ!」

 

 ……俺は、走る。

 

「守るって言ってくれましたよね!? お姉ちゃんも勇者さまも、いざという時は連れて逃げるって、そう言いましたよねっ!? なのにっ、なんで!?」

「クーネ様っ」

「どうか堪えてくださいっ、フール殿もきっと……っ」

 

 

 走る。

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 

 

 走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る走る。

 

 

 

「なんで、なんでぇっ」

「っ……」

「? リーリン……?」

「……クーネ様。彼の顔を」

「え? …………ぇ」

 

 

 

 走る走る走る走る走る、走る、走る、走、る…………

 

 

 

 

「血の……なみ、だ………………?」

「「………………」」

「お兄、さん……?」

 

 

 

 

 

マズイ マズイ ヤドヌシ、コノエサハマズイ

 

 

 

 

 

 走って、走って、ただ、ただ、それだけを考える。

 

 

 

 だって、俺は、俺には。

 

 

 

 走ることしか、できない……っ!! 

 

「…………ごめんなさい、お兄さん」

「……クーネ様」

「…………」

「クーネは、クーネはただ……でも……でもっ……本当に、ごめんなさいっ……」

 

 

 

 

 

 このまま、俺の魂がすり減ってしまってもいい。

 

 

 

 四肢が砕けても、本当の俺の体が弱りきってしまっても、それでも。

 

 

 

 それでも、やらなければならないことがある。

 

 

 

 

 

 

 

 彼女達だけは絶対に、送り届けてみせるッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 日が暮れ、太陽が地平の中に落ち、また朝日が登っても、俺は走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 少しの時間しか意識を飛ばせない……飛ばしてはならないという条件を、いつしか忘れるほど走った。

 

 きっと本当の体でも、ここまで走るという行為だけをしたことは一度もないだろう。

 

 やがて、魔力の供給に回復が追いつかなくなった影狼が少しずつ削れ、痩せ細っていき。

 

 最初に指が欠け、次に尻尾が腐り落ち、目が片方眼窩から零れ落ちて、後ろ足の片方が砕けても。

 

 進み、進み、進んで──シンクレア王都に辿り着いた。

 

 

 

 

 

 そこで、俺の意識は深い深い闇の中に落ちていった。

 

 

 

 

 

 そうして落ちた〝黒〟の中は、とても暗かった。

 

 光も闇もなく、ただただ黒いだけの穴の底。

 

 そこでは何もかもが無くて、やがて自分の(そんざい)も溶け始めて。

 

 なんだか気持ちの良いその虚無感に、自分から身を委ねようとする。

 

 

 

 

 

オキロ

 

 

 

 

 

 その時、俺は左肩の鋭い痛みで〝黒〟から引き上げられた。

 

 

 

「…………ぁ、う」

 

 

 

 ゆっくりと、目を開く。

 

 ゆっくりにしか開けなかった、というほうが正しいのか。

 

 まるであの時のように酷く、瞼も体も重い。体を動かすための神経が全て死んだかのようだ。

 

 それでも、生きているというその確証だけは得られた。

 

 

 

「な……んで……」

 

 

 

 まだ、生きているのだろう。

 

 影狼への〝魂飛ばし〟は、その消耗が行きすぎれば魂が肉体から乖離して、消えてしまう。

 

 あれほど彼女のところに帰りたいと思っていたのに、自分でも驚くほど無意識的にそれを許容した。

 

 でも、生きている。何故だ。運が良かったのだろうか。

 

 

 

ソンナワケガナイ

 

 

 

「しん……せ……い……」

 

 …………ああ、そうか。お前が助けてくれたのか。

 

 そうか、そうだよな。元々お前がいてこの力は成立してるんだ、お前無しじゃ生きてるはずがない。

 

 ありがとう。なんだかんだと言ってるけど、お前が俺の中にいて良かったよ。

 

 

 

コマル コマル エサニサナレタラ コマル

 

 

 

 はは、そうだな。俺の悪感情はお前の餌だもんな。

 

「んぅ……」

「うん……?」

 

 なんだ。隣から声がする。

 

 普段とは比べ物にならないくらい緩慢にそちらを見ると、掛け布団の上に人が上半身を投げ出していた。

 

 眠っていたのだろうその人物は、声を漏らしたと思えば身じろぎをする。目が覚めたらしい。

 

「んぁー……はれ、寝ちゃってましたか…………」

 

 その人物が起き上がるのに伴って、広がっていた〝黄金の髪〟が引き上げられ、そして顔が露わになる。

 

 小さな体。まだ幼くも姉と似て整った顔立ち。

 

 それを普段は一番彩っている溌剌な瞳を眠たげに揺らす彼女は、目元を擦って眠気を払う。

 

 程なくして多少意識がはっきりしたのか、ふとこちらを見て──

 

「……え?」

「やぁ……おはよぅ……王女でん……」

「お兄さんっ!!!」

「おぐぶっ!?」

 

 こ、この幼女、死にかけて起きたばっかの人間にダイブしてきやがった……! 

 

 その場で飛び上がって覆い被さってきたクーネ王女に、弱り切った体は強く反応する。

 

 具体的に言うと、跳ね除けたくても動くに動けないので、死にかけの魚みたいに痙攣することになった。

 

「わわっ!? どうしたんですかお兄さん!? そんな陸に打ち上げられて死にかけた魚みたいに動いて!」

「この、王女……! いいからさっさと、どいて、ぐはっ……ください、王女……!」

「あっ、そうでした! すみません、うっかり感情が爆発して!」

 

 てへぺろ顔が腹立つ……っ! 

 

 とはいえ、彼女も流石にすぐ体の上から退き、俺は十数分かけて息を整える。

 

 その頃には体も少し動くようになって、頭上の壁に背中を預けながら体を持ち上げた。

 

「……クーネ、王女。俺だから死ななかったものの、普通の人間には致命傷どころかトドメを差してますからね」

「いやその、それはお兄さんの頑丈さを信頼していたといいますか」

「嘘つけこの王女。目が泳いでるぞ、絶対今考えただろ王女」

 

 ヘタな口笛を吹いてそっぽを向くクーネ王女。なんか俺に悪質な悪戯をした後のあいつに似てる。

 

 はぁ……ますますあいつには会わせたくなくなったな。いや、事情説明は絶対強制だろうけど。

 

「って、そうじゃなかったっ。クーネ王女、アークエットはっ! コウキはどうなりましたか!?」

「お、落ち着いてくださいお兄さんっ。ちゃんと説明しますからっ」

 

 っ、危ない。思わず身を乗り出して問い詰めてしまった。

 

 大人しくベッドの上に戻ると、胸に手を置いて深呼吸したクーネ王女はこちらを見て真剣な顔を作る。

 

「昨日、お姉ちゃんが率いる救出軍がアークエットに向けて出軍しました。数は六千。強行軍ですから、今日中には到着すると思います」

「そう、ですか……」

 

 ……それなら、まだ希望はあるだろう。

 

 ちゃんと軍が出たことに、ひとまず安堵する。

 

 

 

 

 その後のクーネ王女の話によると、こうだ。

 

 まず、アークエットの状況を把握する。おそらくコウキは俺が眠りこねている間も奮闘しただろう。三千程度は削れたはずだ。

 

 残っている《暗き者》の数を確認し、それによっては籠城戦を行うそうだ……コウキの生死も確かめた上で。

 

「クーネは、お留守番を言い渡されてしまいました。王都に王族が一人もいない状況を作ってはいけないですからね」

 

 彼女にしては珍しく、病み上がりの俺を気遣ってか冗談じみた口調でそう言ってくる。

 

 その目元は赤く腫れている。不安や心配で涙を流したのかもしれない。

 

 俺は、そんな彼女の頭に手を乗せた。

 

「……なんですか?」

「大丈夫ですよ。強がらなくても」

「っ……」

 

 少し目を見開いたクーネ王女は、そのまま俯いて震え始める。

 

 姉が戦場に行ったこと。コウキとアークエットの民を置いてきたこと。

 

 不安だろうに、聡い彼女はそれを隠してしまう。もしかしたら俺のこともその一因かもしれない。

 

 無言で震えるクーネ王女に、俺は窓の外……王都の街並みの遥か向こうへと思いを馳せた。

 

 

 

 

 

 コウキ。絶対に死ぬんじゃないぞ。

 

 

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。
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