星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回からいよいよラストスパートです。

楽しんでいただけると嬉しいです。


絶望来たりて、愚者は立つ

 目が覚めてから数日、俺は休養を余儀なくされた。

 

 

 

 というのも、翌日ベッドから出ようとした途端にクーネ王女からこの世の終わりみたいな顔で止められたのだ。

 

 どうやら陰狼の状態が俺に逆影響を与えていたらしく、屍みたいな有り様だったらしい。

 

 今でこそある程度再生したが、すぐに激しく動けば肉体が死ぬとまでシンセイに言われた。

 

 その為、大人しく療養に努めるしかなく。

 

 しばらくは、高頻度で見舞いに来るクーネ王女やスパイクさん達と親睦を深めることとなった。

 

 

 

 

 そして、アークエットを飛び出してから三日か四日経った頃。

 

 かの都市から救援軍の数人が帰還し、急ぎ知らせたいことがあると進言されたという。

 

 コウキの顔がよぎった俺は、クーネ王女らの反対を押し切って報告の場に参加させてもらった。

 

 そして、戦士団の男から告げられた顛末とは──

 

「──アークエットの奪還に成功しました。領民は重軽傷者多数、しかし死者は一人も出ませんでした」

「「──」」

「…………本当、ですか?」

 

 驚愕を顔に貼り付けたまま硬直したクーネ王女とスパイクさんに代わり、俺が尋ねる。

 

 正直俺も信じられないくらいだ。

 

 こちらに頷いた年若い男は、心の底からの感動と尊敬を表情に浮かべ、涙ぐんだ。

 

「全ては勇者様の偉業あってこそです。あのお方は、たった一人で女王陛下率いる我らが到着するまで、アークエットを守り切ったのです……!」

「──勇者、さまが」

「光輝殿……」

「そうか……」

 

 君は、やり遂げたんだな。

 

 ここ数日ずっと張り詰めていた緊張が解けて、どっと脱力する。

 

 ソファの背もたれに体を預け、深く安堵と……感嘆の溜息を吐いた。

 

「それで、彼は? 生きているんですか?」

「そっ、そうです! 勇者さまは!? 勇者さまはどうなったんですか!?」

 

 両手をテーブルに叩きつけ、身を乗り出すクーネ王女を部屋にいる誰も止めない。

 

 気持ちは同じだからだ。俺も固唾を飲んで返答を待ち──男が頷いた瞬間、またほっと脱力した。

 

「勇者様は、約六千の《暗き者》達を撃破。その後も食料庫の前にて、気を失ってなおたった一人で領民を守り続けていました……!」

「六千……そんな、なんて数を…………」

「あの方は、本当に……」

 

 六千、か。

 

 過去の自分のスペックから割り出した予想の、倍の数を撃滅せしめたというのか、彼は。

 

 ……何か掴んだんだな。

 

 誰も助けに来ない、誰も頼れない、たった一人の孤独な生と死の狭間。

 

 その中で何かを見つけられたのだろう。

 

 

 

 ああ、良かった。本当に。

 

 

 

 もう、彼は大丈夫だ。

 

「俺はお役御免、だな……」

「っ、申し訳ありません。傭兵殿への礼を欠いていました」

「? なんのことです?」

「貴方も、殿下やスパイク副団長、リーリン殿を王都まで送り届けてくれた恩人です。それなのに……」

「ああ、気にしないでください。別にそういうことを言ったわけじゃないので」

 

 頭を下げてくる戦士に、俺は苦笑いするしかない。

 

 もう俺が、ガラにもなく人生の先輩モドキを務める必要は無くなったと、ただそう独白しただけで。

 

 ほら、コウキの偉業に感動で打ち震えていたクーネ王女達も、苦笑を浮かべているではないか。

 

「それに、彼が頑張っていた時にのうのうと休んでいたのは事実ですから。むしろ申し訳ない」

「いえっ! 殿下達を背に乗せ帰還した、今にも朽ちそうな狼の勇姿を私も覚えています! 傭兵殿もまた、我らが英雄です!」

「はは……」

 

 分不相応な扱いだなぁ。ただただむず痒い。

 

 それに、クーネ王女達を送り届け、真実性を証明したことでアーティファクトは返還された。

 

 もう一度装着して起動したら同じ信号発信が発動されたので、それだけでいいのだ。

 

「でも、お兄さんも頑張ったのは確かです。クーネが褒めてあげましょう!」

「はは、ありがとうございます……とにかく、彼が無事でよかった。アークエットに滞在を?」

「はい。命が危うい状態だったので、すぐに治療を行なった後に、そのまま現地で静養を」

「しばらくは休ませてあげてください。きっと、色々これからについて考えていると思うので」

「勿論です」

 

 彼がどんな選択をしたのかは、まだ分からない。

 

 あれほど自分の命も他者の命も失うことに怯えていた彼が戦い抜いたことは、きっと強い意味がある。

 

 あいつや、南雲のように割り切ったのか……あるいはもっと辛い、修羅の道を選んだか。

 

 何にせよ、時間が必要だ。

 

 彼がこの王都に帰ってきたとき、できれば答えを聞きたいもの──

 

 

 

「────ッ!!?」

 

 

 

 その瞬間、俺は勢いよく立ち上がった。

 

 全身に纏わりつくようなその感覚に仮面の奥で目を見開き、手元にヴァーゲを召喚する。

 

 そのまま部屋の窓の外を睨みつける俺を、部屋の人々は困惑した顔で見ていたが……

 

「お兄さん?」

「っ、何か外が騒がしいような……」

 

 スパイクさんが呟いた、その瞬間。

 

 何の前触れもなく、荒々しく部屋の扉が開けられた。クーネ王女が驚き、戦士二人が身構える。

 

 だが、部屋に入ってきた人物──王宮の伝令役が必死の形相をしているのを見て訝しげにした。

 

「おい、どうした? 何があった?」

「殿下の御前であるぞ」

「しっ、失礼しました! ですがそれどころではないのです!」

「何を──っ」

 

 次の刹那、誰もが全身を震わせ、息を呑むと目を見開く。

 

 恩恵力を持たない俺でもわかる、圧倒的な瘴気。それを色濃く感じ取ったからだろう。

 

 発生源が何であるか──次の伝令役の言葉が、その事実を叩きつけてきた。

 

 

 

 

 

「アークエットの近隣より、恩恵術にて救援要請っ! な、並びに──《黒王》率いる大軍が、王都の正面に出現しましたッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ああ、どうやら。

 

 この世界は、人類を徹底的に絶望の坩堝に叩き落とさなければ気が済まないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 事態はすぐに動いた。

 

 その凶報はすでに知れ渡っていたようで、城下町では避難誘導と戦闘準備が開始。

 

 王都に集まっていた二万の軍も配置につき始め、モアナ女王達救援に向かった軍もこちらに引き返しているそうだ。

 

 アークエットには二千の戦士がそのまま滞在。半壊した都市の民とコウキを守る為だろう。

 

 当然、俺も見捨てぬ為、自分が生き残る為にその戦端に加わることにした。

 

 そして今、俺は会議室に移動してからずっと黙っているクーネ王女の側についている。

 

「……完璧なタイミングでした」

 

 隣に座る彼女が、ぽつりと呟く。

 

「軍の配備はどうなってる!?」

「リンデン術師団長はどこおられるか!」

「子供達の避難状況はどうなってる!?」

「奴らはまだ動かないのか!?」

 

 部屋の内外、双方が非常に騒がしい中かき消されてしまいそうな言葉。

 

 激しく出入りする人の足音と怒号に潰されかけた一言に、俺は顔を向ける。

 

「きっと、最初からこれが《黒王》の作戦だったのです。アークエットや、その近隣の物資集積地を破壊し、王都を孤立させて壊滅させる……見事に孤立無援になってしまいました」

「……五年前、王族の方々が身命を賭してようやく退けただけのことはありますね」

「ええ、本当に。歴代でも最強と名高いだけはあります」

 

 二人で皮肉を吐き、そうすることで切羽詰った心境を少しでも楽にしようとする。

 

 あまり効果はない。気休めにすらならない、まさに絶体絶命の状況だ。

 

 

 

 モアナ女王らの到着は、もう間も無くの予定。それを足して王都民を合わせても三万と少々。

 

 対し、確認された《黒王》率いる《暗き者》の軍勢は七万。

 

 

 

 何より問題なのは、あの転移能力はおそらく《黒王》のもの、ということだ。

 

 

 

 離れた場所に瘴気を出現させる力を持っていたそうだが、それを進化させたのだろう。

 

 つまり、《黒王》が旗印に立つこの軍勢は──いざとなれば、王都を無視して後方にまた軍勢を送れるということ。

 

 そうなった時、コウキが眠る今、各地に駐在する戦士団で拮抗できるかどうか……というところか。

 

 一応、オアシスという最強の防壁がこの王都にはあるが……どうにも引っかかる。

 

 

 

ヤドヌシ ニゲル

 

 

 

 そうだな。今度こそ、その選択をすることが正しいに違いない。

 

 どう考えても負ける。コウキのように俺が奴らを相手取ったところで、数が違いすぎる。

 

 こんなにも結果が見え透いた感覚は、あの大いなる聖戦ですらなかった。

 

 ……いや、それは頼もしい仲間達と、あいつの軍勢がいたからこそだな。

 

「……お兄さん」

 

 一種の諦めのようなものを感じていた時、ふと右手に小さな感覚が触れた。

 

 ぼうっとしていた視界に焦点を定めると──クーネ王女が、弱々しい微笑みで俺を見ている。

 

 それと同じ笑い方を、俺は数日前に目に焼き付けるほど見た。

 

「お願いがあります」

「聞けません」

 

 分かり切った頼みごとを封殺する。クーネ王女は驚くこともなく、苦々しげな顔をした。

 

 こちらに向かってるモアナ女王と、今なら眠っているコウキを連れて逃げろと言うのだろう。

 

 それが彼女が俺に願ったことだ。

 

 俺がここから我が身可愛さで逃げたとしても、きっと彼女は責めないだろう。

 

 俺の大事な人達も……彼女も、少し悲しそうに笑うけど、きっとよく決断したと喜んでくれる。

 

 だが。 

 

「なんで……」

「貴女をこそ守る。俺はそう言った。それは命だけじゃない、心もだ」

「──っ」

 

 今、この状況でこの小さな女の子を一人にしたらどうなる? 

 

 彼女はそれでも平気だろう。王族として混乱する人々を収め、自分の命を引き換えに《黒王》に民の救命を願うだろう。

 

 姉のように、その行いを覚悟できている。してしまっている。

 

 だから俺は、彼女を最も守りたいと思った。

 

 

 

 苦しいのに、助けてほしいのに、平気だと不敵に笑ったふりをする女の子は──二度と、見たくない。

 

 

 

 そんな、独りよがりなエゴが理由だけど。

 

 でもそれが、天之河光輝という愚者が一つしか選べない在り方だ。

 

 結局のところ俺は傲慢にしかなれないのだ。どうしたって変われないことに笑えすらする。

 

「それに、彼から貴女達を頼むとも言われましたからね。何を言われようとここから動きませんよ」

「……お兄さんの頑固者」

「好きに罵ってください」

 

 たった一人に背負わせてしまう苦しみは、二度も味わえば十分すぎる。

 

 ペシペシと何度も脇腹を殴ってくるクーネ王女に、そんなことを思った。

 

 

 

 

 それから、少し時間が経っただろうか。

 

 もとより騒音の嵐だった部屋の外がにわかに騒がしくなり、幾つもの足音が響く。

 

 程なくして、これまでの誰よりも激しく扉を開けて現れたのは──白髪の戦士女王。

 

「クーネっ!」

「お姉ちゃんっ!」

 

 俺の隣から飛び出していったクーネ王女に抱きつかれ、モアナ女王は強く抱きしめ返した。

 

 心の底から安堵した、という顔をする彼女の後ろには、スペンサーさんやドーナル戦士長、リンデン術師長と揃い踏みしている。

 

 こちらに気がついて頷くスペンサーさんに頷き返しながら、俺も立ち上がり彼女達に歩み寄った。

 

「女王陛下、無事で何よりです」

「ああ、フール殿。貴殿も随分と無茶をしたようだが、壮健そうで何よりだ」

「おかげさまで」

 

 まあ、本当のところは本調子の六割というところなのだが。言う必要も無いだろう。

 

 コウキは、と尋ねると彼女は被りを横に振る。どうやら知らせずに置いてきたらしい。

 

 ……今はそれでいい、のだろうか。俺が言えた口では無いが、とても十全に戦える状態ではあるまい。

 

「それで、状況は?」

「は。開戦の準備を進めておりますが、あちらもまだ沈黙しています」

「そうか……奴め、こちらの焦燥を狙っているのか?」

 

 ……いや、というよりも。

 

 

 

「で、伝令! 奴らが、行軍を開始しましたっ!」

 

 

 

 直後、雷のようにその場を打つ報せ。

 

 一瞬で緊張が最大にまで跳ね上がり、モアナ女王の顔に驚愕と怒りが同居した表情が浮かぶ。

 

「……私が来るのを、待っていたのか。クーネもろとも、確実にシンクレアの王族を殺す為に」

「陛下!」

「出撃する! 私が先頭に立つ、この王都を奴らの魔の手から守り抜くぞ!」

「「「応っ!!」」」

 

 一瞬にして、腹の底までビリビリと届く号令によってその場の全員が一つにまとまった。

 

 先ほどよりもさらに素早く各人が動き始め、女王自身もクーネ王女と離れると身を翻す。

 

 休む間も無く戦場に向かう彼女に、クーネ王女は不安げな顔をしてついていこうとする。

 

 その肩に手を置く。小さな体は簡単に止まって、クーネ王女を諌めようと立ち止まった女王がふっと笑った。

 

「フール殿、クーネを頼んだ」

「おまかせを」

「っ、お姉ちゃん!」

「──行ってくるわ、クーネ」

 

 それ以上の言葉を重ねることはなく。

 

 戦士たちと共に、女王は妹を置いて戦場へと去っていった。

 

「…………なんで」

 

 ぺたりとその場に座り込むクーネ王女。

 

 そんな彼女の両肩に手を添え、俺は女王達が去った、固く閉じられた扉を見る。

 

 

 

 

 

 

 

 決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 王宮内で最も高い塔の上。

 

 恩恵術による防御も施されたその場所に、クーネ王女と護衛数人と共に移動する。

 

 同時にそこは、シンクレア王都を囲うオアシスの向こうに広がる砂漠まで一望できる展望台でもある。

 

「…………これは、なんて数だ」

 

 ベランダから見える〝その〟光景に、思わず呟く。

 

 

 

 見渡す限りの黒、黒、黒、黒、黒。

 

 

 

 地平の彼方まで埋め尽くす、《暗き者》の大軍勢。

 

 任意で発動させる〝悪意感知〟が自然と反応する程の、人類を押し潰さんとする圧倒的殺意の大傍流。

 

 それを改めて目にして、自分が今どういう地獄の只中にいるのかを改めて理解した。

 

「お姉ちゃん……」

「っ、クーネ王女。部屋の中にいてください」

「嫌です! クーネが、お姉ちゃんや皆が命を懸けて戦っている時におとなしくしている女の子だと持ったら大間違いです!」

 

 いつの間にかそこにいた彼女は、強い意志を込めた目で睨み上げてくる。

 

 あまりに強烈な瞳に気圧されて、ため息をひとつ零すと視線を戦場に戻した。

 

「……既に始まっているようですね」

 

 女王達が出陣して数時間、既に戦端は開かれている。

 

 オアシスの内側に配置された戦士達が、数に物を言わせて侵攻してくる《暗き者》たちに応戦していた。

 

 その剣戟と怒号、命を命で削り合っていると錯覚する熱は、ここにまでよく届いていた。

 

 

 

 

 だが、それはほんの一部でしかない。

 

 直接的な攻撃を仕掛けているのは、あくまで地を埋め尽くす黒い海原の先端だけ。

 

 そのさらに後方、《暗き者》の一部にシンセイの力を使って注視すると、突然数百単位で消えた。

 

 消滅したわけではなかった。むしろ、アークエットで見た光景の逆戻し──何処かに転移させている。

 

 そして、その力の発生源は〝黒〟の中心──数千の《暗き者》をも上回る、漆黒のナニカ。

 

 

 

コイニオイ

 

 

 

 咽せ返るくらいにな。

 

「あれが、《黒王》」

 

 予想通り、王都の後方にある領地へと分団を派遣しているようだ。

 

 わかっていたことだけに歯噛みするしかないが、俺にはあいつみたいな自在に転移する力も、軍勢もなく。

 

 できるのは隣にいるクーネ王女を守る為、ここにいて戦いを見守っていることだけだった。

 

「でも、こちらも負けてはいません」

「今の所、持ちこたえられていますね」

 

 シンクレア軍はよく善戦しているように見える。

 

 やはりオアシスの存在が大きいのだろう。

 

《暗き者》達は数に頼って進んでいるが、前の半分は防壁に到達する前に消滅し、残った者も弱っていてすぐに倒されている。

 

 他にも遠距離からの恩恵術や、術の込められた弓矢、投石機どの原始的な武器でも押しとどめていた。

 

 俺は戦争の素人だが、それなりに拮抗しているように思える。

 

「奴らも数も凄まじいが、これならしばらくは持ちこたえられる……か?」

 

 コウキの回復力を考えれば数日あれば参戦できるはず、それまで耐えれば状況は変わる。

 

 アークエットの一件で一皮剥けただろう彼が、十全に能力を発揮できる状況さえ作れたら……

 

 例えば、ある程度数を減らして、その上で《黒王》との一騎打ちに持ち込めれば、あるいは。

 

「………………」

「お兄さん?」

 

 なのに、なんだ。この違和感は。

 

 何か嫌な予感がする。全身を這い回るような冷たい悪寒が、どうしても拭い去れない。

 

 自慢じゃないが、こういう時の悪い勘は外れた試しがない。アークエットでも的中した。

 

 何か、見落としているのか……? 

 

「っ、何かおかしいです!?」

 

 少し、意識を思考に回していた僅かな時間。

 

 

 

イノチヲクイヤブルキバガクル

 

 

 

 クーネ王女の叫びと、脳裏で響くシンセイの警告。

 

 反射的に《暗き者》達の後方を見ると、いつの間にか分団の転移が止まっていた。

 

 なぜ急に。《黒王》の限界が来たのか? 転移能力には使える制限でもあったのか? 

 

 いや、違う。

 

 だったらなんで──オアシスを進んでいた《暗き者》達が後退している? 

 

「奴らが、退いて……?」

「っ、まさかっ!?」

 

 次の瞬間、また自動的に〝悪意感知〟が発動する。

 

 それだけではない。

 

 泉を飲み干す、漆黒の獣の顎門を幻視した。

 

 そして。

 

「そん、な……」

「オアシスが侵食されている!?」

 

 黒い腐海のような何かが、オアシスの外周──奴らのいる側から塗りつぶされていく。

 

 それはとてもゆっくりで、亀の歩みにも劣る速度だが──それでも刻々と、染め上げていく。

 

 かつてシンクレアの祖先が命を懸けて作り上げた、瘴気を吸い取るオアシスが濁っていく。

 

 それこそを待っていたのだろう──濁ったオアシスに再び、《暗き者》達が踏み込んだ。

 

「あ、あぁ……そんな…………」

「天恵術の無効化……! クソッ、嫌な予感の元はこれか!」

 

《黒王》は一度、王都に侵攻して深い傷を負い、退けられている。

 

 都市一つを落とそうというのだ、その時も軍勢を率いていただろう。その上で撤退を余儀なくされたのだ。

 

 だったら今回は、前回の敗因の大きな要因だろうオアシスの効力に作用する手段を持っていてもおかしくない! 

 

「戦士団は……混乱してるっ」

「当たり前ですっ! こんな、こんなの予想できるはずがありません!」

 

 オアシスが防衛の要である以上、それが崩れれば大きな動揺を与える。

 

 案の定、弱体化を受けずに猛然と進む《暗き者》達に戦士団の一部が切り崩され、崩壊し始めた。

 

 思っていた以上に《黒王》が厄介すぎるっ! 

 

「くっ! せめて動ければ……!」

「!」

 

 どうする。どうすればいい。

 

 俺一人に何ができる、そんな謙遜じみた言い訳が頭をよぎるが、出た瞬間に叩き潰す。

 

 出来ないことなど思考から切り落として、できることを考える。

 

 すると、一つのことを思い出した。

 

「あれなら……いや、しかし」

「……お兄さん」

 

 ふと、静かな声で呼ばれる。

 

 声量以上に耳にすっと入り込む声に横を見下ろすと──クーネ王女が、こちらを静かな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてお兄さんは、何かできることがあるんじゃないですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「…………それは」

 

 あるかないかで言えば、ある。

 

 着想を得たのは、アークエットから帰還した戦士から聞いたコウキの戦い方。

 

 【聖絶】によって都市を囲い、自分一人に敵の戦力を集中させる。

 

 俺にも似たようなことはできる。なぜなら〝天之河光輝〟だから。

 

 戦士団には、その間に体制を整え直してもらえばいい。

 

 だが……

 

「お兄さん。クーネは平気です」

「でも……」

 

 女王にも、彼女を頼むと言われてしまった。

 

 単にその場だけの意味ではなく──もし自分に何かあったら、コウキの元まで届けてほしい。  

 

 あれは、そういう意味も孕んだ一言だ。一度クーネ王女を守ると誓った以上、それは絶対に果たさなければならない。

 

「お願いします。このままでは早々に戦士団は崩壊してしまいます。お兄さんが、一番の頼りなんです」

「……貴女にもしものことがあれば、俺は女王にも、ある人にも顔向けができなくなります」

 

 旧世界での戦いで、俺は自分の限界というものをこれでもかと思い知った。

 

 

 

 俺が救えるのは、たった一人だけ。

 

 

 

 全身全霊、命さえも賭けてこの手の中に収まるのは、それっぽっち。

 

 その一人に彼女を定めた。この幼くも勇敢で優しい、絶対に生きるべき子を守ろうと思った。

 

 たとえそれが押し付けがましいとしても、それでも俺は──

 

「しっかりしてください、お兄さん!」

「っ!」

 

 バシッと、音を立てて仮面ごと顔が挟み込まれる。

 

 自分に無理やり意識を向けさせたクーネ王女は、こちらをじっと見て言葉を紡いだ。

 

「クーネなら、心配いりませんから。だからどうか、()()()()に溺れないで」

「っ!」

「お兄さんは、やればできる人です。クーネが保証してあげます。だから──お兄さんに今できることを、全力でやってください!」

 

 

 

 

 

 その言葉を受けた瞬間。自分の中にあった、重々しい鎖が砕かれた気がした。

 

 

 

 

 

「………………本当に、いいんですね」

 

 最後に尋ねれば、彼女はいたずらげに笑った。

 

「ふふん、クーネを誰だと思ってるのです? お兄さんなんかいなくても、へいきへっちゃらですよ!」

 

 ……ああ、また強がりを。

 

 でも、おかげで踏ん切りがついた。

 

「シンセイ。食事の時間だ」

 

 

 

 

 

キャハハハハ! 

 

 

 

 

 

 〝魔鎧〟を纏い、翼を開く。

 

 青黒い濡羽が宙を舞った。俺はその翼の影からヴァーゲを引き抜く。

 

「大人しくしていてくださいね、おてんば王女様?」

「ふふっ、派手にやっちゃってください! 捻くれた私の剣士様!」

 

 小さく膝を折り、一瞬のタメの後に真上へ飛翔する。

 

 茜色に染まりつつある空へ向け、王都全体を俯瞰できる高度まで瞬く間に到達した。

 

 右手に携えたヴァーゲを胸の前に掲げ、左手と両方で柄を握りしめる。

 

 

 

 

 

「〝これなるは我が領域なりて。遍く悪意を喰らいて退かせん。我が意無くして、生きること能わず〟──【獄絶】」

 

 

 

 

 

 ヴァーゲを振り下ろし、結界を展開する。

 

 深紅の刃から滲み出た波動が、空中を走る中で炎に変わり、獄炎へと膨れ上がる。

 

 轟々と燃え盛るその青黒い炎が、《暗き者》達とオアシスを犯す濁りを、纏めて焼き払う! 

 

 何千もの《暗き者》達が、苦悶の叫びと断末魔の声をあげて滅び去っていく。

 

 俺が〝敵〟と定めた彼らだけを焼き尽くした炎は、建物や兵器、戦士達を透過し、炎のドームを作り上げた。

 

 その規模は、王都を取り囲むオアシスよりも一回り大きな範囲。

 

 下から大勢の動揺する声が聞こえる。

 

「もう一発いくぞ」

 

 

 

キャハハハハハハ!! 

 

 

 

 シンセイを通し、ヴァーゲへと自分の中の悪意を注入していく。

 

 余分な感情は削ぎ落とす。最大の力を発揮するため、殺意だけを研ぎ澄ましていく。

 

 それが臨界に達した時、まるでコウキの【神威】の如き深蒼の嵐がドームの天井を突いた。

 

 吹き荒れる魔力の渦潮を、そのままヴァーゲへと収束。時が巻き戻るように刃へ光が宿る。

 

 青く点滅する赤刃の切先を、俺は戦士団の崩壊した一角へと向け──

 

 

 

 

 

「〝我が剣は悪、我が心は罪。此の悪を以って、あらゆる罪悪を断ち切らん〟──滅びろ、【悪以悪断】」

 

 

 

 

 

 全詠唱での、〝悪以悪断〟。

 

 普段は力を抑えている、一撃必殺の剣技を出し惜しみ無しの全力で振り抜く。

 

 瞬間、龍が吼え立てるかのような轟音を伴った〝突き〟が戦場の一角に突き刺さった。

 

 

 

 

 それは、我が一撃ながら災害の如きものだった。

 

 焔の壁を通り抜け、突破して戦士団に攻撃をしようとしていた《暗き者》を存在ごと吹き飛ばす。

 

 それのみならず、地上へ着弾すると同時に拡散されたエネルギーが豪雷のように暴れ回り、激しく砂漠を抉る。

 

 やがて、ヴァーゲから光の放射が止み、ドームに濛々と纏わりつくような土煙が薄れた時。

 

 そこには大きく穴の空いた《暗き者》の軍勢と、数十メートルに渡り捲れ上がった地面が残った。

 

「覚悟はいいか、相棒」

 

 

 

イレグイダ♪ イレグイダ♪ 

 

 

 

 壊れた翼をはためかせ、自らの作り出した惨状へと舞い降りる。

 

 地に足をつけた時、眼前にいる《暗き者》達も、半透明のドーム越しに背後にいる戦士達も困惑の声を上げた。

 

 いきなり現れた、この異形の男は誰なのか。先ほどの一撃は何なのか。どうして舞い降りたのか。

 

 そんな疑問を感じさせる無数の視線に、俺は腹の底から声を張り上げる。

 

 

 

 

 

「我が名はフールッ! このひと時、クーネ・ディ・シェルト・シンクレアが棘の剣! 命を喰らいし者どもよ──この国を殺したくば、まずは我が屍を超えてゆけ! 出来るものならばなッ!!!」

 

 

 

 

 

 さあ、もう一度絶望に身を投げ出そう。

 

 

 

 

 

 




うん、二十話でキリよく終わらせるのがちょうど良さそうだ。

読んでいただきありがとうございます。
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