星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回、覚醒します。


楽しんでいただけると嬉しいです。


迷える者に、救いの魔手を

 

 

 

 

「………………あ、あぁ」

 

 

 

 少女は──クーネ・ディ・シェルト・シンクレアは、声を漏らす。

 

 それは恐れであり、怯えであり。

 

 悲しみの嗚咽でもあった。

 

「どうして、クーネは……」

 

 

 

(あの人に、あんなことを言ってしまったのだろう?)

 

 

 

 頭を支配するのは、その疑問だけ。

 

 厳重に防御された塔の上。戦場を見渡せるベランダで膝をついた彼女は、〝それ〟を見て自責する。

 

 そんな彼女を、誰も案じない。いいや案じられない。

 

 誰もが……彼女の隣にいたスパイクが、他の護衛達が、王都にいる民が、戦場にいた戦士や術師達が。

 

 その先頭に立つ、モアナやスペンサー、ドーナルやリンデン、リーリンまでもが──ただ、それを見つめていたから。

 

 

 

 

 

 それは、〝りゅう〟だ。

 

 

 

 

 

 この世界にもいる、《暗き者》の一種である翼竜種ではなく。

 

 地球に存在する数々の伝説に、その名と強大さを知らしめす〝龍〟でもなく。

 

 純粋に、単純に──ただ似通ったカタチをしただけの、命を喰うバケモノだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

オオォオオオォオオオオン……………………………… 

 

 

 

 

 

 

 

 泣き叫ぶように、怒り狂うように、それを聞く誰もが胸を締め付けられる慟哭と共に暴れ回る。

 

 

 

 百を超えるその牙が、目に映る命に端から全て食いついていき、噛み砕く。

 

 

 

 歪に生えた鋭い鉤爪が、逃げ惑う《暗き者》を容赦なく引き裂いていく。

 

 

 

 何本にも根本から枝分かれした極太の尾が、背後に回り込もうとした者を挽き肉に変える。

 

 

 

 烏のそれのような、体全てを覆ってなお余りあるほどの大翼が、空を飛ぼうとする者を消し飛ばす。

 

 

 

 極め付けに、四十メートルに届こうかという巨体をもたげ、〝りゅう〟は大きく息を吸い。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴォァアアァアァァアアアア!!!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 六つの青く輝く巨眼と同じ、悍ましい炎を吐き散らした。

 

 それは《暗き者》達を、一気に数百と焼き払う。

 

 何千年も争い合ってきたクーネ達でさえ、思わず顔を顰めるほどの阿鼻叫喚が戦場に響く。

 

 やがて、悲鳴が消えた時に炎も止み、〝りゅう〟は大きく口を開けると膨大な瘴気の残滓を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

オオォオオオォオオオオン………………………… 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた、悲痛な叫びを上げながら命を吸い尽くさんと動き出すのだ。

 

 こんなことが、もう何時間も、何度も王都の目の前で繰り返されていた。

 

 最初は溢れかえるほどにいた《暗き者》達も、目に見えてその数を減らしている。

 

 一時間ほど前、左右の門を攻撃していた分団が合流したことで六万弱まで軍勢は立て直された。

 

 だがそんなものは意に返さず、既に〝りゅう〟は5000を超える《暗き者》を屠っている。

 

「あれが……あれが、フール殿の、力だというのか……?」

「……違う。違います。あんなのは、あんなのは…………お兄さんじゃ、ありません」

「殿下…………」

 

 思わずといったふうに呟くスパイクへ、クーネは反射的に即答する。

 

 怒りによるものではない声音に、スパイクは彼女を見下ろし……涙でぐしゃぐしゃになった顔に瞠目した。

 

「なんで……どうして、そこまでするんですか……! なんでクーネ達の為に、あんなになっちゃったんですか……!」

 

 あの時、気にせず戦ってくれなど……彼に関係ない人々を守ってくれなどと、言わなければ良かった。

 

 勇者であるコウキには、いざというときはその役目を放棄して、姉を連れて逃げていいと言ったのに。

 

 それとはまるで逆に、大勢を守るという役目を押し付けた。その誠実さにつけ込んで引き受けさせてしまった。

 

 気がつけば、クーネは無意識に……それこそコウキよりも信頼して、期待をしてしまっていた。

 

 〝天之河光輝〟という、どうしようもなく不器用な人間が。

 

 誰かに助けを求められた時にどうするのかを、アークエットで知ったくせに。

 

「クーネは、なんて、ことを…………」

 

 

 

 〝りゅう〟は、ずっと暴れ回っているにも関わらず、人間側には手を出していない。

 

 

 

 明らかに意思があるようには思えないのに、王都を背にして、《暗き者》だけを殺している。

 

 

 

 守っているのだ、シンクレアの民と、クーネのことを。

 

 

 

 人としての体が死に瀕し、怪物へとその身を塗り替えてなお、それだけは忘れていないのだ。

 

 

 

 それが分かってしまうからこそ、クーネは懺悔する他にない。

 

 全ては自分のせいだと、彼をけしかけた事は取り返しのつかない間違いだったと。

 

 止めどなく溢れる後悔と自己嫌悪に、クーネはどうしようもなく自分が許せなくなる。

 

 しかし、いつまでもそこで止まっているほどクーネは行儀の良い女の子ではなかった。

 

「このままじゃダメです……! あのままにしていたら、きっとお兄さんは…………!」

 

 涙を拭い、自責の念を押し込めて立ち上がったクーネは、キッと〝りゅう〟を睨む。

 

 殺し、食らい、奪った力でまた殺して食らう。

 

 そんなことがいつまでも続くわけがないと、あの力の正体がわからないクーネでも分かる。

 

 食らうものがなくなったら? あの状態が永続する保証は? そもそもまだ光輝は生きているのか? 

 

 考えれば考えるほど溢れ出る悪い予想に、クーネは震える体を叱咤する。

 

「とにかくっ、何かしなくてはっ!」

 

 ひとまず、モアナの所へ行って具体的な対策を立てよう。

 

 

 

 

 

 そう思った時、ふと全身に悪寒を感じた。

 

 

 

 

 

「な、んですか、これは……」

 

 息の詰まるような寒気。

 

 これまで一度も味わったことのないような恐怖に、クーネは戦場を見て──表情を落とした。

 

 闇だ。闇がカタチをなそうとしている。

 

 〝りゅう〟に対抗するかのように、大気を揺らしながら膨大な瘴気が収束し、人型を作り上げていく。

 

 腕が、頭が、体が形作られ、それらを全身甲冑が包み込んで──五十メートル級の巨人が生まれた。

 

「まさ、か……あれは、《黒王》、の……」

 

 その巨人が、手に携えた大剣を〝りゅう〟に向けて振り下ろす。

 

 〝りゅう〟は、豪風と共に落ちてきた大質量の大剣を見上げると、ガパリと口を開き。

 

 

 

 

 

オォォオオアァアァア!!! 

 

 

 

 

 

 青黒い閃光が、巨人を飲み込んだ。

 

 天を突き、空の彼方まで届かんばかりの光のブレスが《黒王》の巨人を消しとばす。

 

 王都全体を激しく照らしつける光は二分、三分と続き、やがて途切れた時……巨人はいなかった。

 

 

 

オォォオオン…………

 

 

 

 ズシン、と地響きを立てて〝りゅう〟が前足を地につける。

 

 流石に今の一撃は大量にエネルギーを消費したのか、やや緩慢な動きで《暗き者》を喰らい始めた。

 

「………………は、ははっ。はははははっ」

 

 そして、クーネは。

 

 圧倒的な〝りゅう〟の姿を、瞬きもすることなく両目に焼き付けた彼女は、乾いた笑いを漏らす。

 

 自分の体を支えることすら馬鹿らしくなって、また膝をついた姿勢に逆戻り。

 

 

 

 

「……あんなの…………どうしろって、いうんですか…………」

 

 

 

 

 無力感に叩きのめされた、小さな少女の呟きが木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 誰も止めることのできない〝りゅう〟。

 

 

 

 

 

 

 その比類なき力で暴れる怪物には、誰も近づけない。

 

 だが、その内側……膨張した〝侵食再生〟の肉の奥に格納された光輝本来の体。

 

 仮初の肉に結びつき、融け合いかけたその胸の中……魂の奥で、まだ抗うものがいた。

 

 

 

 

 

 ──…………。

 

 

 

 

 何もかもが塗り潰された昏い世界、誰も立ち入れない魂魄の核。

 

 そこには一つの存在がいた。

 

 かつて、再編された世界で彼に振るわれ、されど砕かれた聖なる剣。

 

 そこに宿っていた、トータスという世界に深く関わるモノ──そのほんの少しの残滓。

 

 僅かな欠片に宿り、光輝の体に密かに宿り続けていたそのモノは、悲しそうに暗闇を見つめていた。

 

 

 

マダノコッテイタカ

 

 

 

 ふと、そのモノの意識に刷り込まれるような声が響く。

 

 黒い長髪を揺らし振り返れば、そこには闇の中で輝く三つの瞳。

 

 爛々と光る青い目を瞬かせ、小さなムシ──シンセイは、そのモノと向き合った。

 

 

 

ヤドヌシハコワレタ オマエモキエル

 

 

 

 …………。

 

 

 

 シンセイの言葉に、そのモノは特別な反応をすることもなくかぶりを振る。

 

 美しい少女の姿はもはや見る影もないほどにひび割れ、薄れ、滲んでいる。

 

 最初から、いずれ消えてしまうことは覚悟していた。

 

 ただ、少しでも長く彼の行く末を見ていたくて……願いは、ただそれだけだった。

 

 

 ──? 

 

 

 貴方は? と、尋ねる。

 

 そのモノは存在がとても古く、概念的存在のシンセイであっても言葉としては理解できない。

 

 しかし、ここは魂のうろ。意思が全てを伝える場所故に、ムシはケタケタと笑う。

 

 

 

ワタシモキエル モウチカラヲアヤツレナイ

 

 

 

 元はシンセイあっての力だったが、ここまで暴走してしまってはどうすることもできない。

 

 膨れ上がった体を維持するエネルギーを賄えなくなるか、あるいは再生できないほど肉体を破壊されれば、その時点で全員が消える運命だ。

 

 

 

 ──……? 

 

 

 

 何故、ともう一度そのモノが問う。

 

 実のところ、シンセイだけなら膨張した力を切り離して分離してしまえばいいのだ。

 

 それで助かる。悪意を吸って生きるこのムシはそうするものだと、そのモノは思っていた。

 

 

 

ヤドヌシハタクサンクワセテクレタ マンゾクダ

 

 

 

 シンセイの答えはシンプルだった。

 

 なんだかんだと、このムシもまた光輝のことを気に入っていたのだ。

 

 最初こそ、旧世界で本来の主人に植え付けられ、狂わせる為に蝕んでいただけだった。

 

 しかし、その全てを糧とされてしまった。今まで壊してきた誰もそんなことは出来なかった。

 

 そして、再構築されて一年。元の主人を守る為に一人と一匹で過ごしているうちに、絆が生まれた。

 

 今、共に逝こうとまで思えるくらいに。

 

 

 

ヤドヌシハオモシロイ ダカライッショニイク

 

 

 

 …………? 

 

 

 

 そのモノは、驚くほどに生に執着のないシンセイへ、本当に消えてもいいの? と伝えた。

 

 包容力と慈愛に溢れた存在であるが故、ただ邪悪なだけでないと分かったシンセイを慮る。

 

 そんな彼女へ、シンセイはゆらりゆらりと近づき──白い歯を見せて歪に笑った。

 

 

 

ヒトツ テガアル

 

 

 

 そのモノは息を呑む。

 

 消えかけとはいえ、自分にもどうしようもない今の光輝を止める手立てがあると言うのだろうか? 

 

 そんなふうに身構えるそのモノへ、シンセイはさらに口を裂くように笑って。

 

 

 

ワタシトオマエ ヒトツニナル

 

 

 

 ────。

 

 

 

 そのモノが固まった。

 

 悠久にも等しい時を生き、聖剣にも宿ったそのモノをして、全く予想し得ない提案だった。

 

 そんな彼女の周りを揺蕩いながら、囁きかけるようにシンセイは言葉を向ける。

 

 

 

ワタシノチカラト オマエノ()()()() ヒトツニスレバ トメラレル

 

 

 …………

 

 

 

 そのモノは、ひどく迷う素振りを見せる。

 

 全く経験のない試みではあるが、ほぼ確実に失敗するだろうことが予想できるからだ。

 

 シンセイの力は、奪い取り壊すもの。

 

 そのモノの力は、護り与えるもの。

 

 対消滅し、より光輝の暴走が悪化する可能性の方が遥かに……否、九分九厘そうなる。

 

 だが。

 

 

 

コノママダト ゼンインシヌ ヤルカ? ヤラナイカ? 

 

 

 

 さながら脅迫するかのような言葉に、しばしの間渋面で悩み続けるそのモノ。

 

 やがて、小さなため息の素振りと共に彼女がした選択は……両手を広げ、胸を晒すことだった。

 

 

 

 ────……

 

 

 

 どうせ、消えてしまうのならば。

 

 せめて、あの優しい子を助けられる可能性に賭けてみたい。

 

 そう訴える瞳に、シンセイは嗤い。

 

 

 

 

 

サスガハ 〝セカイジュノメガミ〟ダ

 

 

 

 

 

 躊躇なくその胸へと食らいつく。

 

 

 

 

 

 

 

 直後。

 

 

 

 

 

 

 

 青い閃光が、闇の世界を染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

「陛下っ! 陣の外に出てはなりません!」

「彼をあのままにしてはおけないだろうっ!?」

 

 痺れを切らしたように叫ぶモアナに、彼女を押しとどめていたスペンサーも苦々しい顔をする。

 

 天災のように破壊の限りを尽くす〝りゅう〟。それを北門の陣から間近に見ていた彼ら。

 

《暗き者》の全戦力が押し止められているこの数時間に渡って会議が開かれたが──結果はこれだ。

 

「くっ、やはり彼も光輝だったっ! 最初からクーネを連れてコウキの元へ行ってもらっていれば……っ!」

 

 今更後悔したように、モアナは悲しげに顔を歪める。

 

 

 

 

 彼女にとって、フールと名乗った彼はコウキとは違う人間だった。

 

 

 

 

 思考も性格も、あの不思議と心惹かれる青年とはどこか違っていて、だから自然と頭の中で区別していた。

 

 その区別が緩んだのは、先日アークエットへの救援を頼み込んできた時の行い。

 

 誰かを助ける為に、大切なものすら時に賭ける。そのひたむきさはコウキと同じだったのだ。

 

 昨日、光輝が戦場に出てきて名乗りを上げた時──ああ、彼も同じなのだと確信した。

 

 別世界の同一人物という不思議な存在を、ようやく受け入れられたのだ。

 

 だから、今暴虐を振るう姿にひどく心を締め付けられる。

 

「……私も、気持ちはよくわかります。彼はあんな風になっていい男ではなかった」

「スペンサー……」

 

 それはスペンサーも同じだった。

 

 

 

 

 最初こそ怪しげな存在だと疑り、もし不穏な動きをすれば……そう考えていたが、今では友情すら感じている。

 

 何より彼は、光輝が〝りゅう〟へと変貌するのを見ていたのだ。

 

 《暗き者》達に滅多刺しにされ、死んだはずの体を引き摺り上げ──怪物に変わった。

 

 〝守る〟と、最後に呟いた言葉さえも聞いていた。

 

「ですが、だからこそ陛下を行かせることはできません」

「っ、彼を見捨てろと言うのか!?」

「フール殿はッ! あのように成り果ててなお、我らを守っているのですッ! その背に庇おうとしているのですッ!」

 

 血を吐くような思いで、スペンサーは激白する。

 

 あまりの剣幕にモアナも、他に彼女を諌めようとしていた者達でさえ口を噤む。

 

 悔しげに下唇を噛み締め、近衛隊長は自らが守るべき主君へ鋭い目を向けた。

 

「もし、下手に戦場に陛下や戦士達が出て、大怪我を負ったり、命を落としたりすれば。彼の最後の想いを踏み躙ることになりましょう」

「ッ…………しかし」

「今は耐えるしか、ないのです。そうすることしか、我らには──」

 

 

 

 

 刹那、激震が彼らを襲った。

 

 

 

 

 戦陣のみならず、王都を含めた周囲一帯を震わせる鳴動に全員がバランスを崩す。

 

 悲鳴や怒号が響く中で、どうにか転倒を避けたスペンサーとモアナは反射的に北方を見た。

 

「彼が…………」

「止まって、いる……?」

 

 〝りゅう〟が、その動きを止めていた。

 

 一度も止まることのなかった怪物が、どうしたことか完全に停止していたのだ。

 

 振り上げていた大腕は空中で留まり、黒い体を覆う蒼炎も消え失せている。ボロボロの翼は萎んでいた。

 

 先ほどの地震は、触手のように蠢いていた柱のような尾が、全て地面に落ちた影響であった。

 

「突然、何が起きて……」

 

 呆然とする彼らの前に、更なる変化が訪れる。

 

 〝りゅう〟の体が崩壊を始めたのだ。翼の先端から、鼻先から、鉤爪の先から、砂城が波に攫われるように。

 

 モアナ達は顔を青くした。いよいよ限界が来たのだと。ついに光輝の命が底をついたのだと。

 

 

 

 

 しかし、そうではないとすぐに証明された。

 

 〝りゅう〟が暴れていた時間に比べれば、刹那の時間に消えた巨躯の内から人影が現れる。

 

 息を呑む彼女達。この場所からは豆粒のようなそれが、誰であるのかを瞬時に理解したが故に。

 

 そんな彼らの前で、宙に浮かんだ人影──光輝は、不思議な力が働いているかのようにゆっくりと降下する。

 

 〝りゅう〟を畏れた《暗き者》達が後退したことにより生まれた、円陣の中に、静かに横たわって。

 

「──かはっ」

 

 直後、赤黒い血を吐いて息を吹き返した。

 

 しばらくの時をおいて、緩慢に瞼を開く。しばらく虚空を見つめた瞳に、やがて焦点がついた。

 

 そのまま、光輝は立ち上がる。握ったままのヴァーゲを杖にして、老人のようにふらふらと。

 

「あ、れ……俺、何をして…………」

 

 

 

(俺は、戦って、戦い続けて……それから、どうしたんだっけ)

 

 

 

 光輝からは、《暗き者》達にトドメを刺された直前からの記憶が抜け落ちていた。

 

 それでも、這い上がることはできない暗闇に落ちた確信だけはあったのに、生きていることが不思議でならない。

 

「俺は……何を、どうして…………」

 

 

 

 

キャハハハハ! 宿主(マスター)は脆弱だなぁ

 

 

 

 ふと、知っている声がした。

 

 脳裏に響く、馴染みのあるはずなのにどこか違和感のある声に、光輝は顔をあげる。

 

 仮面が消え、ありのままの顔を晒した彼の体から青黒い粒子が放出された。

 

 

 

 

 

 粒子が、目の前で形を取り始める。

 

 

 

 

 

 最初は足先から。そこから上へと登っていくように粒子が骨となり、肉となっていく。

 

 

 

 

 

 そして、ヒトの下半身であると認識できるほどになると次は指先から構築が始まり、更に具現化した。

 

 

 

 

 

 やがて頭まで作られると、黒かった体がみるみるうちに白磁の肌へと塗り替わる。

 

 

 

 

 

 滲み出るように扇情的な服が張り付いていき、端正な顔にまつ毛や眉が生え、青い口紅とアイシャドウが引かれ。

 

 

 

 

 艶めく長い黒髪が、青い毛先を揺らしながら舞い落ちて。

 

 

 

 

 

 最後に、尻から先端の尖った尻尾が、側頭部から一対の捻れた角が生えてくると。

 

 

 

 

 

 長いまつ毛を震わせ、未成熟ながらも美しい姿を取った〝それ〟は目を開いた。

 

 

 

 

 

「君、は…………」

 

 壮麗な姿に見蕩れる光輝を、美の女神の如きその少女は無垢な表情で見下ろす。

 

 そして──ひどくバカにしたような笑みを顔に貼り付けた。

 

「キャハハッ! マスターのざぁこ♪ この程度のピンチも切り抜けられないで暴走するなんて、ほんっと、ワタシがいないとなぁんにもできないねぇ? キャハハハハッ!」

 

 ビシッ、と光輝は硬直した。

 

 一瞬前の純粋な美しさはどこへいったか、煽るようにクスクスと笑う悪魔娘に唖然とする。

 

 そんな光輝に近づき、悪魔娘はニヤニヤと笑う。

 

「あれぇ? ほとんど死んでたのを助けてあげたのに、お礼も言えないの? それとも言い方を忘れちゃいまちたかー? プププッ」

「……お前、もしかしてシンセイか…………?」

「アハッ、どんかーん。今更気づいたの? そうだよ、一人じゃなーんにもできないマスターをずっと助けてあげてた、頼れる悪魔ちゃんでしたー⭐︎」

 

 てへぺろ顔で目元ピースをキメる元シンセイ。光輝は形容できない苛立ちを感じた。

 

「いや、お前……何がどうなってそうなった!?」

「もう、仕方がないなぁ。説明したげる。マスターは覚えてる? 破壊された聖剣の欠片のこと」

「それは、覚えてるけど……確か何かが俺の中にいるって…………」

 

 ハッとする光輝。悪魔娘がニヤリと笑う。

 

「そう。マスターの中にいたのは、大樹ウーア・アルトの化身。()()()()()()()()()()()を守る女神の欠片。エヒトとの戦いに敗れて聖剣に魂を宿し、されど砕かれたその破片から、勇者になれなかった愚者(マスター)に宿った者」

「大樹って、樹海の……それに、世界樹……?」

 

 光輝の頭は混乱する。

 

 知り合いの故郷にある木に意思が宿ってたとか、世界樹の女神だとか、相当ヘビーな話だった。

 

 何が何だか分からない光輝にクスクスと笑い、悪魔娘はその頬に手を添える。

 

「ワタシは、かつて心を壊す悪魔だった者であり、人々を守る勇者の隣に立つ女神だった者。そして今、愛するヒトのため、守るべき人々のために立ち上がり、されど挫けてしまった貴方のために、ワタシ達は生まれ変わった」

「お前…………」

「〝プライト〟。それが貴方と共に歩み、貴方の剣となって悪を喰らう者の名前」

 

 さあ、とシンセイは──邪神霊プライトは、空いた手を光輝の手に添えて。

 

 なされるがままの彼の手に収まるヴァーゲを自分の胸に向けると、これ以上ないほど嗜虐的に笑った。

 

 

 

 

 

「貴方を脅かす全てを喰らいましょう?」

 

 

 

 

 

 ヴァーゲの切先が、その胸に触れる。

 

 するとプライトの体が光り輝き、粒子に戻って魔剣へと吸い込まれると──剣が変化した。

 

 漆黒の円環に紋章が。グリップの根本にはスイッチが、柄頭にはスロットが。

 

 そして、宙に残った粒子が左手に収束し、顔の前に持ち上げて見ると。

 

 悪魔のレリーフが刻まれた、白黒のボトルに変わった。

 

「これは……」

『使い方は分かるでしょ? 雑魚マスターでもさっ♪』

「……まったく、口の減らない相棒だよ」

 

 どこか呆れたように……けれど、頼もしげに光輝は微笑む。

 

 姿勢を正し、キッと前方を睨みつける。そこには未だに動揺し、光輝を包囲する《暗き者》の軍勢。

 

 数えきれないその黒波は酷く暴力的だが──不思議と、光輝は全く怖くなかった。

 

「行くぞ、プライト。食事の時間だ」

『キャハハッ! 全部食べてあげる!』

 

 胸の前に、ヴァーゲを掲げる。

 

 左手に握ったボトルを数回振り、キャップを開いた。

 

 屹然とした面持ちで、光輝はそのボトルをヴァーゲのスロットへと迷い無く挿し込んだ。

 

 

 

 

 

《Demons of PRIDE!》

 

 

 

 

 

 重厚な声で、宣告が響き渡る。

 

 どこからか荘厳な音楽が一帯に流れ出し、《暗き者》もシンクレア軍も困惑した。

 

 

 

 その中で、光輝は音を立てヴァーゲを掲げる。

 

 

 

 湖のように凪いだ瞳で魔剣を振り、ゆっくりと弧を描く刃が赤い残光を残して──それを見た全員が、深紅の太陽を幻視した。

 

 

 

 そして、切先が再び頂点に達した時。

 

 

 

 開眼した光輝は、在らん限りの勇気と力を以って叫ぶのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「変ッ、身!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリガーを引き、魔剣を鋭く振り下ろす。

 

 その刃から膨大な血飛沫が舞い、光輝の全身を覆い隠した。

 

 

 

《 Get over the CATASTROPHE!! Demons of P R I D E !! Yeahhhhh!!! 》

 

 

 

 閃光のような一閃が、血飛沫を切り裂く。

 

 嵐のように渦巻く鮮血を払った時──そこには、壮麗な青と黒の鎧を纏う剣士がいた。

 

 

 

 

 

『──〝仮面ライダーアロガンス〟。押して参る』

 

 

 

 

 

 




読み方はア↑ロ↓ガンスですぜ。


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