楽しんでいただけると嬉しいです。
それは喜劇のような一日 I
快晴の空。照りつける太陽。
適度な風が吹き、絶好の運動日和と言えるとある日、某都内の大学の運動場。
多種多様な運動部やサークルが活動をする、その場所を取り囲むレーンに彼女はいた。
「セット」
レーンから外れた位置に立つ女性が、平坦ながらもよく響く声で告げる。
途端、彼女を含めたレーンの全員が倒していた体を前傾姿勢へと移行させた。
直後、発砲音。
耳を塞いだ女性が空へ鳴らしたピストルの音に、レーンの全員が器具を蹴った。
赤い走路を、何人もの女が疾走する。
この機動力を最大に発揮する為、布面積の低いウェアは彼女達の戦装束。
腕で、足で風を切り、隣を走る誰よりも先にゴールへ辿り着かんとひたすらに走っていく。
初速は大差無し。並走した彼女達は、隣にいるライバルと目線で火花を散らし──
「ふっ……」
その中央を、一陣の風が走り抜けた。
体を押す風よりも鋭く、切り開くようなその風は、一気に彼女達の視線を奪い去る。
全ての視線を背に、その女は圧倒的な脚力で全員を追い抜いていった。
「ふっ、ふっ」
外に跳ねたマッシュショートの桃髪をたなびかせ、短く吐息を漏らしながら彼女が走る。
整った横顔は真剣に研ぎ澄まされ、他の誰もが眼中にないと言わんばかりに瞳は先を見据え。
全力で走っている女性達を軽々と凌駕した女は、たった一人レーンを独走した。
「くひっ」
一人勝ちかと思われたその時、女の耳に笑いが届く。
レーンの一番外側。そこから女を追いかけるようにして、白い影が現れた。
姿勢を真っ直ぐに走る女とは裏腹に、地を這うような低い姿勢で風を受けにくくしている。
それが功を奏しているのか、あっという間に誰も追いつけなかった女の隣に並んだ。
「…………」
ふと、それまで視線を揺らすことはなかった女が隣を見る。
髪色によく似た桃色の瞳と、下から睨め上げるような白に近い瞳が交差した。
二対の瞳に浮かぶ感情は一つ。
「ふっ……!」
「はっ……!」
この女にだけは、負けられない!
二人はさらに加速する。
最初から彼女達しかいないのではないか、そう思えるほどに他を置き去りに凌ぎ合う。
速度はほぼ互角。妨害などはせず、純粋に互いの肉体能力のみで相手を上回ろうとした。
定められた距離の四分の三を通過。なおも風のような速度で走った二人は未だに並んでいる。
が。
「……!」
「っ!?」
一歩、ひときわ力強く女が踏み込む。
それを起爆剤として一段階より加速した女は、追走者をも置いて先へと進む。
みるみる内に残りのレーンが縮まってき、「くっ」と歯噛みした追走者がペースを上げるが、もはや届かない。
誰にも追い付かせることなく、たった一人の相手すら振り払い、そして──
「っ!」
小さなコーンの間を越え、甲高いホイッスルの音が響く。
同時に、運動場の客席からそれを見ていた者達が歓声を上げた。
遅れて追走者が、数秒後に残りの数人がゴールへ到着し、
膝に手をつき、荒い息を吐いている選手達は、一人一人コーチ役の女性にタイムを告げられていく。
落胆する者もいれば短くなったと喜ぶ者もいる中で、誰より速く完走した女は。
「ふっ、ふっ……ふう、ふぅ……ふぅ」
息を整え、他の陸上サークル員と同じように体を起こす。
片手を岩のように割れた脇腹に添え、もう一方で額に流れる汗を拭うと髪をかきあげる。
ワイルドな仕草とは裏腹に、走っている最中に纏っていた抜き身の刃のような気迫は柔らいでいた。
そのギャップに観客の誰かが、ほうと吐息を漏らすのも無理はない。
「姉様ー」
独特の雰囲気を醸し出す彼女に、小走りに駆け寄っていく人物が一人。
女は振り向き、長い淡青色の髪を揺らしながら近付いてくる美女を見て目元を和らげる。
「シア」
「お疲れ様です。やっぱりブッチギリでしたね。さすがは私のアルナ姉様です!」
「ん。シアが見てるから頑張った」
女──アルナが微笑を形作る。
普段は無表情一辺倒なアルナの、親しいものにしか見せない表情にそれを見た誰もが見惚れた。
それを見慣れている美女──アルナの妹シア・ハウリアは、朗らかに笑ってタオルと水筒を差し出す。
「ありがとう」
「いえいえ。それにしても、前より速くなってませんか?」
「ん、んっ……ぷは。もっと高みを目指せる」
「ストイックですねぇ〜」
「ええ。それでこそ私のライバルというものです」
自然に入り込んできた第三の声。
二人同時に振り返れば、アルナに唯一肉薄していた女が薄笑いを浮かべて佇んでいる。
アルナやシアに負けず劣らずのシミひとつない肌、手折れてしまいそうな細い腰に引き締まった四肢。
長い白髪はそよ風で揺れるほど滑らかで、走る最中は野獣の笑みに彩られていた顔は作り物めいた美しさ。
この世のものとは思えないほどの美女が三人も並び、再び呆気に取られる者が続出した。
「……
「今回は負けてしまいましたね。やはり貴女は最高の好敵手、私にとっての絶対的な壁。いつまでも楽しませてくれます」
囁くように笑いを漏らすフィーネに、アルナは何も答えずじっと彼女を見る。
一方でシアは、そんな彼女を見飽きたとでも言うように若干呆れた目を向けた。
「フィーネさん、また姉様と張り合ってたんですか? これで何百回目でしたっけ?」
「数えたことはありませんね。私のライフワークなので」
「そんな生活の一部みたいに……」
苦虫を噛み潰したような表情は、自身のツッコミが事実であるが故のもの。
フィーネは故郷の小学校からアルナをライバル視し、常に何事も競い合って成長してきた。
その関係は一進一退。アルナが勝てばフィーネが負け、フィーネが勝てばアルナが負けるの繰り返し。
果ては彼女を追いかけ、日本の高校まで転入してきた執念を、シアは知っている。
「それではまた。今度は私が勝ちますよ?」
「あ、ちょっと……もう、相変わらず話を聞かない人ですね」
ね? と同意を求めるように振り返ったシアは、少し驚いた顔をする。
アルナが笑っていたのだ。先ほどとはまた異なる、少し好戦的に口角を上げた笑みを。
「でも、だからこそ張り合いがある。私も楽しい」
「……姉様、案外フィーネさんのこと好きですよね?」
「かも、ね」
それ自体が絵になる後ろ姿を見送り、アルナは小さく頷く。
全てが取り戻される、一年前の出来事である。
●◯●
「よーし、可愛い服いっぱい見るぞー!」
「おー! なの!」
駅前のショッピングモール、そのエントランスで拳を突き上げる少女が二人。
一人はパーマがかかったエメラルドブロンドの髪を持つ、天真爛漫そうな愛らしい少女、ミュウ。
白いワンピースを腰のベルトで締め、子供らしい細いシルエットに花の装飾があしらわれたパンプスが可愛らしい。
もう一方は黒に近い濃緑の長髪を三つ編みに纏めた、利発さを感じさせる少女、リベル。
ミュウよりも頭半分ほど背が高く、パンツルックが子供ながらに整ったスタイルを強調する。
細い黒縁の丸眼鏡が、殊更落ち着いた雰囲気を助長していた。
「あらあら。二人ともやる気みたいね」
そんな二人を、後ろから見て微笑むのは同じ数の保護者。
レミアは、上品なピンクのカーディガンと白いミディアムスカートが清楚さを醸し出している。
未亡人……今は実質的に某魔王の妻だが……特有の色気が漂う外人美女とその娘らしき美少女に、道行く客の目線は吸い寄せられる。
「元気なのは、いいこと」
その隣にいるのは、アルナ。
リベル以上に非現実的な超スタイルを、ショートパンツとチューブトップで惜しげも無く晒している。
そこに黒いロングブーツとクロップジャケット、外に跳ねた桃色の短髪がワイルドな魅力を引き出しており。
釣り合わせるように、適度なナチュラルメイクが美しさに磨きをかけていた。
「ごめんなさいね、せっかくのお休みに付き合わせてしまって」
「問題ない。私も少し買いたいものがあった」
でも、とアルナはレミアを見て首を傾げる。
男装の麗人とも取れる彼女の可愛らしい仕草に、通行人が何人か胸を撃ち抜かれたような顔をした。
「私でよかったの。ハジメも予定は空いてた」
「ええ。でも、その……」
やや目線を逸らし、「ね?」と何かの理解を求めるように呟く。
レミアのなんとも言えない表情に、アルナもまた「ああ」とすぐに頷く。
「……ハジメ、服のチョイスが壊滅的」
「時々暴走するのよね、あの人……」
彼女達の魔王は、アーティファクトの命名やデザインは抜群なのにそういう所がハズれていた。
以前ティオとユエに服の製作をせがまれ贈った、「黒竜」と書かれた黒Tと全身ハートプリシャツは忘れられない。
彼に服を、特に娘の服は選ばせてはいけない。南雲家では暗黙の了解である。
「シュウジがいてくれればよかったのに」
「北野さんはその辺りも上手だものね」
二人が思い返すのは、二人の間で行われた恒例の勝負。
名付けて「どちらが娘に喜ばれる服を選べるか対決」、結果は……語るまでもあるまい。
当日南雲家のリビングに、悔しそうな魔王の声と道化の高笑いが響いたとだけ言ってとこう。
「もう、ママもウサギお姉ちゃんも言いすぎなの! パパはちょっとその辺りが形容し難いセンスをしてるだけなの!」
「ミュウちゃん、それハジメおじさんにトドメ刺してるよ」
「カハッ」と吐血する魔王の幻聴が聞こえた一同である。
ミュウに苦笑いを向けているリベルへ、アルナは少し気遣わしげに話しかける。
「リベルも、私でいい? ルイネや雫じゃなくても」
「え? 平気だよ。ママも雫母さんも忙しいし、パパは……大変だしね」
少し、寂しそうな微笑み。
記憶が戻った後も、それぞれの仕事に励んでいる彼女の母達はここにいない。
シュウジも何かと手が離せないようで、アルナは予定が決まった日に「リベルを頼む」と言われた。
ちょっとショッピングには過剰なくらいのマネーが包まれた封筒と共に。親バカである。
「リベルは、お姉さんだね」
「あっ、えへへ……ウサギさんの撫で方、優しいね」
「ん、前の世界では一応お姉ちゃんですから」
はにかむ美少女と、うっすら微笑む美女。
一般通行人が何人か鼻血を吹いた。ギョッとしたミュウの目をレミアがそっと塞いだ。
「じゃあ、行こっか。二人はどこから見たいの」
「それなりに広いから、ちゃんと決めてきたのよね」
「うん! 最初にスカートを見に行くの!」
「3階のお店だよ! 二人とも、行こっ!」
レミアはミュウに、アルナはリベルに手を引かれ、ショッピングが開始された。
そのショッピングモールは、1階から3階までブランド物を取り扱う店が並んでいる。
都心というほどでもないが、そういったものに敏感な今時の若者をしっかりターゲットにした品揃えをしていた。
そして四人は、この新世界において地球の文化の中で生きてきている為、そういうものにも聡い。
つまりは店から店まで気になる衣服や靴、バッグを見て周る、行脚の如き行軍である。
「これ、リベルちゃんに似合いそうなの!」
「わ、可愛い! この襟のデザインが素敵だね!」
「えへへ、眼鏡をかけたリベルちゃんは知的でくーるびゅーてーだからピッタリだと思うんだ」
「ミュウちゃーん!」
キャッキャとはしゃぐ二人に、店員や他の女性客から優しげな目が向けられる。
見目麗しい少女達が戯れていれば、紳士でなくとも温かい気持ちになるというものだ。
一方、同じ店内にいる保護者組はと言えば。
「これ、良さそうね」
「…………」
「あら、こっちも似合いそう。いえ、こっちの色の方がいいかしら」
「………………」
「うーん、けど今持っている靴を考えるとボトムスはこちらの方が……」
「………………レミア」
一人で思案しているレミアに、いい加減放置できないという顔でアルナは声を上げる。
すると、レミアはようやく顔を上げた。両手に持った服をアルナの体に寄せながら。
「さっきから、私のばかり。二人や自分のを選んで」
「あら、ごめんなさい。でもアルナさんは普段シアさんが買ってきた服しか着ていないと聞くし、ちょうど良い機会だったから選んでみようと思って」
「……おのれ、妹」
自分がその辺りにものぐさなのをチクったな、と姉妹になったウサミミ娘を恨む。
世界の再編により血の繋がった姉と妹になった結果、旧世界以上に世話を焼かれていた。
「私はいいの。服を買いに来たんじゃないから」
やんわりとロングスカートやカーディガンを押し返すアルナに、レミアが首を傾げる。
「それじゃあ、買いたいものって?」
「陸上用のシューズ。前まで使ってたのと、予備まで使い潰したから。三人の買い物が終わった後で買うから、いいよ」
「そう……残念だわ」
しゅんとしつつ、大人しく引き下がる素振りを見せるレミア。
苦手な可愛らしい服を着ずにすんだと、アルナがホッとして。
「ところでこのベルト可愛いと思うのだけど、どうかしら」
「いいから。自分のを選んで」
ノーとキッパリ言える日本(?)人なアルナだった。
●◯●
3時間後のフードコート。
「ん〜、甘い!」
「美味しいねぇ」
アイスクリームを舐めながら、頬を緩めるミュウとリベル。
側にはいくつも紙袋が置いてあり、存分にショッピングを楽しんだことが見て取れる。
そんな娘達を見てレミアはにっこり、アルナも上階で目的のものを手に入れてご満悦である。
「ママ、ウサギお姉ちゃん、お買い物手伝ってくれてありがと!」
「ふふ、楽しめたみたいでよかったわ」
「気に入った服、いっぱい買えた?」
「「うん!」」
満面の笑みで頷き、互いに顔を見合わせるとちょっと恥ずかしそうにはにかみ合う。
その様子に笑いながら、ウサギはコーヒーを啜った。
ちなみに彼女の隣にも、スポーツ店の袋以外に一つ紙袋がある。一児の母の押しは避けきれなかった。
「そのお洋服でどこかに出かけたりするの?」
「うん! リベルちゃんとお出かけしたり、学校のお友達と遊びに行ったり……」
「それからね、パパに見せるの! それで一緒にデートするんだ!」
「ねー、リベルちゃん」
「ねー」
一見、世の父親が聞けば両腕を空高く振り上げてガッツポーズを決める言葉である。
だがレミア達は見逃さなかった。ミュウの細められた瞳の中にキラリとよぎった怪しい光を。
二人はよくそれを知っている。
ミュウの目は……そう、ユエがハジメに馬乗りになって舌なめずりをする時にそっくりだ。
「ミュ、ミュウ? お父さんとは一緒にお出かけするだけよね? 父親と娘として仲良しデートするのよね?」
「大丈夫なの、ユエお姉ちゃんに手ほどきは受けてるの」
「ミュウ……??」
レミアが冷や汗を流す中、アルナはリベルを見やる。
「リベルは、どうなの?」
「私? あはは、そういうのじゃないよ」
端的な質問だったが、元ホムンクルスの少女はすぐに理解して苦笑を零した。
そこに誤魔化すような感情はなく、純粋に思ったままの感情を浮かべている。
「パパは大好きだし、好きになる人ならパパみたいな人がいいなーって思うけど、それだけだよ」
「そうなんだ」
「リベルちゃん、そんな弱気じゃダメなの。女の戦いはいつだってじょーざいぜんじん、隙あらば攻撃を仕掛けるの!」
「時々友達としてミュウちゃんのことを本気で止めるか迷うよ、私」
苦笑を浮かべたリベルは、それにと一言続けて。
「私までそんなこと言い出したら、パパ発狂するでしょ。ただでさえママと雫母さんのことでまだ悩んでるのに」
「それは……そうかもしれないわねぇ」
「否定しきれない」
どうでもいい相手が傷付けようとすると、逆に死ぬまで苦しめるような冷酷さを持つシュウジ。
その反面、身内にはクソほどメンタルが弱いというのは記憶を取り戻した全員の共通認識だ。
「私はちゃんと大人になって、パパがいなかった時の分まで成長を見届けてもらって、普通に好きな人を作ったりするの。それがたくさん頑張った、パパへの恩返しになると思うから」
「むう……パパ攻略委員会の結成は見送ることにするの」
「ミュウ? せめてあと6年は待ちなさいってお話ししたでしょう?」
すかさずレミアからツッコミが入る。
ミュウが15歳になったらどうさせるつもりなの、というツッコミを、アルナは心の中へ仕舞い込んだ。
また一口コーヒーを啜るアルナに、リベルはキラリと伊達メガネの奥で目を光らせる。
「そういうウサギさんは、ハジメおじさんと子供作らないの?」
「んぶっ」
「あらあら……」
「わぁ! ミュウ、弟か妹が欲しいの!」
意地悪く笑うリベルに便乗し、ミュウがぴょんぴょんと飛び跳ねる。
小学三年生ともなれば周囲に弟妹のいる同世代も増え、若干それが羨ましいお年頃なのだ。
咽せていたアルナはなんとか息を整えると、ジトリと父親の揶揄い癖を受け継いだ少女を見る。
「それは、まだ未定。ハジメも仕事が順調になってきてるし、そのうちだとは思うけど」
「ふぅん。じゃあその時は、私叔母さんになるね」
「元の世界で言えば、ね」
世界が変わったことで、関係性も変わった。
アルナがシアと姉妹になったように、某プレデター達がマから始まりアで終わる輩になったり。
それは記憶という絆で結ばれた彼女達には些細なことだが、同時に時には重要なことでもある。
そう、それは──
「へえ、あのアルナさんが母親だなんて。時の流れは早いものですね」
かつて、良からぬ因縁を持つ相手でも。
背後から聞こえてきた声に、四人はそちらを見る。
絶世の美女。フードコートにいた誰もが例外なくそう思うほどの、隔絶した美貌の女がいた。
ゾッとするほど美しく長い白髪、アルナに負けず劣らずのしなやかな体も透き通るような白肌。
白いトップスに薄い紫色のロングスカート、そして銀のネックレスやイヤリングが神秘性を際立たせる。
片手にやたらと名前の長い某有名店のカプチーノを携えた彼女は、靴音を鳴らしてアルナらに歩み寄った。
「お久しぶりです。こんな所で出会うとは偶然ですね、私の生涯のライバルさん?」
「……フィーネ、久しぶり。変わらずだね」
「貴女も昔と……いえ? 昔よりずっと美しくなっていますね。それに……」
一歩、フィーネが踏み込む。
途端、キッと表情を険しくしたリベルを筆頭にミュウとレミアも身構えた。
神域での戦いは、三人も再生魔法で過去を垣間見ることで知っていた。
記憶を取り戻したが故の本能的な反応だったのだが、アルナだけは動じることなくフィーネと向き合う。
「何か、根底の部分が変わったように思えます。強く、逞しく……なんだか、懐かしいような」
アルナの瞳を覗き込むフィーネの、小さな呟き。
それに三人が息を呑む中で、アルナは。
「……昔からずっと知ってるでしょ」
「そう、ですね。出会った頃のことを思い出したのかもしれません」
ごく平然と、なんでもないかのような口調で答えた。
それでフィーネも納得したのか身を引き、それから自分を剣呑に見つめるリベル達を見る。
「貴女達とは初対面だったの思うのですが、どこかで面識がありましたか?」
「………………ううん、ないよ」
「……初めまして、なの」
「ごめんなさい。ウサギさんと、とても仲が良さそうなものだったから」
覚えていない。フィーネの不思議そうな表情にそう感じた三人はひとまず態度を改める。
これはこれで難儀なものだ、と思いながらもアルナは二の句を告げようと口を開き──
「……っ」
ふと、とある方へ顔を向けた。
アルナ達が座っているテーブルとさほど離れていない、とある一席。
そこにはいかにも休日を満喫しているという出で立ちの、カジュアルなスーツを着た外国人の中年男性がいた。
男はアルナの方を見ていたのか、彼女と目線がかち合うと少し驚いたような顔をする。
それだけだならばあまり違和感はない。これほどの美女美少女が揃っていれば目も惹かれるというもの。
だが……
「ウサギお姉ちゃん?」
「アルナさん? どうしたのです?」
「………………」
アルナは、その男と目線を合わせ続ける。
以前の記憶を手に入れたことで蘇った、本能的な直観が囁いているのだ。
──あれは敵であると。
そんな彼女の思考を読んだように、不意に男が笑った。
ひどく不気味なその笑みに、つられてそちらを見ていたリベル達の背筋にも冷たいものが走る。
僅かに目を細めたアルナの目の前で立ち上がった男は、ゆっくりと彼女達の前までやってきた。
「アルナ・ハウリアだな?」
「そうだけど」
「……どちら様でしょうか」
年長者のレミアが、じっとこちらを見下ろす男に立ち上がって話しかける。
毅然とした態度を見せる美女に、男は一瞥すると小さく鼻を鳴らして言葉を続ける。
「お前達はサウス・クラウド株式会社社長の愛人に令嬢、そしてそこのガキは資産家の娘だ」
「……だったら何だっていうの?」
ひどく落ち着き払ったように見える態度で、リベルが答える。
テーブルの下では、隣にいるミュウの手をそっと握っていた。
「ちょっと、何なのですか貴方は? いきなりやって来たかと思えばおかしなことをベラベラと」
男の肩を掴む手が一つ。
ひどく気分を害されたような面持ちのフィーネが威圧をかけるが、男はまるきり無視をする。
そして、最後の一言だと言わんばかりに、これまでで一番高圧的な口調で。
「単刀直入に言う。このフードコートの全員の命が惜しければ、大人しく俺達に従え」
3話構成の予定です。
感想などもらっちゃうと嬉しくなるぞぅ。