星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回は浩介の考察。

楽しんでいただけると嬉しいです。


せめてもの線引き

「ではミスターK、おやすみなさい」

「おやすみ」

「ああ、ゆっくり休んでくれ」

 

 

 

 挨拶を交わし、病室のドアを閉める。

 

 扉の前から奥へ気配が遠ざかっていくのを感じながら、俺も踵を返した。

 

 診察室にいるはずのリュールさんに伝えに、階段を降りて──ふとすぐに足を止める。

 

 廊下の向こう。さっきまでいた談話室のドアが開いていたのだ。

 

「……あっちか」

 

 進路を変更し、談話室に戻る。

 

 少し開いていた扉を押し、中に入ると……食器棚の隣にあるテーブルの前に彼女がいた。

 

「あの……」

「二人は案内できたようだね」

「はい。勝手に病室使ってすんません」

「どうせ、使う予定がないのに清潔にしていたものさ。道具は使われてこそというもの」

 

 だから気にしないで、と語る背中に俺は「うす」と小さく返答した。

 

 それからすぐ、彼女は振り返る。手の中には湯気の立つマグカップが二つあった。

 

「さ、君も疲れただろう。そこに座って」

「あ、はい」

 

 言われた通り、さっき座っていた椅子に腰を下ろす。

 

 リュールさんは対面に座り、テーブルに置かれたマグカップを受け取った。

 

 仮面を外し、中身を火傷しないよう喉に流し込む。

 

 話に集中していて、結局持ってきた水を飲んでなかった体に甘い味と暖かさが染み渡った。

 

「……ふぅ。生き返りました」

「それは重畳」

 

 なぜか俺を見ていたリュールさんは、くすりと笑いながら自分もカップに口付けた。

 

 

 

 

 しばらく、互いに飲み物をすする音だけが木霊する。

 

 不思議と気まずい雰囲気はなくて、随分と慣れたもんだと心の中で独り言ちた。

 

 のんびりとした気分でいるうちに、いつの間にかカップの中身は半分もなくて。

 

「……それで」

 

 その頃、口元からカップを離した彼女が呟いた。

 

 俺も同じようにして視線を合わせると、彼女は深緑の瞳で俺のことを見つめてくる。

 

「これからどうするんだい? あの女性の傷を治すだけで、これまでのように()()()()()()()()()()()ということは、何か意味があるんだろう?」

「……ああ」

 

 再生魔法とは、根元を辿れば時に干渉する概念の魔法。

 

 最もその適正に優れたリュールさんであれば、特定の時点まで記憶を巻き戻すこともできる。

 

 これまでの仕事では、ごく稀に発生する目撃者に対してそうしてきた。

 

 それなのに、今回表の組織の人間であるパラディ捜査官をそのままにしたのは……

 

「今回の依頼、さ。多分、あいつからの試練だと思うんだ」

「試練、ね」

「そもそも、最初から気になってたんだよ。依頼書には博士の保護だけなのに、やけに情報が多かった」

 

 単に一人の人間の身柄を確保するだけなら、顔写真と名前だけ情報を与えればいいんだ。

 

 それ以前に俺じゃなくて、()()()()()()使()()の一人を向かわせればそれだけで終わる。

 

 なのに、最低限以上のものを与えられた。絶対に必要なことしか口にしないあのボスが、だ。

 

 しかも、保安局の人間なんて関わったら面倒な人間の救助まで追加された。

 

 そこから推測されるのは……

 

「きっと、彼女を助けたこと自体に意味がある。俺が関わったという事実を、彼女が覚えている必要があるんじゃないかな」

「……それは何故だと考える?」

 

 試すように問われた言葉に、俺はまた少し考えを纏めてから。

 

「国家保安局……妙に気にかかる」

 

 捜査官であるパラディさんを助けた意味。そして話を聞く限り不穏な動きを見せているこの国の諜報機関。

 

 もしもこれが、保安局に対して何かを仕掛ける為の布石なのだとしたら……俺はやはり駒になっている。

 

「まあ、今更だからなんとも思わないけどさ」

「ふむ……」

「でも、あんたらじゃなくてわざわざ俺という()()を使うってことは、そこに人対人の心理的なものも関わってくるのは間違いない」

「我々が全員、そちらに手を回せないほど忙しいのかもしれないぞ?」

「だったらさっき、扉を開けなかったろ」

 

 彼女が少し、目を細めた。

 

 魔法で()()()()()()()なんて、そんなヤバいことができる人材が暇を持て余してる。

 

 その状況が何より、あえて俺に任せたのだという確証を強めさせる根拠になっていた。

 

「まあ、保安局のことは抜きにしても、事件のことまで情報を開示されてるグラント博士は、明らかに事態の収束を求められてる。だから……」

「………………」

「あれ? リュールさん?」

 

 返事がないことを不思議に思い、彼女を見る。

 

 

 

 そして、彼女の虚空を見つめる意識のない目に息を呑む。

 

 考え事をしているのではない。文字通り意識がこの場に存在していないようだ。

 

「……もしかして」

 

 そういうこと、なのだろうか。

 

 あることに思い至った俺は、彼女の意識が戻るのをじっと待つ。

 

 十秒、三十秒……あ、あれ、二分くらい経ったんだけど。

 

 え、マジで無視されてる? 話してた最中に意識から外れるなんて初めてなんだけど!? 

 

「え、ちょ、これどうしたら」

「……何を慌てふためいているのかな?」

「うわっ!? 戻ってきた!?」

「すまない、待たせたね」

 

 ビビる俺に苦笑して、リュールさんは一口カップの中身を煽る。

 

 あれ、心なしか機嫌が良さそうな……

 

 口を離した彼女は、気分を落ち着けるように一息つくと改めて俺を見た。

 

「今、〝天啓〟が降りたよ」

「っ……」

 

 やっぱり、リュールさんを通して会話は聞かれてたか。

 

「あいつは、なんて?」

「〝期待している〟、と」

「そ、っか」

 

 ほっと、自分の考えが間違っていなかったことに安堵した。

 

 同時になんだかむず痒くなってきて、少し体を揺するとリュールさんが怪訝な顔をする。

 

「どうした?」

「いや、その、なんつーかさ……ダチにそういうこと言われんのって照れくさいけど、嬉しいなって」

 

 南雲があいつにもっと頼ってほしいって愚痴る気持ちが、少しわかった気がする。

 

 俺だって旧世界で、ファウストの尖兵としてそれなりにあいつの頑張りも苦悩も見てきたつもりだ。

 

 だから、今こうして何かを任されてるってのが……なんか、嬉しい。

 

「私も、我らが神の言葉を届けられることを光栄に思うよ」

「おう。俄然やる気が湧いてきたぜ」

 

 この期待に必ず応えてみせよう。

 

 それに、間違ってなければ、事件のことや保安局の他に、この件には別の意図がある。

 

 それも含めて……まあ、ちょっと胃が痛いっていうか頭が痛いけど、頑張ろう。

 

「我々も最大限の支援を、と仰られた。是非頼ってくれ」

「うす」

 

 〝使えるものはなんでも使え、それで結果を出してこそ一流〟があいつからの教えだからな。

 

 頼りにさせてもらおう。

 

「ふむ…………」

「? なんか気になることでも?」

「いやね。どうにも君が彼女達の問題を解決しようとするのは、今語った目的だけではないような気がするのだが」

 

 ちょっと驚いた。

 

 表に出したつもりはなかったんだが、わずかな感情の機微とかから察したのかな。

 

 

 

 

 答えを待つようにこちらを見つめる目に、少し迷う。

 

 まあ、この場にいるのはリュールさんだけだし。別にいいか。

 

「……上手く言えないんだけど」

「………………」

「依頼とか抜きで、さ。力になりたいって、そう思ったんだ」

 

 俺だって褒められた人間じゃない。

 

 何が正しいとか間違ってるとか、もうそんなことを言う資格はないけど……でも。

 

「グラント博士も、パラディ捜査官も。こんな悪意で傷付いていい人間じゃないってことだけは、間違いじゃないはずだ」

「それはいわゆる、人間が持つ義侠心というやつかい?」

「そんな大層なもんじゃないさ。ただ……せめてもの線引き、かな」

 

 あの全てを利用する蛇が、南雲達だけは決してその枠に入れないように。

 

 闇の世界に浸かってしまった俺も、彼女達のような人間だけは絶対に守るという誓いを胸に。

 

 …………………………。

 

「うわっ超恥ずっ! やっぱり喋るんじゃなかった!」

「ふふっ、あはははははは!」

「ほらやっぱ笑ってる! わかってるよ、クサいってんだろ!?」

 

 自分でもちょっとキメ顔してたかなって自覚あったよ! これも()()()()の影響か!? 

 

「いや、違う違う。そういう意味で笑ったんじゃない」

「…………じゃあなんだよ」

「やはり良いと思ってね。個を得たとはいえ、結局我らは大いなる意思に従う群体。そういう理由で動くには人間性が育ちきっていない」

「俺からすれば、もうあんたら人間にしか見えないけどな」

 

 アホみたいに美人なのを除いて。ラナで慣れてなきゃ絶対こんな風に話せねえ。

 

 そんなことを内心で口走っていると、突然立ち上がったリュールさんが身を乗り出してきた。

 

 グッと人間離れした美貌が近づき、同時に開いた胸元もググッと近づいてくる。

 

「しかし、私もそれなりに人間らしくなってきたと自負している」

「いいっ!?」

「ね、やっぱりここに来ないかい? 君は素敵だ。私のお気に入りだよ」

「じょ、冗談やめてくださいよ」

「冗談ではないのだがね」

 

 ひぃっ、もっと近づいてきた! 

 

 鼻先が触れてしまいそうな距離にある、完璧な顔にうろたえる。

 

 すると、コロリと彼女は表情を悪戯げに変える。

 

「なんてね。少し揶揄っただけさ」

「えっ」

「ふふ。驚いたかい?」

「な、なんだ。またいつもの冗談だったのかよ」

「どちらだろうね」

 

 くすくすと楽しそうに笑って、リュールさんが身を引いた。

 

 安堵に胸を撫で下ろす思いだった。ラナって最高の恋人がいるんだ、しっかりしろよ俺。

 

「さて、いい話を聞かせてもらった。今日はもう君も休むといい。ここは絶対に安全だ」

「お言葉に甘えるとするよ」

 

 正直、こっちに来た時の飛行機でちょっと仮眠しただけだったので結構疲れてる。

 

 ありがたく感じながら、俺は彼女に一言礼を言うと談話室を後にした。

 

 

 

 二階に上がり、二人が寝ている部屋の隣の個人病室を使わせてもらう。

 

 戦闘服を脱いでラフな格好になると、アンティーク調のベッドの上に身を投げ出した。

 

 途端にどっと体が重くなる。

 

「あー……疲れた」

 

 もう瞼が重い。今にも意識が落ちてしまいそうだ……

 

 なんとか姿勢をベッドの向きと同じに直し、腰から愛用のナイフを取り外してそばに置く。

 

 そして、毛布を被って枕を抱き締めたところで限界が来た。

 

 

 

 

 

「ぐう…………」

 

 

 

 

 

 明日に、なったら……二人と…………話さないと…………な……

 

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
 
これが今年最後。

みなさん、良いお年を。
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