星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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今回はクソ長くなりました。


まあ、仕方ないよね。だってアビスゲート卿だもの。


楽しんでいただけると嬉しいです。


映画の諜報機関はだいたいクロ 2

 

 闇夜の中、月光だけが煌々と輝く倉庫街。

 

 

 

 その陰に溶け込むような、サイドカーを付随させた黒塗りのバイクが進む。

 

 ヘッドライトだけが唯一、その行く先を照らしていた。

 

 運転手は、四方を高い建物に囲まれた場所へ慎重そうに侵入していった。

 

 やがて、白光が黒塗りの自動車を浮き彫りにする。

 

 封鎖された空間の入り口付近でバイクが止まると、サイドカーからヴァネッサとエミリーが降りる。

 

 そして、バイクのライトを切らずに、本体から影法師のような人物が地に両足をつけた。

 

 彼らを捉えるかのように、自動車のヘッドライトが点灯する。ヴァネッサが警戒に目を細めた。

 

 エミリーが影法師の腕をキュッと掴む中、後部座せのドアが開いて中から人が出てくる。

 

 最初は逆光で見えなかったが……ヴァネッサには、そのシルエットだけで十分だった。

 

 

 

(ああ、これは……キンバリーの方が、まだマシでしたね)

 

 

 

 逆光から、カツカツとヒールを鳴らして姿を見せるその人物。

 

 輪郭が、その顔がはっきりとし──その老女は、ヴァネッサへ冷たく告げるのだ。

 

「随分と手間をかけさせてくれたわね、パラディ捜査官。本来なら懲戒免職ものよ?」

 

 国家保安局局長、シャロン=マグダネス。

 

 ヴァネッサが最も敵に回したくなかった人物の登場に狼狽え、困惑するエミリーに彼女は目を向ける。

 

「初めまして、グラント博士。私は国家保安局の局長を務めているシャロン=マグダネス。貴女を安全な場所へ保護するわ。さあ。こちらへ」

 

 自分の言うことが絶対であるかのように、強い口調でシャロンが語る。

 

 それは促しているようで、強制的な意味が込められていた。

 

 助長するように、車から分析官アレン=パーカーと捜査官が一人降りてきて。

 

 エミリーは、そんな彼女らをキッと睨み据える。

 

「何が保護よっ! 私の家族を誘拐しておいて、よくもぬけぬけとっ」

「どうやら、貴女は大きな勘違いをしているようね。私達はグラント家の皆さんを保護したのであって、決して〝誘拐〟などではないわ。保安局の名に賭けてね」

 

 いかにも困ったように、()()()()()()()()に隠れるようにして睨むエミリーにシャロンは諭す。

 

 駄々をこねる子どもを説得するように、キンバリーの裏にいる組織に先を越される前に保護したことなどを語り出した。

 

 ヴァネッサにしか反応しないタブレットの設置、保護プログラム適用による親近者の保護……明朗な口調で、それを告げる。

 

 

 

(……東、六。西、八。北に十。後ろに八か)

 

 

 

「で、でも……」

 

 次々と並べ立てられる正当な根拠に、勢いを潰されて口ごもるエミリー。

 

 言いくるめられると直感したヴァネッサが、一歩彼女の前に歩み出た。

 

「局長。質問をよろしいでしょうか」

「控えなさい、パラディ捜査官。たった一人で窮地を切り抜け、ここまでグラント博士を保護した手腕は評価に値するけれど、独断専行が過ぎるわよ。ウォーレン達の襲撃を加味しても、いくらでも連絡を取れるタイミングはあったはずよ」

 

 ヴァネッサにとっては受け慣れた、バッサリと切り捨てるナイフのごとき言葉。

 

 あまりの事態に憤っているとでもいうように、いつもの数倍の眼光を放つ彼女に、しかし怯みはしない。

 

 それどころか、彼女がとった行動は驚くべきものだった。

 

「……自分が、何をしているのか、わかっているのかしら?」

「はい。これ以上ないほど。質問に答えていただけるまで、この銃口を外すことはありません」

 

 ピタリと、シャロンの頭に照準を合わせたヴァネッサにアレンが「ヒュ〜」と口笛を吹く。

 

 シャロンに負けず劣らずの目つきで睨みつける姿は、エミリーにはとても頼もしかった。

 

「クビ程度では済まないわよ」

「それでも、です」

 

 二つの視線がぶつかり合う。

 

 火花を散らす幻覚さえ見える視線の応酬は、しばらくの後にシャロンが嘆息したことで終わった。

 

 意味深なリアクションをした彼女は、一瞬複雑そうな顔を見せると視線で続きを促す。

 

 大きく反応することなくヴァネッサが口を開いた。

 

「何故、局長であるあなたがここに?」

「捜査官五名の喪失。うち一人は局で一番優秀な現場捜査官といっても過言ではないヒューズよ。そして犯人は、同じ捜査官……外部に漏れれば、メディアがどう弄ぶかは一目瞭然。それも、今世間を騒がせている【ベルセルク事件】に関連したもの……この事案は、もはや局全体で対応すべき事態にまで膨れ上がっているの」

「だから、貴女が表に出てきてもおかしくはないと?」

「当然でしょう。内部に、どれだけウォーレンのように息のかかった人間がいるのかわからない以上、他人に任せる危険を冒すよりよっぽど良いわ」

 

 実に正論だ。

 

 一刻を争う状況で、トップが自ら信頼して選んだ部下数名と動くというのは英断といっても良い。

 

 

 

 

 これでいいかしら? と見てくるシャロンから、しかしヴァネッサが銃口を外すことはなかった。

 

「では、もう一つ。研究棟での騒動の発端は、【ベルセルク】を盗み出そうとした何者かがキンバリーと争ったから。彼自身の報告によれば、まるで歯が立たないほどの手練れだったとか」

「……それが?」

「保安局の中でも戦闘能力の高いキンバリーをあしらえるほどの手練れを擁し、【ベルセルク】をあのタイミングで知っていて先駆けできる。なおかつ、キンバリーの背後にいるものとは別の組織。私には一つしか心当たりがありません」

「私が【ベルセルク】の奪取を指示したとでも言うのかしら?」

「違うのですか? 実際に襲撃したキンバリーは、私にその可能性を示唆しましたよ」

 

 シャロンは呆れ返ったように、大げさに天を仰いだ。

 

「まさか、裏切り者の言葉を真に受けたというの? だとすれば、貴女の捜査官としての資質を疑うわね」

「私のことはどうあれ、局長に襲撃指示の疑いがあることに違いはありません。局長、【ベルセルク】を盗むよう、指示を出したのは──貴女なのですか?」

 

 淡々と語っているように見せながらも、ヴァネッサの内心は冷や汗をかいていた。

 

 英国の一局を、数十年もの間背負ってきた女怪。状況証拠だけで何かを見破らせるほど甘くない。

 

 その恐れは現実であり、尋常でない威圧と銃口を向けられているにも関わらず、彼女は顔色一つ変えなかった。

 

 むしろ、問題児を見るような目でヴァネッサを見返してつつ答える。

 

「答えは〝NO〟よ」

「……それは本当ですか?」

「やっていないことは、悪魔の証明よ。それを示せというのなら、もはや貴女は捜査官失格ね。そもそも、どうして私がそのような回りくどいことをしなければならないのかしら?」

 

 確かに、最初から保護するつもりだったのだから、シャロンが危険を冒す必要はどこにもない。

 

 エミリーも、【ベルセルク】も、その対抗薬も、全てが手に入る。下手な手を打つ意味がないのだ。

 

 故に、根拠は状況証拠とヴァネッサの勘ただ一つ。だから動揺させてボロを出させるしかなかった。

 

 

 

(配置開始……完了までは数分ってとこか)

 

 

 

 ヴァネサは言葉に詰まる。

 

 いくら目を凝らしてもシャロンの目は揺るがない。すると段々、ヴァネッサの方が自分を疑い出した。

 

 彼女の言っていることは真実ではないか。最初の襲撃は第三の勢力ではないか……疑問が頭をめぐる。

 

「質問は終わり? なら、貴女を拘束するわ。まさか、この私に銃口を向けておいて任務を続行できるとは思っていないでしょうね?」

「っ……」

 

 シャロンが手をあげると、アレンの隣にいた捜査官が歩み出た。

 

 ヴァネッサを拘束するつもりなのだろう。エミリーは慌てて声を張り上げた。

 

「待って! ヴァネッサは私のためにやってくれただけなんです! 私をずっと守ってくれて
 ! だから──」

「グラント博士」

 

 鋭い眼光。これまで一度も向けられたことのない圧に、エミリーの喉は引き攣る。

 

「子供のわがままもいい加減にしてほしいわね。貴女をめぐるこの事件で、どれだけの犠牲が出たと思っているの?」

「それ、は……」

「天才なのでしょう? まあ、それは一つの分野に限ってということなのでしょうけど……物事の分別くらいは持っていてほしいわね。我々は、【ベルセルク】の開発者として、貴女を拘束し対抗薬を作らせる権限がある。国家の安全を脅かす事態ですからね。でも、そこに貴女のご家族を保護することまでは含まれていないのよ?」

「そんなっ。だって、ちゃんと保護してくれるって──」

「ええ、私達の善意でね」

 

 つまり、これ以上何か騒ぎたてようものならば、もう容赦はしないということだ。

 

 エミリーを拘束して対抗薬を作らせ、家族については放逐。キンバリーの組織にどうされようと関係ない。

 

 

 

 

 全ての発端であるエミリーは、従うしかないのだと。

 

 そうニコリと笑う顔は、彼女には悪魔の笑みに見えた。

 

「話は終わりよ」

 

 面倒だったと言わんばかりの顔で、シャロンが踵を返す。

 

 ヴァネッサが銃口を下げた。これ以上何もできることはないと諦めたかのように。

 

 エミリーが力無く俯く。自分は結局、わがままを叫ぶだけの子供だったと恥じるように。

 

 彼女達を確保する為、捜査官が歩み寄り──

 

 

 

 

 

「クソみたいな茶番は、終わりでいいか?」

 

 

 

 

 

 陰鬱な空気を、ナイフのような声音が切り裂いた。

 

 聞き覚えのない声に、シャロンが素早く振り返る。

 

 

 

 

 そこに、影がいた。

 

 黒いスーツで体を包み、左側に金の髑髏が彫刻された仮面とフードで完全に全身を隠した影帽子。

 

 アレンや捜査官、そして何故かヴァネッサやエミリーまでも驚いた様子で彼を見た。

 

 若干心が傷つきながらも、その影は……浩介は、仮面の奥から冷めた目でシャロンを見る。

 

「随分と脅しかけてくれるじゃないか。うちのボスは毒蛇だが、あんたも相当腹に溜め込んだ女狐だな」

 

 あからさまな挑発に、シャロンはスッと目を細めた。

 

 再び発せられた威圧からヴァネッサとエミリーを守るように、二人の前に浩介は立つ。

 

「……何者? ずっとどこかに潜んでいたようだけれど」

「いやずっといっ……まあ、それはいい。今の話題は、あんたがまだ十六の少女と、正義感溢れる捜査官を洗脳しようとしてるクソ野郎ってことだろ?」

「……洗脳?」

 

 訝しげに顔を上げたエミリーに、「そうさ」と軽蔑を滲ませた声で答える。

 

「まるで、エミリーが全ての元凶かのような言い回し。脅すような家族の所在の知らせ方。不安を煽るような言葉での思考誘導……なるほど、さすがは国のお偉いさんだ。清々しいほど厚顔無恥で笑えてくるぜ」

「貴方、一体誰に向かって物を──っ」

 

 シャロンが、言葉を止めた。

 

 不思議そうに彼女を見たアレン達や、そしてヴァネッサが、心底驚いた顔をする。

 

 シャロンが青い顔をしていたのだ。

 

 目を見開き、ポカンと開いた唇を戦慄かせ、顔色を蒼白にして、ある一点を見つめている。

 

 そう。浩介の纏う凝ったデザインのスーツ──その胸でライトに反射されて輝く、九の蛇に取り囲まれた紫蛇を。

 

 彼女はそれを知っている。また、アレンもその視線を追いかけて、全く同じ反応になった。

 

 彼も知っていたからだ。それと同じマークを刻んだ指輪を付けた、あの〝誰か〟を。

 

 知らぬうちに英国に入り込み、裏社会をたった数ヶ月で沈静化させ、あまつさえ表の世界まで侵食し。

 

 ついには政府の関連機関さえ掌握して、首相からの推薦状を携えて現れた、あの男を。

 

「勿論、エミリーに責任がないとは言わない」

「っ……」

「だが、その責任を果たすために彼女はここまでやってきた。大切な人を全て失い、なのに家族にも会えず、あまつさえ脅されて……俺も人のこと言えた立場じゃないけどよ。許せねえって思うだろ?」

「こう、すけ……」

「ヴァネッサのことだってそうだ。口封じしようって思惑がプンプンしてるぜ? 仲間を殺されて、怪我を負いながら、それでもたった一人で女の子を守ってきた部下に随分な仕打ちじゃあないか」

「……!」

 

 舞台役者のように、大袈裟な身振り手振りで演説をする浩介。

 

 声音は軽やかなようでいて──その実、全身から発する凄まじい殺気に誰も動けない。

 

 

 

 

 もっとも、本能的な恐怖に冷や汗をかいているのはシャロン達だけだ。

 

 殺意を向ける相手の選別。この技術を会得した今の浩介なら、その程度のことは容易い。

 

 そうして場を支配した浩介は、自分を呆然と見ている女に顔を向ける。

 

「ヴァネッサ」

「っ、はい」

「余計な建前やロジックはいらない。ただ、これまでずっとエミリーのために戦ってきたあんたの直感を聞かせてくれ。あんたから見て、この女狐は──どっちだ?」

 

 何も言わせないから、言ってみろ。

 

 そう言外に伝えるような言葉に、驚いたヴァネッサは一瞬視線を彷徨わせる。

 

 だが、それも一瞬のこと。

 

 覚悟を決めるように目元を引き締めた彼女は、顔を上げて宣言した。

 

「黒、だと思います」

「ブラボー。もう十分だ」

 

 よく言ったとヴァネッサの肩を軽く叩き、浩介はシャロンはゆるりと振り返る。

 

 若干、()()()()に人格が解放されつつある状態なのを無自覚である。

 

「ようやく確信したよ。今回の俺の役割……それは、エミリーを狙う組織も、あんたら保安局も、全て黙らせて彼女達を守ることだ」

「「──っ!」」

「まあそもそも、うちのボスからの依頼は二人の保護でね。最初からあんたらとはかち合うのが必然だったのさ」

 

 突然の言葉に驚いた二人は、後半のセリフを聞き逃した。

 

 対して、しっかりと聞いていたシャロンやアレンは、あることを確信する。

 

 間違いない。目の前の影を差し向けてきたのは──あの得体の知れない怪物だ! 

 

「……ヴァネッサ=パラディ」

「なんでしょうか、局長」

「貴女は……貴女は、自分がなんという怪物を引き入れたのか、理解しているの?」

 

 一度も見たことのない、恐怖に顔を引き攣らせた上司の顔にヴァネッサは面食らう。

 

 しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべると、万感の思いを込めて宣言した。

 

「ええ、分かっています。彼こそが、保安局のブラックリストにたった数年の活動で記載された凄腕の殺し屋──ミスターKです」

「……ミスターK、ですって?」

「ええ。彼がいれば キンバリーの裏にいる組織も、そして貴女にだって……」

「違うわ」

 

 はっきりと、その場に拒否が響く。

 

 得意げだったヴァネッサは、現実を否定したいがための言葉だと最初は思った。

 

 しかし、その呆れたような、あるいは畏れるような表情に、何か違和感を感じる。

 

「……どういう意味です?」

「確かに、ミスターKに連絡を取っていた貴女が誤解するのも無理はない。けれどそれは大きな間違いよ。何故なら……」

「ミスターKは保安局の暗部の人間。そうだろう?」

 

 再びの衝撃。

 

 目玉が眼窩からポロリと落ちてしまうのではないかというほど、シャロンは瞠目する。

 

 浩介は、やはり芝居がかった香ばしいポーズで言葉を続けた。

 

「察するに、保安局の人間にはさせられない仕事を請け負い、国家を脅かす存在を排除する非合法の部署というところか。ふっ、いかにもなネーミングがついていそうだよ」

「っ……なんのことかしら」

「ほう、シラを切るか。だが秘密というものは隠し通せぬものだよ。なあ──同類?」

 

 刹那、超速の早射ち。

 

 一瞬で背中から弓を取り外して展開した浩介は、()()()()()()矢を放つ。

 

 それは、ある人物の左肩を狙ったものだが──パンッ! と乾いた音に、矢は空中で破壊された。

 

 

 

 

 

 残骸がバラバラと地面に転がる。

 

 驚愕の顔でそれを見たヴァネッサとエミリーは、次に顔を上げてある方を見た。

 

「危ないなぁ。普通、人に向けて躊躇なく矢なんか射ちます?」

 

 いつの間にか、拳銃を構えたその男──分析官アレンは、へらりと笑いながら言う。

 

 ゆっくりと弓を降ろした浩介は、くつくつと仮面の奥で怪しげに笑った。

 

「ほう、防いでみせたか。だが化けの皮が剥がれたな? ()()()()K()?」

「な──ッ!?」

 

 まるで、喉に無理矢理何かを詰め込まれたような声がヴァネッサから漏れた。

 

 一見ヒョロリとしていて、全くその気を感じさせなかった分析官がミスターKだったこと。

 

 そんな人物を助手としているシャロンの、ひいては保安局の裏に闇の存在があること。

 

 何よりも、それを証明した浩介が──ミスターKではなかったこと。

 

 一気に明かされた事実の全てが、ヴァネッサを激しく困惑させた。

 

「どうして、僕がそうだと断言できるんです?」

「声。体格。骨格。呼吸の仕方に動きの癖。そして気配。顔を変えようと隠しきれないものはある。何より……我が雷の矢は、よく効いただろう?」

 

 アレンが息を呑む。

 

 あの時、電撃矢を浴びせた男達の気配と、狙撃した位置を浩介はしっかりと覚えていた。

 

 しかも、屈強な男でも一発で昏倒させられる威力に設定してあるので後遺症も残る。

 

 それは僅かな筋肉の痺れや引き攣り、肌の炎症といったものだ。到底一日では治癒しないレベルの。

 

「今我が矢を迎撃した時、お前の左腕の挙動は一瞬遅れた。それは左肩の傷の痛みから。違うか?」

「……どこを射ったのか正確に覚えていると? それを確かめるために、私に矢を?」

「然り。あの時、一人だけ異質な気配だったのでな。お前のはよく覚えておいた」

 

 戦慄するアレン。あれほど噂になる暗殺の腕を持つ彼をして、目の前の影は尋常でなく思えた。

 

「さて、保安局局長殿。これでもまだ誤魔化すか?」

「……ミスターKの存在が別にある、と口を滑らせた時点で、私のミスだったということね」

「ほう、殊勝な態度ではないか。それで?」

 

 話してみせよ、と手で示す浩介。

 

 なんだかおかしくなってきた彼に、エミリーが怪訝な目を向けた。それは正しい。

 

 深く溜息を吐いたシャロンは、忌々しげに浩介を睨むとゆっくり口を開いた。

 

「【J・D(ジョン ドゥ)機関】。保安局と情報局、国内外の不穏分子や危険人物、組織に対抗する我が国二大組織に跨って存在する、()()()()()()()よ。構成員は全てアルファベットないし、ナンバーで呼ばれるわ」

「まさに映画の中のような組織だな。ヴァネッサの言とこれまでの話から推測したが……大きな組織というのは、えてして闇があるものだ」

「……貴方が、貴方達がそれを言うの?」

 

 シャロンからすれば、まさに〝闇〟は浩介、そしてあのもう顔も思い出せない男だ。

 

 いつから存在していた? どこからやって来た? 何故あれほどの影響力を持っている? どこまでこの世界を侵している? 

 

 いくら調べようとしても、全くわからない。情報も、実態も、その片鱗すらも掴めない。

 

 まるで、晴れることのない闇を掻き分けようとするような、不安で曖昧な感覚。

 

 その尖兵が、目の前にいた。

 

「さて? 我自身、この影に繋がっている闇がどこまで広がっているのか、想像が及ばぬ」

 

 両手を広げ、少し首を傾げて、不気味な雰囲気を醸し出す浩介。

 

 思わず喉を鳴らしたシャロンに、ヴァネッサがなんとも複雑な顔で浩介のことを見る。

 

 

 

 

 衝撃から立ち直った彼女は、徐々に理解をし始めた。

 

 思い出すのは、通報を受けてエミリーと研究室の関係者の保護に向かうのに際して行われたミーティング。

 

 その時にアレンが提示した資料と情報は、通報を受けてから半日程度なのに見事なものだった。 

 

 そこに、今明らかにされた情報と実力を含めれば、ミスターKだという事実が真実味を帯びてくる。

 

 

 

(私は……彼がミスターKだと、思いたかっただけなのですね)

 

 

 

 ヴァネッサも、まだ年若く正義感と誠実さに敏感だ。

 

 自分が下した苦渋の決断が空ぶったとは、あの先行きの見えない状況で思いたくなかった。

 

 だから、浩介へ感じたいくつもの違和感から目を逸らし、自分を安心させた。

 

 そのヴェールが剥がされた今、ヴァネッサが気になることはただ一つ。

 

「ミスターK……いえ、貴方は…………いったい、誰ですか?」

 

 ミスターKでも、キンバリーの仲間でもなく、〝誰か〟の依頼で自分達を助けた男。

 

 一応、フルネームは出さないよう気をつけながら問いかけると、影帽子は「ふっ」と笑う。

 

「我が名を欲するか。ならば改めて名乗ろう、闇に潜みしこの忌み名を!」

 

 高らかに宣言した浩介は、妙に格好つけた動きで足を開く! 右手を横に向けた仮面に添える! 

 

 クイッと腰を絶妙に曲げ、バッ! と左手を天に掲げる! 香ばしい動きで! とても香ばしい動きで! 

 

 

 

 

 

「我は〝影淵の牙(アビス)〟! コウスケ・E・アビスゲート! 世界を呑む紫蛇(しじゃ)の、隠されし8本目の牙! 首領の命と我が義憤心に従い、悪意に晒されし乙女を守る為ここに立つ、悪の断罪者なり!」

 

 

 

 

 

 クルッとターン! からの決めポーズ! 特に意味はない! 

 

 もはや完全に()()()浩介は、視線の集中砲火のど真ん中で台詞をキメた! 

 

「コウスケ、E、アビス、ゲート……」

 

 噛み締めるように、ヴァネッサがどこか恍惚とした瞳で復唱する。

 

「コウスケ・E・アビスゲート……」

「なんて恐ろしい響きだ……」

 

 シャロンとアレンが、恐れ慄くように表情を痙攣らせながら呟く。

 

「え、でもこうすけの名前って……」

「ふっ、天より才を授かりし少女よ。無粋なことは言わないでいい」

「あ、はい」

 

 ジトッとした目つきで本名を言おうとしたエミリーが、すかさず制止した浩介に口を噤む。

 

 三者三様の、様々なリアクションを受けた浩介は、ゆっくりとポーズを解きながら。

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………この依頼が終わったら、しばらく無人島に引きこもろう)

 

 

 

 

 

 

 

 内心、死にたくなっていた。

 

 

 

 




読んでいただき、ありがとうございます。
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