星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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これで半分かな。


楽しんでいただけると嬉しいです。


映画の諜報機関はだいたいクロ 4

 

 

 

 

 

「……この状況で、何を知りたいというの?」

 

 

 

 円陣の奥から、戦慄と焦燥の滲む声でシャロンは返答する。

 

 アビスゲートさんはゆったりとした動作で、人差し指を点に向けて突き立てた。

 

「無論、お前達の傲慢と矛盾についてだ」

「なんですって……?」

 

 たった一つ。それだけを訪ねると、アビスゲートは立てた指を向ける。

 

 まるで喉元にナイフを突きつけられているような錯覚を、シャロンと局員達は覚えた。

 

「国家を守りし者よ。お前の言葉は間違いではない。清純の盾で守れるものはごく限られている。その影に必要悪という、黒き刃を潜ませることはある意味道理だ」

 

 アビスゲートの言葉に、その場の誰もが驚いた。

 

 まるで、シャロン達を肯定するような言葉。

 

 まさか肯定されるとは思わず、彼女達やエミリーは困惑し、そしてヴァネッサがショックを受けている。

 

「想いだけではままならない。力だけでも足り得ない。汚泥に塗れる覚悟がなければ、何かを守れるはずがない」

 

 それは、海千山千のシャロンでさえも恐れる毒蛇(スネーク)の隠し牙としての言葉。

 

「けれど、全ては守れない。人の定めた善悪も常識も超越し、罪を許容してでも、選択しなければならない時がある」

 

 正義とは、酷く限定的で、脆弱だ。

 

 悪意から、敵意から大きなもの……それこそ国家を守るためには、正法ではない外法が必須。

 

 その外法の体現として、選べるもの全てを守ろうと悪逆を許容した男の決意を、遠藤浩介は知っている。

 

 報われるはずもなかった彼の苦しみを密かに赤き蛇から明かされた時、せめて一片でも背負えたならと。

 

 そう、浩介は旧世界で刃を握った。

 

 

 

 

 だから、その言葉には。

 

 誰もが聞き入り、心を強く打ち付けるだけの重さが、確かに存在していた。

 

「故にこそ、その悪には最大の矜持を」

 

 今も、気持ちは変わっていない。

 

「踏み躙ることを選ぶならば、その背に守るものには絶対の平穏を」

 

 この世界で生き返り、大切な人達に囲まれ、最期に望んだ〝愛と平和〟を手に入れて。

 

「その刃に、気高き決意と揺らがぬ信念を」

 

 誰にも傷つけさせまいと、今度こそ最後まで守るのだと。

 

 その為ならば、この身を再び世界を覆う影へと成そう。

 

 そう、大切な人には告げないままにしてしまうのだろう独白を男から聞いた、浩介は。

 

 

(そんなこと聞いたらさ。たとえ、今言ったことは忘れてくれ、なんて言われたって……)

 

 

「それすら、己に誓いきれないのなら」

 

 声に、怒りと覚悟を強く込めて。

 

 彼は、シャロン達へと告げる。

 

 

 

 

 

「守るなどと戯言をのたまうのは、許されない傲慢だ」

 

 

 

 

 

(ダチとして、力を貸さなきゃ男じゃねえだろ)

 

 

 

 遠藤浩介は、今一度牙になることを選択した。

 

 大勢に理解されず、畏怖され憎まれるだろう、その覚悟を支える為に。

 

 あの魔王のように、圧倒的な力はない。

 

 美しき剣鬼のような切り拓く愛も、最愛のために自らを罰し続けた愚者の強かさもない。

 

 それでも、今度こそ彼を愛と平和から引き離さないよう、自分にもできることがあるのなら。

 

 我が身を、悪を屠る影の端くれにでもなんでもしてみせよう。

 

 その覚悟だけは、彼らにだって負けはしない。

 

「お前達はどうだ」

「…………」

 

 絶対悪の尖兵として、必要悪を主張する者へと追求する。

 

「エミリー=グラントもまた……お前達が守ると定めた者ではないのか?」

 

 守ってくれると、命を預けられると、そう国民達に信じられているお前達は。

 

 信じていたはずの、たった一人の少女に牙を剥くのかと。守ると選んだ一方まで踏み躙るのかと。

 

 ……その問いにシャロンは答えなかった。口を噤み、ただ鋭い眼光だけを彼に向けながら。

 

「この国に生まれ、育ち、生きている人々の命を尊び、その為に悪を為すと言ったな。その大義名分を掲げておきながら、それができる立場でいながら。難病の治療薬を作りたいと、必死に頑張っている少女を追い詰め、利用することが、お前達の〝信念〟なのか?」

 

 同じ悪でありながら、影ではなく光も併せ持つ国家保安局という存在そのものへ問いかける。

 

 隊員達は複雑な表情や、罪悪感を顔に浮かべた。何も思っていないというわけでもなさそうだ。

 

 唯一、顔色を変えなかったシャロンと、仮面越しにじっと視線を交わし合う。

 

 

 

 

 経過した時間は、1分か、あるいは5分だったか。

 

 果てしないと感じるほど視線の応酬をした末に、先に深くため息をついたのはシャロン。

 

「……私もまた、国家の犬なの」

 

 そっと囁くように、けれど迷いのない声音で、彼女は答えた。

 

「そのことに卑下もなければ後悔もない。まして、迷いなどあるわけがない。……既に、決定は下されたのよ」

「…………そう、か。残念だよ」

 

 似ているようで、自分とは違う。アビスゲートはそのことをよく理解した。

 

 多くの国民のために、たった一人の国民に苦しみと恐怖を要求する。それが答えだった。

 

 それが祖国の意思(ウィル)なら、己の魂を腐らせることも承知の上だと。

 

「……研究棟でのことは、痛恨のミスだったわ。キンバリーの裏切りも、ダウン教室の学生の行動も察知できなかった。アレン一人を潜入させたのは、判断ミスだったと言わざるを得ないわ」

 

 よもや部下が、ベルセルクを狙う別の組織の構成員と入れ替わっているとは思いもしなかった。

 

 アレンが自分の存在を露呈させてしまったのは、予想外の動きをする彼らに動揺したからだ。

 

「申し訳なかったわね」

「そんな、そんな言葉でっ」

 

 簡潔すぎる謝意に、エミリーが顔を憤怒に彩る。

 

 何人の命が失われたと思っているのか。自分の姉が、兄が……夢が、どれだけ滅茶苦茶にされたか。

 

 憤る彼女に、けれどシャロンの顔は冷たいまま。最初から本当に許されようなどとは思っていない。

 

「私からも一つ、いいかしら」

「何かね?」

「私達の決断を悪とする貴方は……あの男は、彼女をどうするつもりなの?」

「さてな。我はあくまで牙の一本。ボスの意志は深淵の底だ」

 

 おどけるように肩をすくめる浩介だが、内心では異なる考えを抱いていた。

 

 少なくとも、こういう考えのもと動いている自分に依頼したのは()()()()()()だろうと。

 

 保安局やキンバリー等のようにエミリーを傷つける意思は、あの男にはあるまい。

 

 彼の内心など読み取れないシャロンは、答える気がないと解釈して「そう」と小さく呟く。

 

「だが、これだけは明白に宣言できよう」

 

 そんな彼女と、そして自分を不安げに見つめる二人の女に、アビスゲートは声を張り上げる。

 

「我の意思は既に定まっている。たとえ、我らが首領がなんと命じようとも──この身の全てを賭け、エミリー=グラントを守り続けると」

「……っ!」

「我は光にあらず。我は救いにあらず。ただ、世界を飲み込む影の一手に過ぎない。しかして──」

 

 くるっとターン入ります! からの両足をやや大仰に開き、上半身をひねります! 

 

 絶妙なバランスを保ちつつ、右手を仮面に添えると人差し指をシャロン達に向けるアビスゲートさん! 

 

「影にも、仁義はある。信念がある。我が矜持が、無辜の少女を守れとそう訴える!」

「はぁ……素敵です、コウスケさん」

「そ、そう……?」

 

 うっとりしているSOUSKANと、若干引いているエミリーに構わず、アビスゲートさんは叫ぶ! 

 

「宣言しよう! 影の淵より生まれ出ずる牙、コウスケ・E・アビスゲートは、エミリー=グラントの身命と、そして心を守り通すと!」

「こう、すけ……」

 

 だが、次の言葉はエミリーにも突き刺さった。

 

 なんであんなポーズなんだとか、口調がどんどんおかしくなってるとか、隣のヴァネッサが祈りを捧げてるとか。

 

 色々気になることはあるけれど、それでも……顔を真っ赤にするくらいには、心に響いた。

 

 

 

(…………………………今すぐ舌を噛み切って死にたい)

 

 

 

 心の中でビックンビックン痙攣している浩介はともかく、その場の全員が圧倒されていた。

 

 完全に場を掌握したアビスゲートさんは、ゆっくりポーズを解いてシャロン達に向き直る。

 

「さて。もう彼らは必要ないな。眠ってもらおう」

「何ですって?」

 

 懐から先程とは別の端末を取り出したアビスゲートは、その青いスイッチを押し込む。

 

 直後、怪訝な顔をしていた局員達の体が青い稲妻に包まれ、夜の闇を照らした。

 

「ぐぁああぁぁああっ!?」

「あばばばばばばばっ!?」

「おぉおおおおおおっ!?」

「なっ!?」

 

 苦悶の悲鳴をあげた局員達は踊るように全身を痙攣させ、光の消失とともにその場で崩れ落ちた。

 

 全員が焦げた匂いを立ち上らせ、気絶している。丸裸の状態になったシャロンは動揺した。

 

「安心したまえ。あくまで気絶しただけだ、吊るしている彼らも含め殺してはいない」

「っ……最初から、わざと残したということ?」

「守られているという安心感があったほうが、質問に答えやすいだろう?」

 

 動きの良い何人かの局員をあえて捕縛せず、代わりに感電ディスクをくっ付けておいた。

 

 そうすることでシャロンに心理的な安心をもたらし、質問に答えやすい状況を作り出した。

 

「チェックだ、局長殿。どこにも逃げられはしない」

「…………私の完敗ね」

 

 無防備となった彼女は、アビスゲートの影分身達を見て深くため息をつく。

 

 あの局長を完全に下したことに、ヴァネッサはアビスゲートの背中を畏敬と何かの混じった目で見た。

 

「しっかりと敗北を噛み締めたまえよ。……さて、では次といこう」

「「次?」」

 

 首を傾げるエミリーとヴァネッサに、アビスゲートはやや凝った動きで天を指した。

 

 二人と、シャロンが顔を振り上げて──絶句する。

 

 

 

 

 闇夜の中を、人が歩いていた。

 

 月光に照らされた黒い空の中、カツン、カツン、と足音を響かせて、一つの人影が舞い降りる。

 

 やがて、はっきりと見えるようになったそれが、またもアビスゲートの分身であると理解する。

 

 重力魔法の足場で降りてきた分身は、肩に担いでいた何かを地面に放った。

 

「ぐっ……」

「あれって!」

「キンバリー……!?」

 

 地面に転がされたのは、裏切り者の保安局員。

 

 ワイルドなイケメンだった彼は全身を血と傷で彩り、手足がおかしな方向に曲がっている。

 

 ディスクの爆発に直撃したが、車の中にいたことで、それがシェルターとなってかろうじて生き残っていた。

 

 無論、アビスゲートが彼だけはギリギリ生き残るよう、ディスクを配置したのだが。

 

「がはっ……まったく、ついてねぇぜ」

「それもまた、貴様の選択だ。救いがたき外道よ」

 

 冷徹に告げるアビスゲートに、キンバリーは胡乱げな目で周囲を見る。

 

 吊るされて呻いている保安局員や、先ほどの光景で座り込んでいるシャロン、倒れた局員を見て、ハッと笑う。

 

「俺達を、爆弾で全員吹っ飛ばしておいてよく言うぜ…………この、化け物め」

「ふっ、褒め言葉だな」

「そのくせ、保安局のやつらは……痛めつけるだけかよ?」

「確かに我は悪人だ。しかし、国への愛国心だけは捨てなかった者と、我欲の為に仲間も無辜の人々も巻き込んだ者。果たして両者は同じかね、裏切り者(マーダー)?」

 

 痛烈な返しに、キンバリーは体調的にも反論する余裕がないのか、口を噤んだ。

 

 

 

(まあ、極力自分の力で解決したいし、そうなると保安局の方は後始末が厄介だってのもあるんだが)

 

 

 

 あるいは〝組織〟の力を使えば、彼らは最初からいなかったことにさえなるだろう。

 

 しかし、それは浩介の主義に反するし……何より、頼りきりになりたくはない。

 

「では、フィナーレといこうか」

「うぐっ」

 

 重力魔法を行使し、キンバリーを宙に浮かせる。

 

 ついでに棒立ちしていた分身を操り、地面に貼り付けになっていたアレンを引きずり上げた。

 

 もう一体増やした分身にキンバリーを預け、二人は十字架に架けられたかの存在のようなポーズにされる。

 

 さらに一体、円陣から歩み出た分身がアレンの横っ面に痛烈なビンタを食らわせた。

 

「あべっ!? はっ! わ、私は何を!?」

「起きたか、ミスターK」

「貴方は……って、あれ? な、なんで私宙に浮いて……」

 

 困惑しているアレンを一瞥し、アビスゲートは体を傾ける。

 

 そうすると、宙吊りになった二人を複雑な目で見ていた二人の女に手を差し出した。

 

「エミリー=グラント。ヴァネッサ=パラディ。最後の余興だ」

「余興……?」

「なんでしょう、我が神よ」

 

 不思議そうに聞き返すエミリー。すちゃっ、と機敏な動きで片膝をつくヴァネッサ。

 

 エミリーとアビスゲートの中の浩介がギョッとする中、深淵卿は高らかに告げる。

 

「お前達の仇を、捕らえたぞ」

「「……っ!」」

 

 ハッとする二人。

 

 誘うように、手で二人を示しながらアビスゲートが道を開く。

 

 二人はしばらく、その場で呆然としていた。

 

 だが、やがて覚悟を決めたように表情を変えると、ゆっくり罪人達を睨みつけた。

 

 異様な雰囲気と、彼女達の顔を彩る憤怒の色に、自分達がどうなるか理解した二人が慌て始める。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 話を聞いてくれ、あれは俺にも事情があったんだ!」

「あ、あのぅ、お嬢さん? しくじったことは、私も悪いと思っていまして……」

「聞くに耐えぬ懺悔……否、聞くに値しない戯言だな」

 

 やれやれ、とオーバーな動きでアビスゲートがかぶりをふり。

 

 そして彼が、心のうちに燃える怒りの業火を解き放った乙女達へ問いかける。

 

「このような外道、許せるか?」

 

 二人が、言葉で返すことはなかった。

 

 だが、その瞳が、固く引き結んだ口元が、握り締められた拳が、震える体が。

 

 一歩、重々しく踏み出した足が、絶対の断罪を望んでいることを証明する。

 

 

 

 

 二人の脳裏に、この数日の出来事が駆け巡る。

 

 兄が死んだ。姉が死んだ。未来への希望を奪われた。失敗した? だからなんだ、奪ったことには変わりない。

 

 尊敬する上司が死んだ。仲間が死んだ。信頼を踏み躙り、金の為に背中から撃ったのは、このクソ野郎だ。

 

 

 

 

 

 許せる、はずがない。

 

 

 

 

 歩みは止まらない。往生際悪く言い訳を並べ立てる畜生達に、返す言葉などありはしない。

 

 やがてそれは、疾走へと変わっていき。

 

 何を言っても無駄だと悟った男達は、所詮女の拳だと諦めたように嘆息する。

 

「良い顔だ」

 

 そんな侮りは、この深淵卿が許さない。

 

 ゆるりともたげた両腕から、スーツの一部が液状化して飛んでいく。

 

 それらはエミリーとヴァネッサ、それぞれが引き絞った拳に付着し、形をとった。

 

 深淵卿の重力魔法の魔力光を伴う、何十もの鋭い棘を拵えた凶器に。

 

 サッとキンバリー達の顔が青ざめる。あんなヤバい光を放つモノ、当たれば死ぬ! 

 

「ちょっ」

「待っ」

「「死に腐れ──」」

 

 

 

 ガッ! と、今日一番の足音を響かせ、踏み込みで地面を粉砕し。

 

 

 

 大きく開いた足から腰へ、腰から腕へと、あらんかぎりの力を込め。

 

 

 

 その獄炎の如き怒りと憎しみを、拳に込めて! 

 

 

 

 

 

「「このクソ野郎ッ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 万感の込められた拳が、罪人達の頬をぶち抜くッ! 

 

「ゲパァッ!?」

「オブュッ!?」

 

 奇妙な声を上げ、アレンはエミリーの、キンバリーはヴァネッサの拳を受けた。

 

 常人の軽く十倍はある膂力に頬骨は砕け、肉が裂け、歯も砕けて、顔を伝って全身にまで衝撃は伝播する。

 

 重力魔法に縛り付けられたことで、余すことなくその力は行き渡り、二人の体は宙でひしゃげた。

 

「終わりだ、下郎共」

 

 その力が完全に失われる直前、両手でアビスゲートさんがフィンガースナップ。

 

 魔法が解除され、残る推進力によって二人は錐揉み回転しながら地面に激突。

 

 仲良くバウンドし、揃って車のガラスに顔を突っ込んだ。

 

 

 

 

 沈黙が訪れる。

 

 誰もが言葉を発せない中で、エミリーとヴァネッサの荒い吐息だけが空気を震わせた。

 

 ケツを突き出して動かないキンバリー達に、シャロンと目を覚ました宙吊りの局員達が無言で戦慄する。

 

「二人とも」

 

 その中で、アビスゲートが二人に歩み寄った。

 

 反動をうまく逃したとはいえ、規格外の力に疲労困憊という様子の彼女達は緩慢に顔を上げる。

 

「惚れ惚れするような一撃だった」

 

 静かに告げられた、その言葉に。

 

 二人は顔を見合わせて、それからもう一度憑き物が落ちたような顔で彼を見て。

 

 とてもいい笑顔を浮かべ、サムズアップした。

 

「その勇気には、報いがなければな」

「え?」

 

 怪訝な顔をする二人へ、アビスゲートはとある方を手で示す。

 

 つられて彼女達がそちらを見ると、闇の中に佇む倉庫がそこにはあった。

 

 鉄扉に視線が集まると、内側から錆びた音を立て開いていく。

 

 その内からは──

 

「ふむ。些か音が気になるな。シーラ殿にとっても良くないだろう。カール氏、メンテナンスの必要を感じるが?」

「あ、ああ。その、ちょうどメンテナンスに出しに行くつもりだったんだよ? な、なぁ、お前?」

「ええ、そ、そうなのよ。それで、出かけようとしていたところで、保安局の人達が来たから……」

「なるほど、不躾な質問だったな」

 

 困惑した様子の中年の男女と、車椅子に乗った老女。そして椅子を転がす影帽子。

 

 何が何だか分からない、という顔の夫婦らしき彼らと老婆に、エミリーが目を見開いた。

 

「お父さん! お母さん! おばあちゃんも!」

「っ! エミリー!」

「エミリーっ」

 

 喜びと安堵に溢れた娘の叫びに、すぐさま反応した父カールと母ソフィ。

 

 たまらず走っていったエミリーは、何者にも阻まれることなく二人の胸に飛び込んだ。

 

「お父さん、お母さんっ……よかった、よかったぁ……!」

「エミリー、ああっ、無事で本当によかった……」

「こうして会えて、とても嬉しいわ……」

 

 優しく、愛情に溢れた声音で頭や背中を撫でられ、エミリーはグッと目元を歪める。

 

 驚異的な精神力で耐え凌いでいたとはいえ、本来はまだ15歳のの少女。

 

 

 

 

 

 啜り泣く声が聞こえるまで、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。
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