星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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お久しぶりです。

他の作品がマンネリ気味なので、投稿したり。

楽しんでいただけると嬉しいです。


赤い蛇は牙を剥く

 

 

「粋なことをしますね、我が神よ」

「ふっ。これくらいの報酬はあってしかるべきだろう」

「心より感服いたします」

 

 跪き、恭しく頭を下げるヴァネッサに、アビスゲート卿は仮面の下でニヒルな笑みを浮かべる。

 

 心の中で浩介が浮かべる無表情との落差が酷い。クールな諜報員はどこへ行ったのだろう。

 

 

 

(まあ、気持ちは同じだけどな。やっぱり家族は一緒にいないと)

 

 

 

 アビスゲートとは遠藤浩介の一面。口にした言葉は本当だ。

 

 あれほどの困難を乗り越えた少女が、家族と抱き合い浮かべている笑顔には感じるものがある。

 

 

 

(……うちの家族も、これくらい気にかけてくれたらなぁ)

 

 

 

 遠藤浩介、24歳。旧世界の力を取り戻したことで存在感の希薄さに磨きがかかっていた。

 

 実家に帰って、両親や妹に挨拶しても気が付かれないことはザラ。

 

 なんなら一緒に食事をしていても見失われる。そろそろちゃんと認識してくれるラナ(恋人)が恋しい。

 

「さて。後始末といこうか」

 

 気分を切り替え、アビスゲートは顔の向きを変える。

 

 仮面を向けられたシャロンは、無言で彼を見返した。

 

「局長殿。貴殿には二つの選択肢を与えよう」

「選択肢、ですって?」

 

 アビスゲート卿が、右手を上げて人差し指を立てる。

 

「一つは今、この場で闇の中へ呑まれること」

「……今更我々が死んだところで、もうこの国は止まらないわ」

 

 その言葉を既に予期していたと言わんばかりに、シャロンの瞳は揺れなかった。

 

 鋼の意志を感じさせる表情に、アビスゲート卿は何も言わずに中指を立てる。

 

「そして、もう一つ。我々に協力することだ」

「協力……ね」

「我としてはこちらをお勧めするよ。その方が何かと得だと思うがな?」

「何を根拠に……」

「貴殿。既に我らが首領に近しい人物に会っているだろう?」

 

 

(あるいは、あの男自身に)

 

 

 シャロンは、口を噤んだ。

 

 動揺とも言えない反応だが、これまでの言動から鑑みてアビスゲートは確信する。

 

 悟られたことを勘付いているのか、シャロンの眼光が鋭さを増した。

 

「ならば、知っているはずだ。その力をな」

「……大した脅迫ね。つまり、ここで承諾すれば帳消しにすると?」

「少なくとも、悪いことにはなるまいよ」

「随分な自信だこと。まるで、国家相手に上位の立場にいると言いたげね」

「そうではないと?」

 

 彼女は再び閉口する。

 

 否、と言えなかった。それほどまでにあの時の記憶は鮮明だったのだ。

 

 

 

 

 国を裏から、誰にも悟られず頂点まで蝕む影響力。

 

 そんなことが出来る者が差し向けてきた、目の前にいる規格外の化け物。

 

 先ほど、影は自らを尖兵と言った。あれほどの芸当をしてみせた怪物が、たかが尖兵なのだ! 

 

 その影の先に繋がった闇の総力は、もはや測り知れない。

 

「もし断れば?」

「想像するがいい。少しずつ貴殿らが、国の重鎮達が我らの操り人形にすり替わり、やがて傀儡になっていく様を」

「……っ」

「よく考えることだな。局長殿はまさに今、そのトリガーに指をかけているのだから」

 

 威圧感すら伴う言葉に、シャロンは悟る。

 

 

 

 

 

 これは交渉ではない。譲歩だ。

 

 

 

 

 その気になれば如何とでも出来る所を、あえて選ばせようとしている。

 

 護国に全てを捧げたと言ったシャロンに対して、挑発しているかのようだった。

 

 同時に、それが出来る立場であるということを示している。

 

 

 

(まあ、半分はハッタリだ。自分でどうにかするって決めたし、ただでさえ多忙なあいつにこんなこと任せられねえ)  

 

 

 

 逡巡の様子が見られるシャロンに、浩介は内心で静かに待った。

 

 極力〝組織〟を頼るつもりがない以上、後始末を丸投げするより既存のシステムを利用した方が効率的なのは明らか。

 

 強大な発言力を持つこの老女は、生かしておけばこの国に対して良い交渉を行ってくれることだろう。

 

 それこそ、ベルセルクの一件に関して重鎮達に待ったをかけられる程度には。

 

 

 

 

 万が一断ったとしても、その時はせめてシャロン達とキンバリーの背後にいる者達だけは潰す。

 

 当初の目的である、エミリーとヴァネッサを心身共に保護することだけは完遂してみせよう。

 

 そう密かに決意しつつ、言葉を重ねる。

 

「我らが呑み込んだこの国は、果たして貴殿が守ろうとしたものなのか。死後も悔やみ続けたいか?」

「……悪魔め」

「フッ。我などまだ生易しい方よ。……ていうか他の牙だったら、あんたら下手したら国ごとデストロイしてるから。いやマジで」

 

 ちょっと中の浩介が顔を出した。いきなり切羽詰まった声音になって、シャロンが困惑する。

 

 もし担当したのが他の最高幹部であったら、速やかにこの国を地図から消したであろう。

 

 歴史的にも物理的にも、使徒達なら絶対やる。そしてごく自然に隠蔽する。

 

 こんなふうに交渉を持ちかける牙は、それこそ唯一の人間である浩介くらいのものだ。

 

「んんっ。して、局長殿。答えは如何に?」

「……少し、待ってちょうだい」

 

 改めて投げかけられた問いに、シャロンは熟考した。

 

 譲歩を呑んだ際のメリットと、拒んだ場合のデメリット、その比重について思考を巡らせる。

 

 ここで頷けば、あの人物との協定関係は対等ではないとはいえ保たれる。

 

 この上下関係性は、今後致命的な不利を保安局や国家に生む可能性があるが、それは今更だろう。

 

 では首を横に振り、この影や、背後にいる大いなる闇と全面戦争をするか? たかだか生物兵器一つの為に? 

 

 その為に、何人の国民が死ぬ? 今折れるのに比べて、どれだけの労力と時間、資源や時間を浪費する? 

 

 

 

 どれだけ国を食い潰せば、果てがあるかもわからないこの闇を払えるのだ? 

 

 

 

 何十通りと、長年保安局のトップに立ち続けた所以たる明晰な頭脳でその案を考え出して。

 

 ……だが、もはや計算することもなく、答えは明らかだった。

 

「圧倒的に割りに合わない、わね……」

 

 ふっと、シャロンは諦めたような笑みを口元に浮かべる。

 

 すぐにそれは消え、元の鉄面皮に戻って彼女はアビスゲート卿を見上げた。

 

「答えは決まったようだな」

「ええ。ベルセルクは制御不能、特効薬の精製も不可能。付随する数々の危険性から処分が最善の策……こんなところでどうかしら?」

「素晴らしい。貴殿ならば、存分にその言葉に込められた意味を語ってくれると信じているよ」

「全く嬉しくないけれど、お褒めの言葉をありがとう」

 

 皮肉のたっぷりこもった声音で言うシャロンに、アビスゲート卿は指を鳴らした。

 

 すると空中に張り巡らされていた糸が一人でに解け、縛られていた局員達を解放する。

 

 地面に転がり、呻き声を上げる者もいれば痛みで目を覚ます者もいる。

 

 

 

 

 一人として死んでいない。それは殺すことよりも至難な技だ。

 

 いよいよ呆れ笑いをするシャロンに踵を返し、事態を静観していたエミリーへ歩み寄る卿。

 

「エミリー。見ての通り、彼らの協力を得られた」

「……そう、みたいね」

「しかし、これは我の利益。エミリーの目的ではない」

 

 ハッとするエミリー。

 

 顔を上げた彼女の目には、どうしても消えようのない憎悪の火がちらついていた。

 

 仮面の奥から確とそれを見ながら、影の使者は言葉を紡ぐ。

 

「君が望むならば、遍くを滅ぼそう。そうすることでも我が目的は達成できる」

「っ……」

 

 顔を俯かせ、体を震わせるエミリー。

 

 強く握られ、震える拳からは、怒りと殺意に近しい憤怒が現れていて。

 

 十五歳の少女の内に閉じ込められた衝動に、アビスゲート卿(浩介)は問う。

 

「どうする?」

 

 望むならば、この影蛇の口の中に全てを呑み込んでしまえる。

 

 その力を貸そうと、そう問いかける影を、ヴァネッサやシャロンが静かな瞳で見つめる。

 

 全ての決定権を委ねられたエミリーは、しばらくそのまま俯いていた。

 

「…………こうすけ」

「何かね」

 

 やがて。

 

 エミリーは、拳を強く握りしめながら、顔を上げた。

 

「私を、舐めないで」

 

 解かれた両手が、卿の胸元を掴み上げた。

 

 背後で彼女の家族が制止をかけようとするが、気にせずエミリーは卿を睨め上げた。

 

 子猫の威嚇に等しい、だが強い何かを秘めた瞳を、彼はじっと見つめ返してみる。

 

「私は、確かに失った。怒っているし、憎んでいるし、許せない」

「では、どうしたい?」

 

 ぎゅっと、胸を掴む手に力が篭る。

 

「けど……けど、それに呑まれたら、貴方のしてくれたことを無駄にする。何より、この場であの人達が死んでも、私の大切な人達が帰ってくるわけじゃない」

「………………」

「私は、みんなと苦しむ人を助けるために頑張ってた。一つでも多くの命を救うために、頑張っていたの。だから人殺しを、こんなに沢山助けてくれたこうすけに頼むことなんて、絶対にしない」

 

 だから舐めないでと、もう一度繰り返して。

 

「私は、前に進むわっ!」

 

 エミリー・グラントは、シャロンの見せたそれに匹敵する意志の光で、憎悪を塗り潰す。

 

 曇りの消えた彼女の瞳を、アビスゲート卿は確かめるようにじっくりと見つめて。

 

「……エミリー。やはり君は、素晴らしい女性だ」

「……………………はへっ!?」

 

 やがて、称賛するように、それまでとは異なって優しい声音でそう囁いた。

 

 一緒に優しく頬を撫でる仕草も加われば、エミリーはシリアス顔から一転、真っ赤になる。

 

 あらま、と後ろでエミリー母が声を上げた。浩介は心の中で羞恥にのたうち回っている! 

 

 

 

(この仕事が終わったら、どっか無人の島に引きこもってやる! 絶対だ!)

 

 

 

 慌てて離れ、生暖かい目を向けてくる家族や駄ネッサを見回してさらに赤面する。

 

 湯気でも出るのではないかというところまで行って、彼女はカリ◯マガードの姿勢を取った。

 

「み、見ないでぇ!」

 

 どうやら、年にそぐわぬ強さを持つエミリーも一端の乙女のようだ。

 

「さて。そういうわけだ、全力で協力してくれ給えよ、守護者殿」

「……承知よ」

 

 神妙な顔で頷くシャロンに、アビスゲート卿もまた鷹揚に頷くのだった。

 

 そして、動ける程度の傷に留めておいた局員達を起こす為に一歩踏み出す。

 

 

 

 

 

 ガタンッ!! 

 

 

 

 

 

 突然、大きな音が響いた。

 

 全員が弾かれたようにそちらを見る。発生源は車の窓に半身を突っ込んだままのキンバリーだった。

 

 突如として激しく体を震わせたことで、車体が揺れたのだ。

 

 たかだが男一人の身動きで、銃撃戦にも耐えられる仕様に改造された重装甲車が。

 

 瞬時に空気が引き締まり、アビスゲートが分身達に弓で狙わせる。

 

 衆目の中、キンバリーの下半身が再び痙攣した。先ほどよりも更に激しく。

 

 それを皮切りに、キンバリーの体が断続的に震え始め、ホラーじみた光景にエミリーが「ひぅっ」と声を漏らす。

 

 

 

(なんだ……この、言いようのない悪寒は)

 

 

 

 仮面の奥で、心を震わせる何かに冷や汗を流す。

 

 そうしているうちに、少しずつずれていたキンバリーの体がついに外へ転がり落ちた。

 

「ギ、ァア……」

「っ!?」

 

 奇怪な動きで立ち上がったキンバリーの、先の一撃でぐしゃぐしゃになった顔を見て息を呑む。

 

 瞳に正気はなく、開いた口の隙間からは呻き声と共に涎がこぼれ落ちている。

 

 ゾンビのような様相にたじろいでいると、キンバリーがまた体を痙攣させた。

 

「ァ、ガァ、ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」

 

 胸を激しく搔きむしり、白目を剥いたキンバリーが空に向かって絶叫する。

 

 そして、彼の体が服の内側から肥大化を始めた。

 

「なっ──!?」

「これは……っ!?」

 

 ベルセルクの発現。誰が見ても明らかな変異に、シャロンとエミリーが声を上げる。

 

「ヴァネッサッ!」

「はっ! 我が神の仰せのままに!」

 

 鋭く名前を呼べば、迅速に動き出したヴァネッサはグラント家一同へ走り寄った。

 

「みなさん、危険ですのでこちらへ!」

「あっ、ああ!」

「こうすけ!」

 

 エミリー手を伸ばす気配を感じながら、しかし浩介はキンバリーから目を離さない。

 

 彼らの目の前で、悪魔の薬によってみるみるうちに肥大化していくキンバリーだったもの。

 

 

 

 

 だが、真にアビスゲート卿が驚いたのは次の瞬間だった。

 

「ガア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ────!?」

 

 ちょっとした巨人のようなサイズまで大きくなったベルセルクが、突然苦しみ出す。

 

 知性はない筈だが、体に染み付いた修正か口を押さえ、腹を掻きむしった。

 

「なんだ……?」

 

 異常に異常を重ねた光景を見て、いつでも掃射できるよう分身達で構える。

 

 いよいよ、苦悶が頂点に達したベルセルクは──その口から()()()を吐き出した。

 

「あれ、はっ……!?」

「ガッ、オ”ッ、ゲッ、ギギギギ、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ────!!!!」

 

 抑えきれないと言うように、ついに両手を外して咆哮したベルセルク。

 

 口や鼻、ありとあらゆる場所から吹き出した紫煙が、その巨躯を覆い尽くしていく。

 

 見上げるような体を覆い尽くしたそれが、やがて消えた時。

 

『オオオォオオオォオオオアァアアァ────────!!!』

 

 黒い鎧を纏った怪人が、そこにいた。

 

「なに、これ……」

「ベルセルクでは……ないっ!?」

「なんということ……」

 

 エミリーが、ヴァネッサが、シャロンが呆然と見上げる中で。

 

「よもや、このような事態になるとはな……!」

 

 

 

(どうして〝ハードスマッシュ〟がこんな所に……!)

 

 

 

 アビスゲート卿は、引き抜いた黒刃を硬く握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……さあ。実験を始めよう、なんてな』

 

 物陰で、静かに笑う赤蛇に気が付かずに。

 

 

 

 




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