星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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またまたお久しぶりです。

今回はスパイっぽい?

楽しんでいただけると嬉しいです。


潜入ミッション

 

 

 

 

『続いてのニュースです。昨晩、格闘家のジェームズ・ウォリア氏が行方不明となりました。世界王者として名を轟かせたウォリア氏はトレーニングジム近くで失踪し、ここ数ヶ月スポーツ界の著名人の失踪事件が相次いで……』

 

 

 

「ほーん。どこもかしこも物騒なもんだな」

 

 近くの席から聞こえてくるラジオ放送に、そんなことをぼやいてみる。

 

 ただでさえSFホラーな事態の真っ只中で、こういう話題を聞くときな臭いものを感じちまうな。

 

 いや、謎の黒幕の要求に従って、こうして受け渡し場所の喫茶店にいる時点で今更なんだが。

 

 結構いい感じの店なのに、こんな用事で来てしまったことが勿体無い。

 

「最近になって急に増加したのよ。それも、我が国の国民だけでなく、外から来た人間も含めてね」

 

 隣に座っていたシャロン局長が、厳しい目つきで答えてくれた。

 

「そりゃ怖いことだ。で、あんたら保安局はどう見てる?」

「……今回の件と関わりがあるかと聞いているなら、限りなく黒でしょう」

 

 やっぱりか。

 

 あのキンバリーが変異した、ベルセルクとスマッシュの融合体……ゼウスは超越体(ヘラクレス)なんて呼称してたな。

 

 あれほど完成された生体兵器、人体実験を相当な回数していないと作れるようなものじゃない。

 

 実用化に至るまで、どれだけの人が犠牲になったのか……考えるだけでゾッとしない。

 

「あ、そういえば遺灰の成分分析は?」

「つい今朝報告が回ってきたわ。ベルセルクの成分と共に検出されたものは、既存の物質、元素のどれとも異なっていた。完全に未知のものよ」

「未知のもの、ね……」

 

 まあ、十中八九ネビュラガスだろ。あれ、元はパンドラボックス由来のもんだし。

 

「…………」

 

 ん、エミリーの顔が少し強張っている。ベルセルクの名前を聞くだけでも嫌になるみたいだ。

 

 握られた小さな拳にそっと手を重ねると、彼女はハッとして俺を見た。

 

 大丈夫だと頷けば、彼女はふにゃりと柔らかい笑みに変わっていく。

 

 ……やばいなぁ、この心理的距離感。

 

「ふっ、さりげない気遣いもできる我が神。お優しいですね」

「パラディ、今は真面目な話をしているの。少し黙ってなさい」

 

 やばいなぁ、このSOUSAKAN。

 

 間違った日本知識で、尊敬から俺のこと神とか呼び始めるし。なんか惚れた濡れたとか言ってるし。

 

 昨晩、エミリーの両親の前で色々やらかしてくれたのはマジで忘れねえからな。

 

 ……………………昨日のこと思い出したらまた死にたくなってきた。

 

「過去のデータからの分析は困難だったけれど、遺灰の一部を液化して再分析した際に進展があったわ」

「進展?」

「濃縮化よ。おそらく別の物質をその状態に変化させ、効果を飛躍的に高めたと分析班は結論を出している。このことから、我々はそれを幻の薬品……〝ファントムリキッド〟と名付けた」

「ファントムリキッド……」

 

 随分と仰々しい名前をつけられたもんだ。

 

 

 

 

 

 ネビュラガスの濃縮化。それによるスマッシュ以上の生体兵器の創造、か。

 

 やはりこの件には、うちの組織も関わっている。

 

 そして、こういうことをやりそうなのは……

 

「とんでもねえ毒蛇が紛れてそうだな」

「蛇……言い得て妙、と日本の諺で言ったかしら。確かにこの件の背後にいるものは、随分と狡猾なようね」

「ああ、そうだな」

 

 別の意味で捉えたみたいだけど、間違ってもいないから訂正しなくていいか。

 

 保安局がエミリーに追跡や、()()()()の対策ができないよう、人気の多い場所を選んだ時点で厭らしい。

 

 それで開き直って、俺とヴァネッサまで同席させている局長も中々だと思うが。

 

 エミリーの心の安定って意味じゃ、局長と二人より遥かにマシだろうけどな。

 

「それにしても……本当に実物と見分けがつかないわね」

「実体のある分身を操るとは……我が神、クールです」

「それに、さっきから平然とサーモンサンド食べてるし……」

「いいだろ、美味しいんだから」

 

 魔力のパスを通じて味覚もリンクしているが、結構イケる。

 

 英国つったらメシマズのイメージが強いんだけど、場所によっては案外そうでもない。

 

 世界を回ってると、固定観念なんて簡単にひっくり返されるもんだ。

 

「本物のこうすけは、ゼウスを追ってるのよね?」

「ミスターアビスゲートのおかげで、声帯情報が手に入った。今は該当したうち、めぼしいターゲットを一通り洗っているわ」

 

 保安局の部隊も動いてるけど、並行して俺も英国中をバイクツアーしてる。

 

 昨日の小っ恥ずかしいセリフの数々を言質と言わんばかりに、局長さんに馬車馬のように働かされていた。

 

 もう朝から、軽く三つくらい闇組織を潰している。今も次の対象の所に向かっている最中だ。

 

「私の身柄を引き受けにくる人間を捕まえて、情報を吐かせ、さらに対象を絞る……だっけ」

「そういうことよ。既に、身柄を抑えるために正式な手続きも進めているわ」

「あとは我が神の働き次第、ということですね」

「せいぜい頑張るよ。……ていうか、せめてアビスにしてくれません? フルネームはちょっと……」

「あら、別にいいじゃない。ミスターアビスゲート」

「……もうそれでいいです」

 

 静かな執念を感じる。流石に煽りすぎたか。

 

 アビスはコードネームだからまだ許容できるけど、フルネームで呼ばれると奴が心の片隅に生えてくる。

 

 おい、「我を呼んだか?」みたいな感じでこっちを見るんじゃねえ。呼んでないから。

 

「でも、大丈夫なんでしょうね? いきなりこの場で消えられても困るわよ」

「安心してください、大陸と大陸をまたぐ距離でもなければ消滅しませんから」

 

 前に能力実験をしてみたが、どうやら〝狂人憑依〟をしている間は技能の力が増強するらしい。

 

 どれだけ離れたら魔力が届かなくなるのかは把握しているので、英国内程度ならどこに行っても余裕だ。

 

「そんなわけで、安心してくれエミリー。君のことは必ず守る」

「うん、信じてる。私、こうすけの側にいればなんだって怖くないわ」

「私も信じています。愛してます」

「ちょっと、ヴァネッサ!」

 

 分身体の腕を抱き込んで威嚇するエミリーと、何やら色っぽい眼差しで身を寄せてくるヴァネッサ。

 

 …………どぉ〜しよぉ〜かなぁ〜? 

 

 本当にマズイぞこれ。今ラナのこと言ったら、確実にエミリーが心ポッキリいくよなぁ? 

 

 こんな時、身内じゃない相手には一切容赦のない言動ができる南雲が少し羨ましい。

 

 

 

 

 

 本体と分身、ダブルで溜め息をつくと、頭の痛そうな表情をしていた局長さんが咳払いをする。

 

「乳繰り合うのもそこまでにしなさい。来たわよ」

 

 一瞬にして、和気藹々としていた空気が引き締まる。

 

 二人が俺から離れ、ヴァネッサは本来(だと思いたい)の真面目な顔を。

 

 エミリーはちょこんと袖を摘む程度に収めた。俺も気を引き締め、階下を見る。

 

 スーツに黒スーツの男、三人組。明らかにカタギじゃない雰囲気を醸し出している。

 

「……あれが」

 

 呟くエミリーの手が、少し震える。

 

 そっと力を込めれば、彼女は握り返してきた。

 

 っと、こっちもそろそろ目的地か。移動は自動操縦でなんとかなるが、リンクはここまでだな。

 

 

 

(それじゃ、頼んだぞ。俺)

(ああ。任せろ、俺)

 

 

 

 分身に一定の思考力と自律性を持たせ、最低限の操作権を残してリンクを切る。

 

 途端に視界が喫茶店から、いかにもな雰囲気の建物前へと切り替わった。

 

 バイクの魔力回路を切り、降車する。

 

 そして、ライダーモードにしていたスーツを胸のエンブレムに触れて戦闘装束に変形。

 

「さて。お仕事始めますか」

 

 仮面を装着し、漆黒のマントを翻して俺は気配を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

(おい俺、今いいか?)

 

 

 

 ん? 終わったのか? 

 

 

 

(ああ。情報を共有する)

 

 

 

 エミリー達のところにいた分身から、一時シャットダウンしていたパスを開いて記憶を受け取る。

 

 ……ふむ、なるほど。これはかなり貴重な情報だ。同等の知性を与えたのは正解だったな。

 

 昨晩のうちにいろいろ動いて先手を打っておいたおかげで、人的被害もなく終えられた。

 

 だが……

 

 

 

(ねえ、なんで敵全員にサーモンサンド食わせて倒してんの? 確かに美味かったけどさ)

(ふっ。あの店のサーモンサンドが奴らを昇天させるくらい美味かった。それだけのことだ)

(お前アビスゲートの人格じゃねえだろうな)

 

 

 

 知らないうちに第二人格として確立してそうで怖い。

 

 制御できてるから、問題はないだろうけど……あんまり分身を長時間活動させないほうがいいかもしれない。

 

 まあ、そんなくだらない悩みは置いといて……いや置いちゃダメだけど……こっちとしても()()()()()()()だ。

 

 

 

(じゃあ、後で合流するまで頼むぞ)

(ああ)

 

 

 

 引き続きエミリーの護衛を任せているうちに、最後の目的地へ到着する。

 

 ゆっくりとバイクを止め、エンジンを止めると座席から降りる。

 

 指輪の宝物庫に相棒を収納して、朝から始まった闇組織撲滅ツアーの終着点を見上げた。

 

「【Gamma製薬会社】ね……国内トップの製薬企業か」

 

 夜闇の中、煌々と人工の光で自らを主張する高層ビルは、その威容によって月を隠している。

 

 光とは裏腹に大きな影を落とす様は、まるでその背後にある闇を表しているかのようだ。

 

「行くか」

 

 再びエンブレムに触れ、魔力を流す。

 

 いくつか記録された形状変化から選択したのは、ビジネススーツの形態。

 

 あっという間に上品なスリーピースへと早変わりし、ネクタイピンになったエンブレムの位置を整える。

 

「マジで便利だなこれ」

 

 これ一着で、今後仕事着どころか私服まで困ることはないかもしれない。

 

 いいものを買ったな、とジアの顔を思い浮かべつつ、正面玄関へ向かう。

 

 当然のごとく守衛にはスルーされ、ガラス製の扉を通って受付まで行った。

 

「すみません」

「…………」

「あの、すみません」

「…………」

「おーい、お姉さーん?」

 

 目の前で見えるように数分の間手を振れば、カウンターで何やら仕事をしていたお姉さんがビクッとする。

 

 顔を上げ、しばらくこっちを注視した末に「いつの間にそこに?」みたいな顔で俺のことを認識した。

 

 ……別にいいさ。いつものことだもの、悲しくなんてないったらない。

 

「し、失礼しました。何かご用でしょうか?」

「あー、社長に取り次いでもらっていいか? 用事があるんだ」

 

 お姉さんは不審そうに眉根を寄せた。

 

 まあ、日本人の若造が突然トップに会わせろなんて言ったら、怪しいにもほどがあるか。

 

「アポイントメントは……」

「すまないが取っていない。けど……」

 

 なるべく余裕のある態度を意識しつつ、懐からあるものを取り出す。

 

 〝組織〟のエンブレムが刻まれたコイン。それを大理石製のカウンターにそっと置く。

 

「これを身分照明にすれば、分かると思う」

「少々お待ちください」

 

 流石はプロというべきか、とりあえずといった様子で連絡を取ってくれる。

 

 数分ほど会話をして、お姉さんは椅子から立ち上がった。

 

「社長がお会いになるそうです。ご案内いたします」

「ありがとう」

 

 歩き出した彼女の後ろについて、社内へと向かう。

 

 エレベーターと、そのすぐ近くに階段が見えたtころで──技能を発動。

 

 〝狂人憑依〟。型式《 山の翁:百貌(ハサン) 》により、隠密特化の分身体を作成。

 

 元から絶無な存在感を更に消失した黒い影法師が、俺の体から分かれて階段の方へ行った。

 

「こちらにどうぞ」

「ああ」

 

 俺本人はといえば、大人しくエレベーターに乗って上階へと向かう。

 

 

 

 

 

 流石は大企業と言うべきか、感じの良い音楽とともに静かに上昇していく。

 

 ガラスの向こうに見える夜景は中々のもので、こんな仕事中でもなければ感動しただろう。

 

 無言で待つこと数分。軽やかな音で最上階に到達すると、ドアが開く。

 

「申し訳ありませんが、私ではここまでの案内となってしまいます」

「ああ。道はわかってる」

「恐れ入ります」

 

 見事な姿勢で頭を下げたお姉さんの横を通り、エレベーターを後にする。

 

 背後で扉の閉まる音を聞きながら、さてと目の間に広がる通路へ視線を投じる。

 

 勿論、ここから先の道なんて知らない。

 

 だが、この階にある人の気配は一人分だけ。ならばそれを目指して進めばいい。

 

 気配察知を頼りに、幾つもの曲がり角や部屋を通り抜けていく。

 

 しばらく進むと、電子ロックらしき扉に出くわした。壁にはディスプレイが埋め込まれている。

 

「さて……上手くいくかな」

 

 端末を取り出して、試しにかざしてみる。

 

 おそらく社員専用……それも()()()()のパスしか認識しないだろう電子鍵。

 

 しかし、やはりと言うべきか端末の画面に〝組織〟のエンブレムが表示され、カチリと開錠音がした。

 

「確定、か」

 

 小さく呟きながら、開いたドアを押し開いてまた進み始めた。

 

 同じロックを数度通過し、このフロアに来て十数分が経とうかという頃。

 

 最後に現れたのは、会社のエンブレムが刻まれた、金属製の重厚な扉。

 

 脇のディスプレイへ歩み寄り、ボタンを押す。

 

「〝組織〟の者だ。経過報告を聞きに来た」

『待っていたよ。今開ける』

 

 端末越しに返ってきた。男の声。

 

 数秒して、内側から開けられた扉が左右の壁へ引いていき、奥へと入れるようになる。

 

 その奥に感じる気配に、俺は改めて覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 中へ進んですぐ、扉が閉まる。

 

 大層な警戒心だな。そんなことを思いながら前方へと視線を投じる。

 

 そこには、豪奢な椅子に腰掛けた、三十代前半ほどの男がいた。

 

「…………?」

 

 だが、その男は俺を通過し、自ら閉じた扉を見て不思議そうな顔をする。

 

 …………幾度となく傷つきながら、デスクの前まで歩いていって、コンコンと拳で叩く。

 

 すると、ようやく気がついたように男は僅かに糸目を開いた。

 

 まるで蛇のような目つきだった。まあ、うちのトップ連中に比べたらペット用の小蛇ってくらいだが。

 

「やあ、君が()()()()()からの使者か。わざわざご足労をかけた」

「……気にするな」

 

 低くした声で答えれば、男は軽薄そうな見た目にそぐわぬ笑みを浮かべる。

 

 ケイシス=ウェントワークス。【Gamma製薬会社】CEO、若き社長としてこの国では有名な男だ。

 

 そして──キンバリーの背後にいた、あの超越体(ヘラクレス)を差し向けてきたゼウス本人である。

 

「しかし、既に結果はメールで送ったが。こうして直に聞きに来るとは、何かあったのかい?」

「……単に、ダブルチェックをしに来たというだけさ。うちの上司は慎重でね」

 

 あえて、あの赤蛇の部下としてやってきたという態度で答える。

 

「なるほど。確かにあれだけの成果だ、当然とも言えるね」

「理解が早くて助かる」

 

 ここ数年で培った演技はどうやら通じたようで、俺を味方と思ったケイシスは鷹揚に頷いた。

 

 ……とはいえ、()()()()()()()()()を鑑みれば、全く信用はしていないようだが。

 

 だが、〝組織〟の所属を示すコインの存在を伝えたことで、疑ってはいないのだろう。

 

 

 

 

 

 あれが外に出る可能性は無い。

 

 全てのコインには、〝組織〟が所在を知れるよう処理を施してある。

 

 後から弄る事は出来ないし、万が一所有者が紛失や強奪された場合には即座に塵と化すようになっている。

 

 偽造もできないよう、魂魄魔法で制限までかけられているのだから、その技術には脱帽だ。

 

 それを持っている事は、他の何より〝組織〟の人間であることの最高の保証であり。

 

 提示された側への、最強の圧力なのである。

 

 

 

 

 

 人生経験で言えば格上だろうこの男に、無条件に信じさせる程に。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 じゃあ、始めよう。

 

 隠れた刺客の位置を把握しながら、デスクの上に端末を置いて録音状態にする。

 

「早速だが、聞かせてくれ」

「うむ。もう把握していると思うが、改めて言おう。我が社の研究により、提供された物質……ネビュガラスの濃縮。および高性能化は成功した」

 

 ……保安局の分析通り。悲しいことだが、あの赤蛇の関与は絶対的のようだ。

 

 それが何故なのかはまだ分からないけど、ケイシスから少しでも情報を聞きだせることを期待しよう。

 

「あれは素晴らしい物質だっただろ?」

「ああ。全く未知のものだったが、あれほど汎用性に富む物質は他に見たことがないよ。人体の急激な強化と変質化のみならず、単純なエネルギーや毒物にもなる……柄ではないが、神が作った万能物質と言っても過言ではない」

 

 皮肉ながら、この新しい世界を作ったって意味じゃあ間違っちゃいねえな。

 

「現に、【ベルセルク】とあれほどの調和を見せた。単体であれば単なる使い捨ての駒止まりだが、超越体(ヘラクレス)であれば十分兵器レベルになる。制御が可能になり、量産できれば、世界を牛耳ることさえも可能だろう」

「…………!」

「とはいえ、ある程度強靭な肉体を持った人間でなければ素材にならないのが悩みどころだけどね。製造コストも馬鹿にならない」

 

 金がかかることだね、とケイシスが頭を振る。

 

 

 

 

 

 ……ひとまず、こいつが自分の利益のためなら人の命なんてなんとも思っちゃいない、最低のクズだってのは分かった。

 

 電話の時点で分かりきっていたことだが、目的の為とはいえこんな茶番に付き合わされることに怒りを禁じ得ない。

 

 とはいえ、それを表に出しはしない。こっちだって無駄に場数を踏んでないのだ。

 

「だが、当初の目的を達成するには【ベルセルク】だけで十分だ。これからやって来るグラント博士には、存分に働いてもらおう」

 

 ……気持ち悪い笑みでエミリーのことを貶めたのは、後でぶん殴って精算するとして。

 

 高速で思考を回転させ、ケイシスの言葉に含まれたものを全力で解析する。

 

 そこから最も該当するだろう内容を予想し、最適な言葉を選択すると、カマをかけてみた。

 

「確かに。ただ人々を支配するには、【ベルセルク】の脅威だけで十分だろう」

「その通りだ。世界中の人間を潜在的にベルセルク化し、抑制剤を流布して、利益を得る。その際万が一のことが起きるための保険と、そして絶対的な力の象徴として、超越体(ヘラクレス)は活用させてもらうよ」

 

 思った以上にえげつねえこと考えてやがるな、この三流悪役野郎。

 

 いかにも世界の害悪って感じだが……ファウストが絡んでいる以上、それだけじゃないはずだ。

 

 直感だが、もっと裏があるような気がする。それを聞き出すために、演技を続けることにした。

 

「念のために聞いておくが、ちゃんとデータは揃ってるのか?」

「勿論だ。【ベルセルク】に関して、あらゆる実験を行ってきたからね。どれだけ服用すれば暴走するのか、そしてコントロールできるのか。これまでは制御をするのに錠剤用のカプセルを使っていたが、グラント博士がいればその問題も解決する」

 

 エミリーがいれば……順当に考えれば、より制御に特化した改良薬を作らせるっていうところか。

 

 それを人々に飲ませ、そして自社の抑制薬を買わせる。マッチポンプにも程があるものの、悪くない作戦だ。

 

 だが、それをこの国だけでなく、世界中とまで豪語できる理由……方法はなんだ? 

 

「あくどい方法を考えたもんだ。まさか、あれを使うとはな」

「ふっ。人が生きる限り、水は欠かせないものだからね。これは誰にも避けられないのさ」

 

 なるほど、それか。

 

 水道、ダム、川、排水路……人が暮らす場所には必ずと言っていいほどあるもの。

 

 この社から買う物以外に特効薬がないというのなら、汚染された水を飲んだ時点で隷属を余儀なくされてしまう。

 

 そうなれば、各国の政府ですら迂闊に手が出せない……聞けば聞くほど、恐ろしい話だ。

 

「今回は本当に助かったよ。資金や技術の援助だけでなく、こんな素晴らしいプロジェクトまで任せてもらえるとは。これで私も、組織の中で確かな地位を獲得できる」

「……気にするな。こちらとしてもメリットがあったから提携したまでだ」

「君達が、私と同じ現実主義者(リアリスト)であることはとても喜ばしいよ。それに比べて、組織の老害どもときたら……おっと。これは使者である君に話すことではなかったね」

 

 組織……口ぶりからして、多分うちとは別の、ケイシスの所属している何かしらの集団だな。

 

 単にファウストとは別口なだけでうちの……というだけの可能性もあるが。

 

 少し突っ込んでみよう。

 

「別にいい。どうせ、我々は全て知っている」

「ははは、そうだろうな。……だからこそ私は、今回で〝ヒュドラ〟内において大きな発言力を手に入れるのだ。古臭く、馬鹿馬鹿しい掟に取り憑かれた古参どもが、文句を言えない程のね」

 

 なるほど、〝ヒュドラ〟か。それがケイシスの背後にいる本当の黒幕…………

 

「………………ん?」

「? どうかしたかね?」

「あ、いや、問題ない」

 

 訝しむケイシスに、努めて平静を装って返事する。

 

 

 

 

 

 ヒュドラって、どっかで聞いたぞ。

 

 具体的には、ごく最近開かれた、〝組織〟の最高幹部達が集まる定例会議の席で。 

 

 そこでなんか、ヒュドラについて何かの報告がされていたような…………

 

「あっ」

 

 思い出した。裏世界の実質的な支配者とかいう、古いオカルト集団だ。

 

 長年世界中に根を張っていて、色々な意味で使い道があるから吸収するって話してたな。

 

 んで、この前の会議ではヒュドラの首脳陣は既に傀儡状態、組織全体も使い始めてるって話で。

 

 ……ああ、結局そういう事? やっぱり最初から茶番じゃねえか。

 

 

 

(終わったぞ)

 

 

 

 理解とある種の悟りを得ていると、分身から報せが届く。

 

 先ほど、この建物内に放った個体だ。社内に証拠がないか探らせていたんだが。

 

 

 

(結果は?)

(ビンゴだ。社内のデータバンクに、最高機密レベルでわんさか関連データが溜まってた。十分すぎるくらいだ)

(了解)

 

 

 

 こっちでも現在進行形で証言を取っているが、これでチェックだ。

 

 

 

 

 

 そろそろ、この茶番を終わりにしよう。

 

 

 

 





読んでいただき、ありがとうございます。

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