星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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すみません、改造していた結果伸びに伸びたので、諦めて光輝編アフターより五話ほど尺を伸ばしてお送りすることにします。

楽しんでいただけると嬉しいです。


【挿絵表示】


↑お姉さん使徒こと、リュールです。



闇と影 1

 

 

 

 

 

「ふざけるなっ! なんなんだアレはっ!?」

 

 

 

 

 デスクに両手を叩きつけ、声を荒げて男は叫ぶ。

 

 その視線の先には、モニターに表示された施設内の入口……その光景に釘付けだった。

 

 散乱するミイラ状の死体の中で佇む、漆黒の影。まるで某有名アメコミのヒーローのような出立ちをしている。

 

 その周囲に漂っていた霧状の黒い何かが消えると、上空からヘリが数機降下してきた。

 

 何故か破損した出入り口から次々と保安局の隊員が出てきて、次に作業着姿の幼女が降りる。

 

 身の丈に合わない機械状の薙刀を担いだ、場違いなその女は明らかに影の同類だろう。

 

「馬鹿な……あれは……あれは、いったい、なんだというんだ……」

 

 男の側で、研究者然とした風体の男も食い入るようにモニターを見て、呆然としている。

 

 それを耳にした男は、ちっと苛立ちを募らせるように舌打ちをして、モニターを強く睨む。

 

「ここは現実だぞ……なんだってあんなアメコミ野郎がいるんだよ……」

 

 次に呟いた言葉には、勘弁してくれという心情がありありと籠っていた。

 

 

 

 

 

 男は傭兵だった。

 

 名をヴァイス=イングラム。麻薬密売から人身売買、戦争誘発まで手がけるベテランだ。

 

 残虐非道の名を背負い、部下を率いて数多の戦場で、あらゆるものを見てきた。

 

 今回も、いつも通り貰った金の分だけ淡々と仕事をこなすだけのはずだったのだ。

 

 この研究所の警備主任として、またそこにいる男の護衛として、冷静に状況を判断していた。

 

 

 

(保安局が来るのは分かっていた。そのためにめぼしい着陸地点や侵入経路にはベルセルクも配置して、あとは奴らが時間稼ぎをしてる間にデータとこいつを脱出させる……それだけの単純な作戦だったはずだ!)

 

 

 

 だが、あの影の存在で一気に全てがひっくり返った。

 

 あるいは材木置き場周辺の壊滅を聞いた時、見切りをつけてそこの男だけでも逃せば違ったかもしれない。

 

 そう思ってしまうほど、虎の子である超越体(ヘラクレス)すら一周したあのふざけた存在は危機に思えた。

 

「チッ、冗談じゃねえ」

 

 歴戦の傭兵はすぐに意識を切り替え、無線を通じて部下に指示を出す。

 

 そうすると、未だに固まっている白衣男の肩を強く引いて我を取り戻させた。

 

「ボサッとしてねえで、さっさとずらかるぞ。あんなのとやるのはゴメンだ。この施設にある全戦力で足止めしてる間に、5分で脱出する」

「あ、ああ……そうだね、そうしないと……」

 

 狼狽えながらも、素直に従う態度を見せた男にヴァイスは「よし」と頷き──

 

 

 

 

 

『おいおい、随分と騒がしいじゃないか』

 

 

 

 

 

 背後から聞こえた声に、全身が総毛立った。

 

 反射的に肩から下げていた小型マシンガンを構え、意識を先頭に切り替えながら振り向く。

 

 すると、いつの間にやらそこにいて、背を壁に預けていたモノ──赤い怪人は気さくに手を上げた。

 

『よう。なんだか急いでいるが、腹でも下してトイレに行くところか?』

「……テメェか」

 

 その怪人を知っていたヴァイスは、強烈な存在感に警戒しながら銃を下ろす。

 

 部屋の中にいた部下や、白衣の男が動揺するのを見回して、怪人はゆるりとモニターを見る。

 

『もう来たか。どうやらベルセルクも超越体(ヘラクレス)も期待外れだったようだな』

「……話と違うぞ。()()()()()()()()()()んじゃなかったのか」

 

 まるでこの状況が、あらかじめ仕組んだものとは違うとても言いたげにヴァイスは睨め付ける。

 

 常人であれば、それだけで失神しそうな威圧。しかし全く意に介さず、怪人は肩をすくめた。

 

『保安局ならまだしも、アレは俺と同じ幹部でね。自発的に行動されたら流石に止めることはできん』

「ハッ、お前らみたいな奴らでも内輪揉めはするってか。笑えねえな」

『……ま、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唐突に一つトーンが下がった怪人の科白に、すぐに理解が及ばずヴァイスは眉を顰める。

 

 そして、言葉の意味を問いただそうとする前に──怪人へ、彼の部下が一人歩み寄った。

 

「おい、何してる?」

 

 恐怖と力で統率し、命令がない限り決して動かないはずの部下に驚き、諌める。

 

 それは制止というより恐喝に近い声音であったが、その人物は聞こえていないようだ。

 

 全身を装備で包み、顔さえもヘルメットとマスクで隠した部下に、今度こそヴァイスは大きく口を開け。

 

 

 

(──待て。あんなやつ、俺の部下にいたか?)

 

 

 

 あることに、気付く。

 

 

 

 

 傭兵団リーダーの必須技能として、ヴァイスは人の特徴を瞬時に記憶することができる。

 

 それは声や仕草といったものから、身長、体格、歩き方から戦闘技術まで。勿論、容姿も含まれている。

 

 当然、自分の部下は全員把握しているし、ここの警備主任になった時に他からやってきた人員も記憶した。

 

 しかし。

 

 今目の前にいる黒づくめの人物は……ヴァイスの記憶のどこにも、存在していなかった。

 

「スターク様、こちらを」

『ご苦労』

 

 謎の悪寒に襲われているうちに、懐から取り出した何かをソレは怪人に差し出す。

 

 初めて聞いた声は、マスク越しでくぐもっていながらも美しい女のものだった。

 

 容量がありそうな、大きめのUSB。それを弄ぶように手の中で転がす怪人。

 

「ファントムリキッドに関連したデータの全てです。加えて、施設内のネットワークから我々に関する情報は全て削除しました」

『いい仕事だ。例の〝生体兵器〟のサンプルは?』

「二時間前に移送済み。状態は安定。暴走の危険性を考え、第五組織による迅速な運搬を行いました」

『いい判断だ。研究に携わらせていた研究員は?』

「魅了していた人間達ですか? 全員()()しています」

 

 目の前で淡々と繰り広げられる怪人とその人物の会話に、ヴァイスは表情を凍り付かせていく。

 

 話の詳細は分からない。だが、この覆面の何者かが怪人のスパイであることは理解できた。

 

 知らないうちにこの施設で何かをされ、証拠は全て消されていることも、同様に察する。

 

『後始末も完璧だな。長い間ご苦労さん』

「私は使徒。我が神の意に従ったまででございます」

 

 言いながら、その人物はヘルメットごとマスクを脱ぎ去った。

 

 

 

 ふわり、と銀の天の川が宙にたなびく。

 

 

 

 その人物が頭を左右に振り、押さえつけられていた髪を解きほぐす仕草によるものだった。

 

 見とれるような銀髪を緩やかに背中へ落とし、その人物──神がかった美貌の女は、小さく息を吐く。

 

 ようやく覆面を取り払えるとでも言いたげなその仕草でさえ様になっていて、ヴァイスも白衣の男も目を奪われた。

 

「次のご指示を、スターク様。本計画が終了するまで、命令権は貴方様にあります」

 

 脇にヘルメットを抱え、怪人が主人とでも言いたげな態度で女は告げる。

 

 ここに至るまで、彼女達を除いた全員が状況に追いつくことができず、ただ見ているだけだった。

 

『お堅いねえ。だが、そうだな……』

 

 ふと、怪人はモニターを見る。

 

 

 

 

 

 丁度、影がヘリを降りようとする白衣の少女に手を差し出しているところだった。

 

 そんな二人……ではなく、彼らをニヤニヤと見ている小柄な使徒へ視線を定める。

 

 今回の件において、彼女がここにいることだけが怪人の予定から外れていた。

 

『使徒達の疑似魂魄に成長機能を加えたのはいいが、予想通りあいつが一番早く自我を確立しているな』

「処断いたしますか?」

『やめとけ、お前じゃ無理だ。だがワンサイドゲームもつまらない……残って相手をしてやれ』

「了解しました」

 

 女が恭しい態度で頭を下げて──そこでようやく、ヴァイスは我に返った。

 

「──テメェら、どうやら裏で色々とやっていたみたいだな」

 

 その言葉を放つのと同時、ヴァイスの体から殺気が滲み出る。

 

 限りなく無表情で、無透明な声音。だがその目には確かな憤怒が宿り、頬から右耳にかけて走る傷跡が恐ろしさを際立たせる。

 

 白衣の男が「ひっ」と怯えて後ずさる中、怪人と女は相変わらず堪えていない様子だ。

 

『まあな。ここらが潮時だと思ってね、俺は抜けさせてもらう』

「そんなことができると思ってんのか?」

 

 銃口を向け、引き金に指をかける。

 

 この怪物に敵わないことは、長年修羅場をくぐり抜けて培った直感で勘付いていた。

 

 だが、ヴァイスにもプロとしてのプライドというものがある。

 

 正直、雇い主はどうなろうと知ったことではないが、自分がいいように踊らされていたと知っては黙っていられない。

 

「どうやらこれまでは、裏の世界の誰にも実態を掴ませなかったみてえだが……今回もそう上手くいくかな?」

『いくさ。お前らは所詮、俺の目的を達成するための道具にすぎない』

「その減らず口、いつまで叩ける──ッ!?」

 

 ヴァイスは最後まで言い切ることができなかった。

 

 無造作に突き出された怪人の手から発した衝撃に吹き飛ばされ、デスクの上で一回転して向こう側に転がる。

 

 何が起きたのか分からず、彼は背中の痛みと息が詰まっていることで目を白黒させた。

 

『それじゃ。後は頼んだぜ』

「かしこまりました」

『悪人ども、チャオ♪』

 

 軽快に顔の横でジェスチャーをして、なんと怪人はその場から一瞬で消えた。

 

 終始傍観していた白衣の男は慌てて部屋の中を見渡し、姿がないことが分かると混乱した顔をする。

 

「それでは命令を遂行することにいたしましょう」

「ぐっ!?」

 

 突如、首元を掴まれて白衣の男は苦悶の声を漏らす。

 

 彼の首を鷲掴みにした女は、その細腕のどこにあるのかという力で男の体を浮かせた。

 

 己の手を掴んでもがく男に、女は無機物のように感情のない瞳を向ける。

 

「貴方達は我が神の駒。ならば、役目を全うしてもらいましょうか──」

 

 

 

 

 

 

 

 女の目が、妖しく輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 施設の入り口の左右に、浩介達とa隊は壁に張り付くようにして待機していた。

 

 施設の扉は電子ロックされており、保安局の隊員が現在進行形でハッキングを試みている。

 

「ふぁ……どうせバレてんだから、派手に踏み込みゃいいものをよ」

「強引に開けてドカン、じゃたまったもんじゃないしな。てか、そのヤンキーみたいな座り方は一応女としてどうなの?」

「今更だろ」

 

 退屈そうに欠伸をするジアに、浩介は小さくため息を吐く。

 

 それから、自分の肩に体をくっつけるようにして、緊張しているエミリーを見た。

 

「エミリー、そんなにガチガチだといざって時に危ないから。もう少しリラックスしてくれ」

「わ、わかってる。分かってるんだけど……」

 

 いざ敵地に乗り込むとなると、やはり平常ではいられないらしい。

 

 仕方がないかと心の中で恋人に謝って、浩介は彼女の手をそっと握った。

 

「これなら、ちょっとは安心できるか?」

「あ……」

 

 エミリーはみるみるうちに固い表情を柔らかくしていき、笑顔でコクコクと頷いた。

 

 なんとも甘酸っぱい二人に、ジアがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

 

 隊員達は舌打ちしたり、生暖かい目を向けた。特にアレンなど、何故かハンカチを噛み締めている。

 

「お、おのれアビスゲート……こんな時にまで可愛い女の子とイチャイチャして羨ましい……!」

「ふざけたことをほざいていると、誤射に見せかけて殺しましすよ」

「ひいっ」

 

 なんかもう色々ダメなヴァネッサにお叱りを受けつつも、妬ましげに浩介を睨む噂の暗殺者(笑)であった。

 

 

 

 

 

 そうこうしている間に、小さく施錠音が響く。

 

 隊員がバーナードに頷き、首肯した彼は無線機で他の班と連絡を取ってから浩介を見た。

 

「β隊、γ隊も突入準備完了。いけるか、アビィ?」

「こっちの分身体でも確認した。その言葉を待ってたよ」

 

 他の二班に付けている分身体を通じて状況を把握した浩介は、しっかり首肯した。

 

 バーナードは頼もしげにマスクで隠れた顔を笑わせ、カウントを開始した。

 

「5、4、3…………GOッ!」

 

 合図とほぼ同時、隊員達が鮮やかな動きで突入を開始した。

 

 くぐり抜けた扉の向こう側は、闇の中。どうやら既に設備内の機能は停止しているようだ。

 

 人の気配もない。強襲されるとわかってるのだから、逃げない道理はないだろう。

 

『β隊、クリア』

『γ隊、クリア』

「α隊、クリア」

 

 各隊で連絡を取りつつ、慎重かつ迅速に進んでいく一行。

 

 浩介、ヴァネッサ、アレンの三人に囲まれる形でエミリーを中心に起き、逆扇状の隊列を組んでいる。

 

 奥へ進んでも人の気配は無く、いよいよ標的の逃亡が始まっていることを浩介は感じ取る。

 

 

 

(保安局の任務は、主要人物達の捕縛あるいは抹殺。そしてベルセルクの流出阻止……これは、ちょっと骨が折れそうだな)

 

 

 

 そのうち、行先にT字路が見えた。

 

「エンカウントッ! 武装あり!」

「散開!」

 

 先頭を行く隊員が、突如として叫ぶ。

 

 素早くバーナードが指示を出し、廊下の左右に隠れたのと同時に角の向こうから銃撃音が響いた。

 

 背中越しに伝わる壁へ着弾する振動と、薄暗闇の中で光るマズルフラッシュ。人間の敵だった。

 

 隊員達も絶妙な位置どりで応戦を始め、互いに向けて閃光が迸る。

 

「ジャズ、グレネード!」

「了解!」

 

 指示を出された隊員の一人が、敵方に向けてライフルの銃身下に装備されたグレネードランチャーを発射。

 

 数秒後、廊下の向こうで爆音と激震。熱波がこちらまで届いてきた。

 

「Goッ、Goッ、Goッ!!」

 

 熱波が弱まるや否や、バーナードの号令で侵攻を再開。

 

 二手に分かれつつ奥へ進めば、最奥の暗がりでさらなる曲がり角の向こうへ一人の影が逃げた。

 

 残ったのはグレネードをもろに食らって悶え苦しむ男達。彼らの様子を伺おうとした瞬間、大きく体を痙攣させる。

 

 

 

 タンッタンッタンッ

 

 

 

 まずい、と浩介がナイフを取り出す間も無く、隊員らが正確に頭部を撃ち抜いた。

 

 血潮を撒き散らし、動かなくなる男達。銃を構えつつ足で蹴って死亡を確認し、彼らは頷いた。

 

「クリア」

「クリア」

 

 速やかに危険を排除した隊員達は、優雅とさえ言える動きでさらに進んだ。

 

 懐にナイフを戻しながら、浩介は仮面の下で苦笑いを浮かべる。

 

 

 

(依頼の過程で紛争地域のゲリラに混ざったり、レジスタンスに潜入したこともあったけど。いつもながらプロってのはすごいな)

 

 

 

 超常的な個の力とは違う、洗練され、研ぎ澄まされた、集団での戦闘技術。

 

 ここ数年で幾度となく目にしたが、その度に浩介は感心させられる。

 

 同時に、そんな光景にすっかり慣れてしまった自分にちょっぴりセンチになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人感傷に浸っている間にも、状況は刻一刻と進んでいく。

 

 通路にトラップがないことを確認し、突き当りの分岐を進もうとした時、浩介の感知に新たな反応が現れた。

 

「第二陣のお出ましか……」

「任しとけ!」

 

 バーナード達にそれを伝えるよりも早く、ジアが隣から飛び出していった。

 

 浩介が手を伸ばした時にはすでに遅い。同じように気配を察知していた彼女は、薙刀を構え突っ込んでいく。

 

「おい、待て──っ!?」

「来たぞ!」

「殺せ!」

「ハッハァ! テメェらが死ね!」

 

 角の向こうで潜んでいた男達が銃口を向けるも、生憎と相手が悪すぎた。

 

 ジアは薙刀の切っ先を彼らに向け、長柄を通して魔力を通す。

 

 パキン! と音を立て、根元から外れる刃。魔力を纏ったそれは弾丸より速く男達に飛んで行った。

 

「おい、なんだあれ!?」

「何か光って──!」

「う、撃ち落と……」

「遅えよマヌケども!」

 

 動揺したのが、彼らの運の尽き。

 

 あっという間に迫った刃は空中で複数に分割すると、男達を翻弄し、隙を突いてその頭を貫いていった。

 

 ジアが長柄を振るうのに合わせ、踊るように命を刈り取った刃は、やはり舞うようにして一体化し、戻ってくる。

 

「っし! こっちも絶好調! やっぱ武器は自分で使わねえとな!」

「ジア! 勝手に突撃すんな!」

「あ? 皆殺しにしたんだからいいだろ。ちゃんと頭も潰してやったよ」

「いやそうじゃなくて……あぁもういいや」

 

 サーチ&デストロイしただけですが何か? と言わんばかりに首をかしげるジア。

 

 その姿が某魔神様と妙に重なって、がっくりと肩を落とす浩介にエミリー達が同情的な目を向けた。

 

 しっかりと先ほどのように男達の死亡を確認して、施設の攻略へ早々に戻る。

 

 

 

 

 

 

 結局、その後も浩介が出張るまでもなく、施設内にいた武装集団は悉く保安局強襲課とジアが駆逐した。

 

 他の隊につけた分身体も全く活躍することはなく、拍子抜けと言えるほど攻略は順調だ。

 

「……飽きてきた。どいつもこいつも弱すぎだろ」

「お前な……戦闘能力低いんだから、いざという時のために体力温存しとけよ」

「うっせ、ただの人間に負ける程じゃねえわ」

 

 並走するジアと、揶揄い混じりの会話を交わす余裕さえ生まれていた。

 

 それでも油断しないようにしているうちに、彼らは広い部屋の前へ横着した。

 

 事前情報では、メイン研究室に当たる場所だ。

 

 一度出入り口の左右に散らばり、隊員達が安全を確認してから中へ足を踏み入れ──

 

 

 

 

 

 

 

「──ご機嫌よう、同胞よ」

「ぐぁ────っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 直後、天井の暗闇から滲み出るように現れた人影と共にジアの姿が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 人影が一瞬で背後に消え、派手な破砕音が響く。

 

 

 

 

 

 

 

 全員反射的に振り返れば、壁に大きな穴が空いていた。

 

「ジアっ!?」

 

 はっきりと、使徒らしき女が彼女の首を掴み、攫っていったのを見た浩介は声を上げた。

 

 〝組織〟の戦力が置かれていることは予想していたが、まさか使徒が現れるとは思いもしなかった。

 

「隊長!」

「クソッ、奇襲か!」

 

 度肝を抜かれたことによる、数秒のロス。戦場では致命的なミスだ。

 

 ()()()は、そんな好機を絶対に見逃さない。

 

「撃てっ!」

 

 部屋の中に響いた、浩介達以外の男の声。

 

 直後、部屋のあちこちにある闇に紛れていた傭兵達が立ち上がって一斉掃射を始めた。

 

 それはバーナード達が応戦するよりも早く、無数の弾丸が宙を切り裂き迫る。

 

「チッ!」

 

 最も早く立ち直ったのは、案の定と言うべきか浩介だった。

 

 魔力をスーツに叩き込むようにして重力魔法を発動し、バーナード達を覆う規模の結界を発動。

 

 強力な斥力を有する半透明の紫色のドームにより、彼らに迫っていた銃弾は全て弾き返された。

 

 そのうちの何発かは傭兵の数人に命中し、くぐもった声をあげて倒れていく。

 

 

 

 

 

 一連の動作は、たったの二秒ほど。

 

 バーナードらと傭兵達、双方が一瞬呆けたが奇襲が失敗したことを理解すると次の行動に移った。

 

 傭兵は同じ反撃をされるの恐れて一旦射撃をやめ、その間にバーナード達は物陰に身を潜める。

 

「何をしたのかわからんが、助かったぜアビィ!」

「こんなとこで死なれたら、寝覚めが悪いっすよ」

「感謝するよ。それより、お前の連れが……」

 

 一瞬、破壊された壁を見てジアの身を案ずるバーナード。

 

 彼らの本来の人の良さを再認識しつつ、浩介は刹那の間に思考に耽った。

 

 

 

(間違いなく、あれは神の使徒だ。おそらく奴が残していった置き土産だろうが……まあ、ジアなら平気だろ)

 

 

 

 腐っても最高幹部の一人に数えられる使徒だ。並の使徒には早々負けはすまい。

 

 浩介の知る限りのジアの力と使徒の力を比較し、結論を出してからバーナードにかぶりを振る。

 

「気にしないでください。多分、大丈夫です。それより……」

 

 浩介が傭兵達に意識を向けると、タイミングを見計らうように先ほどの声が響いた。

 

「おいおい、確実に仕留めたと思ったんだがな。とんでもねえバケモンだな、そいつ」

「…………ヴァイス=イングラム。よりによって奴か」

 

 デスクの影から一瞬身を乗り出し、部屋の奥で薄笑いを浮かべる男の顔を見てバーナードが舌打ちをする。

 

「ヴァイス=イングラム……確か傭兵だったか?」

「こうすけ、知ってるの?」

「これでも世界中飛び回ってるからな」

 

 各国で依頼を遂行していた浩介も、ヴァイスの名は数回耳にしたことがあった。

 

 〝組織〟の情報網があるとはいえ、裏世界に身を置いているのだ。自発的な情報収拾は欠かさない。

 

 有名であるにも関わらず、なんの偶然かこれまで出会うことはなかったが、今回がその時だったようだ。

 

「隊長さん、奴は?」

「必要ない。元々局がマークしていたし、一度J・D機関が抹殺しようとして取り逃がしたやつだ」

「耳が痛いですね……」

「OK。じゃ、俺が目くらましをするから頼む」

「了解した」

 

 報連相を済ませると、浩介は腰から掌サイズの円盤を取り外す。

 

 中央のスイッチを押して起動し、ヴァイス達の目の前めがけて空中に放り投げた。

 

「なんっ──!?」

 

 

 

 

 

 直後、強烈な閃光。

 

 

 

 

 

 

 以前ジアから購入していた、網膜を目玉ごと焼き焦がす奪視グレネードが炸裂する。

 

 それが放られた時点で目を瞑っていたバーナード達とエミリー達、そして直感で顔を背けたヴァイスは事無きを得る。

 

 だが、暗い部屋の中で反応が遅れた傭兵達は悉く眼を焼かれ、痛々しい悲鳴を上げた。

 

「今だッ!」

 

 光が消えたのを見計らい、一斉に立ち上がったバーナード達はサブマシンガンを一斉掃射。

 

 何も見えない傭兵達は、見事に命中されて次々に倒れていった。

 

 そんな中、憎たらしいほど鋭いヴァイスだけは一瞬前にデスクの影に飛び込んで銃撃を躱してみせる。

 

「クソッ、これだからこの仕事はっ!」

 

 悪態をつきながら、ヴァイスは打開策を考える。

 

 部下は全滅。ならば危険を承知で隣接した部屋にいる()()を解き放つか。

 

 まず一つそれを考え、他に安全性の高い作戦はないかと考えて……ふと、あることを思い出した。

 

「……そういや、こいつがあったな」

 

 銃撃音が響く中、彼がポケットから取り出したのは手榴弾のような物体。

 

 蛇のシンボルが浮き彫りにされたそれは、()()から預かった奥の手だ。

 

 説明されたその力と危険性を頭の中で思い浮かべ──嗜虐的に歪ませた瞳に、銀色の光が過ぎった。

 

「試させてもらおうじゃねえか」

 

 ヴァイスは躊躇なく、その物体のピンを抜く。

 

 ほとんど掃討された部下達の死体の方に向け、的確なコントロールで放り投げた。

 

 放物線を描くそれを浩介は目視したが、あらぬ方向に行くのを見て意識を外した。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 デスクや機材に何度か当たり、最終的に丁度傭兵達の死体の中心に落ちたソレ。

 

 着地と同時に爆発した物体からは、部屋の半分を覆うほどの紫色の煙が溢れ出た。

 

「毒かっ!? 各自警戒っ!」

 

 隊員達は即座に物陰へ戻ると、マスクをしていなかったものは首から鼻の付け根まで引き上げる。

 

 ヴァネッサやアレン、エミリーも裾で口元を隠す中で、仮面の解毒機能がある浩介だけは注視する。

 

「……っ!?」

 

 そして、小さく悲鳴を上げた。

 

 なんと。恐るべきことに、煙の中で死んだはずの傭兵達が次々と起き上がったのだ。

 

 緩慢で、まるで糸の切れた人形のような動きをして、一人、また一人と息を吹き返す。

 

 

 

(いや、違う! 生き返ってるんじゃない! これは──降霊魔法ッ!?)

 

 

 

 かつて旧世界で、裏切り者の少女が使った恐ろしい魔法。

 

 その効果を付与されているらしい煙を吸って傀儡となった彼らは、仮初の命を得て蘇る。

 

 同じようにそれを見ていたヴァイスは目を見開いて、だが同時に笑った。

 

「ハッ、最高だな! それにこれなら……!」

 

 素早くスマホを取り出すと、待機させていた画面の一つを呼び出す。

 

 そこにあるボタンをタップした途端──ゾンビのように呻いていた傀儡達が体を震わせ。

 

「せいぜい、最後まで俺の役に立ってくれよ?」

 

 

 

 

 

 直後。部屋の中に、いくつもの叫びが轟いた。

 

 

 

 

 





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