星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

347 / 354


ビルド見返して、熱が戻ってきたので久々に更新と。

楽しんでいただけると嬉しいです。



【挿絵表示】






闇と影 2

 

 

 

 

 同胞であるはずの使徒に攫われたジアは、今もなお動けずにいた。

 

 

 

 無数の壁を己の背中で破壊しながら、どんどん浩介達から遠ざかっていく。

 

 その距離は既に、遥か遠くと言っても過言ではない程になっていた。

 

「ざ……けんなッ!!」

「っ!!」

 

 だが、いつまでもやられっぱなしでいるジアではない。

 

 薙刀に魔力を通し、刀身を分割すると自分を掴む使徒の腕を細切れにしようとした。

 

 飛来した刃群を見て、それが十分に可能であると判断した使徒は自ら手を離す。

 

 ようやく自由になった彼女は、継続して使徒へ刃を差し向けながらも自分の体へ魔力を循環させる。

 

 瞬間、その背中から髪色と同じ翼が広がり、それを用いて姿勢制御すると危なげなく着地する。

 

「っと……ここは、どっかの研究室かぁ?」

 

 周囲を見渡せば、そこは広場といって差し支えない面積を持つ一室であった。

 

 室内の器具は突入した際の衝撃と瓦礫で吹き飛んでおり、悲惨な状態だ。幸いにも無人である。

 

「はっ、暴れるには丁度良い。……んで。舐めた真似してくれたな、えぇ?」

 

 戻ってきた刀身を長柄に合体させながら、どすの利いた声でそう呼びかける。

 

 ゆっくりと壁の穴を超えてやってきた使徒が、近くにあった机へ音もなく降り立った。

 

「流石は我らが神に選ばれし、七人の同胞が一人。一筋縄ではいきませんね」

「ったりめえだ。こんなんでやられるようじゃ、師匠のシゴキについていけるかよ」

「南雲ハジメですか……ええ、そうでしょう。並の我らなど、あの者に比べれば羽虫にも等しい」

「おっ、わかってんじゃねえか」

 

 敬愛する男の賞賛を聞き、初めて気分がよさげに笑う。

 

 ……だが、両者の間にある殺意は全くと言っていいほどに衰えてはいない。

 

 仮にも神造兵器。常人がこの場にいれば、その圧だけで容易に意識を手放すことだろう。

 

「で。テメェ、こんなところで何してやがる?」

「……天網で情報は共有しているはずでは?」

「あん? ああ、次々と入ってきてうるせえから切ってんだよ。作業の邪魔だしな」

 

 一瞬、驚き故か使徒が動きを止めた。

 

 ジアは、あらゆる使徒をリアルタイムで繋ぐ〝天網〟との常時接続を断ち切っていた。

 

 必要とあらば使用するが、すっかり職人気質に陥った彼女にとっては常に記録をインプットされることは雑音でしかない。

 

 浩介は天網でジアが今回首を突っ込んできたと推測したが、単に装備へ盗聴器を仕込んでいただけである。

 

「……凄まじい自我の発達ですね。スターク様の言った通り、やはり貴女の成長速度は侮れません」

「だったらどうすんだよ? これでもウチは牙の一人だぜ? 勝てると思ってんのか?」

「難しいと言わざるをえないでしょう。しかし、それが私の役目であるのならば──」

 

 

 

 

 瞬間、使徒の体から大量の魔力が放出される。

 

 

 

 

 不思議なことに、その放出量は通常の使徒を大幅に超えており、さしものジアも眉を顰める。

 

 そんな彼女の前で、純粋な銀色だった使徒の魔力に、突如として黒色が混ざり始めた。

 

 二色の魔力は絡みつくようにして使徒に収束していき……混じり気のない銀髪の一部が、染まる。

 

「──全霊を以って、貴女を排除します」

 

 次に瞼が開かれた時、使徒の右目の一部は黒く濁っていた。

 

 現代的な戦闘服に身を包み、翼を携えた黒銀の姿は、アンバランスであるからこその力強さを放つ。

 

 何処からともなく鋭い音で幅広の刀を二振り取り出し、構える様にジアは冷や汗を流した。

 

「……テメェ、〝蛇の黒鱗(アイアス)〟か」

「ご明察。序列86位、キャトヴァストと申します。以後お見知り置きを、〝赤熱の六(クラフター)〟」

 

 醸し出される威圧感に、今度はジアが驚く番であった。

 

 自然と薙刀を構え、ないよりはマシだと全身に身体強化の魔力を纏う。

 

 

 

(ヤベェな。よりによって戦闘特化の第一組織かよ。しかも結構上位じゃねえか。こりゃ、流石に準備不足か?)

 

 

 

 内心では自嘲気味に笑いながらも、ここで引き下がることは最初から選択肢にない。

 

 一度首を突っ込んだのだ。最後まで浩介に付き合う程度には彼女も律儀だった。

 

「いいぜ。ちょうど退屈してたところだ。ここらでいっちょ、存分に暴れさせてもらおうじゃねえかッ!」

「──ッ!!」

 

 ジアとキャトヴァストが、ほぼ同時に動き出す。

 

 双刀と薙刀、それぞれに分解の魔力を纏わせた二人は、濃厚な殺意のままに得物を振るい──

 

 

 

 

 

 

 

 直後、研究所に激震が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 降霊魔法によって傀儡と化した死体が、次々とベルセルクに変わっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ありえざる光景にバーナード達が喉の奥で喘ぎ、浩介は判断ミスとしたと後悔した。

 

 傭兵達にも【ベルセルク】が仕込まれていることは分かっていた。

 

 だが、よもや降霊魔法を発動させる武器が用意されているとは予測しきれなかったのだ。

 

「いや……奴の介入があった時点で、予測に入れておくべきだったか…………!」

「チッ! よく分からんが、生き返ったもんはしょうがない! 総員、戦闘態勢! 飛沫を浴びるなよ!」

 

 ベテランらしく、混乱を飲み込み叫んだバーナードによって揺らいだ心を立て直す。

 

 雄叫びを上げてこちらに向かってきた傀儡ベルセルク達に、浩介も対応し始めた。

 

「シッ!」

 

 素早く投げつけた4本のナイフが、狙いを違わずベルセルク達の頭部に突き刺さる。

 

 爆破矢の鏃を分解して作った爆発性のナイフは、ほどなくして暗闇に火花を咲かせた。

 

 確実に脳を破壊し──だが予想に反して、頭を損傷したベルセルクは緩慢にも動き続けていた。

 

「なっ!? 奴ら、これまでと違って死なないぞ!」

「チッ、やっぱり魂魄だけで動いてるか! 厄介だな!」

 

 既に肉体は死んでいる傀儡達は、従来の弱点を克服しているようであった。

 

 無敵の超人になったのではと、バーナード達の心を絶望が侵していく。

 

「いえ、よく見てください! 奴ら、再生していません!」

「何だと!?」

 

 エミリーをアレンと共に守っていたヴァネッサの言葉に、改めて傀儡を観察する。

 

 すると、確かに浩介に頭を吹き飛ばされたベルセルクはそのままグロテスクな損傷を晒している。

 

 加えて、最初の叫び声こそ力があったものの、通常のベルセルクに比べてひどく動きが遅い。

 

 それらの情報を素早く分析し、浩介はこの違和感の正体を探り当てる。

 

「……! そうか、奴らの体は死体だ!」

「どういうことだアビィ!?」

「要するに死んだままってことだ! 復活した時に一時的に活性化して【ベルセルク】は効果を発揮したが、生命活動自体はもう止まってる! そうなれば流石に細胞再生も起きないんじゃないのか!?」

 

 いかに人間を理性なき超人に変えるベルセルクといえど、死人には完全に効果を発揮しきれないのだ。

 

 あるいは降霊魔法という、常識外の力が加わったことで何かしらの阻害が起こっているのか。

 

 何れにせよ好都合だと、新たな弱点を見つけたことで希望が生まれる。

 

「つまり、こういうことか。奴らの体を破壊して動けないようにすれば、無力化できるんだな!?」

「その可能性は高いと思う!」

「よし! 聞いたな、各員戦闘態勢! 残弾数に注意しながら──蜂の巣にしてやれッ!!」

「「「了解!」」」

 

 再び気迫を取り戻したことにより、傀儡ベルセルクと保安局員達による戦闘が再開された。

 

 それまでは頭部や心臓を狙っていたが、手足などを重点的に射撃して機動力を奪う作戦に移行する。

 

 目論見通り、傀儡らは目に見えて動きが止まった。危機感で締め上げられていた全員の心に少しの余裕が生まれ……

 

「あっ」

 

 それ故か、ヴァネッサの背中越しに室内を見回したエミリーが声を上げた。

 

 

 

 

 

 彼女の視線の先で、いつの間にか扉までたどり着いていたヴァイスが出ていく。

 

 彼のすぐ隣には、体を縮こまらせた白衣の男が頭を庇って追随していた。

 

 エミリーの声によって浩介も彼らに気がつき、新たにナイフを取り出して──

 

「──あばよ、バケモノ。せいぜい同類と遊んでろ」

 

 その前に捨て台詞を残し、手元の端末を操作すると扉の向こうに消えた。

 

 浩介が投げたナイフは分厚いそれに突き刺さり、取り逃がしたことに舌打ちをする。

 

 

 

 グルルルル…………

 

 

 

 度重なる失態に苛立つ暇もなく、室内にこれまでとは違う異音が響いた。

 

 彼やエミリー達、銃を乱射するバーナード達が一斉にそちらへ視線を向ける。

 

「ッ、何だあれは……」

「機械の、怪物……?」

 

 開け放たれていた扉から出てきたのは、見たこともないような生物達。

 

 体長は二メートルほどだろうか。()()()()()()()()()()尻尾を揺らし、金属質な音で4本の足が床を叩く。

 

 おそらくはベルセルクを投与されたのだろうソレの、元の生物は猫……と思われる。

 

 というのも、その全身の至るところがダークグリーンの機械的な装甲で覆われているのだ。

 

 装着しているというよりも、肉体に無理やり接合したと言った方が正しいか。

 

 その一体の他にも、犬や猿、ネズミといった、見るもおぞましい獣と機械の融合体が次々と現れる。

 

「実験体にされた動物、ってところか。ここは研究施設だ、ベルセルクを獣に使ってもおかしくはないが……あの見た目は…………?」

「……ガーディアンだ」

「ガーディアン? なんだそれは?」

「人型の戦闘兵器だよ。大方、〝超越体(ヘラクレス)〟の前段階に動物と機械のキメラを試作してたってとこだろ」

「っ、えげつねえことしやがる……」

 

 生命を冒涜する行為に軽蔑の言葉を吐きながらも、バーナードは指示を飛ばして隊列を組み直す。

 

 続けて無線越しに他の隊からの連絡が入り、同じようにキメラ動物の襲撃を受けている旨が報告された。

 

 

 

(さて。こいつらも始末しなきゃだけど、ヴァイス達もすぐに追いかけないとマズい。どうしたもんか……)

 

 

 

 時間をかければかけるほど、あの傭兵と男を取り逃がす確率は高くなる。

 

 そうなってしまえば、わざわざエミリーを連れてまでこの施設にやってきた意味がなくなってしまう。

 

 それに反して、浩介の仮面には数十ものキメラ動物……ベルセルク・マシンの熱源が映し出されていた。

 

「……迅速に排除する。それしかないか」

「いや。お前はグラント博士と一緒に、先に行け」

 

 間髪入れず隣から帰ってきた言葉に、臨戦態勢に入っていた浩介は素早く振り向いた。

 

 仮面越しに正気かという目を向けると、ベルセルク・マシンの機械部分を観察しつつ彼は語り出す。

 

「今、奴らを逃すわけにはいかない。彼女の為に、お前はここまで協力してくれているんだろう?」

 

 不敵に笑うバーナードが一瞥した先には、エミリーがいた。

 

 

 

 

 

 体を震わせながらも、必死に周囲を見回している彼女は、まだ折れていない様子だ。

 

 彼女は浩介の言葉を信じて、未だこの場に踏ん張っているのだ。

 

 彼女の心までも守り抜くと誓ったのは、浩介自身。彼らを逃せばそれは果たせなくなる。

 

「……本当に、いいのか?」

「愚問だな。お前ほどじゃないだろうが、これでも腐るほど修羅場は潜り抜けてきてるんだ」

「……わかった」

 

 既に覚悟を決めたバーナードに、一切の躊躇や怯えがないことを直感する。

 

 これでも浩介は、プロの自覚を持っているつもりだ。同じ大人である彼にこれ以上の問答は不要だと理解する。

 

 代わりに、その体から滲み出るようにして一人の分身体を作り出した。

 

「こいつを使ってくれ。装備は近接武器に限定されるが、戦闘力は遜色ない。自律稼働であんたに従うようにしておいた」

「最高の置き土産だな」

 

 最後に一度、視線を交わす。

 

「死ぬなよ」

「お前こそな」

 

 拳を握り、前腕を軽くぶつけ合わせる。挨拶はそれで十分だった。

 

 忽ちキラリと目を輝かせたヴァネッサ、アレン、そしてエミリーの方へ浩介は近寄る。

 

「聞いてたな。ここは任せて、あいつらを追う」

「了解しました、我が神よ」

「はいはい、ここまで来たら最後までやってやりますよ!」

 

 即座に答えたエージェント二人に首肯してから、エミリーへと手を差し出した。

 

「エミリー。いけるか?」

「……うんっ!」

 

 いい返事だ、と握り返された手を包み込む。

 

 そうすると、もう一方の手で腰から放電ディスクと奪視グレネードを外した。

 

 それらのスイッチを入れ、起動音を聞きつけたバーナードがグッと銃のグリップを握りしめた。

 

 

 

(三……)

(二、一……)

((ゼロッ!))

 

 

 

「今だッ、アビィ!」

「ッ!」

 

 バーナードの号令と共に、浩介はそれらをベルセルク達に向けて投擲する。

 

 ほぼ同時に、機械音と獣らしい声の混じり合った咆哮をあげてマシン達が傀儡達の後方から飛びかかった。

 

 直後、爆発したディスクから激しい放電が、グレネードから強烈すぎる光が炸裂する。

 

 それらは生物と機械両方の特性を持つマシン達にダメージを与え、光に包まれた部屋の中に悲鳴が木霊した。

 

 二重の奇襲が功を奏したところで、極力目を庇いながら浩介は三人と共に扉に向けて走り出す。

 

 背後から怒りの叫び声が轟き、それに呼応するようにして無数の射撃音が乱舞した。

 

 戦場を後にして、あっという間に出口にたどり着くと扉を開けて先にエミリー達を外へ逃がす。

 

 そして最後に、浩介が閉じかけた扉の間を潜り抜けるようにして出ていった。

 

「アビィ! これが終わったら、ビールでも飲もうぜッ!」

「フラグ立てんな! でも、生き残ったら最高級のやつを振る舞うよッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 叩きつけるような軽口を、最後に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を覆う薄暗闇は、まるでこの先に待つ結末を示すかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 その中を、エミリーの手を引いて駆け抜けていく。

 

 先程視認した際に、仮面へ記録されたヴァイスと男の生体反応を追跡する。

 

 加えて派生技能でその足跡や気配をも辿り、正確な動きで次々と通路を選んでいった。

 

 全くの迷いのなさに、アレンが若干顔を引き攣らせている。

 

「「オオオォォォッ!!」」

「チッ! またか!」

 

 曲がり角を曲がった途端、廊下の向こうにいた二体のベルセルクがこちらに振り向いた。

 

 数えるのも馬鹿らしくなるほど見た筋肉達磨達に、浩介は素早くディスクを取り出す。

 

「フッ!」

 

 こちらへ向かってこようとするベルセルクらの胸元めがけて、素早くそれを投擲。

 

 そして衝突する直前、小型の刃が飛び出すと分厚い筋肉の鎧へと突き刺さった。

 

 

 

 ピッ!! 

 

 

 

 間髪入れず、起動音が鳴り響く。

 

 次の瞬間、内側から爆発したディスクから紫色のエネルギーの渦が発生した。

 

 中心に向けて凄まじい引力を放つそれを受けたベルセルク達が、グロテスクな音を立てて吸い込まれていく。

 

 骨の砕ける音や肉の潰れる音を響かせ、瞬く間にゴルフボールほどの大きさになって絶命した。

 

 ベシャリ、と湿った音を立てて地面に落ちたそれらの間を、浩介達は走り抜ける。

 

「あ、あんな武器まで持ってたんですか……」

「ちょっとした自前の改造品だ。ジアには内緒な」

 

 アレンに軽い口調で返しながら、視界に表示される足跡のままに進行を続ける。

 

 やがて、最奥に金属製の扉がある行き止まりに出た。反応はその扉の向こうに続いている。

 

 しかし、すぐに浩介は雑多に物が置かれたその通路へと意識の一部を割くことになった。

 

 

 

(反応が複数……最後の奇襲ってわけか。なら、こっちもそうさせてもらおう)

 

 

 

 通路に入るまで、あと三メートル。

 

 浩介は胸元に両手を持ってくると、左手首の部分だけスーツの形状固定を解除した。

 

 露わになった手首にはパネル式の腕時計が巻かれており、浩介は素早く画面をタップする。

 

 規定通りのコードを打ち込んだ途端、ディスプレイに真紅の骸骨が表示された。

 

「ヴァネッサっ!」

「了解っ!」

 

 名前を呼ばれただけで、まるで長年連れ添ったかのような阿吽の呼吸で理解する。

 

 

 

 

 

 浩介がエミリーの手を離した途端、彼女を抱きかかえるようにして間近の箱へ身を隠した。

 

 同様にアレンも隠れた瞬間、浩介は自動的にパネル部分が外れた腕時計を通路めがけて投擲。

 

 ピッ、ピッ、と電子音を立てる時計の軌道を確認した後に、ヴァネッサ達の方へ避難した。

 

「この音はなん──っ?」

 

 

 

 

 

 カッ────!! 

 

 

 

 

 通路の中に隠れていた、ヴァイスの部下の残党が不思議な電子音に声を漏らした時。

 

 それを遮るようにして破裂した時計から、鮮血のような光が通路中に放たれる。

 

 真紅の閃光は、彼らに思考の余地をも与えずに、その皮膚を、肉を、臓物を一瞬で消し炭に変えた。

 

 あっという間に骨だけになった傭兵達は、光が収まって一拍したあと、ガラガラとその場に転がる。

 

「……反応なし。掃討完了」

「……本当に、ほんっとうにエゲツない武器持ってるんですね」

 

 そっと物陰から顔を出し、障害物の残骸や転がった骸を見て、アレンはゾッとした。

 

 あの時、自分達は本当に細心の注意を払って生かされたのだ。

 

 

 

(この武器をあの場で使われてたら、話し合いも何もなく全滅していたんでしょうね……)

 

 

 

 改めてその強大な力に慄く間も無く、「行くぞ」という浩介の言葉に反応して動き始める。

 

 無人となった廊下を憂いなく駆け抜けて、ついに扉の前へとやってくる。

 

「コウスケさん」

「ああ……エミリー」

 

 最後に一度。試すように、浩介は少女を見下ろした。

 

「こうすけ……」

「いよいよだ。この扉の向こうに、君の悲劇の終わりが待ってる」

「そう……」

 

 目を閉じて、エミリーは深く深呼吸をした。

 

 脳裏に浮かんで消える、様々な光景。ダウン教室で過ごした、掛け替えのない日々。

 

 もう会うことのできない彼らの顔を、一人、一人と思い返してから……開目する。

 

「お願い」

「了解」

 

 交わす言葉は、互いに一言。

 

 万感の思いがこもった懇願に応える為、浩介はスーツを形成するナノマシンを右腕に収束した。

 

 装飾が消えていき、左腕のスーツは完全に無くなる。代わりに、まるでベルセルクのような豪腕が完成した。

 

「シッ──!」

 

 擬似的な強化筋繊維を装着した腕を、躊躇なく扉へと振るう。

 

 まるで極薄のガラスを割るかのような脆さで、しかしそれとは裏腹な轟音を伴い扉は吹き飛んだ。

 

 

 

 

 呆気ないほどに開かれた扉の向こう。そこにあった光景が、エミリーの目に飛び込んでくる。

 

 広大な地下駐車場。いくつもの車両が並ぶうちの一つ、中型のピックアップトラック。

 

 そこに、目的の二人がいた。

 

 ヴァイスは荷台の側にいたが、積み込もうとした荷物を手に唖然としている。

 

 そして、もう一人は……

 

「あぁ……」

 

 〝彼〟を見た瞬間、エミリーの口から漏れ出た小さな声。

 

 それは、浩介が彼女の失望と悲しみ、そして絶望を感じ取るにはあまりに明確なサインで。

 

 仮面の中で労わるように細めていた目を冷酷に尖らせると、その人物を見る。

 

 

 

 

 

「……あんたが、レジナルド・ダウンか」

 

 

 

 

 

 白衣の男の正体──それはエミリー・グラントの恩師にして、もう一人の父でもある男だった。

 

 

 






読んでいただき、ありがとうございます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。