ラストバトル前半です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
「グルルルルゥ………………」
「………………っ」
注意深く、その怪物の容姿を観察する。
従来のベルセルクとは程遠く、ましてや
人の皮を剥いだような恐ろしい剛体の上から、歪んだ黒い鎧を纏っているような外観。
あの肉塊から継承したのだろう、背中や肩口、手足から鋭い先端を持つ、甲殻を備えた触手が生えている。
それら全てを様々な観点から仮面が解析し、浩介に一つの事実を教えてくれた。
(……やべえ。こいつ、マジモンの怪物だ)
地球の人間を基準に、ではない。
旧世界で聖戦を生き抜いた浩介を以ってしても、死を覚悟するほどのポテンシャルを秘めている。
それをしっかりと感じ取っているのか、背後からエミリー達の恐怖が色濃く伝わってくる。
「……っ」
「……グラント博士。下手に動かないでくださいね」
「う、うん……」
だというのに、その圧で気を失わないのは過酷な戦いを潜り抜けてきた故か。
「マジかよ……ヤベェなあれ…………」
一方で、ジアは冷や汗を流しながらも恐怖や戦慄とは別の色が混じる声で呟いている。
兵器開発者としての興味が唆られているのだろう。皮肉にも人間らしい使徒だ。
一瞬の油断もできない状況で、置物にならないことに内心感謝しつつソレを睨み続ける。
(とりあえず、先ずはエミリー達を逃さないと。それに、あっちにいる子供達の救出もしなくちゃならない。だがおそらく、アレの相手をするので精一杯になる……)
これで〝彼〟やハジメであれば、易々とこの程度の困難など突破できるのだろう。
生憎と浩介は彼らほど万能ではないので、この領域の相手には死力を尽くさねばならない。
「……ヴァネッサ。俺が仕掛けたら、エミリーと教授を連れて逃げろ。子供達は助ける」
なので、素直に彼女達へ頼ることにした。
これまでのどこか余裕があるものではなく、切羽詰まった声音に三人は息を呑んだ。
だが、逆にそれで強張りが解けたことで小さく首肯する。
それを感じ取った浩介は、次に今にも飛び出しそうな表情の使徒へ目線を向けた。
「ジア! こいつを倒すのに手を貸せ!」
「ハッ、言われるまでもねえ! いっちょバラして、解剖解析といこうじゃねえか!」
「よし。……ヴァネッサ。お前のスーツはある意味俺のプロトタイプだ。耐久性もさることながら、パワーアシスト機能もある」
「……なるほど。つまり、グラント博士程度であれば容易に運ぶことは可能と」
「そういうことだ」
「あ、あのー。僕、普通に生身なんですが?」
「死ぬ気で走れ。あと、お前がダウン教授を運んでくれ」
「えぇ……」
容赦のない返答に顔を引き攣らせるが、ヴァネッサ一人に二人を運ばせるのは気が引けるのかそれ以上の文句はなかった。
各々、自分のすべきことの為に身構えていると、それを機敏に察知した怪物が唸り声を上げる。
「────今だ、行けッ!」
「グルァアアァアアアァ────ッ!!!」
怒号と咆哮。それを合図に、戦いは始まった。
浩介が怪物めがけて突撃し、迅速に動いたヴァネッサがエミリーに近づく。
阿吽の呼吸とも呼べる動きで彼女はヴァネッサに身を預け、横抱きにするとそのまま走り始めた。
一歩遅れて、ダウン教授を担いだアレンが退避を開始するのを浩介は目の端に捉える。
「グルァアッ!」
怪物は、そんな彼──ではなく、エミリー達めがけて攻撃を繰り出した。
突き出した腕から、十本の触手が放たれる。その速度は比喩なしに弾丸以上だ。
「そう来ると思っていたぞ!」
無論、浩介が予測していないわけがない。
ある程度の知性を残す
「シィッ!!」
見事に予想通りの攻撃に、素早く二振りのナイフで触手を細切れにする。
返ってきた感触は、想像以上の硬質。ブラックナイフでかろうじて、ナノマシンのナイフは砕け散った。
「フッ! 貴様のような下郎の魂胆など、この深淵の牙にかかれば見抜くのは容易いこと!」
既にスイッチが入っている浩介改め、アビスゲートさんは台詞を吐きながら前進した。
怒りの声を撒き散らした怪物が、すぐさま断面から触手を再生して再度攻撃を放つ。
恐ろしいことに、断面から再生した触手は枝分かれしており、あっという間に全方位を囲まれる。
迎撃の為に分身体を作ろうとした瞬間、背後に回っていた触手が飛来した刃によって切り刻まれた。
「ウチも忘れんなッ!」
威勢の良い雄叫びを伴って、怪物の左側からジアが切り込んだ。
完全にアビスへ意識が向いていた怪物は、素甘じい反応速度で振り向くと振り下ろされた長柄を受け止める。
金属同士が擦れるような音を弾けさせ、全力の強化と〝分解〟を施した棍棒が押し込まれた。
「このままバラしてやらぁ!」
「グルルルル…………!」
膂力が拮抗していることを察した怪物。その次の対応は素早いものだった。
肩口の触手を操ると、棍棒に絡みつかせて固定してしまう。
途端に力の拮抗が崩れ、大きく体を傾けられたジアの手の中で棍棒がひしゃげ始めた。
「チィッ!」
舌打ちをこぼしながらジアが得物を手放す。
そのまま翼を使って退避し、追ってくる一部の触手を回避しながらアビスの背後に降り立った。
「悪りぃ! しくじった!」
「いや! 上出来……だっ!」
機関銃を掃射されているかのような猛攻をしのいでいたアビスが、指を鳴らす。
次の瞬間、前触れなく怪物の右半身が凄まじい爆炎に包まれた。
駐車場全体を揺るがすような威力に、触手の攻撃が止まる。
爆煙の中でよろめいた怪物の影を見たジアが、口笛を鳴らした。
「やるじゃねえか。お前とウチの攻撃で偏った意識の反対を突くとはな。ありゃ蜘蛛型偵察機か?」
「フッ。爆発ディスクと組み合わせてみたのだよ。しかし……」
ほどなくして、炎と煙が消えていく。
そうして露わになったのは……肩の装甲と触手が多少損壊したものの、健在な怪物の姿。
目を細める二人の前で、怪物が負傷した右肩に顔を向けると、瞬く間に再生が始まる。
あっという間に鎧が修復されていくと、その隙間から粘着質な水音を伴って触手が飛び出した。
「苛烈な攻撃性に、重戦車程度であれば粉砕する爆弾を受けてあの防御力……これは実に厄介だな」
「ハッ! 潰し甲斐があるってもんだぜ」
苦笑と凶笑、相反する笑顔を浮かべた二人の牙が並び立つ。
ジアは新たに黒光りする大剣を携えると、周囲を浮遊していた刃がそれに合体した。
「グ、ギィイイ……」
殺気を尖らせる二人に呼応するが如く、己を見せるけるように両腕を広げた怪物が触手を蠢かせた。
(奴め、笑ってやがる。だが……)
ふと、視線を巡らせる。
すると、やってきた時とは別の出口からエミリー達が駐車場を丁度離脱する所であった。
彼女達は心配そうな眼差しでこちらを一瞥した後、扉の向こうへと消えていく。
「まずは一安心、といった所か。次は子供達だな」
「変な気は起こすんじゃねえぞ。穴ボコだらけになりたくねぇならな」
「分かっているとも。まずは奴を……殺すッ!」
「ガァアアアァァッ!!」
初動は同時。
無数の触手が閃光のような速度で空間中を駆け巡り、二人を襲う。
「しゃらくせぇッ!」
第一派は、ジアが床に叩きつけた大剣から生じた衝撃波で押し留められた。
先端からひしゃげた触手達の一部が、直後に純白と漆黒の軌跡によって無数の肉片と変わる。
「フッ──!」
人一人が通れるような穴を作りながら、アビスが重力を操作して宙に足場を作り疾走する。
(出し惜しみはなしだ。最速で、最適に──奴の首を刈るッ!!)
いかに
その予想が正しいかを確かめる為にも、全力で両腕を振るい、路を切り開いて接近する。
「ガァッ!!」
自分に近づいてくるアビスへ、怪物は更なる対応をした。
胸の前で腕を交差し、刃のように尖った前腕の装甲を急速に伸長させていく。
やがてそれが20センチ以上になった瞬間、アビスめがけて一斉に射出した。
「っ!」
迎撃と前進に傾けていた意識を割き、重力魔法を発動。
体の周囲に無数の引力球を出現させ、そこに針を引き寄せて事なきを得た。
「ちぃ!」
ジアもまた、〝分解〟の力を纏わせた大剣を盾にして防御する。
彼らに防がれ、あるいは別の場所へ飛んでいた針は地面や床に突き刺さった。
その箇所から毒々しい煙が放出し、腐食していくのを視界の端に捉えて目を細める。
(酸性の毒液……さっきの肉塊はベルセルクの集合体なんだろうが、奴ら何を混ぜた?)
恐ろしきその特性を思索する間もなく、触手と毒針が無数に飛来する。
常に重力球を展開しつつ、格段に減った隙間を縫うようにしてナイフを振るう。
超絶的な技量で直撃こそ食らわないものの、しかし足は止まってしまった。
(こりゃ、まるでガトリングの一斉掃射だな……! 生物の出していい攻撃じゃないだろ!)
「ジア! 手を貸せ!」
「あいよっ!」
緋色の翼を展開し、分解で対抗していたジアが動き始める。
大剣の柄にあるダイヤルを回せば、接合していた刃が分離して合体を始める。
同時に大剣が機械的な音を立てて展開・変形し、瞬く間に様相を変えると先端に刃が嵌った。
その形は、さながらハジメの持つパイルバンカーのよう。
「チャージする! 五秒稼げ!」
「容易いこと!」
魔力の流し込まれたパイルバンカーが駆動音を奏で、機敏にそれを察知した怪物が触手を差し向ける。
前進を諦めたアビスは、即座にスーツを構成するナノマシンの比率を両足に集中し、神速で疾走。
瞬く間にジアの前へたどり着くと、襲いかかった触手と毒針の全てを切り捨ててみせた。
「貴様の相手は、この我だ」
「ガァアアアァァッ!」
苛立ちを咆哮に変えて、その猛りを表すように更に体から触手が生えてくる。
加えて毒針の生長速度が飛躍的に上昇し、元より苛烈だった攻撃が倍の数へと増幅した。
「オオオォオオォッ!!」
「フハハハハ! いくらでも受け止めてみせようではないか!」
新たに加わった攻撃の手に、アビスが怯むことはなく。
(──分身:阿修羅)
本来、自分とそっくりの分身を複製する技能を応用し、自らの体に重ねるように構築する。
三面六腕の姿は、さながら阿修羅像。それぞれが独立した思考を持つことで、激烈な攻撃に拮抗する。
「ハハッ! 気色悪りぃなその格好!」
「前衛的と言ってほしいものだがね!」
「おかげで準備万端だ! ぶちかますぞッ!」
その言葉を合図に、駆動音が最高潮にまで高まる。
怪物の攻撃も激しくなるが──相手が悪かった。
「ハァッ!」
アビスから分離した二人の分身体が、触手や毒針を切り裂きながらその身を盾にして防ぎ切る。
魔力に還って消えていき、その黒霧が晴れた時。そこには緋色に輝く兵器があった。
「死にさらせェッ!!」
ドッッ!!!
盛大な音を立て、渾身の一撃が発射される。
ジアの有り余る魔力を〝分解〟に変換し、更に大剣によって〝金剛〟を付与された刃の弾丸。
それは、迎撃せんと迫ったあらゆる触手と毒針を粉砕し、レールガン級の速度で飛ぶ。
「ガァッ──!!」
粉々にされた触手を再生し防ごうと考えた、その瞬間にはもう遅く。
螺旋を描いて通り過ぎた刃が、一拍遅れて怪物の心臓を左半身の上部ごともぎ取っていった。
「────ッ!!」
「──まだ終わりではないぞ?」
目を見開く怪物。姿勢を低くするアビス。
「〝狂人憑依〟──《型式:荊軻》」
始まりの皇帝を誅せんとした暗殺者の影をここに。
自前の存在感の希薄さ、仮面に付与された技能。そしてこの技能の重ねがけによって、極限までアビスの存在が薄くなる。
それはこの世界に存在しないと言っても過言ではなく。本当の幻と化したまま、一直線に駆け抜ける。
一歩、二歩、三歩────無事、到達。
「奈落へ落ちてゆけ。救いがたき外道よ」
刹那、アビスが現世へ舞い戻った時。
ナイフを握った両腕を胸元で交差した彼の背後で、怪物の頭が胴から離れ、四つに分断された。
完璧な隠密。完全な暗殺。神話の英雄が決死の覚悟で臨むような怪物を、一撃のもとに屠ったのだ。
「またつまらぬものを斬ってしまった……とでも、言っておくか?」
「アビスッ!!」
だが、直後に聞こえたのはジアの厳しい警告。
ほんの少し緩んでいた気が瞬時に引き締まる。そして背後へ振り向き──
「ッ!!?」
自分めがけて拳を振り下ろす、首なしの怪物に目を見開いた。
反射的に体が動いて、斥力の結界を展開しながら後ろへ飛ぶ。
一秒後に、叩き込まれた拳が盾を貫くような激しい衝撃を生み出した。
「ぐッ!!?」
尋常でない力に押され、初めて外からの力によって宙を舞う。
「おぉおッ」
どうにか体を捻ることで制御を取り戻すと、近くにあった柱を蹴って激突を回避し、重力の足場でその場から離れた。
無事にジアの隣まで戻ってきたところで、張り詰めていた緊張の糸が途切れて大きく息遣いを乱す。
「ハァッ、ハァッ……!」
「おいおい、バテたのか?」
「まさか……ふぅ。だが、どういうことだ」
「ああ。そりゃあ……ウチも聞きてぇよ」
二人は、首無しのソレを見る。
ジアが打ち込んだ刃により、円形に抉れた心臓部から肩口にかけて吹き飛んでいる。
加えてアビスが首を刈り、確実に弱点を潰したはずなのに、両足でしっかりと屹立していた。
バキッ……ゴギュッ、ボゴッ…………
それどころか、再生を始めたではないか。
アビス達の目の前で、人間のそれとは大きく異なる、筋肉質な心臓が形成される。
そこに骨格や筋繊維が纏わりついていき、先程と同じように修復されていった。
同様に、頭部もまた同じ形を十数秒で取り戻し──閉じられていた目が見開かれる。
「ハァアァアアァ…………」
たったの二十秒。それだけで肉体を完全に再生させた怪物は、重々しい吐息を放つ。
恐怖を煽るかの如く、ズルリ、ズルリと伸びていく触手達に、さしもの二人も総毛立ってしまった。
「どう見る?」
「察するに、脳や心臓が複数ある……それらを全て破壊しない限り、殺せぬだろう」
「ケッ。厄介なバケモンだぜ」
「そういう割に、口元が緩んでいるぞ。同胞よ」
「バァカ。こんくらいの相手でなきゃ、バラす価値もねえ」
「同感だ」
武器を構える二人。
それを見た怪物も、触手を今度は体に貼り付けるようにして纏っていく。
頭部から下半身にかけて第二の鎧を、両腕には隙間から毒針が覗く螺旋状の槍を。
より一層禍々しい姿を得た怪物が、知性のある動きでアビスとジアに向けて戦闘態勢を取った。
「第二ラウンドと、洒落込もうかッ!」
「最終ラウンドはねえけどなァッ!!」
「ガァアアアァァアアッ!!!」
読んでいただき、ありがとうございます。