今回は後半。
楽しんでいただけると嬉しいです。
三つの殺意が解き放たれる。
それぞれの動き出した速度は、驚異的なことに全くの互角だった。
故に、激突するまでの時間は……ほんの一瞬。
「フッ!」
「だらぁッ!!」
「ガァッ!」
一方はナイフが棘槍をいなし、一方では大剣が叩きつけられる。
使徒にすら匹敵する、今地球上ではあり得ない剛力に激しい衝撃が二人の全身を波打たせる。
「ガァアアアアアッ!!!」
そのまま鏖殺せんと怪物が猛烈に両腕を振るえば、二人もまた絶死の一撃を放つ。
並みの相手であれば気付く間も無く首を刈られる一撃を、目敏く察して猛攻で抑え。
万物を崩壊させる力を纏う大剣を叩きつけられれば、針から染み出す毒でそれを相殺する。
加えて、まるで腰布のように新たに伸ばした触手で追撃をも加えようと画策するではないか。
(まさに怪物! スタークの野郎、なんて厄災を生み出してんだッ!)
悪態をつくも、それを口に出すほどの余裕が今の浩介にはない。
ただ、持ちうる全ての技と道具を用いて、死なないように、殺す為に戦い続けるだけ。
その思考は既に、ある一つの打開策を検討している。
(奴の弱点を全て見つけ出す! 頭部と心臓、それ以外の急所さえ暴けば!)
殺す
それを探り当てる為、アビスは攻勢に打って出る。
「ギァアアアッ!!」
「シィッ!!」
突き出された棘槍の、複雑に絡み合った触手の隙間を見極め、腕を振るった。
光に等しい速度の軌跡を描き、槍を解体した上で露わになった手へ更に一撃を見舞う。
「ギッ……!」
「少し痛むぞッ!」
生まれた一筋の傷口へ、スーツから形成したナイフを突き立てた。
直後、傷口から腕の中へ駆け巡ったナノマシンが神経を切り刻み、血管に入り込んで血流をせき止める。
ガクンと垂れ下がる右腕。続けて、巻き戻るように切り傷より飛び出したナノマシンが枝分かれして床に突き刺さり、怪物を固定した。
それによってバランスを崩し、振り上げられていたもう一方の腕が大きくブレる。
「そこだッ!」
その隙を見逃さず、ジアが懐に入り込む。
魔力を動力に刃が激しい音を立てて回転する大剣を唸らせ、触手と甲殻に包まれた胴体に叩きつける。
激しい火花が飛び散り、豪快な音を立てて特大のチェーンソーが怪物の肉体を削った。
「ガァアアアアアッ!!」
激昂した怪物は、触手を操り自ら右腕を根本から切り落とす。
拘束が解かれ、目を見開くジアへ棘槍を解除した左腕で強襲する。
「がっ!?」
「ジア!」
首を鷲掴みにされたジアが、声を上げた。
当然暴れて引き剥がそうとするが、肉体能力の低い彼女では抗いきれない。
その小さな体が地面から離れ、怪物は自分の眼前まで持ってくると顔を覗き込んだ。
「クソ、ったれ……!」
「グルルル……!」
ジアの細い首を、極太の指が圧し折ろうと力を込めた。
しかし、全身が何かによって縛られたことで指の一本も動かすことができなくなる。
怪物の瞳のない目が背後へと向けられれば、体に絡みつく黒糸をその手で束ねるアビスがいた。
「グ、ガ……!」
「我の相棒を、離してもらおうか」
アビスの全身が力み、腕が引かれる。
人外の膂力が少しずつ怪物の体を操り、ジアを掴む指が開かれていった。
「ゲホッ! ゴホッ!」
解放され、地面に落ちた彼女は首元を抑えて激しく咳き込む。
「大丈夫か?」
「はぁっ、はぁっ……わりぃ、助かったわ!」
「それは重畳……ッ!?」
「ゴァアアアッ!!!」
怪物が、全身を固めていた触手を解き放つ。
糸は容易く引きちぎられ、たたらを踏んだアビスはその力の程に幾度となく驚いた。
それも束の間、自分へ飛んできた無数の触手への対応に迫られる。
「くっ!」
怪物の股下を前転でくぐり抜け、ジアを抱えると大きく距離をとった。
「ふぅ。本当に面倒な相手だな」
右腕の再生を始めている怪物に、アビスゲート卿と内心の浩介が揃って渋い顔をした。
どう弱点をあぶり出すか、改めて考えようとしていると、腕の中でジアが身を起こそうとした。
「チマチマやってたって、時間を食うだけだ。一発で決めるぞ」
「だが、どうやって?」
「あいつの装甲、全部引っぺがしてやる。後はテメェがやれ」
「何を……」
アビスが最後まで言い切る前に、彼の手を振り払ってジアが立ち上がる。
腰のポーチに手を突っ込んだ彼女が取り出したのは、注射器のようなアーティファクト。
真っ直ぐに怪物を睨みつけながら、注射口を自分の首へと押し当ててボタンを押した。
「グッ……!」
仄かに輝く銀色の液体が体内に流し込まれ、呻き声が漏れる。
ドクンッ……!
次の瞬間、ジアの体が震えて変異を始めた。
全身から骨や筋肉の壊れるような音を上げながら、その体が徐々に大きくなっていく。
四肢は長く、体にはくびれが生まれ、絶壁のようだった胸部が豊かに膨らんでいく。
やがて、完全に変異が完了した時──彼女は本来の使徒と同じ年齢にまで肉体が成長していた。
「っふぅ……さぁて。やってやろうじゃねえか」
「グルルルルゥ…………!」
長く伸びた髪を振り払い、狂気的な笑顔を見せたジアに怪物が構え。
「フッ…………!」
その時には既に、完全に使徒本来のスペックを取り戻したジアが肉薄していた。
地面に転がっていた大剣を掠め取るように手にした彼女は、怪物へ向けて殺意に満ちた目を向ける。
回避せよ──そう怪物の本能が囁いた時にはもう、胸の中心に大剣が埋まっていた。
「ちったぁ泣き叫べ、クソ野郎ッ!!!」
盛大に悪態をついた彼女が柄のトリガーを引いた途端、怪物に突き刺さった大剣が起動。
ギャガガガガガガッ!!! と騒音を奏で、瞬間的に超高速で回転を開始した刃が怪物の胸の中を食い荒らした。
「ガァァアアァァアァッ!!!???」
初めて純粋に、堪え難い激痛によって発狂する怪物。
「まだまだァァアアアッ!!!」
ジアはさらに畳み掛ける。
大きく開いた翼に、残る全ての魔力を投じて〝分解〟を発動すると、怪物の体を包み込んだ。
「……ッ!!」
幻想的な見た目からは想像できない力で体が締め付けられ、その鎧が分子レベルで崩壊していく。
少しずつその堅牢な装甲が剥がされていくのと同時に、自らも影響を受けて傷ついていくジアの姿にアビスは目を見開いた。
「ギィッ……グッ…………ガ……ァァアアア…………!!」
「うっ、ぐ……」
ほとんどの装甲が壊れ、触手が溶け落ちた時、ジアの魔力も枯渇する。
翼が消え、力尽きると大きく脱力して大剣から手を離した。
「オ……ヴォォォォォオオォオォォォッ!!!」
「ジアっ、避けろっ!」
仰向けに倒れていく彼女へ、激怒と憎悪に満ち溢れた目で怪物が拳を振るう。
動くこともできないジアは、かろうじて身を捻ろうとしたが……手遅れだった。
怪物の拳が、腹にめり込む。
骨や肉の砕ける音が響き、内臓が潰れるのを実感した。
「ゴッ……ぶっ…………!」
「アアァアアアァッ!!」
アビスが動き出すが、その間に怪物は拳を振り切る。
血を吐きながらジアが宙を舞い、それを受け止める為に疾走する。
「今だっ、やれぇッ!!」
「っ……!」
だが、制したのは他でもないジア自身だった。
彼女の声に乗った覇気、そこから感じられた決死の覚悟に、アビスは一瞬躊躇して。
「感謝するッ!」
戦いに決着をつけることを選択した。
コースを変え、自分に向かってくるアビスを視界に捉えて怪物は怒りの唸り声を上げる。
未だに〝分解〟の力が残留しており、全身の再生は遅々として進んでいない。
ジアが作ってくれた突破口を無駄にしない為、彼もそれまで機を見ていた本気を出すことを決意する。
(出し惜しみは無しだ────全力で、殺す)
「〝狂人憑依〟。《 型式:
本体のアビスと同等の力と技量、知性を持つ九人の分身体が、怪物を全方位から取り囲んだ。
「〝狂人憑依〟──《 型式:
その上でアビスは、
戦闘中の時間経過により、〝深淵卿〟の身体強化が最大の〝深度Ⅴ〟に到達した時のみ実現する荒技。
それによって、全身を覆っていたナノマシンが全て右腕へ集まり、長大な擬似腕を形作る。
同時に、アビスの目には装甲に阻まれていた、捉えるべき〝獲物〟がはっきりと写っていた。
(胴体に心臓四つ、肩に脳が一つずつ。頭部に本来の脳一つ──そして、背中にもう一つ)
計八つの弱点。通常の生物では到底あり得ない脳と心臓の数。
それら全てに狙いを定めて、アビスは絶技を解き放つ。
「「「「「「「「「「〝魂など飴細工よ〟────貴様の魂、貰い受けるッ!!」」」」」」」」」」
極限まで右腕を引き絞り、全身の筋力を総動員させ──ー射出。
飛び出した異形の右腕が、限りなく漆黒に近い紫の光を帯びて縦横無尽に宙を駆け巡る!
予測を許さない不規則な軌道を描き、まるで檻を形成するようにして十本の腕が襲い来る。
それは反応することすら烏滸がましく、あっという間に右肩と左脇腹を貫いて心臓と脳を掴み取った。
「ガッ!!」
「「「「「「「「「「まずは二つ!」」」」」」」」」」
深淵より来たりし呪いの腕が、躊躇なくそれらを握り潰す。
その程度では致命傷にならぬ怪物がそれぞれの腕を掴み取るが、一秒後に腹部が穿たれた。
「ギィッ!」
「「「「「「「「「「さらに一つ!」」」」」」」」」」
まだ終わらない。
残る七本のうち、四本が四肢を絡め取って動きを封じ、防御を取らせないようにした。
その上で、二本の腕が両胸に埋まった心臓を一つずつ抉り出す。
「「「「「「「「「「これで五つ!」」」」」」」」」」
「────ガァアァアァアアァッ!!!」
だが、怪物も大人しく殺されはしなかった。
突如として放たれた最大の咆哮と共に、全身から毒針が発生して解放される。
それらは容易く呪腕を引き千切り、更にはアリス達を蜂の巣にして即死させた。
唯一、咄嗟に反重力の結界を展開した本体を除き、全ての分身体が霧散する。
「「「「「「「「「「凌ぎ切れた、と思うだろう?」」」」」」」」」」
瞬く間に再生成された分身体が、再び呪腕を伸ばして残る三つを
「ギィイイイィイィイ…………ッ!!」
怪物者力を絞り出し、全身の細胞をコントロールすると触手を復活させた。
肉の体から、再び数十の触手が現れる。攻殻も纏っていない、体液に塗れた骨と肉の鞭だ。
十分な殺傷力を持つそれらを恐るべき速度で振るって、自分に襲い掛かる分身体達を消し飛ばしていく。
「「「「「ふむ、十では足りないか。では──」」」」」
残った五人の分身から、さらに二体の分身が生まれ、十五人に増える。
「「「「「「「「「「これでどうだ?」」」」」」」」」」
「ガァアァアッ」
それを見た怪物も触手の先端を割り、倍の数に増やして対抗した。
「「「「「「「「「「「「「「「見事。ならば────
」」」」」」」」」」」」」」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「更なる力を以てねじ伏せよう
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
増殖は止まらない。
「「「「「「「「「「覚悟せよ」」」」」」」」」」
十を殺せば三十に、三十を殺せば六十に。
「「「「「「「「「「貴様の行き着く先は影の深淵。闇よりなお昏く、来世など訪れぬ永久の牢獄」」」」」」」」」」
殺せば殺すほど、触手を振るえば振るうほどに、視界の全てをアビスが埋め尽くしていく。
「「「「「「「「「「貴様が感じうるは、死と苦痛。そして犯した罪の数に相応しい報い、ただそれのみ」」」」」」」」」」
使徒級の怪物? かの聖戦を生き抜いた遠藤浩介ですら、一人では決死の覚悟で殺す厄災?
「「「「「「「「「「その重さを知りながら、その身に刻め」」」」」」」」」」
よろしい。ならば
「「「「「「「「「「我は深淵。世界を飲み込む蛇の毒牙。かの者の潜む闇の具現」」」」」」」」」」
もはや、抵抗も無意味に九十九の呪腕が怪物を埋め尽くし、蹂躙し、破壊し。
「「「「「「「「「「歓喜せよ。貴様如き下郎の命を、我が終わらせるのだ。冥府への土産に下賜しよう、我が名は──────」」」」」」」」」」
握り潰され、引き裂かれ、ミンチにされ。
唯一残った、恐怖に慄くような目をした怪物の頭を。
彼を取り囲む影すら凌駕する、一条の漆黒が貫いた。
「────コウスケ・E・アビスゲート。それが、貴様が最後に知る言葉だ」
静かに着地したアビスの手の中で、白と黒が見事に調和したナイフが煌めいて。
次の瞬間、その中心で発生した極小のブラックホールに頭部や肉片が飲み込まれ。
グジュッ、という湿り気のある音を残し、怪物は完全にこの世から消滅した。
「…………フッ。呆気ないものであったな」
キザにセリフを放つアビスの周囲から、役目を終えて分身達が消えていく。
人間で作られたドームが解除されると、一気に全身を途轍もない疲労感が襲った。
「グッ……やはり、重ねがけは消耗が激しいな…………」
その場で大の字になって寝転がってしまいたいほどだが、やるべきことがある。
重い体に喝を入れ、まずは遠くまで吹き飛ばされたジアへと駆け寄っていった。
「おい! 生きてるか!」
「……カハッ…………んな程度で、くたばるかよ…………」
元通りの容姿になったジアは、アビスから戻った浩介の膝の上で薄笑いを浮かべる。
「いや、ギリギリだろ……体が元に戻ってなかったら即死だからな」
「へへ……あのブサイク野郎、ザマァみやがれ…………」
瀕死の重傷で軽口を叩くことに呆れつつ、異空間からリュール印の回復役を取り出して飲ませた。
流石にこのままでは死ぬことを本人も自覚しているのか、大人しく少しずつ喉の奥へと流し込む。
最上級の効能を持つそれによって、瞬く間に体は修復され、息苦しさが薄まっていった。
「っぷぁ……助かったぜアビス」
「はいはい。こっちも色々と助かったよ、おかげであれに勝てた」
「んじゃあ、貸し借り無しだな」
「そういうことにしとくよ。っと、そういえば子供達は……」
ジアに手を貸して立たせながら、先程ケースが叩きつけられていた方を見る。
毒針や瓦礫の破片が突き刺さっているものの、破損していないのを見てホッとする。
足早に近づいていき、手で表面に触れるとナノマシンの結合が解けていった。
浩介の全身にスーツが再形成されていくのに従い、中の様子が露わになっていく。
子供達は、三人で互いに身を寄せ合っていた。特に怪我をした様子もなく、突然外が見えるようになって驚いている。
「よかった。これで助けられなかったら、悔やんでも悔やみきれなかったよ」
心の底から脱力するほどの安堵だった。
そんな彼に、腹を手で押さえながらジアが近づく。
「で、そのガキどもどうするんだ?」
「勿論連れて帰る。でも…………」
ふと、エミリー達が消えていった通路の方に顔を向けて。
「まだ、やることが一つある」
これにて戦闘終了。
読んでいただき、ありがとうございます。