星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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お久しぶりです。

息抜きに投稿です。


怪物の心

 

 

 

 

 ────アアァアアアァッ!! 

 

 

 

 廊下に響く、異様な絶叫。

 

 その影響か、パラパラと天井からこぼれ落ちてきた破片に、ヴァネッサとエミリーは険しい顔をする。

 

「コウスケさん達の戦いは激しくなっていそうですね」

「だ、大丈夫かしら?」

「あのお二人を信じるしかありませんねっ!」

 

 彼女達の隣を必死に追走するアレンが叫ぶ。

 

 元来の脚力とスーツの機能により、凄まじい速度で走る同僚に並ぶので精一杯だ。

 

 一応エミリーに負担をかけないよう加減はされているが、それでもやや平均より重めの中年男性を担いで並走しているあたり流石である。

 

「そうね……こうすけは、私のヒーローだもの」

 

 強い信頼を言葉に乗せて、エミリーは頷く。

 

 肩越しに彼女の逞しくなった表情を見て、ヴァネッサはふと笑った。

 

「グラント博士、貴女はいい女です。きっと彼も受け入れてくれますよ」

「んにゃっ、ななな何言ってんの!?」

「っ、ヴァネッサ!」

 

 空気が緩みかけたその時、アレンが鋭い声を飛ばす。

 

 

 

 一瞬で意識を切り替えたヴァネッサが前方を見ると、曲がり角から猫型のベルセルク・マシンが三体顔を出していた。

 

「楽しくおしゃべりしているところ悪いんですけどね、こちとら走るのに手一杯なのでお願いしますっ!」

「言われずとも! グラント博士、私の後ろへ!」

「う、うん!」

 

 

 

 キシャァッ!! 

 

 

 

 カメラアイを赤く輝かせ、標的を認識したマシンらは突撃してくる。

 

 エミリーが背中に隠れたのを確認し、ヴァネッサは拳銃を取り出すと素早く狙いを定めて発砲した。

 

 

 

 寸分違わずカメラアイめがけて射出された弾丸だが、ベルセルク・マシンらもただではやられない。

 

 搭載された弾道予測機能を用いて軽やかに回避すると、不規則な動きで連携して迫ってきた。

 

「くっ、ベルセルクの凶暴性が機械で制御されてるのか!」

「厄介なものをっ!」

 

 

 

 キシャァアアッ!! 

 

 

 

 あっという間に目前まで迫り、チェーンソーとなった尻尾が繰り出される。

 

「ふッ」

 

 ヴァネッサは踏み出した右足を軸にして体を倒し、身をかがめて攻撃を回避。

 

 先頭にいた一体の懐に潜り込むと、可動域確保のため装甲が存在しない下顎を見極めると銃口を突きつけた。

 

「これでも避けられますか?」

 

 

 タンッ! タンッ! 

 

 

 皮膚と骨を砕くのに一発、脳を破壊するのに一発。

 

 確実な射撃によってキメラの脳が内側から吹き飛び、痙攣した後にカメラアイが消灯する。

 

「ふんッ!」

 

 床へ落下するマシンの張り出した装甲を手で掴むと、後続のマシンらに向けて投げつけた。

 

 スーツのパワーアシストによって100キロ以上はある死体が軽々と宙を舞い、残りの二体がそれを回避する。

 

 そのままヴァネッサを左右から挟撃してきた。

 

 

 

 彼女は片手を、滑らかな動きで片方のベルセルク・マシンへ突き出す。

 

 その指先が装甲に包まれた前脚に触れ──次の瞬間、マシンはヴァネッサを飛び越えて仲間と激突した。

 

 

 

 グガッ

 

 

 

 突進の勢いのままに頭部同士がぶつかり合い、激しいノイズが視界を埋める。

 

 動作不良を起こし、平衡感覚を失ったマシンらは壁にぶつかってから床に転がった。

 

 

 

 タンッ! タンッ! 

 

 

 

 下顎を露出したマシンの一体に、膝立ちの姿勢でヴァネッサが射撃。

 

 続けて、立ち上がろうとしたが()()()()()によってもたついていたもう一体のカメラアイに一発撃ち込み、見事に三体とも処理した。

 

「ふぅ……」

 

 軽く息を吐き出し、体のこわばりを解くヴァネッサ。

 

 それから自分の両腕を見下ろし、体に張り付いていたスーツが戻るのを見て目を細めた。

 

「凄まじい性能ですね、これは」

「ヴァネッサ!」

「グラント博士。アレン、行きましょう」

「うん!」 

「え、ええ」

 

 再びエミリー達と合流し、彼女達はかすかに揺れ動く廊下を走り抜けていった。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 しばし、研究所内を徘徊していたベルセルクやベルセルク・マシンと応戦すること数度。

 

 駐車場から随分遠くへ移動した四人が行き着いたのは、水路の併設された通路だった。

 

「ここで一度身を潜めますか。障害物も多いですし、しばらくは安全でしょう」

「そう、ですね」

 

 至る所に置かれた機材の内、最も大きな水路沿いの一つに背を預け、周囲を確認したアレンが言う。

 

「ヴァ、ヴァネッサ、大丈夫?」

「ええ……なんとか」

 

 ふう、と深くため息をつくヴァネッサ。

 

 ずっと一人で応戦していた為、さしもの彼女といえど特殊なスーツありきでも疲弊の色が見えた。

 

「アレンがもう少し役に立てば、もっと距離を稼げたのですが」

「ひどっ。僕、あなたみたいなトンデモスーツ持ってないのにここまで人一人担いで来たんですけど。褒めてくれてもよくありません?」

 

 ほらほら、とアピールするアレンに呆れた眼差しを向け、それから二人は座り込んでいるダウンを見る。

 

 大人しく運ばれていた彼は、まるで諦めたように笑みを浮かべていた。

 

「素晴らしい逃走劇だったね。私は戦闘の素人だが、あれだけの数のベルセルクを前に一人も欠けることなく逃げ果せるとは。さすがはあの覆面の彼と一緒に君を守り通しただけのことはある」

「……先生」

 

 エミリーが、ダウンの前に立つ。

 

 ヴァネッサとアレンが自然と口を噤んで、にわかに緊張した雰囲気が場を包んだ。

 

 

 

 恩師だった男を見るエミリーの瞳には、どうしようもない悲しみが込められている。

 

 そして男は、どこか仄暗いものをたたえた眼差しを少女へ返していた。

 

「教えてください、先生」

「何をだい、エミリー」

「あなたの本音を。きっともう、意味はないし、失ったものは何も帰ってこないけど……それでも、知らなくちゃいけないと思うから」

 

 自分を生かす為、死んでいった人達のためにも。

 

 ダウンがこのような事件に関与した理由を、エミリー達との五年間を裏切ってでも果たそうとした目的を暴かなければならない。

 

「あなたは、何がしたかったんですか? 何が得たくて、こんなことを……」

「何を得たかったのか、か……きっとそれを聞いても、君には理解できないのだろうね」

 

 かぶりを振るダウンだが、エミリーの意思は揺るがない。

 

 それを理解したのだろう、彼は静かな声音で答えた。

 

「私はね、エミリー。ただ歴史に名を残したかったんだよ」

「歴史に、名を?」

「ああ。教科書の一ページに後世までその存在を残し続けるような人間に、私はなりたかった。未来永劫、レジナルド・ダウンの名を人々に語り継いで欲しかった。分かるかい?」

「そんなことの、ために……?」

 

 理解できないといった顔をする教え子に、「やっぱりね」と男は困ったように眉を落とす。

 

「君には分からないだろう。いてもいなくても同じ、誰でもない誰かになる恐怖、その虚しさ、そして絶望が」

「そんなことっ。先生が誰でもない人間なんて、そんなはずないっ! 私が、リシー姉が、ダウン教室の皆が、あなたを忘れるはずがないのにっ! あなたに教えられた私達が、生きた証じゃないんですかっ!?」

 

 これまでの時間の全てを否定するかのような数々の言葉に、泣き叫ぶような絶叫が木霊する。

 

 けれどダウンは、なおも寂しげな表情を変えることはなかった。

 

「……そうではないんだよ、エミリー。そんなちっぽけなものじゃ足りないんだ」

「な……」

「言っただろう、歴史に名を残したいと。()()()()()の記憶に留まるようじゃ、私の穴を埋めるには到底釣り合わない」

「……そんな」

「狂ってる……」

 

 アレンが呟いた言葉にダウンが顔を上げた。

 

「理解できないかい? そうだろうね。君達には決して、私の願いがわかることはないだろう」

「どうして、ですか?」

「だって、君達は天才じゃないか」

「………………え」

 

 エミリー=グラントは優れている故に、レジナルド・ダウンを理解できない。

 

 

 

 その一言は、頭脳明晰故に孤立していたエミリーの信頼を打ち砕くには十分だった。

 

「保安局トップクラスのエージェント達に、二つとない薬を生み出した研究者。平凡に生まれ、平凡に育ち、ただ君たちのような天才の背中を見送り続けてきた私の気持ちなど、知りうるはずがない」

「で、でも先生は、大学でも一番の教育者で、みんな一目置いていて……」

「優れていないからさ。だから他人が何を分かっていないのかわかる。誰よりそれを欲したからこそ、どうすればいいのかわかる。それだけなんだよ」

 

 虚空を見つめ、これまで育ててきた者達の顔を思い返して嘆息する。

 

「どれだけ努力しても、何を思いついても、私がそこにたどり着くまでの百分の一に満たない労力で天才は結果を掴み取る。その度にどれだけ虚しくなったことか」

 

 エミリーは理解できなかった。

 

 だって彼女の知っている彼は、テレビや雑誌で卒業した者達を見る度、我が事のように誇らしそうだったから。

 

 それさえも全て、自分の心を隠すための偽りだったというのか。本当は自分こそがそこにいるべきだったのに、と。

 

「それでも。彼らが私を恩師と言ってくれることでどうにか〝教育者のレジナルド・ダウン〟を取り繕っていた。これで十分だと、そう諦めることができた」

「なら、どうして……」

 

 全てが嘘でないのなら、なぜその天秤は壊れてしまったのか。

 

 何が彼の諦観という鎖を解き放ってしまったのかと答えを欲する少女に、彼は。

 

「君だよ、エミリー」

「──え」

「君の作ったベルセルク、あれはまさに奇跡の産物だ! 人を人ならざるものに変えるなんて、これほどの革命はない! 研究を続ければ、どれだけの富と名声が約束されていることか!」

 

 途端に理性の皮を取り払ったように、ダウンは声を荒げて立ち上がる。

 

 怯えるエミリーに詰め寄って、狂気に満ちた瞳を爛々と輝かせた男はまくし立てた。

 

「間違いない! これは歴史を変える偉業だ! これまでのことなど比べるべくもない! 君は歴史に名を残す! 私はその父だ! 変革者の父として人々の記憶に刻まれる──そのはずだったのに!」

「っ……!?」

「『これは危険だから破棄しよう』? そんなふざけたことを君が言うからっ!」

「ダウン教授。そこまでにしてもらいましょうか」 

 

 そこで、ヴァネッサとアレンが銃口を向ける。

 

 ハッとしたダウンは、狂気じみた空気を解くとにこやかに笑みを形作った。

 

「すまない。だが、焦ったよ。私がいくらベルセルクの可能性を説いても、君は耳を貸さなかった。だが無理に説得すれば信頼を失いかねない。いつ君がサンプルやデータをどうにかするか分からなかったから、時間的猶予もなかった」

「……だから、持ち出したんですか?」

「ああ。Gamma製薬の幹部に教え子がいてね。連絡を取ったらこの通り、ここまでの成果が出た」

 

 ベルセルク、ベルセルク・マシン、そして超越体(ヘラクレス)

 

 ケイシス以外の〝第三者〟の力もあったとはいえ、予想した以上の結果が転がり込んできた。

 

「ようやくだ。ようやく、他人に奉仕し続けてきた私にも報われる時が来た。まあ、そう全ては上手くいかなかったが」

 

 

 

 超越体(ヘラクレス)やベルセルク・マシン以上の成果は、もう見込めないだろうとダウンは考えていた。

 

 

 

 これ以上、【ベルセルク】を改良する余地がない。

 

 特効薬を作り出せずにケイシス達の計画は頓挫し、応用しようとしても単純なものばかりで、結果的にファントムリキッドに頼った。

 

 これ以上の成果を望むならば、どうしても必要だったのだ──生みの親である、エミリーが。

 

「……全部、計画の内だったんですね。最初の事件も、汚職警官も、ウォーレン捜査官も。全部全部、私を追い詰めて、先生に頼るしかないように……否が応でも、ベルセルクを研究するしかなくなるように」

「その通りだよ。途中までは成功していたんだが……保安局も、ロドやデニスも、余計なことばかりしてくれたものだ」

 

 吐き捨てるような、その一言。

 

 

 

 それが、完全にエミリーの心の芯を切り裂いた。

 

 

 

(──ああ。もう、ダメだ)

 

 

 

 壊れてしまった。割れてしまった。何より大切にしていたものが、粉々に。

 

 

 

(マイロお兄ちゃんが死んだ。ベルセルクにぐちゃぐちゃにされて)

 

 

 

 その中で、彼女は思い出す。忘れることのできない喪失を。

 

 

 

(ベルセルクになって、サムお兄ちゃんが死んだ。お兄ちゃんに首を折られて、ジェシカお姉ちゃんが死んだ。デニスお兄ちゃんも、ロドお兄ちゃんも、ヘドリックお兄ちゃんやリシー姉だって、みんなみんな)

 

 

 

 みんな、自分の前で死んでいった。

 

 

 

 夢見ていた。

 

 誰もが笑って教室を卒業し、そして目の前にいる彼が……父が、笑って送り出してくれると。

 

 けれど、誰より最初にその夢を踏み潰したのは……

 

「……私が、引き金を引いたんですね」

「エミリー?」

 

 俯いていたエミリーが、ギュッと小さな拳を握る。

 

 ヴァネッサ達も怪訝そうに目を向ける中、震える声で、心で……彼女は、ゆっくりと語り出した。

 

「私が、あなたの引き金を引いたんだ。あなたの心の奥にあった、ずっと貴方を蝕み続けたものを押しとどめていたものを、壊してしまった」

「…………」

「みんなが押さえててくれた。先輩達が、教室のみんなが……それなのに、貴方の怪物の心(ベルセルク)を、私が解き放った」

 

 何度も、何度も。

 

 自分に言い聞かせるように、エミリーが告げる。ダウンは何も言い返さない。

 

 彼女は顔を上げて──今にも泣きそうな、自分を嗤ってしまいそうになるのを堪えた表情で、ダウンを見上げた。

 

「ごめんなさい。先生を、怪物にしてしまって」

「……怪物、か。言ってくれるね、エミリー」

 

 ふっと、水路を背にして手すりにもたれたダウンは笑う。

 

 それさえもどこか達観していて、どんな言葉も届かないとわかったエミリーは下唇を噛んだ。

 

「……投降してください、先生。罪を償って、やり直してください」

「今更、そんなことができるとでも?」

「私も一緒に償います。家族を殺してしまった責任を果たすために、だから……」

 

 それが、エミリーが彼にできる最後のことだた。

 

 かつて……いや、今も恩師と、父と慕う男を狂わせた原因だと自覚しているからこその選択だ。

 

 

 

 研究室の隅でうずくまり、ただ懺悔するだけだった数日前の彼女にはできない選択だっただろう。

 

 それを今選んでいるのは、自分が背負うべきものから目を逸らさないため。

 

 何よりも、自分をここまで連れてきてくれた、あのヒーローに恥じないためにも。

 

「……はぁ。本当に何もかも上手くいかないね。本当なら、君に殺されて終わることさえ考えていたのに。これも私が凡人だからか」

「先生……」

「このままでは私は、ただの犯罪者として終わるだろう。事態の深刻さから言って、新聞の一面にすら載らないのだろうね」

 

 今回の事件の全容が世間に明かされることは、まずあり得ない。

 

 その過程で保安局が画策していたことも明るみに出る危険性がある以上、隠蔽工作が図られるだろう。

 

 ダウンは呆れたように笑い、再びどことも知れぬ虚空を見上げ。

 

 

 

 

 

「ああ、それならばいっそ──こうするしかないね」

 

 

 

 

 

 トンッと床を蹴ると、()()()()()()()()()体を投げ出した。

 

「「っ!?」」

「先生っ!?」

 

 咄嗟のことにヴァネッサ達は反応できず、エミリーが目を見開く。

 

 彼女の叫び声を耳にしながら、彼は10メートルも下にある水路に向けて落ちていき──

 

 

 

 

 

 その途中で、ぐんっと何かに受け止められた。

 

 

 

 

 

 ●◯●

 

 

 

 

 

 全身を襲った、想像よりはるかに弱々しい衝撃にダウンは閉じていた目を見開く。

 

 そうして自分の周りを見渡すと──水路に蓋をするように張り巡らされた放射状の黒糸に驚愕した。

 

「な、何だこれは……」

「へっ。そう上手くいくと思ったか、オッサン?」

「っ!?」

 

 突如として聞こえた見知らぬ声に、頭上へ顔を振り上げる。

 

 すると糸の上に、緋色の翼を背に持つ幼くも美しい少女が胡座をかいてこちらを覗き込んでいた。

 

「君は……」

「あいにくと、ウチの相棒は人間が言うところのバッドエンドってのが嫌いみたいでな」

 

 一体何を、と眉を顰めるダウンの耳に、新たな声が届く。

 

「──然り。自死による幕引きなどさせるものか」

「っ!」

 

 ハッとしたエミリー達が、後ろを振り向く。

 

 

 

 カツン、カツンと薄暗闇の向こうから響く足音。

 

 それは勢いよく流れる水音だけが支配していた空間を掌握するように、徐々に近づき──やがて、姿を現す。

 

「それを許してしまえば、またエミリーが傷つくことになる。身も心も守るという誓いを反故にしてしまうのでな」

「こうすけっ!」

 

 闇の中からこぼれ落ちたように漆黒のマントと面の髑髏を見せつけ、現れたるは深淵卿。

 

「よう、エミリー。よくここまで頑張ったな」

「コウスケさん、無事だったのですね」

「何とかな。そっちも元気そうで安心したよ」

「そんな……そんなかっこいい登場の仕方で優しい言葉をくださるなんて。濡れます」

「お前は本当に、どんな時も駄ネッサなのな」

 

 ヴァネッサの発言に呆れながらも、浩介は両手で掴んだ黒糸を引く。

 

 若干撓んでいた網が張り詰め、ダウンの体が浮き上がったところを翼を広げたジアがキャッチし、こちらまで飛んで運んできた。

 

「おらよ、ご所望の品だ」

「ありがとう。なんだかんだ、今回はお前に助けられたな。ジア」

「ハン。こっちもそこそこ楽しめたからチャラにしといてやるよ」

 

 不遜に腕を組む姿が某魔神様と重なって、浩介は苦笑する。

 

 そんなやりとりも程々に、床にへたり込んでいるダウンを見下ろした。

 

「さて。最後の抵抗をしたかったようだが、あいにくと俺の目の黒いうちはそういうのは許さない」

「最後の抵抗? コウスケさん、どういうことです?」

「こいつ、自分にやばいモン仕込んでたからな」

 

 トントン、と自分の腹を人差し指で示す浩介にヴァネッサは黙考し……数秒後、ハッと顔を険しくする。

 

「まさか、【ベルセルク】を自分に……!」

「しかも爆弾つきでな。大方、どうしようもなくなったらここみたいな水路で自爆して垂れ流すつもりだったんじゃないか?」

 

 最初にダウンを見たとき、仮面の熱源感知がダウンの腹部に何かの存在を捉えていた。

 

 

 

 何かしらの生命維持に関わるような機械かとも考えたが、事前情報ではダウンは健康体だった。

 

 そのため浩介は拘束していたナノマシンに、例の怪物と戦いながらも自動操作で爆弾を解除させていたのだ。

 

「はは。用意周到ですねぇ」

「ジアのスーツのおかげだけどな……歴史に刻まれる偉人の父になれないくらいなら、自らが厄災になって、世紀の大犯罪者としてでも名を残したかった。そんなところか」

「そんなっ。先生、そこまでして……!」

「……まったく。君のような化け物がエミリーの守護者になったことが最大の誤算だよ」

「残念ながら、その呼び方は俺にとっては褒め言葉だ」

 

 この世界の人間に化け物と呼ばれるくらいでなければ、何も成せない。

 

 堂々と答える浩介を見て、ダウンは自嘲気味に笑う。

 

「結局、君も持っている人間か。やはり、私の気持ちなど誰も理解しないのか……」

「……ちょっと前から話は聞かせてもらってたけどな。あんたは最後の最後に選択を間違えたんだ」

「分不相応な願いを持った、とでも?」

「ちげえよ。そんなこと言ったら、生まれてこのかた家族にも時々存在を忘れられる俺の気持ちになってみろ。いやマジで」

 

 ダウンの比にならないほど、日常的に他人の意識から抹消される浩介さんである。

 

 思わず出てしまった愚痴にエミリー達が苦笑し、こほんと咳払いした彼は改めてダウンに言った。

 

「誰かに自分という人間を覚えていてもらうこと。たとえ一人だけだとしても、それは奇跡を起こすほどの力を持ってる。それくらい凄いことで……ありがたいことなんだ」

 

 

 

 遠藤浩介は知っている。

 

 

 

 たとえ誰もが忘れようと、どんなに他者から正気を疑われようと、友の実在を信じ抜いた男を。

 

 その果てに最高の結末を導いたかの魔神の偉業を前にして、どうして目の前の誰かの心に残ることがちっぽけだと言えよう? 

 

「歴史なんてのは、人の記憶と心で作られるもんだよ。なら、あんたがするべきだったのはその結果だけを欲しがることじゃない。ただエミリー達を信じて、自分の夢を託すことだった」

「こうすけ……」

「……そんなことをして何になる。結局、私はずっと彼女達の陰に生き続けるだけじゃないか」

「かもな。だけどそれが何十人と積み重なって、やがてあんたが世に送り出した奴らがまた違う誰かを育てた時、恩師としてレジナルド・ダウンを誇れば……いつかは、歴史に名を残せたかもしれないだろ」

 

 人は受け継ぐ生き物だ。

 

 誰かから受け取ったものを糧に育ち、やがて同じように誰かにバトンを渡すことで栄えてきた。

 

 ダウンが間違えたのは、そのバトンを独り占めしようとしたからだったのだろうと、浩介は考える。

 

「あんたの気持ちは少しだけわかるよ。俺は本当にここにいるのか、俺のしたことは何か意味があるのか……誰かの明日を作れるのか、って。いつもどっかで思ってる」

「だったら、どうして君は耐えられるんだい? この虚しさに、恐ろしい現実に」

 

 そこまで豪語するならば、自分の虚無を解消してみせろと。

 

 ダウンの仄暗い眼差しに、浩介は胸を張って。

 

「好きだからだよ。俺が仕事をやり遂げたことで、救われた誰かの笑顔を見ることが」

 

 

 

 〝彼〟が復活した時、自分の旧世界での戦いは無駄ではなかったと思えた。

 

 この新世界で〝牙〟として暗躍し、その結果生まれた笑顔を見る度に、自分の行いに意味はあるのだと感じている。

 

「あんたにそんな瞬間はなかったのか? 自分がしたことが誰かの心を救って……それが一番の偉業だと誇れたことは、一度もなかったのかよ」

「私は……」

 

 ダウンが、エミリーを見る。

 

 自分を見つめてくる彼女の、かつて孤立していた時の今にも消えてしまいそうな背中を思い出す。

 

 それからダウン教室の面々と共に笑い合う姿を想起して……黙ったまま、俯いてしまった。

 

「よく考えるんだな。これからの人生を、どういう風に使っていくのか」

「…………」

 

 沈黙したダウン。これ以上の問答は不可能と判断して……そこで急に、大きく体を傾けた。

 

「こうすけっ」

「っとと……はは、柄にもなく素面で説教して疲れたかな」

「鍛え方が足りねーんじゃねーの?」

「うるせえ。開発馬鹿のお前にだけは言われたくねえ」

「んだとこの野郎」

 

 ジアと軽口を交わすと、体に喝を入れて立ち直す。

 

 そして、そばで心配そうにオロオロしているエミリーに体ごと向き直った。

 

「エミリー。これで、全部終わったぞ」

「……うん」

 

 真剣なその声音に、彼女も自然と居住まいを正す。

 

 本当に強くなったな、と感心して浩介は言葉を続けた。

 

「これが本当に、君の望んだ結末かはわからない。でも、元とはいえこれ以上エミリーの大切な人を、目の前で失わせたくなかった」

 

 ましてや、ダウンの企んでいたように自らの手で殺して幕引きなど、断じてさせはしない。 

 

 この一時、遠藤浩介は牙であると同時に、エミリー=グラントの守り人であるのだから。

 

「……ううん。そんなことない。これ以上ないくらいの終わり方よ」

「そうか? まあ、それなら良かった」

 

 仮面の上から頬をかく浩介に、エミリーの顔が緩んでいく。

 

 彼を見つめるその瞳には隠しきれない熱があって、白い頬は仄かに赤く染まっていた。

 

 

 

 その熱に後押しされるようにして、一歩踏み出すと自分の頭を浩介の胸に預ける。

 

「おっと。エミリー?」

「……ありがとう、こうすけ。私を、最後まで救ってくれて」

「……そうできてたのなら、俺の仕事は完了だな」

 

 ぽん、と頭に乗せられる手。

 

 その温もりが少し気恥ずかしくて、でも心地よくて……こんな顔は見せられないと、顔を胸に埋めるのだ。

 

「なんて綺麗なエピローグ……これはもう、あとはホテルでベッドインするしか残っていませんね」

「ちょっと口閉じてろ、お前」

「やれやれ……最後まで締まりませんね」

 

 

 

 アレンの台詞に、浩介は心の底から同意するのだった。

 

 

 

 

 





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