今回は後編です。
楽しんでいただけると嬉しいです。
それから雫は、色々なところに行った。
買い食いをしたり、曲芸を見たり。なんだかどこかで見たことのあるような演劇も見たりした。
他にも不思議な雰囲気の帽子屋の女性から猫の刺繍がされた帽子を買ったりなどなど、めいいっぱい休日を楽しんだ。
そして最後に行ったのは、国立の図書館である。
「へえ、結構たくさんあるのね……」
以前シュウジとともに行った大型図書館もびっくりの蔵書量に舌を巻きながら、静かな本の森の中を歩いていく。
本棚はジャンルごとに区分けされており、そのうち雫が向かったのは魔法の区画。中でも相当古い文献のまとめられた本棚を見る。
「あ、い、う、え、お、か、き……あった」
指で指し示しながら探していると、目当ての本を見つける。指を引っ掛けて本と本の間から引っ張り出すと、本からパラパラと屑が落ちた。
周りの本と比べても相当古いそれの表紙を軽く払い、タイトルを見る。革張りの表紙には、〝失われた魔法〟という文字が刻まれていた。
ページを開き、目次からキーワードを探す。雫が指を止めたのは、〝神代〟の項目の一つだった。
「『〝虚無〟。この魔法は神代において失われた属性である。現在においてはその名前のみ知られており』……」
その項目の場所を開いて、内容を小声で読む。雫が探していたのは、シュウジの持つ〝虚無〟なる謎の魔法に関するものだった。
王城の図書室を探してもほとんど文献のない謎に包まれたこの属性が、雫はどうしても気がかりだったのだ。
そのため暇を見つけてはこれについて探っており、ここが数少ない資料の中で一番多く貯蔵されていると知ってやってきた。
「『〝神代にのみ行使するものがいたとされる〝虚無〟の魔法は、存在のどこかに虚ろさを持つもののみが適正を発現し……』」
その本には、まだ雫の知らない〝虚無〟についてのことが非常に詳しく書かれていた。ここにきて正解だったようだ。
曰く、その力は強大な七大迷宮の魔物すら灰燼に帰すほどの力を持つものである。それ故に人が扱うには過ぎた力であり、耐えられない。
そのため、麗しき創世神エヒトが人を作った時に神代とともにこの力は永久に失われ、伝説にのみ名を記す。力の詳細は全くの不明。
読み進めていくと様々なことが書いてあったが、後半はやはりというべきかエヒトへの賛辞が七割だったのであまり役に立たなかった。
パラパラと適当に流し見をしていると、最後のページに気になる一文があって手を止める。注意深くそれを読む雫。
「『もし、人の身でこれを持つ者がいるならば。それは魂の根元から他者に作られた偽りの存在である』……?」
「失礼、お嬢さん」
不意に、背後から声をかけられる。
本を閉じて振り返れば、そこには柔和な笑みを浮かべる老人がいた。
「本を取ってもいいかな?」
「………どうぞ」
少し横にずれる雫。老人は「ありがとう」とお礼を言い、本を取ってその場で開いて読み始めた。雫も音読をやめ、〝虚無〟の魔法について読み進める。
しばし、ページを繰る音だけがその場にこだました。紙と紙の擦れる乾いた音色が、雫の鼓膜を囁くように震わせる。
「……で、何の用?」
十分ほどした頃だろうか。不意に、雫がそう言った。
要領を得ない言葉に老人のページをめくる手が一瞬止まり、すぐに何事もなかったかのようにめくる。
「あら、シカトってわけ。それなら貴方の正体を大声で叫ぶわよ」
「………くくっ、相変わらずおっかないねえ」
老人の声が、渋みのある中年の男のようなものに変わる。それは何年も嫌という程聞いた、とても馴染みのあるもの。
ちらりと横目に老人を見れば、黒かった瞳は鮮烈な赤に変わっていた。まるで、自分の存在を証明するように。
「それを言うなら今の貴方の方がおっかないでしょ」
「違いない………で、なぜ気づいた?」
「簡単よ。貴方、
このパーカーを着ている間、雫は幻覚魔法で姿を変える。そう変わるのだ、
ゆえにお嬢さんなどと呼ばれれば、幻覚魔法を見破って雫が女だと認識していることになる。老人(?)はククッと笑った。
「そいつはしくじった。そういえばそのパーカー、シュウジの作ったやつだったな」
「そういうこと。それで、今日はなんで会いにきたの?
老人……否、エボルトは口元に弧を描き、言葉なく自分の正体を認める。そうすると本から目線を外さないまま話し始めた。
「いやなに、悪役もちょいと休もうと思ってね。顔なじみと世間話でもしにきたってわけさ」
「……そう。けどまた今度にして。今は忙しいから」
「つれないねえ。そんなんじゃ
先ほどとは比べものにならないスピードで、雫はエボルトの方に振り向いた。エボルトはくつくつと笑い、雫の反応に喜ぶ。
「……シューがどこにいるか、知ってるの?」
「そこは〝生きてるの?〟って言って欲しかったが……まあいい。ああ、割とすぐ近くにいるぜ」
「………そう。そうなのね」
「そう、シューがね……」と呟きながら、本に目を落とす雫。思ったより冷静な様子におや、とエボルトは横目で見た。
しかし、すぐにエボルトはまたくつくつと笑った。なぜなら雫の目は全く文章を追っておらず、口元は抑えきれない笑いが浮かんでいたからだ。
当たり前である。どれほど生存を信じようと、やはり確たる証拠がなければ完全に信じることはできない。
そこにエボルトの言葉だ。愛する男が生きていたと知れて、喜ばない雫ではなかった。
「……ふふ、抱きしめる準備をしておかなくちゃ」
「おーおー、多少離れても全く熱は冷めてないか。いいねぇ。その表情だけでも来た甲斐がある」
「……悪趣味エイリアン」
「そうとも、俺は野暮な地球外生命体だ。だからあえて大事なこともぽろっと言っちゃうかもしれないぜ」
ピクッと反応する雫。先ほどと同様本に視線を投じつつ、エボルトの言葉を一つも聞きこぼさないよう意識を集中させる。
そんな雫にエボルトは不敵に笑い、おもむろに話し始めた。
「近々、でかいことをやる。せいぜい迷宮で背中を気にしときな」
「……迷宮?私たちを襲撃でもするの?」
「おっと、もうこんな時間だ。12時を過ぎたら
わざとらしくパタン、と手に持っていた本を閉じたエボルトは棚に戻し、「それじゃあ、チャオ」と言って瞬間移動で消えた。
一瞬前までエボルトがいた場所をじっと見つめ、雫は言葉の意味を考える。いったい迷宮で、なにが起こるというのか。
「……一応、気に留めときましょう」
頭を悩ませているうちになんだか本を読む気が削がれたので、雫も本を棚に戻して図書館を出た。
外に出れば、すでに夕焼けが街をオレンジ色に染め上げている。イシュタルが日が暮れる前に王城に戻るよう異世界人全員に言っていた。
王城に向けて歩きつつ、エボルトの言葉を思い返す雫。エボルトの言葉は果たして、どのようなことを暗示しているのか。
今のエボルトは非常に危険であり、そんなエボルトがでかいと言えばそれは相当危険なことだと予想できる。
いや、そもそも今のエボルトの言葉を信用していいものか。そうやって考え込んでいると、不意に下腹部に軽い衝撃を受けた。
「っと、あら?」
「……………」
下を見下ろせば、腹部に少女が顔を埋めている。慌てて数歩ぶん体を引き、雫はしゃがんで少女と目線を合わせた。
少女は、とても綺麗なコバルトブルーの瞳を持っていた。小さな唇は引き締まり、寡黙さを感じさせる色のない表情をしている。
吸い込まれそうな少女の両目に小さく息を呑みつつ、雫は怖がらせないように柔和な声で語りかける。
「ごめんなさい、ぶつかってしまったわ」
「気をつけなさい、八重樫雫」
「え?」
少女の口から、幼い子供とは思えない威厳のある女性の声が発せられた。それだけでなく、その小さな身に釣り合わない威圧感を纏う。
少女は呆然とする雫の目をまっすぐ見ると、言葉を続けた。面食らったまま、雫はただその言葉を聞く。
「神エヒトは、《七罪の獣》をすでに目覚めさせた。仲間たちにも呼びかけなさい」
「あなた、何を言ってーー?」
「……? おにいちゃん、だあれ?」
険しい顔で肩を掴む雫だったが、次に目を合わせた時、少女の瞳は緑色になっていた。激しく困惑する雫。
「……い、いえ、なんでもないわ。ごめんなさいね」
「……?うん」
首をかしげる少女は、とててっと雫の横を通り抜けていく。その背中を眺めながら、雫はさっきの少女のことを考える。
先ほどのあれは、あの少女とは別の存在に感じた。まるで少女の体を使って、他の誰かに語りかけられていたような……
「……ダメだわ、全くわけがわからない。疲れてるのかしら、私」
かぶりを振った雫は、こんがらがった頭で何を考えても仕方がないと、帰宅の足を早めて王城に向かった。
考え事をしないでひたすら歩いたためか、30分もしないうちに王城に到着する。あらかじめパーカーを脱いで幻覚魔法を切っておく。
門番に証を見せ、何度通っても慣れない豪華な門を潜った。
「ーーー!」
「ーーー!?」
「ん?」
自分の部屋に一直線に向かっていると、大食堂の前を通りがかったところで、中から声が聞こえて立ち止まる。
少し扉が開いていたので中を除けば、なにやら龍太郎と鈴が言い争っていた。ケーキの乗った皿を片手ずつ持ちながら。
「いいから食えよ!」
「龍っちが食べればいいじゃん!」
「俺はいらねえって言ってんだろ!つーかお前、先週ケーキ食べたいけど我慢してるとか言ってたじゃねえか!我慢するくらいなら食え!」
「にゃっ!? ななななんでそんなこと覚えてんの!?龍っちキモい!」
「酷えなオイ!?」
「うっさい!そーいう龍っちだって、3日前の夜ご飯の時実は甘党だとか言ってたじゃん!甘いもの好きなんだから食べなって!」
「なんでそんなこと覚えてんだよ!」
「い、い、か、ら、食べてーっ!」
二人はなにやら、とんでもなく平和な言い争いをしていた。
「…………………ほっときましょう」
とても微笑ましい喧嘩をしているカップルもどきに、雫はそっと扉を閉じた。その顔に浮かぶのは慈愛の微笑である。
バカと威圧的な図体を抜けばそこそこモテた幼馴染の春到来に、ちょっと喜ぶ雫。こういうところが雫がオカンと言われる所以だ。
ちょっと気分が良くなっていると、廊下の向こうから足音がした。そちらを向くと、こちらに向かって歩いてくるのは見慣れた女騎士。
「あら、セントレアさん」
「や、やあ、雫殿」
声をかけるとこちらに気がついて、ぎこちない動きで手をあげるセントレア。まるで何かに緊張しているような様子に雫は苦笑した。
「明日、メルド団長とお出かけですっけ?」
「うむ……」
「ほら、そんなに気を張ってちゃ明日失敗しますよ。リラックスしてください」
「あ、ああ。ありがとう雫殿」
肩に手を置いて、セントレアに深呼吸させる雫。何回か深呼吸するとセントレアも緊張が若干ほぐれたのか、柔らかく笑う。
「雫殿は今帰ってきたところか?」
「まあ。結構楽しかったです」
「それは良かった。無茶なことを頼んでいるのだ、暇なときくらいゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。あ、明日はコーディネート、私も手伝いますから」
「重ね重ね、ありがとう。では、私はこれで」
まだ若干ギクシャクとしてはいるものの、数分前よりは幾分か落ち着いたセントレアの背中を見送り、雫は今度こそ自室に向かった。
雫の部屋は、香織との二人部屋である。他のクラスメイトたちも大体が仲の良いもの同士で同室にしており、例えば光輝と龍太郎などだ。
重厚かつ華美な装飾がされた扉のノブを握り、中に入るとーー
「あんっ、だ、だめだよ香織、こんなことしちゃ……っ」
「はぁ、はぁ、大丈夫だよ、私に任せて……」
ーー香織と美空が、くんずほぐれつしていた。
何を言ってるかわからないって?ならばもう一度はっきりと、具体的な言葉を用いて言おう。
幼馴染の少女と、彼氏の親友の少女が、あはーんでうふーんな感じのポジションでベッドの上で絡み合っていた。
息は荒く、頬は上気し、服は乱れ、色々と見えてはいけないところが見えている。美空に覆いかぶさっている香織の手は18禁がかかる場所に伸びており……
あまりに衝撃的な光景に、その場で石像のように固まる雫。その拍子に手からドアノブが離れ、動いた扉がキィ……と甲高い音を立てた。
「……? ッ!? し、雫ちゃん!?」
「えっ!?」
その音によってまず最初に香織が気づき、固まっている雫を見て目を見開く。続いて美空も若干起き上がり、雫を視認すると同じ顔をした。
「香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる香織が石動さんを押し倒してる………………」
「あの、えっと、これは違うの!美空があまりに可愛いから襲いかかったとか、別にそんなんじゃ……」
「香織が石動さんを押し倒し………………………………………」
「し、雫ちゃん……?」
恐る恐る名前を呼ぶ香織に、雫は糸が切れたように顔を俯かせる。嫌な予感がして、香織はつぅー……と冷や汗が頬を伝うのを感じた。
そしてその予感は的中することとなる。雫がパッと顔を上げ、とても綺麗な笑顔で香織のことを見たからだ。
「香織」
「えと、あの、雫ちゃん……?」
「おめでとう。皆に報告してくるわ」
「ッ!?!!? ちょ、待って雫ちゃーー」
「ごゆっくりどうぞっ!!!」
さっと顔を青ざめさせて手を伸ばす香織に、雫はドッパァン!と轟音を立てて扉を閉め。そして来た道を全力疾走で逆戻りした。
エボルトとの会話に加え、少女を使った謎の存在からの警告。そこに香織と美空の情事を見て、雫のキャパシティは限界を迎えた。
故に、ただ走る。色々考えすぎてショートを起こした思考を放棄し、本能の赴くままに、雫は廊下を走り抜けた。
「もういい加減休ませてぇぇえええええええええてえ!!!!!」
心からの叫びとともに、オカンの一日は幕を閉じたのであったーー
次回からは第4章。
ふふ、ついに修ぅ羅ぁ場(若本ボイス)が……!
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