星狩りと魔王【本編完結】   作:熊0803

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どうも。嫌なことがあって人生で初めて保健室で授業を休んだ作者です。

シュウジ「うっす、シュウジだ。いやー前回はネルファが奮闘してたな。うん、流石俺の弟子」

エボルト「まさかグールとはな……あれ、でも確かあの腕輪って」

シュウジ「おっとネタバレは禁止だ。というか前に冗談でキルバス転生してんじゃねとか言ってたけど本当になったな。気分はいかが?」

エボルト「おう、今だったらトータスまるごとブラックホールに飲み込めるぜ!」

ハジメ「こいつのこんなにいい笑顔初めて見た……」

ユエ「……兄弟、仲悪い?」

シュウジ「まー色々あったからねー。と、今回は遠藤の回だ。って、んん?こりゃどういうことだ?」

ハジメ「どうしたシュウジ?そんな顔するなんて珍しいな」

シュウジ「いや、なんか俺の知らないことが……まあいいか。それじゃあせーの、」


四人「「「「さてさてどうなる再会編!」」」」


この身は影にして闇なりて

 

 雫 SIDE

 

「まだ追っては……きてないみたいね」

 

  壁から耳を離して、そう呟く。今のところ、それらしき足音や気配は近くにない。

 

  少し安堵の溜息を吐きつつ、私は部屋の中へと戻る。そこでは傷だらけのクラスメイトたちが思い思いに休息をしていた。

 

  ここは八十九層の深奥……つまり九十層から登ってきてすぐの部屋にある、10畳ほどの広さのあるちょっとした隠れ部屋。

 

  私たちは無我夢中で走り続け、なんとかここまで逃げてきた。いや、正確にいえばここまでしか逃げられなかったと言うべきか。

 

「う、うぅ……」

「谷口、大丈夫だから。俺がついてるからな」

「うん……ありがと、龍っち」

 

  いつもの元気さは何処へやら、青白い顔の鈴が手を握る龍太郎に微笑みかける。それに少し安堵している龍太郎。

 

  戦闘中に足を貫かれ、大量失血の上に女の魔法で下半身が石化していた鈴は、一度止まって治療しないと危険な状態だったのだ。

 

  幸い香織と石動さん、二人も治癒師がいたのでかろうじて一命はとりとめたが、血が戻る訳でもなくとても動ける状態ではない。

 

  それでも意識があるのは、龍太郎の持っていたドクターフルボトルとやらが造血を促進しているからだ。ボトルって便利よね。

 

  そして動けないのは、石像のように全身が石化している斎藤君と近藤君も同じだ。今香織が解呪を試みているが、しばらく時間がかかりそうね。

 

 だから現状、ここから私たちは出られない。

 

「みんな沈んでるわね……」

 

  空気は非常に重い。いつもならそのカリスマで士気を上げる光輝も、〝限界突破〟という技能を使った疲労で半ば眠っている。

 

  石動さんが歩き回って外傷は癒しているが、本気の悪意と死を感じたせいか誰一人として顔色が優れない。沈鬱、と言って良いか。

 

  それは私も同じことであった。脳裏に浮かぶのは、不敵な笑みを浮かべた御堂さんの、どこか儚い後ろ姿。

 

「御堂さん、無事かしら……」

 

  あの時見た御堂さんの背中は……いつの日か南雲君を助けに走り出し、奈落に落ちていったシューと重なった。

 

  心の中に、不安と喪失感が広がる。どうやら自分で思っていたより、御堂さんは私にとって大切な友人になっていたらしい。

 

「生きて、帰ってくるといいけど」

 

  あなたに心配されずとも平気ですわ、と涼しげな顔で答える御堂さんを想像しつつ、私も龍太郎たちの近くに腰を下ろす。

 

  私も少し、疲れた。あの時キルバスと相対した時の恐れがまだ、体の奥に残っている。それが疲労を増長させていた。

 

  本来なら、光輝の代わりに皆を元気付けなければいけないが……少しだけ、座るのを許して欲しい。

 

「……ねえ、龍っち」

「どうした谷口?何か欲しいものがあるのか?あっそうだ、まだ俺の携帯食料が残ってる。ちゃんと食って体力を取り戻して……」

「違うよ。もう、慌てすぎだよ龍っち」

 

  気力の回復に努めていると、そんな話し声が聞こえてきた。珍しい龍太郎の焦りの声に、ふと耳を傾ける。

 

「なんでさ、あの時あんなに怒ってくれたの?」

「なんでって……そりゃ、どういう意味だ?」

「なんか、知りたいなーってさ」

 

  しばし黙りこくる龍太郎。ちらりと横目で見れば、真剣に考える龍太郎の横顔を鈴がどこか期待したような目で見つめていて。

 

「……俺にもよく、わかんねえ」

「………」

「でもなんか、すげえ許せなかったんだ。お前が苦しそうな顔をしてるのを見た途端……頭んなかで、何かが弾け飛んだ。で、気がついたらあの野郎に向かって突っ走ってた」

「……………そっか。そう、なんだ」

 

  龍太郎の答えに、少なからず驚く。

 

  龍太郎は昔から、友達が泣かされていたりするとすぐにカッとなった。相手に殴りかかって、酷くなる前に止めるのが私の仕事だった。

 

  けど……その時の龍太郎の顔と、今の龍太郎の顔は違った。もっと大切な……それこそ大事な女の子を傷つけられたみたいな、そんな顔。

 

  幼馴染として長年面倒を見てきたが、一度もそのような顔は見たことない。つまり龍太郎は、鈴のことが……

 

「……何よ、ちゃんと意識してるじゃないの」

 

  いざという時は手助けしようなんて考えてたけど、杞憂に終わったみたいね。もう完全に龍太郎は独り立ちかしら。

 

  そう思い、思わず笑みをこぼしてしまう。我ながら、こういうところがオカンとか呼ばれる理由なのかしら。

 

「ふふっ……」

「なんだよ谷口、いきなり笑って……も、もしかしてどっか痛いの我慢してんのか!?遠慮すんな、すぐに香織とみーたん呼んで……」

「だから、慌てすぎだってば………ね、龍っち。もっと手、強く握って?」

「お、おう。そんなことでいいなら」

 

  キュッと鈴の小さな手を握りしめる龍太郎。それに鈴は、とても幸せそうな顔をした。見てたら口の中がザラザラしてきたわ。

 

「ふぅ、何とか上手くカモフラージュ出来たと思う。流石に、あんな繊細な魔法行使なんてしたことないから疲れたよ……もう限界」

「壁を違和感なく変形させるなんて領分違いだものね……一から魔法陣を構築してやったんだから無理もないよ。お疲れ様」

「そっちこそ、石化を完全に解くのは骨が折れたろ? お疲れ」

 

  二人の周りに広がるピンク色のオーラに辛いものが食べなくなっていると、入り口を隠していた野村君と辻さんが即席通路から出てきた。

 

  この部屋は〝土術師〟である野村君が作ったものだ。完全に領外にも関わらず、野村君は頑張って皆を隠してくれた。

 

  一緒に帰ってきた辻さんは、鈴たち同様体の一部が石化していた野村君を解呪していたのだろう。立ち上がって労いに行く。

 

「二人とも、ありがとう。これで少しは時間を稼げるわ」

「だといいけどな……ここまでくればもう、皆が回復するのを待つしかないな。特に谷口とかひど……」

 

  言いつつ鈴たちの方に振り返って、そこに広がる桃色空間にぽかんとする野村君。前からキャーキャー言ってた辻さんは苦笑気味だ。

 

「こんな状況だから、そっとしておいてあげて」

「お、おう……浩介の方は平気かな」

「……大丈夫だ。あいつは影の薄さなら誰にも負けない」

「いや重吾、それ悲しくなるから言ってやるなよ……」

 

  近くにいた永山君が、ぼそりと呟く。ここにはいないクラスメイトの地味なディスりに、私たちは全員苦笑いになってしまった。

 

  実は、ここにくる途中でクラスメイトの一人……〝暗殺者〟の天職をもつ遠藤浩介君は別行動して上に向かってもらっている。

 

  遠藤は……なんというか、陰が薄い。クラスで接した時は気さくでいい人だと思ったけれど、いかんせんとても存在感がないのだ。

 

  その存在感のなさを活かして、彼には八十層台を突破してメルド騎士団長たちにこの状況を伝えに言ってもらっている。

 

  クラスではよく、隣にいるのに気づかれなかったなんてことがあったくらいだ。本人は不本意らしく、お前の影の薄さならいける!と言われて涙目だった。

 

  ちなみにシューは存在感の有無も関係なくちゃんと認識していたようで、時々神を見るような目で遠藤君が話していたのを見た。

 

  まあ、それはともかく。

 

  彼に任せたのは救援ではない、あの女の情報を伝えることだ。数で優っていただけの魔物が、情報よりはるかに強力だったと。

 

「私、白崎さんたちの手伝いしてくるね」

「おう」

 

  香織たちの助力に向かう辻さんの後ろ姿を、複雑な顔で見る野村君。あれ、もしかして彼って……

 

「……こんな状況だ。伝えたい事があるなら伝えておけ」

「……うっせぇよ」

 

  そんな永山君と野村君の会話を横に、私は皆の帰還を信じるのであった。

 

 

 ●◯●

 

 

 三人称 SIDE

 

 一方その頃。

 

「…………」

 

  その男……遠藤浩介は、目にも留まらぬスピードで迷宮の中を駆けていた。

 

  黒装束に包まれたその身はまるで影法師のようであり、暗殺者のスキルを全開にした今はまさしく現世から外れた闇のもの。

 

  表情に焦りはなく、仲間たちに陰が薄いと言われた時のちょっと寂しそうな表情もなく。ただ、魔物たちの間を気づかれぬうちに駆け抜ける。

 

(今は……七十六層か。あと三十分で到着できるな)

 

  自分の走行速度と脳内に叩き込んだマップを照らし合わせ、冷静に残りの距離を判断する。とても切羽詰まったようには見えない。

 

  そしてそれは事実であった。今の浩介は完全なる無感情。仲間の安否を思う心も水面下に沈め、ただ己のなすべきことをするため走る。

 

「……確かにこれ被ってるけど、技能なきゃ見つけられないとかどんだけだよ」

 

 訂正、若干本音が漏れていた。

 

  そんな浩介の顔を見るものは、誰もいない。なぜなら浩介の顔は……アーティファクトである漆黒の仮面に覆われているから。

 

 

 

 ギシャァアアア!

 

 

「チッ、気づかれたか」

 

  技能看破系の固有魔法を持つ魔物たちが浩介のいくつかの技能を見透かし、獲物を見つけたと咆哮を上げる。ちょっと嬉しくなる浩介。

 

 

 フワ……

 

 

  殺意と食欲のまま、魔物たちは浩介に襲いかかろうとしてーーその瞬間、魔物たちの全身を柔らかな風が撫でた。

 

  一拍遅れて、プシュッと魔物の全身に切れ込みが入りバラバラになる。浩介は〝ブラックホールを彷彿とさせる意匠のあるナイフ〟を鞘にしまい、走り続けた。

 

 

 グォォオオ!

 

 

「邪魔……だっ!」

 

  その後も一、二度魔物に絡まれたが、その一切を浩介は一刀のもとに切り伏せた。その短剣術は凄まじいの一言に尽きる。

 

  ちなみに、襲いかかってきた魔物はすべて複数同時に相手をすれば、光輝や他の前衛組でも倒すのに時間を要する相手だ。

 

  それをまるで当たり前のように、雑魚のように蹴散らしていく。いよいよ勇者(失笑)の存在意義がなくなってきた。

 

「……ようやく、七十!」

 

  無心で走っていると、浩介の予想通り三十分ほどで七十層にたどり着いた。されど足を止めることはなく、メルドたちの元へ走る。

 

  幾度か角を曲がっているうちに、技能に六人分の気配が引っかかった。浩介はさらに走る速度を上げて、一気に部屋を目指す。

 

  五分もかからずに到着したルームでは、上の階へとつながる転移の魔方陣を守るように六人の騎士たちが休息を取っていた。

 

  そのうちの一人ーー黒いコートを紫色の鎧の上から纏った男に、浩介は〝気配断絶〟を付与する仮面を外して近寄る。

 

「メルド団長」

「………浩介か」

 

  厳かな声で、男……メルドは答えた。振り返った顔にかつての快活さはなく、まるで石でできた彫像のように固まっている。

 

  それは、この場にいる他の五人の騎士たちも同様であった。糸が切れた人形のように虚無の表情で座っているのだ。

 

  それを浩介が疑問に思うことはない。なぜなら彼らがそうである理由を()()()()()()()()()

 

「魔人族の女が現れました」

「そうか、()()()()()()()()()()

 

  浩介の言葉に、メルドは特段驚くことなく返した。深い青色の目にはすべてわかっているとでもいうような色が映りこんでいる。

 

「光輝たちは?」

「八十九層で休息を取っています。御堂英子が魔人族の女ともう一人……謎の存在を抑えていますが、ここにくるのも時間の問題です」

「ふむ……グリスの方は?」

「坂上ですか?ハザードスマッシュを三体撃破。順調な成長かと」

 

  淡々と、まるで仕事の報告のようにやり取りを交わす二人。これがあのメルド・ロギンスと遠藤浩介とは誰も思うまい。

 

  それもそのはず、クラスメイトも王国も、誰もこのことは知らない。もし彼らの話の内容がわかるとすれば、それは〝その組織〟の一員に他ならない。

 

  その証拠に……メルドの纏うコートにも、浩介の持つナイフの柄頭にも……ある一部の者にしかわからないエンブレムが刻まれていた。

 

「では、魔人族の女がこちらに来たら私たちが応戦。お前は予定通りに上へ行け」

 

  そのあといくつかの情報を交換すると、メルドはそう浩介に命じた。しかしそれまで機械的に頷いていた浩介は、ふと問いかける。

 

「……メルドさん。俺たちのやってることは、本当に正しいんでしょうか」

「……それは命令への反逆か?」

「いいえ、そうじゃなくて……」

「では、なんだ」

 

  普段の温かい雰囲気はどこへやら、追求するような声で問うメルドに浩介はためらいながら答える。

 

「……不安なんです。もしヘマをして、あいつらの誰か一人でも死んだらって」

「………それは、そうだろうな」

「分かってます、これが必要なことだって。()()()()ためなら、この状況は皆が成長するために必要だって。でも、仲間やダチをわざと危険に晒すなんて……」

 

  それまでの別人のような浩介ではなく、本当の表情で葛藤する内心を吐露する浩介。それにメルドはわずかに目元を緩めた。

 

  浩介が〝こちら側〟に来たのは3週間と少し前。目をつけた〝蛇〟からこの世界の真実を聞いて、共に戦うことを決めた。

 

  しかし大人であり、すぐに覚悟を決められたメルドと違って、浩介にはまだ迷いがある。仕方のないことだ、まだ十七の子供なのだから。

 

「……案ずるな。うまくいけば、誰一人死なずに済む」

「………はい」

 

  だからメルドは、気休めにしかならない言葉とともに浩介の頭を撫でた。それが今のメルドにできる、精一杯のことだった。

 

「……っ!」

 

  刹那の瞬間、メルドは何かを察知して手に持っていた紫色の銃……ネビュラスチームガンを浩介の背後に撃つ。

 

  飛んでいった光弾は空中で何かにあたり、血が噴き出すのに一秒遅れて迷彩の解けたキメラが地面に落ちた。

 

「チッ、いい反応速度だね」

 

  そう言いながら階段を上がってきたのは、魔物を引き連れる魔人族の女。所々に怪我を負っており、激戦の後なのがうかがえる。

 

「……浩介、いけ。大義のために務めを果たせ」

「はい」

 

  それでも闘志を絶やさない女の目に、メルドは静かに命令した。浩介は速やかに顔を引き締めると仮面をかぶって消滅する。

 

  驚く女を置いて、浩介は転移魔法陣を起動して上へと上がっていった。当然邪魔しようとしたが、すんでの所でメルドが立ちはだかる。

 

「ここから先は通さん」

「へえ……そのエンブレム、あんたは〝蛇〟の手の者かい?全く、人間も落ちたね」

「貴様に何かを言われる筋合いはない。私は私の大義のため、騎士の誓いを破りあいつの軍門に下った」

 

  冷徹な、しかし巌のような意志を感じさせる声で答えるメルド。人とは思えぬ気迫に、魔人族の女はたじろぐ。

 

「そうかい……でも、それならあたしたちが戦う理由はないと思うけど?」

「あいにく、受けた命令が違うのでな。足止めさせてもらう」

「ふぅん……なら、容赦しないよ」

「望むところだ」

 

  メルドが足を踏み鳴らすと、それまで動かなかった騎士たちが一斉に立ち上がった。そうするとどこからともなく()()()()()を取り出す。

 

  そしてそれを、躊躇なく自分の首や手に押し当てた。瞬く間に紫色の煙に包まれ、五人の騎士は()()()()()に変わる。

 

「さあ、やっておしまい!」

「大義のための……犠牲となれ」

 

 

 ドンッ!

 

 

  メルドが引き金を引くのと同時に、魔人族の女の魔物とスマッシュが飛び出して戦闘が始まった。

 

 

 ●◯●

 

 

 浩介 SIDE

 

  転移して最初に目に移ったのは、転移陣を警護している騎士の人たちだった。

 

  魔法陣が起動したのでこちらを見るが、目の前にいるというのに首を傾げている。ちくしょう、自分の影の薄さが恨めしい。

 

  ……だがそれ以上に恨めしいのは、大人しく命令に従うしかない現状だ。

 

「……くそ、なんで俺が」

 

  あの〝蛇〟に目をつけられた日から、全てが変わっちまった。

 

  皮肉な話だ。皆をこの世界から救い出すために皆を人質に取られ、体を変なガスで改造されて、化け物になってコソコソしてる。

 

  それを打ち明けられない弱気な自分も、大きな視点で見て未来への布石として必要だと冷静に言う自分も、全部全部気にくわない。

 

  それでも俺はもう、闇に堕ちた。ならせめて、最後まで皆のために歯を食いしばって戦ってやる。

 

 

 ヴン……

 

 

「っ!?」

 

  そんな風に物思いにふけっていると、不意に転移陣が輝きだした。とっさに飛び退いてナイフを構える。

 

 

「ガァアアアア!」

 

 

  一際魔法陣が強く輝いたかと思うと、あの半透明のキメラがてできた。どうやらメルド団長は一匹取り逃がしたらしい。

 

「な、なんだこの魔物は!?」

「囲め囲め!何かする前に倒すんだ!」

 

  いきなりあられた空間の揺らぎに、狼狽えながらも攻撃しようとする騎士たち。思わずちっと舌打ちしてしまった。

 

  案の定、俺が動く前に最初に剣で斬りかかった二人がキメラの爪撃で三枚おろしにされた。とてもじゃないが相手にならない。

 

「くっ、なんだこいつ!?姿が見えない上に速いぞ!」

「狼狽えるな!魔法を使って姿を捉えろ!私が前に出る!」

 

  狼狽する騎士たちを指揮するのは、セントレア騎士団長補佐。有事の際にとメルドさんがこちらに残した騎士団の最高戦力の一人。

 

  けれど俺は知っている。なぜメルドさんが、あの階層にこの人を一緒に連れて行かなかったのか。メルドさんは、この人のために……

 

  ……まあ、今は関係ねえか。それよりこいつを倒さなくては。〝蛇〟から来る日のためになるべく()は減らさないよう言われてる。

 

「シッ!」

「ガァッ!?」

 

  仮面に付与された副次的な力でキメラの姿を捉え、背後に回るとまずその厄介な蛇頭を切り落とす。

 

  そこでようやく攻撃されたことに気づいたキメラは、殺気を発してこちらを見て……首を傾げた。思わずひくっと口元が引き攣る。

 

  これは仮面の力だと自分に言い聞かせて、見えないのならこれ幸いと両目をナイフで一閃した。鮮血が弾け飛び、キメラが悶える。

 

  流石に二回もやれば勘付いたのだろう、半ば適当ながらもこちらを捉えた動きで前足を振るってきた。それを跳躍して回避、背中に飛び乗る。

 

「ガァアアアア!!!」

「な、なんだ!?何と戦ってる!?」

「もしかして、もう一体何かいるのか!?」

「油断するな!的かも知れん!」

 

  あんたらの目の前にいるよ!別に透明にとかなってねえよ!つーか敵じゃねえ!

 

  内心本気で仮面を投げ捨てたくなりつつも、ナイフをキメラの翼の根元に突き立て、切れ込みを入れるとそのまま素手で引きちぎる。

 

「ガァッ!?」

「っと!」

 

  激痛に身をよじったキメラに、バランスを崩しかけて即座に背中から飛び降りた。危ない、転げ落ちるところだった。

 

 

 カチ、カチ、カチ………

 

 

  懐から懐中時計を取り出す。まずい、予定の時刻まであまり時間がない。

 

  小刻みに音を奏でる長針は、あと十五秒で次の時刻を表そうとしていた。それに俺は決着をつけることを考える。

 

「………狂人憑依:《切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)》」

 

  奥の手の技能の一つ、狂人憑依を使う。その瞬間五感がより鋭くなり、二本のナイフに赤黒いオーラが纏われた。

 

  同時に、どこからともなく霧が漂い始める。騎士たちの困惑した声と、キメラの警戒する唸り声が耳に響いた。

 

「フッ!」

 

  俺だけが動ける霧の結界の中、キメラに向かって一直線に走り出す。普段と違い、意識的にどこまでも、どこまでも気配を消し忍び寄る。

 

  手に握るは凶刃、振るうは本当の俺とこの数週間で生まれた冷たい俺、二人の〝俺たち〟。

 

  此よりは地獄、〝俺たち〟は炎、雨、力ーー殺戮をここに。

 

「ーー己が知るまでもなく、ただ霧の中に消えるがいい」

 

  一瞬だった。走りだして次の瞬間には俺はキメラの背後におり、冷たく鈍い光を放つナイフを鞘に収める。

 

  すると同時に、背後でドサドサと物が落ちる音がした。振り返れば、そこにはいくつかのブロックに分断されたキメラの死骸が。

 

「なっ……いきなり魔物が死んだ!?」

「一体何が起こってんだ!?」

「警戒を解くな!まだこれを殺した相手がいるはずだ!」

 

  驚く騎士たちと注意を呼びかけるセントレアさんに悲しくなった。意図的にしたとはいえ、もう完全に存在を消されてる。

 

  色々と卑屈になりながらも、そんなことを思っている場合ではないと冷たい俺が指摘する。

 

  俺はやるせなさにこぼれ落ちそうになる涙をこらえ、ナイフを鞘にしまうと上……地上に向かって疾走した。

 

  目指すはホルアドの冒険者ギルド。そこで俺はーー己に課せられた任務を完遂する。

 

「……大義のために、この身を闇へ」

 

  最近口癖になりつつある言葉を呟きながら、俺は階段を駆け上がるのだった。

 




さて、あと少しで……
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