「潤さん、世界からあなたに依頼があります」
という、長瀞とろみからの連絡を受けることが出来たのは、今の世界の状況からすると限りなく奇跡に等しかった。なにせ通信インフラのほとんどがまともに機能していないような状況だ。連絡どころか、あたしかとろみのどちらかがすでに命を落としていたって、全く持っておかしくなかった。ただ、こうしてお互いが生きていて、無事連絡を取れているという結果だけで考えれば、何事もなかったと言ってもいいのかもしれなかったが――いや、やっぱそんなことはねーな。今の世界情勢を、何事もないで片付けるのは、いくら度量の広いあたしといえど無理があった。
「四神一鏡、『殺し名』『呪い名』の十二連合、玖渚機関、ER3システム、そういった世界の構造に関わっている組織――哀川潤包囲網に参加していたほぼ全てという認識でも構いませんが――からの、正式な依頼です。なりふり構っていられるような状況では、すでにない、ということなのかもしれませんが」
なりふり構っていられねーってんなら、間違いなくあたしに頼るのが遅すぎる感じもあるが、多分そこは上の方で大いに揉めたということなのだろう。ディスカッションがさぞや盛んに行われたに違いない。その光景と、そこで出た結論を受けてあたしに必死こいてコンタクトを図ってきたとろみの姿を想像すると若干面白い。
「面白くありませんよ……。あなたに連絡を取るというただそれだけのために、私がどれだけ苦労したと思ってるんですか?」
知るか。尋常ならざる苦労をしたんだろうということだけは分かるけど、それの責任をあたしに求められても困るぜ。責任があるのはあたしに協力を依頼することを決めた各団体のお偉方だろうが。文句言うならそっちに言え。あたしに言うな。
「言えるわけがないのを分かっててそういう風に言っているんですよね、潤さんは……。というか、そんな話をしている暇はないんですよ。この回線だっていつ切れるか分かりませんし、出来る限り速やかにメッセージを伝えたいのですが、この依頼、受けていただけるんですか?」
この依頼も何も、まだあたしは自分がその依頼を受けて何をすればいいのかを聞かされてねー。何をするかも分からない依頼を受けるなんて、あたしにとってはよくあることだが、世界の現状を考えれば、人類最強であるあたしとて、ほんのちょっぴり慎重にならざるをえないってもんだぜ。
「つまり、まず依頼の内容を聞かせろということですか? 潤さんにしては珍しいですね。月に行くのだって二つ返事で軽々しく引き受けたのは、今も記憶に新しいのですが」
いやいや、『クローゼット』のときだって、しっかりと慎重なやり取りを経て、あたしは依頼を受けたんだぜ? どういうわけかあたしととろみの記憶にかなりの齟齬が生じているようだけど、まあ、本筋に関係のない話題ではある。
「本筋に関係はありませんが、潤さんにしては、ということですよ。いつもはタイムラグなんて一切なく、即断即決で首を縦に振る潤さんが、依頼の詳細な内容を確認するなんて、ということです」
いや、あたしをまるで何も考えずにただ来た依頼を受けるだけのロボットみたいに言うのはやめてくれよ。嫌な仕事が来れば断るし、楽しそうな依頼が来れば受けるっていう一応の方針みたいなものはあるんだから。ただ、この状況でとろみから連絡が来て、依頼を受けて欲しい、なんて言われて断れるわけもないのがあたしだ。慎重になるとは言ってるが、実際そんなの口先だけで、あたしの中じゃほとんど受けることは決定事項と化している。友達の頼みを断るほど薄情になったつもりもないしな。頼みが、たとえとろみ本人からのものではなかったとしても。という本心は口にせず、依頼の内容を再度聞く。
「潤さんは、未来機関をご存知ですか?」
未来機関? なんだそりゃ。未来にでも行こうとしてんのか?
「まあ、あながち外れてはいませんが。未来に行こうとしているという言い方は若干の誤解を招きますが、外れてはいません。当たらずとも遠からずといったところでしょうか」
当たらずとも遠からず――って言葉は、遠からずとも当たらずにすると結構意味合いが変わる気がする。要は、ネガティブな言葉が先に来るか、ポジティブな言葉が先に来るかの違いなんだろうけど。
「未来機関というのは、現在起こっている事件を受けて数年前に発足された組織です。構成員はそんなに多くないようですが、玖渚機関や四神一鏡と比べても遜色のない組織だといえるでしょうね。現在は、ですが」
玖渚機関や四神一鏡と比べても遜色のない組織? おいおい、そりゃあいくらなんでも言いすぎだろ。政治力の世界と財力の世界の二大トップだぜ? 数年前に立ち上げられたばっかの組織がそこと並ぶなんて事がありえるのかね――と一瞬だけ考えたが、今は状況が状況だ。事件に対して先手をとったか、後手を踏んだかで優劣なんて簡単にひっくり返っちまうだろう。とろみがわざわざ最後に、現在は、と付け加えたのもそういうことか。少し前までならば、比べ物にもならなかったのだろう。
「ええ、そういうことです。そんなぽっと出の新参に負けてしまうくらい、戦況が悪いと言うことでもあります。そしてこの度、未来機関から正式な連絡がありました。それこそが、私たちが潤さんに依頼したいことです。私たちを経由した未来機関から潤さんへの依頼、です」
ふうん。未来機関はもうすでに、他の組織とほぼほぼ対等な立場にいるってことか。連絡を受けたほうのお偉方も、その依頼を断らなかったということは、それ相応のメリットがあるってことなんだろう。もしくは、今の戦況をかなりひっくり返せるほどの一手だったのか。あるいは、世界を正常に戻せるほどの一手だったのか。
「潤さんへの依頼は――希望ヶ峰学園第70期生の、抹殺です」
なるほどなるほど、なかなかに頭のおかしい依頼だ。ん?