ここであたしが依頼を断ったのは、理由なんか全くなくて、ただなんとなくめんどくさいから断ったってわけじゃない。明確な理由があるのかと言われれば、無いと断言せざるを得ないあたしではあるが、ここでこいつらの誘いに素直に乗るのが危険だという直感はあった。危険っつーか、乗るべきではない、みたいな感じ。まあ、この状況下において冷静を極めているような小学生の勧誘にまんまと乗っかるような軽率な行動を取るほど、あたしだって馬鹿じゃねー。道徳とか倫理観とか常識とか、そういう人間が持ってなきゃいけないあらゆる要素を捨て払ったような顔で依頼されても、(あたし判断で)面白くなさそうだ。あたしをフルネームで呼ぶってのも気に食わない。苗字で呼んで敵認定もできねーし、名前で呼んで友好を深めようってわけでもねーし。あたしをなんとも言えない宙ぶらりんの状態にしようとしてるのが見て取れる。実際、あたしが膠も無くニーチェくんの誘いを一蹴したというのに、二人の顔に動揺は見て取れない。
「一筋縄ではいかないと思っていましたが、やっぱり無理ですよね。こんな胡散臭い二人組、今まで見たこともないでしょう? 三十代目前のおじさんと、外国人小学生の、親子でもない組み合わせなんて、そうそう見る事もないでしょう?」
いや、あたしはもっと素っ頓狂なコンビを幾度と無く見たことがある。つーか、瘧土くんとニーチェくんは見た目が普通な分、そんなに胡散臭い感じは出ていない。なんだったら、あたしととろみのコンビの方が胡散臭いような気さえするぜ。それにしても、ニーチェくん、小学生の感じまったくねーな。体は子供で頭脳は大人みてーなキャラだ。天才児ってのはそれなりに見たことがあるし、あたし自身だって、言うならばその部類に含まれていただろう。なんて言えばいいのか。要はニーチェくんは、きちんとした正式な人生を歩んできて、ちゃんと成長したあとの頭な気がする――子供の頭が良いんじゃなくて、頭良いまま子供になったみてーな。なんかあたし自身何が言いたいのかこんがらがってきたな。まあとにかく、べつにそんな珍しいもんでもねーよということを言ってみた。
「そうですか。さすがは世界を飛び回る請負人ですね」
別に請負人だから変人を見慣れてるってわけじゃねーんだが……、請負人になる前からあたしの周りは変人ばっかだったよ。あと変態な。と、そこで、身長差のある二人はこそこそと耳打ちを始めた。あたしに聞かせねーようにしてんだろうが、十メートル程度離れてるぐらいで安心してもらっちゃ困るってもんだぜ。手で口元を隠しても無駄だよ。読唇術対策なんだろうけど、こんくらいの距離なら全然聞こえる。感度良好。
「聞こえてますよね?」
あれ、ばれてる?
「あ? 聞こえてるけど?」
どっちに言ったんだよ。
「……聞こえてるならいいんです。えっと、今ここで、哀川さんと戦えますか? 戦って勝てますか?」
冒頭に含みを持たせやがって。しかもなんつー質問だよ。瘧土くんが困っちまうじゃねーか。
「おう。戦えるし、戦って勝てるぞ」
その言葉にあたしは驚く。驚くとはいっても、驚嘆ではなく、どちらかと言えば感心に寄った驚きだ。あたしを相手にそこまで自信満々に勝利宣言できる奴がまだこの世にいようとは。しかも、若さゆえの無謀じゃなく、それなりに歳を重ねた、人生経験の豊富な男の言葉だ。戦闘関連に関して自信があるんだろうか。そういや、『超高校級の悪人』か。悪人ともなると、場慣れしているということだろうか。プロのプレイヤーを相手に戦ったことでもあるとかだと少し楽しみなんだが。
「今からぼくは皆さんを呼んできます。依頼が断られた以上、哀川潤さんを生かしておく理由もなくなりましたから、全員総出で哀川潤さんを倒しましょう」
倒す――という、いかにも小学生みたいな緩いニュアンスの言葉を口にしたが、それはイコールで殺すということだろう。こいつら総出であたしを殺しに来るということだろう。依頼を無くされるとか、月に島流しにされるとか、そういう陰湿さを含んだ方法を用いてきた世界のトップ連中と比べると、目の前の男たちのやり方は非常にまっすぐだった。倒せないから倒さないとか、殺せないから殺さないみたいなのじゃなくて、倒すべきだから倒して、殺すべきだから殺すみたいなシンプルな思考。嫌いじゃない。それはどちらかと言えばあたし寄りの思考だし。ニーチェくんにはばれてるのかもしれねーけど、あたしは何も聞いてなかったみたいな雰囲気を出す。で、話はまとまったのか? あたしも暇じゃねーから早く開放して欲しいんだけど?
「ええ、まとまりました。ぼくは一旦、意思の統合をしに仲間の元に戻りますので、その間、瘧土さんと殺しあっていて下さい。それでは」
何事も無かったみたいな顔をしてあたしに背を向けるニーチェくん。殺しあっていて下さいって。あたしに会話内容が露呈してしまっていることが分かっていても、普通もう少し隠そうとするだろ。開けっぴろげとかじゃなくて、隠す必要もないってか? 瘧土くんが間違いなくあたしを打倒するだろうと信頼しているがゆえって感じなのか、嘘が吐けない性格なのか。後者はまず無いだろうとは思うけど、あたしのことをそんな簡単に殺せると思ってるんだったら大間違いだぜ。そういや結局、瘧土くんは希望ヶ峰の何期生になるんだ?
「あ? 鷹觜と同じ、70期生だよ。それがどうかしたかよ、赤色」
いや、ただ単純にあたしの現在のターゲットかどうかの再確認だよ――とは、勿論口には出さなかった。こいつらからの依頼を断った以上、あたしのこれからの行動の指針になるのは、とろみからのあの依頼、『希望ヶ峰学園第70期生の抹殺』だ。この場にすでに二人がいるということは、もう一人くらいいるんじゃないかね。ニーチェくんの言う、仲間の元とやらに。だとしたら、あたしはあんまり瘧土くんの相手に時間を掛けていられない。すでに大分背中が遠ざかっているニーチェくんを逃しては、その場所が分からなくなっちまうし、自信満々なとこ悪いけど、律儀に技全部受けてやるってわけにはいかねー。あたしを殺せると自負しているその戦闘スタイル、一瞬で潰してやるぜ――と、あたしが臨戦態勢になったところで、瘧土くんはなにやら妙なことをし始めた。妙なことだが、理解できない行動ってわけじゃなくて、見ている側としては何をやっているか一目瞭然の行動なんだけど、あたしの目の前でやるこっちゃ無いだろってこと。瘧土くんは、懐からサブマシンガンを取り出した。ん? 懐からサブマシンガン? 妙な膨らみがあるなーとは思ってたが、サブマシンガンはそんなとこに入んねーだろ普通。大きさ的にも不可能だろ。
「赤色、お前、割といろんなところで不死身とか言われてるけど、一応は人間なんだろ? 不死身なんかじゃないんだろ? 出血多量とか、内臓破裂とか、そういうので死ぬことは可能なんだろ? だったら! 弾丸を腐るほど撃ち込んじまえばぁ! きっとお前も死んでくれるよなぁ!?」
『超高校級の悪人』。その名に恥じねえ極悪っぷりだぜ。銃を得物にしてる奴なんて五万と見てきたけど、特になんの宣言もなく、躊躇もなく、あたしに向かって引き金を引いたやつなんて久しぶりだ。しかもサブマシンガンしか武器を持ってない状況で、だ。あたしに向かって飛来する無数の弾丸。反動による手の振動で上手いこと弾道がばらけてやがる。そのくせ体幹はしっかりしてるってことは、まあ使い慣れてるんだろうな。もしかしてあたしを殺せるとこいつが断言してたのは、サブマシンガンを持ってるからってだけの理由か? まさかな。さすがのあたしと言えどそこまで舐められたことはねえ。その程度で死ぬようで人類最強が務まるかってんだ。あたしは弾の弾道を見極めると――とか、そんなめんどくさいことはしない。する必要も特にないしな。真正面から迫ってくる弾丸を、あたしは横に移動して避けた。銃がなぜ強いかってのに、撃たれてからじゃ避けるのが難しいからってのがあるが、あたしからしてみればそこまで難しいことじゃない。素人が撃ったような軌道も読めないような弾丸よりは断然に避けやすいぜ。そう考えると、避けられることこそ銃撃の上手さの証明にもなるのかも知れねーけど、避けられたら上手いとも言えねーし、難しいところだ――と、そんなことを考えながらどこかへと旅立っていく弾丸を見送り、瘧土くんの方を振り返ると、いなかった。…………えー? まじかよ? もう少し首を捻ってみると、あたしに背を向けて走り去っていく後ろ姿が見えた。アスリートみたいに綺麗な走り方だな。悪人の癖に。最初からこれが狙いだったってことか? 多数の銃弾であたしの注意を一瞬でいいから逸らし、その隙に逃げる。ニーチェくんの後を追い掛ける。殺せるか殺せないかみたいなあの会話も、あたしに聞こえることを前提として、始めから打ち合わせされていた演技か。距離から考えて、撃ってすぐに走り出したとしか考えられないくらい遠くにいるし、これで計画通りなんだろう。まあ、走れば追いつくことは出来るんだけど、一回下がったモチベーションってのはなかなか上がるもんじゃねえ。無駄に終わって、徒労に終わった臨戦態勢を解いて、せめて瘧土くんが向かう方向くらい見てやろう――と思ったところで、瘧土くんの体が左に傾いた。最初に首が曲がって、直後に全身で倒れこんだ。血が飛び散るのも見えた――まあ、遠回しな言い方なんかしないで有り体に言っちまえば、走っていた瘧土くんの右側頭部に銃弾が撃ち込まれたってことだ。弾道から考えて弾が飛んできたであろう方向を見たが、そこには誰もいなかった。気配もなかった。可能性としては二つ。瘧土くん目掛けて撃たれた弾なのか、それともどっからか飛んできた流れ弾なのか……。どっちにしたって、もうすでに死んじまった以上、何を考えても詮の無い話で、後の祭りなんだけど。特に周りを警戒することなく、あたしは事件現場に近づいていく。死体に近づいていく。即死だったんだろうことは見てすぐに分かった。辺りに脳漿が飛び散ってやがるし、この状況で諦めずに救命措置なんてしたら、もはやそれは死者に対する冒涜に価するだろうという程度には死んでいた。死に尽くしていた。お? ポケットが膨らんでいやがるぜ? あたしは鷹觜くんのときと同じように瘧土くんのポケットを漁る。墓荒しっつーか、火事場泥棒みたいだけど、まあ殺されそうになったわけだし大目に見てくれ。そして想像の通り、出てきたのは電子生徒手帳だった。あたしはさっきと同じ手順で瘧土くんの詳細な情報を見る。瘧土不非、『超高校級の悪人』、希望ヶ峰学園第70期生。よっしゃ、あたしの予想に間違いはなかったぜ。今んとこは順調にとろみから(正確に言うと未来機関から)の依頼はこなせてるな。二人とも死んだのは不慮の事故みてーなもんだったけど、結果としてはこれ以上ないくらい順調だ。誰かしらの作為的ななにかは感じているけど、あたしにとって都合の良い方向に向かっているうちは、精々利用させてもらうとしよう――とか、そんなことを思った矢先、周囲から足音が聞こえてきた。規律なんかまるで取れてねー、バラバラな足音。不協和音もいいところだぜ。集団行動をやってる学生を少しは見習えってんだ。ま、その学生も大多数がすでに死んでるとは思うけど。お察しの通り、その場に現れたのは、何度見てもセンスの欠片も伺えねえ白黒の熊のマスクをかぶった連中だった。鷹觜くんのときの奴も混ざってるかもしれないけど、もうここまでの人数になると判別がつかねえ。つーかこのタイミングのよさ、もしかして全部計算済み? てか計算の内? 瘧土くんは初めからあたしをここまで誘導するための囮として使われたってわけか? あの小学生、可愛い面してなかなかえぐいことすんなー。味方も躊躇なく殺すか。なんにせよ、ここまで剥き出しの殺意ぶつけられちゃ、もう交渉の余地なんて微塵も残されてないぜ。ニーチェ・モラルハザード、あたしに喧嘩を売ったこと、後悔させてやるぜ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
周囲のマスクマンが一斉に雄たけびを上げ、あたしに襲い掛かってくる。数は数え切れねえし、さっきの鷹觜くんみたいな突破口もねえ。だったら、ここはあの零崎くんに則って宣言してみるか。お前ら全員、殺して解して並べて揃えて、晒してやるよ。