人類最強の悲恋   作:甲光一念

4 / 4


「潤さん、一つだけ、たった一つだけ、聞いていいですか?」

 あ? 一つでいいのか? あたしとお前の仲だ。いくらでも答えてやるぜ――なんてその時は言っていた気がする。もう誰との会話なのかすら覚えてねえし、こんな状況にならなきゃまず思い出すこともなかっただろう話だ。仲、なんて言っちゃってるのに薄情だとは思うけど、日々を多忙に生きてる請負人に、今までしてきた会話を全部覚えてろってのも、土台無理な話だろ。まあ、とにかく、あたしはその質問にイエスと答えたわけだ。

「なんでもない仮定の話なんでけど、本当になんでもないただの仮定の話なんですけど、もし世界中を巻き込むようなとんでもなく極大な事件が起きたら、潤さんってどう動くんですか?」

 ただの仮定の話というには、あの会話は今の状況を的確に表しすぎていた。ひょっとしたらこの会話を振ってきた誰かは、もう今回のことの前兆をなんとなく察知していたのかもしれない。いや、教えろよ。どう動くか――そりゃあ、自分が生き延びるために行動すると思うけど? つーか、事件に巻き込まれた場合、それ以外の選択肢があるのかよ?

「あるでしょう、潤さんには。いくらでもあるでしょう。それこそ、数え切れないくらいあるでしょう。世界中を巻き込むような事件ですよ。それこそ、人類最強の請負人に、数え切れないほどの依頼が舞い込むのではないかと思うんですよ。そしてきっとその中には、対立している両者の両方から依頼が来ていたりもすると思うんです」

 ああ、あるかもな。つーか今だって無いわけじゃないぜ。対立している組織の両方から同時に依頼が来ることもそれなりの頻度であったりする。大体そういう場合、用心棒的なことを頼まれたりするけどな。受けて楽しそうな方の依頼を積極的に受けるけど、依頼を受けてやった側の損害の方が最終的にはでかかったりすることが多い。もう二度とお前には依頼しない、なんて言ってくるけど、あたしを味方につける場合のリスクもきっちり把握してから依頼して欲しいもんだぜ。

「で、もしもですよ。本当に仮の話でしかないもしもです。その両組織に、あなたの友達が所属してた場合は、一体どちらに味方するんです? 付き合いの長い方ですか? 付き合いが深い方ですか?」

 嫌な質問しやがるな。こんなに答えにくい質問がこの世にあるかよ。話を簡単にすると、あたしの友達が、自分の方が哀川潤と仲が良い、いや、自分の方が仲が良いって感じで揉めてて、その二人に迫られたとき、あたしはどっちを選ぶかってことだろ? いやいや、友達に優劣はつけらんないぜ。そういう場合は、二人ともあたしの大事な友達だよって言って、なあなあに済ませるのが得策なんじゃねえの?

「話を簡単にし過ぎです。話を簡単で身近な例え話にし過ぎです。両者が個人だった場合はそれでいいのかもしれませんけど、この場合の両者はあくまで組織に属している人間です。個人ではありません。仲が良い仲が悪いで決められる二択ではないんですよ。もしかしたら三択や四択かもしれませんけど、それにしたって、一人しかいないあなたは、その場合どうしますか?」

 全組織ぶっ潰す――ってのは駄目か?

「駄目です。全然駄目です。絶対駄目です。忘れているかもしれませんけど、あくまでもシチュエーションは、世界規模の極大事件の真っ最中なんです。流石にその状況で全組織潰すは人間性を疑います」

 んー……、そう考えると本当に嫌な質問だな、これ。友達の取捨選択なんて、まともな人間のすることじゃねーぜ。そりゃあ、順位付けくらいは無意識の内に誰でもやってるとは思うけど、簡単に友達を裏切れるかって言うとまた別問題だ。一位の友達だろうと、二位の友達だろうと、大事な友達であることに代わりはねえ。まあ、事件の最中なら、友達くらい簡単に裏切りそうな気はするけど……。なにせあたしだ。人類最強。裏切る必要もねえ。二人とも無事生還させられる――あ。

「気付きましたか。ようやく気付きましたか。遅ればせながら気付きましたか。そうです、さっきも言いましたけど、あなたにはいかなる状況であれ、ほぼ無数の選択肢が存在します。その選択肢の中には、事件を解決する――そういうものも含まれているはずです。誰からか、そういう依頼が来ることは想像に難くありませんが、あなたは誰から言われずとも解決してしまうんじゃないかとも思います。自分の好き勝手に動いている間に、いつの間にか事件が解決している。そういう普通じゃ起こりえないようなことも、あなたなら起こせてしまうんじゃないかと」

 この話に現実と違うところを見出すなら、実際はそんなに数え切れないくらいの依頼なんて来なかったということか。世の中の連絡手段が絶たれちゃ、あたしだって依頼を受けることは出来ない。伝書鳩だって、飛んでたら焼いて食われる世の中だ。事件が起こる前に受けた依頼を少し引っ張ったくらいで連絡が取れなくなったあたしだが、あのままとろみからの連絡がなかったらどう動いてたんだろうな。まあ、この会話にあたしは、さすがに好き勝手に動き回ってるうちに事件が解決してるってのは言いすぎだろと、至極真っ当な答えを返した。

「いえ、いえいえ、いえいえいえ。謙遜なさらないでくださいよ。潤さんが少し暴れれば、大抵の事件は自然消滅するでしょう? そういう話を何度も聞いたことがありますし。子供が喧嘩しているところに、突然ゴジラが現れたら、喧嘩してることすらも忘れてしまうでしょうし、一致団結しようという流れにもなります。そういう意味では、あなたそのものが事件みたいなものですけど」

 事件そのものに対してやたら喧嘩腰だなお前。誰がゴジラだよ。つーか世界を巻き込んだ極大事件を子供の喧嘩とか言うのかお前は。さすがに縮小させすぎだろ。世界が報われねえよ。

「ええ、さすがに言い過ぎかもしれませんけど、あなたが動けば世界も動く。私はそう思っています。あなたという事件は、世界を新たな事件――平和という事件に導いてくれる存在だと、そう信じています」

 平和という事件、ね。平和がいけないものって言ってるみたいに聞こえなくもないけど、お前の言いたいことはなんとなく伝わるぜ。まあ確かに、四神一鏡に玖渚機関、『殺し名』に『呪い名』まで、色んな世界の集団をあたしは動かしたりしたからな。世界を動かすことが出来るってのも、あながち的外れな話じゃないのかもしれねーけど、事件を収束させるのも、終息させるのも、さすがに無理だと思うぜ?

「まあ、ただ動いているだけじゃ無理でしょうね。目的もなく動いているだけじゃまず無理でしょう。でも、あなたがなんの目的もなく動くことがありますか? あなたはいつだってなにかしらの行動原理に基づいて生きている。人類最強の請負人として、揺るぎなく生きている。いつか、世界の全てを巻き込んだ極大にして絶大な事件が起こったとしても、あなたはやはり、請負人として動くのだろうと思います。友達としてのあなたを、私は信じていますから」

 そんなこと言われたら、ついついうっかり、お前の期待に応えたくなっちまうじゃねーか。そのいつかってのがいつ訪れるかはわかんねーけど、もしその極大事件が起こったら、そのときのあたしの喧嘩相手は『事件そのもの』ってことになるのかね。くくっ。そいつは、あたしですら未だお目にかかったことが無い、世界最大の敵って奴だぜ。宇宙人よりも、炎よりも、人魚よりも、植物よりも、小説よりも、ずっとずっと強大で、果てしなく巨大な敵だ。やべーな。想像するだけで笑いが漏れちまう。そんな事件に起こって欲しいとは、口が裂けても言えねーけど、もしこれから先、世界にそんな事件が起こるんだったら、是非ともあたしが生きてる間に起こって貰いたいもんだ。あたしの人生に未練を残すわけにはいかねー。

「信じていますよ潤さん。潤さんのことを心から信じていますよ。なのでそういう事件が起きたときは、是非是非、まず第一に私を助けていただけるともっと信じれます」

 最後の一言で良い話が台無しだぜ。全く。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。