清らかなりて明けの明星 作:兎餅
他にも途中の作品があるのに、どうしよう……。
この新しいものを書きたくなる浮気性、なんとかなんないかなぁ……。
「清明! 清明ェはおるか!」
一条戻橋の端に位置する、豪華な旅館も斯くやと広がる巨大な屋敷。
この京の都の大半を占めているのではないか、と錯覚する程大きな屋敷は、かの有名な当代最強と謳われる陰陽師、
そのだだっ広い屋敷の廊を、一人の男が声を張り上げ急ぎ足で過ぎて行く。
平安装束を着込み清明の名を呼び付けるのは、清明が共に肩を並べるのを是とした無二の親友たる源博雅。
醍醐天皇の孫にして、醍醐の第一皇子である克明親王の子息だ。
「ええい! どこだあやつは!?」
首を右往左往、体を縦横無尽に動かし目的の男を探すが、何処に行っても見つからない。
どこだどこだと呟いていると、屋敷にて雑務をこなしていた女中が声を掛けてきた。
「これは博雅様、ようこそおいでになさいました。拠ん所無き事情により、女中一同出払っておりましておもてなし出来ず申し訳ありません」
「いや、そんな事はよい。それよりも清明の奴が何処にいるか存じないか?」
「我らが主人なら、頼光様の元に遊びに出向いております」
「またなのか……」
「はい」
はあ、と息を吐き自由奔放な親友を思い浮かべ眉間にシワを寄せる。
安倍清明、当代きっての……否。過去現在未来において超えるものなき最強の陰陽師。
幼少のみぎり、賀茂忠行と夜行を共にした時に清明が鬼を見た事を知った賀茂忠行は、彼に人智を超えた才を見出し陰陽道の全てを叩き込んだ。
清明が頭角を現すのに時間は要らず、
以降は羅刹悪鬼を討ち、砕き、払い、時に率いて京の都の平安を守護し、未だに日ノ本国に住まう神々を調停した功績から、八年前に史上四人目となる生前での正一位を成した。
その当時清明は二十五歳という驚愕の若さであった。
まさに傑物。類を見ぬ英傑たる清明だが、そんな彼にも弱点はある。
それが先程の女中が申していた『頼光』なる童だ。
一条戻橋を挟み清明の住まいと向かい合うように建て構えた、これまた清明邸に負けず劣らずの屋敷。
そこな屋敷の主人源満仲が娘、源頼光を清明はまるで実の妹のように猫可愛がりしているのだ。
暇があれば……なかろうとも、仕事を放り出して遊びに行ってしまうと言えば、どれ程可愛がっているのか分かるだろう。
溺愛するのも程々にしろ、と博雅は何度も言い聞かせてきたがどうやら直すつもりはないらしい。
満仲も娘が生きる伝説に可愛がられるのは満更ではなく、余程の時しか止めに入らないのも、清明の行動を加速させている一因かもしれない。
再度、深い溜息を吐き出しながら、博雅は満仲邸に歩を進めた。
☆
幼少の……齢で言えば三つの時、俺は自分を理解した。
俺を産んだ慈しみ深き母、葛の葉の腕に抱かれながら、脳内に流れて来たのは一人の人間の記録と記憶。
誰のものか分からない、刻まれた一人の
或いはそれは俺の生まれる前の記憶なのではと考えたが、今の時代では考えられない鉄の馬や、怪鳥の如き巨大な空飛ぶ鉄の塊が、路傍の石程にも珍しくもない世界だったのだ。
であるならば、あれはきっと
……楽しかった。
……面白かった。
……なにより、温かい気持ちになれた。
以来俺はこの不思議な両眼で、未来を見るのが母にも言わない密かな楽しみとなった。
五つの歳を迎えた頃、母が自身は白狐だと知れてしまい、信太の森に帰ってしまった。
母の置き手紙を読んだ父は、俺を連れて森に向かう事となる。
斯く言う俺もこの様な別れ方は、変わった子供ながら嫌であったことには違いない。
草根を掻き分け、小さな体で必死に父の背に続く。
母の元に辿り着いたのは、落陽を迎え辺りが静寂の闇に包まれた頃だった。
深い深い神秘的とも鬼胎的とも言える森の最奥。
そこに俺を溺愛していた母は居た。
俺よりも長い付き合いである父と母は、両者共に言いたい事がある筈であろうに、しかし幾千の言葉は不要とばかりに短いやりとりで会話を終えた。
きっと俺では知り得ない何かが、確固たる信頼のようなものが二人の間にはあったのだろう。
俺も結局母とは二言三言交わしたのみで、普通の親子が費やす会話の量にも満たなかった。
……だが、母はすまぬと俺に謝罪したあと。
──いつまでも愛しておるぞ。
と、一言だけ紡ぎ抱き締めてくれた。
それだけで十分だった。
母の愛を受け、彼女の心配の要らぬよう強き者になろうと決心するには、まだまだ幼かった自分には、それだけで十分事足りたのだ。
別れ際に母から、宇迦之御魂神からの贈り物だという水晶の玉と黄金の箱を貰い受け、次の日より俺は童子丸改め清明と名乗るようになった。
清らかなる明けよ、京を、日ノ本を、俺を照らせ、母が心配せぬように、とそんな願いを込めて。
☆
「見つけたぞ清明!」
ドタドタと凡そ貴族らしからぬ足取りで、満仲邸の庭園に向かってみれば、まだあどけない無垢な少女と蹴鞠をして遊ぶ一人の男が居た。
平安装束とは少し違った、何処か未来の着物と呼ばれる服に近しい装束に身を包み、男は少女に何か言ったあと博雅の方を向く。
「やれやれ相変わらず忙しないやつだな、お前は」
薄ら笑いを浮かべ、肩を少し竦める芝居がかった動作を行う。
男は光沢のある美しい黒髪に、幼さが抜けたばかりの整った顔立ちをし、宝石に勝る艶かしい桔梗色の双眸を宿している。
紫陽花を思わせる雄々しくも美しいこの青年のような男が、御歳で32になる安倍清明だった。
母の血筋か、清明の容姿は青年期の中頃で止まってしまい、いつまでも若々しい姿を保っている。
音に聞こえし安倍清明がかように若き男であるとは思わない為、初めて清明を目にしたものは必ず驚いている。
「そんな事はどうでも良い! それよりも清明お前、今日は何の日か忘れた訳ではあるまいな!?」
「……はて?」
「な!? 貴様!」
顎に手を当て態とらしく首を傾げる清明に、青筋を浮かべ憤慨する。
ワーギャーと怒髪天を突きかねない勢いの親友を見ると、ぷっ、と吹き出し笑い声をあげた。
何がおかしいのか、清明の態度に怒りを顕にしていると、すまんすまんと清明が謝りながら声を発した。
「今日は貴族様方に呪術を見せる約束の日、だって言いたいんだろう?」
「分かっているのならばなぜ向かわぬ!? 刻限はとうに過ぎているぞ!」
「そう声を張り上げるな博雅。既にその件は終わらせた」
「……なに?」
「だから、転移ですぐに移動して星の光が如く終わらせてきたのさ」
どうだ、と胸を張らんばかりにドヤ顔を決める清明。
そうだった、そう言えばこの男はこういうやつだった。
面倒な事は常に後回しで、どうしてもしなければならぬ事は瞬きの間に終わらせていく。
それもきっと頼光と遊びたかったから、などと言う我儘のような理由なのだろう。
だが悲しきかな、清明は鬼才であるが故になんでも出来てしまうため、博雅は責め立てることが出来ない。
このままでは寿命が減りかねないスピードで、博雅の中にストレスが蓄積されていく。
「さあ頼光、蹴鞠の続きをするか!」
「はい清明お兄様!」
将来はナイスバディを通り越して、母性オバケの英雄となる一人の少女の手を取って清明は再び遊びに勤しんだ。
どこまで行っても自由な親友に、博雅は諦めたように天を仰いだのだった。
呪術を見せるというのは、清明のカエルを潰したあの逸話の事です。
史実でも年上でご近所の清明さんは、頼光マッマの幼少期時代にとってお兄さん的な存在だったんじゃないかなぁって勝手な想像です。
実際はそんなこと無かったんだろうけど……。
ちっちゃいころのマッマはキャラ崩壊的な感じなんで、嫌だったらどんどん批判してください。
……続くかは分からないです。