清らかなりて明けの明星 作:兎餅
特に落ちとかないです。
あと、長くなりそうだったんで二つに分けます。
「清明ぇー! 清明ぇー! あっれ、ここにも居ない……」
快活な声が廊下を吹き抜けて行く。
踊るような明るく心地の良い声は、橙色の髪を束ねた少女。
人理焼却の試練へ英雄伴い抗い、偉業を成し遂げた──人類最後であったマスター。
七つの特異点を修復し、そしてついこの前に下総国での剣豪事変を収束させたばかりのマスター・藤丸立香。
彼女が声を跳ねさせ呼ぶ名は、人理修復の出発点から今まで共に進んできた最古参のサーヴァントだ。
今回は彼の力が必要だ。
このカルデアには古今東西数多の英雄達が召喚されているが、その中でも初めに召喚に応じ、相応の時間を過ごしてきた安倍清明は段違いに信頼が厚く、ただの主従以上の関係であった。
清明本人がどう思っているかは知らぬが、少なくともただのマスターとサーヴァントという関係性ではないと立香自身は思っている。
「どうかなされましたか、先輩?」
キョロキョロと周辺に視線を配っていると、対面から
「あ、マシュ。今清明探してるんだけど、見なかった?」
「清明さん、ですか。すみません、私は見ていません。でも清明さんをお探しとは、何かあったのでしょうか?」
「何かあったというか、これから起こりそうというか……」
「……?」
何処か辟易とした空気が混ざった言葉に、要領を得ないマシュは小首を傾げた。
だが、次に立香が口を開いた時、疑問は氷解し得心が言ったように苦笑いを浮かべることとなる。
「頼光さんと酒呑がね」
「あぁ、なるほど。お察ししました」
酒呑童子と源頼光。
この二人の名をセットで聞いただけで、もう何もかもが察せた。
要は水と油に何かあったのだ。
あの二つ改め、二人は混ぜるな危険ということはカルデア内の誰でも周知していることである。
合わせたら最後、互いに殺し合いを始めてしまう為に、普段はすれ違わせるどころか会話の時でも意図してお互いの名前は出さないように心掛けている。
それは周りだけでなく、頼光と酒呑童子も互いに意識して片方を避けているのだが、今回ばかりはなんかあったようだ。
「今は金時が何とか時間を稼いでくれてるけど、あとちょっとしたら噴火しそうで」
「あのお二人を完全に止められるのは、カルデアでは清明さんだけですからね。何か起こる前に清明さんを見つけましょう」
「うん。でも、ここに来る前に清明の部屋とか、シミュレーションルームとか行ってみたけど居なかったんだよね」
基本清明は気分屋である為、行動に規則性が無く一度姿を失うと見つけるのに時間が掛かる。
一つの場所に長く留まる時もあれば、五分も経たずにその場その場を移動する時もある。
少し前は読書にハマっていたようで、図書室によく出入りする姿を見ていたが今ではとんと見なくなった。
どうやら最近は別の物に熱中しているらしい。
そんなことはさておき、無闇矢鱈に歩いても仕方ない。
下手に時間を食えば幾ら頼光四天王の金時と言えども、肉食獣二匹に食い散らかされた生肉が如く、無惨な姿になってしまうかもしれない。
カルデアと金時の身と心のためにも、一刻も早く清明を見つけ出さねばならないだろう。
「いざとなったら令呪を……」
「先輩……そんなに令呪は気軽に使っていいものでは無いと思います。
「うっ、それは嫌かも」
噂をすればなんとやら。そんな事を二人で話していると、会話に上がった人物がマシュと同じ方向から歩いて来た。
「あら、立香にマシュじゃない。貴方達こんな所で何をしているの?」
「あ、噂をすれば所長」
「お疲れ様です、オルガマリー所長。執務はもう終えられたのでしょうか?」
「いえ、まだです。小休憩がてら食堂に向かおうとしていた最中に、貴方達を見つけたの」
顔を見れば確かに疲労が見えるオルガマリーは、大量の書類を裁くのに嫌気が差したのか一瞬だけ眉間に皺を寄せていた。
始まりの面子。人理修復という無理難題を課せられた時に、そばに居てくれた大事な仲間。
まだ魔術のマの字も、この道の常識も知らなかった頃から、お互いがお互いを支え合った初期のメンバー。
今でもこの三人で話せるのは、やはり安倍清明という男のお陰だった。
冬木市の特異点でオルガマリーがカルデアスに呑み込まれそうになった時も、その後の擬似第三魔法による肉体複製での蘇生も、全ては清明の卓越した力によるものだ。
それだけでは無い、ロンドンでの魔術王の顕現も、終局特異点でドクターロマニが完全消滅を免れたのも、数え上げれば切りがないぐらい、清明には助けられている。
ロマニは魔術回路の一切合切が消滅するという、魔術師としての死を代償としたが、今も笑いあって生きられるのだから安い代償なのだろう。
不意に、立香は笑みが零れた。
「ちょっと、笑っているけど、先程私の耳は聞き捨てならない事を聞いたのだけど。「令呪を使う」だのなんなのと」
「げぇっ。所長の耳年増」
「っ、貴方ねぇ……!」
年増という単語を聞いた時、ピクリとオルガマリーの眉が吊り上がった。
「先輩、それは使い方が違うかと」
マシュは自身の先輩を見ながら、ため息を吐いた。
三人揃うといつもこんな調子だ。ある意味で、見慣れた光景に安心出来るというもの。
「まぁまぁともかくとして。所長〜、清明見なかった?」
「……立香、覚えていなさいよ。はぁ、それで清明? あの人なら先程廊下ですれ違ったけど」
「ナイス所長! 流石、役に立つ女!」
「ちょ、急に褒めだして何も出ないわよ。それで何があったの?」
「実は──」
説明を求める視線をマシュに向けると、直ぐに理解し要点を抑え語り出す。
そしてやはりと言うかなんと言うか、頼光と酒呑という単語を出しただけで大方の予想が付いたのか、面倒はごめんとばかりにオルガマリーは顔を顰めだした。
美人が台無し、とは行かないまでも、書類作業の後に問題を起こすのはやめて欲しいと切実に願っているのが分かるほど、顔に感情が浮き出ていた。
「そういう事なら、さっさと行って清明を呼びなさい。サーヴァント間の問題を未然に防ぐのも、マスターである貴方の仕事でしょう」
「分かってますよ。だから、令呪の使用をですね……」
「それはなりません! もし何かあった時に令呪一画が命運を分けるかもしれないでしょう!?」
「えぇ、頭硬いー。一個くらい、いいじゃないですかぁ」
「あ、貴方ねぇ……! もう一度一からマスターとしての基本を教育しなければいけないみたいね!」
「うぇ!? それは嫌だ! 所長無駄に話長いしつまんないもん!」
「ふ、ふふ、そう。そこまで私を怒らせたいの……」
ふつふつと、髪が逆立ち始めた所長を見て、マシュは呆れた顔を出さずには居られなかった。
「……先輩、こんなことをしている場合では無いかと」
いい加減時間が惜しいと思ったデミサーヴァントは、マスターを助ける意味でも直ぐに移動した方がいいと申し出る。
それもそうだと思った立香は、そそくさと逃げるようにその場を動き始めた。
所長がすれ違ったと言っていた為、大体の方向は予想がついている。
そろそろ急いで見つけ出さねば、金時は持たないだろう。
後ろから「待ちなさーい!」と聞こえる声を笑顔で無視しながら、マシュと立香は足早に廊下を進んだ。
怒らせてしまったお詫びに後でエミヤのお菓子でも持っていこうと、心で呟きながら、初めの頃より大分柔らかくなったオルガマリーに笑顔を零した。
☆
「アア! また芋りですか!? 清明様、卑怯ですよ!」
「フハハハ! 勝てば官軍という言葉を知らぬのか貴様? すなわち負ければ賊軍。芋ろうが、狙撃を使おうが、キル数を稼げば戦場では正義だ!」
廊下にいたサーヴァントに聞き込んでみれば、どうやら清明は半月程前に召喚したばかりの巴御前の部屋に入っていったという。
そして、その言葉を元にこうして巴の部屋に来てみれば、なんと二人はFPS系のテレビゲームに興じているでは無いか。
清明は相も変わらず着物と平安装束の間のような服を着ているが、対する巴御前はどうだ。ジャージ姿では無いか。
下総で見た炎よりも苛烈で刃よりも鮮烈な女傑としての影は、そこに微塵も感じなかった。
哀しきかな、これでも源平合戦に描かれた万夫不当の女武者である。ジャージを着ているが、源氏の女傑である。
入室と同時に終わったのか、巴と清明が入口に立っていた二人に気付いた。
「来たか、マスター。俺を探していたみたいだが、遅かったな」
千里眼で見ていたのか、それとも魔術によるものか、どちらにせよ立香の来訪は予め知っていたらしい。
そして薄ら笑いを浮かべながら二人を眺めているのを見るに、立香達がここに来た理由も把握済みだろう。
意地が悪いとしか、言い様がない。安倍清明というサーヴァントの悪い点だ。
確かに清明は強く、博識で、間違いなくサーヴァントの中でも頂点に位置するだろう。
だが、その代わりに他人を揶揄う趣味があるらしく、困って振り回される事も少くない。
今回もそうだ。頼光と酒呑のことを知りながら、立香が自分を見つけるまで自分からは姿を見せない。
何故そんなことをするのか、前に聞いてみたことがある。
曰く、他人の困る姿は愛らしいそうだ。
これを初めて聞いた時は、変態かな? と思ったのは内緒だ。……まぁ、十中八九バレているだろうが。
「さて、ここまでだな巴。次までには、精々俺を見つけられるように鍛えておけ」
「むむ、それは挑発と取ってもよろしいので?」
「なんだ、源氏の女傑たる巴御前は挑発もなければ、気も奮い立たんのか?」
「……っ!? 言いましたね……! ええ、ええ、いいでしょう。今度やるときはこの巴、清明様をギャフンと言わせてみせましょう!」
意気込む巴にフッとニヒルに笑って、改めて清明は立香達に向き直った。
絵画を思わせるほど整った顔立ちに光沢のある艶めかし髪、吸い込まれそうな程綺麗な桔梗色の双眸と黄金律を保ち続ける肉体。
身長は170程で止まっているが、幼さよりも艶やかな色気の方が強い佇まいをしている。
美丈夫の多い西洋のサーヴァントと比べても、色っぽさで劣っているということは無い。
むしろ清明の方が妖しさもある分、目を奪われてしまう。
魅了のスキルは持っていなかったはずだが、実はあるのでは無いかと疑ってしまう程度には人の目を惹き付けてしまう容姿をしていた。
何度見てもこの設計された人形のような美しさに、立香は引き込まれてしまう。
「さて、では食堂に行くとするか。頼光も酒呑も金時も、そろそろ我慢の限界であろうよ」
「やっぱり知ってたんだ。だったら清明から来てよ」
「博雅みたいな事を言うな、立香。お前が慌てる姿がつい愛らしくてな、許せよ。老人の楽しみだ」
「清明さんは老人と言える程の外見では無いと思います」
何も無い真っ白な道を歩きながら、他愛も無い会話をする。
少し苦笑いを浮かべながら、事実を指摘するマシュに清明はつまらなそうに呟いた。
「二人揃って博雅の真似事か? 事実というのは、述べるだけ詰まらん音の羅列だぞ。もっとユーモアを持ってみろ。少しは会話が愉快になるやもしれんぞ?」
「はぁ、ユーモア……ですか?」
「ああ、何も虚偽や真実だけが言葉ではなかろう。比喩表現、揶揄、冗句、挑発、感情を揺さぶる音の呪だ。故に言葉。故の言ノ葉。中でも日ノ本の言語は多様性に含んでいる」
多様性という単語に、頷きながら肯定の意を示すようにマシュは返した。
「確かにそうですね。日本語は、同じ言葉でも発音や状況によって捉え方が変わる場合が多いと思います」
時折こうして、清明は面白いことを語る時がある。マシュの好きな時間だ。
外の世界を知らなかったマシュ・キリエライトに取って、千里眼を持ち遍く全てを実体験のように見て、感じて、理解した清明の話は本を読むよりも楽しい。
人理の旅でも野営での火の番をする度に、こうして寝物語代わりに話を聞いていたほどだ。
会話を好む清明の人柄だろう、他人に何かを教示するとき優しい顔で楽しそうに話す。
何度この顔に救われただろうか。何度この声を聞きたいと思っただろうか。何度、この人の隣に居たいと思っただろうか。
親兄弟の温もりを知識でしか知らぬ
「そうだ。例えば“
「それは……」
あまりの物怖じしない不敬な態度に、苦笑いを浮かべるしかなかった。
カルデアには英雄だけではなく、神霊のサーヴァントも呼び声に応じ召喚されている。
神と言えば人間の傲慢を嫌い、常に畏敬の念を持って接していなければ激昂するような存在が多い。
例を挙げるなら女神イシュタルがそうだ。
メソポタミアの問題児にして主神の娘。人間の肉体を依代にすることで、幾らかその性格は鳴りを潜めているが。
根本の所は変わっていない。高慢女神は、高慢女神のままだ。
そんなサーヴァントに今の清明の発言を聞かれていたら、きっとただじゃ済まない。
それを分かっていて、マシュの困り顔が見たくてこの男は言ったに違いなかった。
……だって顔がニヤニヤと笑っているから。
「ユーモアとはこういう事だ」
「私は違うと思います!」
そこだけは猛烈に抗議した。
居なくなった人物が存在している世界線。
あと、友人に指摘されたのですが、この作品では『晴明』ではなく『清明』です。タイトル通りと思っていただければ。
後編はまぁ……気が向いて筆が進んで、かつ描き終わったら投稿します。
楊貴妃……3万爆死シタヨー(´^q^`)