清らかなりて明けの明星   作:兎餅

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本当にオチなし。
暇すぎて筆が進んだので投稿です。
新年の暇つぶし程度になれば幸いです。

思ったよりも見てくれてる人がいて嬉しいです。
感想の返信はしませんが、ちゃんと読ませてもらっています。
感想ありがとうございます。


天文にて明星は照らす。(後編)

「──羽虫風情がッ!」

「嫌やわぁ。牛がもうもうと鳴きよるさかい、五月蝿くて敵わんわぁ」

 

 食堂の中は、静謐なる敵意と苛烈なる殺意によって支配されていた。

 片手に酒を持ち、それそのものが攻撃力を持つ殺意を受けてなお、蔑んだ笑みで受け流す鬼が一匹。

 抑えきれぬ激情と殺意の奔流に押し流され、今にも腰に携えた天下五剣が一振を抜きかねぬ英傑が一人。

 鬼の名を酒呑童子。童女の姿色をした悪鬼羅刹、大江山の魑魅魍魎が首魁の反英雄なるや。

 幼く一見して子供と間違えるその姿からは、しかして幼い故の愛らしさなど微塵も無く。見た目に反して、今も片方の殺意を相殺する程の圧をぶつけていた。

 片や、ただの女人に非ず。彼の英傑の名を源頼光。

 名高き源氏が英雄の一人。土蜘蛛退治、浅草寺の牛鬼、そして頼光四天王による大江山の鬼退治。

 異形殺しここにありと平安に轟し大英雄なりて、鬼嫌いの性を身に宿す女人である。

 

「ちょっ、待った待った! 頼光の大将も刀抜くなって、ここは食堂だぜ!?」

 

 両者の圧の中心に立ち、折れそうになる心と膝を気合いと責任で押し止めているのは、二人と因縁浅からぬ坂田金時。

 日本昔話に有名な金太郎であり、浦島・桃太郎に並び最も有名な童話の主人公だ。現代日本でもこの話を知らぬものは居ないだろう。

 しかし、そんな有名な英雄であろうとも──否。金時であるからこそ、酒呑童子と源頼光という地雷原に立たされれば、冷や汗も滝のように出るというもの。

 美丈夫な体躯も情けない事に、今は何の役にも立っていなかった。

 内心ではもう何度悲鳴を上げ救援を求めたことか。早く呼んできて来れマスター、と。

 そしてそんな胸中に答えるようにして、その男は現れた。

 

「は、随分と愉快な事になっているではないか。なあ金時」

「──旦那(ボス)!」

 

 ぱあっと、花が咲いた。

 その時の金時の顔は、まるで神を初めて目の当たりにした信者のようだったと、後に立香は語る。

 そして、敏感に反応したのは金時だけでは無い。

 騒動の二人もまた、清明の気配を感じた瞬間に視線を其方へ向けた。

 

「お待たせ金時(ゴールデン)、ご苦労さま」

「助かったぜマスター。あと少し遅れてたらどうなってた事か……」

「お疲れ様です金時さん」

「おう、マシュも呼んできてくれたのか。ありがとうな」

「いえいえ、私は何も。先輩に付いて行っただけですから」

 

 ほっと息をつきながら、安心して酒呑と頼光の元を離れ立香達の傍に行く金時。

 余程精神を疲労したのか、汗で前髪が額に張り付いていた。

 そんな金時を「大変だったね」と言いながら、立香は流し目で食堂の中を見渡した。

 いつもならわんやわんやと楽しく騒がしい食堂だが、今は誰もが離れた場所からこちらを眺めている。

 面倒に巻き込まれたくない者、この喧嘩を肴に酒を仰ぐ者、単純に煩いから食堂から出ていく者、実に様々である。

 厨房を見れば、調理する手を止めずにエミヤがこちらを睨んでいた。

 

(ああ、あれは「喧嘩ならシミュレーション室()でやりたまえ!」とか思ってるんだろうなぁ)

 

 そんな事を思いながらも仲裁に入らなかったのは、自分は部外者だと理解しているからだろう。

 流石にここでおっぱじめそうになったら止めには入るだろうが、それまでは事の成り行きを静観していたという所か。

 たまたまルーラーのクラスがこの食堂に居なかったのも、喧嘩が続いた理由だろう。

 間に合って良かったぁと心底思いながら、立香は視線を戻した。

 

「貴様ら面白いことをしているではないか。一応聞くが、ここはシミュレーションルームでは無いことは、理解しているよな?」

「牛女やあるまいし、脳にも脂肪は詰まっとらんさかい、そこまで耄碌してへんよ」

「なら何よりだ。それで、一体何があった?」

「千里眼持ってはる清明はんがそれを言うなんて、ほんまいけずやわぁ。本当は知っとるんやないの?」

「さぁな、俺とて偶には目を休めたくなる時もあるかもしれんぞ」

 

 生前から繰り返される言葉回し。

 相手がこう言えばこう返すと相互に理解し合っていることが、今のやり取りから窺い知ることが出来る。

 それもその筈、安倍清明と酒呑童子は()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それは、利害の一致から結ばれたたった一度の契約であった。

 しかしほんの一時、ひと月の時間にも満たない刹那の間だけだったが、確かに互いの気心も趣味嗜好も理解するには十分な時間であった。

 

「お兄様、そこをお退き下さい。害虫の駆除をしなければなりません。ええ、食堂であるのならなおのこと。衛生的に塵の排除(そうじ)をしなくては、金時もマスターも安心して食を取れないでしょう」

 

 そう言って、怜悧な視線を奥の鬼に向ける頼光。

 金時やマスターの為と言っているが、酒呑からすれば兄に構ってもらえず嫉妬をしているようにしか見えなかった。

 いや、実際には金時やマスターの為というもの本当ではあろうが、やはりそれ以上に清明が酒呑童子と話しているのが気に食わないのだ。

 

「愛しいお兄様も、あんたは乳臭くて敵わんらしいわ。そら、これを機に兄離れをしはったらよろしおす。そしたら連鎖して、子離れも出来るようになるかもしれへんよ?」

「……このっ!」

「くく、これこれ、煽るな酒呑。これはこれで成長したなりの愛嬌とやらがある」

「……妹が妹なら兄も兄どすなあ」

 

 呆れたように笑いながら、手に持つ酒を一口飲む。

 清明の頼光溺愛は今も昔も変わらず健在なようだ。

 もしここに博雅が入れば、眉間を押え愚痴のひとつでも零していたことだろう。

 はてさて、酒呑には少し黙ってもらい。次いで清明が目を向けたのは、大きく成長しきった頼光だった。

 

「まったく、俺より大きくなったというのにお前は。俺が構わなければ泣き出すのは変わらずか? ん? 母としてあるなら、もう少し気丈になったらどうだ。器広く母強し、とな」

 

 仕方ないやつだな、といつもとは違う種類の笑みを浮かべた。

 それは親が子に向けるような、呆れとも怒りとも違う暖かいもので。

()()()()()()()()はこの顔にとても弱かった。

 それはある日を境に父、源満仲から父親としての在り方を強制されたからなのか、それとも父以上に父の役割を果たしてくれた清明の顔だからなのか、頼光自身には判断が付かなかった。

 しかし一つ言えるのは、例え狂い果てようとも、きっとこの顔には敵わないのだろうということだ。

 だってほら、先程までに荒ぶっていた感情の波が徐々に凪いでいるのだから。

 

「しかしお兄様!」

「はは、随分と食ってかかるな。ともすれば子供の時よりも我儘になったか? それはそれで俺としては愛らしいが。そら、また(あに)様と蹴鞠でもして遊ぶか頼光?」

「あ、あぁあ……! おやめ下さいお兄様、金時達の前です」

「恥ずかしがる事はなかろうよ。親にも誰しもが子供だった時はある。その時の事を語って聞かせられるのも年長者の特権というやつだ。どれ立香、頼光の幼く花のようだった時の話を聞かせてやろうか?」

 

 ニヤリと笑って、視線を立香に向ける。その時、ピンッ! とこの視線の意味を立香はすぐさま察した。

 

「聞いてみたい!」

 

 この声が決定打となった。

 神秘殺し、異形殺しの女傑源頼光は立香の言葉を耳にした途端、頬を赤く染めた。

 バーサーカーという精神に矛盾や狂気を孕むクラスでありながら、羞恥という感情をただの言葉のみで清明は引き出したのだ。本来は狂化に呑まれ尽くす感情を、意図も容易くだ。

 そこにはなんの魔力も特殊な魔術もなく。言葉回しだけで、一級の狂戦士の殺意を削ぎ落とした。

 他の誰にも出来ない、清明だからこその芸当である。この会話術だけで窮地を凌いだ場面も少くない。

 初めの頃の特異点での旅では、現住民とコンタクトを取る時は専ら清明に頼りきっていた。

 

「おおう……流石は旦那(ボス)だぜ。あの頼光の大将の殺気を、あんなにもあっさりと……」

「あの二人って、昔っから仲良いんだっけ?」

 

 プルプルと恥ずかしさから震え出した頼光を見ながら、立香は何となく口に出した。

 

「あん? 頼光の大将と旦那(ボス)の事か?」

「うん」

「ああ、なんでも旦那は大将が生まれた時から溺愛してたらしいぜ。俺が旦那に会ったのは、四天王となった後だから聞いた話になっちまうがな」

「史実では、確か清明さんは頼光さんが幼い頃は百にも及ぶ式神を使って、子守りや遊び相手をしていたみたいですからね。歴史に残る溺愛っぷりです」

「百の式神……」

 

 話を聞いて立香は想像をしてみるが、あまりのスケールの大きさに上手くは想像出来なかった。

 安倍清明と言えば、無数の術式と式神を使い平安の世を守り続けた、偉大なる陰陽師という話が強いが。

 実際に関わってみれば、あきれ果てる程に自由人だということが分かる。

 立香のサーヴァントの一人である玉藻の前も、彼の名前を口にすれば顔を顰め辟易とした顔をする。茨木童子に言えば、怯えたようにプルプルと震え出す。

 自由奔放傍若無人、加えて完璧超人と来れば三拍子揃ってもう無欠だ。

 それは英雄王も認めるに足るというものだ。

 

「で、だ。ここは俺に免じて流せよ、酒呑」

「それは納得いかんなぁ。清明はんが来るまでに、頼んだ酒がそこな牛女の殺気で吹き飛んで消えてしもうたんよ。そこそこきゅーぴーが掛かるやつでな、なんかしてもらわんと割に合わないわあ」

 

 目を細め、ここぞとばかりに要求を突き付ける。

 これが普段なら笑って流すが、今回はこれを利用する腹積もりだ。

 こう言えば、間違いなく清明は乗ってくるから。

 酒呑童子がここまで清明にこだわるのは、コレクターとしての彼女の性質だ。

 イケメン好きである彼女は、生前その美しさから清明を手に入れようとしたが叶わなかった。

 それどころか誘っても誘っても袖にされてしまう。

 しかしそんな事をされれば更に燃えるのが、鬼の強欲というものだろう。

 幾百幾千と人間を本能のまま喰らい続けてきた。だが、ああ、手に入れられなかったそれを喰えたなら、それはどれ程の幸福感なのだろうか。

 如何程の充足感なのか。きっと出来たなら、三日三晩は踊り続ける程の達成感が湧き上がるに違いない。

 ならばこそ、手に入れてみせよう。

 それが大江山の首魁、酒呑童子という鬼の本能なれば。

 

「……偶にはそれも一興、か。いいだろう、オルガマリーに頼んでレイシフトの許可を貰っておこう。なに、酒も俺が用意してやるから、お前さんは手ぶらで来るといいさ」

 

 僅かだけ何かを考えると、次には首を縦に振った。

 清明が何を思って頷いたかは知らぬが、ともかくとして酒呑童子の思惑は見事成功したことになる。

 しかし、そうなれば納得がいかないものが一人。

 

「清明お兄様! 何故そんな虫と──っ!?」

 

 言葉を遮るように、清明は頼光の頭を撫でた。

 

「無駄に大きくなりおって。撫でづらいぞ、頼光。なに、すぐに戻る。帰ったらマスターと金時と一緒に夕餉でも共にしよう」

「……約束ですよお兄様」

「ああ。約束だ」

 

 クツクツと、いつも通りの本心が分からない笑みを貼り付けながら、照れる頼光を見上げる。

 撫で終わる頃には、気が付けば酒呑童子は消えていた。

 そこは出来る鬼、空気を読んで退場したのか。はたまた単に飽きただけなのか。

 どちらにせよ、これにて一件落着の模様。

 言葉巧みに物事を有耶無耶にしたり、調停をしたりするのはこの男の十八番である。

 激烈な鬼である酒呑童子を知っている。猛烈な武将である源頼光を知っている。

 だが立香は何よりも、清明のその偉大さを知っている。

 獰猛なはずであるあの二人を、なんの力も使わず無血解決したのがその証であろう。

 改めて、自分の歩んできた道に彼がいてよかったと思ったのであった。

 

「で、結局喧嘩の原因はなんだったのでしょう?」

「ああ、それはそのう……オレのプリンを横から酒呑童子が食っちまったのを、大将が目撃しちまったからだ」

「頼光さんが間接キスにブチ切れたんだよ」

「ええ……」

 




福袋スカディ狙いでしたが紫式部が出ました。
持ってないので嬉しかったです。
皆様は狙ったサーヴァントをお迎え出来ましたでしょうか?
それと酒呑童子がエセはんなり言葉ですまない。本当にすまない……。

次は戦闘を描きたいなぁ……。でも、他の鯖とのほのぼのもいいなぁ……。

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