清らかなりて明けの明星   作:兎餅

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ほのぼの回兼しんみり回。

今回は大分原作改変というか捏造設定というか、Fateの設定と陰陽師の設定をすり合わせました。
受け入れ難い人もいるかも……。

野村萬斎さんハマり役なんじゃ……もう一回やって欲しいんじゃあ……。


曇天に笑いて、日輪は曇らず。

 爛々と輝いている。

 

 今も昔も変わることなく、空に上る月は美しく咲いている。

 

 綺羅綺羅と瞬いている。

 

 私を見てと、星々が命の光を放ち続けている。

 

 

「不変あらじ、常移ろい往くが人の世……」

「なぁに気取ったことを言ってやがるんでしょう。物思いに耽るほど、人間ではないでしょうに」

「くふ、減らず口は相変わらずか──狐」

 

 小高い丘に建てられた、こじんまりとした小さな屋敷。

 優しい匂いを感じる日本家屋の縁側に座り、二つの影が夜天を見上げていた。

 杯を右手に遊ばせ、月光(つきびかり)に酔いしれるのは安倍清明。

 口角を吊り上げ本心を悟らせぬ笑みを貼り付けて、隣から聞こえてきた声音を鑑賞代わりに酒を傾ける。

 声の主を見てみれば、未だに納得のいってない顔をしながら、しかしどうにもならないことに半ば諦めた表情をしていた。

 天照の化身、狐の化生、良妻賢狐。

 清明と同じくキャスターのクラスにて現界した傾国の美女、八野鎮石が玉藻の前だ。

 

「はあ……どうしてこうなったのやら」

 

 零れた言葉には、やるせなさが多分に含まれていた。

 全くどうして、ことここに至ったのやら。

 玉藻の前は清明と同じように月を見上げ、彼の晩酌に付き合いながら、ここまでの経緯を振り返った。

 

 ☆

 

「げぇ……」

 

 それは全くの偶然だった。

 普段から意識して避けてる訳でも、互いに嫌悪しあっているが故に会わなかった訳でもない。

 なのでいつかはこうなる事は分かっていたし、カルデアという狭い拠点の中では寧ろ今の今まで会わなかった方が、とてつもない奇跡と言っても過言では無いだろう。

 いずれは会うと、そう頭では分かっていたが……実際にそうなってみれば、おおそよ乙女らしからぬ声が出てしまった。

 そんな事を玉藻の前は考えながら、廊下であってしまった男に視線を向けた。

 

「随分な挨拶だな、狐」

 

 何も感じてなさそうな人形みたいな顔を見て、玉藻は自然と自分の顔が苦くなっていくのを感じていた。

 対して清明は玉藻の顔を見ながら楽しんでいるのか、意地の悪い笑みを崩さずにいる。

 人の嫌がることほど、面白いものはない。

 ことそれが“玉藻の前”という女なら尚のことかもしれない。

 

「相変わらず根の国色の魂をしてやがりますね」

「お前は相変わらず陽炎のような日輪だな」

「前から思っていましたが、貴方のその私への評価は分かりづらいですね……」

「なんだ、俺の評を詳しく知りたいのか?」

「いえ、遠慮しておきます。どうせろくなものではないでしょうし」

「さあどうだろうな。少なくとも()()()()()()()半々と言う所か」

「……っ」

 

 うっと、清明の言葉にバツの悪い顔になる。

 全く性格の悪い。今の玉藻をして、この男はやっぱりやりづらいことこの上ない。

 そうだ。この男は昔から目がよかったばかりに、他人の芯を見抜く事に長けていた。

 人里に玉藻の前が現れた時も、たった一発でその“正体”と“存在”を看破した。

 当時は害無しと泳がされていたことが分かった時、物凄く腹が立ったのを覚えている。

 今も悔しい思いで一杯である。

 

「やっぱり苦手です。見た目は好みですが、魂が失格! くたばれ☆」

「くく、くふふ。こちらの狐には嫌われたものだな。獣狐(じゅうこ)の方には、それなりに懐かれている筈なんだが」

「……ああ、あれは私の割かし純真な部分ですからね。貴方とは関係が関係ですから、その当時の何かを本能で理解しているのでしょう」

 

 獣の特性が強い狐、訳して獣狐(じゅうこ)

 エミヤやブーディカと並び、いつも厨房にてその腕を奮っているタマモキャットのことを、清明はそう呼んでいた。

 タマモキャットは玉藻の前──九尾が神格を切り外し分離した尾が、それぞれの御魂として英霊化した存在である。

 故にある意味で玉藻の前であり、そうでも無い存在とも言えるが。

 タマモキャットに懐かれているという清明の言葉が本当なら、オリジナルとしては少し顔を顰めざるを得ないだろう。

 まあ、それも仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。

 何故なら──。

 

「……」

 

 玉藻の脳裏には、ある記憶が過ぎ去った。

 

 ──それは確かに私なのですが……。

 

 その記憶を見て、自嘲気味に笑うしかなかった。

 

「これも何かの縁。俺の月見酒にでも付き合え狐」

「おや、これは意外や意外。どういうおつもりでしょう。彼の安倍清明がこの私を晩酌に誘うなど、は! もしや凶兆の先触れでは?」

「ふふ、かもしれぬな。何、お前としては凶兆かもしれぬが、俺としては少し思うところがあっただけだ。お前の顔を見れば、な」

「……っ、それ馬鹿にしてます?」

「ほざけ、これは口説いているのだよ」

「はあ、貴方という人は……」

 

 暖簾に腕押し。

 どんなに言葉に鋭さを持たせようが、拒絶の意を含ませようが、この男には関係ないのだ。

 自分がしたいことを好きなだけする。昔っからその所は変わらない。変えてはならない安倍清明という男を形成する、絶対なる芯。

 玉藻の前を迫害したのも、その後のことも、この男の中にある自分の基準に従った結果だ。

 まあ、確かにあれはどれほど時が経とうが許すつもりは無いが。

 かと言って仇敵で関係性が止まるかといえば、またそれも違うと玉藻の前は断言できるだろう。

 ようは、二人は色々と複雑なのだ。

 

「私に拒否権あります?」

「あると思うか?」

 

 したり顔でそう言われてしまえば、もうどうする事も出来なかった。

 あとはあれよあれよと流されるままに、話は冒頭に戻ることとなる。

 

 ☆

 

「出自が出自とはいえ、我ながらほとほと狐とは縁がある」

 

 クツクツと喉で笑いを転がす。

 手に持っていた杯を少し傾けると、小さな鏡に映った月が揺れた。

 ──ヒュウ、と風が童を思わせる足取りで二人の頬を撫でた。

 心地良い金風。小高い場所にあるこの家屋から、眼下に広がる稲が踊るように体を揺らしている。

 ダ・ヴィンチに言ってレイシフトしたのは正解だった。

 シミュレーションルームでも似たような事は出来るが、それは所詮虚構で出来た紛い物だ。

 風の運ぶ匂い、肌に感じる静寂、視界に映る世界、月見酒をするのならやはり実在するものの中でこそであろう。

 加えて横には傾国など容易い美女が共にいるのだから、文句などあるはずが無い。

 

「肴の一つでもあればいいのだが……」

「嫌味な男ですねぇ。初めから男らしく作ってくれと言ったらどうなんです?」

「ほう、貴様にものを創る程の腕があるのか?」

「あは! 呪っちゃうぞコノヤロー☆ 昔の私とは違うってんですよ」

「ふふ、そうか」

 

 飽きもせずに玉藻を揶揄いながら、静かに顔を綻ばせる。

 もう何度目かになる溜息をつきながら、玉藻は家の奥に消えていく。

 清明は何も言わず、揺れる稲穂を眺めながら待っていると、料理を抱えた玉藻が戻ってきた。

 予め作ってあったのだろう。丁度よく熱が覚まされた料理は、これまた定番の団子とクリームコロッケだった。

 

「すまぬな」

 

 口を突いて出てきたのは、それだった。

 

「それは何に対してですか?」

「肴の手間に決まっているだろうが」

「そうですか」

 

 その程度のことで清明が詫びることなどは絶対無いと、玉藻は知っている。

 しかし、それを口に出すことは無かった。

 もしそれを口にしてしまえば最後、玉藻の前は清明を殺さなくてはならなくなる。

 実力どうのこうのと関係なく、そうしなければならなくなるのだ。

 自身の矜持故に。清明と玉藻の前という人間の亡霊故に。

 安倍清明は後悔をせず、懺悔をせず、悲観をしない。

 それは実力者であるからではなく、また千里眼を持つからでもない。

 そうあって当然と、そういう風に自分を定義しているからこそ、彼は最高位のキャスター足り得る。

 しかしそんな彼でも、間違いを犯さない訳では無いのだ。それを玉藻の前は理解している。

 狐との間に生まれた鬼才。神性を宿す人型。人でありながら人ならざる化生。魑魅魍魎集う百鬼夜行の主。

 人がどう彼を呼ぶのか知っている。対等な人間など存在しないのだ。

 だからこそ源博雅は、清明にとって特別なのだから。

 

「音色が無いのは少しうら淋しいな。こい、『蜜虫』」

 

 清明が呪を唱えると、月光に包まれ一人の女が現れる。

 平安装束に身を包んだ、藤の音精。

 清明が名を与えることによって形を持った人型の式神は、名を蜜虫。

 琵琶を抱え、音奏でる可憐な女性が姿を見せた。

 

「ご機嫌麗しゅうございます、清明様。この蜜虫をお呼びということは、琵琶でしょうか?」

「ああ。酒はある、肴も来た、美女も居る。なら後は風情を整えるだけだ」

「かしこまりまし……あ、あぁ!?」

 

 恭しく頭を下げようとした蜜虫は、突然声を上げ目を見開いた。

 そして口元をパクパクと、まるで餌をねだる鯉のようにさせて……。

 

「ま、ま、ま……──()()様! ()()様ではありませんか!?」

 

 玉藻の顔を見て、そう声を弾けさせた。

 

「真葛様も召喚されていたのですね!」

 

 顔に花を咲かせる蜜虫に、玉藻はなんと言えばいいのか分からなくなる。

 自分は玉藻の前だ。

 だが、真葛ではないとは言いきれない。それもそのはずだ。

 何故なら、真葛とは迫害されたその末の玉藻の前の事なのだから。

 かつて藻女(みずくめ)という名の女が居た。18歳で宮中に仕える、歳若き少女。

 それは後に、鳥羽上皇に仕えてから玉藻の前と名乗るようになる女のことであった。

 その美貌と博識ぶりから寵愛を得るようになったとされたが。

 しかし鳥羽上皇が病に倒れた際、その原因を調べた陰陽師、安倍清明によって「人間ではない」ことが発覚。宮中から追い払われる結果となる。

 その後、朝廷の討伐軍と那須野の地で激突。一度目は八万からなる軍勢を退けたが二度目の戦いで敗北し、その骸は「殺生石」と呼ばれる毒を放つ石になったと言われる。

 これが歴史。玉藻の前という女の辿った史実。

 ──だが、それが真実ではない。正鵠に語るならば、玉藻の前自身は殺生石にはなっていないのだ。

 

「……ふっ」

 

 清明は思い返すように、鼻を鳴らした。

 その当時、八万を超す軍勢を退けた玉藻の前に脅威を覚えた朝廷は、清明に泣き付きその討伐を命じる。

 これに応じた清明は、単身で玉藻の前へ向かったのだ。

 史実と違うのはここから。確かに、清明は呪を振り撒く玉藻の前と戦い、まる二日の激闘の末下すに至った。

 しかし、殺すことはしなかった。

 それは母の面影を重ねたのか、それとも憐憫によるものかは分からないが、確かに命を奪うことはしなかったのだ。

 代わりに奪ったのはその咒。玉藻の前という神号を剥奪し、ただの女に落とした。

 斯くして清明は朝廷に赴き、討伐の証として玉藻の前の髪を献上したとされている。

 そして、妖狐討伐のその翌年の事だった。大化生を討伐した陰陽師、安倍清明は傍らにそれはそれは絶世の美女を妻にして侍らせていたという。

 それこそが真葛、名を奪われ、しかして新たなる名を得た玉藻の前のことであった。

 

「──玉藻の前。古き知り合いだ」

 

 その時、初めて玉藻の名前を呼んだ。

 

「真葛ではないさ」

 

 答える主に、蜜虫は少しの間言葉を控えて。

 

「はい、分かりました。申し訳ありません、玉藻の前様」

 

 主の意に添って、そう頷いた。

 自身の仕えるべき主がそういうのだから、それ以上は何も言うまい。

 出過ぎたことをするつもりも、この二人の関係をほじくり返すつもりも蜜虫には無いのだから。

 

「いえ、大丈夫ですよ蜜虫ちゃん」

 

 まったく、気を遣わせてしまったようだ。

 いつの世も、玉藻という存在は清明とは切り離せないらしい。

 燦々と奏で始めた琵琶の音に感じ入りながら、玉藻はそっと瞳を閉じた。

 

「変わりませんね──アナタ」

 

 呟かれた言ノ葉は、琵琶の音に包まれた風に乗せられ、月へと上った。

 それを清明が拾っていたかは、誰も知らず、また知る必要のない事なのだろう。

 

 

 




カルデアに居るのは、名を奪われる前の玉藻の前。
ハクのん至上主義は今回キツかったかも。
でも許してくだしあ!

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