清らかなりて明けの明星 作:兎餅
清明と玉藻(真葛)ぅぅ? ( ゚д゚)ペッ とか言われてたら立ち直れなかった(嘘)
それと、作者はEXTRAとextellaはやりましたが、CCCとLINKは未プレイです。
その為必要な知識は原典と型月wikiで勉強してます!
なので稚拙な所を発見しましたら、じゃんじゃんご指摘ください。
そして今回は中二成分増し増しでお送り致します。
きっかけは清明とスカサハの会話からだった。
「時に清明。お主なら、私を殺すことが出来るか?」
「ふむ、唐突だな。だが、そうさな……その問いには、こう返そう──可能だよ」
刹那に影の国の女王の眼に、魂穿つ鋭さが宿ったことは、言うまでもないだろう。
場所は食堂。中央から少し逸れた卓で向かい合うように座りながら、昼食を済ませた後の会話がこれだった。
「して、藪から棒に話題を振ったのは、泰山府君祭のことでも耳にしたかな」
「ああ、そうだとも。たまたまその手の話をすることがあってな、聞けば魂だけであったオルガマリーを蘇生させたのは、それによるものだとな」
浴びせられる極大の闘気をそよ風のように受け流し、平然と会話を続ける。
例えどれほどの英雄であろうと身を竦ませてしまうほどの圧は、しかし肌で受け止めていながら楽しんでいるようにすら見える。
事実、清明としては当てられる圧など、そよ風と大差の無いことであった。
凜然と顔色を変えることすらなく、こちらを見据える桔梗色の双眸を見つめ返しながら、スカサハは続ける。
「本来、魂に干渉するということは魔法の領域、神にのみ許された特権だ。だが、お主なら出来るのであろうよ」
「……つまりはこうか。肉体ではなく、直接魂魄に干渉出来る故に、俺ならお前を殺しうると。それで、先の話か?」
「うむ。お前も私の願いは知っているだろう?」
スカサハの願い、それは死ねない己の死を迎えること。
人理焼却のおり、彼女が立香の声に応じたのは、それが千載一遇の機会であるからだった。
しかしケルトとしての性質か、相手が強ければ強いほどその神髄が見たくなり、敬愛し、刃を交わしたくなる癖がある。
今も尚死ねぬのは、呪いと相まって願いとは矛盾するその特性のせいでもあった。
清明はそんなスカサハの希求するものを知っている。何を欲し、求め、スカサハの願う終わり方を清明は見抜いているのだ。
「くふ、ああ。勿論知っているとも。俺とお前の仲だ、皆まで言わずとも何が言いたいかなど承知しておるさ」
実は清明とスカサハはよく共に行動する事が多い。
それは戦闘面だけではなく、カルデアに居る時も、今のようにして食事を一緒に摂ることが何度かある。
魔獣跋扈する影の国に君臨し、数多の勇士英傑を育て上げたケルトの大英雄スカサハ。
魑魅魍魎を束ね平安京を守護し、程度の差はあれ、後に名を残す英雄の幾人かを育て上げた安倍清明。
同じく魔の上に立つもの、師としての顔を持ち合わせるもの同士、話題には困らない程度には仲が良いのだ。
ついこの間など、互いの弟子の不肖さで盛り上がったばかりだ。
「キャスターのお主に言うのも我ながらどうかとは思うが。クラスが故の惰弱さなど、お前なら問題にはならんだろう?」
「高く評価されたものだな。光栄に思うよ。しかしな、生憎と俺はその手の趣味を持ち合わせてはおらんよ」
いやはや残念だ、とわざとらしく肩を竦める清明。
全然残念そうではないが、しかし事実として清明が自分で言う通り戦闘狂の気は一切持ち合わせていない。
清明に言わせれば劇や雅楽と同じで、自分で行うよりも他人同士で行われているものを見物するに限るのだ。
そちらの方が面白いし、もしかしたら予測もしないような面白い戦いになるかもしれないからだ。
言わばそれはシナリオのない舞台であり、清明は何処までもその舞台の観客でいたいのだ。
無論、やらなければいけない時は清明とて戦うが、そこはそれだ、
やるべき事とそうでないことの線引きがハッキリと定まっている。
そもそも、生前は殆どが戦に発展する前に潰していたし、いざそうなってみても式神に任せて清明は高みの見物をしていた。
例外でいえば玉藻の前や蘆屋道満ぐらいなものだろう。
「やはり乗らぬか……。では、こうしよう。お主が話に乗ると言うなら、閨を共にしてやってもよいぞ」
だが、ここで引かぬのもまたスカサハだ。
今の言葉をクーフーリン辺りが聞けば、もしかしたら目を見開いて驚愕するかもしれない。
スカサハという女は、勇士である存在を好む。
それは蛮勇に非ず、ただの戦士に非ず、勇気を持つ戦士こそ彼女の好む存在だ。
故に、それのどれにも当てはまらない清明にこうまで言うのは、例外中の例外。
ともすれば好みに当てはまらぬ中では、彼一人だけなのかもしれない。
「ふふ、
再度断ろうとして、突然言葉を反転させた。
直後だった、清明達の居る卓から少し離れた場所で少し大きな物音がした。
それを耳にした清明は口角を吊り上げて、その場を立つ。
「閨どうのと、その話は兎も角としてシミュレーションルームへ行くぞ」
「ほう……一体何があって返答を変えたかは知らぬが。まあいいだろう、礼を言おう」
歩き始めた清明に合わせるようにして、その後をスカサハは追う。
こうして二人は食堂から出て行った。
「──後を追ってみようよ」
「先輩、私はやめた方がいいのではないかと! それと横のタマモさんが何か怖いです!」
「おや、マシュちゃん気の所為ですよ? タマモはみこっと何時もの良妻賢狐、
話を聞いていたであろう三つの影は、静かに食堂を出て行った。
☆
シミュレーションルーム。主に戦闘面において駆り出されることの多いサーヴァント達が、日夜ここで研鑽を積み、また体を動かす為に利用する訓練室。
高度なヴァーチャルリアリティシステムを用い、カルデアに記録されているものなら本物と見分けがつかないレベルで再現が可能であるここならば、多少の無茶は何とかなるだろう。例えば、影の国の女王との戦闘など……。
「俺は勇士では無い故、そこは容赦せよスカサハ。そうさな、望みには添えんが、楽しませる事は約束しよう」
平原を模した空間の真ん中、互いに向かい合うようにして立っている。
揺れる柳のように飄々と捉え所のない顔を崩すこと無く、朱く朱く荘厳な槍を持つスカサハを見据えていた。
「無理を申し出たのはこちらだ。確かにお前が我が槍を授けた者であるならば、それ以上の喜びはなかったが。贅沢は言わぬ。それとも、今からでも儂の師事を受けてみるか?」
「くふ、ははは。面白いことを言う。心にないことは言わぬ方が良いぞ」
「なに、冗談だ。お主と居ると、偶にはお主の真似をしたくなるのだ」
「ふふ、そうか」
清明は兎も角として、スカサハのやり取りから彼女が浮ついているのが分かる。
宿願の大成か、単に戦士としての昂りか……両方か。
今こうして相対する空間の中で、スカサハは自らの四肢に抑えようの無い高揚を感じていた。
──そして、声が消える。
空間には異様な静けさと、槍のように鋭く宙を支配する殺気だけ。
針の
向けられる殺意と闘気に圧をぶつけ返す訳でもなく、ただそこに居る。
いつもの笑みを貼り付け、その瞳でスカサハを捉え、愛でるように見据えている。
「──往くぞ」
大地を踏み砕く音が響いた。
直後に、ギィィィ──! と空間が悲鳴を上げた。
舞い上げられた砂塵を掻き分けてみれば、無謬なる槍の穂先が清明の喉元を捉えている。
しかし清明の顔色が変わることは無い。
槍の穂先は、清明には届いていなかった。
目に見えぬ壁が、命を貫こうとした槍を寸でのところで拒絶したのだ。
スカサハも初撃を防がれる事は承知だったのか、驚いた様子はない。
「はっ!」
「──力技か」
防がれるなら一旦引くのが常套。だがスカサハが行ったのはその真逆。
更に間合いに踏み込み力を込め、槍の先を無理やり押し込んだ。
一点に集中した力の流れは、徐々に清明の障壁に罅を刻み込む。
そうして距離をとったのは清明だった。
「急造とはいえ、今のを破るか」
感心したように、眼前の女戦士を見据える。
今清明が展開したのは、単純な障壁だ。術式が簡単で、それこそ素人である立香でさえ作れる簡単な陰陽術。
だが逆を言えば簡単である分、その硬度や完成度は術者の実力に左右されやすい術でもある。
未熟者が使えば紙よりも薄くなり脆いが、術者が清明であればそれは低ランク宝具程の強固な守りとなる。
それをただの力技で砕き掛けたのだから、スカサハの実力も伺えるというものだろう。
「相変わらず容赦ねぇな」
呟いたのは、隣接する制御室から観戦していたクーフーリンだった。
清明達を追う道中、偶然見つけたのを立香に引っ張られて、玉藻の前やマシュと一緒にその映像を見るに至ったのである。
「開幕そうそうに頸とか、並の相手ならそれで終いだぜ」
「スカサハさんらしいと言えば、らしいのかもしれませんが……」
キャスターを相手にいつもの調子である己が師匠に、呆れたように言うクーフーリン。マシュもそれに同調するように、少し苦笑いをしながらスカサハをフォローする。
そんな事を呟きながら、四人が続きを見ていると、場面はスカサハの猛攻を清明が身ごなし軽やかに避けていた。
「──せいっ!」
「っ……ふふ、熱いな」
烈火の如き熱量と、暴雨が如き連撃。
一撃一撃の繋ぎが鮮やかで途切れることの無い槍の嵐は、風を裂く鋭い音と共に激しさを増していた。
それを清明は紙一重で交し、時に受け流し、回避に徹する。
一見すればスカサハ優勢に見えなくもない光景は、しかし清明の涼しい顔を崩せてはいない。
つまりはまだ余裕であること、趨勢は決定していない事の証明だった。
このままでは埒が明かないと思ったのか、スカサハはもう一つの朱槍を取り出した。
ここから徐々にペースを上げていくぞ、という事なのだろう。
「避けてばかりか。女一人に踊らせて、お主は見ているだけか?」
「くふ、言ってくれるな。いやさ、お前の鮮烈な舞に見とれていただけだよ。しかし、同じ舞台にいるのは俺も同じか。──では、俺も踊るとしよう」
言うやいなや、清明は右手の中指と人差し指を立て刀に見立てた。
破邪の法『刀』。大衆が想像するであろう陰陽師の呪法の型だ。
そして綴られるのは力を宿した言霊。古来より日本に息衝く、古き神秘。
「
唄うように。雅楽を奏でるように。
一言一言紡ぎ出されるそれは、まるで脳に直接流れているかのように、意識に焼き付いていく。
緩慢に、然と唱えられ、体の奥底に深く焼き付く。
「
一小節が区切りを終える。継いでは厄災消滅せし、祓魔の祝詞。
「
ここに、呪法は結ばれる──。
「──
刹那、空間が捻れ狂った。
「……っ!!?」
スカサハがそれを避けらたのは、もはや直感。
幾多の窮地で鍛え上げられた戦士としての勘と、数多の修羅神仏を叩き伏せてきた英雄としての本能が、未来視レベルでの回避を成功させた。
緩慢だと感じていた詠唱は、高速真言で唱えられていたものだった。
常人では聞き取れないはずの速度の言葉は、しかしスカサハも管制室の四人にもハッキリと一言一句がその身に深く刻まれている。
見れば、先程までスカサハが立っていた場所は
跡形もなく吹き飛び、大きく窪ませクレーターを形成している。
まるであそこに隕石でも落ちたかのような衝撃と、言葉を失う程の破壊跡だった。
「許せよ、スカサハ。俺とお前とでは踊る演目が違う故に。そちらが荒舞を織り交ぜた女舞であるならば、こちらは狂言となってしまう。少々勝手は違うやもしれんが、今度は俺に付き合えよ?」
ゾッと、魂が鷲掴みにされたような悪寒を覚えた。
諧謔を含ませた清明の透かした顔に、スカサハは遂に堪えきれぬとばかり吹き出す。
「──ふ、ふふ、ははは! ああ、良いぞ。実に良い。お前か、お前が私を殺せるものなのか。そうか、ならば、ああならば何処までも踊ってやろう」
「くふふ。いい顔をするではないか、まるで初恋を知った乙女のようだぞ。美しいな、やはり役者は華が如くあってこそよ」
共に笑い。共に狂喜し。共に舞い踊る。
スカサハは戦の愉悦と大願成就を前に。清明はスカサハの在り方を讃え、その美しさを前に。
互いに相手の存在に酩酊している。深く深く、酔っている。
整えられた舞台の上には、役者は二人だけ。
シナリオは無いが互いに目指す幕引きがある。ならば、後はそこに行くまでひたすら踊るだけだ。
☆
「おいマスター、こりゃあ止めた方がいいぜ? このままヒートアップしたら、空間が持たねぇ」
モニターの二人を、というか主にスカサハを見て危機感を抱いたのは、クランの猛犬クーフーリンだった。
ああなってしまった師匠は、先ず間違いなく止められなくなるし、そも止めようとすれば容赦なく殺される。
しかしこのまま戦わせては、恐らくシミュレーションルームでは耐え切れない規模の戦闘になるだろう。
宝具なんて連発されればそれこそ、その瞬間にこの一室にはしばらく黄色いテープが貼られることになる。
クーフーリンの言葉を聞いて、立香は頷いた。
「うん。マシュ、おねが──ひっ」
こういう機器の扱いに長けた自慢の後輩に頼もうとして、横を向いた立香は短い悲鳴をあげた。
「フ、フフ、フフフ……」
狐が笑っている。黒い笑みを浮かばせて、眉をピクピクと動かし笑っている。
──否、違う! これはブチ切れているのだ! 立香は直感で分かった。
「あら、どうかなさいましたか、ますたぁ?」
この甘く艶かしい言葉遣いが余計に怖い。まるで甘い匂いを漂わせる毒のように、ただひたすらに怖い。
隣に居たからかマシュなんて泣きそうにオロオロしている。
止めなくては。シミュレーションルームどうこうの前に。面倒が起こる前に。
自分が所長に怒られることだけは、何としてでも回避しなくてはならない!
思った時には、立香の体は動いていた。
緊急停止、と上に書かれたボタンを立香の指は押していた。
……しかし。
「あ、あれ?」
何度押しても、緊急停止機能が作動することは無かった。
まずい壊れたか? たらーっと設備を壊して怒られる自分を幻視し汗を流す。
だが、幸か不幸か、それを否定したのはマシュだった。
「大変です先輩!?
どうやら初めからバレていたらしい。
立香は己の背筋が冷たくなるのを感じ、叫んだ。
「お、おのれぇぇ清明ぇぇえ────!!」
☆
(そろそろ気付く頃合か)
今頃冷や汗を流し、己の名を叫んでいるであろうマスターに向けて内心で笑う。
初めから立香達が自分達の話を盗み聞きしているのには気付いていた。そしてそこに玉藻が居ることもだ。
そう玉藻だ。清明からすれば博雅の次に弄りがいのある相手だ。
だからこそスカサハが閨がどうのと言い始めた時、断るのをやめ誘いに応じたのだ。
「さて、ではこちらから行くぞ」
清明は思考を一旦切り離し、目の前の女に意識を向けた。
そして両の手で印を結ぶ。
唱えられるは魂焼く焦熱の真言。不浄を焼き、肉体を溶かし、罪炙る日輪の熱。
「両界曼荼羅・東嶽大帝、
瞬間──太陽が顕現する。
そして日輪は地へ落ちると、視界に移る全てを喰らい尽くした。
空間を、ともすれば世界そのものを揺らしているのではないかと錯覚する衝撃が響き渡る。
光にやられた眼が機能を取り戻した時、目の当たりにした光景に立香達は息を呑んだ。
……地形が姿を変えている。まるでここだけが天変地異に見舞われたかのように、生命の一切が焼却されていた。
確かに、これが続けばシミュレーションルームは持たないだろう。
しかし外側からではどうすることも出ない状況では、ハラハラとただ見ているだけしか出来ない。
「流石よな。影の国に君臨するだけはある」
立ち上る煙と砂塵が止むと、そこには血だらけのスカサハが立っていた。
満身創痍といった風体だが、傷を負っていたのはスカサハだけでは無かった。
ポタリ、ポタリ、と清明の右肩から大量の血が流れていた。
清明が褒め称えていたのはスカサハが大光明遍照を耐えたからではなく、清明の攻撃を受けながらもカウンターを入れる形で宝具を叩き込んだからであった。
日輪に飲まれながらも、貫き穿つ死翔の槍を心臓目掛け撃ち込んだのだ。
朱槍は常時何重にも展開していた清明の結界を貫通したが、槍は威力を落とし定められた因果がねじ曲がってしまった。
清明の胸を穿つことが出来なかったのだ。
「仕留め損なったか。やるな清明、お主は勇士ではないが、ああそれに勝るとも劣らぬ男よ」
「はは、よせお前ほどの女に言われては、空虚なこの胸も高鳴るというものだ」
その時清明は背中に鋭い視線を感じた気がしたが、少し笑って無視した。
「さて、今宵の舞台もそろそろ終幕と相なろう」
少し思わせ振りに言う。
互いに打ち合ってそろそろ
「ああ、こんなにも高揚したのはいつぶりか。我が槍の全てを持って、お前を下そう。願わくばこの果てに我が望みを叶えてくれ、清明!」
「くふ──来るがいい、影の国の女王」
声と共に清明の周囲を転輪していた無数の太陽が、降り頻る雨となって落ちた。
「──っ、はあぁあ!!」
影をも喰らう幾条の陽の柱。
触れれば必滅をもたらす奉天の御柱。天を照らす日輪の熱量は、地上にとっての地獄に他ならぬ。
それを躱し、切り裂き、時に受け止め、着実に一歩を届かせる。
紅き牙をその胸に突き立てようと、影の国を統べる英傑は獰猛なまでに美しく笑う。
そして清明との距離があと僅かというところで──焔は
「
それは
翔きの起こす風にさえ人では耐えられぬ熱の抱擁に、スカサハはルーンで最低限の防壁を張り覚悟を持って、コロナの中に飛び込んだ。
熱いなどと、もはや感じることすら出来ない熱量。
皮膚が焼ける、肉が溶かされる、眼球の水分が蒸発して右の視界はもう何も見えなくなっている。残った左ですら、世界の輪郭がぼやけているのだから、持ってあと数分か、数秒か。
このような弩級の占星術ですら宝具でないというのだから、呆れを通り越して笑えてくる。
これこそが冠位を賜る英雄の本領。
──
ふっ、と自然と笑いが込み上げてきた。実力が拮抗……いやそれ以上の輩とまみえるのは、何千年ぶりだろうか。楽しい、楽しい、楽しい。
サーヴァントの身でおかしな話だが、久方ぶりに生と言うものを感じる。
「届いたぞ明星──『
影の女王は、呪われた輝きを持って槍を伸ばし──。
「ああ、信じていたとも。影の女王」
死翔の槍は明星の因果を捉えることは出来なかった。
「がはっ!?」
既に呪を唱え終わった清明は、スカサハの鳩尾に掌底を落とした。
既に気力も体力も文字通り全てを出し尽くしたスカサハは、清明の胸の内に吸い込まれる。
「ふふ、ああ私がこうも倒れるなどいつぶり……もしや初めてか?」
「倒れ伏す時も前のめりとは、いやはや天晴れ。恐れ入るよ」
清明の腕に支えられて彼の軽口を聞き流しながら、スカサハはきっと目を鋭く清明を睨んだ。
「……して、どういうつもりだ?」
「はて、なんのことか?」
「なぜ、
スカサハが清明を睨んだ理由。それは、清明が己を殺さず治癒し始めたからだ。
もとよりスカサハはこの戦いに全てを掛けていた。無論それは清明とて同じことだと、そう思っていた。
サーヴァントの身であっても、清明はそれを貫通して生身のスカサハを殺せたはずなのだ。
故に何故己を殺さずに居るのか、望みを知りながらなぜ生かすのか。
それとも侮辱しているのかと、憤慨が込み上げてきたのだ。
「舞台が終われば、演者を労るのは至極当然の道理であろう?」
「なにを──! そういうことか……」
スカサハは思い至る。この戦いは端から目指すものが違っていたのだと。
なぜ清明は己の誘いに乗った? なぜ途中になって答えを変えた? ──清明は此度のことをなんと言っていた?
舞台だ。確かにそう清明は言っていた。そして演目が違うとも言っていた。
いや、何よりも清明は──殺す事は可能ではあるが、
だんだんと回復していく思考でそれに気付き清明を見やると、してやったりと悪戯が成功したような顔をされた。
「食えぬ男よな」
「くふふふ、俺を食えるのは騙しの得意な狐だけよ」
「そうか、初めからそれが目的か」
「ああ。狐めが盗み聞きをしているのには気付いていたのでな、逆につまんでやろうという悪戯心よ」
つまりスカサハはその悪戯に利用されたということだった。
全ては自作自演、狐を揶揄うために付き合わされたのだ。
ここまで諧謔が過ぎれば怒りを通り越して失笑ものであろう。
全く付き合いきれんと、スカサハは息を吐き出した。
「だが、今の踊りは楽しいものであったことは事実。そうさな、影の。その生に辟易しているのやもしれぬが、世の中はまだ存外に捨てたものでは無いだろう?」
「──っ! ああ、全く持って思い知った」
それだけではなかったようだ。
この安倍清明という男は、 スカサハの願いを肯定した上でもう暫く生きてみろという。なんと酷い人でなしだろうか。
しかし、たった今清明と戦い幾千年ぶりかの生を想起した。
確かにあれをまた味わえるのなら、世の中は捨てたものでは無いかもしれない。いや、捨てた覚えは無いが。
少なくとも、
「もし、時が来たのならば。それでも死にたいと願うなら、その時は俺が場を整えてやろう」
「ふふ、ああ、いいだろう。それまではお前にも付き合ってもらうぞ、清明」
「是非も無い。ふむ、やはりお前は美しいな」
話している内に、スカサハの負傷はすっかり消えた。
それを清明は確認すると、その場を後に歩き出した。
「どこへ行く?」
「くふ、狐も我慢の限界だろう。今度は俺がつままれに……いや、抓られに行くさ」
「ふむ、前に言っていたな。それがお前の愛と言うやつか?」
「くく、違うさ。俺が愛するのは真葛であって、狐は愛でるものだよ」
軽い会話を交わしたのを最後に、清明はシミュレーションルームを出ていった。
☆
一方その頃、隣接する制御室では。
「お、落ち着いてタマモ! 清明のあれは浮気じゃない……と思うよ!」
「は、はい清明さんはそんな人ではないかと!」
「浮気移り気結構! ええ、私はあのド腐れ陰陽師とは関係ありませんので。ですが! 彼の妻の為、変わりに
「ちょ、クーフーリンも手伝って」
「あいよ。……女ってやつは、怖いねぇ」
その後、清明が笑いながら機嫌の悪い玉藻の横で夕食を摂っているのを、立香達は見たのであった。
高速“真言”は仕様です。
それと皆様のお陰で日刊ランキングに一時ですが一位になりました!
本当ありがとうございます!
いつも誤字報告ありがとうございます。ペコリ((・ω・)_ _))