「ふえぇぇ・・・ここ・・・どこぉ・・・」
とある昼下がり。水色髪のサイドテールを揺らしながら松原花音は呟いた。花音は方向音痴で迷子になることも度々あるのだがまさかいつも行く楽器店に行く途中で迷子になるとは花音本人も思っていなかっただろう。
それほどまでに花音の方向音痴は重症なのだ。
「と、とりあえず誰かに電話を・・・」
ひとまず誰かに連絡しようと携帯を取り出し電話帳を確認する。登録されている名前を見ながら誰にかけるべきか考える。
「千聖ちゃんと彩ちゃんはお仕事中だろうし・・・ひまりちゃんはアルバイトって言ってたし・・・。ふえぇぇ…どうしよう…」
画面をスクロールしながら誰か電話に出れそうな人が居ないか探す。そこである人の名前見て花音の指が止まった。
「…響君」
九重響。花音と同じ学校に通っていってアルバイト先の先輩。
そして───花音が密かに想いを寄せている相手であった。
花音がアルバイトとして入社した時から教育係として接してくれたり、学校でも話しかけてくれる優しい先輩と言うのが響に対する花音の人間像だった。
「響君は今日はシフトもない…よね」
勇気を振り絞って通話ボタンを押す。電話を耳にあて数コールあったあと通話が始まった。
『もしもし、花音?』
「あっ、響君…今大丈夫…?」
『ん?大丈夫だけど』
「あのね、ちょっと…迷子になっちゃって…」
『あー、なるほどな。丁度暇してるし迎えに行くよ、近くに何がある?』
「迎えに行く」という言葉を聞いて花音は嬉しくなって頬が緩む。好きな人に迎えに来てもらえる、というのがどんな形であれ嬉しいのだ。
ある程度近くの建物の特徴を響に伝えると「そこで待ってろ」と指示があった。通話を切ると花音は道の端に寄って響を待った。
■ ■ ■
「響君、まだかなぁ…」
響を待って15分、人の通りはあってもそこに響の姿は無かった。近くの建物しか伝えてなかったため時間がかかるのは仕方の無い事だが待ってる間ひとりのため寂しい思いが混み上がってきていた。
そんな時
「お、花音みっけ。おまたせ」
「…響君!」
タイミングがいい事に響が花音の前に現れた。響の声に反応した花音が駆け寄る。
「わざわざごめんね…みんな予定あって暇そうなの響君だけだったから…」
「誰が暇だよ。まぁ暇だったけど…。ちなみに今日はどこ行こうとして迷ったんだ?」
「江戸川楽器店に…」
「いつも行ってるとこじゃん。なのにどうして正反対の位置にいるんだよ?」
「ふぇぇ…わかんないよぉ…」
涙目で訴える花音を尻目に携帯のマップでルート検索をする響。
「あ、ルート出た。今から向かう?」
「うん、ドラムのスティック折れちゃって明日の練習出来ないもん」
「じゃあ俺もついていく。また迷子になられると怖いからな」
「なーりーまーせーん!…多分」
「方向音痴を自覚しろよ」
多分、というか間違いなく迷子になりそうな花音を置いてはおけず、響も楽器店まで着いていくことにした。
「さ、行くんなら行こうぜ」
「うん!」
先に歩き出す響の後ろを追うように歩く花音。この時響は何も考えていなかったが花音には特別な想いがあった。
「(不本意な形になっちゃったけど…これもデート…だよね)」
そう意識してしまうと花音の顔はみるみる赤くなり恥ずかしさが出てくる。
「彩ちゃんも勇気出したんだなぁ…」
「ん?彩がどうした?」
「なっ、なんでもないよっ!」
いつの間に口に出ていた言葉を響が聞いていたのか花音は慌てて口を噤む。そして先導してくれている響を見つめているとまたも言葉が自然と出てしまう。
「ねぇ響君、手…繋いでもいいかな?」
「か、花音?どうした急に」
自分が言ったセリフに恥ずかしさを感じつつもじっと響の顔を見つめる。
「い、嫌なら全然いいんだけど…」
「嫌ではないけど…手繋いで歩いてたらカップルと思われるぞ?」
「……鈍感」
そう、花音は心の内ではカップルと思われたい。そう考えていたのだ。以前に彩が店の前で手を繋いで帰っていたのを見て自分も響に意識してもらいたい、そう考えていたのだ。
「まぁ花音が良いならいいけどさ」
「じゃ、じゃあ失礼しま…す…」
震える手で響の手を握る。自分から言い出した花音だったが実際は物凄く恥ずかしくて顔が真っ赤だった。
そして、いざ響の手を掴むと大きくて暖かい手の感触が伝わる。
「(恥ずかしいけど…周りからはカップルって思われてるのかな…)」
そう思うと少しだけ嬉しい気持ちになる花音。気がつくと頬が緩んでいた。
■ ■ ■
「今日は付き合ってくれてありがとう、響君」
「おう。まぁ俺も暇だったからな」
あの後は何事もなく江戸川楽器店に到着して花音はお目当てのドラムスティックを購入。その帰りも響と一緒だった。
「もう行く所はないのか?」
「うんっ♪ もう帰るだけだよ!」
「じゃあどうせなら家まで送ってくぞ」
「やっぱり言うと思ったよ、どうせ断っても着いてくるんでしょ?」
「その言い方だと俺が悪いみたいじゃねぇか。俺はただお節介なだけだ」
了承は貰った訳では無いが一緒に花音の家目指して歩き出す。
「毎回思うんだけど…響君て私にだけすごい過保護だよね?彩ちゃんやひまりちゃんにもお節介だけど私には度が過ぎてるっていうか…」
「んー、まぁ花音はほら、方向音痴ってオプションが着いてるからさ」
「そんなオプション付けた覚え無いんだけどなぁ…」
「ははっ、そりゃ災難だな?」
響は笑いながら答えるが花音は「笑い事じゃないよぉ」と頬をぷっくり膨らませていた。
その後も雑談しながら慣れた道をしばらく歩いていると花音の家に着く。
「あ、着いちゃったね」
「だな、そんじゃーまた明日学校でな!」
「うん!…あっ、その前にその…写真撮っていい?」
「写真?何のだ?」
「えっと…響君と私のツーショット…とか…」
「…なんて?」
花音は下を向きながら小さな声で言った。だがその言葉はきちんと響の耳に届いていて響は耳を疑ったのだ。今日の花音はいつもより積極的というのは響自身も気づいていたがここまでとは思わなかっただろう。
「響と私のツーショットを…」
「それは聞こえてるんだけど…さ?今日はどうしたんだよ?手繋いだりツーショットだったり…いつになく積極的だなぁと思ってさ」
「わ、私もこのくらいできるもん!」
「そうじゃなくてだな…まぁいい。写真くらいならどうって事ないが」
「やった!じゃあ撮ろっ?」
そういうと花音はスマホを取り出しながら響に近寄る。
「あ、あの…近くないか?」
「ふぇ?そんな事ないと思うけど…」
体勢的には花音が響の体にくっついてカップルのような絵が画面内に映る。そのまま花音がシャッターボタンを押したが響はそれに驚いてしまう。写真を確認するとそこには少し照れながらも笑顔の花音と驚きの表情でカメラ目線の響が写っていた。
「えへへ、ありがと♪」
「俺の顔よ…」
すると花音は満足そうに響に向き直る。
「それじゃあ今日はありがとうね!おやすみ!」
「あ、あぁ。おやすみ」
花音は家の中へと入っていく。その姿を見て響は1人家路につく。
「えへへ、響君とのツーショット…!」
花音は写真をしばらく見つめてからその写真をメッセージアプリのあるグループに送る。
「送信っと。ふふっ、ひまりちゃんと彩ちゃんどう思うかなぁ…」
するとまもなく既読マークが付き返信が帰ってくる。
上原ひまり『花音先輩!?まさか…!』
丸山彩 『花音ちゃんずるいよ〜(><)』
「宝物…できちゃった♪」
花音は少し悪戯っぽい笑みを浮かべた。
あんま「ふぇぇ〜」って言ってないですね。
次回は閑話にしようかと
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