「おはよーございまーす」
休日のお昼前、響が出勤するとスタッフルームには椅子に座っている店長とピンク髪の女子学生が向き合う形で座っていた。
「おはよう九重。今日からアルバイトの子一人増えるから教育係よろしくね」
「へぇ、アルバイト。何でまたこんなブラックなところに」
「えっ……。ブラックなんですか……?」
冗談交じりで言ってみた響だが女子学生は本気で戸惑っていた。
「九重、これ以上変なこと言ったら時給マイナス800円にするよ」
「冗談ですって。なんですかマイナスって」
店長の本気の眼に少し苦笑いをする。
「とにかくこの子よろしくね。基本レジで」
「了解です。んじゃあ更衣室に案内するから来てくれ」
「はい!」
女子学生は元気よく返事をすると荷物を持って立ち上がった。響はそのまま一緒に更衣室に向かった。
「そういえば名前聞いてなかったね。名前は?」
「羽丘学園の一年、上原ひまりです!」
「羽丘か、結構近いな。俺は花咲川の九重響だ。よろしくな、上原」
ひまりは「はいっ!」と眩しいくらいの笑顔で答えた。
「あ、ここが更衣室ね。中にロッカーあるから空いてるとこ好きに使って」
「わかりました!」
パタパタと更衣室に入るひまりを尻目に響も男性用更衣室へ向かった。更衣室に入ったものの上着の下にバイト用の制服を着ているので上着と荷物をロッカーに入れるだけで準備が終わる。特にすることもないため再びスタッフルームへと戻りひまりを待っていた。
「おまたせしましたっ! 似合ってますか?」
突然奥の方からパタパタと走る音が聞こえたと思ったら、バイト服に身を包んだひまりが響の前に登場した。『研修中』のネームプレートがはち切れんばかりの胸を強調している。
「似合ってるんじゃないか。じゃあ今日はレジからだな。最初は覚えながらだから遅くてもいい。覚えることだけに専念して」
「了解しました!」
敬礼ポーズでニコッとするひまりに少しだけ頬を染めながらも響はひまりを連れてレジに向かう。まだお昼前だからかあまり人はおらず、まばらに何人かが見えるくらいだ。
「それじゃあ説明始めていくね。まずはここから……って、どうした?」
レジに付き、空いているレジで説明をしようと思ったところだったがひまりは響の顔を見たままボーッとしていた。
「あ、いや! なんでもありません!ホントに…!」
「そ、そうか。ならいいけど…そんで続きだけど」
響は自分の顔になにかついてるかと少し顔に手を当ててみるも特に何もなし。まぁいいかとひまりにレジのやり方を教える響。
一通り教えると再びスタッフルームに戻ってきた。
「まぁ大体こんなとこかな。1回休憩したら実際にやってみようか」
「は、はい!」
「そんなに緊張しなくて大丈夫。俺も近くに着くからさ」
空いてる椅子に座り「はぁ」と溜め息をひとつ。やはり少しの緊張だけは取れないようだ。
「15分くらい取るからゆっくりしててね。あとはい、これ」
響はひまりに缶コーヒーを渡す。
「えっ、良いんですか?」
「うん。来る前の自販機で買ったらもう一本当たっちゃって」
響はカポッともう1本自分用の缶コーヒーを開けて口にしていた。
それを見たひまりも缶コーヒーに口をつけた。
「それじゃあゆっくり休憩しててね。あ、さっき教えた内容は忘れないように」
「わかりました!」
最初と同じような元気な声のひまりに少しだけ微笑みかけると響はスタッフルームを出た。
■ ■ ■
(はぁ~…響先輩、かっこよかったなぁ…)
休憩室で一人になったひまりは腕で顔を隠していた。顔は真っ赤で茹蛸のようになっている。
それもそうだろう。今日出会ったばかりの男子高校生に一目惚れしてしまったのだから。
(一目惚れなんて恋愛漫画や恋愛ドラマの中だけだと思ってたけど…まさか現実でこんなことが起こるなんて…)
漫画やドラマを見るたびにすごいとは思うものの、こんなことありえないと割り切っていた自分がこんなことになるとは思っていなかったのだ。
驚きこそしたもののやはり響のことが頭から離れない様子のひまり。
ひまりは別に恋愛体験が無いとかそういうわけではない。羽丘で同級生の男子生徒に告白されたことやバンドで知り合った男性にデートに誘われたこともあるくらいだ。けれども自分からこんな風に好きになる事は無かった。だからこそ驚きと戸惑いを隠せないのだ。
(ご飯とか誘ったら来てくれるかな…。けどいきなり誘ったら迷惑…?)
ひまりの響に対する好感度は一気に上がったみたいで、自分から攻め込みたい一心だった。
(と、とりあえず仲良くなるところから始めなくちゃね! うん! 絶対そのほうが良い!)
ひまりはぐっと手に力を入れ意気込んだ。その時
「上原、そろそろ休憩終わりだ。…って大丈夫か? 顔真っ赤だけど」
「わぁ! ビックリした、響先輩かぁ…。大丈夫ですよ。なんでもありません」
休憩室の扉を開けたのは響だった。
いきなり開いた扉に驚いたひまりは声を上げて立ち上がってしまった。
「それよりそろそろ休憩終わりだ。いけそうか?」
「き、緊張はしてますけど…響先輩がいるなら大丈夫です!」
「お、おぉ。なら大丈夫だな。じゃあ行こうか」
響が先導する形でスタッフルームを後にする。移動の間もひまりは響の後姿から視線を外さない。
「……響先輩って彼女いるんですか?」
「なんだいきなり。嫌味か?」
「そ、そういうわけじゃなくて! 単純に聞きたいだけですよ、興味本位です!」
「いないよ。特に女性と深く関わってきたわけじゃないし」
その答えを聞いたひまりは悪い事を聞いたなと思いつつも少しだけ喜んでしまっていることに気がついた。
それはもちろん、響に彼女が居ないとわかったからだ。
「そうなんですか。でもここに女の子はいますよね?」
「まぁ何人かな。それでも付き合えるかは別の話だ。俺だって誰でも良いわけじゃないし」
「なるほど~。じゃあ私なんてどうです? 彼氏もいないフリーですよ!」
「好きでもないやつにそんな事言うもんじゃないぞ。相手が相手なら勘違いするし。それよりレジの使い方忘れてないよね?」
「バッチリです!」
レジに着くといよいよ接客本番だ。少しばかり緊張するひまり。
「ミスしてもいいから笑顔で、基本的にマニュアル通りにやれば大丈夫だから。わからないことあったら俺が近くにいるからその都度呼んで」
「わ、わかりました!」
レジに立って深呼吸。その後隣のレジに並んでいる客を呼ぶ。
(大丈夫、練習通りにやれば)
初めての勤務は少し緊張した状態でスタートした。
■ ■ ■
「……っていうのが私と響先輩の出会いで~」
「……え?」
「ん?」
自慢げに話すひまりだが、彩と花音はポカンとした表情をしていた。その隣でストローに口をつけ飲み物を飲んでいる響。
「ひ、ひまりちゃん……? それって……」
「ただひまりちゃんがバイト初めて、響君に一目惚れしたって話だよね……」
そう、ひまりとの出会いは特に何かトラブルがあったとか、感動エピソードがあったわけではない。ただバイト先にひまりが来て、教育係になって、仲が良くなっただけなのだ。
「でも間違ってないですよね? 響先輩」
「まぁそうだな。一目惚れは違う気がするけど」
「それじゃあ次は彩先輩ですね! どんな話かなぁ~!」
「な、何かハードル上げられてる……?」
苦笑いをする彩に花音とひまりの熱い視線が集まる。
「今更だけど、これは何の罰ゲームなんだ?」
「罰ゲームなんて人聞きが悪い! ただの暴露話ですよ」
「それを罰ゲームって言うんだ。わかるか? ひまり」
「ま、まぁまぁ。流れ的に私も言わなきゃダメだよね」
何故かやる流れになってやる気を出している彩。響の味方はもはやいなかった。
ありがとうございました!
次回は過去編最後の彩ちゃんでありますね
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