「え? カミトさんの他に……ですか?」
アークスシップは艦橋。広大な宇宙を一望出来る特等席に据えられた、この艦の指揮所である。その管制席で、一人と一体は業務そっちのけでとある話に花を咲かせていた。
「そうそう。彼がものすっごく強いっていうのは分かるんだけど、他にもそういうアークスって居ないのかなあって」
宙を浮く球体に寝そべりながら、アルマは先刻からの疑問を投げかけた。その問いを受け、シエラの表情は一気に色味を帯びる。
「モチロンです! お忘れですか、アルマさん。カミトさんが眠っていた二年もの間、アークスは強まるダーカーの脅威に彼抜きで連戦連勝の大健闘を見せています! 加えてあの人の任務に同行する方々は、そりゃあもう強いのなんの!」
シエラが担当するカミトというアークスは、その中でも比類なき戦績を収める強者だ。彼女はそれを誇りに思うと同時に、言い表せない万感の思いがあった。見た目こそ成人のそれだが、シエラは通常のキャストと違い、初めから成体として作られたハイキャストだ。齢二年の彼女にとって、カミトという"生きる英雄譚"の存在は鮮烈で、彼女の好奇心を大いにそそるものだった。
現に彼女は暇さえあればカミトの過去のログを見返し、フォルダ分けをして整理している。その徹底ぶりを何度カミトに呆れられたか分からない。
しかしカミト自身、シエラの行為をあまり悪く思ってはいなかった。プライベートが殆どないと言えば中々恐ろしい管理体制だが、自分の様子を語るシエラの瞳はまるで恒星のような眩い輝きを放つ。
カミトはそれをむず痒く思うことはあれど、悪い気を起こすことは一度もなかった。
アルマはその瞳の輝きが、何処から来るモノかを知っていた。それは憧憬という感情。目の前で繰り広げられる激闘の数々。生まれたばかりの彼女に与えるその刺激は相当なものだったろう。
まるで自分のことのように高揚を高めるシエラを制し、アルマは話の続きを促した。
「それでねシエラちゃん。もしよかったら、その時のログも見てみたいなあって思ったんだけど……いいかな」
「そういうことでしたら私に任せてください! 不承シエラ、とっておきのを秘蔵映像をご用意させていただきます!」
せわしなく操作する端末を、アルマは興味深そうに眺める。アルマにとってここにある先端技術は全て未知のモノだ。過去の存在である彼女にとって、物珍しい目の前のそれらに触れることが出来ない現状はかなり酷な状況だろう。
現在この艦橋に居る人物に、見た目通りの年齢の者は居ない。シエラが見た目に反して幼いのに対し、アルマは外見年齢より実年齢が高い。ふわふわと宙に浮く彼女を幽霊のようだと誰かが評価したが、その表現は的確に的を射ていた。
アルマは初代クラリスクレイスとして、四十年前の大戦で健闘した大英雄だ。しかし彼女はその後、【巨躯】と渡り合える彼女の能力に目を付けたルーサーの実験によって死亡している。それ故に、幽霊と呼ばれてもそれは決して間違いとは言えないのだ。
実際は幽霊などではなく、彼女はアルマの意識が具現化した存在なのだが……それについては語るべきは今ではないだろう。
「検索完了しました! 現在シャオは司令部に、マトイさんはメディカルチェック中です。二人の居ぬ間に、思う存分堪能しちゃいましょう!」
シャオはともかく、マトイは一緒に見たいんじゃないかなと、アルマは思うだけに留めた。マトイとカミトのことだ、きっと既に彼らの間で共有されている話題だろうと察しが付いたからだ。
やがて操作される端末に同期して、巨大なスクリーンに映像が映し出される。まるでその場にいるかのような臨場感に、アルマは堪らず息を呑んだ。
「相手は『エスカファルス・マザー』。この時既に他惑星で異常事態が発生していたのですが……その直後、月面のエーテルが急激に活性化を始めてしまいました。突如現れたマザーに割ける人材は居らず、カミトさんは任務を現場の仲間に預けて単身で向かおうとしたんです」
映像を一目見た瞬間、アルマの脳裏に一つの疑問が生じた。それも当然だろう。何故なら通常十二人で相手をする大敵を前に、現れた背中はたったの二つ。到底考えられない、これで挑むのは無謀とも言える状況下に彼らは居た。
「流石の私も、何度もカミトさんを引き留めましたよ! ですがカミトさんは、何度訴えても『絶対に大丈夫だから』の一点張り! 本当に頑固なお方です……あんな風に言われたら止めろと言う方が無理だって話ですよ!」
憤慨するシエラは両手を投げ出して降参のポーズをとる。その間も片時すら映像から目を離さないのが実に彼女らしかった。
「ですが、如何に強いと言ってもカミトさんは病み上がりの身です。私も負けじと粘って、なんとか同行者を一人以上付けるよう説得したんです……はぁ……」
低く唸るような溜め息をつき、肘掛に立てた腕にどっかりと顎を下ろす。およそ少女の外見で取るような行動ではなかったが、それが手伝って余計にシエラの気苦労がありありと伺えた。
シエラが話す間にも、激戦の状況は瞬く間に移り変わる。
縦横無尽に飛び回る四腕を砕く、白妙と銀灰の流星。尾を引くフォトンの煌めきはあまりに美しく、剣戟の音は唄うように珠玉の妙技を響かせる。玲瓏奏でる二人の攻防を前に、アルマは自然と視線が釘付けになっていた。
「この、甲冑を着たアークスは?」
特徴的な甲冑と、
スクリーンに映る彼ら背中を見た時、アルマは朧気な既視感を覚えた。しかしその正体を探る思考は、シエラの返答から得た新たな情報によって片隅へと追いやられてしまった。
「彼女はカミトさんが選んだ同行者の方で、名前を盞華さんと言います。……なっくるざむらい? を生業といているナックル使いのアークスです。チームの運営もしていて……ぶっちゃけた話、カミトさんよりも人望はかなり厚いです」
なるほどなとアルマは思った。確かにカミトは英雄としてアークスの中で知れ渡っている。だが当の本人があまり人懐っこい性格ではなく、その毅然とした佇まいから恐れられがちな傾向にある。
仲間はそれなりに多いが……カミトに人を先導するような真似は、例え逆立ちしても出来ないことだろう。
「これは仮の話にはなりますが……もし状況が違えば、
シエラの言う状況とは、カミトの持つ浄化能力を指すのだろう。つまり盞華の実力はカミトと拮抗、或いはそれ以上の能力を持っているかもしれないと、シエラは語ったのだ。
アルマにはそれが到底信じられなかった。具現化して以降カミトの動向を見ていた彼女は、その突出した戦闘能力を知っている。それを凌駕することは、例え六芒であっても難しいだろうことも。
故に、シエラがそう語る彼女の存在に、アルマは必然と興味を惹き付けられた。
「あっ! マザーがいよいよ本気を出し始めますよ!」
眷属を駆逐され怒り狂う巨影が、双者に覆い被さるように諸手を広げる。それに相対する彼らの体躯はあまりに矮小で、客観的に見れば絶望的な状況以外に取りようがない。
しかしその時、アルマは確かに見た。圧倒的な死を目前にした彼らが、口元に獰猛な笑みを浮かべているその様を。
行けー!と、椅子から乗り出して騒ぐシエラすら視界に映らない。アルマは奮闘する彼らの勇士に、既に心の大半を奪われていたのだ。
記録は終わりへと近付いていく。映像に見入るアルマとシエラの拳は、無意識のうちに堅く握り締められていた。