腕には殺したばかりの、紅蜘蛛の臓物と、俺の髪の色と同じ朱殷の液体がこびりついている。
周りに広がるのは、鉄臭さだけ。
風の吹く音も、虫の鳴き声も、動物が動く音さえ……何も聞こえない。
本当は音はあるのだろう。ただ俺が音が聞こえないと、そう錯覚しているだけだ。
俺は自分の意志で、初めて妖怪を殺した。
相手の命乞いを無視しながら、怒りに任せて痛い台詞を吐きまくり……。
俺は、命を奪ったんだ……臓器を中から抉りだした感覚や、肉を燃やした感覚は、俺の中に残っている。まともな精神を持つ者なら罪悪感を感じるはずだ。
―――だけど、俺が感じるのは……途方もない既知感。
デジャブと言った方が良いか?
俺は前世も合わせて、殺したことは初めての経験の筈だ。なのに、前にもこんなことがあった、そんなことを感じてしまう。こんな残虐なことを前世では普通だった俺が出来るわけがない。何より、こんな力は俺にはなかった。
――――――その時だった。
俺の頭の中に、全く覚えのない映像が浮かぶ。
欠損が全くない者達の死体の山。
死体達の顔は、本当に死んでいるのか? そんなことを考える程に、穏やかで満ちているものだった。
その死体の周りを、雪白と漆黒の二色の蝶が鮮やかに舞っている。
死体が無数に並ぶ悍ましく、とても異常な光景。その場所には生が無く、死のみが全てを支配している。この場に居る蝶は死んだ者達の魂が形になったようで――――。
「空亡!」
「……どうした静水久?」
「話しかけても反応がなかった、大丈夫?……なの」
静水久の声で意識が戻る……どうやら俺はぼけっとしていたらしい。
周りを見渡してみると、いつの間にか辺りを夜の闇が支配していた。その闇を青白い月光が、切り裂くように照らしている。
俺は、自分が殺した紅蜘蛛の死体に目を向ける。
体に穴が開き、脇腹を抉られて、体中が焼け焦げた紅蜘蛛。その顔は恐怖に歪み恐怖を持っている。死ぬ瞬間、どんなことを思ったか俺には分からないが……。
「あぁ、大丈夫だ。それよりどうしたんだ?」
「道を見つけたこれで私を方向音痴とは言わせない……なの」
「一回も言ってないんだが……まぁいいか。というかその道で会ってるのか?」
「私の勘を信じろ……なの」
それは、信じていいのだろうか?
俺は不安でたまらなかった。今までの経験から分かるんだが、勘というのは当てにならない。幾度となく自分の勘を信じて行動したことがあるんだが……その結果が良かったことは片手で数える程しかない。
「むぅ、その顔は信じてないみたい……なの」
「いや信じてるぞ?」
「疑問形で言っている時点で、信じる気が全く感じられないの」
「それは気のせいだ……気のせいだ……気のせいだぞ?」
「もういいの。空亡が私の事を馬鹿にして居る事は、十分に分かった……なの。でもいいのこれでも私は大人、このぐらいでキレる筈がない……なの」
そう静水久は言っているが……その手に水を集めながら言っても説得力がない気がする……。やっぱりロリキャラはキレやすいのか――――。
ひゅん。
そんな音が、俺の耳の近くを通り過ぎた。
その音がした方を、俺は見ると……見た瞬間に木が崩れ落ちた。
おかしいな、木ってそんな簡単に切れないと思うんだけど……あれ? それって俺の勘違い?
「空亡? 今私を馬鹿にしたよね……なの」
「そんなことはないからな……ただ萃香より小さいなとか思って――――あ」
「その萃香という奴はわからないけど……私をここまで馬鹿にしたやつは、初めて……なの。話は変わるけど最近、噂になっていた紅蜘蛛がここまで弱かったのは驚き……なの」
「こいつ有名だったのか?」
「最近、ここらへんで妖怪が消えているという相談が私に来てたの。だけど尻尾がつかめなくて……なの。それで二人組の妖怪が主に狙われているという。情報だけが手に入った……なの。でも中途半端な実力を持つ妖怪じゃ負けるかもしれなかったから、空亡を餌に使わせてもらった……なの」
「……おい……それ先に言えよ。言ってくれたら普通に手伝ったのに」
「空亡……怒らないの? 私は貴方を餌に使った。普通なら怒る……なの」
「だって俺は死ななかったしな、怒る理由が無いだろ? それに、いま倒さなかったらもっと被害が増えてきてたかもしれないだろ?」
「空亡……あなたは馬鹿……なの」
「だから言ってるだろう? 俺は阿保だ」
「空亡は阿保で馬鹿……なの」
「……馬鹿は余計だ……そういえば静水久、どうやって父さん達の所へ帰ればいい?」
「それなら、いい妖怪がいる……なの。私だけなら一瞬で移動できるけど空亡は無理……なの。私一人で。ちょっと呼んでくるの」
そう言った瞬間に、静水久の姿が水へと変わり、一分ほど経ってから元の姿に戻った。
「すぐ来る……なの」
もう呼んだのか? 早くない?
「誰がだ?」
そう聞いたが、今呼びに行った妖怪の事だろう。どんな妖怪何だろうな? 待てよ、静水久の力だと自分が以外は移動させる事が出来ないんだよな……なら、その妖怪は自分で移動する力を持っているか、近い所に居るという事だろう。
前者だと確実に強い妖怪だし、後者だとただの馬鹿だ。そんなことを考えながら三十秒待つと、空間が開いた。比喩ではなくぱっくりと黒い穴が空間に開き、その中には恐怖を煽る様な無数の目玉が。
そして穴から……西洋傘を持った金髪蒼目の女性が現れた。
その女性を俺は知っている。
本来は、東方の世界に住むはずの大妖怪。
本来操る事も見る事すらできない、境界を操る事が出来る、朧と同じ一匹しか存在しない伝説の妖。
「静水久? いきなり私を呼び出して何よ? 私……まだ眠いんだけど――――骸鬼?」
八雲紫そのものだった。
短編と、異種族が共存する学園の鬼というオリジナル作品を書いてみたので。良ければ読んでみてください。それとリクエストあと二体ほど募集します。だけど……一つ条件が、まだ一回もリクエスト送ってない人限定です。