〜「if」もしも、あの時あの選択をしていなかったら〜 作:クロノス@百合おじさん
暖かい春風が頬を撫でる。桜の木が、そこら中に広がっている。春。出会いと別れ、新しいスタートの季節だ。新しい学校に入学する者、新しい会社に入る者。同じ環境でも、進級や昇進で、新しい立場でスタートする者。かくいうこの俺、比企谷八幡も、今年から高校三年生になる。とは言っても、文理別でクラスを編成したのにもかかわらず、二年の頃同じクラスで、少なからず話していた者は全員同じクラスになった。葉山グループや、川なんとかさん。相模南、そして、マイスイートエンジェル戸塚たん。いやマジで、今年も戸塚と同じだなんてこれは運命だな。うん。神様が俺と戸塚をくっつけようとしているに違いない。などと、戸塚エンドを妄想しつつ、進級しても新鮮さの変わらない面子に、特につまらなさを感じることもなく、何も変わることなく、新しい一年を過ごすのだろうと思いながら、自転車に鍵をかけ、昇降口へ向かった。
「あっ、せんぱーい!」
と、聞き慣れた声が聞こえた。でもまあ、先輩なんていっぱいいるし、きっと俺ではないのだろう。むしろ、ここで振り向いて自分ではなかったら相当恥ずかしい。呼んだ側が俺に気づいていなくても恥ずかしい。そういうわけで、無視して歩いていると、首根っこを誰かに掴まれた。
「ちょっと、なんで無視するんですか、1人で大声出してるみたいで恥ずかしいじゃないですか」
と、さっきの媚売りまくりの猫撫で声とは一転して、氷点下の方がまだ暖かいのではないかと思うほど冷たい調子で、一色いろはは話しかけてきた。
「ん?俺呼ばれてたのかーいやー全く気付かなかったわ」
と、当然のごとく嘘をつく。小学校の頃のあだ名が嘘八幡とよばれるくらいには、嘘には自信がある。まあ、そのあだ名になった理由に嘘は関係ないんだけどね。
「いや先輩そんな棒読みで言われても説得力ありませんよ」
あっさり見破られてしまう。駄目じゃん嘘八幡。
「ま、まあいい。んじゃ、俺今日日直で急いでるから」
と、懲りずに嘘をつく。こいつと関わると碌な事がない。どうせまた、生徒会の仕事を押し付けられるに決まってる。
「今日の日直は由比ヶ浜先輩ですよね。どうして嘘つくんですか?」
怖っ!!いろはすこっわっ!目にハイライトがないのと、声のトーンがとてつもなく低いのもだが、一番怖いのはうちのクラスの日直事情を把握しているところだ。
「なんでうちのクラスの日直事情把握してんだよ…」
まあ、どうせ葉山狙いだろうが。日直の時間なら、誰にも邪魔されないだろうからな。
「たまたま昨日由比ヶ浜先輩と話していて、その時言ってただけですよ。あ、もしかして先
輩わざわざ日直の時間調べてまで俺に会いたかったのかいろはすとか思ってます?先輩にそういう気持ちは今の所ないと思うのでごめんなさい無理です」
相変わらずの早口で何を言ってるのかさっぱりわからないが、俺はまた振られたらしい。
「というか、そんなことを話しにきたんじゃないんですよ。先輩、助けてください」
ほれみろ、やっぱり碌な事が起きない。しかもあえて内容を言わず、先に結論を聞くあたり、一色も俺の行動パターンがわかってきている。大抵のやつならここでYESと言ってしまうのだろうが、精錬されたプロぼっちたるこの俺はそう簡単には折れないぞ。
「まあ待て、内容を聞いてからだ」
「再来月に文化祭があるじゃないですか。生徒会はもう準備の会議とかに入っているんですけど、予算との折り合いとか、プログラムが時間内に入らなかったりとか、いろいろこまってるんですよー」
もう生徒会も準備を始めているのか。まあ、去年は雪ノ下が倒れたからな、学校側も、早く準備を始めるべきと判断したんだろう。しかも一色の口ぶりからして恐らく春休みくらいから。入学式や始業式もあって相当忙しかったんだろうな。よく見ると一色も最後に会った時よりも少しやつれているような気がする。しかし、気になることもある。
「プログラムなら、例年のをパクればいいんじゃないのか?予算にしても、普通足りると思うんだが」
「そうなんですけど、どうせなら、自分のやりたいようにしたいなと」
と、一色は言った。悪く言えば職権乱用のような気もするが、何もしないでパクるのよりはずっといいのかもしれない。一色も自分なりに、生徒会長の役目として学校を盛り上げようとしているのだと考えると、手伝うのもやぶさかではないのだが…
「それなら、俺より雪ノ下に頼るべきなんじゃないか?あいつならうまくやってくれるだろうに」
と、聞くと、一色は悔しそうな表情で
「そうでしょうね。雪ノ下先輩なら…でも、じゃあ駄目なんです…」
と、答える。
「なんでだ?」
「先輩たちは今年で受験生。勉強で忙しくて奉仕部の活動もままらないでしょう。私も、もう先輩たちに頼ってばかりではいられないんです」
一色はそう答える。…てか俺に頼るのはいいのね。
「なるほどね。まあ、そういうことなら、俺1人で手伝うわ」
「ありがとうございます!それじゃあ、今日は始業式で忙しいので、明日の放課後から、お願いします!」