俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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ハーメルンの管理者様、読者の皆様。そして、原作者様。
二次創作を投稿できる場所と、申告せずにいらっしゃる権利者様。
そして、激励の感想をくださったすべての方に心より御礼申し上げます。


第十話:レイフォンという男 下

 ● 

 

 レイフォンは公休を多く取ることになった。特に武芸科の授業はほぼ受けていない。一般教養科は出席しているが、終われば即座に訓練に向かっていくなり、簡易複合錬金鋼(シム・アダマンダイト)の調整のために錬金科に行ったり、カリアンやほかの技術者たちとの打ち合わせがあったり、と忙しかった。

 そんな忙しいなかでも、三人娘に食事に誘われるのは楽しみなことではあった。

 気付けば、メイシェンにお弁当をご馳走になるのが恒例となっていたので特に。

 実際、食糧事情が安定している環境で(つちか)われた料理は、かなり美味しい。

 今日は珍しく教室ではなく屋上に移動したが、なぜか他に誰も居ない。

 ベンチに仲良く座ってお食事はいいんだが……。

 

「ねぇ、レイとん」

 

 今日はミィフィがやたらぐいぐい来る。

 無視して食うか。

 

「……( ^ω^)はぁふ、がつがつ!」

「いつも美味しそうに、食べてくれる、から……。うれ、しいです」

 

 メイシェンいつもありがとう最高です!

 ただ、俺のより料理美味いんだよなぁ、メイシェンの料理。

 美味しいのは素直に嬉しいけど、地味にショック。リーリンに負けて以来のショック。

 

「レイとんさぁ、小隊の訓練終わったあとに遊びに誘おうにも居なかったりするんだけど。都市警のバイトも名前を置いてるだけでシフト入ってないし、おかしくない?」

 

 ミィフィって話しかけんなオーラ見えないんすか?(素)

 あと、なんで教えてもいないシフト知ってんだよ。

 無視してても、絶対こっちが反応するまで押してくるのやめてくれないですかね。

 仕方ないのでしっかり、飲み込んでから、

 

「……っ。おかしくはない。忙しいからな」

「なんで?」

「何も聞くな」

 

 下からミィフィが覗き込んで来た。

 なんというか、じっとりした視線がきつい。

 黙々と美味しいお弁当を食べ続けていると、ナルキが補足するようにこう言った。

 

「まぁ、都市警のシフトが入ってないのには理由がある。レイとんが強すぎて他の人の仕事が無くなったからな。空きの有った臨時出動員になってもらったらしい」

「へぇ」

「ほかの人員で対処できないときとか、絶対に制圧しなきゃいけない場合とかは呼ぶそうだ。だから都市警では忙しくない。他の忙しい原因はなんなんだ?」

 

 ナルキさんやりますね、フォローかと思えばそんなことないんすねクソが。

 実際、言えないものは言えないんだけど、どうすっかなー。

 あ、このほうれん草のおひたしっぽいの美味しい。

 一口食べるごとに嬉しそうな顔するのねメイシェン。

 こっちまでほんわかだよ。ええ子や……。

 

「何も言うべきことはない」

「レイとんにそんなこと言われたら泣くぞ。──メイっちが」

「えっ?」

 

 レイフォンの食事をニコニコしながら見ていたメイシェンは、急に呼ばれたのできょとんとして周囲を見渡した。

 

「えっ……と?」

「ああ、大丈夫だメイ。そこの欠食児童を腹一杯食わせてやるといい」

「美味しそうに食べるもんねー。そこはちょっとメイっちの気持ちもわかるかも」

「…………」

 

 いや違うんすよ。

 メイシェンのお弁当が美味しいだけで、食い意地張ってるとかではなくてですね……。

 話題……! なんか話題を変えるしか……!!

 

「都市警については、明後日に出動があるぞ。ナルキもだ」

「明後日? 聞いてないが?」

 

 ナルキが食いついてくれました。

 勝ったなガハハ。

 

「データ窃盗犯の確保だ。フォーメッドは、タイミングよく来た放浪バスでの逃亡を試みると踏んでる。データは未発表の遺伝子配列法らしくてな、確実に回収したいのだそうだ」

「ふぅん? まぁ、分かった。でもそれは明後日のことで今まで忙しかった理由じゃないよな」

「…………」

 

 いや違うんすよ(10秒ぶり2度目)

 ぜ、全部武芸科って連中が悪いんだ……! あいつら弱くて役に立たないからさぁ!

 戦力が俺しかいないとか、そんなこと公表とかできなくてね。

 つまり俺は悪くぬぇ。

 

「ねぇ、どうしても言えないの?」

 

 悪いなミィフィ。

 何も言えないんだ。文句はカリアンにオナシャス。

 

「つ~まんない」

「もう、俺のことは放っておけ」

「そんなに美味しそうに食べながら言われても説得力ないけど」

「そうだぞレイとん。メイは確かに料理上手だが、ここまでしっかり胃袋を掴むとは思ってなかったな」

「レイとん、美味しい?」

「…………」

 

 いや違うんすよ(10秒ぶり3回目)

 そういう方向の発言はやめてもらっていいですか(泣 

 

 ●

 

 翌日。

 朝を完全に過ぎ、既に昼に近い時間。

 夜戦グラウンドには三人の人影があった。

 一組の男女が、空を舞う一人を見上げている。

 生徒会長権限によって最優先の使用権を持つ、縦横無尽に飛び回るレイフォンだ。

 都市外戦装備に身を包み、簡易複合錬金鋼を振るう彼は明らかに常軌を逸していた。

 彼の動きを見ていれば、ツェルニの学生とは完全に別格であることは念威繰者のサアラ・ベルシュラインでも分かる。

 雌性体を一息に殺せる剄技。

 幼生体を蹂躙する剣技。

 他を圧倒する剄量。

 間違いなく最強の武芸者だと理解させられる。

 ややあって、レイフォンが空中から静かに着地。フェイススコープを脱ぎ捨て、こちらを見た。

 

「映像にブレはなかったが、お前の感覚はどうだった?」

「行けそうですっ! 映像に乱れ無し、移動速度も問題ありません!」

 

 苦節ほにゃらら日、サアラにとって苦行の毎日だった。

 朝から夜戦グラウンドで飛び回る変態軌道を捕捉し続け、映像を正確に描写する。

 言葉にすればそれだけだが、レイフォンは余りに速すぎた。

 どうやっても念威端子が追いつかず映像を提供し続けられなかった。

 ……ですが、これなら行けます……!

 ひとつの念威端子での捕捉を諦め、ふたつの念威端子をフェイススコープに固定。移動による負荷をゼロにすることでなんとか実現したのだ。

 

「よくやった。距離限界はどの程度だ?」

 

 その証拠にレイフォンですら称賛を口にした。よくやった、と。

 念威繰者は感情が薄い性質を持つが、これは本当に嬉しい。

 歓喜という感情を明白に理解した瞬間だったとすら思った。

 だから、とサアラは胸を張ってこう言った。

 

「私の探査限界まで安定して可能です。今なら、三キルまで行けそうです」

「そうか、いいだろう。では、継続の訓練を行う。今から二十四時間、この念威を継続しろ」

「──え゛っ!?」

 

 サアラには言われた言葉の意味が理解できなかった。

 ……なに言ってんだコイツ。頭おかしいのか?

 ややあってから、サアラは口を開き、

 

「い、今から……? ほら、私たち結構訓練で疲れてますから休んでからで──」

「老生体戦では70時間以上戦闘が続く場合もある。24時間など最低限だ。──やれ」

「……ぁぃ」

 

 ツライ(´・ω・`)……。

 サアラは泣きそうだった。

 というか泣いた。

 頭おかしいとしか思えなかった。

 朝から必死に訓練して、ようやく課題をクリアしたところだというのに、とサアラは内心で悲しみ、どんどんと怒りが湧いてきた。

 この邪知暴虐のクソガキをしばき倒さねばならぬ。

 だから、とサアラは振り返り、同志となる予定のゴルネオを見た。

 朝からずっと蒼剣に襲われ続けている男を。

 

「ゴルネオ、活剄が弱い。早く立て直せ」

 

 もっと酷かった。

 活剄と衝剄の基礎訓練として、朝からずっと不意に飛んでくる青い剣に対処することを強いられているゴルネオは明らかに限界だった。

 

「ぐ、うぅっ……!」

「遅すぎる」

「ごほぁっ!?」

 

 レイフォンは、一瞬でゴルネオの近くに接近していた。ゴルネオがそれに反応するよりも早く、容赦なく殴り倒していた。

 無慈悲すぎて、サアラは普通に引いた。

 ……なにこれ怖っ……。

 レイフォンは倒れたゴルネオを冷ややかに見下ろしながら、

 

「いつまで寝ているつもりだ? 立て」

 

 言葉を吐き捨てるように言うが、ゴルネオには対応する気力すら残っていないようだった。

 動けないゴルネオを見ていたレイフォンはややあってから、吐息をひとつ。

 

「──今日はここまでだ。俺はこれから都市警に行かねばならん。ベルシュラインは念威でサポートしろ。都市外戦装備は着たままで行く」

 

 言葉の通り、都市外戦装備を着たままレイフォンは夜戦グラウンドを出ていった。

 念威端子に映像を映し続けながら、サアラはため息を吐く。そのままゆっくりと倒れたままのゴルネオに近づいていく。

 

「ゴルネオ隊長、大丈夫ですか? 病院に連れていきますか?」

「……今は……、無理だ……」

 

 無理もない、とサアラは思う。

 朝からずっと活剄を維持し、刺し殺しに飛来する剣を弾き続けたのだ。

 レイフォンは達人なら一ヶ月以上活動し続けられると言っていたが、ここは学園都市で、ゴルネオもまた学生でしかない。

 疲れない方がどうかしている。

 

「いつか絶対ぶん殴ってやりましょうね、隊長」

「……無理、死ぬ……死んじゃう……」

 

 それはそうかもしれない。

 ちょっと否定できそうになかった。

 

 ●

 

 外縁部にある宿泊施設側のビルの上に、レイフォンは来た。

 既にナルキと、その上司が居た。

 都市警でのナルキの上司は養殖科の五年生、フォーメッド・ガレン。

 小柄だががっしりとした体つきの男で、見た目だけなら鍛冶屋でもやっていそうな印象を感じさせた。

 レイフォンはナルキ達と並び、彼ら視線の先を見た。

 

「あれか」

 

 見下ろす視線の先、ツェルニの外部への入り口である放浪バスの停留所があり、すぐ近くには宿泊施設がある。

 そこに、ターゲットが居るのだという。

 

「ああ、連中はあそこに宿泊中だ」

 

 答えながら、フォーメッドはちらちらとこちらを盗み見ていた。

 そして、ややあって、戸惑いながら、

 

「……それはいいんだが、その前に聞いていいか?」

「ああ」

 

 レイフォンが続きを促すと、フォーメッドは困惑のままに問いを投げた。

 

「なんでそんなのを着込んでいるんだ?」

 

 レイフォンは自身の姿を再度認識する。

 汚染物質遮断スーツに身を包み、各種錬金鋼まで備えている。都市では滅多に見られないはずの完全装備であった。

 なるほど、とレイフォンは思う。フォーメッドの疑問ももっともだ、と。

 都市でこんな装備をしているなど普通のことではない。

 しかし、汚染獣のことは(おおやけ)にしない方針だ。だからレイフォンは何でもないようにこう言った。

 

「ああ、これか。念威繰者の訓練だ。気にするな」

「……そうか」

 

 まあいい、とフォーメッドは眼下の宿泊施設に視線を移して説明を続ける。

 

(くだん)のキャラバンの一団は二週間滞在している。が、最悪なことに次の放浪バスが来てしまっている」

 

 対象の一団は、農業科の研究室を荒らして、未発表の新種作物の遺伝子配列表のデータを盗み出した。

 目撃者により犯行は確定し、データの返還、データコピーによる不正持ち出し防止のため、データ系統の商品と所持品の全没収を宣言する。それで終わりになるはずだった。

 隠しようもない怒りに顔を歪ませながら、フォーメッドは淡々とした口調で説明を続けた。

 

「補給と整備に三日。手続きも含めて時間稼ぎはしたが、明日の早朝には出発してしまう」

「今夜には動くだろう」

「おそらく、な。問題は実力行使になったときの向こうの戦力だ。こんなことをやらかす連中だ。確実に戦力がある。学園都市から掠め取ろうなんて連中は絶対に許せん。頼むぞ」

「それは構わん。武芸者の義務と受け取ろう。だが、ひとつ聞かせろ」

 

 状況を把握したレイフォンは、フォーメッドに身体を向けて、視線を合わせた。

 

「どこまでやるべきだ? 殺すならすぐに終わるが」

「────」

 

 フォーメッドは絶句した。そして、彼が再び動き出すよりも早く動き出す者が居た。

 ナルキだ。

 ナルキはレイフォンの肩を押さえつけるように掴むと、烈火の勢いで怒鳴った。

 

「誰もレイとんにそんなことをしろなんて言わない! 捕まえたら追放すればいいだろう!!」

「……そう、か」

 

 人類は汚染獣に敗北しているにも等しい。

 人類に、いちいち人間を殺すような余力など無い。

 ましてはここは学園都市。

 殺しなど、あってはならない。

 

「そうだったな、悪かった」

 

 ●

 

 ナルキは、ビルの上から宿泊施設を監視し続けることに退屈を感じていた。

 既に夜であり、周囲は薄暗がりに覆われている。

 見下ろす先。

 宿泊施設の周囲には、都市警の機動部隊が配置されていて、二人組の交渉人が向かっていくのが見える。

 そろそろ事態が動くというときだ。

 不意に、レイフォンがナルキを呼ぶ声がした。

 

「ナルキ」

「どうした?」

「──礼を言う」

「いいんだ。あたしは、むしろこっちが礼を言うべきだと思ってるからな」

 

 レイフォンの視線を合わせもしない感謝は、彼らしいものとすら感じるものであった。

 だから、とナルキは思う。

 もう少し普通に生きればいいのに、と。不器用すぎる、とも。

 本人は気付いていないみたいだが、メイシェンの弁当を食べているときは表情に自然な笑みが浮かんでいる。

 指摘もしてやらないが、メイシェンが満面の笑みで見ているのはそれなのだ。

 

「レイとんは知らないみたいだが、小隊員は都市警の臨時出動員なんてそもそも受けないんだ。小隊員がやる仕事じゃないって。だから気にしないでくれ」

「戦闘力を必要とする、都市の運営に関わる治安維持に協力することに異議はない」

 

 言葉や態度は堅いが、実際に手を出すようなこともない。

 武芸者としては非の打ち所がなく、途轍もなく強い。

 賭け事はどうかと感じる。しかし、餓死の危機を身近に感じて暮らしてたのであれば仕方ないともナルキは思っていた。

 レイフォンからすれば裕福に暮らしていたことは間違いないからだ。

 

「そっか、やっぱりレイとんはいいやつだな」

「フン、くだらん」

 

 と、そのときだ。

 宿泊施設から轟音が響いた。

 衝剄の炸裂する甲高い音だ。

 宿泊施設の入り口が吹っ飛び、転げるようにして交渉人たちが飛び出してきた。

 交渉人たちのあとを追うようにして出てくるのは五人の男たちだ。

 最後尾の一人がトランクケースを持っている。

 連中を睨むように見ていたレイフォンが、言った。

 

「──五人全員、武芸者だ」

 

 ナルキには、武芸者かどうかは分からなかった。

 だがレイフォンには見えているらしい。

 

「腕も悪くはなさそうだ。学生の手には余るだろう」

 

 言うと、レイフォンは手に蒼い剣を作り出す。

 活剄衝剄混合変化、『幻影剣』。

 レイフォンは幻影剣を投げ放った。

 直後。

 放たれた幻影剣は、弾丸の如く飛翔。尋常ならざる速度で飛来した剣に、トランクケースを持った男は刺し貫かれることとなった。

 腹部を貫通し、そのまま地面に縫い留められたのだ。

 

「先に行く、──レストレーション」

 

 錬金鋼を復元する言葉を残し、エア・トリックで瞬時にレイフォンは移動していた。

 迅速過ぎる行動に遅れてはならない、とナルキもまた行動を開始した。

 

 ●

 

 硬質な金属音と肉が地面を打つ音に振り返った男たちは、目を剥いた。

 仲間の一人が、蒼い剣に貫かれて地面に縫い留められていたからだ。

 

「な──」

 

 驚愕を音にするよりも早く、それは来た。

 少年らしき武芸者だ。

 汚染物質遮断スーツに身を包み、複数の錬金鋼を持つ、何者かがそこに居た。

 レイフォンは男たちの反応を待たない。

 手甲たるベオウルフに剄を集め、化錬剄の光を放ちながら突進。

 

「────」

 

 残像を残すような速度で右ストレートをぶち込んだ。

 白光が男を貫き、弾けた。

 それは打撃よりも飛沫(しぶき)に近い。

 

「!!?」

 

 腹部を強打された男は呻き声もなく、吐瀉物を撒き散らしながら吹っ飛んだ。

 

「貴様ァ!」

 

 哀れな男の近くに居たもう一人が反応し、レイフォンに対して槍を構え、しかし、全てが光にかき消されることとなった。

 外力系衝剄の化練変化、『日輪脚』。

 下から弧を描く、白い二連撃に打ち上げられたのだ。恐ろしい威力の蹴撃(しゅうげき)によって気を失い、空中に飛ばされた男への攻撃はまだ終わっていなかった。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 打ち上げられた男の近くにレイフォンが移動。そして、即座のタイミングで剄技がぶちかまされた。

 

「はあっ!!」

 

 外力系衝剄の化練変化、『流星脚』。

 それは、地面に突き刺すような白光の流星であった。

 流星は男に着弾し、レイフォンは即座に再度の流星脚を放つ。男が地面に叩きつけられるよりも速く、三度の流星が襲い掛かった。

 

「────!!」

 

 轟音とともに男が地面へと叩きつけられた。完全に意識はなく、ぼろ雑巾のように地面に打ち捨てられ、血反吐を撒き散らす。死んでいないのが不思議なほどぼろぼろだった。

 そんな男を踏み潰すように白光とともに着地したレイフォンは残る二人を見ると、

 

「どうしたクズども。もう終わりか?」

「なんでこんなヤツが……! いや、それよりも──」

 

 彼らが仲間よりも優先すべきは、犯罪行為を犯してまで入手したデータだ。

 宿泊施設の入り口近く。その地面に縫い付けられた仲間の近くにトランクケースが、

 

「……無い?」

 

 どこだ。

 そんな想いのまま視線で探し回り、それはあった。

 宿泊施設の屋根の上。

 それは、縄を使った器用な技だった。

 右手には取り縄の端が握られ、左手には取り縄の絡みついたトランクケースが抱えられていた。

 ナルキの捕縛術だ。

 

「く、くそがああぁああ!」

 

 叫びながらレイフォンに二人の男たちが殺到する。

 しかし、それよりも速くレイフォンは片方の男の懐に移動。回転しながらの五連撃を食らわせる。左の後ろ回し蹴りから始動する回転を伴う五連撃だ。

 強烈な衝剄を伴った殴打が連続し、トドメの蹴り上げが(あご)を砕き割る。

 

「────……」

 

 これで四人が戦闘不能になった。

 動けなくなったゴミに興味はない。

 だから、というようにレイフォンは残る一人に視線を移す。

 冷酷な、ゴミを見るような冷たさで見据えられた男は、恐怖に身体が震え出した。そして、破れかぶれに暴れだそうとした、その瞬間。

 

「食らえ!!」

「大人しくしろこの野郎……!」

 

 包囲を作っていた機動部隊が全員で袋叩きにした。

 いかに武芸者としては学生より格上でも、周囲全てから一斉に殴られてはどうしようもない。

 程なくして最後の男も沈んだ。

 

「ふん。……興覚めだな」

「よくやってくれたっ!」

 

 と、そこにフォーメッドが歓喜の声をあげながら駆け寄ってくる。

 最初にナルキからトランクケースを回収し、中身を確認し始めた。

 次いで、機動隊員たちもぼろぼろになった男たちの捕縛へと動く。

 

「持ち物はすべて没収だ。服もな。水と食料以外はすべてだっ! 徹底しろ。囚人服を着せて罪科印を付けたら、すぐに放浪バスに押し込んでしまえ」

 

 レイフォンがフォーメッドたちの動きを眺めていると、ナルキが来た。

 

「お疲れさん。やっぱり凄いな、レイとんは。何もさせなかったな」

「奇襲ならばこんなものだろう」

 

 それに、とレイフォンは付け加えることにした。

 

「ナルキ、貴様もよくやった。よく確保したな」

「────」

 

 言うと、ナルキは目を丸くして、ややあってから、笑った。

 

「あははは。そっか、うん、ありがとう」

 

 

 日常は繰り返す。

 ゴルネオを訓練漬けにしてぼろぼろにして、サアラを念威の継続使用の訓練でへろへろにして、ニーナとシャーニッドの訓練相手になってボコボコにしたりしていた。

 そして、その日はやってきた。

 夜戦グラウンドでゴルネオとサアラの訓練をし、ハーレイに錬金鋼の状態を報告しあっていると、フェリがやってきた。

 フェリから手渡されたのは一枚の写真。

 

「兄から預かってきました。昨夜、二度目の探査機が持ち帰ったものです」

 

 全員がレイフォンの動きに注目していた。

 そんななか、写真を確認したレイフォンは思う。

 ……間違いなく汚染獣だねぇ。

 映像そのものは以前と同じだった。だが、より鮮明になった写真からは汚染獣の姿が確認できる。

 岩山の稜線(りょうせん)に張り付くようなソレ。

 背中から生えた翅は折りたたまれ、細長い胴体はとぐろを巻いている。

 

「都市の行動はどうだ。ルートの変更はないのか?」

 

 レイフォンの問いに、フェリは小さく頭を振った。

 

「……ツェルニは進路を変更しません。このままいけば、二、三日あれば汚染獣の察知する距離に入るだろうとのことです」

「そうか……。サットン、無理に簡易複合錬金鋼(シム・アダマンダイト)を作成させてすまなかった。だが、助かった。今日中に準備を終わらせて明日の早朝には出撃する」

「簡易複合錬金鋼はデチューンだから楽な方だったよ。まあ、確かにいくつか機能をオミットしていいから頑丈にしろと言われるとは思ってなかったけど。ははは」

 

 フェリは真剣な眼差しでレイフォンを見た。

 自分を信用できないという武芸者を。

 

「貴方は、汚染獣が怖くないのですか?」

「恐ろしいが──」

 

 しかし、それがレイフォン・アルセイフに通れた道であるならば──、

 

「この俺に通れぬ道理はない」

 

 ●

 

 すべての準備を終えて、レイフォンとゴルネオはランドローラーに乗り込み、サアラはゴルネオのサイドカーへと乗り込んだ。

 レイフォンのランドローラーに附随するサイドカーには錬金鋼が山積みになっている。

 

「────行くぞ」

 

 ツェルニから出撃する。

 遥か遠くに僅かに見える岩山が目的地だ。

 都市は機械の足で移動するため、移動速度はランドローラーのほうが圧倒的に速い。それでも、一日はかかるだろう。

 サアラはぎりぎりまで休ませるため、念威の使用はさせていない。

 フェイススコープに薄く何枚ものマイクロシートを重ねることで砂塵で視界不良になっても直せる。これならば最大限、戦闘の為に時間を使える。

 音声によるやりとりもない。

 ひたすら孤独に走らせるだけだ。

 レイフォンと、ゴルネオのランドローラーの音だけが、耳に届く。

 レイフォンは思う。

 ここからだ、と。

 夢想しつづけた五年を経てサイハーデン刀争術を修め、天剣を手にするまで五年。バージルという最強をついに現実で模倣するに至る。

 肉体が彼の再現を可能にするほど高いポテンシャルを秘めていたことは喜ばしいというより他にない。

 しかし、想い続けた姿であるがゆえに五年という短期間で模倣を実現させた才能は、行き先を喪失してしまっていた。これから先、どのように鍛えれば良いのか、と。

 精度を高め、より完成に近づいていく日々は喜ばしくもあり、同時に虚しくもあった。

 そして、ようやく思い至った。

 彼が自己を喪失した“あの時点”で、わずか十九歳。レイフォンの知るバージルは、完成とは程遠い未熟な存在でしかない。

 未熟でありながらも余りに強大な戦闘力と存在感に目を曇らせていた。

 そこから先に行けたのが双子の弟であるダンテのみだという事実を思い出したのだ。

 伝説となった父・スパーダの強さは語るまでもなくバージルを超越する。そして、壮年半ば、あるいは初老に差しかかろうというダンテもまた伝説となりつつあり、やはり、死した当時のバージルを遥かに上回るだろう。

 ならば、ダンテと同等のポテンシャルを持つバージルに、そこまで至れぬはずがない。

 ゆえに、レイフォンが目指す先もまた、バージルが生きていれば届いたであろう境地であるべきだ。それがレイフォンの手にした答え。

 ……あれか。

 視線の先は地平の彼方。

 夕方を少し過ぎたころ。まだ天からの光が残る時間。

 岩山に張り付く汚染獣が確かに見える。

 胴体が僅かに膨らみ、頭から尻尾まで蛇のように長い。胴体部には二対の昆虫のような羽が生えている。澱んだ緑色の筋が幾本も走った翅はあちこちが破れ、風を受けて時折揺れていた。

 とぐろを巻いて岩山に巻き付いた胴体には、いくつもの節のある足が生えている。足の先にある爪は岩肌に引っかかっていない。あれでは足としての用を成さない。

 つまり、その分だけ老生体に近い個体ということだ。

 まだ距離がある。今のうちに詰めておきたい。

 

 ●

 

 夜まで走り続け、レイフォン達は一晩を休み、翌朝から再び走り続けた。

 昼を少し過ぎたころ、目的地に到着した。

 ゼリー状の携帯食を飲んで食事を済ませ、最後の確認していく。

 レイフォンは耳のあたりを指で指し示す。すると、念威端子がフェイススコープ内部で起動。

 映像が鮮明になり、音声通話が可能になった。

 

「もう少しでアレも目を覚ますだろう。ベルシュラインは念威を継続し続けろ。ゴルネオ、貴様がベルシュラインの足だ。うまく隠れながら錬金鋼を投げてこい」

「分かりました」

「了解です」

 

 レイフォンは錬金鋼を復元していき、最初に使い捨てる青石錬金鋼を右手に持ちながら、汚染獣を見上げる。

 確かに存在感を感じる。肌をひりつかせる、敵の存在を。

 歩いて汚染獣に近づいていく。

 直後。

 ピシリ、と音がした。

 汚染獣の様相が変化していく。

 穴の開いた翅が崩れていく。胴体を覆っていた鱗のような甲殻が剥がれ落ちていく。複眼が丸ごと外れ、岩山の斜面を転がり落ちていく。

 

「お前たちは汚染獣の気を引かないよう息をひそめていろ」

 

 大剣、手甲、そして一振りの刀。

 手にした武器と、剣帯に青石錬金鋼と簡易複合錬金鋼がひとつずつ。

 装備は万全だ。

 汚染獣の脱皮を眺めていると、声が聞こえた。

 

『──逃げたらどうですか』

「やはり、見ていたのは貴様か。フェリ・ロス」

『貴方なら気付いていると思いますが、一応伝えて差し上げようという私からの厚意です。少しは感謝してください。ツェルニはかなりの速度でそこから遠ざかっています。すぐに戻らなければ、帰れなくなりますよ?』

「黙れ。──戦端が開かれたらベルシュラインは念威に専念し、ランドローラーの移動、及び支援行動はすべてゴルネオに任せろ」

 

 岩山の汚染獣の背が割れていく。

 脱皮だ。

 

「────!!!」

 

 吠え声が空気を震わせる。

 零れ落ちた汚染獣の様相は、まるで爬虫類のようだ。

 

「どうしても見たいというのなら、カリアンに映像を送ることだ。そうすれば捨て置いてやってもいい」

『……ツェルニが汚染獣に気付いて進路を反転させたと言っているのです。それが分からないのですか』

「もう遅い」

 

 赤みのある虹色の翅が力強く脈動する。

 

「汚染獣は脱皮の際、通常よりも腹が減る。だから待っていたのだ。確実に餌箱を捕まえられる距離まで近付いて来ることをな」

 

 老性一期。

 天剣はなく、念威繰者の分析も期待できない。頼れるモノは己の技量のみ。なればこそ、手にした答えの真価を問うのに相応しい。

 老生体はレイフォンに視線を向けていない。

 まっすぐツェルニを見ているようだ。

 ……飛ばせるつもりはない。

 飛翔して、一度でも届かなければその時点でツェルニの壊滅が確定する。

 サアラの念威における限界距離が、三キルであることを考慮すれば、サアラから二から二.五キルの範囲で戦うべきだ。

 だから行った。

 活剄まかせの強引な加速は、レイフォンに重力の存在を強く意識させる。粘りつくような空気抵抗は久しぶりに感じるものだ。

 ……まずは飛行能力を奪う。

 今のレイフォンは、一番強いという確信があった。

 二週間をかけて五感を限りなく研ぎ澄ませていった。

 あらゆる感覚がピークに達した今のレイフォンは、かつてアルシェイラと戦い、一矢報いた()()()()と同じ状態にある。そして積み重ねた日々の研鑽がある以上、あのときよりも強い。

 猛り狂うような肉体と、凍てつくように冷徹な思考。老性体との接触地点に立ったレイフォンは間違いなく最高の状態だ。

 

「これより戦闘を開始する。視界と音声だけでいい。念威を途切れさせるなよ、ベルシュライン」

『もちろんです。けど、……いいんですか?』

「俺が選んだのは、貴様だ」

『──はい!』

 

 

 レイフォンは迅速に翅を切り落とすため、殲滅力を優先することにした。

 活剄衝剄混合変化、『円陣幻影剣』。

 身体の周囲に十の幻影剣を周回させる。

 そして、その直後。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 瞬間的な超高速移動によって老生体の背へと移動。即座に翅に斬りかかった。

 

「すぅ──」

 

 レイフォンは、呼吸ひとつで意識が切り替わったことを自覚した。

 ここからは一瞬の出来事だった。

 外力系衝剄の化練変化、『疾走居合』。

 超速で移動しながら無数の斬撃が放たれ、老生体の翅へと集中。間を置かずに、レイフォンは攻撃を重ねていく。

 外力系衝剄の連弾化練変化、『重ね次元斬』。

 小気味よい硬質の金属音が連続し、直後に球形の斬撃が連鎖した。

 ひとつやふたつではない。十を超え、二十に届こうという次元斬が老生体の翅を削り取っていく。

 レイフォンは完全に劣化して崩壊していく青石錬金鋼を投げ捨て、獣の四肢が如き紅玉錬金鋼(ルビーダイト)を白く輝かせる。

 流れるように連撃を叩き込む。

 素早い打撃が強力な衝剄とともに連続し、その度に白い爆発が連鎖する。殴り、蹴り、砕き割る。幾重にも叩き込んだ衝剄は斬撃が作った隙間をさらに破壊し尽くしていく。そして、

 

「────!!!」

 

 巨大な悲鳴が轟いた。

 一瞬にして翅や根本が破壊され、老生体が悲痛な叫びをあげたのだ。

 だから、というようにレイフォンは全ての剄を右手に集めて、足元にぶちこんだ。

 

「堕ちるがいい……!」

 

 白い極光が炸裂。

 響いた音は重厚で、打撃音というより爆発音に近い。

 炸裂した白い剄を受けて、老生体が墜落していく。

 敵の墜落に追従するように落ちながら、レイフォンは思う。

 ……よし。

 翅を喪失し、飛行能力を喪失した汚染獣がツェルニに追いつくことは困難になった。そして、と息を吐く。

 爆音とともに老生体が地面に墜落した。

 レイフォンもまた、大地に着地。

 やがて舞い上がった砂塵の隙間から視線が絡む。

 手痛い損害を被った原因をようやく意識したのだろう。

 地に落ちた汚染獣は“敵”となりうる存在を発見し、咆哮した。

 

「────!」

 

 スーツ越しに震動が伝わってくる。

 ただの咆哮も老性体のものとなれば兵器と成り得る。存在規模が巨大であるが故に、それは物理的圧力すら伴っていた。

 ……ここから、だな。

 やがて絶叫は凶悪な視線となり、凝縮された殺気へと変貌を遂げた。レイフォンの身体は凄まじい殺気に反応し、否応なく活剄の勢いと密度を高めていく。

 

「少しは、楽しめそうだ……!」

 

 ●

 

 砂塵の舞う荒野で、一対一で対峙する。

 レイフォン・アルセイフと老生体。

 生命としての規模にはあまりにも大きな差異がある。

 だがレイフォンも老生体も、互いを敵と認識していた。

 

「────!!」

 

 ご、とも、が、ともつかない豪咆とともに老生体がレイフォンに飛び掛かる。

 対するレイフォンは冷静だった。

 トリック・アップによって老生体の頭上へ移動。エア・ハイクによる足場を蹴ってさらに上昇。眼下の老生体に向けて、青石錬金鋼の大剣、フォースエッジを構える。

 剄がフォースエッジへと過剰に供給されていき、

 

「はああぁ──!」

 

 天剣技、『オーバードライブ』。

 レイフォンの莫大な剄を超圧縮した衝剄が放たれた。

 巨大な斬撃形状の衝剄がゆっくりと、そして静かに落ちていく。

 直後。

 レイフォンはフォースエッジを老生体の顔面に投げつける。錬金鋼の爆発程度では、老生体にダメージは入らない。しかし、目眩まし程度にはなるからだ。 

 爆発音と同時。

 レイフォンは老生体の首らしき部位に着地。一気に攻撃を集中する。

 外力系衝剄の変化、『閃断』。

 衝剄を線状に凝縮し、斬撃を放つ。

 

「ふ──!!」

 

 続く動きは連撃だ。

 刀による無数の連撃を浴びせ、次元斬。瞬時に日輪脚、流星脚、月輪脚とぶち込み続けていた。

 斬撃による攻撃の随所に次元斬を挟み、やがて、次元斬による攻撃が増えていく。

 そのときだ。

 老生体が大きく暴れ出した。

 

「ゴアアアアァアア────!!!」

 

 自身の攻撃の届かない場所にいるレイフォンを振り下ろし、あるいは、すり潰そうとしているのだ。

 だから、とレイフォンは退避を選択。エア・ハイクを足場に高速で後方へ移動する。

 

「大剣、青」

 

 レイフォンが呟くと、老生体の後方からそれが飛んできた。

 老生体の頭上を越えるように飛来するそれに向かって、

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 青石錬金鋼を掴み、

 

「レストレーション」

 

 フォースエッジを復元。そして、剄を練り上げ、大剣を覆うように収束させる。

 外力系衝剄の変化、『轟剣』。

 下で暴れる老生体の首に向かって剄による巨大な剣が落ちていく。

 レイフォンの膨大な剄を全力で込めた一撃は、老生体に対しても十分な威力を持っていた。

 頑丈な外殻を砕く手ごたえを感じ、フェイススコープのなかでレイフォンは微笑。

 着地と同時にトリック・ダウンによる高速移動で後退する。

 

「────!!」

 

 それは、苦悶の混じった怒りの咆哮であった。

 苦痛を感じ、それを成した小さな敵を始末せんと、老生体が暴れまわっていた。

 レイフォンは冷静に老生体との距離を調整しつつ、おまけをくれてやることにした。

 過剰な剄によって熱暴走を起こし始めたフォースエッジを投げつけたのだ。

 投げられたフォースエッジが爆発し、老生体が一瞬動きを止める。

 次の瞬間。

 莫大な衝剄の斬撃が降ってきた。

 最初に放ったオーバードライブだ。超圧縮された衝剄の斬撃が老生体に接触。

 レイフォンの剄技のなかでも高い破壊力を有する衝剄、轟剣とオーバードライブ。錬金鋼を使い潰す斬撃は確かに老生体にダメージを与えるだけの威力を持っていた。

 轟剣が外殻を完全に砕き、オーバードライブがその内側を引き裂いていったのだ。硬い鱗を一枚、また一枚と切り裂き、そして、圧縮された衝剄が炸裂する。

 直後。

 

「……!」

 

 老生体が咆哮した。

 これまでと違うのは、それが苦痛による悲鳴だということだ。悲痛なはずの悲鳴にすら、恐ろしい圧力を感じる。それほどまでに人間と汚染獣には差がある。

 どこまでダメージを与えても、たったひとつのミスで死ぬ。スーツが破ければ汚染物質に焼かれて敗北する。極限の戦闘以外ありえないのが、都市外での汚染獣戦。

 

「……大剣、青」

 

 飛来する錬金鋼を掴み、復元。

 この戦場を楽しめるのが、レイフォンだ。“レイフォン”とは明確に違う点だった。だから、というように、レイフォンは簡易複合錬金鋼を鞘に納め、居合の構えのままこう言った。

 

「──貴様をここで消してやろう」

 

 ここからは消耗戦だ。

 

 ●

 

 学園都市ツェルニ。

 都市の最も高い尖塔に部屋がある。

 生徒会長の執務室だ。

 そこには椅子に座る四人の人影があった。

 そのうちの三人、武芸長のヴァンゼ・ハルデイと第十七小隊隊長のニーナ・アントーク、そして小隊員のシャーニッド・エリプトンは、執務室に設置された巨大モニターの映像に目を奪われていた。

 二人の隊長を呼び寄せたカリアンもまた、同様だった。

 

「…………」

 

 称賛の言葉すら出てこない。

 あまりにも次元の違う戦闘だったからだ。

 映像を見る全ての者が息を止め、夢中で見ていた。

 レイフォンと老性体の攻防、──否。老性体を蹂躙するレイフォンを、だ。

 老性体の巨躯が身を襲うその一瞬のみ回避を行い、それ以外の全ては攻撃に費やす戦闘方法。

 巨大な汚染獣──老性体すらも足場として利用して高速戦闘を展開する様はまさに縦横無尽。

 怒涛の勢いをもって敵を切り裂いていく一連の動作から目が離せない。離したくないとすら感じている。

 カリアンは思う。

 ……これが、彼の本領か──!

 賛美の言葉をどれだけ並べても届かない。

 かつて見た天剣争奪戦すら、天剣授受者にとってみれば児戯に等しいのだろう。

 この戦闘を言葉で表すことは出来ない。

 まるで悪魔のような、魔性ともいうべき魅力が、そこにはあった。

 

「君の言った通りだったよ、ゴルネオ・ルッケンス。──確かに彼は違った」

「……何の話だ。お前、やつについてまだ何か知っていたのか?」

 

 誰に言った訳でもないカリアンの呟きに、ヴァンゼが反応した。

 

「いや、そうだ。十七小隊の設立を許可したとき、お前が強引に進めたはずだ。カリアン、お前はアルセイフのことを以前から知っていたから許可を出したのか!」

「調べたからね、当然だよ」

 

 気負うところなく放たれたカリアンの言葉は、ニーナの矜持を傷つけるものだ。

 確かに生徒会長の方が役職は上であり、小隊設立の決定権も持っている。しかし、それは隊長として小隊を率いるニーナに何の連絡も寄越さなくてもいいということではない。レイフォンほどの武芸者ともなれば尚更だ。

 だから、というようにニーナはカリアンに向かって叫んでいた。

 

「ふざけないでください! いくら生徒会の面々が優秀だからといって入学者全員を調べるなんてことは現実的じゃない。不可能だ!」

「闇雲に調べたのではない。全くの偶然だが、私が個人的に彼のことを知っていたのだよ。入学志願者の書類と奨学金試験の小論文にレイフォン・アルセイフの名があると気付いたときは驚いたとも」

 

 カリアンはくつくつと笑った。

 

「救世主だと思った。今のツェルニの状況で彼が来るのだから。彼はグレンダンにおいて最強の武芸者たる称号、天剣授受者を実力で勝ち取った。偶然、私が見た天剣争奪戦は万人が理解できる素晴らしさだったと今でも思うよ」

 

 映像のなかで、汚染獣が暴れまわり、レイフォンがその周囲を駆け巡る。

 あまりに激しい攻防で岩山が崩れ落ち、荒野が見渡す限りの平野になっていく様子を眺めながら、カリアンは言葉を紡いでいく。

 

「同時に、なぜグレンダンが彼ほどの武芸者を外に出したのか。私は疑問に思い、なにか事情があると考えて調査させた。結果が来たのは入学日直前になったがね。しかも調査で判明した事実は笑ってしまうような欺瞞(ぎまん)でしかなかったがね」

 

 なによりも、

 

「見れば分かるだろう? ツェルニの戦力は幼生体を相手にするだけで精一杯だった。レイフォン君は老生体という汚染獣を相手に戦える戦力が自分しかいないと言い、それは正しかった。その上で、勝てるだけの準備もした。我々に出来ることは待つことだけだ」

「そりゃあそうかしれませんがね、生徒会長殿? 武芸科にただ待ってろってのは違うでしょうよ」

 

 シャーニッドが言葉を差し込んだ。

 倫理的なことをいえば、その言葉は正しいとカリアンも認めていた。しかし、

 

「……邪魔をするな、とも言われたのでね。汚染獣との戦闘は、安全を求めた瞬間死ぬのだそうだ。なにかひとつ集中を途切れさせるようなことがあれば死ぬ。そういった事態を避けるために、不確定要素を排除してくれ、と頼まれている」

 

 映像では、超高速戦闘が繰り広げられている。

 汚染獣が暴れ、その瞬間だけを回避して常に斬撃を浴びせ続けるレイフォンは、間違いなく汚染獣を圧倒している。

 途轍もなく強いということだけは、武芸者でなくとも分かる。

 人類の天敵たる汚染獣をこうまで翻弄できる武芸者など聞いたこともない。

 しかし、スーツが破けるだけで彼は焼け死ぬことになる。たったひとつのミスも許されない世界で、レイフォンは戦っているのだ。

 

「我々はここで安穏とレイフォン君が汚染獣を討伐することを待っているのではない。万が一にでも彼が敗れた場合、彼のつけた傷を狙えば、勝てるかもしれない。あるいは、決死隊を(つの)って時間稼ぎに徹すれば、ツェルニは逃げ切ることができるかもしれない。そうした可能性を見出すことが役目だ」

 

 無論、レイフォンが勝ってくれるに越したことはないし、あの強さに目を輝かせるのは自由だ。

 強いということは、それだけで美しい。

 

 ●

 

 遥か彼方。

 フェリの念威の先で、レイフォンは抜刀術を以て神速の斬撃を繰り返している。斬撃と打撃を無数に放ち、老生体をより深く傷つけていく。

 既に二十を超える錬金鋼を使い潰した。

 轟剣、オーバードライブ、次元斬。

 威力だけを考えた剄技を何度も放った。

 レイフォンの剄技と老生体の動きによって周囲の岩は全て削り取られた。天を貫くような岩山も無い。辺り一面に砂塵が舞うのみとなっている。

 レイフォンは感じていた。もう少しだ、と。

 体内に潜む鱗をあと数枚砕けば、命に届く。

 だから、とフォースエッジに莫大な剄を注ぎ込み、

 

「はあっ!」

 

 作り上げてきた老生体の傷口へ突き刺した。そして、

 外力系衝剄の化練変化、『ヘルオンアース』。

 拳をフォースエッジの剣柄に叩き込む。

 拳打から剄が放たれ、フォースエッジを通して衝撃が浸透していく。

 直後。

 巨大な衝撃波が伝播した。

 

「────!!!?」

 

 老生体が大地を削りながらのたうち回る。

 レイフォンは衝撃を利用して上空へと飛翔し、老生体の様子を見下ろした。そして、ややあってから、ゆっくりと下降を開始。

 老生体に向かって落ちながら鍔を拳で挟み込むようにして、納刀された簡易複合錬金鋼を構える。

 ……お前を始末する技はコレに決めていた。

 レイフォンは今、歓喜に満ちていた。

 最初は自爆技でしかなかった。

 自爆技のまま再現度を高め、ほぼ完成した。

 それでは足りない。本当の完成には程遠い。それでも、一秒だけなら問題ない。そこまでは身体が出来上がった。

 通常の錬金鋼では発動すらできないが、簡易複合錬金鋼なら使えると感じている。一秒で錬金鋼は劣化しきってしまうだろう。それでも、

 

「これで終わりだ。散るがいい……!」

 

 魔剣技(てんけんぎ)、『絶刀』。

 

 球形の斬撃が、無数に連鎖する。

 その速度は次元斬の連撃というレベルではない。十を超え、二十を超え、百に迫る。

 巨大な水泡の如き斬撃が一瞬にして老生体の傷口をさらに深く抉り取っていく。

 レイフォンの剄技はこの瞬間、たしかにバージルに届いた。

 

「────……」

 

 老生体の最期の咆哮は、それまでのような物理的な圧力を失い、弱々しく途切れ、

 

『──汚染獣の生命反応が停止しました』

 

 たった一秒の絶技が老生体の息の根を止め、その頭部を残骸にし尽くした。

 サアラの労いの言葉が耳に届き、ようやくレイフォンは気を抜いた。六時間を超える戦闘は、久しぶりだった。

 

『レイフォンさんのおかげでツェルニは生き残りました。ありがとうございます。──お疲れ様でした』

 

 ●




外力系衝剄の化練変化、『ヘルオンアース』⇒『剛力突破・突』の改変技。
天剣技、『オーバードライブ』⇒静一閃。
今回の絶刀⇒マブカプ3のバージルの絶刀っぽいやつ。

本当は日曜日にはアップする予定でしたが、思ってた以上に妄想力が衰えていたり、ナイトレインしたり、構想を練る気力が湧かなかったり、ナイトレインしたりしていたら遅くなりました。
でも書けるだけ書いていこうと思います。

また、誤字報告してくれる方々もありがとうございます。
正直あそこまで便利になってるとは思ってなかった。すごく助かります。
いろいろ書きたいこともあり、書ききれなかったような気もしますね。ところで皆さんコマンドー好きすぎでは?
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