俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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閑話:It begins...

 ●

 

 はい、ちゃんとレイフォンが言葉を書けるようになってくれてわたしは嬉しいです。

 こちらも忙しく学校生活してるけど、あなたと比べたら平凡だよ。

 この前手紙を送ってから、何通かまとめてこちらにやってきました。この手紙もできるだけ早くレイフォンに届けばいいな。

 レイフォンが強いことも、武芸を楽しんでることも分かってるけど、身体に気を付けてね。あなたはすぐ病院送りになるんだから。

 こっちは、学校で友達が出来ました。レイフォンの見舞いに来てたあの女の人。面白い人だけど、一緒に居るとすごく疲れるのが玉に(きず)かな。

 園の方は相変わらずです。お父さんの道場も人が戻ってきたのでとりあえず収入になってます。政府からの支援金もあるのでこちらの心配はあまりないかもしれません。レイフォンが稼いでくれていた時ほどではないにしても、何とかやっていけると思います。

 こちらはいいとして、そちらは大丈夫ですか? 病気とかはしていませんか? 食事もちゃんとしてる? レイフォンは味優先か栄養優先かのどっちかに気分で(かたよ)るので心配です。

 武芸者としての立場は理解しているつもりですが、無理はしないでね。

 

 で、本題。

 クララ、クラリーベル様と仲良くなりました。いろいろとあの件について教えてくださいました。レイフォンが自分から追放を望んだそうね? “追放になった”とだけ言っていたのはどこの誰だったかしら。

 ちゃんと説明しなさい。わたしは冷静ではありません。

 そのときまでには戻ると言っていましたが、戻るまでに説明がなければ今度は三食ホールケーキの刑に処す。トッピングはカラースプレーとチョコチップだけ。それ以外は許しません。一食だけじゃ足りないものね、どこかのおバカさんは。

 レイフォンがたくさん稼いでくれたのでこんな事をしても問題ありません。ありがとうございます。

 

 あの日、レイフォンの言っていたことはまだよく分かりません。グレンダンにいた頃のレイフォンは武芸にまっすぐに打ち込んでいてかっこいいし、羨ましいと思ったけど、天剣授受者になってから何かを抱え込んでいるレイフォンはあまり好きではないよ。

 この意味、ちゃんとわかってくれるよね?

 それじゃあ、またあなたがわたしたちを護ってくれる穏やかな日々を楽しみに待っています。

 

 親愛なるレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフへ

                 リーリン・マーフェス

 

 

 ●

 

 野戦グラウンドに熱気が満ちている。

 対抗戦に沸く観客たちの視線の向く先。

 二つの小隊がぶつかり合う。

 第五小隊と第十七小隊だ。

 第五小隊は小隊人数上限の七名を揃え、隊長と副隊長の両名が積極的攻勢を好む。

 対する第十七小隊は四名という最少人数という不利を抱えながらも互角に試合を進めていた。

 

「おーっとこれは見物だ。第五小隊、第十七小隊の隊長達が一騎打ちの形になったぞ! 前回の対抗戦ではどちらも快勝! 絶好調の小隊長同士で決闘だ――!!」

 

 ニーナ・アントークが構え、ゴルネオ・ルッケンスが果敢に攻め立てる。

 ゴルネオは思う。

 急がないといけない、と。

 すでにレイフォンという()()()の仕様は理解しつつある。

 人数差だ。

 レイフォンは人数差を埋める役割に徹している。倒さない。倒されない。そして決して逃がさない。

 第五小隊と第十七小隊の人数差は三名。

 本人の人数を加えて四名までは抑えられる。四名を差し向ければ倒せないが、倒されないと推測した。そして、今回ゴルネオが差し向けたのはそれよりも一人少ない三名。

 ……時間をかけて倒される人数だろう。

 だから早く終わらせなければならない。

 シャーニッド・エリプトンは優秀な狙撃手なため、フリーには出来ない。防御側の第五小隊はフラッグを破壊されれば敗北する。だから副隊長のシャンテと補佐役の二人を差し向けた。

 二人の追跡を躱してフラッグを狙撃することはまず出来ない。

 ならば、たとえシャーニッドを発見できずともしばらくは負けない。

 あとは自分がニーナとの一騎打ちを制すればいい。攻撃側の第十七小隊は隊長のニーナが撃破されれば敗北するからだ。

 ニーナと視線が交わる。

 

「倒させてもらうぞ……!」

「こちらの台詞(せりふ)です!!」

 

 外力系衝剄の変化、『剛力突破・突』。

 ゴルネオは右拳を振りぬき、剄を放つ。

 ニーナは両手の鉄鞭を交差。交点でゴルネオの拳を受け、

 

「はあああ――!」

 

 押し返された。

 

「!?」

 

 手応えがおかしい。

 異様に硬かった。

 だから、というようにゴルネオは飛び退くと、即座のタイミングで再び踏み込んだ。

 拳を打ち込み、続く動きで拳を引きながら反対の打拳を放つ。生まれる動きは連撃だ。

 

「おぉ……!!」

「はぁ……!!」

 

 対するニーナも両鉄鞭の打撃が連鎖する。

 多少の被弾を許容した、攻撃に偏った動きだった。

 

「ちぃっ!」

 

 鉄鞭による打撃は重い。

 ゴルネオの巨躯であっても、無防備には受けられない。鉄鞭を打ち返し、躱し、連打を重ねていく。

 鉄鞭よりも拳の方が回転が速く、やがて左拳がクリーンヒット。ニーナの心臓へと打ち込んだ。

 ……これは、まさか。

 返される手応えは鋼のように硬い。

 

「――金剛剄だと!?」

「やはり知っているんです、ね……!」

 

 ニーナの被弾を良しとする攻撃偏重の立ち回りは、金剛剄で受けることを前提とした動きだったのだ。

 ゴルネオの攻撃をまるで無視して鉄鞭が振り下ろされた。

 咄嗟の動きで右腕を差し挟み、受ける。

 

「ぐうっ!」

 

 右腕の痛みを意図的に無視し、強引に後方へ飛ぶ。

 そこへ、もう一方の鉄鞭による追撃が来る。

 薙ぎ払いの一撃を左腕と左脚で防御すれば、勢いよく後ろへ飛ばされた。

 着地すれば、足元で地面が砕け散る。

 

「ふぅ……!」

 

 滑る慣性を強引に抑え込み、一息。

 呼吸を整え、剄を練る。

 金剛剄の防御力は実力に比例する。

 ニーナはゴルネオよりも弱いが、それでも適切に運用されれば正面からぶち抜くのは無理だ。

 判断は一瞬。

 ゴルネオを逃がすまいとニーナが追ってくる姿見える。

 そこへ向けて放つのは、糸だ。

 外力系衝剄の化錬変化、『蛇流』。

 両手から4本ずつの糸が飛び、ニーナの身体にバラバラに付着。

 直後。

 打撃が糸を通じて飛んだ。

 

「がっ!?」

「――押し切る!」

 

 金剛剄による防御は、一瞬。一瞬ゆえの堅牢さだ。

 ならば、打撃の位置をズラし、タイミングも読ませない。

 打ち込んでいく。

 

 

『おおっ! わずか数戦にしてツェルニ最強の呼び声も高いレイフォン! 第五小隊三名を真向から迎え撃つ――!!』

 

 三人の小隊員が連携してレイフォンに襲い掛かる。

 格闘術、刀剣、斧槍。

 それぞれの間合いで、それぞれの武器で必死に攻め立てていた。

 彼らは試合前に、隊長のゴルネオ・ルッケンスが言っていた言葉が嘘ではなかったことをようやく実感していた。

 ”俺とシャンテが連携しても手も足も出ない”

 ゴルネオとシャンテの連携は各小隊のなかでもトップクラスの破壊力がある。

 たかが新入生がどれだけ強いといっても、そんなはずはない。油断しないように心構えをさせるのには大げさすぎる。そう思っていた。だが、

 ……つよ、すぎる……!

 どれだけ攻撃を繰り出しても、紙一重で回避された。

 ようやく捉えたと思えば簡単に()らされた。

 下級生相手にするべきではないと考えていた、卑怯とすら思っていた連携でもなにも変わらない。

 どれだけ本気になっても、どれだけがむしゃらになっても。

 レイフォン・アルセイフという新入生の対応には変化すらない。自分たちのやる気など()()()()()()()

 

「――――」

 

 三人全員が悲壮な表情で攻撃を繰り出している。

 必死で、死ぬ気で戦っている。

 だというのに。

 

『す、凄まじい攻防だ――! 第五小隊三人の猛攻を完璧に躱しているッ。これがツェルニ最強アタッカーの実力なのか――!!』

 

 明らかに手を抜かれている。

 その上、ひどく退屈そうに言われるのだ。

 

「……やる気はあるのか?」

「――――!!!」

 

 攻撃する隙を与えないように立ち回る。そんな戦術的思考など早々に消え失せていた。

 もはや特攻としかいえないような狂騒にすら陥っていた。

 やる気どころではない。

 死力を尽くしている。余裕などカケラもない。ただひらすら攻撃することだけが思考を埋め尽くしている。

 それでも、何も変わらない。手も足も出ていない。

 これが本物の武芸者だというのなら、

 

「ハァ……。話にならん」

 

 自分たちはいったい何だというのか――!

 

 

 突如としてフラッグ破壊を知らせるサイレンが響いた。

 

『フラッグ破壊! 第五小隊の捜索を躱してシャーニッド・エリプトンが打ち抜いた――! そしてこの瞬間! 第十七小隊の勝利です!!』

「な――」

 

 それは第五小隊の敗北を知らせるものだ。

 敗因は、自分だと誰よりもサアラは理解していた。

 

『――隊長、申し訳ありません。妨害を超えられず、何の情報も送れなくなっていました』

「なに? シャンテたちにもか?」

『はい。十七小隊のシャーニッド・エリプトン捜索に念威端子を回せていません。副隊長の情報支援をしようにも……』

「……そうか」

 

 悔しい。

 老生体との都市外戦闘を経て、念威繰者としての著しい成長を感じていたのに。

 十七小隊の念威繰者フェリ・ロス。

 彼女との実力差を明確に示された。

 サアラは、完全に封殺されたのだ。

 

「どうやら、フェリとシャーニッドは本当に上手くやってくれたようだ。私たちの勝利です」

「そのようだ。俺がお前を倒せば、と考えていたが。まさか金剛剄とはな……」

 

 念威が伝える隊長同士の会話からも敗因は明らかだった。

 自分が敗因だ、と。

 なにもできなかった、と。

 フェリに手も足も出ず、シャンテに捜索情報を伝えることもできず。フラッグの位置を隠し通すこともできなかった。

 野戦グラウンドの片隅で、膝を抱えて座り込んでいた。

 自分でも気づかないうちに静かに涙を流していた。

 

「…………」

 

 レイフォンという規格外の戦力は三人を差し向けることで抑え込んだ。

 いずれは全員倒されていただろうが、それも含めての作戦だった。

 ゴルネオはニーナよりも強い。

 どちらも以前よりも強くなっていたが勝てるはずだった。

 ニーナは想定よりも粘り強かったが、それだけだ。

 あとは殺剄で潜伏するシャーニッドを発見して倒す。もしくはゴルネオがニーナを倒すまでフラッグ捜索を妨害していればよかった。

 これらは念威繰者の、サアラの役割だった。

 

「いつまで泣いている」

 

 どれだけの時間そうしていたのか。気付けば、ゴルネオに見下ろされていた。

 随分と長く(うずくま)っていたらしい。観客もほとんどが帰りつつあるように見える。

 それでも立ち上がる気力が湧いて来ない。

 サアラ・ベルシュラインは、フェリ・ロスの足元にも及ばない。

 

「帰るぞ。反省会は練武館で、だ」

「ゴルネオ隊長は……。レイフォンさんの実力を見て、自分がどうすればいいか、とか考えたりしないんですか?」

 

 俯いたまま動こうとしないサアラを、小脇に抱えるようにしてゴルネオはこう言った。

 

「ああ」

 

 あまりに気負いない即答だった。

 ゴルネオという男は実直だ。だからこれは本心だろうと思った。

 真意を問おうと口を開き、しかし、その度に閉じる。

 何度か繰り返していると、ややあってから、声が降ってきた。

 

「俺の兄はヴォルフシュテイン卿、レイフォンと同じ天剣授受者だ。槍殻都市グレンダンにおける最高位に、最年少の十三歳で到達した。そのあと十歳で天剣に至ったのが彼だ」

 

 槍殻都市グレンダン。

 武芸の本場とすら言われる都市における、最高位。

 それは、世界で最も強いということではないのか。

 

「俺は兄から逃げるために、はるか遠いツェルニに来た。天剣授受者と比べるなんて馬鹿らしいことだと理解していても、血縁の俺はどうしても兄と比べられる。――耐えられなかった」

 

 それに、

 

「上を見てもキリがないとは言うが、頂点から指で数えられるような連中と比べていても意味がない。より(みじ)めになるだけだ。なら地に足をつけて前を向くしかない」

「…………」

 

 やたらと言葉を重ねるのではない。

 ただ事実を述べて、それ以上の装飾をしない。

 尋ねもしないゴルネオの態度が有難かった。

 

「――下ろしてください。自分で歩けます」

「ああ。反省会の前に顔は洗っておけ」

「セクハラです。副隊長に言いますよ」

「それはやめろ!」

 

 

 放浪バスの停留所付近にある商店街、サーナキー通りはツェルニでも最も栄えている。

 十七小隊が対抗試合に勝利したとき、その祝勝会に使う店がそこにある。

 半地下の、カウンター席とわずかなテーブル席しかない、小さな店だ。

 そこには大皿に盛りつけられた料理がこれでもかと用意されていた。

 

「三番っ! ミィフィっ! 歌います!!」

「イエェ――!」

 

 ミィフィのハイテンションな声がハウリングとともに店内に響く。

 彼女の周囲では男たちが喝采を上げている。シャーニッドの友人たち、そしてハーレイと彼のクラスメイトたちだ。

 一方で、カウンター席ではシャーニッドが知り合いらしき店の主人と会話を楽しんでいる。ああいった馬鹿騒ぎに混じるよりは静かに楽しむタイプのようだ。

 もう少し離れた位置のテーブル席には女性ばかりの集団が居た。

 ニーナを中心に真面目そうな雰囲気の女性たちが楽しそうに談笑している。ナルキはニーナに話しかけられており、困惑した様子であった。

 シャーニッドとは、席を三つ空けた反対側に座るのはレイフォンだ。

 こうした場に来るのは初めてのレイフォンは、さっそくニーナを中心としてお姉さん軍団に捕獲されていたが、メイシェンの捨て身の助け舟によって救助されることとなった。

 なんとか抜け出したレイフォンは、大人しくメイシェンとともにカウンター席で料理を堪能することにしたのだった。

 

「メイシェン、助かった……」

「あ、う……うん」

 

 顔を真っ赤にしたメイシェンは、なんとか会話に応じようと努力しているようだ、とレイフォンは感じていた。そうだろうな、とも。

 ……無理もない。

 レイとんとお話ししたいんです! はさすがにアオハルしすぎだと思う。

 背中に突き刺さるニマニマした視線は残念でもなく当然の結果でしかない。

 

「あの……、試合、すごかったです」

「あの程度はどうということもない」

「…………」

「…………」

 

 会話が途切れる。

 話題に困っているのはお互い様のようだった。

 

「レイとんって、……本当に強いんだね」

「強いのは事実だろうな」

「…………」

「…………」

 

 会話が続かない。気まずい、むずむずするような微妙な空気だった。

 その様子を見て、後ろの連中が身悶えしながら喜んでいやがる。それがさらにうざい。

 ……甘酸っぱぁい、じゃねぇよ。ぶっ殺すぞ。

 とはいえ、レイフォンは実際に対処に迷っている。

 どうしたものか、と考えていると、声と共にミィフィがメイシェンの隣に着席。

 

「救世主登場ぉ――!」

 

 ミィフィ帰還! ミィフィ帰還!!

 

「ほら、メイっち。大丈夫だから。ね?」

「……うん」

 

 ミィフィはメイシェンの隣に座って手を握り、励ます。

 親友のそれは確かな勇気となったメイシェンに一歩を踏み出させた。

 一呼吸。

 

「あの! レイとん、その……」

「ああ」

 

 レイフォンは相槌をひとつ。メイシェンの言葉を待つ。

 そして、ややあってから、メイシェンはしっかりとレイフォンの目を見て、こう言った。

 

「ごめんなさい」

「?」

「あの、この手紙が届いてて、ごめん」

 

 メイシェンが取り出したのは、長旅を経たことでくしゃくしゃになった一通の手紙。

 レイフォンは手紙を受け取ると、送り主を確かめる。 

 送り主に名は、リーリン・マーフェス。

 

「これは……」

 

 メイシェンは小さく震える声で、しかし確かにレイフォンの耳に届く声量で語った。

 それまでの経緯。リーリンからの手紙がメイシェンの元に紛れ込んだこと。そして読んでしまったこと。

 

「……ごめんなさい」

 

 涙をこらえて声を震わせながらの謝罪だった。

 メイシェンは気が弱い。その彼女が涙を流さないように耐えながら謝るのだ。

 

「……そうか。謝罪を受け取ろう」

 

 メイシェンは、レイフォンに縋りつくようにしてようやく涙を流したのだった。

 されるがままにしていると、今度はミィフィが口を開く。

 

「レイとんに聞きたいことがあるの」

 

 ミィフィは、彼女らしくない真剣な表情でまっすぐにレイフォンを見ていた。

 

「わたしは、さ。記者志望だから好奇心って思われるかもしれないけど、絶対違うって言える。わたしたちはずっと三人だったからレイとんが入ってきたの、結構驚いてるんだ。でも、ね。わたしたちとレイとん、じゃなくて、レイとんも含めてわたしたちって言いたいんだ。みんなそう思ったの」

 

 だから、とミィフィは言った。

 

「教えてほしいの。天剣授受者ってなに?」

「普段の礼もある。話すのは構わない。だが――」

 

 レイフォンは言葉を切り、周囲を見渡した。

 祝勝会だから、と楽しく騒いでいる連中が見える。

 十七小隊員のクラスメイトたちだ。

 

「――有象無象にまで周知することではない」

「おいおい、人のクラスメイトを有象無象は酷いだろ」

 

 言葉を割り込ませ、シャーニッドはレイフォンの肩に手を置いた。

 そしてミィフィたちに向けて笑いかけて、

 

「わりぃけど、ソレ。俺らも一緒に聞かせてもらってもいいか」

「シャーニッド先輩?」

「青春してるとこに割り込んで本当に悪いと思ってるけどよ。このスーパー後輩のことを知りたいってのは俺たちも同じでな? ご一緒させてもらえるか?」

「えーっと……。ど、どうしよう?」

 

 俺に聞くなよ、とレイフォンは思ったので無反応を維持。

 すると、シャーニッドは、じゃあ、と前置きをして言葉を続けた。

 

「レイフォンもお嬢さん方も構わないってんなら、そうさな。明日、いい店紹介するから、そこでいいか?」

「好きにしろ」

「んじゃ、そういうことで今日は楽しんでおけよぉ?」

 

 そういうことになった。

 

 

 フェリ・ロスは念威繰者でしかない自分を嫌悪する。

 レイフォン・アルセイフという男は、武芸者であることに疑問を持たない。

 武芸者であることを自分で決めたとすら考えている。

 そうでなければ、自分が何者かを決めるのは自分だなどという言葉は出てこない。

 ……なら、私は何なのでしょうか。

 フェリに対して、誰もが当然のように念威繰者であることを望んだ。

 だからフェリは念威繰者でいたくない。

 呼吸同然に、当たり前のように念威を使っていても、嫌なのだ。

 では、何になりたいのか。

 

「――――」

 

 何も思い浮かばない。

 そんなことを考えたことすらなかったからだ。

 他の何かになりたいという想いがあるのではないからだ。

 思い出されるのは、あの六時間。

 老生体。

 最強の汚染獣との戦闘を見ていた。

 レイフォンは武芸者として戦った。老生体と戦った。何の疑問も抱かずに。

 重晶錬金鋼(パーライトダイト)を握りしめる。

 今は、誰にも見られたくない。

 都市の外縁部で、じっとエアフィルターの向こう側に目を向けた。

 意識の枷を外せば、光が(あふ)れていく。

 フェリの長い銀髪の上を、淡い光が染めていった。

 ……才能なんて。

 レイフォンもフェリの才能を認めていた。膨大な念威だ、と。

 フェリにとって、才能とは忌むべきものとなっていた。

 レイフォンは才能を鍛え上げ、汚染獣と戦う牙とした。

 

「わかりません」

 

 レイフォンはなにを考え、なにを感じ、何のために才能を活かすことを選んだのか。

 彼はなぜ武芸者として生きることを当然のことと受け止めているのだろうか。

 フェリについては、周囲がそうなることを求めたからだった。

 それ以外には、無い。では、なぜ対抗試合であんなことをしたのだろうか。

 第五小隊のサアラ・ベルシュライン。

 彼女の念威を妨害し、シャーニッドの捜索をさせなかった。新たな連携をさせないよう、全員の連絡を断った。狙撃できるように、フラッグを捜索した。

 フェリにとって、小隊員という立場は兄によって押し込められただけの場所でしかない。なのに小隊員としての役割を全うした理由。

 

「黙れ……か」

 

 老生体から逃げろと伝えたとき、はっきりと言われた言葉だ。

 意図は明白だった。

 お前は邪魔だ、と。お前はいらないのだ、と。レイフォンはそう言っていたのだ。

 レイフォンには念威繰者として選ばれなかった。彼にとって、フェリは邪魔者でしかなかった。

 念威繰者でいたくないと言ったのはフェリだ。それを受け入れてくれたことに対する感謝はある。それでも、

 ……不愉快です。

 念威を使いたくないと言いながらも、不要と言われれば不満に思う。

 自分でも我儘だと、愚かしいと感じる。

 だから、自分の能力を、念威を誇示するように使ってしまったのだろうか。

 すっきりとしない。もやもやとした感覚が体の中に溜まっていくようですらあった。

 すっきりするために外縁部まで来たというのに、こんなことを考えていては意味がない。

 

「……?」

 

 すると、不意に念威端子がなにかを捉えた。

 山の稜線に紛れるようにしてあったそれを、危うく見失うところだった。

 意識下に複数の視界を浮かべ、データを確かめたフェリは息を呑んだ。

 

「これは……」

 

 

 翌日。

 放課後にシャーニッドのおすすめだという喫茶店に向かうことになった。

 喫茶店の名は、喫茶ミラ。

 ミィフィも目を付けていた喫茶店で、可愛い制服のウェイトレスが売りであるという。

 だが、男性客には人気でも女性客には不人気でもある。女の子にとっては可愛い服を着られるバイト先ではあるが、客として行きたい店舗ではないということらしい。

 

「……ここなのか?」

「そ。ここが喫茶ミラ。制服が可愛いことで有名よ」

 

 明らかに、雰囲気の浮ついた場だった。

 見事に男性客だけが入店していく。

 しかも大体がうきうきしながら、だ。

 レイフォンは思った。

 ……これメイド喫茶じゃね?

 確かに可愛いは正義だが。

 

「まあ、ここって言われてるんだし、入るしかないだろ。行くよ」

 

 覚悟を決めてナルキが入店。これに続いてレイフォンたちも足を踏み入れる。

 すると、黄色い声に出迎えられた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 ピンク色でフリフリの制服を着た女の子たちが連鎖的に声をかけてくる。

 そして、一人の視線がレイフォンを捉えた。そして、瞬時に近づいてレイフォンの手を両手で掴んでこう言った。

 

「きゃー、やっぱり! 十七小隊のレイフォン君でしょ。あたし、あなたのファンなの!」

 

 もっと黄色い声だった。

 怒涛の勢いに押されて、レイフォンは返答に迷った。すると、彼女は積極性を示してレイフォンの手をさらに引き寄せる。

 

「こんなに可愛いのに最強アタッカーとかすごいよねぇ〜。あ、小隊長さんならあそこの席に居るわ。案内するわね。ほら、こっち♡」

 

 レイフォンは押しの強さを遺憾なく発揮したウェイトレスに手を引かれて、テーブル席へと向かう。

 ウェイトレスがレイフォンとメイシェンたちを連れていった席には、ニーナとシャーニッドが居た。

 二人は先日の対抗戦についての反省会をしていたようだ。

 

「――実際、なんとか勝てたってとこだよなぁ。フェリちゃんの情報があって助かったぜ。あちらの隊長さんかなり強かったみたいだし、ニーナが耐えてる間にフラッグを破壊するのは情報なしじゃ難しかったかもな」

「ああ、本当に強かった。耐えるので精いっぱいだったのは確かだ。――ん?」

 

 と、ニーナがこちらを見た。

 

「来たな。好きなところに座ってくれ。誕生日席らしいが、シャーニッドが気を利かせてくれてな。まあ、あんまり小隊員に入り浸ってほしくはない店だが……」

「そう言うなって。見物だったろ?」

「……まあ、そこは認める」

 

 レイフォンとメイシェンたちは席に着き、メニューを見る。

 ややあってから、全員が何を注文するかを決めると、なにやらシャーニッドがウェイトレスに耳打ちしていた。そしてウェイトレスは笑みを零して頷き、去っていった。

 

「なにかあるんですか?」

「まあ、お楽しみってな。俺とニーナの奢りだから気にしなさんな」

「はぁ……?」

 

 ミィフィの問いに対して、シャーニッドは妙に上機嫌に様子だった。そのうえで、ミィフィたちに向けて、注文をして食事が到着するまでは反省会の続きをさせてほしいと言った。

 

「さて、レイフォン。お前さんがあっちの小隊長を鍛えたんだろうし、強いのは分かってた。こっちはこっちで鍛えてもらってるし、お互い様なんだろう?」

「ああ」

「確認だ。俺とニーナは強くなったが、あの小隊長はもっと強かった。……なにが違った?」

 

 シャーニッドの問いは真摯ですらあった。

 ゆえに、レイフォンもまた内容を吟味する。

 ゴルネオ・ルッケンスとニーナ・アントーク、そしてシャーニッド・エリプトン。三人の戦闘力に大きな差はない。状況次第では倒すことも可能だろう。

 とはいえ、ニーナがゴルネオを真正面から打倒するには攻撃力が不足している。シャーニッドでは近接戦闘能力そのものが足りない。やはりどちらも正面からでは勝てない。

 

「……現状の戦力で勝つ、というなら戦術だろう。奇襲や狙撃、挟撃。どれでも勝算はある。しかし純粋な戦闘力では勝てない」

 

 その差が生じる最たる要因はなにか。

 レイフォンの結論は、時間だ。

 鍛えてきた時間と、その時間が作る肉体の完成度。だからこう言った。

 

「年齢の差は大きかろう。二年後のアントークなら今のゴルネオには勝てる。一年後のエリプトンも正面から戦うのでなければ問題ない」

「それでもわたしは今、勝ちたかったんだ」

 

 ニーナは睨むようにしてレイフォンを見据えていた。

 

「以前、お前がわたしたちに聞いたことだ。どんな武芸者になりたいのか、と。目標を今すぐ定める必要はなく、自分に出来ることをひとつずつやり遂げていけばいい。そうすればひとつずつ出来ることが増えていく。そう考えていた。――あれを見るまでは」

 

 蒼い剣が幼生体を皆殺しにした光景。

 老生体というバケモノを圧倒するレイフォン。

 いずれもニーナの見たことのない世界だったのだ。

 

「人間があそこまで強くなれる生き物だなんて知らなかった。でも、知ってしまったんだ。あのときまでツェルニの窮地(きゅうち)を救う一助になればいいと思っていたのに、欲が出た。どこまで出来るかは分からない。それでも――」

「……己の手で、か」

「ああ。私は自分の手でツェルニを護りたいと思っている。だからレイフォンのように強くならねばならないんだ」

「目指す先は、俺か」

 

 言うまでもない、という様子のニーナ。

 それに対してレイフォンは息を吐く。

 

「経験不足を自覚せざるを得ないな。訓練がぬるい、ということだろう?」

「えっ?」

「理解した。もっと訓練の強度を上げる。ゴルネオは音を上げたが耐えろ。明日からだ」

「え゛っ」

 

 そのときだ。

 他愛もない会話を楽しむレイフォンたちのところに、人が来た。

 

「注文を……」

 

 入口で出迎えたウェイトレスたちとは全く異なるテンションの声。

 陰気で怒りに満ちた声に振り向くと、

 

「ほう……?」

「……む」

 

 フェリ・ロスが居た。

 他のウェイトレスと同様に、可愛らしいフリッフリの制服に身を包んだフェリだ。

 

「ほ、ほら、この店の名物が来たぜ?」

 

 若干青い顔のシャーニッドの声が震えている。かもしれないが、確かにフェリだった。 

 彼女に笑顔は見えない。というか愛想笑いくらいしろ、と思わないでもない。

 

「ご注文は?」

「……怒ってるように見えるな」

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

 声に温度はない。

 普段よりもさらに冷たい。

 青い顔の二人は置物同然で、使い物にならない。メイシェンたちはどうしたらいいのか、と困惑中で、これまた役に立たない。

 

「……」

「ご注文はなにになさいますか」

「ならこの“愛情たっぷり!!メイドのご奉仕オムライス”を頼む」

「えっ」

 

 なんだか周辺も含めて多くの視線が集中したような気がする。

 

「……オーダーしないのか?」

 

 なぜか動かないメイシェンたちを促すと、全員がオーダーを伝えていく。

 フェリはオーダーを確認すると足早に厨房へと去っていった。

 

 ●

 

 注文したオムライスが届けられた。

 もはや注目の的だった。

 見られているのがフェリなのかすら定かではない。

 

「こちらが、愛情たっぷり!!メイドのご奉仕オムライスです」

「ああ」

「では、ケチャップをおかけいたして、愛の呪文で美味しくします」

 

 フェリは両手でハートマークを形作る。

 そして、淡々とした口調で言葉をひねり出した。

 

「萌え萌え〜きゅんっ」

「…………」

「…………」

「ああ、すまん。聞いていなかった。もう一度頼む」

「ぶち殺しますよ」

「ん?」

「いえ、なんでも。耳の穴をかっぽじってよく聞きやがれください。萌え萌え〜きゅんっ」

 

 意を決した渾身の呪文が再度唱えられた。

 じっと料理を眺めていたレイフォンは、ややあってから顔をあげ、フェリに問いかけた。

 

「これで美味しくなるのか?」

「知りません」

「……そうか」

 

 なんでちょっと残念そうなんだよ。

 誰もがそう思った。

 

 ●

 

「さて、天剣授受者についてだったか」

 

 全員の食事が届き、一息入れるとレイフォンがそう切り出した。

 そういえばそうだった、と思い出したのはニーナだけではない。

 短い時間にイベントがあり過ぎたのが原因だ。

 ……というか愛情たっぷり!!メイドのご奉仕オムライスって……。

 なんともいえない感情が渦巻くのはニーナだけではない。きっと周囲の席にいるひとたちも含めて全員だろうと思った。

 

「珍しいものではない。都市における最強の武芸者に贈られる称号だ」

 

 オムライスを食べながら、なんでもないことのようにレイフォンが告げた。

 

「じゃあ、レイとんって」

「グレンダンで最高位に立った。それだけだ」

 

 ニーナは思う。

 それだけではない、と。

 そんな軽い称号ではない、とも。

 老生体との戦闘は常軌を逸していた。あんなバケモノと戦えば都市が滅んでもおかしくない。それを支援があったとはいえ、たった一人で倒す。

 単なる称号で終わるようなレベルではない。

 

「レイとんって留年とかしてないよね? いつの話?」

「十歳だ。俺は十歳で天剣授受者になった」

 

 ここまではカリアンから聞けた内容だった。

 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。

 天才、という言葉をそのまま人型に固めたような武芸者の名前だ。

 

「なんでツェルニに来たんだ? 武芸を学ぶなら別にグレンダンでもよくないか?」

 

 ナルキの疑問はもっともなものだ。

 カリアンはレイフォンがグレンダンを出た理由を、くだらない欺瞞と言っていた。

 実際にはなんだったのか。

 ナルキの問いは、ニーナの疑問でもあった。そして、レイフォンはやはりなんでもないように軽い口調で答えた。

 

「王家のぼんくらを殺し損ねてな」

「はっ?」

「今度は女王に挑んだが、負けた」

「――――」

 

 すでに情報が多い。

 情報を整理できない。だから、というようにニーナは問いかけていた。

 

「レイフォンが負けた? いや、殺し損ねた? どういうことなんだ?」

「実力もない王家のぼんくらが、王家というだけで驕り、十歳の天剣に嫉妬した。面倒になることは分かっていたんでな、その場で始末するつもりだったが……。女王に止められた」

「だから今度は女王に挑んだ、のか?」

「――いや」

 

 先の問いとは異なり、レイフォンは否定だけを口にすると、沈黙した。

 そして、しばらく悩む様子を見せてから、言葉を選ぶようにこう言った。

 

「女王との件は別件だ。グレンダンにおいて、女王とは絶対者でな。立場の権威は、実力を背景にするものだ。かつて三人の天剣が挑み、敗北している。手も足も出ずに」

「レイフォンと同格の武芸者が三人がかりで……?」

 

 レイフォンは老生体と正面から戦い、勝利できる規格外の武芸者だ。

 そのレイフォンと同格の存在が三人で挑んでなお、手も足も出ない。

 もはやニーナに理解できる領域ではない。

 

「権力ではなく純粋な武力を以て君臨する。それが女王だ」

「それを知っていたのに、戦ったの? なん、で?」

 

 メイシェンの問いかけに対し、レイフォンは視線を向ける。

 しかし、すぐに握りしめた拳へと視線を変えた。

 

「――確かめたかった。俺という戦力がどれだけ役に立つのかを」

「天剣授受者っていうグレンダンで最強の称号持ってるんでしょ? めちゃくちゃ強いじゃん」

 

 ミィフィの言葉は無知ゆえのものだが、真実でもある。

 レイフォン・アルセイフは通常では考えられないほど強い。より上が居るからなんだというのか。

 

「まるで足りない。俺にはもっと(ちから)が必要だ」

 

 ニーナだけでなく、誰もが口を(つぐ)んだ。

 レイフォンから漏れた切実なほど真摯で、貪欲な力への欲求。なにかのため、というよりも力そのものへの執着のような熱量だったからだ。

 だから、とニーナは問いかけていた。

 

「なんのために?」

「力こそは全てを制する。力がなくては何も守れはしない。自分の身さえもな」

「人はちからだけじゃ――」

「――汚染獣だ。弱ければすべてを食い殺される。そんな世界で生きるというのなら、足掻くより他に道はない」

 

 沈痛な沈黙が降りた。

 反論出来なかったからだ。

 そんな残酷な世界で生きるしかないのだ、と。

 そして、ややあってから、レイフォンがオムライスを一口。

 しっかりと飲み込んでから無邪気に微笑んでこう言った。

 

「食べないのか? 悪くないぞ」

 

 全員がそのあどけない表情に目を奪われ、そして慌てて食事を再開した。

 全員が全員、言葉は違えど同じように感じていた。

 少なくともニーナはその確信がある。

 ……か、かわいい……。

 

 ●




原作まだ読んでないとこ買ったり読んでプロット考えなおしたりしてたら遅くなりました。今は深き夜に潜ってます。

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