俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第二話:魔人覚醒

 ●

 

 滅びた都市の奥へと進んだ十七小隊は、特に不審なものを発見できなかった。

 なにもなかったのだ。

 それこそ汚染獣に襲われたという推察が間違っているのではないかと疑うほどに。

 しかし、破壊の痕跡は明らかに汚染獣のものとしか思えない。

 あちこちに黒い染みが残っていることからも明らかだ。

 血の匂いも消えていない。ほとんどの建物は上から押し潰されたような壊され方をしている。

 どう考えても、汚染獣と交戦の末に敗れた惨状だ。

 なのに、死体だけがひとつとして発見できない。肉片ひとつすらも、残されていない。

 しかし、フェリから告げられたのは不穏な都市よりも凶報だった。

 

「隊長、レイフォンの反応を消失しました」

「なに? どういう意味だ?」

 

 ニーナは報告の意味を理解できなかった。

 フェリの念威がとんでもない距離の観測を可能にすることを知っていたからだ。

 都市にいればフェリならば確実に捕捉できる。できないはずがない。

 ならば、どういうことなのか。

 

「言葉通りです。さきほどまで捕捉していたはずですが、突如として反応が消失。現在、レイフォンの存在を確認できません」

「なんだと……。すぐに捜索範囲を広げるんだ」

「もうやっています。もう少し待っていてください」

 

 言いながら、ニーナは予感していた。

 もうここには居ないのではないか、と。

 レイフォンはあのとき、“縁を辿って別の都市に行っているとき”と言っていた。

 詳細こそ不明だが、この状況を想定していたのではないのか。

 

「終わりました。この都市のどこにもレイフォンはいません」

「そう……か」

 

 ニーナの予感を裏付けるように、フェリの捜索でも発見できなかった。

 フェリですら発見できないのであれば、他の誰にも見つけることはできないだろう。

 ……それでも、わたしは隊長だ。

 やるべきことは定まった。

 第五小隊との情報共有と、連携を取って捜索活動を開始することだ。

 

「分かった。現時点で都市の調査を中止。第五小隊と連携してレイフォンの捜索にあたる。まずは、最初に合流した地点に移動すると伝えてくれ」

「わかりました」

 

 念威端子が舞うように物陰へと消えてゆく。

 フェリはすぐに情報を第五小隊の全員へと伝達する。

 

『第五小隊へ。こちら第十七小隊です。小隊員のレイフォン・アルセイフが行方不明となりました』

『は? なんの冗談だ?』

 

 ゴルネオの疑問はもっともだが、今は面倒な反応であった。

 何度か同じような問答があり、理解が得られれば端的な、短いやりとりを交わしていく。

 

『――状況は理解した。こちらも合流する』

 

 第五小隊への連絡の間にニーナたちは荷物をまとめ、移動の準備を終えた。

 声を張る。

 

「よし! シャーニッド、周囲を警戒しながら先行しろ。わたしはフェリの護衛をしながらついて行く。方向は分かるな?」

「あいよ、問題ねぇ。だが、あいつがどうにかされちまうようなもんが出てきたらどうにもならねぇぞ?」

「おそらくそれはない」

「あん? なんで分かるんだよ?」

「いや、すまん。ただの勘だ。忘れてくれ」

「……そうかい。ま、俺なりに警戒はするさ」

「ああ、頼む」

 

 合流地点へと向かって警戒しながら走り出したシャーニッドを追う。

 それを追ってニーナとフェリも駆けていった。

 

 ●

 

 目が覚めると、見慣れた寮の自分の部屋の天井があった。

 ベッドの感触、空気の感じ。ここは間違いなくリーリンの部屋だ。しかし、違和感がある。

 意識が覚醒していく。

 そして、思考が回るよりも先に視界に黒い髪。

 ……ん?

 視線を下に向けると、

 

「…………あ」

 

 なぜかパジャマ姿のリーリンの、そのボタンを上から順に外しているシノーラがいた。

 

「なにやってるんですか、シノーラ先輩」

「えーっと・・・・・・、胸が苦しそうだなって?」

「さっさとどいてください」

 

 シノーラを押しのけて起き上がったリーリンは、パジャマのボタンを留めなおす。

 

「まったくもう……」

 

 そういいながらボタンをとめていると、急速に思い出してきた。

 見知らぬ男。倒れ伏す養父。そして……。

 急速に思い出して血の気が引いていく。

 

「先輩! あの、わたしはどうしてここに? 父さんは? レイフォンはどこですか?」

 

 あのときの恐怖や混乱が呼び起こされる。

 倒れ伏して、血だまりが大きくなっていくデルクの姿が浮かび、最悪の予感に襲われた。

 

「あーはいはい、落ち着いて落ち着いて。大丈夫だから。ね?」

 

 どんどん身体が硬くなっていくリーリンに、シノーラは優しく笑いかけた。

 

「まず、あなたのお義父さん、デルクだけど」

「大丈夫なんですか!?」

「もちろん。無事よ。ちゃんと病院で治療してもらったからしばらくしたら退院できるわ」

「そうですか、良かったぁ……」

 

 リーリンは安堵の声をこぼす。

 そうして身体の強張りがほどけていくのを自覚した。

 吐息を吐き出して、そういえば、と思い出す。

 

「あの、先輩。レイフォンはどこにいますか? あ、あまり広めないでほしいんですけど、戻ってきてるみたいで……」

「んー、あー。……あいつならもう居ないわ」

「え?」

「レイフォンについては女王陛下からお話があるみたいだから、そのとき聞いてみればいいんじゃない?」

「え? 陛下と? なんで?」

「さあ? リーリンちゃんが寝てる間に使者が来てね。デルクが退院してからでもいいから登城してってさ」

「……なんでシノーラ先輩が知ってるんですか?」

「ほら、あたしはリーリンちゃんの保護者だから」

「ち・が・い・ま・す」

 

 からからと笑うシノーラに、リーリンはため息をこぼすしかない。

 冗談やセクハラが多いが、快活でなにより嫌みがない。

 そんな彼女を嫌いになれなかった。

 やがて、互いの言葉が途切れると、シノーラが穏やかに聞いてきた。

 

「ねぇ、リーリンちゃん。レイフォンのこと、どう思う?」

「どうって……、どういう意味ですか?」

「だって、乙女のピンチに駆けつけてくるようなキザなやつよ。気にならないの?」

「ピンチって……」

 

 リーリンの心の中に浮かんできたのは、あの瞬間だ。

 不気味な男に襲われて、デルクが傷つき、倒れてしまったとき、愕然とした。

 絶望しそうな現実を受け入れられずに、ふらふらと歩いて、そして、抱きとめられた。

 ……レイフォン……。

 心の中で名前を呼ぶだけで、あのときの横顔が目に浮かぶ。

 頼もしくて、もう大丈夫って思わせてくれて……。

 レイフォンなら助けてくれる。そう確信して、安堵のままに意識を失った。

 いま自分が誰とどこに居るのかを忘れてしまうほど、想ってしまったから。

 

「……顔」

「え?」

「赤くなってるわよ」

「――――」

「あら真っ赤」

 

 何も言えず、ベッドに逃げ込んだ。

 頭まで布団をかぶって全部無視するしかなかった。

 

「そっかぁ。リーリンちゃんはそうなんだねぇ。どこがいいの? ねぇねぇ」

「うー……」

 

 しくじった。

 こんなめんどくさい人に知られてしまうとは。

 

 ●

 

 視界が切り替わった瞬間、レイフォンの耳に多くの音が届いた。

 絶叫だ。

 無数の叫びが木霊する都市に居ると自覚する。

 周囲を見渡せば、無数の汚染獣が都市へ群がって来ている。

 だから、とレイフォンは自身の内へと意識を集中した。

 

「――――メルニスク」

 

 呼びかけれると、ややあってから、無機質な、しかしどこか不満を感じさせる声が頭に響く。

 

『利用したな』

「嘘は言っていない」

『今度こそ証明してみせよ』

 

 レイフォンは微笑し、こう言った。

 

「なら武器と剄を預けろ。貴様を含めた全力を試す絶好の戦場なのだろう?」

『…………』

「それがなければあまり意味はないが? なにより鍛え上げるには時間が足りん。もう決戦までそれほど猶予はない」

 

 返答はなかった。

 だが、レイフォンの手の中に黒い錬金鋼が顕れた。

 鞘から柄尻まですべてが黒い刀。

 黒鉄錬金鋼(アイアンダイト)ではない。天剣でもない。

 だが、手に馴染む。

 これまで扱っていた錬金鋼と同じサイズ、同じ形。おまけに鞘までセットらしい。

 錬金鋼の感触を確かめていると、身体の内からそれは来た。

 

「……!」

 

 剄が爆発する。

 いや、とレイフォンは思う。

 そう感じるほどに剄が増えたのだ、と。

 もともと天剣のなかでも飛び抜けた剄を持つレイフォンだったが、廃貴族を所有した現在の剄はそれを遥かに凌駕している。

 ……これなら女王に届く、か……?

 少なくとも、天剣には負けない。

 リンテンスであろうとも()()()だろう。

 たった今、レイフォンの比較対象は天剣から女王へと変わったのだ。

 

「フッ……」

 

 思わず失笑してしまった。

 久しぶりに楽しい。その楽しさに身を委ねていいんだ。

 悪魔(おれ)が力を、新たな武器を手にしたのなら、することはひとつしかない。

 

「踊ろうか」

 

 腰に差した鞘から引き抜く勢いをそのままに、薙ぎ払い、即座に納刀。放たれた剄が形作るのは斬撃だ。

 外力系衝剄の化練変化、『次元斬』。

 視線の先。

 武芸者を食らおうと滑空しながら突進する雄生体と重なるようにして、透明な球が現れた。

 直後。

 球形の斬撃に首から胴の辺りをくり抜かれた雄生体は、慣性のままに墜落していく。

 ……悪くない。

 剄の通り方は上々。白金錬金鋼(プラチナダイト)よりも上だろう。

 しかも青石錬金鋼(サファイアダイト)が暴発してしまう程の剄を受けてもなんともない。

 総じて、天剣に近い。

 次は限界を確かめる必要がある。だから、とレイフォンは付近の壁を駆け上がる。

 建物の上に出て、屋上からさらに上空へと全力で跳躍。

 

「――――」

 

 都市の、あるいは戦場の全貌が見えてきた。

 全方位。都市の周囲。

 そのすべてから汚染獣が押し寄せている。

 見た限りでは老生体は見えないが、明らかに尋常な事態ではない。しかし、

 ……それくらいで丁度いい。

 レイフォンは空中で居合いの構えを取る。

 新たな錬金鋼の扱いを身体に馴染ませるよう、幾度となく刃を振るうことにした。

 

 ●

 

 最初に気付いたのは、一人の念威繰者だった。

 次第に気付く者は増えていき、武芸者たちも気付いた。

 透明ななにかが汚染獣を惨殺しているのだ、と。

 異様な光景だった。

 雄生体は強力な汚染獣だ。

 幼生体よりも遥かに強力な鎧を備え、獰猛さは尋常ではない。強靭な顎は容易に武芸者を切り裂き、その巨体にぶつかるだけで引き裂かれる。

 熟練の武芸者が全力で斬っても簡単には殺せない。何度も斬りつけ、ようやく一体を殺す。

 その間に仲間が死ぬことだってある。それを――、

 

「嘘、汚染獣が……」

「……どうなってんだよ」

「なんなんですか……、これは」

 

 まるで紙でも切るかのように、透明ななにかが惨殺しているのだ。

 さきほどまで自分たちを食い殺そうと襲い掛かってきた脅威が、死んでいくのだ。

 戦場で戦う武芸者たちは誰もが混乱していた。

 命をかけて食い止めていたはずの汚染獣が恐ろしいほどの速度で殺されていき、やがて汚染獣は死に絶え、すべてが止まった。

 

「…………」

 

 言葉が出なかった。

 身体の一部をくり抜かれて死んだ汚染獣を見つめたまま、誰もが動けずにいた。

 一体なにが起こったのか。

 汚染獣は本当に死んでいるのか。

 なにもかもが理解できなかったからだ。

 やがて、呆然と立ち尽くす武芸者たちの耳元にひとつの声が届られた。

 

『全隊に報告。第一波の殲滅が確認されました』

「や、やったのか……?」

 

 ゆっくりと認識が事実に追いついてゆき、武芸者たちは歓喜の声をあげた。

 乗り越えたのだ、と。

 

「う、うおおおお――――!!」

「やったんだ! 俺たちはやったんだああぁぁ!!」

「生き残ったぞぉおおおおお!!」

 

 着地した建物の屋上で、レイフォンもその声を聞いていた。

 眼下の武芸者たちから直接聞こえる声だけではない。

 すぐ近くに念威端子が来ているからだ。

 水滴型の端子が淡く輝き、念威を通して声を届ける。

 

『つきましては、各隊の指揮官は中央庁舎の一階ホールに集合してください』

 

 そして、続く言葉はレイフォンだけに届けられたものだった。

 

『貴方もいらしてください。足下の建物の一階でお待ちします。どうか、お力添えをお願いします』

 

 ●

 

 レイフォンは居ない。

 フェリとサアラの二人が徹底的に念威で探索しても発見できなかった。

 だが、別のものは見つかった。

 

「まさか、本当にこうしていたとは……な」

 

 ため息とともにつぶやいたニーナの視線の先には、農場がある。

 都市の食料を生産するための区画、生産区。その巨大な農場だ。

 見渡せば、まだ十分に収穫可能な野菜が青々と(しげ)っている。

 だが、手前にあるのは違う。

 濃い茶色をした小山がいくつも並んでいた。

 小山の大きさはまばらで大きなものは一軒家ほどもある。

 

「……痛ましいな」

 

 雑な作りの、簡素な墓。

 穴をあけて放り込んで土を戻しただけだろう。

 だが、都市ひとつ分の食い残しを埋葬したと考えれば、十分すぎる。

 そのときだ。

 第五小隊の面々がスコップで小山を崩そうとしているのが見えた。

 

「おいっ! なにをしている!?」

「掘り返して調べる」

 

 ゴルネオの返答はあまりに簡潔すぎた。

 

「なんだと? そんなことをする必要がどこにある?」

「……これが墓場だと決まったわけではない。それに、墓だとすれば誰が埋めた?」

「それは……」

「レイフォン・アルセイフは行方不明のまま念威繰者にも発見出来ていない。となれば、完全に隔離された場所に居るか……、在る」

「…………」

 

 都市に居ないのならばまだいい。

 だが、本当に()()なのかはニーナには分からないことだ。

 レイフォンがツェルニに向けて発した廃貴族に関する話からの推測にすぎない。

 その話の根拠を知らない以上、他人に説明できることではなかった。

 それに、とニーナは思う。

 もし、レイフォンが反応できないほどの重傷を負っているなら。

 意識すらない状態でどこかに隔離されている状態であるなら。

 隊長として、その可能性を無視していいことにはならない。

 

「それに時間もない。夕方にはツェルニが追いついてきてしまう。それまでに出来ることはすべきだ」

「……分かった。こちらはこちらで他を捜索する」

 

 ここまでの探索でおそらく脅威となるなにかはいないだろうという結論は出ている。

 どれだけ念威で捜索しても、総出で呼びかけてみようと何の反応も無いからだ。

 残る問題は時間。

 先行してランドローラーでここまで来たが、夕方にはツェルニが到達する。そしてセルニウム鉱山まで行ってしまうだろう。

 ランドローラーのほうが速いとはいえ、燃料にも限りがある。

 都市に先行されてしまえば追いつくのは難しくなる。

 

「行くぞ。レイフォンが向かった方向をもう一度探そう。フェリ。負担をかけるが、念威端子が入り込めない場所を示してくれ」

「……分かりました」

「じゃあ俺らは行くぜ、ゴルネオさんよ。晩飯に肉料理が出ないことを祈らせてもらうわ」

 

 シャーニッドの捨て台詞で、スコップを抱えた第五小隊の面々が渋面を浮かべた。

 

 ●

 

 ツェルニが廃都市に接近するまでが、捜索に使えるタイムリミットだった。

 そしてあっさりと使い切ってしまった。

 

「これ以上はツェルニへの帰還に支障がある。残念だが……」

 

 沈痛な面持ちで言うのは、ゴルネオだ。

 本意でないことはみんな分かっている。第五小隊も第十七小隊も、全員が理解している。

 それでも、私は納得したくない。

 だからサアラは感情をそのまま言葉にした。

 

「――嫌です」

 

 陰鬱な場に広がった。

 水面に波紋が広がるように、その言葉は広がっていった。

 サアラがこんなことを言い出すとは思っていなかったのだろう。

 ゴルネオが呼びかけてきた。

 

「サアラ?」

「私は嫌です」

 

 だからもう一度、はっきりと口にする。

 そんなことは嫌だ、と。

 レイフォンを見捨てるような真似はしたくないのだ、と。

 きっと、そう思っているのは自分だけではないはずだから。

 

「……気持ちは分かる。だが、これ以上ここに留まれば我々もツェルニへ帰れなくなる」

「レイフォンさんだってそうじゃないですか!」

「――――」

 

 念威繰者は感情が薄く見られるが、決して感情そのものが欠落しているわけではない。

 脳が強靭で情動処理を効率的に行うから感情表現が苦手なのもそう。

 感情を効率的に処理してしまうから薄まっているだけだ。

 生まれた感情が激しければ、それだけ多くを飲み込んでしまう。 

 

「……お前」

 

 サアラは涙を流していた。

 自分でも初めてのことだ。

 激情のままに泣いてしまうなんて、自分でも思っていなかった。

 

「レイフォンさんは、たった一人でこんなところに残されてしまうんですよ?」

「…………」

 

 自分たちはランドローラーで廃都市に来た。

 もうすぐやって来るツェルニに戻らなければ、もう追いつけないかもしれない。

 セルニウム鉱山の採掘でしばらくいることに何の意味があるのか。

 すぐに動けない状態だったら手遅れになってしまうじゃないか。

 

「今もどこかで助けを待ってるかもしれない。意識すらないかもしれない」

「……もういい」

「帰る方法だって無いかもしれない!」

「サアラ……!」

 

 それは悲痛な叫びだった。

 全員が共有する嘆きだった。

 もし、自分一人だけ取り残されてしまったら。

 そんな状況を想像したら心の底から恐ろしい。

 そんな状況に陥らせてしまう自分たちの無能が、悍ましい。

 

「今まで助けられてきた私たちが、あの人を見捨てていいはずないじゃないですか!」

「やめるんだ!!」

 

 肩をつかんで制止するゴルネオだって分かっている。

 状況を理解しているから。

 今すべき行動の理由を把握できているから、辛いのだ。

 

「……みんな分かってることだ。もうやめてくれ」

「う、うあああっ……!」

 

 サアラは泣き崩れ、泣き疲れて眠ってしまうまで泣いていた。

 誰も直視できなかった。

 胸中に苦い思いだけを回しながら地面を眺めることしかできなかった。

 

「…………」

 

 重苦しい沈黙が続き、やがて、ゴルネオは手を叩いて宣言する。

 ほかにできることはなかったからだ。

 

「ツェルニへ帰還する」

「――くそっ!」

 

 第五・第十七小隊の誰にとっても、あまりに苦い任務失敗となった。

 

 ●

 

 状況は最悪だった。

 どうやらこの都市の連中は、雌生体を殺す前に幼生体を全滅させてしまったらしい。

 これまでは交戦経験が少なく、しかも知らずとも先に母体を殺せていたらしく、知識がなかった。

 もうすでに周辺の汚染獣すべてが押し寄せていると考えていいだろう。

 幸いにも第一波としてやってきた汚染獣は雄生体と雌生体、幼生体のみであったようだが、耐えるのが限界だったという。

 膨大な数に押されていて、戦線の崩壊は目前に迫っていた。そこにレイフォンがやってきて汚染獣を殲滅した、という流れであったらしい。

 ひとまずの危機は脱した。だが、これで終わりではない。

 第二波も来るだろう。第三波までは来るかもしれない。

 

「後続は確認できているのか? 都市の移動能力の状態は?」

 

 レイフォンが問えば簡潔な回答があった。

 聞けば、特殊な錬金鋼と連携することによってかなりの遠方まで探査を可能とする技術があるという。

 それによれば第二波は確認されている。

 残念だが都市は岩に足を取られており、復旧させなければ動けない。

 ……そんなことをしていられる時間はない、か。

 良い知らせがあるとすれば、第三波は現状では確認できないこと。

 悪い知らせは、山のように巨大な汚染獣が三体もいること。

 最悪の知らせは、そのうちの二体は雄生体とは明らかに異なる形状をしているということ。

 レイフォンもため息をこぼす程度には最悪だった。

 

「老生体二期以降の個体が二体。もう一体も老生体の可能性がある、か」

「雄生体よりも遙かに強い、最強の汚染獣……ですか」

「ああ」

 

 総指揮を執る壮年の武芸者は沈痛な面持ちで俯いた。

 レイフォンから見て、ここは決して程度の低い都市ではない。

 数十年の間、交戦が無かったことを考慮すれば優れていると言ってもいい。

 だが、どう考えても複数の老生体は無理だ。

 何の変哲もない都市ひとつでどうにかできる相手ではない。

 無理だ。滅ぶしかない。

 そう考えて息を吐き出したレイフォンに、問いが投げられた。

 

「……貴方ならば、勝てるのでしょうか」

 

 縋るような、恥じるような声色で問いかけた壮年の武芸者は、真っ直ぐにレイフォンを見ている。

 握りしめた拳からは血が滴っていた。

 如何なる感情によるものか。察するに余りある。

 だからレイフォンも何も偽らず、飾らずに答えることにした。

 

「おそらく、勝てるだろう」

「なんですと……!?」

「一対一で老生体を始末した経験は何度もある。都市内でなら勝てる可能性はあるだろう」

「それは――」

 

 都市内でなら。

 その言葉を意味するところを理解した武芸者の表情が陰った。

 そうだろうな、とレイフォンは思った。

 山のごとき巨体を有する汚染獣が三体。

 都市を、それらとの戦場にする。

 どれほどの破壊がまき散らされることになるのか、分かったものではない。

 

「都市が保つかどうかは、頑健性次第としか言えない。だからといって、都市外戦闘で三体もの老生体を相手取って勝つ自信はさすがにない」

「…………」

 

 滅ぶしかない。

 レイフォンはそう結論していた。

 老生体が最低二体。もう一体の巨体も老生体なら三体が襲ってくる。しかも無数の雄生体と一緒に。

 個としての質ならレイフォンの方が圧倒的に上だろう。廃貴族によるブーストを含めれば確実に勝てる。

 だが、都市を救うことはできない。

 都市外での戦闘になった場合、戦闘方法の不明な二体と無数の汚染獣の群れを一度に相手にして、ただの一度も被弾してはならない。

 レイフォンといえども困難と認めざるを得ない。

 都市外縁部で迎え撃ったとしても老生体を三体まとめて相手にするとなれば、殺しきるまで時間がかかりすぎる。

 山を削りきるパワーが老生体にはある。戦闘が長引けば長引くほど都市は破壊されていくだろう。しかも妨害する雄生体や幼生体が山ほどいる。

 ……無理だ。

 勝つことはできる。今のレイフォンにはその自負がある。

 だが、短時間で殺しきれるとは思っていない。

 と、そのときだ。

 

「…………二体」

 

 絞り出すように、壮年の男がこう言った。

 

「二体ならば、短時間で倒せますかな?」

 

 死を覚悟しての言葉ではない。

 死を決意しての言葉だった。

 

 ●

 

 王家から登城を求められた。

 そのことを知ったデルクは退院してすぐにお礼の挨拶に訪ねたい旨を書面で送った。

 すると、今日、この時間に来るよう指定されたという。

 

「怪我は本当に大丈夫?」

「ああ。もう、完全に治った。これも王家のおかげだ」

 

 デルクが最新の高額医療を受けることができたのは、王家が医療費を肩代わりしてくれたからだ。

 あの襲撃者は特殊な汚染獣に寄生されていたことで戦傷扱いということで処理したらしい。

 だが、これにはやや無理があった。

 戦傷での補償金の限度額はあまり高くない。少なくとも今回の大怪我をどうにかできる金額ではないし、王家からではなく役所から支給されるはずだからだ。

 ……なんでわたしまで……。

 全部シノーラ先輩が悪いのでは。

 そう思うと少し腹立たしくなってきて、しかし、インテリアが見えれば再び気落ちしてしまう。

 精緻な紋様の絨毯、座り心地の良いソファ、肘掛けの細工……。

 明らかに高級なものだと分かる。すべてにお金がかかっている。

 だからこそ自分たちの場違い感がすごいのだ。

 ため息をしそうになって、あわてて飲み込み、鼻から吐き出した。

 そうしているうちに、侍女がやってきてリーリンたちを別の部屋へと案内した。

 

「お連れいたしました」

 

 連れられた部屋に入ると、中央より少しだけ扉に近いところにソファがひとつ。

 距離を開けて向かい側に一段高い段があり、御簾で隔てられている。

 デルクに続いてソファの前に移動して膝を折り、深々と頭を下げた。

 

「この度は陛下に多大なるお慈悲を頂きまして――」

 

 デルクが丁寧に礼を述べる。

 リーリンはその隣で頭を上げられずに固まっていた。

 ……口から心臓出ちゃいそう……。

 わずかに視線をあげて覗き見る。

 女王自身の姿は御簾の向こう側にあって、よく見えない。その影だけがぼんやりと浮かんでいる。

 

「貴公の現役時の活躍もしかりだが、貴公の手によって育てられた剣は、私の手にある間、十分な活躍をした」

 

 レイフォンのことだ。

 今回、リーリンとデルクはレイフォンに助けられた。

 しかし、レイフォンは学園都市を卒業するまで追放処分を下されている。

 あのときは何も考えられなかったが、冷静になると非常によくない行為だ。

 追放中の身でありながら、勝手に都市に入り込んでいる。

 それを咎められたら。

 レイフォンはもう二度とグレンダンに戻れなくなってしまうかもしれない。

 顔から血の気が失せるのを感じた。

 リーリンは死刑執行を待つ囚人のような気持ちで、女王の言葉を待つしかなかった。

 

「此度はあれに救われてしまったようだ。全くあれには驚かされる」

「申し開きもありません。追放中の身でありながら忍び込むような真似をしたのも私たちを救うため。私の未熟、私の不明があやつにそうさせてしまったのです。すべての責任は私にあります」

「ふむ……まぁ、座りたまえ」

「はっ」

「ここは謁見の間ではなく、もっと私的な会見をする時に使う部屋なのでね。楽にしてくれてかまわない。小うるさい侍従長も外させているのだから」

 

 どこかで聞いたような話し方だった。

 でも、それがどこだったか思い出せない。

 

「今回の治療費については一切気にしなくていい。あの程度を見逃す不手際をレイフォンに怒られてしまったからね」

「もっ……申し訳、ございません」

 

 冷や汗だらだらでデルクは謝罪した。

 リーリンも一緒になって頭を下げることしかできなかった。

 内心はレイフォンへの罵倒でいっぱいだ。

 ……あの武芸馬鹿! なんてことしているのよ……!

 その様子を見たからか。

 陛下は上品に笑って流してくださった。

 

「ふふ。だがまあ、レイフォンがグレンダンに居た件は本当にどうでもいいんだ。敵対しているわけでもない。武芸者が民を守るために汚染獣を撃退しただけだ。それに、防ぎようもなくてね」

「防ぎようが……?」

「ああ、いや。こちらから振っておいてすまないが流してくれ」

 

 そこに侍女が現れて、リーリンたちにお茶を渡してくれた。

 飲むべきか、飲まざるべきか。

 どちらが失礼なのか迷っていると、リーリンに声がかけられた。

 

「レイフォンが今どうしているか、知ってるかい? それとも手紙のやりとりなんかもしていないのかい?」

「あ、はい。……あっ、いえ、してます!」

 

 リーリンの慌てた様子に、笑いを押し殺したような声が聞こえた。

 

「そう緊張することはない。それで、レイフォンからなにか聞いているかい?」

「なにか……?」

「なにをするつもりだとか。未来についてかな?」

 

 黙り込んでリーリンは考える。

 そうして思い至ったのは、レイフォンが都市を出て行く前のことだ。

 病室で、レイフォンはやたら神妙に話してきたことがある。

 追放の件を気軽に言い捨てやがったから罰としてホールケーキの刑をくれてやったが。

 

「“俺はグレンダンの宿命の中にいない”。レイフォンはそう言っていました」

「…………」

「グレンダンの宿命ってなんですか?」

「リーリン」

「あっ……!」

 

 デルクに咎められて、自分がなにを言ったのかに気付いた。

 

「も、申し訳ありません……」

「気にすることはない。だが……、レイフォンがそう言っていた、か。貴公も聞いているか?」

 

 水を向けられたデルクは否定の言葉を口にした。

 

「いいえ。ですが、クラリーベル様よりレイフォンが追放された件について教えて頂きましたときに、同様の言葉を耳にしました」

「クラリーベルか。まあ、知ってしまったのなら仕方ない。口外しないのなら教えよう」

 

 そう言って言葉を切った陛下は、ややあってから、ゆっくりと語り始めた。

 

「グレンダンはいずれ来る災厄と戦うために作られた都市であると伝えられている。レイフォンは私と戦うことで己の立ち位置を確かめたのだよ。天剣授受者がどれだけ意味のある戦力か。そして、長い年月をかけて作り上げられた、最後の切り札である私が本当に切り札たり得るのか、とな」

「…………」

「私から直接聞いたのでもなければ信じない。そんな荒唐無稽な話だろう? だからこそ口外禁止と定めもせずにいるのだよ。王家がわざわざ禁じなければ誰も信じやしない、とな」

 

 武芸者からすれば、天剣授受者は明らかにモノが違う。勝てるなどと考える方がおかしい。

 比べようなどとは思わない。思ってはいけない領域であると認識している。

 そんな超常の武芸者が天剣授受者。

 その一人であるレイフォンであっても、実力不足を疑わねばならない戦場。

 

「本当にそんなことが……?」

 

 デルクの声は震えていた。

 

「天剣が十二本揃ったときは時が来たと思ったが、レイフォンは私の剣ではなかったのだろう。いつになるのやら……。私の代であればいいと思うが、そうはならないかもしれない。確かなことではないのだ」

 

 そうして陛下は口を閉じた。

 ややあってから、話題をデルクへと投げかけた。

 

「……貴公の武門というのは外へと流れる一族だな」

「は……」

 

 いきなりの話題転換は、これ以上聞くな、という意味であることは明白だった。

 もう語るべきことはない、と。

 

「サイハーデンの一族は、枝葉を外へと伸ばす気性があるらしい。血は繋がっていなくとも、受け継がれた技の精神がそうさせる。レイフォンは武芸に実直であった。ゆえにこそ、レイフォンにも宿っているだろう。たとえ、サイハーデン刀争術の剄技をそのまま使っていなくとも、だ」

 

 そう言うと、陛下はリーリンを呼んだ。

 

「リーリン・マーフェス」

「……はい」

「そのことは、覚悟しておいたほうがいい」

 

 リーリンはそれに、なにも答えなかった。

 そのあと陛下とデルクが何を話したかなんて覚えていない。

 そうして会見が終わり、デルクが遺髪の入った箱を抱えて部屋を出る。そのあとにリーリンがついていく。

 けれど、扉が閉じる瞬間に小さく口に出した。

 

「覚悟なんて、いりません」

 

 小さく、しかし、はっきりとそう言った。

 レイフォンは必ず帰ってくる。

 リーリンにとっては、それが真実だ。

 

 ●

 

「馬鹿な。なんだあの数は……!」

 

 第二波の汚染獣がやってくる。

 群れをなしてやってくるのは同じでも、周囲すべてから間断なく襲ってくるのではない。

 一方向から来る。

 なぜ、第一波から一日近くも間が空いたのか。

 その答えは第二派の整然としすぎた行進からも明らかだ。

 

「統率者がいるな……」

 

 聞こえた言葉は全員が共有する予感だった。

 第一波を捨て駒としたのか。

 それ以外の全ての汚染獣を集めたのだ。

 その結果が、あの無数の汚染獣の群れ。

 

「どれが指揮官か、分かるか?」

『いいえ。ですが、老生体のいずれかではないかと』

 

 水滴型の念威端子から届けられる声に、同意を示したのはレイフォンだ。

 

「特異な能力を持つのは老生二期からだ。蜂か龍、どちらかだろうな」

 

 一回り大きな体躯を持つ汚染獣は三体。

 そのうちの一体は足こそ無いが雄生体や雌生体の延長でしかない。

 老生一期の個体だ。

 残る二体は形態があまりにも乖離している以上、老生二期以降の個体であることは間違いない。

 一方はまるで龍。

 胴長で、手足のような何かがあり、頭部を囲い込むように体毛が覆う。そのすべてが強靱な鎧であることを証明するように、地面を削りながら這いずってくる。

 もう一方は空を飛ぶ蜂。

 大きさこそ老生一期とそれほど違いはないが、飛行方法は蜂そのもの。

 単純な移動だけでなく、滞空や方向転換すら可能だろう。

 ため息をこぼしたレイフォンは、錬金鋼の柄を握る。

 

「やりたくはないが……。仕方ない、か」

 

 呟くと、レイフォンの剄が脈動する。

 天剣技、『スラッシュ・ディメンション』。

 神速の居合いから放たれた蒼い衝剄は斬撃形状のままゆっくりと巨大化。

 編み目のような斬撃がそのまま固定されて、都市と汚染獣との間に設置された。

 

「もう一度だ」

 

 再度スラッシュ・ディメンションが放たれ、二重の斬撃が防壁となり、そして、

 

「――――!!!」

 

 汚染獣の群れはそのまま直進して、切り刻まれていった。

 幼生体どころか雄生体、雌生体であっても蒼い網に触れれば死んでいく。

 それでも目の粗い網でしかない。運の良い個体は無傷で通り抜けているし、老生体もダメージこそあっても深手ではない。

 

『すごい! 雄生体・雌生体ともに大きく数を減らしています……!』

 

 念威繰者ですら高揚する戦果だった。

 圧倒的な剄量と尋常ならざる剄技。

 まさに神業。

 そんな規格外の戦力が望外にも同じ戦場にいる。

 その事実に戦場に立つすべての者が奮い立たされた。

 

『汚染獣が都市へと接触するまでおよそ十秒。どうか皆様、生き残ってください』

 

 ●

 

 スラッシュ・ディメンションを越えて、汚染獣が近づいてくる。

 先頭で来るのは老生体三体。

 だから、というようにレイフォンはセオリー通りに動くことにした。

 外力系衝剄の連弾化練変化、『重ね次元斬』。

 それは、老生一期の巨体がエア・フィルターを越えた瞬間だった。

 羽の根元に無数の斬撃が形成される。

 球形の斬撃、次元斬だ。

 廃貴族を得たレイフォンの剄技は以前とは比べものにならない。

 これまでなら次元斬だけでなく、無数の攻撃を重ねる必要があった。

 だが、もうそれは必要ない。

 

「――――!」

 

 次元斬は幾度となく連続し、一瞬にして羽を根元から削り取っていた。

 飛行能力を奪われた老生一期は外縁部へと墜落していく。

 直後。

 轟音とともに土煙が舞い上がった。

 まるで爆発したかのような破裂音だった。

 

「かかれぇ――!!」

 

 号令が轟き、武芸者たちが殺到する。

 しかし、レイフォンは彼らを見ない。

 老生一期のことは、彼らが担うと決めたからだ。その覚悟、その決意は称賛に値する。

 ゆえに意識に残さない。

 なにより、すでに残る老生体が目前に迫っている。

 正面から龍の顎が、上空から蜂の尾から生えた刀剣のような針が襲い掛かる。

 だから、レイフォンは退避を選択。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 たったひとつの剄技で蜂型の上を取ったレイフォンは剄を練り上げ、しかし、吹き飛ばされた。

 

「!?」

 

 レイフォンを吹き飛ばしたものの正体は豪風だ。

 蜂型の老生体は飛行中であり、その背に生えた羽は絶えず羽ばたいている。

 巨体を支えるための飛翔、その羽ばたきによって生まれる続ける渦。

 その風力の解放だ。

 だが、とレイフォンは思う。

 ……いまさら物理かよ。

 汚染獣ほどの巨体は軽く数十トンはある。低く見積もっても十トンは超えるだろう。

 それだけの巨体が虫のような形の羽で自在に飛び回る。

 積載量限界まで載せた巨大タンカーを風力だけで浮かせるようなものだ。

 このときの生じる風は台風程度のそよ風ではない。毎秒数十トンもの圧力を持った暴風が吹き荒れることになる。

 しかし、レイフォンがこれまで見てきた汚染獣はどんな個体もそんな暴風を撒き散らしてなどいない。

 それは汚染獣が自重を物理的な揚力や浮力以外のなんらかの力によって浮かべているからだ。

 そうでなければ天剣授受者どころか女王であっても接近できない。

 一瞬ならともかく、永続する暴風ではどうしようもない。もしそのレベルで自立飛行しているなら、武芸者どころか都市ですら消し飛んでいた。

 そうではなかったのは幸運だが、当然かもしれない。消し飛ばしてしまえば肉片すら残らないからだ。

 吹き飛ぶ程度なら、やりようはある。

 

「ちっ」

 

 高速で吹き飛ばされたレイフォンは、エア・フィルター寸前で姿勢を制御、反転。

 脚甲から剄を変化させて虚空に一時的な足場を描く。

 外力系衝剄の化錬変化、『エア・ハイク』。

 跳ぶ、という瞬間。

 雄生体がレイフォンに向かって殺到していた。

 だから、というようにレイフォンは跳び方を変えることにした。

 活剄衝剄混合変化、『ディープスティンガー』。

 フォースエッジをドリルの先端に、閻魔刀を掘削の刃に見立て、回転しながら突進した。

 

「邪魔だ……!」

 

 雄生体や幼生体を切り刻み、粉々に砕きながら突き進むレイフォンは、そのまま龍型へと突っ込んだ。

 

(ちり)ごときが、俺を無視するな!」

 

 レイフォンを無視して都市の武芸者たちを食らおうとしていた龍型は、突如として背中で生じた掘削作業によって絶叫した。

 

「――――!!」

 

 このまま削り殺そうとしていたレイフォンは、しかし、即座の動きで後方へと退避。

 内力系活剄の変化、『トリック・ダウン』。

 直後。

 さきほどまでレイフォンが居た場所、龍型の背中に豪風が降ってきた。

 蜂型が生み出すダウンバーストだ。

 そして、レイフォンに向かって雄生体が殺到した。

 右、右上。背中から三。左。前、上から二ずつ。

 周囲を瞬時に確認したレイフォンはもう一度退避を選択。

 トリック・ダウンによって左後方へと移動しながらも、攻撃の手は休めない。

 外力系衝剄の連弾化錬変化、『重ね次元斬』。

 雄生体、龍型、蜂型にむけて剄が走り、硬質な金属音とともに斬撃が連続した。

 さらに次元斬を重ねて周囲の雄生体や幼生体を切り刻みながら、レイフォンは確信する。

 ……指揮官は蜂だ。

 明らかに周囲を確認しながら立ちまわっている。それに、蜂型だけが次元斬を()()()()()()()()

 

「このままでは(らち)が明かん。――念威繰者! 風を可視化できるか!?」

『風を? いえ、いずれにしろ貴方の動きに端子が追いつきません』

 

 レイフォンは思わず舌打ちをこぼしていた。

 考えてみれば当然だった。

 都市の外に出られない世界に航空機などなければ、鳥なんて存在しない。

 航空力学という概念があるはずもない。

 空力という言葉すら存在しないかもしれない。

 

「一秒やる。一秒で俺に端子を設置できるよう準備しておけ。それまでは、数を減らす」

 

 ●

 

 中央庁舎の一階ホール。

 都市中の指揮官の集められたそこで、レイフォンは壮年の武芸者の言葉を聞いていた。

 

「……二体まで?」

「我々に老生体を撃退する戦力はない。複数体ともなれば間違いなく不可能でしょうな。しかし、時間稼ぎに徹すれば、あるいは……。そう期待させて頂きたい」

 

 レイフォンという戦力を最大限活かす。

 聞こえはいいが、実態は生贄にも等しい。

 老生体三体を一度に相手すれば、倒すのに時間がかかりすぎる。

 それでは都市が持たない。

 だから、レイフォンが老生体二体を手早く殺せるように、残る一体を足止めする。

 都市が生き残るという小さな可能性、そのための生餌になるということにほかならない。

 

「……問題は老生体だけではない。無数の雄生体、幼生体もいる。どう対処するつもりだ」

「半数が老生体の足止めを。半数が残り雄生体の殲滅をしましょう」

「できると思っているのか?」

「いいえ」

 

 壮年の武芸者は即答した。

 死を受け入れた者特有の、透明な笑みを浮かべてこう言った。

 

「たとえ死するとも、汚染獣から逃げる者は武芸者ではない。そうでしょう?」

「…………」

「我らだけではどうにもなりませぬ。時間とともに死んでだけゆくでしょう。それでも老生体を足止めし、他の汚染獣からも住民を守り抜きます。貴方が来られるそのときまで」

 

 全員がレイフォンを見ていた。

 どこの誰かも分からない、自分たちよりも圧倒的に強いだけの武芸者を。

 期待はしているのだろう。

 だが同時に、あきらめてもいるのだろう。

 だからだれも負の感情を抱いていない。

 

「……老生体二体。それも二期以降の個体を短時間で殺せ、と(けしか)けるか」

「できずとも恨みませぬ。すべて我らの無知が招いたことゆえ」

 

 だろうな、とレイフォンは思った。

 正直にいえば、レイフォンはこの都市をどうとも思っていなかった。

 メルニスクに連れてこられた試練の場。それ以上の意味を見出していなかったのだ。

 ……武芸者、か。

 戦場を遊び場にしている身としては、背筋を正される思いだ。

 素直に尊敬申し上げる心意気でもある。

 だからレイフォンは問うことにした。

 

「この都市はなんという都市だ?」

 

 すると、壮年の武芸者は意外そうな顔で、

 

「……おや。我々に興味をお持ちですかな?」

「今のうちに聞いておかねば、聞けなくなっているかもしれんからな」

「なるほど、確かにそうかもしれませんなあ」

 

 言うと、彼らは一斉に錬金鋼を右手に復元。

 武器を掲げ、高らかに謳う。

 

「――我ら武芸者、都市の楯として身を捧ぐ。我ら市民、都市の血液として身を捧ぐ。そこに腐敗なく、不滅の決意を以て都市とともに生きる。ゆえに、純潔にして清廉たる都市。――楯血(じゅんけつ)都市ツァーレンザルドなり!」

 

 誇り高く名乗りを上げた。

 壮年の武芸者は悠然と微笑みながら、レイフォンへと問いかける。

 

「名乗り返しては頂けませんかな?」

「――生き残ったら教えてやる」

「それはそれは、なんとしてでも生き残らねばならない理由がひとつ増えましたなあ」

 

 彼らは悔いを残さないように全力で今を笑い、楽しんでいた。

 

 ●

 

 念威繰者たちは協力して、武芸者たちに情報を送り続けている。

 だからこそ誰よりもレイフォンの動きに魅入られていた。

 レイフォンの動きはひとつひとつが美しくすらあったからだ。

 汚染獣を翻弄する機動力。

 凶悪なまでに強力無比な剄技。

 何気なく繰り出される剄技が雄生体を軽々と切り裂いていく。

 球形に衝剄が走り、何体もの雄生体を同時に(えぐ)り殺す。

 それでいてレイフォンは視界から老生体を外さない。

 ずっと自身を追い続ける龍型の突進を躱しながら、雄生体に死を振りまいている。

 

「すごい! 圧倒的です……!」

 

 この防衛戦におけるレイフォンは、まさに圧倒的だった。

 無数の汚染獣に蹂躙される以外の結末などありえないはずだったのに、それを(くつがえ)しつつあるほどに。

 彼にとっては地上も空中も関係ない。ときには汚染獣すら足場として戦場を縦横無尽に駆け回り、そのすべて撃墜し続けている。

 しかし、それほどの戦果があってなお、戦況は危ういものだった。

 

「――風を可視化する準備が整いました。指定する位置で一秒の静止をお願いします」

『ようやくか。タイミングを逃すなよ』

「はい。それと、ひとつご報告を」

『なんだ』

 

 見るに堪えない戦場が、そこには広がっている。

 しかし、絶対に目を逸らしてはいけない。

 念威繰者が情報を見落とすことは許されないからだ。

 

「すでに半数の部隊が全滅しました」

『半数が全滅……。一時間足らずでか?』

 

 一分一秒を稼ぐために、無惨に命を散らしていく。

 その一秒を二秒にするために情報を伝達する。

 その一分を二分にするために情報を記憶する。

 

「だからどうか、どうかお急ぎください」

 

 念威繰者たちは目に涙を浮かべ、声が震えていても、決して目を逸らさない。

 使命に殉ずる仲間たちと同じように。

 

 ●

 

 蜂型の生み出す風に色がつく。

 緑色の、まるでシミュレーション映像のように風の動きが見える。

 蜂型を始末する準備が出来た。

 それを理解していながら、レイフォンの思考は全く別のことに向けられていた。

 ……サイハーデン、レイフォン、天剣、女王。悪魔、ダンテ、ネロ、――バージル。

 言語化された思考ではない。

 感覚そのものの一部が表出したようなものだ。

 そんな状態であることが逆に神経を研ぎ澄まし、反射的に雄生体を始末し続けている。

 次元斬、疾走居合、オーバードライブ、日輪脚、流星脚。

 無数の衝剄が剄技を成していく。

 身体に馴染ませ続けた動きは、ほとんど無意識でありながらも的確に汚染獣を殺戮する。

 レイフォンはそれを雑音として処理している。そんなことよりも自分の奥深くに意識を向けていた。

 グレンダンでは都市の死を意識することはほとんどなかった。

 ツェルニでは前世の知識を持つために滅びを感じることがなかった。

 今、レイフォンは初めて滅びに直面している。

 自分が間に合わなければ、武芸者が死ぬ。住民が死ぬ。都市が死ぬ。

 他の天剣ならどうなったか。女王ならばどうなったか。

 ダンテなら、ネロなら。

 彼ならば?

 

「あぁ、本当に……」

 

 反吐が出る。

 ……誰よりも強いと信じて武芸者やってるんじゃねーのかよ……!

 自身への怒りが膨れ上がった、そのときだ。

 奇妙な感覚がレイフォンを包んだ。

 

「――――」

 

 噛み合った、としかいいようのない感覚だった。

 メルニスクから剄を預けられてからずっと探り続けていた剄の感触が変わった。

 出来るという確信。

 出来ないことは無いという自信。

 今、レイフォンは莫大な剄のすべてを掌握したのだ。

 さきほどまで満ち溢れていた自身への怒りが消え、歓喜が湧いてくる。

 胸の内から自然と言葉が浮かんできた。

 だから心を込めて、ロックに行こう。このくそったれな世界(鋼殻のレギオス)よ。

 

「――FUCK YOU(デビルトリガー)!!!」

 

 蒼が弾けて、周囲の雄生体が消し飛んだ。

 (ほとばし)る蒼い剄は人型に練り込まれ、レイフォンの背後に付き従う。

 人型だが決して人ではないソレ。

 人はソレを悪魔と呼ぶだろう。

 自然と口角が上がった。

 思い出したのだ。

 ……楽しいから武芸者やってんだよなあ!

 弱いことは罪だ。

 だからあんなにも思い詰めてしまう。

 

「は、はは、はははは……!」

 

 レイフォンは笑い声を響かせながらも、冷徹に立ち回っていた。

 視界の端から龍型が飛び込んできている。

 その突進を跳躍ひとつで飛び越えた。

 飛び越えた先で待ち受けていた蜂型を見て、さらに上空へと跳ぶ。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 龍型は突進の慣性を残していて、レイフォンから離れていく。

 数秒なら目を離していても問題ない。

 

「まず貴様から死ね」

 

 エア・フィルターぎりぎりの空中から見下ろせば、眼下の蜂型は無防備だ。

 外力系衝剄の多層化練変化、『次元連斬』。

 連弾による多重次元斬だけではない。

 デビルトリガーによる分身も次元斬を同じように放っている。

 そして、その威力はレイフォン自身のそれを超える。

 

「――――!?」

 

 蜂型が絶叫する。

 これまでの次元斬はただの連撃でしかなかったと自分ですら思う。

 一度に放てる数、そして威力。

 すべてが別次元だった。

 蜂型の羽が根本から断ち切られただけではない。

 至る所にくり抜かれたような穴ができていく様子が、そのまま墜落していく無様が、それを証明している。

 視界の端で龍型が再度向かってくるのを確認しつつも、レイフォンは墜落する蜂を眺めていた。

 ……たまらねぇ。楽しすぎて狂っちまいそうだ……!

 蟲ってやつは最後まで死ににくいもの。

 だから最後の一発は派手に消し飛ばそう。

 と、その直前。側面からそれは来た。

 龍型の愚直な突進だ。

 すべて削り取るような暴力の嵐が突撃してきている。

 空中で無防備に見えるレイフォンを喰らおうというのだろう。

 だから、とレイフォンは即座にレギオスの地上へと移動することにした。

 内力系活剄の変化、『トリック・ダウン』。

 旋剄を遙かに超える移動速度は、老生体をして見失うほどのものだった。

 レイフォンは瞬時に地上へと移動。

 着地したのは墜落したばかりの老生体。苦痛に悶える蜂の上に、だ。

 

「眠れ、永遠に」

 

 右手を掲げて剄を収束する。

 剄が白く輝き、そして、全力で足下に叩きつけてやった。

 外力系衝剄の多層化練変化、『ヘルオンアース』。

 レイフォンとその分身による一撃は同時に行われた。

 同化するように重なり合って放たれた剄技は、完璧に同時であり、同質のものだった。

 それゆえに起こったのは連撃ではない。

 融和した一撃だ。

 直後。

 極光が爆発し、すべてを白に塗りつぶした。

 

「――――!」

 

 老生体の悲鳴すら白い奔流(ほんりゅう)が飲み込み、押し潰す。

 太陽のごとき極光が数秒は視界を埋め尽くしながらも、やがて収まっていく。

 そして、レイフォンは見た。

 視界の端で、あまりの光量に視界を失って見当違いの方向に墜落していく龍を。

 眼前でばらばらになった蜂型を。

 地面に転がるパーツだけになりながらも一部がわずかに動いているのは、蟲の特徴が強く出ているのだろう。

 だから、とレイフォンは閻魔刀(やまと)を軽く地面に突き立てる。

 

「これが貴様の墓標だ」

 

 背後に十の幻影剣を整列させたのち、斉射。

 活剄衝剄混合変化、『急襲幻影剣』。

 幻影剣の斉射は残骸となった蜂型を、さらに残骸にし尽くした。

 殺害を確信したレイフォンは振り返り、見る。

 残る老生体、龍型の汚染獣。

 すでに龍型は視力を回復させたか、嗅覚を頼りにしているらしい。

 正確にレイフォンへと向かってきている。

 恐るべき敵であるはずの老生体を前にしながらも、レイフォンには明らかに余裕があった。

 敗北の可能性などゼロに等しいという自負がある。

 

「次は貴様だ」

 

 轟声と共に龍型が来る。

 地面を削りながらレイフォンという敵を食い殺そうと大きく開けた口が迫っている。

 レイフォンは小さく微笑し、蒼い魔人が口に向かって突っ込んだ。

 外力系衝剄の化練変化、『疾走居合』。

 龍型の内部から蒼い魔人が、外からレイフォンが疾風の如く駆け抜けると同時。

 弧を描く無秩序の斬撃が吹き荒れた。

 

「――――!!」

 

 内外を同時にズタズタに引き裂かれた龍型は咆哮。

 胴長の巨体が蛇のように身体を振り回す。

 巨体であるがゆえに、その破壊力は絶大だった。

 崩壊した建物の残骸がさらに砕かれていき、粉塵となって周囲に舞い上がっていく。

 その破壊の渦にレイフォンが行った。

 横から叩きつけられる巨体を跳躍し、上からの一撃を軽くズレるだけで躱し、

 活剄衝剄混合変化、『金剛剄』。

 正面からの一撃を弾く。

 そうして龍型が硬直した一瞬に一気に距離をつぶせば、

 

「久しぶりだな、(ごみ)

 

 首元にたどり着く。

 続く動きは刹那のうちに行われた。

 外力系衝剄の変化、『閃断』。

 切断の剄技が首を深く切り裂いていき、

 外力系衝剄の連弾化錬変化、『重ね次元斬』。

 神速の居合から生じた衝剄がさらに(えぐ)り、

 外力系衝剄の化錬変化、『日輪脚』。

 白い衝剄が傷に浸透しながら砕き割り、

 天剣技、『オーバードライブ』。

 超圧縮された衝剄の斬撃が斬り潰す。

 

「――――!!」

 

 龍型の暴れ方はもはや発狂といってもいいほどだ。

 命に届きかねない攻撃を受けている感覚があるのだろう。

 しかし、まだ命には届かない。

 だからレイフォンは狂騒する龍型の巨躯を冷静に回避し、再び首元に着地。

 そうして繰り出される攻撃は、わざとらしいほどに型通りのものだった。

 納刀したまま横薙ぎ、振り返し。

 居合による斬り上げ、斬り下ろし。

 斬り下ろしの勢いのまま縦に振り回してもう一度斬り下ろし、斬り上げる。

 と、そのときだ。

 龍型の尻尾が降ってくる。

 無秩序な暴走によるものではない。首元に居座るレイフォンを叩き潰そうという明確な意思を持った攻撃だ。

 レイフォンは閻魔刀を大上段に構えたまま動かない。

 活剄衝剄混合変化、『五月雨幻影剣』。

 無数の幻影剣が龍型の老生体に降り注ぎ、その巨体を縫い留めた。

 わずか一秒にも満たない時間稼ぎ。しかし、レイフォンにはそれで十分だった。

 型そのものに剄を練るシステムが組み込まれた演舞は、最後の一撃に練り上げた剄のすべてを用いた剄技を放つもの。

 

「うおあ……!!」

 

 片手で刀身を掴み、鞘の代わりに発射台とする。

 腕の剄と刃の衝剄がぶつかり合い、炎が生じた。

 サイハーデン刀争術、『焔切り』。

 居合抜きの斬撃と衝剄による二段攻撃は、魔人と一体化して放たれることで絶大な剄のすべてを威力へと転じる。

 紅蓮の一閃。

 

「――――」

 

 音が消えた。

 そして、ゆっくりと龍型の頭部が滑り落ちていった。

 

 ●

 

「――回避だけに専念しろ!!」

 

 もう、武芸者は百人も残っていない。

 みな死んだ。

 壮年の武芸者が死なせていったのだ。

 たとえ無謀に突撃させてでも、老生体というバケモノの気を引かなければならないからだ。

 

「とにかく死ぬな! 避けろ、一秒でも長くだ……!」

 

 だが、疲労は積み上がっていく。

 雄生体に回していた戦力は、もう残っていない。

 数の暴力に勝てず、全員死んだ。だが彼らは雄生体の多くを道連れにしてくれた。

 残りの雄生体はなぜか右往左往しながら回遊している。

 

「な――!?」

 

 突如として老生体が飛び跳ねた。

 着地点は、ここだ。

 壮年の武芸者、ローガン・エントリオは死を幻視した。

 周囲の景色、そのすべてがゆっくりと流れていき、死が降りてくる。

 

『――お前たちはよく戦った』

 

 念端子を通じて、声が聞こえた。

 待ち望んだ男の声が。

 直後。

 老生体の身体がズレた。

 

「……は?」

 

 ローガンを食い殺さんと降ってきていた老生体が切り刻まれ、肉片の雨と変わり果てていた。

 

『そこに居ると死ぬぞ』

「う、うおおお――!?」

 

 言葉に突き動かされた。

 必死に走り、落ちてくる肉片からなんとか逃れたローガンは膝から崩れ落ちた。

 だが、まだだ。まだ終わってない。

 雄生体も雌性体も、残っている。

 

『よく闘い、よく傷つき、よく耐えた。生き残った武芸者のなかには重症の者もいる。シェルターから出て治療してやるといい。まだ汚染獣は残っているが、気にするな。俺が全て片付ける』

 

 顔を上げたローガンは見た。

 回遊していたはずの雄生体の一部が抉り取られていくのを。

 

『約束を果たそう、ツァーレンザルド。俺はレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ。かつてはグレンダンの剣であった武芸者だ』

 

 雌性体が切り刻まれ、肉塊になり果てていくのを。

 

『――汚染獣が死んでいく様を見ながら、誇るといい。貴様らの奮闘は滅びの運命を打ち破った』

 

 蒼い剣が降り注ぎ、幼生体を刺し貫いていく雨を、見た。

 こうして最悪の戦争は終わり、荒れ果てた都市が残った。

 

「そうか……。生き残ったのか」

 

 運命を(くつがえ)した奇跡の都市の名とともに。

 

 ●

 

「レイフォン君が?」

 

 第十七小隊と第五小隊の面々は生徒会長室に集合し、事実を生徒会長に報告しなければならない。

 未帰還者が居るという報告は、誰にとっても苦いものだった。

 念威繰者として知り得た情報を報告したサアラは隊列に戻る。

 直立不動のまま、涙を流していることを自覚していた。

 

「はい。未帰還者はレイフォン・アルセイフ一名。捜索中止の指示は私が下しました。全員での帰還ができなかったことの責任はすべて私にあります」

「違う! レイフォンは私の部下です。私が――」

 

 ゴルネオの総括報告に割り込むようにしてニーナが言葉を挟むと、カリアンは手を挙げて、隊長二人を止めた。

 

「君たちの言いたいことは分かった…………」

「……?」

 

 分かったと言った後に続きがない。

 サアラは、生徒会長が言葉に迷う様子を初めて見た。

 生徒会長となってから演説している様子や会議など、ある程度は目にする機会のある人物だけに不思議だった。

 

「生徒会長?」

 

 呼ばれたカリアンは視線だけを向け、しかし、すぐに視線を逸らした。

 視線の先にあるのは、一枚の扉。

 W.C.と刻印の入った扉が開いていき、

 

「――――」

 

 なぜかレイフォンが出てきた。

 

「…………」

「…………」

 

 誰もなにも言わなかった。もしかして涙ながらの報告を全部聞いていたのか、と思うと何も言えなかったのだ。

 困惑というか、羞恥というか。

 もの凄く気まずい沈黙のなか。

 サアラは涙を乱暴に(ぬぐ)うと、このクソ野郎に鉄槌を下さんと駆け出した。

 

(問題 配点:徒労)

都市の恩人を見殺しにしてしまったと思ったら先に帰っていやがったときの心情を答えよ。

解答者 サアラ・ベルシュライン

 

ころちゅ。

 

 ●




楯血(じゅんけつ)都市ツァーレンザルド
ロイの故郷の都市。名前は勝手につけた。逃亡者はゴミ、はっきり分かんだね。


メルニスク関連を弄ろうとするとドゥリンダナ戦まで情報が関連する件。
プロット考えるの怠かった。
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