俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第三話:昼下がりのコーヒーブレイク

 ●

 

 ツェルニは現在、セルニウム鉱山での採掘作業中だ。

 採掘作業は重機を扱える工業科の学生が中心となって、有志のものたちと行われる。

 錬金科や武芸科も含めて全学科がさまざまな形で支援することになるため、上級生たちは下級生の授業をしている暇がなくなる。

 そのため全学年、全校が休校の状態にある。

 全校休校によって暇になったレイフォンは一人で静かに図書館前の芝生で身体を休めながら、剄の感覚を確かめていた。

 信じられないほど絶望的な戦場を乗り切った最大の要因は増大した剄にあることを理解しているからだ。

 廃貴族(はいきぞく)・メルニスク。

 レイフォンが有する剄の総量は天剣のなかでも群を抜いていたが、メルニスクを完全に掌握した今はその比ではない。

 デビルトリガーと銘打つに足る剄技を扱えるようになったのはそれがあってのこと。

 ずっと考え続けてきた剄技ではある。しかし、十分な性能を発揮するにはレイフォンの剄でも足りなかったのだ。

 

「ふ、ふふ……」

 

 思い出すだけで笑いをこぼしてしまうほどに、楽しかった。

 絶望的な戦場を、遊ぶ。

 これほどの愉悦はない。

 とはいえ急がなければならない場面も多く、余韻に浸ることはできなかったのは残念な点だ。

 だが、それでも本当に楽しかったのだ。

 

『――見事だった』

 

 そんなレイフォンの脳内にメルニスクからの賞賛が届けられた。

 復讐の怨嗟。怨恨の炎。憎悪に身を焦がす電子精霊が武威を認めるほどに、レイフォンは強かった。

 

「お前でもそう思うか」

『滅ぶよりほかに可能性はなかった。その運命を打破したのはお主だ』

 

 レイフォンとてそれを否定はしない。

 老生体三体と無数の汚染獣の群れ。

 しかも二体の老生体は確実に名付きレベル、推定五期の蜂と三期の龍だった。

 絶望そのものだっただろう。

 それを真っ向から斬り捨ててやった。

 

「これほどの充実感は初めてでな。――格別の満足感だ」

『我はお主に可能性を見た。好きに使え』

「同じ憎悪を共有し、貴様という炎と迎合する誰かではなく、か?」

『そうだ。我は狂おしき憎悪の炎なれど、すべてを灰燼と帰す無謀を理解する』

 

 それでも止まれないがゆえの憎悪の炎。

 だが、メルニスクはその可能性を見出したのだという。

 レイフォン・アルセイフに。

 だからこう言った。

 

「汚染獣の祖はこの俺が斬ってやろう」

 

 レイフォンには自覚がある。明確に天剣を超越したという自覚が。

 ならば、届くのではないか。

 ……アルシェイラ・アルモニスに!

 レイフォンは今、自分が強いという絶対の自信を手に入れたのだ。

 と、そのときだ。

 

「――レイとん!」

「む?」

 

 大声でレイフォンを呼びつけたのは、ナルキだった。

 彼女は大股で歩を進めて、寝転ぶレイフォンへと近づいてくる。彼女のさらに向こうにはメイシェンとミィフィが不安そうな顔でこちらを見ている。

 こちらの真横まで来たナルキは、レイフォンを見下ろしながら問いを投げた。

 それはやや詰問に近い口調で、

 

「レイとん、隊長さんに言ったのか?」

「……何の話だ?」

「レイとんじゃないのか?」

「だから、何の話だ」

 

 レイフォンは本当に理解していない。

 ツァーレンザルドから縁をたどって帰還してから、報告のためにカリアンを訪ねた。

 だが複数の老生体と無数の汚染獣どもを相手取りながら、莫大な剄の掌握に努め続けるのはレイフォンをして苦難としか言えないものだった。

 時間をかけて慣らしていくべきところを、老生体戦という極限状態の中でやりきったのだ。

 その時点で精神的疲労は無視できないレベルに達していた。

 だから報告のあと、すぐに人目につかない場所としてトイレを借りたはいいが、寝入ってしまった。出すものは出したけども。

 そのあと聞いてて恥ずかしくなるような報告が聞こえてきたので、ものすごく気まずかったのもある。

 だから少し無理をして出て行ったし、素直に殴られてもやった。

 ……だからって顔面にぐーはねぇだろ、やっぱ。

 サアラの鉄槌による鼻血出血。

 学園都市ツェルニにおける初の負傷であった。

 そのあとは自室に戻って寝てるか、剄を精密に扱う訓練をしているかのどちらかだったので、部屋の外のことは何も知らない。

 

「隊長さんだよ。隊長さんがあたしのところに来たんだ。昨日の晩、署のほうに」

「それで?」

「……あの隊長さんにスカウトされたんだ」

「……ええっ!?」

 

 メイシェンとミィフィがそろって声を上げた。

 とうとうニーナが動いたらしい。その熱量はレイフォンでも想像できる。

 

「いい迷惑だ」

 

 苦々しい表情で吐き捨てたナルキに、レイフォンは軽い調子でこう言った。

 

「そうか? やってみればいいだろう」

「そうやって気軽に……。あたしは半端な真似をしたくないんだ。レイとんほど器用じゃないし、実力があるわけでもない」

「対人戦は都市警察には欠かせまい。経験を積むのに丁度いいと思うがな」

 

 レイフォンは事実としてそう思っている。

 都市警は治安維持活動に従事する組織だ。

 これに類する組織で働くことを本気で考えるなら、必ず犯罪を犯す武芸者と戦うことになる。

 それだけが仕事ではないが、避けては通れない。

 その経験を得る場として小隊はそれほど悪い選択肢ではない。

 

「とにかく、あたしは小隊員なんてやってる暇はない。隊長さんにちゃんと伝えておいてくれよ」

「伝言は構わんが……。アントークへは自分で言った方がいいだろうよ」

 

 ナルキは頭を横に振って否定を示すと、話題を変える。

 

「いいんだ。それとレイとん、今夜空いてるか?」

「な、ナンパ!? ナンパなの!?」

「ええ――っ!?」

 

 恋愛脳のおバカ二人が騒ぎだすと、ナルキは冷静に言うべきことを口にした。

 

「バカ、そんなわけないだろう。今夜、都市警で大きな捕り物があるんだ。レイとんに出動要請が出てる。来てくれるか?」

「分かった。場所は?」

「郊外の空き店舗だってさ」

 

 レイフォンにとって、ある意味待ち望んでいた仕事だ。

 十分に休養は取った。

 剄の巡りも整いつつある。

 実験の場は多ければ多いほどいい。

 

 ●

 

「おはようございます、サアラさん」

「……おはようございます」

 

 サアラの日常は友人との挨拶から始まる。

 だが、どうにも様子がおかしかった。

 

「一緒にお昼食べよう、サアラさん」

「ええ、そうですね……?」

 

 昼食もそうだった。

 しかし、決して嘲りのような感情ではない。

 

「お疲れ、サアラさん。今日も訓練あるの?」

「……はい。これから練武館です」

「さすが。頑張ってね、サアラさん」

「…………ありがとうございます」

 

 帰りまでもそう。

 誰もがサアラを今日に限って“サアラさん”と呼ぶのだ。

 いままでそんなことなかった。

 友人たちとの距離感が離れたという雰囲気でもない。微笑ましいというか、もう少し含むものがありそうな笑みだったようにも感じられた。

 ……おかしい。

 明らかに異変である。そう思いながらも、なにをすべきかも分からない。

 サアラはそのまま練武館へと向かうよりほかになかった。

 練武館に入ると、すでに小隊員たちが準備運動を終えていた。

 入り口のサアラを見ると彼らも口々に言うのだ。

 

「お、来たな、サアラさん」

「お疲れ、サアラさん」

「貴方たちもですか……」

 

 呆れとともにサアラは吐息を吐き出した。

 その様子を見た彼らはややあってから、同意を促すようにお互いを確認する。

 

「そりゃあ……なあ?」

「うん、まあ、それはそう」

「?」

 

 小隊員たちのもごもごとした様子に首を傾げるしかなかった。

 そうこうしているうちに、ゴルネオも練武館にやってきた。

 いつものようにシャンテを連れているゴルネオは軽く声を張る。

 

「全員揃ってるな。よし、俺たちはまず活剄からだ、錬金鋼はおいておけ。サアラさんは念威を使い続けながら、より効率的な配置や対抗試合で使える方法を増やしてくれ」

「ゴルネオ隊長。あなたもさん付け、ですか……」

 

 思わずサアラは言ってしまった。

 するとゴルネオは一瞬真顔になり、謝罪を口にする。

 

「あ……、すまん。つい、な」

「副隊長だけですよ、いつも通りなのは」

「あたしかー? なにが?」

「シャンテ副隊長が一番頼りになるってことですね」

「ふふん、そうだろ。シャンテ様に任せろ~ってな!」

 

 むふー、と胸を張るシャンテの頭をなでてしまいたくなる衝動に襲われた。

 雰囲気だけでなく気質も猫のようなタイプなので、実際に撫でると猛烈な反撃を喰らうことになる。

 それを知るサアラはなんとか衝動を抑えながら、ゴルネオに問いかけることにした。

 

「なんなんですか、今日のみんなは。みんな“さん”付けですよ。おかしくないですか?」

「仕方ないだろう。お前はレイフォン・アルセイフを負傷させた唯一の念威繰者なんだぞ」

「は?」

 

 一日の情景が高速で思考を巡っていく。

 ひとつひとつのやりとりが浮かび、朝からの情景が繋がっていく。

 すべて()()だったのだ。

 誰もが自分をサアラさん、などとよそよそしく呼ぶ理由は。

 

「あのレイフォン・アルセイフの顔面に一撃を加えて、鼻血まで流させた。おそらく後にも先にもお前だけだろう偉業だ。――あの瞬間は血の気が引いたが」

 

 ゴルネオの発言でサアラはすべてを理解した。

 そうか。そういうことをしたんだな君たちは、と。

 つい、という言葉から察するに、最初はゴルネオからだ、とも。

 だからサアラはゴルネオの目の前でわざわざ呼びかける。

 とても穏やかな微笑を浮かべながら、

 

「ゴルネオ隊長」

「ん?」

「ふんっ!」

「!?!?!??!?」

 

 股間を強打されたゴルネオは真顔のまま崩れ落ちていった。

 それを見下ろすサアラは完全に無表情。

 無防備に急所を打ち付けられれば武芸者とて脆いもの。

 膝を本気で持ち上げるだけでコトは済むのだ。

 サアラはゆっくりと周りの阿呆どもを見回した。

 

「――――」

 

 間抜けどもが慌てて活剄を通して股間をガードする。

 だがサアラはそれを無視して仕上げにかかった。

 

「シャンテ副隊長、見てください。隊長が大変です」

 

 柔軟体操中のシャンテは何も見えていないことは承知の上である。

 いよいよもって死ぬがよい。

 

「え? あ、ゴル!? 大丈夫か!?」

「残念ながらご臨終のようで。あいつら隊長を不意打ちでやったんですよ? ひどくないですか?」

「お前らあぁあ!」

「違う――――!!!」

 

 うわあぁ、と悲鳴を上げて逃げ回る馬鹿どもを尻目にサアラは壁を背に座り込んだ。

 そのまま一人、また一人とぶちのめされていくのを眺めていると、扉が開かれる音がした。

 見れば、そこには予想もしない人物がいた。

 

「お疲れ様です。第五小隊は随分と賑やかですね」

「……フェリ、さん」

 

 第十七小隊のフェリ・ロス。

 生徒会長の実妹にして、念威の大天才。

 ろくな接点もない相手だが、実力差を思い知らされたことはサアラにとっても苦い経験だった。

 思わず気の引けた呼び方になってしまったサアラに対して、フェリは念威繰者らしい感情の見えにくい表情のままこう言った。

 

「フェリで構いませんよ、ベルシュライン先輩」

「では私もサアラと呼んでください」

「サアラ先輩、と」

「ええ、フェリ。ここに顔を出すのは初めてですね。なにかご用でしょうか? 今、馬鹿どもの仕置きなどで少々立て込んでいまして」

 

 告げれば、フェリも様子をしっかりと確かめた。

 シャンテの正当かつ理不尽な制裁によって小隊員が打ち倒されていく。

 

「……意外と野蛮なスタイルなんですね?」

「そういうわけでは。ちょっと、いえ、かなり許せなかっただけです」

「そうですか」

「はい、そうなんです」

 

 周囲からは無表情に淡々と話しているようにしか見えない二人。

 しかし、お互いは念威繰者の感覚を理解しており、なんとなく表情を感じとっていた。

 だからサアラはフェリが迷っていることが分かる。

 

「どうしたんですか、本当に」

「……貴女に相談があるのです」

「相談? 私にですか?」

「はい。どうか、お願いします」

 

 サアラにとってフェリは別次元の念威繰者だ。

 そこに引け目はある。

 だが本気で悩み、迷い、それでも自分を頼ってきた後輩の頼みを受け入れられない先輩ではいたくない。

 一瞬の逡巡ののち、頷きをひとつ。

 

「分かりました。では、着替えてきますので少しお待ちください」

「ありがとうざいます」

 

 最後の一人まで打ち倒されていたが、もうどうでもよくなっていた。

 

 ●

 

 ツェルニの郊外。

 廃業して、次のテナントが決まっていない店舗を、重装甲の都市警察の生徒たちが取り囲んでいる。

 その場には物々しい雰囲気が漂っていた。

 到着したレイフォンをフォーメッドが出迎えたが、武芸者でない彼も銃を手にしている。

 フォーメッドによれば、偽装学生が大量に潜伏しているらしい。

 しかも今回は違法酒の販売が目的と推察される。

 違法酒は剄脈加速薬としても有名な品だ。

 使用すれば剄や念威を爆発的に増大するという効果を持つ。だが、剄脈の異常脈動により多くの廃人を生み出した過去がある。

 ツェルニの保有するセルニウム鉱山は残りひとつ。後のない状態だ。

 あるいは、使ってでも勝てるなら、と手を出そうという学生もいるだろう。

 

「…………」

 

 包囲されている店舗は錆びた看板があり、人の手から離れて久しいことを感じさせる。

 レイフォンはそこから放たれる剄の波動を感じ取っていた。

 

「あの中だな」

「ああ。確認しただけでは偽装学生は十人。武芸者はいない、はずだ」

 

 フォーメッドたちの調査結果が空しくなるほどに、違法学生とやらは武芸者であることを隠すつもりがないらしい。

 奔放に剄が放たれている。

 かかってこい、相手になってやる。

 そういう自負と蔑視の混じったような剄がひどく鬱陶しい。

 

「武芸者だ」

「いないはずなんだがな。見えるのか」

「ああ」

 

 レイフォンは想う。

 見過ごせない、と。

 違法学生とされる連中の中に一人、手練がいる。

 技量の高さを感じさせる剄の流れ。一般的な武芸者を超える剄量。そして、傲慢なほど舐め腐った剄の波動。

 ……クラリーベルと同等か、それ以上。

 クソ生意気だが、特に剄の流れがいい。学生レベルでは太刀打ちできないほどに洗練されている。

 疲労を考慮しなければ学園都市の武芸者を皆殺しにできるだろう。

 看過できるレベルではない。

 

「こっちの武芸者連中がどうも微妙な感じでな。あやしいと思ってお前さんを呼んでおくことにしたんだ」

「……なるほど」

 

 剄を見ることは出来ずとも、本能が察しているのだ。

 勝てる相手ではない、と。

 学生であろうとも戦いに生きる者ということなのかもしれない。

 

「フォーメッド。忠告しておく」

「おう」

「俺と戦う武芸者には誰も近づかせるな。学生ではどうにもならん」

「……分かった。では――」

 

 フォーメッドが命令を発するよりも気配が動く。

 

「――来る」

「え?」

 

 誰かが疑問を口にした、次の瞬間。

 シャッターが爆音とともに吹き飛んできた。

 

「ぬあっ!」

 

 衝撃に呻くフォーメッドを護るように、レイフォンは大きく踏み込む。

 神速の抜き打ち。

 

「シッ!」

 

 それは、迫り来るシャッターを容易に切り裂く一閃となった。

 直後。

 シャッターの陰から男が飛び出してきた。

 男は勢いのまま空を駆けるように跳躍。レイフォンの頭上を越えていく軌道を取った。

 男とレイフォンの視線が絡む。

 

「ひゃはははははっ!」

 

 手練と判断した剄の持ち主は燃えるような髪の少年だった。

 一目で分かった。

 技量の高さ。剄の扱い。そして、気質。

 学園都市に置くには危険すぎる。

 だからレイフォンは一気に活剄を高め、一息に終わらせることにした。

 

 ●

 

 レイフォンと視線を交わす少年、――ハイアは背筋が凍り付くのを自覚した。

 活剄の高まり方に寒気すら感じていた。

 活剄は武芸者の身体能力を高める技術であり、その効力は剄の量と密度に依存する。

 密度においてはハイアとレイフォンに大きな差はない。だが、

 ……どんな剄脈してやがるさ!

 あまりに剄量に差がありすぎる。

 結果として生まれるのは、圧倒的なまでの身体能力差。

 次の動きを察知できたわけではない。これまで潜り抜けてきた経験が、なにもしなければ死ぬと叫んでいたのだ。

 だから、と反射的に刀を構えると、それは来た。

 

「!」

 

 神速の一閃が瞬く。

 ハイアの目を以てしても見えなかった。

 気付けば、防御した錬金鋼(ダイト)ごと脇腹を斬られていた。

 ……衝剄ごと錬金鋼が斬られた!?

 斬られた勢いのまま地面に叩きつけられ、バウンド。

 反動で飛び跳ねながら、ハイアの本能は死の予感に絶叫していた。

 だからハイアは痛みを無視してでも強引に身体を動かして、それを掴んだ。

 断ち切られた錬金鋼、その刀身だ。

 身体を捻って勢いを作りだし、痛覚に悲鳴を上げる神経を剄で無理矢理にでも動かしていく。

 その動きで剄を練り上げて剄技を放とうとして、それよりも早く打撃を打ち込まれていた。

 

「――う゛っ!」

 

 レイフォンの蹴りが腹部へと突き刺さり、直後。

 白が爆発した。

 腹が消し飛ぶような衝撃とともに後方へと吹っ飛ばされた。

 そのまま建設途中の建物に突っ込んでいく。

 

「――――」

 

 いくつもの建材を押しのけ、撒き散らしていき、ハイアの身体は奥の壁に激突した。

 撒き散らされた金属の奏でる騒音の中。

 壁に寄りかかるような姿勢のまま、身動きできないハイアから血がこぼれていく。

 まるで命が流れているようだ、とハイアは思った。

 そこに近づいていくる足音がある。

 ……立ち上がらなくては。

 しかし、そんなハイアの意志を裏切るように身体はまるで動いてくれない。

 視線だけを足音の主へと向けて、できることは悪態をつくことくらいだった。

 

「こいつ……、バケモノかよ」

「俺がバケモノ……?」

 

 静かな声に血の気が引いた。

 

「うっ……」

 

 刀がハイアを貫いた。

 腹部を刺し貫く刀は、レイフォンに握られている。

 レイフォンは刀ごと強引にハイアを立たせると、肩をつかんでその場に固定。

 視線がハイアを貫く。

 恐ろしく冷酷な視線だ。

 躊躇なく殺しにくるこの男はまるで――、

 

「違う。俺は悪魔だ」

 

 嘲弄するように言い捨てて、さらに深く刃を突き入れられた。

 

「……!」

 

 もはや呻き声すら出てこない。

 口から血を吐き出しながら、ハイアは意識が薄らいでいくのを感じていた。

 ……やばい……死ぬ……。

 死がハイアを飲み込むよりもさきに、声がした。

 

「ハイアちゃんっ!」

 

 逃げろ、ミュンファ。殺される。

 ハイアにはもう、そんな警告を告げる力すら残っていなかった。

 

 ●

 

 危険な武芸者を閻魔刀で刺し貫くレイフォンは、見た。

 この死にかけの仲間らしき武芸者たちの動きを。

 若い女が矢の形状をした衝剄を放ち、青年二人が刀と槍を手に駆けてくる。

 だから、とレイフォンはまず矢を盾で受けることにした。

 

「!」

 

 赤毛の少年を盾として間に置けばいい。

 放たれた衝剄をその背で受け止めることになる。

 

「あ……!」

「なっ!? おまえ……!」

 

 怒りで足を止めた阿呆がいた。

 だから、とレイフォンは足を止めなかったもう一人の青年に向けて閻魔刀を振りかぶり、死にかけの赤毛を投げ捨てた。

 

「ハイアっ!」

 

 阿呆が叫び、青年が赤毛の荷物を受け止めた。

 荷物を受け止めれば両手が塞がり、衝撃で姿勢が固まる。

 その瞬間は動けない。

 

「――それでいい」

「まっ!?」

 

 無防備な行動の褒美として、その顔を膝で蹴り潰す。

 派手に出血しながら倒れ込んでいった。

 これで残るは弓の女と刀の阿呆の二人。

 レイフォンは青年が弓の射線と重なるように位置取り、もろとも斬り捨てるべく剄を練る。

 外力系衝剄の変化――、

 

『お待ちください! ヴォルフシュテイン卿!!』

 

 剄技を放つ直前。

 念威端子から大声がきた。

 単なる無法者であれば無視していたが、その声はレイフォンをヴォルフシュテインと呼んだ。

 グレンダンとレイフォンの関係性を知ってるということだ。

 

「……誰だ?」

『サリンバン教導傭兵団副団長、フェルマウスと申します』

「サリンバン教導傭兵団……?」

 

 その名前は、確か……。

 記憶を探るレイフォンは動きを止めた。

 そこに戦闘の流れを絶つように、一気に言葉が来た。

 

『――今回の件はお詫び申し上げます。ですが、我々は違法酒を売りに来たのではないのです。ただツェルニに入るために利用したまでのこと。誤解を招く行動であったことは事実ですが、決して違法行為に手を染めたわけではないのです。我々も貴方がヴォルフシュテイン卿だと確信を持てていなかったのです。どうかご理解頂きたい!』

「…………」

 

 レイフォンは思った。

 一息にめっちゃしゃべるやん、と。

 実際、浮かれていてハイア関連について完全に忘れていた。

 危険人物を排除するという目的に没頭していたレイフォンを止めるには最善の方法だっただろう。

 そうなった原因はいろいろあるが、ツァーレンザルドでの激闘の余韻もあって戦闘以外に思考が回っていなかった。

 ……思いっきり殺すつもりで刺しちゃった……。

 だからレイフォンは改めて状況について考えることにした。

 赤毛の少年、ハイアが生意気な剄をばらまいて周囲を挑発した。その態度のままレイフォンに迫ってきた。

 その態度や様子からはふと誰かを殺しそうな幼稚さが感じられた。だから殺すつもりで戦い、串刺しにした。うん。

 つまり、ハイアが悪い。

 おまえさぁ。さあさあ言えよ、分からねぇだろうが。俺はさぁ、ハイアってさぁ、言うんさ、ヴォルフシュテインさあ、おっと元さぁ~さささのさぁ~とか言ってろよ馬鹿がよぉ。

 

『どうかお許しください、ヴォルフシュテイン卿。団長のハイアも貴方と知らずに剣を抜いてしまっただけなのです』

「……傭兵団の団長はリュホウ・ガジュと聞くが?」

『残念ながら亡くなりました。ハイアは三代目です』

 

 レイフォンとしても見逃すのに(やぶさ)かではない。

 サイハーデン刀争術を学びながら、天剣授受者となった途端にその流派を捨てたのだ。

 リュホウにもハイアにも借りはないが、サイハーデンの流派には泥を塗った自覚がある。

 レイフォンはため息を吐いて、閻魔刀(やまと)を鞘へと納めながら告げる。

 

「条件がある」

『なんでしょうか』

「貴様だ」

 

 一瞬、念威端子の鳴動が止まった。

 そして、ややあってから、困惑した様子で再び声が聞こえてくる。

 

『私ですか?』

 

 傭兵団にとっては災難だっただろうが、レイフォンにとっては好都合な事態だった。

 備えはいくらあってもいい。

 そのためなら暴力を以て事を為すことも良しとしよう。

 

「一年、俺の命令に従え」

『私は副団長の地位にあります。あまり軽々に傭兵団を離れるのは難しいかと』

「貴様に選択の余地があるとでも思っているのか?」

『……分かりました。ですが、まずはハイアの治療をさせて頂きたい』

「躾けくらいしておけ」

 

 了承と受け取ったフェルマウスは、団員たちに呼びかける。

 

『――停戦は成った。すぐに集まってくれ、ハイアたちを治療しなくてはまずい』

「ハイアちゃん!」

 

 すぐに弓の女が動き、青年も続く。

 

「ミュンファ、一式持ってきているか?」

「はい、持ってます! 簡易呼吸器を装着します!」

「よし、俺は止血する。増血剤は?」

「持ってきてるのは三個!」

 

 二人は手際よく、応急処置を施していく。

 他の団員たちが来るまでは問題ないだろう。

 病院まで生きていれば再生医療もあるし、どうにでもなる。

 彼らから視線を切ったレイフォンは少し離れてから、嘆息した。

 

「リュホウも哀れなものだ」

『……どういう意味でしょうか』

 

 独り言のつもりだったが、反応されてしまったので適当に対応しながら思う。

 この程度のやつに“レイフォン”は苦戦したのか、と。

 

「こんな後継しか得られなかったのだろう? 哀れこの上ない」

 

 レイフォンは廃貴族のブーストがあるし、剄を受け止めきれる武器もある。

 “レイフォン”とは比べものにならないほど状況がいいことは事実だ。

 それでも、天剣授受者がハイア程度に苦戦するなどありえない、と結論している。

 

『天剣授受者は、他とは別次元の存在です。貴方がそう仰るのも無理はないのかもしれません。ですが、ハイアが優れた武芸者であることは我々がよく存じております。どうか言葉を慎まれますよう』

 

 ハイアが優れた武芸者であることはレイフォンにも分かる。

 剣技に優れ、剄の流れも一流。剄量も多い。

 クラリーベルと同等か、それ以上。すなわち準天剣級。それは武芸者の上澄みであることを意味する。

 一般的な武芸者より確実に強く、しかし天剣よりは確実に弱い。

 ……どうもおかしい。

 剄を扱う技量においてレイフォンと並ぶ者は、多くはないがそれなりにいる。

 武器を扱う技量においてレイフォンと比肩する者もそこそこいる。

 天剣授受者がそれらの武芸者を圧倒する理由は剄の多寡にある。

 剄が多いから活剄の効果が高く、身体能力が高い。剄が多いから衝剄の威力が高い。

 天剣を持たなくとも他の武芸者を圧倒し、天剣争奪戦で苦戦すらしない最大の要因はそれだ。

 だから武芸者たちは天剣争奪戦で、戦場で思い知るのだ。天剣は自分たちとは違うのだ、と。

 

「それにしては随分と慎みのない行動だったが?」

『……軽率であったことは否定しません』

 

 そうである以上、なぜハイアが“レイフォン”に肉薄できたのか。まるで理由が分からない。

 ハイアの剄は多いほうだが、天剣からすれば大きな違いはない。

 通常の錬金鋼で全力を出せる程度の剄しかないのだ。

 絶刀のような規格外の剄技を使えるわけでもない。

 それでなぜ、“レイフォン”の身体能力に圧倒されないのか。

 錬金鋼を持たない女王を相手にレイフォンは敗北し、三人の天剣が挑んでも負けた。もしかしたら、という可能性を差し挟む余地すらない完璧な敗北だったのだ。

 多少の不利を背負った程度で絶対的な剄量の差を覆せるなら、天剣はすでに女王を殺している。

 

「何のために来たのかは知らんが、俺を天剣だったと知りながら敵対を選ぶようではな。天剣になりたいと騒ぐ子供でもあるまいに」

 

 いや、とレイフォンは意識のないハイアをどこかへ連れて行く傭兵たちを見ながらこう言った。

 

「お目付役が必要な子供だったか」

『!』

 

 剄量の差は活剄による身体能力の差となり、衝剄という攻撃力の差に直結する。

 錬金鋼に剄を通したほうが遙かに効率はいいが、剄は素手でも使えるのだ。

 老生体ならともかく人間相手に不足するような威力ではない。

 クラリーベルの腕をあっさりと落とす“レイフォン”が、この程度の武芸者に苦戦することなどありえない。

 ……過度に警戒する必要はない、か。

 レイフォンは思考を切り替えるために息を吐いた。

 

「明後日の放課後には生徒会長のところに顔を出せ」

 

 フェルマウスへの最初の命令を告げて、フォーメッドのところへと向かう。

 都市警は違法酒に関連している連中は捕縛して、遠巻きにこちらを見ているようだ。

 状況の説明をしなくては、と足早に去っていく。

 すると、その背中に言葉が投げられた。

 

『知っていて襲ったわけではありません』

「……そうだったな」

 

 ●

 

 フェリに連れられてサアラがたどり着いたのは人気(ひとけ)のない公園だった。

 夜の公園は街頭に照らされて不気味な静けさに満ちている。

 

「…………」

「…………」

 

 サアラとフェリは公園のベンチで二人並んで座った。

 相談したいと言ったフェリは、顔を伏せたまま黙して語らない。

 そんな様子を見てサアラは思う。

 ……綺麗な子。

 フェリ・ロスという人物は同性から見ても美しい。

 ほっそりとして小柄な体型、白く美しい肌、長くきめ細やかな髪。

 黙っているとまるで人形のようだ。

 長く沈黙を保ったまま待っていると、胸の内にある感情を吐露するかのようにフェリが語り始めた。

 

「わたしは、念威繰者でいたくない」

 

 唐突に始まった言葉は、サアラには理解できないものだった。

 曰く、念威を扱う才能を持って生まれたフェリは、幼少から念威繰者たるべきと育てられてきたという。

 物心ついたときには自分の進むべき道が定まっていることに疑問を覚え、ほかの道を模索するためにツェルニへ入学したのだ、と。

 そしてサアラはそれを見て、絶句した。

 

「――――」

「制御が甘くなると、こうして髪が発光してしまうんです」

 

 フェリの長い髪すべてが発光するほどの念威。

 制御し損ねたもので、それ。

 フェリ・ロスは念威の天才であり、疑問を差し挟む余地すらない圧倒的な天賦を持つ。

 それは知っていたつもりだった。

 ……なんて、才能……!

 本物の天才は凡人の想像の遙か上を行く。

 ゴルネオの言っていたことがようやく理解できた。

 なるほど、これと比較しようとしてもより自分が惨めになるだけだ。

 

「どう思いますか」

 

 反応できずにいるとフェリが問いかけてきた。

 じっと見つめる視線は問いというよりも懇願のようにも感じられた。

 ……どう思うかって?

 サアラにとってフェリは、先の対抗試合で完膚なきまで叩き潰された相手だ。

 勝てないまでも対抗してみせると意気込んでいたのに、手も足も出なかった事実はトラウマものだ。

 努力ではどうにもならない差があることを思い知った。

 そんな才能をいらない、発揮したくないという言葉は反感を覚えるほどに(ねた)ましい。

 だから言えることなど決まっている。

 

「……もったいないと思います」

「誰もがそうやって、わたしに念威繰者であれと押しつけるのです」

 

 淡々と、しかし、即座にフェリが言い募った。

 そこには念威繰者らしくない、確かな感情があるように感じられた。

 

「わたしは念威繰者であることを当然として、当たり前に生きてきました。そうしていつしかその()()()()に愕然としたのです。わたしには念威以外に何もないのか、と。

 誰もがわたしに念威を使えと言います。わたしの念威を利用させろと言うのです」

 

 抑揚の少ない話し方は念威繰者らしいもの。

 だが、そこにある熱だけは明らかに彼女の持つ意志だった。

 

「誰にも利用されたくないのです。たとえ、――死んだとしても」

 

 サアラは理解した。

 これは彼女の嗚咽なのだ、と。救いを求める絶叫なのだ、と。

 嘘偽りのない言葉を伝えなければならない。

 そうしなければ、フェリが壊れてしまいそうに感じられたのだ。

 だからサアラは恥を晒す覚悟のために、吐息する。

 

「私がフェリのような念威を持っていたのなら。何度もそう考えたことがあります」

「……持っていたら、どうしましたか?」

「念威繰者としての実力を証明し続けようとするでしょうね」

「…………」

 

 フェリは押し黙った。

 そんなことは嫌だ、というのだろう。

 彼女の様子に小さく微笑んで、サアラは続ける。

 

「フェリ。貴女は念威繰者として利用されたくない。では、どうやって生きていきますか?」

「分かりません。分からないんです。わたしは……、どうなりたいのか」

「なら、探せばいいじゃないですか」

 

 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすように、サアラはあえて気軽に言い放った。

 

「え?」

「フェリの才能は私には遠すぎてよく分かりませんが、私程度のことは片手間で出来るでしょう。あるいは、それ以上に」

「……そうかもしれませんね」

「だったら片手間に念威繰者としての仕事をしながら、違うことを探せばいいのではないでしょうか」

「――――」

 

 フェリは呆然とした様子でこちらを見た。

 そんなこと考えたこともないのだろう。

 本当に素直で、真面目なのがよく分かる。

 念威繰者であるということ。あるいは、それ以外のなにか。

 どちらかを選ぶことしかできず、決して並び立つことはない。たったひとつのことしか出来ないと無意識に思い込んでしまうほどに真っ直ぐなのだ。

 

「学生なんです。なんでもやってみればいい。念威繰者として鍛えなくても十分以上に成果が出せるなら鍛錬だってそこそこで済みます。仕事と割り切って手早く終わらせばあとの時間は自由でしょう?」

「考えたこともありませんでした。念威繰者という()()……」

「念威繰者はすべての都市で必要不可欠な要素です。都市を護るためですから。

 だからその分、優遇されます。金銭的に困るようなことはないと思います。ましてやフェリならなんでも出来るでしょうね」

「なんでも……できる……」

 

 (ささや)くような声量でフェリは呟いている。

 それは本人にとっては本当に重要ななにかなのだろう。

 それを飲み込むまで、サアラは待つことにした。

 そして、ややあってから、フェリは立ち上がってこちらに一礼。

 

「ありがとうございます、サアラ先輩。でも、なんで?」

「これでも先輩です。それに――」

 

 レイフォンを想像した。

 口は悪い。態度も冷たい。でもレイフォンは本気で武芸に向き合う者の指導を断らない。

 そこに理想の武芸者を見たのだ。

 強いだけではない。

 努力を続けた末に、真摯に頼み込むものを彼は見捨てていない。

 十七小隊の小隊員もゴルネオもそうだった。

 ツェルニという都市だって救われている。

 未熟な卵だけの都市はレイフォンに護られている。

 

「あの人でもきっと助けたと思いますから」

「……趣味が悪いですね」

「え?」

 

 ジト目でフェリに言われ、気付いた。

 ほとんど無意識に、当たり前のようにレイフォンという男性を想像していたことを。

 

籠絡(ろうらく)されてるじゃないですか」

「ろっ! …………そんなことありません」

「語るに落ちてますよ」

 

 何を言っても認めたことになってしまう。

 だから黙っているしかなかった。

 そう。認めたから返せる言葉が見つからない訳ではないのだ。断じて。絶対。

 

「でも、ありがとうございます。本当に助かりました」

 

 もう一度、深々と一礼してフェリは去っていった。

 残されたサアラは夜風に吹かれながら大きく息を吐きだした。

 

「……籠絡なんてされてませんよー、だ」

 

 風がやけに冷たかったが、きっと勘違いだと、そう思うことにした。

 

 ●




前話、魔人覚醒では大変たくさんの感想、評価、ここすき等々、本当にありがとうございました。
非常に多くの反響を頂いて感無量です。
バージルのようにスタイリッシュになるよう戦闘を書いて、その通りに、あるいはそれ以上に受け止めて頂けたようで満足感でいっぱいでした。
あまりに本気の戦闘は、気持ちよかったです。きっと皆さんの脳内にも三宅さんが居たことでしょう。強いことはカッコイイ。可愛いは正義。

魔人覚醒の投稿から時間が空いて申し訳ありませんでした。
出来る限り二週間に一話くらいは投稿したいと思っております。ですがクオリティ優先にしたいので少し遅くなるかもしれません。
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