俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第四話:違法酒の後始末

 ●

 

 ある日の放課後。

 レイフォンは尖塔の生徒会長室へと向かっていた。

 ハイアを串刺しにした夜の捕り物のあと、カリアンへ報告が届いているかは分からない。

 外部からの違法酒の持ち込みなど統治機構に対する明確な反逆行為だ。

 都市警察として即座に報告することも、詳細を明確にしてから報告することもあり得るだろう。

 

「カリアン、入るぞ」

「せめてノックくらいしてはどうかね?」

 

 入室したレイフォンに対して、まずはカリアンからの苦言が投げられた。

 ノックは確かにした方がいいだろう、とレイフォンは思う。

 だから、そうだな、と軽い返答をしつつ見回せば、黒い人影がある。

 

『……ヴォルフシュテイン卿』

 

 念威端子を通した、独特な声がレイフォンを呼んだ。

 汚染獣の匂いを嗅ぎ分けるという特技を持ち、汚染物質に焼かれても死なない特異体質の念威繰者。

 フェルマウス・フォーア。

 念威の才能はフェリにこそ及ばないが、フェリと比較できるほど膨大な念威の持ち主であり、才能の差を埋めるだけの技量と実戦経験を持つ。

 念威繰者としては、デルボネと比肩し得る二人のうちの一人。

 

「来ていたか」

『はい』

 

 フェルマウスとレイフォンの端的な受け答えを見て、カリアンは手を止める。

 

「では説明してもらえるのかな、レイフォン君」

「ああ。だがまずは報告だ」

「報告、報告と来たか」

 

 カリアンは苦笑。

 レイフォンという傍若無人な武芸者には似つかわしくない行為だ、というのだろう。

 それをあえて無視して、レイフォンは本題を口にした。

 

「一昨日の夜、捕り物があったことは聞いているか?」

「違法学生の取り締まりだね。報告はまだ上がってきていないが、聞いているよ」

「その中にサリンバン教導傭兵団が混じっていた」

 

 カリアンは常に微笑を浮かべて内心を読ませない。

 だが、一瞬だけ明らかに表情が固まった。

 それからカリアンはふむ、と頷くとフェルマウスに視線を送ってから嘆息した。

 

「……グレンダンの? 世も末だね。その一人が彼ということか」

「彼女、のようだが」

 

 鋼殻のレギオスでは、最初に男と説明されていた記憶はある。

 しかし、明らかに身体の動作が男のそれではない。

 具体的にこれ、という要因を説明できるわけではないが間違いないだろう。

 ただの勘といえばそれまでだが、レイフォンにとっては確信のあるものだった。

 

『私のことをご存じだったのですか?』

「さてな。傭兵団は(おおむ)ねが単なる腕利き程度だが、一人だけあってはならない実力者が交じっていた」

 

 レイフォンはフェルマウスの問いを受け流しながら、伝えるべきことを説明すべく、言葉を口にする。

 

「ハイア・ライア。代替わりしたばかりの団長だそうだ。単純な剣技はおそらく俺と比較できるレベル、剄量も普通の武芸者より多い」

「それほどの武芸者が違法学生として来ていた、と」

「問題は、それだけの腕を持っていながら精神性に幼稚さが見られるということだ。いつ暴れ出すか、判断がつかん」

 

 事実として、ハイアは“レイフォン”を相手に暴走していた。

 レイフォンが見たところ、事実として危うい気質を持つように見受けられた。

 準天剣級の武芸者は普通の武芸者では相手にならないほど強い。熟練の武芸者が戦術を駆使すればあるいは、といった領域にある。

 ツェルニの学生では何をやっても届かない。

 そんなレベルの武芸者でありながら、精神的な不安定さを持つのがハイアという少年だ。

 危険性は極めて高いと言わざるを得ない。

 

「俺なら容易に鎮圧できる。だが学生が束になっても勝てない。奇襲・暗殺に徹するならツェルニを滅ぼせるだろうよ。だから貴様に判断を投げに来た」

「……そんな爆弾を渡されてもね。その幼稚さの加減次第ではあるが」

 

 妹に似た柳眉を吊り上げて、カリアンはそう言った。

 無理もないことだ、とレイフォンは思う。

 学生では決して対応できず、手段を選ばなければツェルニという都市を落とせる武芸者。

 それが感情を制御できない子供だというのだ。

 心労は察するに余りある。

 だが、レイフォンという対抗手段が居る。それゆえにレイフォンはカリアンへと判断を委ねることにした。

 

「殺しておくつもりだったが、そこの念威繰者の身柄と引き換えに見逃した。最終決定は貴様に任せる。生かすも殺すも好きにしろ」

『ヴォルフシュテイン卿、それは――』

「――俺の判断で殺すことはない。そこから先は都市の治安維持の範疇だ。学生では対処できん以上、戦力として俺が動くことになる。それだけの話だ」

『……!』

 

 話が違う。

 そう言いかけたフェルマウスだったが、レイフォンの語る論理に沈黙するしかなかった。

 レイフォンがハイアを殺しかけたとき、フェルマウスが口にした要求は“許してほしい”というものだったからだ。

 ヴォルフシュテインと認識していなかったから起こってしまった間違いであった。“誤った襲撃行為”を許してほしい、だ。

 フェルマウスの要求を受け入れたレイフォンは傭兵団を殺さなかった。その代価としてフェルマウスの時間を受け取る結果に終わった。

 

「俺と貴様らとの取引は、ヴォルフシュテインとサリンバン教導傭兵団とのものであって、ツェルニと犯罪者とのものではない」

 

 少なくとも論理の上では矛盾はない。

 だが悪辣ではある。

 そう感じたのだろう。

 フェルマウスは歯を食いしばり、そして大きく吐息を吐き出した。

 

『……今ここで交渉せよ、と?』

「どうでもいい。すべて貴様らと統治機構で決めろ。だが貴様の身柄は俺が預かる。それだけだ」

「ふむ。状況は理解した。交渉はすぐ始めるとしよう。だがその前に」

 

 フェルマウスを一瞥(いちべつ)したカリアンは、コーヒーで口を湿らせる。

 怒りを抑えて平静に努めているであろう様子から、あえて間を置くことにしたのだ。

 カリアンはカップを置いて、レイフォンに尋ねた。

 

「それだけかね? わざわざここで同時に聞かせた理由は」

「報告がもうひとつ。それとそいつへの命令がある」

「聞こう」

「違法学生として捕縛された連中は違法酒を扱っていたと聞く。いずれ報告もいくだろう。対処は考えておくことだ」

「…………」

 

 カリアンは黙り込み、レイフォンを見据えていた。

 探るような視線に対してレイフォンは動じない。

 違法酒など、レイフォンにとってはどうでもいいことだからだ。

 平然とカリアンから視線を切って、フェルマウスに声をかける。

 

「フェルマウス」

『……はい』

「この手紙をグレンダンに持って行け。一週間以内にツェルニを()て」

 

 フェルマウスへと差し出されたのは三通の手紙。

 手紙を受け取り、送り先を確認したフェルマウスは瞠目(どうもく)した。

 

『陛下……?』

「ああ。女王とデルボネ、それから俺の居た孤児院だ。女王にはカナリスにでも渡せば届くだろう」

『承知いたしました』

「手紙を届けたあとはデルボネの指示に従え。その旨は書いてある」

『はい』

 

 フェルマウスは手紙をしまい込む。

 それを見たレイフォンはそのまま扉へと向かっていく。

 そして退出する直前、端的にこう言った。

 

「用は済んだ。あとは任せる」

「了解した。――では交渉といこうか、副団長殿。コーヒーと紅茶、どちらにするかね? 長くなりそうだからね」

 

 フェルマウスの孤独な戦いは、まだ終わっていない。

 

 ●

 

 時が過ぎるのは早い。

 カリアンとフェルマウスとの交渉から数日が経過し、対抗試合の開催が目前に迫って来ていた。

 今回のカードは、第十小隊と第十七小隊の試合だ。

 第十小隊との対抗試合の数日前になって、第十七小隊は生徒会長に呼び出されることになった。

 場所はいつもの生徒会長室ではなく、使われていない会議室。

 小隊長のニーナが代表して前に立ち、後ろに三人控える形でカリアンの言葉を聞く。

 

「剄脈加速薬は学園都市連盟の規定する違法薬物だ。これを使用した、などという醜聞は困る。武芸大会を控えたこの時期では特にだ。かといって厳重注意程度では済まない話でもある」

 

 ニーナにとって、寝耳に水どころではない。

 剄脈加速薬は、使用すれば剄脈異常を発生させて通常を大きく超える剄を生み出す。

 しかし、その代償はほとんどが廃人と化してしまう。それほどの危険物なのだ。

 それを第十小隊の、それも小隊長を含めた面々による使用が疑われるという。

 

「上級生からの突き上げ、ヴァンゼの罷免にも繋がるだろう。かといって見過ごしたとて、武芸大会で使用してしまった場合、その事実を学連にでも押さえられれば来期からの援助金の問題にもなる。

 援助金そのものはどうにかなっても、研究データの販売網を失うことになりかねない。これは学園都市の収入源の大部分を占めるものだ」

 

 剄脈加速薬の使用は、小隊だけの問題では終わらない。

 使用したという事実から生じる問題は、都市にとってさらに大きなダメージになってしまう。

 許されることではない、とニーナは思う。

 すらすらと想定される問題をあげていくカリアンの表情は厳しいものだった。

 

「――これで終わりではないが、起こりうる最初の事態がそれだ。学園都市の運営に多大な影響を及ぼすことは間違いない。そこで君たちに依頼する」

「レイフォンに、ではなく?」

「君たちに、だよ。次の対抗試合は第十小隊が相手であり、彼らをどうにでもできる者もいる。おかしなことではないと思うが?」

 

 ニーナからの皮肉交じりの問いをあっさりと流しながら、カリアンはレイフォンを見た。

 しかし、レイフォンは顧みない。

 

「俺の知ったことではない」

「だが事が露見すればツェルニは確実に衰退することになる。試合中に事故でも起こってしまうのが一番処理が楽でね。安全に片付けられる」

「ふざけやがって。あいつらを殺せってのかよ」

 

 シャーニッドの吐き捨てるような言葉に、ニーナは息をのむ。

 第十小隊はツェルニを護る仲間。

 それを、殺す。

 そんな可能性を考慮している自分に驚いたくらいだった。 

 

「会長、それは……」

「別に彼らを殺せとは言っていないよ。半年程度、動けなくなってくれればいい。要は彼らが小隊を維持できないほどの怪我を負ってくれればいいんだ。出来るかい?」

 

 最後の確認は、レイフォンに向けたもの。

 やるかやらないか、ではなく、出来るか、という問い。

 それは答えれば必然的に実行することに同意することになりかねない。

 単純だが、時間の無い場合によく使われる単純な手だ。

 ニーナたちは殺害の可能性に思考を鈍らせていたが、レイフォンだけは冷徹にカリアンの名を呼んだ。

 

「――カリアン・ロス」

「!」

「次は首を払い落とす」

 

 いつも通りの口調でそう言ったレイフォンに気負いは感じられない。

 だからこそ本気だと思うほど、いつも通りすぎた。

 カリアンもまたニーナと同じように感じたのだろう。

 冷や汗を流しながら謝罪を口にした。

 

「すまなかった。言い方を変えよう」

 

 そして言葉を切ったカリアンは、間を置いてから改めてこう言った。

 

「彼らが違法酒を使用した場合に起こる事態はツェルニに重大な危機を呼ぶ。私はそれを回避したい。そのために力を貸してもらいたい」

 

 今度の言葉は偽りのない真摯なものだった。

 これに対してレイフォンは返答することなく、ニーナに視線を送る。

 

「貴様が決めろ、ニーナ・アントーク」

「なに?」

「小隊への依頼だそうだ」

「!」

 

 そう。

 これはレイフォン個人への依頼ではない。

 十七小隊への依頼だ。

 だから、とニーナはどうすべきか、そして、どうしたいかを考える。

 そして、決めた。

 

「生徒会長」

「なにかな?」

「対抗試合までわたし達に時間をください。わたし達のやり方でディンを止めてみせます」

 

 ニーナの言葉を受けて、カリアンは(うなず)いた。

 

「ふむ。ディンも無事に終わる、というならこれ以上のことはない。しかし次の対抗試合が最後のチャンスだ。間に合わなければ、そこでレイフォン君に動いてもらいたい」

「いいだろう。違法酒を使用する者は全治半年、それでいいな」

「頼むよ。それでは私は仕事が残っているのでね、先に失礼させてもらう。ああ、会議室は二時間はとってある。好きに使ってくれて構わないよ」

 

 それだけ言うと、カリアンは足早に会議室を出て行った。

 残された十七小隊の面々を見回してから、ニーナはレイフォンを見る。

 

「大怪我をさせる必要はない。そのためにも手伝いくらいはしてもらうぞ」

 

 すると、レイフォンは端的にこう言った。

 

「俺が動くべきではあるまい」

「なぜだ?」

「俺という強者からの言葉は届かない。お前たちでなんとかしてみることだ」

 

 違法酒は危険性ゆえの禁止だが、剄脈加速薬という名に偽りはない。

 残りひとつしかないセルニウム鉱山はツェルニの最後の命綱だ。これまで負け続けてきたからそんな状況に陥っているのだ。

 そうでなければ、そんな危険物を使う理由はない。

 だからこそレイフォンという絶対的な武芸者の言葉は決して届かない。

 それほどの存在だと知らずとも、誰よりも優れた才能を持つことは武芸者なら理解できるからだ。

 だからレイフォンの拒否について問答することもなく、ニーナは了承の意を告げることにした。

 

「――そうか、分かった。時間もない。わたしたちで動いてみよう。シャーニッド、フェリ、行こう」

「ああ」

「わたしもですか?」

「頼む」

 

 かつて第十小隊に所属していたシャーニッド。

 不本意を隠さないフェリ。

 二人とともにディン・ディーたちを止めに行く。

 

 ●

 

 それから対抗試合の日まではあっという間に過ぎ去っていく。

 レイフォンからすれば暇な時間だったが、多くのことがあった。

 都市警察の捜査は中止となり、シャーニッドはダルシェナと接触して、ニーナはディンと接触した。

 かつて、シャーニッドは第十小隊に所属していた。

 ダルシェナの高い攻撃力を軸にして、ディンとシャーニッドが援護する戦術は対抗試合で大いに活躍したという。

 だがある試合を境にシャーニッドは小隊を辞め、ニーナの作る十七小隊へと入隊することになる。

 シャーニッドは多くを語らなかったが、ダルシェナは違法酒を使っていないと断言した。

 一方で、ニーナは小隊長のディン・ディーと接触して、違法酒をやめろと正面から言ったらしい。

 経緯こそ偶然だが、第十小隊からシャーニッドを奪った形になったと承知しているからだ。

 ディンに誠意を尽くす筋があると考えての行動だった。

 このときにはすでにカリアンは都市警察へ捜査中止の命令を下していた。

 捜査のためにナルキが第十七小隊に仮加入していたが、この命令により立ち消えとなる。

 だが試合前日になって、見届ける、といってナルキは十七小隊へと復帰した。

 そうしてディンを説得することも出来ずに、対抗試合当日を迎えることになったのである。

 

 ●

 

「やはり、無理だったか」

 

 レイフォンが呟くようにそう言った。

 ディンが違法酒を使用することを、ニーナ達は止めることができなかったからだ。

 この結果に思うところはない。

 当然の結果だと感じている。

 ディン・ディーはツェルニが敗北する様子を見続けてきた。今回から急に勝てると言われても信じられるはずもない。

 たとえ信じたとしても受け入れられないだろう。

 

「……すまない」

 

 自責するように謝罪を口にするのは、ニーナだ。

 レイフォンにとっては的外れな謝罪だった。

 誰が何を言ってもディン・ディーは止まらない。そのことを分かっていたからだ。

 出来ることはなかった。ただ結果を待つだけだったレイフォンには、なにかを言う権利すらない。

 ニーナとシャーニッドはそれぞれにとっての最善を尽くして、それでもこの結果であるなら、もうどうしようもない。

 ただそれだけのことなのだ。

 

「俺に謝罪してどうする。選択したのは本人だ」

「それでもだ。レイフォンに手を下させることになってしまった」

 

 学生らしい甘い理想から出てくるような言葉だ。

 くだらないという感情はあれど、その態度を貫けるなら尊重しよう。

 今回のようにどうにもならないことは多い。

 ディンの視野は広いとは言えないが、それゆえに堅固な意志となる。それを言葉だけで(ひるがえ)させようという方が無理なことだ。

 だからレイフォンは気負うことなく、話を次に進めることにした。

 

「これも治安維持の一環だ。問題は誰が違法酒を使っているか、だが……」

「わたしが判断します」

 

 即答はフェリのものだ。

 だからレイフォンたちは(そろ)ってフェリを見た。

 これまでのフェリとは明らかに異なる積極的な姿勢が、態度に表れている。

 倦怠感(けんたいかん)などのマイナスの感情は見えない。

 やる気に満ちているとまでは言わないが、それでも淡々と役目を全うするであろう意志が感じられた。

 

「まるで別人だな。貴様になにがあった?」

「たいしたことじゃありません。ただ、わたしもわたしなりに前に進もうと決めただけです」

「……いいだろう。今の貴様になら任せてもいい」

 

 少し思案してから、レイフォンはフェリに判断を委ねることにした。

 かつてとは違う。

 今のフェリなら任された仕事は全うすると感じたからだ。

 それに、レイフォンならば剄脈に異常加速が生じているかなど見ればわかることでもある。

 最終判断ではなく、ひとつの判断材料として使用するなら問題はない。

 するとニーナが問題を提起した。

 

「それで、実際にはどうやるんだ。観客の目を誤魔化す必要があるだろう」

「仕掛けておいた罠で砂塵を巻き上げる。周囲からすべてを覆い隠すには丁度いい。念威に問題はあるか?」

「問題ありません。十秒あれば全員精査できます」

 

 レイフォンは手段を提示し、フェリが能力を提示した。

 成すべき事を成していく。

 天才たちのそんな様子を見て、ニーナは思わず吐息していた。

 

「……そうか」

 

 直視できずに目を伏せて、沈黙。

 そして、ややあってから、意を決したかのように顔を上げたニーナは真剣な表情でレイフォンと向き合った。

 

「わたしに付き合わせてくれ。彼らを……、倒す瞬間に立ち会わせてほしい」

「貴様をか」

「わたしには責任がある。依頼を受けたのは十七小隊だが、受託したのは間違いなくわたしだ。だから、頼む」

 

 頭を下げたまま頼み込むニーナを、レイフォンは黙って見下ろしていた。

 レイフォンから見たニーナは単なる未熟な学生にすぎない。

 小隊員のレイフォンに対して、小隊長でありながら武芸の指導をされる未熟者。

 ……未熟ではある。しかし……。

 この頑固で素直な武芸者のことは、嫌いではない。

 レイフォンの理想像はバージル。

 本当にバージルそのものであるなら人類社会など無価値だが、生き方そのものまで模倣したいのではない。

 あくまでロールプレイとして戦場で遊んでいるのだ。

 だから武芸者としての役割は完全に全うする。それを己に課している。

 武芸者として社会に優遇される権利を有するのであれば、義務を果たさなければならない。

 そういう在り方は、レイフォンからしても好ましいものだ。だから、無下(むげ)にもできない。

 

「邪魔をせず、黙ってみていろ。それが貴様の義務だ」

「分かってる。ありがとう」

 

 きっと、シャーニッドもそうなのだろうな、とレイフォンは思う。

 ただ一人で(たたず)むシャーニッドの視線は厳しいものだ。

 飄々とした態度から一転して、野戦グラウンドを睨むように見据えている。

 旧友を、今まさに壊そうとしているのだ。

 思うところなど、誰よりもあるに決まっている。

 だから誰もシャーニッドに話しかけようとはしなかった。

 レイフォンにしても、思うところはあるのだ。

 未熟な学生を壊し、未来を奪う。少なくとも半年以上の時間を、だ。

 ……嫌になるね、全く……。

 どちらかといえばレイフォンの心情はディンに近い。

 護ると決めた都市を護れなかった。その果てが今であり、もう次は残っていない。なにがあっても勝たなければならない。

 だが、それには自分が弱すぎる。そんな現実に圧し潰されそうになっているのが、ディン・ディーという男だ。

 レイフォンにはよく理解できる。痛いほど解る。

 力がないから。

 弱いから、力が欲しいんだ。

 守りたいものを、日常を守れないから。

 ……それでもお前は邪魔なんだ。

 メルニスクという力を手に入れる可能性が、お前にはあった。

 万が一の可能性すら残す訳にはいかなかった。

 

 ●

 

「さきに動いたのは第十小隊! 隊長・副隊長による超強力な突進にどう対処するのか――!」

 

 司会の言葉が野戦グラウンドに反響する。

 第十小隊は攻撃側として第十七小隊のフラッグを狙う。

 突撃槍の形をした錬金鋼(ダイト)を手に、ダルシェナは真っ直ぐに突っ込んでくる。

 その背後ではディンが(おもり)を尖端とした太めのワイヤーを伸ばし、ダルシェナに先行させていた。

 ワイヤーで罠を感知し、その後にダルシェナの突進力で粉砕する陣形。第十小隊の得意とする戦術だ。

 やがて、第十小隊の突進は野戦グラウンドの半ばを越えて、第十七小隊側の陣地に入る。

 そのときだ。

 ダルシェナの左右で地面が爆発した。

 

「!」

 

 爆発は攻撃を意図するものではない。

 それは大規模な煙幕となって観客の目を奪うものだ。

 煙幕のなかで殺剄をしてレイフォンとニーナは機会を待った。

 そうしているうちに、ディンはシャーニッドからの狙撃を警戒して小隊員を盾にできる位置に下がる。

 結果としてダルシェナとの間に空間が生まれる。

 だから、とレイフォンが駆け抜ける。

 一瞬にして、第十小隊の隊列に割って入ったレイフォンはその場に身体を置き、ダルシェナと第十小隊との連携を絶つ。

 

「――進めっ!」

 

 分断されたことで迷いを見せたダルシェナに対して、即座にディンが命令を下す。

 策はここに成立した。

 ニーナは遅れてここへと到着するだろう。

 今回だけ参戦したナルキは第十小隊の通信を断つために、念威繰者へと向かって走り去った。

 ダルシェナはさらに進み、その先でシャーニッドが抑える。そして、

 

『その五名のうち、剄脈に異常加速があるのは隊長のディン・ディーのみです』

「分かった。あとはナルキのフォローをしてやれ」

『もうやっています』

 

 探査結果が告げられた。

 生意気にも言い返してきたフェリによれば、小隊長のディン・ディーだけがクロ。

 剄を眼に集めて剄を見るレイフォンも同様の結論に至る。

 あとは情報の保全ができる念威繰者をナルキが倒すまで足止めしなくてはならない。

 だから、と余裕たっぷりに言い放つことにした。鞘に納められたままの刀を突き付けるように突き出しながら、

 

「さあ、誰から死ぬ?」

「ほざけ、新人!」

 

 レイフォンの挑発に誰かが叫び、四人の小隊員が襲い掛かってきた。

 

 ●

 

「シェーナは俺に任せてくんねぇかな」

 

 多くの感情が渦巻くまま口にした言葉だった。

 シャーニッドがそう口にしたとき、レイフォンは迷うことなく了承してくれた。

 ありがたかった。

 思い描くのはダルシェナ・シェ・マテルナ。

 美貌の副隊長は違法酒に手を出していない。シャーニッドは確信をもってそう断言した。

 ならば、レイフォンが斬らねばならない相手ではない。

 

「条件は解っているな?」

「ああ。俺がシェーナを止める。ディンと合流させない」

 

 決意をもって、レイフォンにそう宣言したからには絶対に成し遂げなければならない。

 さもなくばダルシェナも壊されてしまうかもしれない。

 ……違うか。

 フェリが違法酒の使用者を特定するのだから、きっと間違いはない。

 彼女が壊されることはないだろう。

 だが、そこに救いはない。

 なにもわからないまま倒されるだけだ。

 

「――――」

 

 今に集中する。

 砂塵の中ではまともな視界は得られない。

 だが、フェリの念威によってマークされた一人がそのまま突き進んでくるのがよく見えている。

 そんなことをするやつは一人だけだ。

 シャーニッドは、努めて気軽そうに声をかける。

 

「よう、シェーナ」

「貴様! シャーニッドっ!!」

 

 ダルシェナがシャーニッドを一目見た瞬間、明らかに激昂した。

 言葉は無い。

 だが、突撃の速度が増している。

 ……お前ならそうするって信じてたぜ。

 シャーニッドの装いは、戦闘服に改造を施したものだからだ。

 かつて、第十小隊に入隊したときと全く同じ改造。

 ディン、ダルシェナ、シャーニッドが三人のために作らせた戦闘衣。

 それを今のシャーニッドが着ていることそのものが、これ以上ない挑発になる。

 

「――――」

 

 続くシャーニッドの動作を見て、ダルシェナがさらに速度を上げる。

 両足を地に着けながら腰を下ろして迎撃の構えを見せていたからだ。

 

「小手先の技でわたしを迎え撃つつもりかっ!」

「小手先で十分さ」

 

 シャーニッドは剄を込めた。

 錬金鋼に走った剄が内部機構によって収斂(しゅうれん)

 通常の衝剄では出せない速度で剄弾が発射され、それは連射となった。

 撃つ。

 

「!」

 

 弾道はダルシェナではなく地面に向けられていた。

 着弾と同時。

 地面が砕け、土煙が砂塵に混じっていく。

 煙幕の濃度が上がったのだ。

 

「これは!? そうか、土を変えたのか!」

 

 ご名答。

 そんな言葉を浮かべながら、殺剄で身を隠したシャーニッドは土煙の中で機を(うかが)っていた。

 ダルシェナは強い。

 だが、その強さは迷いの無さから生まれるものだ。

 だったら攪乱(かくらん)すればいい。

 用意した火薬式の拳銃を土煙に紛れるようにペイント。そして、地面に銃口を向けた状態で固定しておく。

 あとは結びつけた糸を引けば、撃鉄を止めていた力が消える。

 発射。

 

「!?」

 

 乾いた発火音は、武芸者には馴染みがないものだ。

 だから絶対に見てしまう。

 土煙の動きも、足音すらも誤魔化せる一瞬が生まれる。

 だから行った。

 

「――――」

 

 息を止めて殺剄のまま背後まで駆け抜ければ、

 

「よう、シェーナ」

「しまっ――」

 

 ひたすらに衝剄を接射し続けた。

 無防備な背中を、回ろうとした腕を、離れようとした脚を。

 

「かはっ」

「卑怯だと思うか? だが俺たちがやってたのはこういうことだぜ」

 

 満足に戦わせず、突撃で崩して終わらせる。

 戦術と言えば聞こえはいいが、対抗試合専用のものでしかない。

 武芸大会で使える方法ではなかった。

 この戦い方と同じだ。

 

「今の俺なら奇襲すりゃあこうやって勝てる。バカみたいに強い後輩に鍛えられてるんでね」

 

 だが、決して倒さない。

 この場に最後まで留めることが目的だ。

 

「だからここで俺たちは終わりなんだ、シェーナ。違法酒なんてもんをあいつが使うのをよしとしたお前も、それに気付きもしなかった俺もな」

「――――」

 

 シャーニッドは攻撃の手を止めて、ダルシェナを見ていた。

 ダルシェナはふらつきながらも振り返った。

 言葉は無い。

 だが、目だけが爛々と輝いている。

 

「言い返す言葉もねぇってか?」

 

 視線の圧力が増していく。

 殺意すら混じり始めている。

 だが、それでいい、とシャーニッドは思う。

 ディンとダルシェナ、そしてシャーニッドの関係は、そこまで壊れなければ次へと進めなくなってしまった。

 だから今は俺だけを見ていてくれ。

 

 ●

 

 ディン・ディーは思う。

 ありえない、と。

 学園都市ツェルニにおける小隊員はエリートである。

 そんなエリートたちがたった一人の新人に向けて、四人同時で猛攻を繰り返している。

 それを新入生が完璧に受け流し続けていた。

 ディンが四人の後方に控えて援護、奇襲になるようワイヤーを動かしているにも関わらず、なにも変わらない。

 限界ギリギリの攻防ではない。明確に余裕を保っている。圧倒的な高みから見下ろされていた。

 第十七小隊のエースアタッカー、レイフォン・アルセイフが強いことは知っていた。

 何度も動画を見返して自分たちより強いことは分かっていた。

 ……馬鹿な、なんだこいつは!?

 だがそれでも、ここまで何もできないとは想像すらできなかった。

 

「焦るなっ! 冷静に隙を――」

 

 ディンが隊員へと(げき)を飛ばした、その刹那。

 四人の小隊員が吹き飛んだ。

 

「――な!? おい、無事か!」

 

 慌てて通信をしようとして、念威が途絶していることに気付いた。

 四人の隊員は視界の端で倒れたまま動かない。

 あの一瞬で気絶させられた事実を、念威繰者が倒されているという現実を、ディンは認識せざるを得なかった。

 

「お前は、やはりあのときの……!」

 

 学生とはかけ離れた異常な戦闘力。

 なによりも、あまりに強力な活剄が放つプレッシャー。

 あのときと同じだ。

 幼生体を一斉に皆殺しにした蒼い剣雨。その使い手らしき都市外戦闘服の武芸者。

 すべてが繋がった。

 こいつしかありえない、と。

 

「貴様が知るべき事は何もない」

 

 レイフォンが鞘から刀を抜き、構えた。

 次の瞬間。

 刀が振り下ろされ、刀身を覆った剄が水弾を飛ばすように弾けて降り注ぐ。

 外力系衝剄の変化、『封心突』。

 針のような衝剄がディンの身体にいくつも突き刺さった。

 

「くぁ……あ……!」

 

 ディンが苦痛に呻き声を上げたときにはもう、次が来ていた。

 

「シッ!」

 

 左右の打拳が突き刺さり、直後に蹴撃が連続した。

 あまりにも重く鋭い連撃が骨を砕いていく。

 

「がふっ……!」

 

 殺す気か、こいつ。

 だが、抵抗しようにもすでに身体はろくに動かない。

 容赦のない殺意そのもののような攻撃に壊されていく。

 そして、崩れ落ちそうになるディンに向かって、閃光のような一撃がぶちこまれた。

 

「!」

 

 心臓を打ち抜く右ストレートによって、ディンの時が止まった。

 ……うご、か……!

 心臓への強打によって身体を硬直させられたのだ。

 そしてディンは見た。

 目の前で背を向けたレイフォンが身体を丸めるような姿勢で止まり、その身体に白い光を集めていく光景を。

 直後。

 背中そのものを武器とした打撃がぶちこまれた。

 外力系衝剄の化練変化、『ベオウルフ』。

 

「――――」

 

 全身が消し飛ばされるような衝撃は、ディンの意識を彼方へと吹き飛ばした。

 もうなにも聞こえない。

 

「眠れ、ディン・ディー。これは貴様へ送る賛辞だ」

 

 隊長のディンが敗北した瞬間、試合終了のサイレンが鳴り響いた。

 

 ●

 

 ニーナ・アントークはレイフォンと彼らの攻防、そのすべてを見ていた。

 そうしていると思うのだ。

 あれは、自分の姿なのかもしれない、と。

 自分の弱さを何度嘆いたことか分からない。

 いつか、自分もディンのようにどんな手段を使ってでも、と考えるようになっていたかもしれない。

 そんな可能性を見た気がする。

 

「ディンはどうなったんだ?」

 

 ディンを見下ろすレイフォンに尋ねた。

 すると、驚くほど無感情にレイフォンはこう言った。

 

「神経を徹し剄で破壊して、全身の骨を砕いた。このままなら死ぬ」

「たっ、担架ぁ! 担架を急げ――! お客様のなかに医療系の人はいませんかあ――!?」

 

 サイレンが鳴り響く中、ニーナは錯乱した。

 そして、ややあってから、動きがあった。

 砂塵の外で学生達が慌ただしく動き始めたのだ。

 しばらくすると、対抗試合における負傷に備えて準備していた医療班が到着。第十小隊の面々に応急処置が施され、重傷のディンは担架に乗せられて病院へと搬送されていった。

 彼らの姿が見えなくなるまで見送ったニーナは自問する。

 

「……これで、よかったのか?」

「力こそがすべてを制する。それだけの話だ」

 

 レイフォンの言葉は正しいのかもしれない。

 しかし、そうであってほしくない。

 そんな感情が渦巻いていた。

 

「…………」

「ディン・ディーは弱さゆえに違法酒を使ってでも勝利するための強さを求めた。そしてより強い俺に阻まれた。それ以外の意味はない」

 

 起こった事実だけを並べるなら、間違いではない。

 それはニーナも理解している。

 その上で思うのだ。

 いやだ、と。

 理屈ではない。

 感情そのものだった。

 

「……わたしは嫌だな、そういうの」

「貴様の目指す先が俺ならここに行き着く」

「なら、レイフォンを目指すことはやめる」

 

 宣言する。

 自分の知る最強の武芸者に。

 最強の武芸者はいつも孤独だ。

 レイフォンも、あの方も。

 だから自分はそうはならない。

 

「わたし達はわたし達で強くなればいい。十七小隊で強くなるさ」

 

 そこにきっと救いがある、とニーナは信じている。

 その言葉を受け止めるレイフォンは、ただ一言こう言った。

 

「そうか」

「否定しないんだな」

「そういう力もある。それは理解している」

 

 思わずニーナから笑いが零れた。

 嬉しいような、おかしいような、とても前向きな笑いだった。

 

「ははっ! ならレイフォンも一緒に強くなるぞ。十七小隊の一員としてな!」

「やめろ、俺には関係ない」

「お前も十七小隊だからな。逃がさないぞ、レイフォン!」

 

 口では冷たいことを言いながらも、しっかりと鍛えてくれる。

 そんなレイフォンがおかしくてたまらなかった。

 

「暑苦しい女だ……。そんなだから女にばかりモテるんだ貴様は」

「なあっ!? それは関係ないだろうが!!」

 

 ●

 

 都市の管理する病院の一室。

 そこに向かってフェルマウスは歩いて行く。

 病棟の一番奥にある、個室だ。

 ノックをして入室する。

 

「――――」

 

 病室では、備えられた映像機器に対抗試合の様子が映されていた。

 静かな音量のなか。

 ベッドで眠る少年、ハイアの手を握りながら画面を見つめる少女がいる。

 

『ミュンファ。ハイアは?』

「まだ目を覚ましませんが、容態は安定しています。医師からは直に起きるだろう、と」

 

 フェルマウスも、ハイアが危険な状態を脱したという報告は受けていた。

 だが、ハイアを前にして改めて聞くとやはり安堵があった。

 

『……そうか。ほかの連中はどこに?』

「ハイアちゃんが無事だって分かってからは遊びに。情報収集とは言ってましたけど」

『はぁ……』

 

 思わずため息が出た。

 同時に思う。

 無理もない、と。

 ハイアの状態は本当に酷かったからだ。

 骨折は当たり前で、内臓はいくつか破裂していた。流血による血液量の低下も危険なレベル。

 本当に一分一秒を争う状態だった。

 ツェルニの医療機関が迅速に対応してくれたお陰でなんとかなったものの、あのときは本当に生きた心地がしなかった。

 

『それはまあいい。ハイアの無事は喜ばしいことだ』

「ええ、本当にそうですね」

『だが、問題が発覚した。サリンバン教導傭兵団として避けては通れない問題だ』

「問題?」

 

 ハイアの状態はフェルマウスも危惧していた。

 だが、それよりも天剣授受者との敵対を絶対に避けなければならなかったのだ。

 そして情報収集をしているうちに、見つけてしまった。

 恐ろしい事実を。

 

『サリンバン教導傭兵団は、初代サリンバンからずっと廃貴族の捜索を目的としている。本人にとって主目的だったかどうかは怪しいが』

 

 先代の陛下からの命により、初代サリンバンは廃貴族を捜索することになったという。

 当てのない旅。過酷そのものの旅路だが、旅そのものを楽しんでいたとリュホウから聞いたことがある。

 

『ツェルニへ来たのも廃都市と接触したという噂を聞いたからだ。しかし、この都市には天剣授受者がいる。一時退位中とはいえ、その戦力は我々を圧倒する』

「……それが問題、ですか?」

『それも問題ではある。手段を選ばないのは初代からの方針だが、この都市では通じない。下手な行動を取ればヴォルフシュテイン卿を敵に回してしまう』

 

 ハイアが手も足も出ずに敗北し、死に瀕した。

 それだけでどうにもならないことが確定してしまった。

 本来ならもう少しやりようもあったかもしれない。

 だが、それはもう過ぎ去った過去。もう無理なことだ。

 どうすべきか、なにを伝えるべきか。

 フェルマウスは決めかねていた。

 沈黙し、言葉を選ぶフェルマウスを見かねて、ミュンファがこう言った。

 

「らしくないですね、フェルマウスさん。回りくどいですよ」

『……そうだな、すまない』

 

 フェルマウスは素直に謝罪を口にして、一息。

 そして、ややあってから、

 

『伝えるべき事を端的に言おう。ミュンファから皆へと伝えてほしい』

「はい」

 

 ミュンファが姿勢を正してフェルマウスを見上げた。

 左手はハイアの手を握ったままだ。

 

『私はヴォルフシュテイン卿からの命令でグレンダンに手紙を届けに行くことになった。その後は御祖母様の命に従え、とのことだ』

「傭兵団はどうするんです?」

『期間は一年だそうだが、戻れるかは不明。よって私はここで傭兵団から離れることになる。明日にはツェルニを発たなければならない』

「そう……、ですか」

 

 レイフォンがなにを考えているのかは分からない。

 だが、逆らえばハイアを殺されてしまうかもしれない。

 あのときの容赦のない攻撃には明確な殺意があったからだ。

 ハイアの生存は単なる僥倖(ぎょうこう)、運が良かったにすぎない。

 

『この学園都市での公共施設の利用許可は下りた。それから違法酒の持ち込みに関与した件は不問だそうだ。学園都市の統治者と取引した。その代わり、学園都市の要請時には安価に戦力を提供することになった』

「…………」

『すまない。副団長として傭兵団の安全を優先した』

「分かっています。責めたりなんてしません」

 

 都市の統治者、カリアン・ロスは容赦なく武力を背景に圧力をかけてきた。

 ハイアという最強の武力を失った今、傭兵団の身を守る術はない。

 廃貴族に関する知識を匂わせてもまるで手応えが無かった。

 レイフォンからなにか聞いているのかもしれない。

 武力はなく、知識というカードも使えなかった。

 フェルマウスは、サリンバン教導傭兵団は、学園都市ツェルニに敗北したのだ。

 

「それで、問題は以上ですか?」

 

 ミュンファが問いを投げる。

 話題を変えることで責める意志はないと示したのだ。

 問いは、最初にフェルマウスが提示したことだった。

 だからフェルマウスは可能な限り事実のみを口にすることにした。

 

『情報は念威で盗聴したものからの類推だ。だが、確度は高い』

「……内容は?」

『我々の追う廃貴族は、ヴォルフシュテイン卿に憑いている』

「――――」

 

 それが、どれだけ恐ろしい事実であっても。

 

 ●

 




明けましておめでとうございます。
サアラさんがこんなに人気になるとは思ってませんでした。でもなんかすごく女の子してたんですよね、よく分からんけど。

――ところで、一体いつから投稿が二週間に一度だと錯覚していた?
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