俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第六話:ザ・デイ・アイ・スィー・ユウ 下

 ●

 

 レイフォンにとって、両親についての話は重要なものではない。

 しかし、母親と共に救われたのであれば、その借りを返さねばなるまい。

 シャンテ・ライテの中に宿る火神を諦めるということは、戦力を諦めるということに等しい。

 ……残念だが仕方ない。

 火神という新たなブースターを得て女王を超えた頂点へと至り、災厄へと対抗する戦力として自身を確立するつもりだった。

 ディクセリオが火神を自身の所有するものと主張し、イグナシスに対抗するために必要だとジャニスがいうなら、そうなのだろう。

 

「じゃあ、敵対関係じゃなくなったからもういいわよね。バーテンダーさーん? ロックで、おすすめのウイスキー出して。二人は?」

 

 いきなり気を抜いて飲み会気分を出すジャニスの態度に、レイフォンとディクセリオは揃ってため息を吐き出すことになった。

 

「酒はやらん」

「俺もいらねぇ」

「んー、適当なソフトドリンクふたつで。お願いね。あとは、おつまみどうしよっかなあ……」

 

 そうしてジャニスはウィスキーとチーズの盛り合わせを注文して、しばらくすると三人分のグラスがテーブルに用意される。

 ソフトドリンクにすら手をつけない男たちとは対照的に、ジャニスだけがやたら早いペースで飲んでいく。

 

「はあ……。なかなかいいじゃない、これ。ボトルで頂こうかしら」

「おい、いい加減にしろ。なんでも答えると言ったのは貴様だろう」

「なら聞けばいいじゃない。聞かれれば答えるつもりはあるわよ。なにが知りたいの?」

「…………」

 

 まただ、とレイフォンは思った。

 デビルトリガーを使ったときも、威圧したときも、ジャニスの態度には変化が見られない。

 鍛えたことで胆力を身につけたといった風情ではない。

 つまり、あるのだ。

 ……切り札のような、なにか。

 その気になればこの場を切り抜けられるという確信が、この女にはある。

 ジャニスについて探りたいという気持ちはあるが、逃げられてしまっては元も子もない。

 今は聞き出すことを優先すべきだ。

 だからレイフォンは問いを言葉にする。

 

「グレンダンが備えている敵……。イグナシスの戦力には、なにがどの程度ある?」

「そうねぇ。貴方はナノセルロイドって分かる?」

 

 ナノセルロイドなど、レイフォンは知らない。

 ナノというからには極小サイズのなにかのように思える。

 

「ナノマシンの親戚か?」

「ナノマシンが分かるなら簡単ね。ナノマシンの集合体をひとつの個体として作り上げた対異民用兵器、それがナノセルロイドよ」

「……兵器か」

 

 ナノマシン技術を用いて作り上げた兵器、ナノセルロイド。

 技術的なことは分からないが、ナノサイズの機械は繊細なものにしか思えない。

 集結して総重量が増した場合、負荷のかかる部分のナノマシンはどんどん壊れていくからだ。

 そうでなくとも人間よりもメンテナンスを必要とすることは想像に難くない。

 とはいえ、これはレイフォンの想像でしかない。

 技術の成熟や新素材によって克服できる欠点なのかもしれない。

 だから、とレイフォンは素直に疑問をぶつけてみることにした。

 

「分からんな、所詮は機械だろう。経年劣化に耐えられるとは思えないが」

「ナノマシンなんだから自己増殖すればいいでしょ?」

「馬鹿を言え。自己増殖が可能であったとしても、材料がなければ限界が来る」

「オーロラ粒子を使っているもの、簡単なことね」

「……オーロラ粒子?」

 

 レイフォンは思う。

 なんだそれは、と。

 ジャニスの言い方では材料不足をどうとでもできる粒子のようではないか。

 実際に可能であるなら無から有を生むに等しい。

 通常の素材、技術ではありえないことだ。

 そうであるなら、よくあるSF素材でしかありえない。

 オーロラという単語だけならどこかで見たような気がする。

 思わず考え込んだレイフォンを見てジャニスが、ああ、と手を打った。

 

「ああ、そっか。知らないよね、ごめんなさい。貴方たちが汚染物質と呼んでいるものの大本をオーロラ粒子というの。オーロラ粒子がイグナシスの悪意によって変質すると汚染物質になる」

「……ほう」

 

 どうやらオーロラ粒子と汚染物質はイコールで考えて良さそうだ。

 だが問題はそこではない。

 汚染物質の大本たるオーロラ粒子を材料として使う、ナノセルロイドとかいう極小機械群だ。

 汚染物質は世界を覆っていて、その総量は計り知れない。だから人類は都市の中でしか生活できず、滅亡から逃れられていない。

 人類とは絶滅危惧種にすぎないのだ。

 未だに人類が絶滅危惧種である原因の大半は、汚染物質こそが占めるだろう。

 ……そんなトンチキ物質を使う?

 どう考えても技術レベルが自立型移動都市(レギオス)レベル。

 自己増殖によって経年劣化を無視できるナノセルロイドは事実上、半永久的に動作する機械だ。

 そんなものを作れるのは、移動都市の制作者しかありえない。

 

「ナノセルロイドは錬金術師(アルケミスト)の作品か?」

「少し違うわ。錬金術師が基礎理論を作ったらしいけど、そこからさきは“錬金術師の後継”みたいな人が作り上げたの」

「そいつがイグナシスってわけか」

 

 ディクセリオが剣呑な口調で吐き捨てる。

 しかし、ジャニスは即座にこれを否定した。

 

「最初は別人だったわよ」

「最初はってなんだよ。意味分からねぇぞ」

「変な意味なんてないわ。ナノセルロイドを作ったのはソーホっていう人だけど、イグナシスに身体を奪われちゃったみたいでね。ナノセルロイドの命令権は身体的特徴で設定してあったみたいだから、そのままイグナシスに使われることになったの」

「なんだよそりゃあ……」

 

 ディクセリオの嘆きに、レイフォンも全くの同感だった。

 なんだそりゃ、と。

 内心で、最悪極まるピタゴラスイッチ的ななにかを嘆いてしまった。

 原作の途中までしか読んでないが、なんとなく察せられるものがある。

 グレンダンを覆い隠すほど巨大な汚染獣、あれがナノセルロイドだ。

 推測ではあるが、まず間違いない。

 グレンダンの全戦力で戦わねばならない戦力。

 それほどの兵器をイグナシスが掌握したのが、馬鹿が身体を奪われたから、などというのはやるせない事実だった。

 その結果、レジェンド世界のような地球に通じる文明は消滅して、レギオス世界に繋がったのだろう。

 最悪な話じゃんねー☆とかキャラがブレッブレになりそうなほど最悪だ。

 レイフォンが内心で、ディクセリオが罵倒を言葉にするのは当然のことだ。

 

「……傍迷惑な話もあったもんだ。その結果がこのクソみたいな荒れ果てた世界かよ」

「同感ね。もっと素敵な世界が見たかったのに」

 

 二人の言う通り、ふざけた話である。

 レイフォンとて同様に不愉快極まりない。

 だが、どこまでいっても終わった話、過去の話でしかない。

 今からなにをしても、現実が変わるわけでもない。

 だから知るべきなのだ。

 単なる過去の事象ではなく、過去から今に続く脅威を。

 

「――ナノセルロイドは何体作られた?」

 

 簡潔なレイフォンの問い。

 対するジャニスの解答はさらに端的だった。

 ジャニスは表情を真剣なものへと変えると、こう言ったのだ。

 

「四体」

「四体……!」

 

 レイフォンは驚愕を隠せなかった。

 ジャニスの言う四体のうちの一体。

 それがグレンダンを襲撃してデルボネを殺した超巨大汚染獣であることはほぼ確実だからだ。

 天剣全員で防衛し、女王をして弱点となる部分を打ち抜かなければ殺しきれなかった怪物。

 それが、四体。

 ……勝てない。

 想定していた戦力を大幅に上回る規模だった。

 女王レベルでなければ決定打にならないのに、そのレベルにある武芸者は女王とレイフォンの二人しかいない。

 四体のナノセルロイドが一度に攻めてくれば、その時点で敗北が確定してしまう。

 背筋に冷たいものが走るのを感じて、レイフォンは黙り込むしかなかった。

 するとレイフォンの深刻さを吹き飛ばすように、ジャニスは団扇のように手を振った。

 

「大丈夫大丈夫。一体は寝返って、人類の味方になってるから」

 

 くそわよ! 一体だけ寝返ったからなんだよ!!

 レイフォンは思い切りそう叫びたかったが、なんとか内心だけで耐えた。

 どうしようもない状態から、最悪の状態程度にはなった。

 

「……それでも三体か」

 

 グレンダンの全戦力が戦って、ようやく一体を抑えられる。

 寝返った一体がもう一体を抑えて、合計三体。

 残る一体がいずれかに加勢するだけで敗北は必至といえよう。

 そうなってしまう可能性をゼロに近づけようにも最低限の戦力基準が高すぎる。一般的な武芸者では居ても居なくても同じだからだ。

 戦力不足は明らかだった。

 ……なにが一体は寝返って人類の味方になってる、だ。まるで足りないだろうが。

 憤りに近い感情のまま八つ当たりもできず、それは身体の強ばりとなっていた。

 そんなレイフォンを見ているジャニスはからかうように、楽しそうに笑っている。

 

「ね? 必要だと思うでしょ?」

「チッ」

 

 舌打ちは、否定したくても出来ない感情の発露。

 ……認めざるを得ない。

 レイフォンは自身の認識が甘かった、と認めるしかなかった。

 ジャニスの言う通り、イグナシスに対抗するための戦力は多ければ多いほどいい。

 ディクセリオという不審人物、ニルフィリアという危険人物ですら、だ。

 他にも問うべきこと、確認すべきことはあったが、優先順位が一気に変わってしまった。

 だから、というふうにレイフォンは確認する。

 

「寝返った個体というのは、ハルペーのことか?」

 

 一瞬真顔になったジャニスは、ややあってから、不思議そうに首を僅かに傾げた。

 

「なんで知ってるの?」

「世の中には不思議な事があるものだ。知らないはずのことを知っている人間が居る、とかな」

 

 原作を読んだから知っている、などと言えるはずもない。

 ハルペーのことは印象的だったから覚えているだけだ。

 廃貴族によって暴走状態に陥ったツェルニは、その果てに辿り着いた。

 緑地に座す、天剣をも超越する汚染獣・ハルペーに。

 やつは自身をクラウドセル・マザー、ハルペーと呼称し、カリアンと対談する場面があった。

 レイフォンはこれまで生きてきたこの世界において、人間の些細な行動によって左右されない事象に変化がないことを確かめている。

 特に、グレンダンやツェルニを襲撃する汚染獣を。

 これらに変化は無かった。ならば、ハルペーに関しても同様と考えてもいいだろう。

 人間の行動で変化する程度の小さな要素ではないからだ。

 

「クラウドセル、だったか? ナノセルロイドとは違うのか?」

「……私もよく知らないけどナノセルロイドを改造したものらしいわ。彼、自分で自分を改造したのよ」

 

 自己増殖に、自己改造。

 アメリカ人が恐れる機械像そのものだな、とレイフォンは思った。

 

「クラウドセルのほうがナノセルロイドより強いと考えていいのか?」

「一応は。どこまでいっても機械だからスペック以上のことは出来ないから、イレギュラーの有無次第かしらね」

「なるほど」

 

 ハルペーを人類側の戦力として考えられるのはいい。

 だが、それでも戦力不足には違いない。

 ディクセリオとニルフィリアが戦力になったしても、イレギュラーひとつで終わりかねない。

 

「……戦力、か」

 

 レイフォンの知る限り、確実に女王レベルと考えられる戦力がひとつだけ存在する。

 ……アイレイン・ガーフィート。

 彼はレジェンド・オブ・レギオスにおける主人公であり、グレンダンが因子を収束して回帰しようした武芸者の原型だ。

 相棒だったサヤはグレンダンの最奥で護られている。

 このことも含めれば、人類側の戦力と考えていいだろう。

 女王でさえもアイレインに回帰しようとした妄執の果てでしかないのなら、これ以上の戦力は望めない。

 

「アイレインは今、どこにいる? いや、そもそもまだ存在しているのか?」

「ん」

 

 レイフォンが問えば、ジャニスは窓の外を指で示す。

 その方角を見れば、指の先にあるのは遙か上空に浮かぶ月であった。

 

「……?」

 

 理解できていないのが分かったのだろう。

 補足するように、ジャニスはこう言った。

 

「だから、月よ」

「どういう意味だ?」

「そのまんま。アイレイン・ガーフィートは月という形になってあそこに()()()

「――――」

 

 レイフォンの脳裏に、いくつもの画面が高速で切り替わり、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

 そうして行き当たったのは、とある場面でニルフィリアが告げた言葉だった。

 

 “私が目覚めたということは、もう月は限界だということ。”

 

 ニルフィリアの言葉、その真意。

 月の崩壊とともに顕れる巨人、汚染獣。

 情報が連鎖的に浮かび、理解する。

 

「……そういうことか。アイレイン自身が封となってナノセルロイドを閉じ込めているわけか」

「理解できたようね」

 

 だからすべてがその瞬間に収束するのだ。

 月として封じることができなくなり、汚染獣が溢れ出す。

 そうして抜け出したのが、あの超巨大な汚染獣。

 レイフォンの臨むべき戦場そのもの。

 知らないことはまだまだ多いが、基準は設けられたといえよう。

 レイフォンが思考を整理していると、ジャニスはグラスを大きく傾けて残った酒を飲み干した。

 

「――ん。さて、そろそろかな? 狼面衆も動いてるみたいだし。行かなくていいの?」

 

 一気に飲み干した彼女はディクセリオを促しながら席を立つ。

 ディクセリオもまた悪態とともに立ち上がった。

 

「お前が引き留めたんだろうが。まあ、少しは有意義だったけどな」

「それは君らが悪い。なんで潰し合おうとしてるのよ、イグナシスに敵対する者同士が」

「知るかよ。俺のやることは変わらない」

 

 レイフォンは行動を決めていた。

 ニルフィリアとディクセリオは、対イグナシスの戦力となることを認める。積極的に殺しに行くことは避けるべきかもしれない。

 しかし、ジャニス・コートバックの有用性は示されていない。現状では、敵味方の識別不能な女にすぎない。

 お開きの雰囲気を出す二人に、レイフォンは問う。

 あえて何気ない口調で、

 

「情報提供は終わりか?」

「ええ。知る必要のないことのほうが多いもの」

「――なら貴様は用済みだ」

 

 黒銀が閃光のように(きらめ)いた。

 神速の抜刀術による、奇襲。

 

「――――」

 

 斬撃はジャニスを両断。

 ジャニスは見た。

 膝の上から脇腹までを斜めに分割された身体を。

 驚愕の眼差しのまま、見下ろしてた下半身を見上げるように視点が落下していく。

 そして、そのまま消えていった。

 身体が塵のように(ほど)けていったのだ。

 その様子を見ながら、しかし、レイフォンは沈黙せざるを得なかった。

 

「…………」

 

 確かに斬った。

 手には、肉体を斬り捨てる感触があったことも間違いない。しかし、

 ……手応えが、妙だ。

 殺せた、という感覚が無かった。

 そうして消失したジャニスのいた場所を眺めていると、声をかけられた。

 ディクセリオだ。

 

「怖ぇヤツだ。いきなり斬り殺すとはな」

「……まだ居たのか。失せろ、もう貴様に用はない」

「へーへー。じゃあ俺も消えるがよ」

 

 と、言葉を切ったディクセリオは、レイフォンと同じようにジャニスの消失したところへと視線を送ってから、こう言った。

 

「たぶん生きてるぜ、あいつ」

「なに?」

「前に言われたことがある。戦う力はないが生き残る力は誰よりもある、ってな。そもそも人間じゃないらしい」

「……そうか」

 

 言うだけ言うとディクセリオもまた、消えた。

 バーのボックス席にはジャニスの空けたボトルと、グラスが残っている。

 これらが無ければ夢か何かであったかのようなほどに、余韻も残らない。

 飲食の代金をレイフォンに押しつけて、だ。

 

「…………」

 

 人間ではない、というのは異民だからだろう。

 見たことのない光景を見る、とジャニスは言った。

 ならば、好奇心を満たすために、危険を乗り越える力を持つことが予想される。

 生き残ることに特化した異能を持つのならば、あの程度では死なないかもしれない。

 

「まあいい。邪魔になれば消すだけだ」

 

 ●

 

 丁度いいからバンアレン・デイのための参考に。

 サアラ・ベルシュラインは、そんな言い訳を浮かべながらお洒落に食べ歩きをしながら遊び歩いていた。

 ついでにチョコをどうしようかな、などと浮かれた気分だったこともあり、いつの間にか深夜になっていた。

 まあ、そういう日もあるだろう。

 そんなふうに何も考えずに夜の街を歩いていると、偶然見てしまった。

 男二人と女一人の組み合わせで、バーへと入っていく後ろ姿を。

 レイフォンだとすぐに分かった。

 

「――――」

 

 そんな場面を見つけてしまったサアラは、全力で隠密しつつ念威端子を投入するかどうか。

 たっぷり一秒間の葛藤を乗り越えて、念威端子を投入。

 音声に最大限の集中をすることにした。

 ここまではよかったのだ。

 

「…………」

 

 だが聞こえてくる音声は、断じて恋愛などの青春模様ではない。

 言葉が出なかった。

 言っている言葉は確かに理解できる。

 なのに今はもう、なにもかもが分からない。

 

「なんなの、これ……」

 

 レイフォンの故郷。狼面衆。ナノセルロイド。イグナシス。

 なにか恐ろしいことが起こっているのではないか。

 自分が気付いていないだけで今日は、明日は当たり前のものではないのかもしれない。

 そんな漠然とした不安だけが膨らんでいく。

 彼らの会話そのものを、理解することができない。

 分からないことばかりだった。

 足下が崩れ落ちていくような、奈落へ落ち続けているような浮遊感だけが、そこにはあった。

 

「……どうすればいいんですか、こんなの」

 

 浮かれた気分などどこにも残っていない。

 声を震わせながら、一人で立ち(すく)んでいることしかできなかった。

 

 ●

 

 バン・アレンデイ当日。

 そんな一日でも訓練は実施するのが十七小隊であった。

 だが失敗だったかもしれない、とニーナは思う。

 

「くそ……」

 

 夕方の薄暗い道通りに悪態を落としながら歩く。

 ついさきほどまで居た寮では、大量のチョコレートを持ち帰ったニーナを友人達が盛大に笑ってくれた。

 実際に後輩に言われたのだ。

 もー、先輩その辺の男より断然かっこよくって!! 男前ですよね!! と。

 友人たちからすると、おかしなことではなかったようだが。

 三年生にして小隊長、勝ち気で芯の強さを見せる綺麗系の女ともなれば当然だ、と大爆笑であった。

 

「なにもあそこまで笑わなくてもいいだろうに……」

 

 ニーナがチョコに埋もれてるー! と大変楽しそうに言いやがって、とイラついたニーナは悪くない。

 仕方ないではないか。

 練武館での訓練終わりに待ち構えられてはどうしようもない。

 まあ、レイフォンも同じくらいもらっていたが。

 そっちのほうが絶対面白いと思う。

 

「……ふふっ」

 

 オモシロ映像すぎて思い出すだけで笑ってしまうくらいである。

 レイフォンも少しは変わったものだ、とそう思った。

 ツェルニに来たばかりのレイフォンは本当に冷たかった。冷徹で酷薄で、容赦なく叩き潰されたことは忘れられない出来事だ。

 未熟な自分たちに対して、レイフォンは少しの価値も認めていなかった。

 

「それでもあれは酷いよなあ」

 

 あのときのニーナは小隊長として正しくなろうとするばかりで、随分と空回っていた。

 今なら自分でも理解できる。

 小隊員として、あるいは小隊長として正しい姿を目指すことはニーナにとっては重要だ。

 だが、それは武芸者として戦う力を持つという前提があってのこと。

 小隊を率いる者として俯瞰する視点を持っていてのことだ。

 かつてとは異なり、今のニーナは自分が強くなることに貪欲になっていると感じている。個人としても、小隊長としても、だ。

 だからレイフォンから邪険にされてない。

 ……きっと、武芸と真っ直ぐに向き合っているからだろうな。

 武芸そのものよりも小隊員という立場を重視する。そんな未熟者など、相手にもされないだろう。

 見るべきものを誤っているのだから。

 ニーナの思想とは違うが、強さがすべてというレイフォンの思想も分からないわけではない。

 それでも、とニーナは思う。

 十七小隊として強くなっていこう、と。

 

「…………」

 

 不意に、視線を感じた。

 まただ。

 練武館から寮への帰り道でも、同様の感覚があったことを覚えている。

 誰かに見られている感触。

 これは勘違いや思い込みではない。

 だから、とニーナは声をかけることにした。

 最後通牒だ、という意志を込めて告げる。

 

「何者だ。姿を見せろ」

 

 視線は建物の陰となって視界が遮られている場所へと向けられている。

 出てこなければ、衝剄を放つ。

 ニーナは錬金鋼を抜いて、いつでも復元できるよう準備して待機。

 

「待った待った。敵じゃねえよ」

 

 言葉と同時。

 建物の陰から身長の高い赤髪の青年が出てきた。

 上級生の学生服を適当に着崩していて、頭にはサングラス。

 飄々とした態度からは余裕を感じられる。

 

「――――」

 

 青年に警戒した様子はない。しかし、身構えてもいないのに油断できない空気が流れている。

 抜き打ち勝負となれば、負ける。

 そんな予感があった。

 ……強い。

 これほど警戒しなければならない学生を、ニーナは知らない。

 

「何者だ? それは上級生の制服のようだが……」

「いいね。警戒を忘れないその態度、悪くない」

 

 ニーナのあからさまな警戒を見ても、青年は余裕の笑みを浮かべたままだ。

 小隊員ではない。

 ツェルニの小隊は十七。その全員を覚えている以上、小隊員でないことは確定している。

 だが、小隊員でない者にこれほどの武芸者が居たなどという話は聞いたことがない。

 強ければ噂くらいは出てくるのが普通だ。

 それが無い以上、どちらかといえば不自然さが先立つ。

 

「…………貴様」

「態度は悪くない。が、このままは困る。そうだな、ツェルニの学生証がなければ分からないようなことを聞いてくれ。ああ、昔っからある有名なやつだといいな」

「都合のいいことを……」

 

 ツェルニの正規学生であり、偽装などではない。

 そう証明しようというのだろう。

 勝手な物言いではあるが、ひとつ思い浮かぶものがあった。

 

「生徒会役員棟一階奥にある像だが、あれの台座にはずっと昔に誰かが悪戯で文字を刻んだ。これは?」

「求めよ、ならば力尽くで、だ」

「では次。その台座に最初に刻まれていた文字は?」

「求めよ、されば与えられん」

 

 青年の解答は即答かつ正解。

 去年まで残っていた文字だが、元の文字は正解によって消されている。

 つまり、最近潜伏した偽装学生ではない。

 少なくともその可能性は限りなく低いものとなった。

 だとしても小隊員より腕の立つ不審者に対する警戒は拭えない。

 黙り込んだニーナに対して、青年は苦笑。

 

「――俺はディクセリオ・マスケイン。こんなもんで疑いが晴れるとは思ってないけどよ。頼みを聞いてくれるならとびっきりの技を教えてやるぜ」

「……技によるな」

「絶対欲しがるぜ。双鉄鞭なんて渋い武器を選んでるからな」

 

 言うと、ディクセリオは後ろへと大きく跳躍。

 距離を作った。

 ニーナは反射的に錬金鋼を抜き、復元する。

 同じく復元したディクセリオの武器は、ニーナの両鉄鞭よりもさらに巨大な鉄鞭だった。

 その巨大さはむしろ金棒に近い。

 

「いくぜ」

 

 ディクセリオは大仰に鉄鞭を担ぎ、ゆっくりと腰を下ろしていく。

 対するニーナは、レイフォンの教え通りに、眼へと剄を注ぎ込んで集中。

 視界に剄の流れがうっすらと浮かび上がってくる。

 剄脈のある腰、そして鉄鞭を中心に剄が大気にまで広がっているのが見えた。

 広がった剄は再び鉄鞭を通して剄脈へ戻っている。

 無限循環だ。

 肉体の内外でそれぞれ形成される剄脈回路は、疾走するための活剄を強化しながら鉄鞭へと衝剄を凝縮させていく。

 

「己を信じるならば、迷いなくただ一歩を踏み、ただ一撃を加えるべし」

 

 ディクセリオが言った、直後。

 その姿が消えた。

 来る。

 

「――――」

 

 意識が時間を引き延ばしていく。

 無限循環を作っていた剄の流れを引きちぎるようにして、脚部と鉄鞭へと剄が集まった。

 次の瞬間。

 旋剄のような高速で突っ込んでくるのを、意識だけが捉えていた。

 振りかぶられた鉄鞭との間に、ニーナは両手の鉄鞭を置く。

 激突した。

 

「!?」

 

 活剄衝剄混合変化、『金剛剄』。

 ディクセリオが吹っ飛んでいく。

 受け止めた衝剄のすべてを返してやったニーナは、しかし、動けなかった。

 ……なんだ!?

 完璧に金剛剄を成功させたのにもかかわらず、振動が全身を走り抜けたのだ。

 

「相打ちか……!」

 

 痺れたような感じがなかなか消えない。

 見れば、ディクセリオも立ち上がるところだった。

 ディクセリオは表情から余裕の笑みを消して、驚愕を張り付けている。

 

「あ~~、マジか。すごいなお前。こいつを受け止めるどころか返されたのなんて初めてだぞ」

「さっきの技は?」

「祖父さんの教えをもとに、おれが作ってみた。中々のモンだろ、と言いたいところだったんだがな」

「中々どころでは……」

 

 あの一撃を受け止めた瞬間。

 頭から足の先まで気持ち悪いほど全身が震えて、神経が混乱した。

 金剛剄を使っていなければ意識を保っていられなかっただろう。

 単なる衝剄だけではないという特性を一目で見極めることができなかったからだ。

 

「雷迅と名付けた。剄の密度次第だが、人でも汚染獣でも使える。どうだ?」

「これほどの剄技をあっさり教えるというのではな……。分かった、頼みとはなんだ?」

 

 凄まじい剄技だった。

 だからこそ、それを簡単に教えようという態度に感服してしまった。

 ニーナが態度を改めて向き合う。

 すると、ディクセリオはこう言った。

 

「ツェルニに会わせてほしい」

 

 ●

 

 ニーナとディクセリオは女子寮のある建築科実習区を抜けて、目的地に向かって歩いていた。

 ツェルニに会いたいと言うが、電子精霊の居場所に行くこと自体は難しくない。

 電子精霊は都市の機関部、その中枢に住んでおり、機関部へは見学として入ることも許されているからだ。

 そこへ行くこと自体は問題ではない。

 電子精霊が姿を見せるかどうかが運次第なのだ。

 それに本当に危険であれば、電子精霊が姿を現すことはない。

 そういった考えもあり、ニーナはいつも使う機関部入り口へとディクセリオを案内することにした。

 到着したのはすっかり夜になってしまった頃だ。

 ニーナは入り口を指で示しながら説明する。

 

「ここだ。中へ入るための手続きを警備員に……」

 

 言いながら入り口を見て、違和感に気付いた。

 入り口に常駐しているはずの警備員の姿が見えない。

 

「――止まれ」

 

 警告はディクセリオから発せられたものだ。

 そして、ニーナも気付いた。

 何かが張り詰めたような緊張が満ちている、と。

 その何かが判然としない。

 

「なんだ……?」

 

 ニーナの口から零れた疑問にディクセリオは答えない。

 機関部への入り口から外れた闇夜を睨みながら、敵意とともにこう言ったのだ。

 

「よう、そんなもんでおれが気付かないと思うか?」

「……貴様、なぜここにいる?」

 

 街灯の光も届かない闇の中から獣の面を被った集団が姿を現した。

 咄嗟にニーナは錬金鋼を抜き出していた。

 

「狙いはあいつか? 無駄なことを……」

「あれは我らの生みし子だ。無間の槍衾を進んだ先に現れた祝福されし忌み子……。強盗風情に邪魔をされる(いわ)れはない」

「違う。あれはおれのものだ。お前らの余計なものも一緒に奪ってやるよ。それに――」

 

 ディクセリオが手に巨大な鉄鞭を復元して、構える。

 

「ハトシアの興奮作用を使ってうちの学生を巻き込むな。二度と来るな。こことの縁なんぞ作らせねぇ。それがツェルニの答えだ」

「ほざけ」

 

 ディクセリオの挑発に応えるようにして、獣面の集団が動く。

 二人を包囲するつもりだ。

 

「ニーナ、入り口を押さえろ。誰も通すなよ」

「あ、ああ」

 

 急な指示だったためにそのまま従っていた。

 ニーナはまだ何も理解できていない。

 分からないまま入り口に移動した。

 ディクセリオと獣面の者達。

 それぞれが錬金鋼を抜き、場に殺気が満ちていく。

 囲まれながらもディクセリオは尊大に構えて手招きする。

 

「さあ、強欲都市のディクセリオ・マスケインが相手してやる」

「狼面衆、三の隊、参る」

 

 狼面衆と名乗る襲撃者の中から一人がディクセリオへと迫る。

 両の手にする錬金鋼はカタール。

 柄を握ると拳の先に刃が突き出るような形状をした武器だ。

 

「行け! 機関部を占拠せよ!」

「ちっ!」

 

 意表を突いた、地を這うような突進から斬撃が繰り出される。

 それを鉄鞭を引き寄せて弾くディクセリオは、不慣れな超至近での接近戦を余儀なくされた。

 重量武器を扱うディクセリオは距離を作りたい。しかし、狼面衆は執拗に攻撃を繰り返して距離を作らせまいと立ち回っている。

 ニーナもまた、援護には行けない。

 指示を受けた他の狼面衆が迫ってきているからだ。

 機関部への入り口を背にしたニーナを進路上の障害物として排除すべく、それぞれが衝剄を叩き込んできた。

 

「――――」

 

 ニーナは最も信頼する防御に身を委ねることにした。

 鉄鞭を交差させて、全身に剄を走らせる。

 活剄衝剄混合変化、『金剛剄』。

 いくつもの衝剄が同時に叩き込まれ、ゆえにそのすべてをそのまま返す。

 衝剄がそのまま逆進して狼面衆たちにぶち込まれた。

 

「な!?」

 

 ニーナに迷いは無くなった。

 狼面衆とやらの目的も素性も知らないが、どうでもいい。

 機関部を占拠すると口にしたからだ。

 それは絶対に許容できない。

 最後に残った狼面衆へと一息で接近。

 練り上げた剄を衝剄として鉄鞭に集め、全力で叩き込んだ。

 

「痴れ者が!!」

 

 機関部へと向かった狼面衆の最後の一人も地面に転がった。

 そして、ニーナは見た。

 狼面衆から仮面が剥がれ落ちたのだ。

 仮面が地面へと落下する乾いた音がやけに耳に残る。

 その瞬間、なにかが変わった。

 

「あ……」

「もう遅い」

「もう遅い」

「もうおそい」

 

 視界がおかしい。

 誰も動かない。

 倒れたはずの狼面衆すべてが、こちらを見たまま停止している。

 頭がくらくらする。

 

「――――」

 

 ニーナが最後に打ち倒した狼面衆が起き上がる。

 仮面の落ちた頭部には黒い布だけが残されている。その顔がこちらを向いた。

 そこには、黒布に頭部を覆われた中には何も無い。

 黒い靄のようなものがそこに濁っている。

 薄い黄色の、赤子の手のような大きさの光が三つ、逆三角形の形で配置されているだけだ。

 

「なん……だ?」

「見たな」

「見たな」

「見タナ」

「見たぞ」

「――聞くなニーナ!」

 

 狼面衆の言葉に紛れて、ディクセリオの叫びが耳を打つ。

 だが、聞かずにはいられなかった。

 

「イグナシスの恵み、遙かなる永劫、常世より来たりて幽世より参らん。我ら無間なる者の戸口に立つ者や、其は無間の槍衾を駆ける者か?

 ――扉は開かれた。汝、オーロラ・フィールドの狭間で惑え」

 

 その言葉にどういう意味があったのかは分からない。

 言葉のあとには何の変化もない。

 少なくともニーナには何も感じない。

 まやかしだったのか?

 

「くそっ……がぁぁぁっ!」

 

 ではディクセリオがこんなにも悔しそうに叫んでいるのはなぜだ?

 ニーナには理解できないなにかがあるのだろうか。

 だが、それとは別に危惧することがある。

 通さなかったとはいえ、狼面衆とやらは機関部の占拠を目論んでいた。

 ツェルニを狙っているのだ。

 このままではツェルニを護れないかもしれない。

 ……わたしは……。

 変化はその瞬間だった。

 

「!?」

 

 ニーナの眼前に光が生じたのだ。

 光はやがて剣の形へと収束していく。

 形状を見た誰かが、その名を呟いた。

 

「――天剣」

 

 ●

 

 虚空より(あらわ)れたのは、(まばゆ)いばかりに威厳を放つ白金の剣。

 それを、ディクセリオは知っている。

 天剣だ。

 そして、追いすがるようにして顕れた手が天剣を掴み取った。

 鞘に納められた天剣を手に姿を見せたのは、一人の少年。

 天剣を持つことを許された十二人のひとり。

 

「レイフォン・アルセイフ……!」

「――アントークを巻き込んだな、貴様」

 

 ディクセリオへの言葉には冷徹な理性がある。

 それは、位相のズレたこの空間をレイフォンが認識していることを意味していた。

 因果のあるものだけが関与できる狼面衆との暗闘に、天剣授受者という極大の戦力が参戦したのだ。

 

「……っ!」

 

 事実として、ニーナを巻き込んでしまったディクセリオには言い返す言葉がない。

 黙り込むよりほかになかった。

 そんなディクセリオとは対照的に、狼面衆は驚愕と警戒を露わにしていた。

 

「天剣授受者だと!? 余計なことをしおって!」

 

 それがレイフォンの気を引いた。

 ニーナとディクセリオを包囲する狼面衆を見たレイフォンは、おもむろに抜刀する。

 抜刀の動作は、演舞かと思う程に丁寧な居合い。

 ディクセリオには、そうとしか認識できなかった。

 だからこそ続く現象は理解を超える。

 天剣技、『霞楼・無間』。

 

「――――」

 

 次の刹那。

 すべての狼面衆は無数に斬り刻まれた。

 一瞬で起きた惨殺劇。

 狼面衆は異常なほど連続する斬撃によって、本当に塵となり、虚空に溶けるようにして消滅したのだ。

 その結果に、ディクセリオは寒気すら感じていた。

 なんだこれは、と。

 何気ないほど普通の抜刀、普通の居合いでしかなかった。

 しかし、その一振りに込められた剄は尋常ではない。

 莫大な剄が斬撃を生み、狼面衆に対して無尽蔵に斬撃を浴びせておきながら、その気配すら感じさせず、その他一切に影響を残さない。

 ただの一撃で理解させられた。

 ……これが、天剣……!

 これまでディクセリオが感じていた差は、それでも過小評価でしかなかったのだ、と。

 

「対人用の剄技に使うサンドバッグとしては上々だ。使い捨てるには丁度いい。――さて」

 

 狼面衆をたったひとつの剄技で消滅させたレイフォンは冷笑し、納刀した。

 そして、こちらへと顔を向けてこう言った。

 

「ディクセリオ・マスケイン。アントークの記憶を消せ。それとも狼面衆のようなカス共にくれてやる気か?」

「――――」

 

 ディクセリオは、絶句した。

 その剄技の存在を誰にも話したことがないからだ。

 マスケイン家に極秘に伝わる隠密行動のための技。

 盗みに入った家で発見された場合に備えて、発見者の記憶を奪うために作り出された剄技だ。

 脳における記憶を担当する部位に剄を流し込むことで、直近の記憶を奪い去るというもの。

 狼面衆との暗闘に関わったことで、ディクセリオに関する記憶を奪い去ることが出来るようになったそれ。

 なぜ、レイフォンがそれを知っているのか。

 なぜ、どうして。そんな疑問がディクセリオの思考を埋め尽くしていく。

 だが、そんなこととは関係なく、忘却の剄技を使えない理由があるのだ。

 

「…………」

 

 より正確には、ディクセリオは忘却の剄技を使おうという思考に至ることができない。

 今、ニーナは狼面衆との間に縁を作ってしまった。

 だからディクセリオはニーナを殺すという決断を下している。

 なのに動けない。

 そうはさせまいという意思がディクセリオを縛っているからだ。

 この状況はニーナという存在の、運命を(つむ)ごうとする一糸なのだ。

 だが、この場には運命に因果を持たない異分子が存在する。

 

「……そうか、ツェルニだな」

 

 レイフォン・アルセイフは運命の外側にある存在だ。

 世界を取り巻く運命になんの縁も持てないがゆえに、あらゆる運命に関与できる唯一の男。

 

「どこまでもくだらん真似をする。贔屓(ひいき)するのは勝手だが、意志だけでは無意味だとさえ分からんか」

 

 レイフォンがそう吐き捨てると腰を下ろして、ニーナに向かって居合の構えを取った。

 そうしてディクセリオへこう言ったのだ。

 

「狼面衆なんぞにはやらん。残念だが、ニーナ・アントークはここで殺すしかない。止めたければ俺を殺すか、()()()()()()()

「!」

「それとも……」

 

 レイフォンは言葉を一度切ると、いっそわざとらしいほどに挑発的な視線を向けてディクセリオを見下(みくだ)した。

 

「貴様も、所詮は飼い犬か?」

 

 その瞬間。

 ディクセリオの身体が動いていた。

 活剄衝剄混合変化、『雷迅』。

 雷光とともに駆け抜け、二人の距離を一瞬にして踏破。

 直進の勢いをそのままに、レイフォンへと巨大鉄鞭をぶち込んだ。

 

「ふ――」

 

 レイフォンの対応は瞬時のものだった。

 居合いによって加速させた薙ぎ払いが放たれ、ディクセリオの鉄鞭と衝突。

 硬質な金属音が弾けるように鳴り響いた。

 そのときだ。

 ディクセリオは衝撃を受け止めることなく、鉄鞭を手放してさらに深く踏み込んだ。

 

「ぐ、う……!」

 

 鉄鞭が弾き飛ばされていくと同時。

 レイフォンの横薙ぎが脇腹を裂いていた。

 だが、ディクセリオの手はレイフォンの顔面に向かって伸びている。

 顔面に触れることが出来れば、忘却の剄技ですべてがひっくり返る。

 ……触れれば、俺の勝ちだぜ。

 ディクセリオの手はそのまま伸びていき、レイフォンの顔面に触れた。

 その瞬間。

 

「――――」

 

 顎に強烈な一撃が叩き込まれていた。

 外力系衝剄の化錬変化、『ビーストアッパー』。

 白い剄が炸裂し、ディクセリオを空中へと打ち上げる。

 空中で錐揉み回転しながら、遠くなっていく意識のなかでディクセリオは見た。

 レイフォンが二人いる光景を。

 

「…………くそが」

 

 そのまま地面に墜落したディクセリオは気を失い、溶けるように消失していった。

 ディクセリオの消失とともに、どこか普通とは異なっていたこの場所も通常の空間へと戻っていく。

 しばらくディクセリオの消えた場所を眺めていたレイフォンは、ややあってから、息を吐きだした。

 

「運命ごと、斬り捨てるだけだ」

 

 分身に忘却の剄技をあえて受けさせた。

 そんな方法で剄技を見覚えることが出来たのは、千人衝のおかげだ。

 千人衝の便利さを改めて実感しながら、レイフォンは倒れたニーナの隣に座り込む。

 そうしてディクセリオがドッペルゲンガーに使用した剄技を再現するのだった。

 

 ●

 

 レイフォンはニーナを担いで寮へと連れて来ていた。

 狼面衆とのあれこれや忘却の剄技の影響なのか、眠ったままだったからだ。

 

「誰よこんな時間に……」

「遅い時間にすまないが、こいつを引き取ってくれ」

「……あなた、十七小隊の?」

「ああ、小隊員のレイフォン・アルセイフだ」

 

 深夜なのに出迎えてくれたのは、ニーナの友人。

 一般教養科の三年生、レウだ。

 彼女はショートヘアに寝癖をつけたまま、眼鏡越しにこちらを見る。

 何度かレイフォンとニーナの間で視線を動かしてから、扉を開いて二人を招き入れる。

 

「そう、じゃあ部屋まで運んでくれる?」

「了解した」

 

 レウが先導し、レイフォンたちをニーナの部屋の前まで案内してくれた。

 部屋の前でレウはこちらを見ると鍵を開ける。

 

「ここまででいいわ。あとはやっておくよ」

「ああ。…………む」

「……どうしたの?」

「手が外れん」

 

 レイフォンの制服をニーナが掴んでいる。

 手を外そうとすると、より一層強く握りしめるのでなかなか剥がせない。

 武芸者の身体能力のことも考えると、無理矢理やったら制服が破けてしまいそうだ。

 

「あらら……。しっかり握りしめてるわね。じゃあ一緒に寝ればいいんでない?」

「なにを馬鹿なことを――」

 

 適当なことを言うレウに反論しようとレイフォンは顔を上げる。

 レウは自室へと戻っていこうと、すでに歩いている。

 

「おい待て。剥がすのを手伝ってくれ」

「いやよ。めんどくさいし、危ないじゃない。もう遅いから明日にして」

「おいおい……」

 

 言うだけ言って、本当にレウは行ってしまった。

 女子の自室前に置いて行かれたレイフォンは途方に暮れるしかない。

 呆然と立ち尽くしていると、ニーナがしっかりと抱きしめてきた。

 

「……んぅ……」

「…………はあ」

 

 仕方ない、と吐息したレイフォンは諦める。

 握られてしまった制服を全部脱いで、ニーナと一緒に部屋に投げ込んで帰ります。

 深夜に上半身マッパとか超寒いんだが。

 

 ●

 




漫画版ニーナをドラゴンインストール!
小説版ニーナをゴミ箱へシュ――! 超! エキサイティ――ン!!

とりあえず連続更新は疲れたァ。
ほんとはあと一話書いておく予定だったのに加筆修正が多すぎたんだぁ( ノД`)シクシク…
あ、たくさんの感想、評価、ここすき、誤字報告など本当にありがとうございます。
全部目を通しております。こうした反響のおかげでやる気ゲージが回復していきます。
たまに笑ってしまうようなミスを指摘してもらってたり。爆笑モンです。
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