俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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前書きは好きではありませんが周知の意味でこちらに書きます。
サアラ・ベルシュラインは当二次創作小説におけるオリジナルキャラであり、原作に登場したキャラではありません。
ヤフーなら「鋼殻のレギオス」、グーグルなら「鋼殻のレギオス ニーナ」と検索した後になぜかサアラという検索予測が出てきました。
サアラさん、もといサアラは本作「俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン」において私が勝手に作ったキャラです。原作キャラではありませんので検索して出てきません。


第七話:手紙と想いの交錯

 

 バンアレン・デイからしばらく経ったある日。

 レイフォンの自室へと手紙が届けられていた。

 手紙は二通。

 デルボネからの個人的な手紙が一通と、グレンダンの女王アルシェイラ・アルモニスからの正式な書状が一通だ。

 レイフォンはこれらの手紙を机に広げながら、ペンを取る。そして、白紙を前に語りかける。

 

「――メルニスク。お前宛だ」

『…………』

 

 身体の内に宿るメルニスクからの回答はない。

 滅びた都市の電子精霊メルニスクは、汚染獣への憎悪によって変質した怨嗟の炎、廃貴族となった。

 それは僅かに生き残った都市の住人よりも敵と定めた者を撃滅することを選んだということ。

 いまさらかつての住人からの便りを受け取ったとて、どうすればいいかなど分かるはずもない。

 

「返答するもしないも自由だが、せめて目は通せ。デルボネからだ。……それとも読んでやろうか?」

『やめよ』

 

 レイフォンは苦笑して、見やすいように手紙を机に広げる。

 そうすればデルボネの言葉がよく見える。いや、もともと大きな文字で書かれているのだ。

 メルニスクという、人型ではない者が読みやすいように。

 

 かつての故郷、メルニスクへ

 

  ごめんなさい。

  愚かにも天を突いたことで恐るべき敵を呼び込んでしまいました。すべては私の責です。

  私の傲慢があなたを滅ぼしたのです。

  それすら忘れていた理由も理解しましたが、あなたには関係のないことでしょう。

  いかなる罰も受け入れます。

 

  ただ一言だけ、私心を語ります。

  あなたのおかげで素晴らしい人生を過ごせました。これまでのすべてに感謝を。

 

       デルボネ・ミューラ

 

「…………」

 

 レイフォンは、白炎都市メルニスクが滅びた経緯を知らない。

 だが、この短い手紙から分かることもある。

 デルボネは天剣授受者としてではなく、ただ一人の人間としてこれを書いたのだ。

 本当に、どのような罰でも甘んじて受け入れる覚悟とともに書いたはずだ。

 

『…………』

 

 メルニスクは手紙を見つめたまま、動かなくなった。

 レイフォンもまた、決して急かそうとはしない。

 目を伏せて静かに待ち続けた。

 物音一つしない静寂が満ちる。

 まるで時が止まったかのように錯覚してしまうほど、なにも動かなかった。

 そして、口を開いては閉じて、という動作を幾度も繰り返したメルニスクは、やがて絞り出すようにこう言った。

 

『………………………………………(ゆる)す』

 

 一体どのような葛藤があったのか。

 怒りでもなく、諦観(ていかん)でもない。自分にそんな資格があるのか、という自問にも嗚咽にも思える沈黙を経て、ようやく語られた短い言葉がそれだった。

 その意味を問う権利を持つ者は、もはやどこにも居ない。

 だからレイフォンは何も言わず、赦す、とだけ書いた手紙を丁寧に折りたたみ、封筒に入れた。

 その動作を見届けたメルニスクは黙したままレイフォンの内へと戻っていった。

 空気を入れ替えるように、レイフォンはもう一方の手紙を見る。

 

「――さて。残るは女王から、か」

 

 書状の外見だけは立派だが、中の手紙にはたった一行の文章があるだけだ。

 それは雑な文字でこう書かれていた。

 

 廃貴族は帰還時に一緒に持ち帰れ。手に負えないようなら一旦戻ってこい。

 

 実に簡潔な命令書であった。

 署名が無くとも誰が書いたものかが一目で分かる。

 カナリスならばもっと格式張ったものになるし、文官が命令の通りに、というのであればもっと特徴のないものになる。

 つまり、アルシェイラが適当に書いて適当に済ませたのだ。

 だからレイフォンは思う。

 相変わらず不愉快な女だ、と。

 だから挑発を込めて、丁寧に礼儀を尽くした教養に満ちた数枚と、バカ向けの要約、と書いた一枚を作成。

 政務をカナリスに任せっきりになっているあの女は、まず間違いなく面倒くさがって読まない。まあ、カナリスも政治的なセンスはないので大差ないかもしれないが。

 と、レイフォンが自分の可愛い悪意に満足していた、そのときだ。

 呼び鈴の音色が室内に響く。

 

「む……?」

 

 レイフォンの部屋を訪ねる人は少ない。

 訓練帰りであればなおさらだ。

 用事がある者は教室や練武館に顔を出すというのもある。

 手紙を書き終えたタイミングだったので、そのまま扉へ。

 やや古びた扉を開きながら訊ねた。

 

「誰だ?」

「――お久しぶりです。レイフォンさん」

 

 そこに居たのはレイフォンよりもわずかに背の高い女性だ。

 女性は白いワンピース姿におって、肩に毛先が触れる美しい金髪がより引き立てられている。

 腰紐がしっかりと巻き付いて、形の良い胸部が衣服の下から存在を主張していた。

 だが飾り気は少なく、それゆえにある種の学生らしい若々しさを盛り立てる。

 やや細い目から覗く紺碧の瞳は情熱に欠けており、感情に乏しい。

 

「珍しい格好だな」

「今日は一日オフにしましたので。ズル休みですが。あ、ゴルネオ隊長も一緒だったので訓練は公休状態かもです」

 

 可愛い、よりも綺麗、と評される見た目から適当なことを言う女。

 訪ねてきたのはサアラ・ベルシュラインだった。

 

 ●

 

 放課後は学生が最も多い時間だ。

 人通りの多い商店街だが、レイフォンとサアラは連れ立って商店街を悠々と歩いていた。

 明らかに普通ではない雰囲気を持つレイフォンの前で人混みが勝手に分かれていくからだ。

 二人は歩きましょう、というサアラの提案のままに、目的もなく商店街を行く。

 

「……それで、用件はなんだ」

 

 商店街の半ばあたりで、歩くだけの時間に痺れを切らしたレイフォンがサアラに問う。

 するとサアラは近くのカフェを示しながらこう言った。

 

「少し、付き合ってくれませんか」

 

 そのまま入ったカフェは落ち着いた雰囲気で、案内されたのは二人が向き合うテーブルだった。

 適当に飲み物を注文。

 互いに一言も話さず、やがてアイスコーヒーがふたつ、運ばれてきた。

 

「…………」

「…………」

 

 レイフォンはサアラの言葉を待ち、しかし、サアラもまた言葉に躊躇(ちゅうちょ)していた。

 そして、ややあってから、サアラはコーヒーを喉を鳴らしながら一気に飲み干す。

 レイフォンへと視線を向けた。

 

「まずは質問をさせてください」

「質問?」

「はい。レイフォンさんはシャンテ副隊長を襲ったと聞いています。間違いありませんか?」

「……あぁ、それか。だとしたらどうする?」

 

 いかに犯罪未遂の現行犯とはいえ、学生を学生が襲う。

 都市警察としての行動ではない。

 殺剄をして隠れてまで個人で動いたのがレイフォンだ。

 否定でも肯定でもない回答は、本当にどう思われてもいいと思っているからだ。

 

「いくつか確認を。副隊長は生きていますが、まだ狙っていますか?」

「いや。もう俺には関係ない」

「分かりました。では、少し待っていてください」

 

 もう狙っていないという旨の発言に対して、サアラは一瞬たりとも疑うことなく信じた様子を見せた。

 あまりにもあっさりとした態度に、レイフォンの方こそが驚いたくらいだった。

 サアラはテーブルの下で錬金鋼を復元。端子を飛ばしていく。

 それからは数秒で通信が繋がった。

 

「――ゴルネオ隊長、ベルシュラインです。レイフォンさんからはもう関係ないと言われました」

 

 通話内容から、レイフォンは状況を理解する。

 レイフォンの動向次第で、ゴルネオは都市から逃げ出す算段をつけていたのだ、と。

 それをサアラが確かめて、問題はないと伝達しているのがこの状況だ。

 

「…………嘘をつく必要がないことは隊長が一番よくご存じでは? …………ええ、ですから大丈夫です。……いえ、お気になさらず。では」

 

 通話を終えると錬金鋼を戻し、レイフォンに向かって小さく頭を下げた。

 

「お待たせしました」

「そういえばシャンテ・ライテはやつの相棒だったか。……悪いことをしたな」

 

 そう言って言葉を切ると、レイフォンはコーヒーで唇を湿らせる。

 

「で? それだけか?」

「いいえ。ここまではゴルネオ隊長の用件です」

 

 サアラは言葉を続けることなく、沈黙した。

 これまでの行動については、自らのものではないという。つまり、ここからがあるということだ。

 なのに、サアラは続きを話そうとしない。

 そうして、ようやくと感じるほどの時間が経過したとき。

 目を伏せながら、サアラは小さな声で話し始めた。

 

「……バンアレン・デイ前の夜。副隊長を襲ったんですよね」

「そうだ」

「あの日、見たんです」

 

 サアラが顔を上げた。

 視線はまっすぐにレイフォンを貫く。

 

「見慣れない男女二人と、バーに入っていくレイフォンさんを」

「!」

 

 レイフォンは普段、バーに行ったりなどしていない。

 ここでいう男女が誰かは明らかだった。

 だからレイフォンは、探るように問いを投げた。

 

「……なにを知った?」

「火神、アトラクタ、狼面衆、ナノセルロイド、イグナシス」

「…………」

 

 すべて聞いた。

 サアラはそう言っているのだ。

 何を言うべきか見つけられずに、レイフォンは押し黙る。

 あまりに多くを知られてしまったからだ。

 知る必要の無い事実、知るべきではない真実を。

 

「教えてください。貴方は、なにと戦おうとしているのですか」

 

 これが、レイフォンにとって一ヶ月前の出来事であった。

 

 ●

 

 およそ三ヶ月の旅を終えて、ようやくフェルマウスは辿り着いた。

 槍殻都市グレンダン。

 フェルマウスにとって幼少の頃に傭兵団へと飛び込んで以来の帰郷。

 短い期間とはいえ生まれてからの人生を過ごした都市であるからか、感じるものがある。

 だがそれ以上に、心が重い。

 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフにより、手紙をグレンダンまで運搬する役目を命じられたからだ。

 なにをしようという気にもなれなかったフェルマウスは、停留所付近の宿泊施設に向かった。

 チェックインして部屋で身体を休めるために一晩を過ごす。

 気付けば翌日の朝になっていた。

 

『…………』

 

 よほどの疲労だったのだろう。

 さっき寝て次の瞬間には起きてしまったような感覚だ。

 それでも肉体的な疲労は取れたと判断して、気を重くする仕事を済ませることにした。

 預かった手紙を届けるべく、チェックアウト。

 フェルマウスは歩き出す。

 最初に訪ねるのはレイフォンが世話になっていたという孤児院だ。

 都市の外縁部に近い閑静な住宅地から、さらに外れた場所。

 そこに、目的の建物はあった。

 建築年数を感じさせる門扉を通り抜け、入り口と思われる扉をノックする。

 

『もし、どなたかおられますか』

「は-い、今行きます」

 

 返答から少しあってから、出てきたのは一人の少女だ。

 

「すみません、お待たせ……しました?」

 

 栗色の髪の少女が困惑した様子で出迎えてくれた。

 フェルマウスは思わず苦笑。

 

『――いや、失礼。怪しい風貌であることは自覚しています。お騒がせして申し訳ない。ただ手紙を届けに来ただけです。ヴォルフシュテイン卿から、孤児院のリーリン・マーフェスという方へ』

「レイフォンの……。配達業者の方、ですか?」

『いえ、そういう訳では。事情があって私が届けることになっただけです。……これを』

「ありがとうございます。確かに受け取りました」

 

 短い会話で少女との対面を終える。

 もうここに用はない。

 

『では私はこれで。お邪魔しました』

 

 フェルマウスにとっては、この場所に大きな意味はない。

 ハイアを、傭兵団を人質に取られたからといって、こちらが同様の手段をとっても無駄であることを理解しているからだ。

 もし孤児院の誰かを人質としても傷付けた瞬間、レイフォンから大きな恨みを買うことになりかねない。

 そうなればレイフォンを止める手段が無くなってしまう。そうなった場合の行動がどうなるか分からないし、傭兵団を危険にさらすだけだ。

 なによりも、一時退位中の天剣授受者の縁者に手を出すなどという行為は絶対に許されない。

 グレンダンという都市が敵に回ることになる。

 傷つけることのできない人質など人質ではない。ただの客人でしかない。

 孤児院を背に進んでいくフェルマウスは重苦しく、大きな息を吐いた。

 と、そのときだ。

 

『大きなため息ですわね』

『!』

 

 唐突に頭上から言葉が投げかけられたのだ。

 瞠目(どうもく)し、空を見上げたフェルマウスはそれを見た。

 蝶型の端子がそこにはあった。

 天剣唯一の念威繰者、デルボネ・キュアンティス・ミューラの念威端子だ。

 

『御祖母様……!』

『あらあら、どうしたことでしょう。随分と弱っている様子に見えますわね』

『私は……、……。』

 

 デルボネの言葉はフェルマウスを心配するものだった。

 だからこそ、返す言葉が見つからなかった。

 何を言えばいいのか、と。

 沈黙するフェルマウスに対して、デルボネはあくまで優しげであった。

 

『念威繰者として本当に成長したようですね。基礎を教えただけとはいえ鼻が高いというものです。時間があるなら帰ってきてもよいのですよ。いろいろ、お話を聞かせてもらえますか?』

『……はい』

 

 ツェルニから、レイフォンから追い出されることになったフェルマウスにとっては、偉大な先達に合わせる顔がない。

 だがそれでも断ることなどできなかった。

 

 ●

 

 黒いコートで全身を隠すかのような人物から届けられた手紙は、確かにレイフォンからのものだった。

 だが手紙を読んだリーリンは、洗面台で鏡を覗き込んでいた。

 なんとなく顔を洗って、毛先や顔から滴る水をそのままに、鏡に映る自分を眺めている。

 考えなければならないことよりも考えたいことが頭に浮かんでいくからだ。

 

「…………」

 

 リーリンにとってのレイフォンは一緒に居るのが当たり前の半身である。

 弟のような兄のような、ずっと一緒に生きてきた人。

 幼い頃からレイフォンが誰よりも真剣に武芸に打ち込んできたのを間近で見てきた。

 あの頃はまだよく分かっていなかったけど、レイフォンが天剣になってから道場に通う人が一気に増えたことでなんとなく分かるようになった。

 養父の道場は、よそのそれより厳しい訓練をしている。

 大の大人でも弱音を吐いてしまうような訓練を続けてきたレイフォンは、一度も弱音を吐いたことがない。

 辛くないのか、と聞いたことだってある。そのときもレイフォンは強くなることが楽しいと言っていた。

 ほんの数年で武芸者として汚染獣と戦うようになり、気付いたら天剣授受者にまでなっていた。

 リーリンは思う。

 レイフォンは誰よりも武芸が好きで、誰よりも武芸を楽しんでいた、と。

 まるで自分たちのような一般人が憧れの武芸者になれた、とでもいうかのように骨の髄から武芸で遊んでいたのだ。

 そんなレイフォンと十数年、同じ時間を過ごし、同じ食事を食べ、同じ場所で生きてきた。

 

「……でも」

 

 これまでただの一度だって嘘をつかれたことなんてない。

 だから、この手紙もきっと本当のこと。

 だとすれば自分は一体どうすべきなのだろうか。

 このあまりに重大な真実をどう受け止めればいいのだろうか。

 重すぎて受け止めきれていない。おぞましい真実には吐き気すら覚える。

 地面が足下から崩れ落ちていくかのような錯覚に陥ってしまいそうだった。

 けれど、それでも。

 

「ホントにもう……。ズルいよ」

 

 レイフォンから送られてきた手紙はとても重大で重苦しい。

 けれど決してそれだけではない。

 リーリンにとっては優しく、心温まるものでもあった。

 

 ●

 

 フェルマウスは、デルボネの屋敷を訪れることになった。

 デルボネという念威繰者は高齢であり、一日のほとんどを寝て過ごすのが常となって久しい。

 かつて都市にフェルマウスが居た頃には、既にそういう生活をしていた。

 だが、今。

 

「こうして直接誰かと会うことも、ほとんどなくなっているから新鮮ね」

 

 丸テーブルを挟んでフェルマウスはデルボネと対面していた。

 お互いの前に、一杯の紅茶だけが用意された簡素なお茶会。

 デルボネは紅茶に口をつけて他愛の無い話をするだけで、なにも聞き出そうとはしない。

 穏やかそうにそこに座っているだけだ。

 

『…………』

 

 フェルマウスは意を決して、口を開く。

 

『まずお渡しするものがあります』

「はい、なんでしょう」

『ヴォルフシュテイン卿からの手紙です』

「レイフォンさんから? 先日……、いえ。そうですか」

 

 デルボネは困惑した様子を見せたが、すぐに言葉を飲み込む。

 フェルマウスの次の行動を待ったのだ。

 だからフェルマウスはレイフォンからの手紙をテーブルに置いた。

 

『これです。ヴォルフシュテイン卿から御祖母様に宛てたものです』

「わざわざ持ってきてくださったのですのね。ありがとう。他にはなにもありませんでしたか?」

『残念ですが、この手紙を受け取ることになった経緯に問題があります』

「……そうでしたの。でしたら話の続きは手紙を読んでからにしましょう。少し待っていてくださいね」

 

 そう言って、デルボネは手紙を手に取った。

 封筒を丁寧に開けて、折りたたまれたそれを広げると読み進めていく。

 文章を追って視線が動くのが見える。

 他に動くものは何もない。

 まるで拷問のようだ、とフェルマウスは思った。

 やがて、デルボネは読み終えた手紙をテーブルへと置いた。そして、視線を上げるとフェルマウスへとこう言った。

 

「それでは経緯を聞きましょうか」

『……事の始まりは、学園都市ツェルニが廃都市に遭遇したという噂を聞いたことでした』

 

 フェルマウスは語った。

 サリンバン教導傭兵団の探す廃貴族があると考え、学園都市ツェルニへと渡ったこと。

 その際に違法物の密輸者を利用して潜り込んだことでレイフォンと敵対してしまったこと。

 団長のハイアが敗北し、生死の狭間をさ迷っていたこと。

 そして、レイフォンと取引して傭兵団の安全を自身の時間で買ったことを。

 そのすべてをデルボネは黙って聞いていた。ともすれば、単なる茶飲み話かのような雰囲気すら漂わせて。

 

『そうして私はヴォルフシュテイン卿から手紙の運搬を命じられ、グレンダンに帰還することになりました。三ヶ月の旅路を終えて、到着したのが昨日です』

「…………」

 

 途中、言葉に詰まる場面もあった。

 だが黙して語らず、ただフェルマウスの言葉を待ったデルボネは、やはり最後まで沈黙を貫いた。

 そして息を吐くように、そうですか、とだけ言った。

 するとおもむろにデルボネは手紙に手を置いて、

 

「この手紙に、なんと書いてあったと思いますか?」

『……私や傭兵団を非難するものかと』

「いいえ。ここには貴女を(わたくし)の次の天剣に推挙したい、と書かれています」

『――――』

 

 フェルマウスは言葉を失った。

 その様子に特に反応することなく、デルボネは続ける。

 

「貴女の語った経緯などなにも書かれていませんでしたね。(わたくし)に匹敵する才能の持ち主が念威繰者として大成するであろう未来を摘んだことの謝罪と、代役を務められる技量を持つ貴女を育てて次に備えて欲しい。それだけですのよ」

『それは……』

 

 なぜ非難しないのか。

 どうして自分を推薦するのか。

 思考が追いつかない。

 呆然とするフェルマウスを、それまでよりやや硬い語調でデルボネは叱責した。

 

「確かに、傭兵団の行動については軽挙と言わざるを得ません。強引に事を成すことも時には必要でしょう。ですが、自分たちを超える戦力の可能性を軽視して、最初から力尽くで行動するのは褒められた事ではありませんわ。

 新たな団長が年若い少年ともなれば尚更、先達(せんだつ)として知識も経験も、立場をもある貴女が止めなければいけなかった。それが出来るのは貴女だけだった。――違いまして?」

『……仰るとおりです』

 

 デルボネの雰囲気は穏やかなままであり、叱責の体であったのは言葉のみ。

 それが逆に心の奥底に響くのだ。

 

「レイフォンさんが咎めていないのですから、私からこれ以上は申しませんわ」

『金言、有難く。肝に銘じます』

 

 デルボネは上品に笑った。

 

「ふふふ、丁度良い機会ですから念威繰者としての成長を見せてもらいたいわ。今日は少し浮ついてしまっていますから、明日以降ですけどね」

『浮ついて、ですか?』

「ええ。先日、レイフォンさんからとても嬉しい知らせが届きましたもの」

 

 知らせ、というからには手紙か何かだろう。

 都市は絶えず移動し続けており、都市間を繋ぐ移動は期間が大きく変動する。

 あとからレイフォンの出した手紙が、先にグレンダンに届いたのだ。

 三ヶ月という旅路を虚しく感じていると、デルボネは楽しそうな雰囲気のままフェルマウスへと訊ねた。

 

「それよりも私に匹敵する才、とやらには大いに興味を惹かれるものがありますわね。貴女、心当たりはあって?」

 

 本当に楽しそうな様子のデルボネを見てフェルマウスは内心で自嘲する。

 一人で重苦しく考えすぎていた、と。

 微笑むように息を吐き出した。

 そして、三ヶ月前にほんの少しだけ滞在した学園都市ツェルニを思い出していくのだった。

 

 ●

 

 同じ頃。

 学園都市ツェルニ。

 第十七小隊に割り当てられた練武館、その訓練室。

 

「小隊に入れてください」

 

 そう言ったのは、ナルキだ。

 第十小隊との対抗試合に参戦したナルキは違法酒の調査員であって、正式な小隊員ではなかった。だからそのあとにあった対抗試合や訓練にナルキが姿を見せないの当然のことと受け止められていた。

 あれからさらに時間の経った今になって加入を希望する理由が分からない。

 レイフォンがそう感じたのと同じようにニーナも思ったのだろう。

 ニーナがナルキへと訊ねた。

 

「それはまた、どうして?」

「もちろん、先輩にまだあたしを使おうって気があればで結構です」

「うん、そういうのは分かったが。どうしてだ?」

「それは……。自分の不甲斐なさを知ったから、としか……」

 

 想いを吐露したナルキは一瞬、レイフォンを見た。

 ニーナもそれに気付いて視線を追う。

 

「ふぅん」

 

 正直、レイフォンには思い当たるフシがない。

 ナルキの目の前で戦力を見せるような真似をしただろうか。

 第十小隊との対抗試合では、ナルキが単騎で念威繰者を倒しにいったのでこちらを見ていない。

 ……ハイアをぶちのめしたとき、現場に居たか……?

 あるとすればそれくらいだが、離れて手を出さないよう伝えていたレイフォンは周囲に気を配らなかった。

 なのでナルキが居たかどうかが分からない。

 

「では試験をしてみよう」

 

 無表情に考え込むレイフォンとは関係なく、ニーナは話を進めていった。

 ニーナはしっかりとナルキを見て、こう続けた。

 

「実力の確認という意味なら不要かもしれないが、それでも確認したいことはある。どうする?」

「わかりました」

 

 レイフォンが見たところ、二人の差は小さなものではない。

 武芸者として戦闘方法を確立しつつあるニーナと、まだ基礎の段階でしかないナルキ。

 二人の差は大きく、戦闘が成立するかどうか、といったレベルだからだ。

 

「――行きます」

 

 だがこれは試験。

 ニーナは待ちに徹して、ナルキの行動を観察することに決めたらしい。

 ナルキが行った。

 打棒の連打を叩き込み、虚を突くようなタイミングで取り縄による捕縛を試みる。

 対するニーナはナルキの打撃を容易に受け止めて、取り縄の挙動を注視。回避していく。

 ナルキが挑み、ニーナが受け止める。

 その攻撃が二十を過ぎたころ。

 流れは一方的でありながらも、何の手応えも得られないことに焦ったのか。

 ナルキの動きが単調になっていく。

 

「ここまでだな」

「あっ!?」

 

 ニーナは単調になったナルキの動きを冷静に咎めて投げ飛ばす。

 そのまま床に倒れ込んだナルキに鉄鞭を突きつけると、

 

「合格だ」

 

 試験終了を告げるのであった。

 ナルキは立ち上がると頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

「うむ。これからも頼む」

「ひゅー。かっこよかったぜ。これからよろしく頼んます、ってな」

「うるさくなさそうな人でよかったです」

 

 と、ナルキの試験中に訓練室に来ていたシャーニッドとフェリが歓迎を告げる。

 ナルキは二人にもよろしくお願いします、と丁寧に頭を下げた。

 そして、続く動きでレイフォンの前までやってきて、ニヤリと笑う。

 

「よろしくな、レイとん」

「ああ、よろしく頼む」

 

 そのとき、ニーナは手を打って場を締める。

 

「――よし。みんな聞いてくれ。本当は今週末に合宿をする予定で考えていたんだ。だが知っての通り、生徒会から発表があった。レイフォン。実際のところ、連中はどうなんだ?」

「例の合同訓練とやらか」

 

 先週、生徒会から大々的に発表された小隊合同訓練。

 サリンバン教導傭兵団による指導を全小隊が優先的に受けられるというものだ。

 その後に予定されている全体訓練では、小隊との訓練を通じてツェルニのレベルを知った傭兵団が学生のレベルに合わせて適宜修正を加えた訓練を実施するという。

 

「違法酒の事件でレイとんが倒したんだよな。……大丈夫なのか?」

 

 ナルキは不安そうにレイフォンへと問いかけた。

 違法酒の密輸に関わった組織となれば、安全な連中かどうか不安にもなるだろう。

 だからレイフォンはこう言った。

 

「問題ない。何かあれば俺が斬ることになる。それを連中も理解している」

 

 それに、

 

「あれでも教導傭兵団だ。教え導く経験もある。得るものは多いだろうよ」

「レイとんが鍛えてくれるならそっちを優先したほうがいいんじゃないのか。レイとんはほら、あれだろ。天剣なんちゃらっていう……」

「ナルキ、天剣授受者には誰かと連携するような機会などまず存在しない」

「どういう意味だ? 誰だって汚染獣と戦うなら大勢で迎え撃つだろう」

「飛び抜けて強い武芸者でなければ天剣授受者にはなれない。天剣を持ったならたった一人で老生体との戦場に送り込まれ、戦闘することになるからだ。逆に言えば、連携を必要とする程度の武芸者なんぞではなれないという意味でもある」

 

 事実として、レイフォンは本当に連携して戦う機会が無かった。

 新人の武芸者として汚染獣撃退に参加したときだって、自分が蹂躙するだけで事は済んだ。

 それ以後も連携する意味のある武芸者と共闘することはなかった。

 あるとすれば名付きの老生体を複数の天剣で討伐するような例外だけだ。

 

「ただ一人の武芸者としてなら鍛えられるが、他人との連携を教えることだけは出来ない。そういう意味では傭兵団は連携のプロだ。対人、対汚染獣においても、どれだけリスクを減らして戦うのか。これを前提としている。そういうところを学べばいい」

「そういうものか」

「なら、合宿は正式に中止にしよう。連携訓練は個々の小隊ごとのものばかりで、教わったことはない。全員で合同訓練に参加だ」

 

 ナルキが一応の納得を見せたところで、言葉を挟んだのはニーナだった。

 合宿を中止して、サリンバン教導傭兵団に教わるのは悪い選択肢ではない。

 しかし、とレイフォンは言葉は差し挟むことにした。

 レイフォンには参加できない事情があるからだ。

 

「サイハーデンの流派は基礎を積み重ねて戦場での生存を重視するものだ。訓練の強度は高いが、お前たちにとっても貴重な経験になるだろう」

 

 レイフォンの補足に、シャーニッドとフェリは嫌そうな顔をした。

 

「あーあ、やだやだ。レイフォンも傭兵団もキツそうで俺は逃げ出してぇよ」

「武芸者向けのものでしたし、私は帰ります。では」

「あ、フェリちゃんずっこい! 俺もサボらせてくれよニーナ」

 

 その様子を見ていたニーナは呆れたように息を吐き出す。

 そして、二人に指を突きつけて決定事項を告げた。

 

「馬鹿者、全員参加に決まっているだろうが。レイフォンもだぞ。我々の連携のために必要だ」

「連携の代役くらい連中でも務まる。それより俺が行くほうが問題だ。連中の団長を殺しかけたばかりだぞ」

「え、そんなことしてたのか?」

「…………」

 

 そういえば、とレイフォンはニーナを見た。

 違法酒の事件の経緯について、あまり説明してはいなかったような気がする。

 

 ●

 

 夜の外縁部。

 月に見下ろされるような夜空の下。

 幾度も刀を振るい、空を斬る。

 もう、何時間にもなる。ずっとそうしている。

 ハイアの無茶な訓練の様子を、ミュンファは見ていることしか出来ていない。

 これほどまでに真剣に、あるいは深刻に訓練に打ち込む姿は見たことがない。

 鬼気迫る、という言葉を思い浮かべるほどだ。

 

「…………ハイアちゃん」

 

 目覚めてから二週間ほどの間、傭兵団全員がハイアに療養を望んだ。

 ハイアも、自分が根本的には身体が弱いことを理解している。

 団員からの厚意を素直に受け取り、じっくりと身体を休めていた。

 そうしてハイアの体調が落ち着いてきてから、傭兵団になにが起こったのか。ハイアが気を失ってからの出来事を話すことになった。

 フェルマウスの離脱、学園都市との契約、そして、廃貴族の行方。

 契約はまだしも仲間の離脱と廃貴族の件は、ハイアにとって大きな衝撃だったに違いない。

 レイフォンが廃貴族を所有しているかもしれない。

 そう伝えられたハイアの表情からは、何もかもが抜け落ちたのだ。

 

「ここにバッグ置いておくね。タオルと飲み物あるから使ってね」

 

 ミュンファはそう言って、今日も持ってきたバッグを下ろす。

 ハイアからの返答はない。

 退院してからはずっとこうだ。

 タオルも使わないし、持ってきた飲み物に手をつけた様子もない。

 傭兵団の誰が声をかけても答えないで、ずっと錬金鋼(ダイト)を振り回し続けている。

 みんなは放っておけばそのうち落ち着くと言っていた。でも、ミュンファはそうは思えなかった。

 こうなってしまった原因を直接見ているからだ。

 ……悪魔のような、あの男……。

 グレンダンの天剣授受者。ハイアと同じ、サイハーデン刀争術を修めた武芸者。

 初代サリンバンにサイハーデン刀争術を習った兄弟弟子からの手紙を貰ってから、リュホウはよく口にしていた。

 デルクの弟子が天剣になった、めでたいことだ、と。

 ハイアが対抗するように俺がいつか天剣になってやる、と言っても、リュホウはその言葉を本気で受け止めていなかった。

 困ったように笑いながら、そうなったらいいな、と。そう呟くように言うだけだった。

 

「ハイアちゃんより強い武芸者なんて、……いないと思ってた」

 

 ハイアは間違いなく天才だ。

 傭兵団で育ち、誰よりも早くサイハーデン刀争術を完璧に修めた。

 年上ばかりの傭兵団のなかで、すぐに頭角を現したハイアはどんどん強くなっていった。

 剄量も多く、誰もハイアに勝てなくなるまであまり時間はかからなかった。

 瞬く間に傭兵団で最強となったハイアは次期団長としてリュホウに育てられ、しかし、リュホウは最期までハイアなら天剣になれるとは言わなかった。

 リュホウの兄弟弟子であるデルク。その弟子が天剣になれるのなら、ハイアにだってなれる。そう言って欲しかったはずだ。

 ずっと思っていた。

 ハイアより強い武芸者なんてどこにも居やしない、と。

 ハイアなら天剣授受者にだって簡単になれる、とも。

 だが、その思い上がりは砕かれたのだ。

 あの夜、あの一分がすべてを飲み込んでしまった。

 

「…………」

 

 レイフォンは強すぎた。

 あんなに強いハイアですら手も足も出なかった。

 どうしようもなく、絶望的なほどに強すぎた。

 それを誰よりも感じているのがハイアのはずだ。

 無茶な訓練をしても、レイフォンには届かないことくらい分かってるはずだ。

 技量や経験はどうにかなるかもしれない。

 それでも、廃貴族を従えた者に剄量で及ぶことはない。

 ひとつの都市を動かし続ける無尽蔵のエネルギーがもたらす剄はそれほどまでに圧倒的だからだ。

 

「……今日はもう帰るね。ハイアちゃんもしっかり休んでね」

 

 ハイアから離れていくミュンファの表情は、どうしても暗い。

 また一日が終わる。

 明日も同じなのだろうか、と。

 

 ●

 

 デルボネからの使いが送ってきた手紙を含めて、ここ数日で一気に手紙が届いた。

 それらをテーブルの上に広げて頬杖をついてアルシェイラが眺めている。

 

「いかがなさいます?」

 

 グレンダンの中央に位置する王宮。

 王家の暮らす区画の一室でアルシェイラにそう問いかけるのは、彼女に似た女性。

 カナリス・エアリフォス・リヴィン。

 グレンダンの誇る十二人の天剣授受者の一人にして、女王の影武者として育てられ、整形までした経歴を持つ女傑である。

 

「他都市との折衝(せっしょう)ともなれば私では僭越(せんえつ)が過ぎます。執政権はお預かりしているだけで、こちらで判断してよいレベルの話ではありませんが?」

「…………め」

「もしかしてめんどくさいとか言うつもりじゃありませんよね?」

「だめじゃん。先にそういうこと言っちゃ」

「では先に廃貴族の件を。そちらはどうするのです?」

 

 問われたアルシェイラは手紙の一枚へと視線を下ろす。

 レイフォンからの手紙がそこにある。

 女王としてレイフォンに送った手紙の返信だ。

 アルシェイラがもう一度手に取って読んでいけば、思わずため息が出た。

 

「はあ、生意気だこと」

 

 内容としては簡潔なものだ。

 廃貴族は掌握したので、時期が来れば一緒に帰還する旨が記載されている。だが、アルシェイラが気にしているのはそちらではない。

 レイフォンからの挑発があったのだ。

 

「今なら俺の方が強い……、ね」

 

 だから身体の動かし方くらい学んでおけ、と。

 アルシェイラは思い出す。

 かつて、レイフォンと戦った夜を。

 油断はあった。レイフォンという年若い天剣をナメ腐っていたことも事実だろう。

 だとしても、想定外な結果に終わった。

 天剣達を従える最強。

 女王として君臨するアルシェイラが、治療が必要なほどの傷を負うことになるとは夢にも思わなかったのだ。

 ゆえにひとつの疑念が芽生えることとなった。

 アルシェイラ・アルモニスは最強だが、それだけでは足りないのでは、と。

 

「廃貴族の力を掌握したレイフォンは明確な脅威です。リンテンスですら止められるかどうか……」

「別に敵対している訳じゃないし、いいんでない?」

 

 それに、とアルシェイラは思う。

 今の自分はかつてより強いという言葉はレイフォンだけのものではない、と。

 戦闘技術の必要性を認めたアルシェイラが、技術を修めるべく訓練を積んできたからだ。

 

「ま、そっちはいいよ。廃貴族はあれば便利だけどね、レイフォンが持ってるならいずれグレンダンに来る。十分でしょ」

「……分かりました。現状のまま待つということですね。では傭兵団には帰還命令を伝えて構いませんか?」

「そうしておいて。ちゃんと報償は出すって書いといてね」

「承知しております」

 

 そう言うと、カナリスはレイフォンからの手紙を別のテーブルへと移動。

 次にテーブルに残った手紙のうちの一枚、豪奢な装飾の施された手紙をアルシェイラへと押しやった。

 

「次はこちらです」

「そっちはねぇ……」

 

 二人は揃って明らかに立場のある者からのそれと分かる手紙を見た。

 手紙の送り主は、楯血都市(じゅんけつとし)ツァーレンザルドの運営責任者であるという。

 アルシェイラとカナリスは揃って大きなため息を吐き出すことになった。

 

「いかがなさいますか?」

「どうしようかねぇ」

 

 都市間の責任者同士の手紙であってもここまではしないというほどに丁寧な文章で、こう書いてあったのだ。

 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという武芸者を探している。そちらに居るのであれば、最大限の感謝を。

 その上で、彼の子種が欲しい女性が都市に溢れて困っている。短期間でもいいので是非派遣してほしい、と。

 どこからどう読んでも、種付け依頼である。

 

「なにやってんのよアイツ……」

 

 強い武芸者の種を欲しがるのはどこの都市でも同じだ。

 だが、どこの都市も強い武芸者を手放そうとはしない。少なくともそれが常識だ。

 グレンダンであってもこんな手紙が届くようなことはない。

 とはいえ一番の問題はそこではない。

 実際どうなのだろうか、とアルシェイラは思う。

 一時退去中の身柄ってどういう扱いなんだろうか、と。

 レイフォンはグレンダンから期間限定とはいえ追放処分を受けている。

 それはグレンダンの統制下にはいないということでもある。

 いつか帰ってくるから今後の事に関しては命令を下せる。

 だが、短期間というからには十年二十年といった期間ではないだろう。

 いかに天剣授受者という権威ある立場にあったとはいえ、現在の身柄は学園都市ツェルニにあるのだから、そこが全権を持つのか。

 判断を下すべき者が誰かすら定かではないのだ。

 

「陛下が判断されないというのであればこちらで選びますが? レイフォンの扱いでは困る、というならトロイアットならどうでしょうか。レイフォンの師であった事実があれば十分な材料でしょう。それとも他ですか? 高齢な者と既婚者を除くとするとリンテンス、サヴァリスならとりあえずは問題なさそうですが?」

 

 そんなことを悩んでいたからか。

 唐突なカナリスの越権行為の意図をアルシェイラは読み違えた。

 ほとんど反射的に威圧していたのだ。

 

「……私の許可なしに天剣を扱おうというのかい? そんな権限を与えた覚えは無いよ」

「全くですね! ではこの件をどう扱うかは天剣の差配ですので陛下がご判断くださいよろしくお願いします」

「あ」

「という訳で今日は帰ります」

「待って、カナリ――」

 

 アルシェイラが失策を悟ったときにはもう遅かった。

 慌てて呼び止めようとするアルシェイラの言葉を遮ってまで、カナリスは全速力で駆け抜けていった。

 本当に出て行ったのだ。

 そんなことをするとは想像もしなかった。

 

「――では残りの手紙もお願いしますお疲れ様でした」

 

 扉の向こう側から声だけが届く。

 彼女らしくない強引な行動を、アルシェイラは呆然と見送るしか出来なかった。

 

「……そんなに嫌だったかな。レイフォンの()()の世話」

 

 アルシェイラはそう呟いて、即座に思い直した。

 イヤか? イヤか。嫌だわな。そりゃそうか。

 今日何度目かの、そして、最大のため息が出た。

 

「はあぁぁぁ……。ん?」

 

 テーブルに残された手紙は二通。

 レイフォンからの廃貴族に関する手紙は処理して、カナリスが別のテーブルへと移動させた。

 二通のうち。一通はツァーレンザルドからのもの。

 残る一通は、

 

「これもレイフォンから……?」

 

 手に取った手紙には確かに送り主の名前としてレイフォン・アルセイフとの記載がある。

 アルシェイラは適当に封を切り、中を確かめた。

 

  グレンダン女王、寝取られセクハラおばさんへ

 

   リーリンは貴様の娘ではない。セクハラをやめろ。

   そんなだから名ばかりの婚約者にヤリ逃げされるんだ。

   生きていることを恥じろ。腹でも斬って死ねブス。

 

       レイフォン・アルセイフより

 

 思わず手紙を握りつぶした。

 手の中に隠れるそれをじっと見つめながら、血管の切れる音を初めて知った。

 

「……………………そう。そういうこと。これを知ってたから逃げたわけね」

 

 アルシェイラ・アルモニスとはグレンダンの女王。

 天剣を統べる最強の具現だ。

 短くない人生のなかで、ここまで腹を立てたことはない。

 

「初めてよ。ここまで私をコケにしたお馬鹿さんは……」

 

 怒りが剄として体内で昇華されていくのが分かる。

 

「……。――――。~~~~~~~~ッ!!!」

 

 ●

 

「あっ?」

 

 考え込んでいたリーリンは突然の都震に顔を上げた。

 

「うーん……。これは天剣の誰か、かな」

 

 グレンダンは世界で最も汚染獣の襲撃に出会う都市。

 都震の揺れ方で、何が原因かくらい分かってくる。

 それが分かって初めてグレンダンの住人と言えるのだという。

 グレンダンの住人は全員がソムリエ。

 リーリンもまた、立派な都震ソムリエになったのである。

 

 ●




あー、あー。マイクテスト。
皆さん。僕は今日ここで命をかけるつもりです。
もし自分が無関係だと思う方は、出来るだけこの場から離れてください。

サアラさんの胸のサイズ。これについて僕は明確な表現をしていない。
皆さんが思い浮かべたサイズは、皆さん自身の性癖です。

え? 貧乳? ははは、ご冗談を。オパーイは最低限あった方がいい。
貧乳は所詮、デバフに過ぎないからな!!
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