俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第九話:頂きに臨む 上

 ●

 

 必要なことが何かは理解できている。

 誰も居ない暗闇で、己と向き合う。

 剄息こそ剄の基本。

 剄を形にせず、剄息を継続する。剄に対する感度を確かめ、剄を神経と同じように扱う。

 意識して、筋肉の動作を確かめるように。

 意識して、剄による肉体の変化を観測する。

 剄息こそ剄の基本。

 剄息の乱れは無駄の証明。

 人間と武芸者では、呼吸の方法が違う。

 肉体における呼吸は細胞のために酸素というエネルギーを補給する。

 剄という名の気体ならば細胞に満たされる剄というエネルギーをこそ補給する。

 神経が伝える肉体の感覚を知る。

 剄が伝える伝達情報をこそ得る。

 剄息こそ、剄の基本。

 ──それだけでいいなどと、誰が言った?

 

 ●

 

 リーリンにとって、シノーラ・アレイスラは憎めない先輩だ。

 かなり無茶苦茶なところがあり、厄介極まりない。

 からかいやイタズラも多い。

 高級料亭に定食屋くらいの気軽さで入っていくあたり、金銭感覚が自分たちとはまるで違う。

 正直、かなり面倒な人物だと認識している。

 ただ彼女の行為に悪意を感じたことはなかった。

 ちょっと身の危険を感じることはあるけども。

 リーリンは、そんなシノーラに強制的に連れて来られた停留所で揚げパンを手にしていた。

 

「食べたかったのって、これですか?」

「そ。食べてみたかったのよ」

「……なんていうか、先輩ってほんとお金持ちですよね」

 

 今ならその理由も知っている。

 

 リーリンが友人と思っているであろう女、シノーラ・アレイスラこそが戦う義務を持つ。リーリンの現況を招いた原因たる女王本人だからだ。

 

 レイフォンが手紙にそう書いていた。

 シノーラの素性からすればお金なんて持っていて当然だった。

 そんな彼女は、美味しい美味しいとくり返して二つ目の揚げパンを食べ始めている。

 と思えばすぐに食べ終えてしまった。

 

「ん~食べ足りない」

「いや、食べ過ぎですから」

 

 指について砂糖をなめながら呟くシノーラ。

 シノーラの食べていた揚げパンはリーリンのそれの倍近い大きさがあった。

 それを二つ、単純に四倍近い量を食べていることになる。

 

「さて、そろそろシノーラ先輩のお悩み相談といきます、か」

「え?」

「前は真っ暗どん底真っ逆さまな感じだったけど。最近は、妙にそわそわしたり頬を赤くしたかと思うといきなりどーんと暗くなったりって、思春期してるんだもの」

 

 リーリン自身では意識していなかったが、シノーラからみたらそうなっていたらしい。

 口数が減っている自覚はある。

 あの手紙を読んでから、ずっと。

 護られている今という平和を噛みしめながらも、考えることをやめられないからだ。

 だとしても、このグレンダンで誰かに相談することはできない。

 この都市にデルボネ・キュアンティス・ミューラの耳が届かない場所はない。

 だから、リーリンは知りたいと感じる別のことについて思考を巡らせていく。

 

「で? なーにを悩んでるわけ? お姉さんがスパンと解決してあげるわよん」

「…………」

「リーリン?」

「シノーラ先輩って、天剣の方達のことどれくらい知ってますか?」

「ぜんぶ♡」

 

 言うかな-、と少し思っていた。

 だが実際に言われるとうわぁ、という想いであった。

 

「そんな、うわぁ、みたいな顔やめてね。ちゃんと知ってるから。ほんとほんと、ワタシ、ウソツカナイ」

「なんでそんな嘘っぽく言うんですか」

「ははは。そんな褒めないで~」

「どうやったら褒めたように聞こえるんですか、全く」

「さあて。それで、聞きたいのは天剣授受者について? ……それともレイフォン?」

 

 今までなら恋心を揶揄(からか)っている、と受け取れた。

 けれど、今のリーリンにはできない。

 ただの一般人に近付く理由なんて彼女にはない。

 ……あるとしたら、それは。

 厚意を、言葉を、友情を素直に受け取れないこと自体が、悲しかった。

 だからリーリンは自分を誤魔化すためにも、そうですね、と前置きしてからこう言った。

 

「理想的な武芸者って言われてるのは知ってますけど。違うんですか?」

 

 レイフォンは武芸者の義務を果たす、とよく口にしていた。

 俺にはその義務がある、と。

 武芸それ自体は楽しんでいたが多くの判断は武芸者としての義務であるか否か、という点を重視していた、ように思う。

 リーリンにとっては理解しがたいものであったが、都市を生きるものとして受け入れてもいた。

 レイフォンたち武芸者は都市を護るために汚染獣と戦い、自分たちは彼らを見送り、帰ってこないかもしれないという現実と向き合わなければならない。

 

「んー、そうねぇ。レイフォンって天剣の中では一番、武芸者の義務ってものに真面目に向き合っていたわ」

「都市を守るために戦うってことですよね」

 

 シノーラは頷いて、空を見上げた。

 

「そう。天剣授受者は老生体と戦っていればいい。けどアイツはカルヴァーンなんかと同じでね。結構後見を引き受けていたし、そうでない連中の戦場にも顔を出してたの」

「そうなんですか?」

「戦場で死にそうになったところを助けられたって武芸者も多くてね。あれで結構(した)われてるのよ?」

 

 それは、リーリンの知らないレイフォンだった。

 レイフォンは孤児院で、そうしたことを話さなかったからだ。

 武芸者としてどんなことをしてきたのか。

 そんなことは一言も言わずに、ただあそこで一緒に暮らしていた。

 

「レイフォンは剄技を覚えるためだ、なんて言ってたけどね。とっくに全部見覚えてるくせに居るんだもの、誰だって建前だって分かるわよ」

「剄技を覚える……?」

 

 リーリンの鸚鵡(おうむ)返しに、シノーラは微笑んでこう続けた。

 

「レイフォンのすごいところは、あらゆる剄技を見覚えたってこと。グレンダンの武芸者が使う剄技は全部使えるんじゃないかしら」

「全部? そんなことできるんですか?」

「普通は無理ね。天剣だろうと女王だろうとできないことを、レイフォンはやったの。トロイアットに化練剄を教わってからはとんでもなかったわ。教わってもいない鋼糸すら出来るようになってるんだもの。あれにはリンテンスだって驚いていたわね」

 

 リーリンは思った。

 武芸者としてのレイフォンを、なにも知らない、と。

 これまで武芸のことを知りたいとは思わなかった。

 だからレイフォンに聞かなかったし、レイフォンも話そうとはしなかった。

 それだけじゃない。

 全てのことを知るわけではないとか言いながら、本当に多くのことを知っている。

 経営のことも、リーリンのことも、グレンダンのことだってそう。

 ……聞いたら答えてくれたのかな。

 手紙で伝えられた真実は、レイフォンが天剣授受者になったことで知らされるようなことじゃない。

 決して汚染獣を見逃さないデルボネがわざと見逃した、なんて行政側に教える理由がない。

 教えるとしても、天剣授受者になってすぐに教えることはしない。

 つまり、その前から知っていたのだ、レイフォンは。この(おぞ)ましい事実を。

 

「タバコを口から落とすくらいだもの。よほどショックだったのかしら。プフッ」

「想像できないですね、それ」

 

 シノーラに合わせて、リーリンは笑った。

 

「レイフォンって、どれくらい強いんですか?」

「今なら……、そうね。天剣で一番強いわ。女王ほどじゃないけど」

 

 そう言いながらシノーラは胸を張る。

 自信のあるような態度をしながらも、どこか自嘲するような口調であったことにリーリンは気付いた。

 彼女が遠くを見ながら思い描くのが、武芸者としてのレイフォンなんだろう、と思ったのだ。

 

 ●

 

 レイフォンが連れて来られた都市。

 学園都市マイアス。

 本来であれば穏やかなれども、武芸大会を目前としたある種の活気に(あふ)れているはずの都市だ。

 しかし、今のマイアスは静けさと剣呑さに満ちていた。

 武芸者は騒々しく都市を駆け回り、念威繰者の端子がそこら中に飛翔する。

 一般人は寮の一室に押し込められており、訳も分からず閉じ込められていた。

 

「学生らしいというべきなのか、これは」

 

 レイフォンは念威端子を避けるように飛び回り、絢爛な建物に着地。

 どうやら指揮所になっている場所らしい。

 周囲を捜索するばかりで、ここには念威端子による捜索が及んでいない。

 呆れとともに言葉を漏らしたレイフォンは、殺剄で潜伏したまま活剄の密度を高めていく。

 そうして視力と聴力に意識を集中していくと都市の状況が見えてくる。

 マイアスの武芸者達は明らかに()()()を捜索している。

 しかし、あまりに無秩序な捜索には計画性が欠けていた。

 まるで何を探せばいいかが分からないかのように。

 

「…………」

 

 だが、最大の違和感はそこではない。

 移動型都市(レギオス)の移動音が聞こえないこと。

 生活の中に常に存在しているあの騒音が止まっているのだ。

 原因も知っている。その知識と、目の前の現実に差異がほとんどないこともまた理解していた。

 ……電子精霊が逃げ出した、か。

 そして、その電子精霊を狼面衆が追っている。

 ゆえに都市は動けない。動力が存在していないのだから。

 だが、とレイフォンは思う。

 まだ時間はあるはずだ、と。

 観察を続けるレイフォンは、都市外縁部へと視線を向ける。

 

「二カ所、か」

 

 都市を挟むような位置に停留所があり、また外部の者を対象とした宿泊施設が見えた。

 原作において、リーリンはこのタイミングでマイアスへと来ていた。

 “レイフォン”にサイハーデン刀争術免許皆伝の証たる鋼鉄錬金鋼(アイアンダイト)を渡すために。

 レイフォンもまた、デルクに辞退を申し入れているので持っていない。

 リーリンが来ているのか、来ていないのか。それを確かめておきたかった。

 

「……仕方ない」

 

 どちらに来ているのかが分からない。

 ならば両方探せばいい。

 だから、とレイフォンは跳んでいく。

 

 ●

 

 宿泊施設屋上に着地したレイフォンは、周囲を見渡した。

 誰も居ない。

 これなら建物内にリーリンが居るのかどうかを確かめることは容易(たやす)い。

 なぜならリーリンが都市の外に行く場合、必ず天剣授受者が同行することになるからだ。

 かつて、レイフォンが追放を告げられたとき。

 まだアルシェイラはリーリンの血に気付いていなかった。見たことも会ったこともない少女のことに気付くはずもない。

 だが、レイフォンと戦ったあとにアルシェイラはリーリンを見る機会を得た。

 このときに気付いたのだろう。

 自分と同じく、アイレインの強い因子をその身に宿している、と。

 だから、リーリンがマイアスに居るなら、天剣授受者もまた居る。

 

「ふ──!」

 

 ほんの一瞬。

 一秒にも満たない刹那。

 活剄を全力で走らせた。

 直後には殺剄で隠せるレベルまで密度を落とす。

 

「どうなる……?」

 

 学生では気付けない僅かな異変。

 しかし、天剣授受者が気付かないなどあり得ない。

 ゆえに、ただ待った。

 

 ●

 

 いつかの夜。

 何もかもが寝静まった夜。

 誰も居ない公園に、光がある。

 化錬剄によって形成されたレンズだ。

 複数のレンズが連携して映像を経由し、王宮の様子が映し出されている。

 トロイアット・ギャバネスト・フィランディンにとって、夜は美しい女性との楽しい逢瀬の時間である。

 だが、とトロイアットは思う。

 武芸者として観なければならない、と。

 見逃すことなどありえない、とも。

 と、そのときだ。

 耳に届く音が、少しずつ大きくなってくる。

 

「こいつぁ珍しい人が来たもんだ」

 

 無遠慮な男の足音だ。

 女だけを愛するトロイアットにとって男など邪魔者に過ぎない。

 しかし、今日だけは事情が違う。

 

「あれと最も関わりがあるのはお前だろう」

 

 万を超える鋼糸を自在に操る天剣。

 リンテンス・サーヴォレイド・ハーデン。

 フォーマルな洋装に、黒いロングコートを羽織った無愛想な男だ。

 本来なら凜とした格好だが、よれよれになった服がすべてを台無しにしていた。

 リンテンスは気怠げに煙草の煙を吐き出し、こちらを見た。

 格好とは違って目付きは鋭く、浮浪者のような雰囲気の中に武芸者らしさが垣間見える。

 不機嫌そうなツラは相変わらずのようだ、と思いながらも、トロイアットは軽口で返すことにした。

 

「で、解説役に是非俺を、と。旦那が妙齢の美人なら大歓迎だったんだけどなあ」

「相変わらず女にしか眼を向けん(やから)だ」

「女に眼を向けずに何を見ろってんだよ。女こそ人生の潤いだろうに」

 

 まあ、と言葉を置いてから、トロイアットは、レンズを増設。

 リンテンスの近くに発現させた。

 

「今回に限って言えば歓迎さ。陛下に一度ぶちのめされた経験を踏まえた解説をお願いしたいね」

 

 するとリンテンスは大きく息を吐き出した。

 そして、ゆっくりとトロイアットの隣へと腰を下ろす。

 次の吐息と一緒に煙草の煙を吐き出して、映像に視線を落とした。

 レンズの向こう。

 映像では、レイフォン・アルセイフとグレンダン女王、アルシェイラ・アルモニスが向き合っていた。

 

「どうなると思っている?」

 

 リンテンスの問いは、まさしく愚問。

 だからトロイアットもまた適当に答えることにした。

 

「レイフォンに勝ち目なんてないだろ。そんなことが聞きたいわけ?」

 

 挑発のニュアンスを僅かに込めて告げる。

 その意味をこの男が理解していないとは思わない。

 

「……お前が化練剄を仕込んでから、レイフォンは俺をよく見ていた」

「それで?」

「あれの初陣のときはまだ単なる糸だった。だが、サヴァリスの馬鹿と戦った頃には鋼糸になりつつあった。……本当に使えるのかを見てやろうと思ってな。ついでに聞くが、お前は使えないのか」

「へぇ。意外と繊細なんだな。自分だけが使える鋼糸を使えるやつがいるなんて~、ってか?」

 

 トロイアットの予想とは異なり、リンテンスは軽口に反応しなかった。

 どうやら本当にレイフォンが鋼糸をどこまで使えるのかを見に来ただけのようだ。

 

「──俺に鋼糸は使えないぜ。便利だとは思うし、使おうと思えば使えるかもしれないが、その時間に見合う成果があるとは思えないね。なにより見栄えがよくねぇ」

「そうか」

 

 それだけ言うと、リンテンスは沈黙した。

 トロイアットも雑談に興じようとは思わない。

 視線をレンズへと戻して、思う。

 レイフォンほどのクソガキはいない、と。

 とんでもないことをするやつだ、とも。

 化練剄をトロイアットに学んでからは、多くの戦場に後見として参加した。

 それを足がかりとして天剣授受者の剄技すら容易く盗みやがった。

 トロイアットだけは教えたが、それ以外の全員が剄技を盗まれた。

 そして、今。

 レイフォンはいつものスタイルに加えて、いくつかの錬金鋼を収めたホルダーを身につけていた。

 だから、全ての天剣が注視せざるを得ないのだ。

 しかし、それでも。

 相手はアルシェイラ・アルモニス。

 サヴァリス、カナリス、カルヴァーンの三名が挑み、手も足も出ずに敗北したグレンダンの女王だ。

 最も若く、経験も薄い天剣ごときが勝てる相手ではない。

 何を思って戦おうと考えたのかは知らないし、死のうが構わないが、それでも興味は尽きない。

 

「……さて、どうなるかね」

 

 ●

 

 グレンダンの王宮は最低限の夜間警備しか置かない。

 最も重要な女王こそが最強であるがゆえに。

 そしてレイフォン・アルセイフもまた、重要人物の一人。

 武芸者の頂点、十二人しかいない天剣授受者を止める者もいない。

 最年少で天剣に至った少年に対して、先任の天剣達はさしたる興味を持たなかった。

 だが、今は違う。

 トロイアットは化練剄をレイフォンに叩き込み、

 サヴァリスが実戦の中で体術を含めたルッケンスの奥義を交え、

 リンテンスは鋼糸を盗まれつつあった。

 そうして、レイフォンはあらゆる剄技を使う土台を作り上げたのだ。

 天剣全員がその歩みを眺めている。

 レイフォン・アルセイフが天剣全員の剄技を使えることを知っているからだ。

 レイフォンは一人、王宮を往く。

 張り詰めた雰囲気をまき散らしながら進んでいく。

 

「…………」

 

 グレンダン王家から天剣授受者の一人、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフについての告知がなされてから一年。

 都市外追放の猶予期間の半分が経過した一日。

 レイフォンはこの日にすべてを注ぎ込んできた。

 だから、最後の扉を開けてこう言った。

 

「下らん真似は無用だ。起きろ」

 

 女王の寝室まで足を運んだのは、アルシェイラに対して不意打ちを企てたからではない。

 真っ向から挑み、勝つためだ。

 グレンダンの、そして世界最強の武芸者と一対一で戦うためだ。

 それに殺剄すらしていないレイフォンに、女王が気付いていないなどありえない。

 

「忍び足とかじゃなかったのは確かだけどね。外はまだまだ暗いのよ? 夜這いとか夜襲とかいろいろ想像するに決まってるでしょ」

 

 ベッドから身体を起こしたアルシェイラは呆れたように言いながら、ゆっくりとベッドから降りた。

 そしてレイフォンと向き合った。

 

「それだけ物騒な気配を撒き散らしてるから不意打ちはともかく、夜襲はアタリだと思ってたわ」

 

 間違いではない、とレイフォンは思う。

 天剣授受者が完全装備で殺気を纏っていれば、嫌でも気付く。

 天剣がそれほど気負うような相手など、一人だけだからだ。

 

「否定はせん」

 

 普通に戦うなら手も足も出ない。

 それがグレンダンの女王だと、レイフォンも十分に認識している。

 だからこそ一年という期間を要した。アルシェイラという最強を相手取ってなお殺しきれる技を完成させるために。

 だが、それだけではまるで足りない。

 活剄の差はあらゆる面で差を生む。

 通常の武芸者たちが天剣授受者に手も足も出ないのはそのためであり、女王に届かない理由もまたそれだからだ。

 

「だが、勝てるだけの用意をしてきたつもりだ」

「へぇ。言うだけなら誰でもできるけどね」

「都市に見放された孤児としては共感できる言葉だな」

「……………………ごめんなさい」

 

 レイフォンの軽口で大ダメージ。アルシェイラは閉口した。

 食料プラントの事故により食糧危機にあったグレンダンにおいて、社会的弱者は生きていくことすら困難な状態に陥った。

 ライフラインの整備と備蓄を(おこた)った統治者によって殺されたともいえる。

 これでは女王といえど謝罪するしかない。

 

「気にするな。最初から貴様に期待することなど一つもない」

「…………」

 

 嘘ではない。

 アルシェイラは最強だが、それ故に敗北するだろうことは容易に想像できる。

 きっとどこかで戦線離脱する羽目になるだろう。

 ……いや。

 それすらも今はどうでもいい。

 レイフォンは静かに吐息する。

 

「────」

 

 活剄を限界まで高めていく。

 レイフォンの視線に戦意が乗って、アルシェイラを貫いた。

 アルシェイラは一度だけ目を閉じて、これを受け止める。

 

「……そう。言葉は不要ってわけね。いいわよ、遊んであげる」

 

 レイフォンとアルシェイラ。

 二人は同時に地を蹴った。

 

 ●

 

 宿泊施設の屋上で刹那の活剄。

 その剄は確かに放たれて、しかし何の反応もなかった。

 天剣授受者であれば確実に気付く剄の波動。これを感知した武芸者は居ないと断言できる。

 その代わりに、反応した者達がいた。

 

「──俺は釣りが下手だな」

「貴様、天剣授受者か……!!」

 

 狼の面を被り、黒いローブで統一された者達。

 狼面衆だ。

 

「なぜここに」

「貴様はツェルニに居るはず」

「どうやってここに来た」

「我らを邪魔する気か」

 

 幾人もの狼面衆が一斉に口を開いた。

 

「そうイキり立つな」

 

 レイフォンの言葉は狼面衆へのものではない。

 イグナシスに恭順する塵を前にして憎悪の、そして滅びの気配を撒き散らすメルニスクへのものだ。

 

『…………っ!!』

「こんな連中、どうでもいいだろう?」

 

 レイフォンがそう言った、次の瞬間。

 レイフォンを包囲していたすべての狼面衆が細切れになった。

 

「!?」

 

 斬られた瞬間を知覚することも出来ずに、塵となっていく。しかし、

 

「──無駄だ」

「我らに個はない」

「いくら斬ろうとも無意味」

「諦めろ」

「諦メロ」

 

 塵となって消えては新たに狼面衆が現れ、増殖していく。

 その在り方は終わりのない無限の戦力を思わせる。

 しかし、レイフォンはまるで注意を払わない。

 

「次は反対側に行くが、メルニスク。貴様は抑えろ。この都市を救いに来たんだ。こんな紙屑同然のゴミは捨て置け」

『……承知』

「貴様、侮辱す──」

 

 天剣技、『霞楼・無間』。

 無数の斬撃が連なり、狼面衆に何の抵抗も許さず斬り刻んだ。

 再びすべてが塵となったのだ。

 

「やはり微妙、だな……。霞楼を改善したつもりだったんだが、これではダメだな」

 

 レイフォンは剄技の感触、その完成度を確かめると間を置かずに跳躍。

 都市の反対側へと高速で移動していく。

 

「ちぃ! 追うぞ!!」

 

 完全に無視された狼面衆たちもまた、レイフォンを追いかけるべく駆けていった。

 だが、速度差がありすぎた。

 狼面衆はレイフォンにまったく追いつけない。

 一秒ごとに確実に距離が離れていく。

 

「速い……!」

「急げ! 介入させるな!!」

 

 後方で喚く狼面衆を引き離しながら、レイフォンは家屋の屋上を駆け抜ける。

 念威端子の捜索範囲に入らないように遠回りしていながらも、どんどん距離が離れていく。

 そうしてレイフォンは速度を緩めずに進み続け、後方に居たはずの狼面衆が見えなくなるほど離れた頃。

 目的の建物が見えてきた。

 

「────」

 

 通常ではありえないほどの短時間で都市を横断したレイフォンは、外縁部の宿泊施設屋上へと着地。

 即座に活剄を高め、反応を待つことにした。

 五秒、十秒、二十秒。

 それだけの時間が経過して、それでも足下の建物内の誰一人として反応しない。

 

「…………」

 

 レイフォンは確信を得た。

 天剣授受者はいない、と。

 リーリンもまたマイアスにはいないのだ、とも。

 ……とはいえ……。

 レイフォンの行動は原作と大きく異なる部分がある。

 そうである以上、リーリンがグレンダンを離れる時期が変わること、ツェルニに向かうルートが変わることなど、可能性はいくらでもある。

 

「丁度いい頃合い、か」

 

 結局はグレンダンに行って状況を確かめる必要があるということ。

 だから、とレイフォンは行動を次へと進めることにした。

 

「足止めしろ! 相手は天剣授受者だ。勝てるとは思うな! 時間稼ぎに徹しろ!!」

 

 ようやく狼面衆が追いついてきた。

 彼らがレイフォンに対して攻撃の姿勢を取る、その直前。

 レイフォンが狼面衆たちの後方へと瞬時に移動していた。

 

「──邪魔だ」

 

 外力系衝剄の化練変化、『疾走居合』。

 レイフォンの移動、その軌跡から斬撃が四方へと拡散する。

 老生体すら切り裂く蒼い剄が豪風のように広がったのだ。

 狼面衆ごときでは受けることも避けることもできない。

 無数の斬撃に刻まれていき、塵と化すだけであった。

 

「ば、馬鹿な……」

 

 斬撃の軌道から外れていた者が呆然と声を上げた。

 常軌を逸した斬撃は彼らの常識では考えられないほどに苛烈だ。

 狼面衆たちは自我こそ希薄化されて個性を喪失しているが、武芸者としての技能には差異が残る。

 中にはひとつの都市において上から数えた方が早い実力者だっている。

 諦めた者達の集合体ではあるものの、決して弱者だけではない。しかし、

 

「────」

 

 閻魔刀を鞘に収めながら、レイフォンが振り返る。

 どこまでも温度の無い冷徹な視線。

 それだけで狼面衆は凍り付いたように動けなくなった。

 さきほどまでの視界に入っていないかのようなどこまでも軽視されていたときとは違う。

 レイフォンが、狼面衆を見ている。

 

「……!」

 

 狼面衆は諦めた集団であるがゆえに、武芸者として敗北しただけで折れることはない。

 だが、レイフォンの視線は彼らに思い出させるのだ。

 桁外れな実力と、無機質なほどに温度のない冷酷さ。

 ヒトとすら見なされていない容赦のない攻撃。

 彼らは汚染獣に何の意味すらなく磨り潰される光景を幻視していた。

 

「しばらく遊んでやる。せめて抗え、ゴミども」

 

 ●

 

 グレンダンの女王が天剣と戦うのは初めてではない。

 少なくとも二度は本気で相対している。

 そのときと同じく、天剣達は女王が勝って終わりだと確信を持っていた。

 だが、それでも全員が観ている。

 鋼糸の使い手にして最強と目される天剣、リンテンス・サーヴォレイド・ハーデンと化練剄の達人、トロイアット・ギャバネスト・フィランディン。

 不動の天剣と称されるティグリス・ノイエラン・ロンスマイアと最年長の念威繰者、デルボネ・キュアンティス・ミューラ。

 最も攻撃に特化した天剣、カウンティア・ヴァルモン・ファーネスとその恋人、最も防御に特化した天剣、リヴァース・イージナス・エルメン。

 戦いにのみ快楽を見出す天剣、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス。

 流派ミッドノットの創始者にして常識人たる天剣、カルヴァーン・ゲルディウス・ミッドノット。

 都市が滅ぶとすら言われるほどに豪快な天剣、ルイメイ・ガーラント・メックリング。

 全身を銃と弾丸で彩った天剣、バーメリン・スワッティス・ノルネ。

 女王に付き従う影武者の道を選んだ天剣、カナリス・エアリフォス・リヴィン。

 彼らの視線の先で、彼らを統べる女王に挑む最も若き天剣、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフが衝突した。

 

 ●

 

 踏み込みは同時。

 それでも始まりは、アルシェイラの踏み出す一歩からだった。

 加速する意識のなかでレイフォンは思う。

 アルシェイラの身体能力は確実に天剣授受者の領域を超えている、と。

 最強の武芸者の身体能力を土台にして打ち出される拳は絶対的な暴虐そのもの。

 恐ろしく速く、尋常ならざる威力で、途方もなく破滅的だ。

 天剣授受者であっても視認することは困難を極める。

 ただの右拳ひとつが、それほどの一撃で繰り出されるのだ。

 ……だが、捉えた……!

 顔面に向かって振り抜かれた拳を、レイフォンの意識は確かに認識している。

 アルシェイラの動きはレイフォンのそれよりもさらに速い。

 大きく動いていては打ち抜かれる。

 だから、という様に、レイフォンは半身になって小さく横に身を(かわ)しながら抜刀。

 返し技として(きら)いたのは居合い。

 最小の動きと、最も効率的な体捌きから放たれる居合いは間違いなく神速だった。

 

「!」

 

 アルシェイラが目を見張って驚愕の表情を顔に張り付けた。

 驚愕は彼女の一撃をレイフォンが躱したことになのか。

 あるいはカウンター気味に放たれた居合いになのか。

 驚愕を露わにした彼女は、しかし間違いなく最強だった。

 コンマ一秒にも満たない刹那に咄嗟(とっさ)の動きで身を引いていたのだ。

 刃の届く範囲から瞬時に離脱して距離をとった彼女はゆっくりと姿勢を整え、にやけた表情を隠そうともせず、楽しそうに感嘆の声を漏らした。

 

「……ははっ」

 

 そこにいくらか楽しさのニュアンスを交えながら、彼女はこう言った。

 

「大言壮語の類いだと思ってたんだけどねぇ。やるじゃん、あんた」

 

 レイフォンは言葉に付き合わず、再び踏み込んだ。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 天剣ですら見失うほどの高速移動。

 刹那のうちにアルシェイラの懐に入り込み、見た。

 すでに右拳をレイフォンめがけて打ち下ろすアルシェイラを。

 

「────」

 

 レイフォンは咄嗟(とっさ)に左腕で受けていた。

 女王の一撃を受けられるほどの剄を持たないレイフォンに取れる手段はたったひとつのみ。

 活系衝剄混合変化、『金剛剄』。

 金属を打ち付けるような音が響き、衝撃でアルシェイラは仰け反った。

 ……今!

 姿勢を崩したアルシェイラの無防備な腹部に向けて、鞘で刃を加速。

 神速の居合いが放たれた。しかし、

 

「!」

 

 アルシェイラは崩れた姿勢をさらに後方へと強引に引き戻していた。

 腹を切り裂いたはずの一撃は、天剣を凌駕する反射神経によって躱されたのだ。

 ……そうだろうな。

 レイフォンに動揺はない。

 レイフォンが戦っているのは女王なのだから、この程度はあって当然。

 ゆえにレイフォンは冷静に次の動きを作る。

 それらの動きは刹那のうちに行われた。

 分けて練り上げた剄の一方を幻影剣として形成。後方への倒立回転(ばくてん)の機動を取るアルシェイラを包囲した。

 外力系衝剄の化練変化、『烈風幻影剣』。

 十の幻影剣は一切停滞することなく射出された。

 

「まだまだ甘いわよ」

 

 倒立状態のアルシェイラは掴んだ地面を砕きながら横回転の動きを作り、一回転。

 豪風のように脚を振り回した。

 すべての幻影剣が蹴り砕かれる様を見ながら、レイフォンはさらに深く踏み込んでいた。

 居合いから切り返した横薙ぎに剄を注ぎ込む。

 剄が形作るのはカウンティアの剄技だ。

 外力系衝剄の変化、『餓狼駆』。

 刀から放たれた衝剄は貪欲な勢いのまま複数に分かたれ、連動。

 断裂と破砕、そして焼滅の連鎖となり、アルシェイラへと襲い掛かった。

 アルシェイラは横回転しながらも倒立を解消しており、その勢いを右拳に込める。

 裏拳。

 レイフォンの髪をかすめるようにして通過したそれは単なる打撃にすぎない。

 しかし、絶大な剄が込められたそれは餓狼駆をかき消していた。

 しかも流れるような動きで、今度は左拳が構えられている。

 ぶち込まれれば確実に戦闘不能になるだけの剄が込められている上に、完全に予備動作が終わっていた。

 打撃がレイフォンを打ち抜こうと射出された、そのときだ。

 アルシェイラの頭上から幻影剣が降り注ぐ。

 外力系衝剄の化練変化、『五月雨幻影剣』。

 老生体ですら縫い止める幻影剣は、女王であっても無防備に受けて良いものではない。

 その対処の隙を狙おうと意識を先鋭化させるレイフォンは、見た。

 アルシェイラが姿勢を少し傾けたのを。

 

「──よっと」

 

 左拳の機動が変化する。

 真っ直ぐにレイフォンに打ち落とされるはずだったそれは、前傾姿勢のアルシェイラの上から弧を描く軌道を取ったのだ。

 直進せず、曲線を描く打撃はわずかに遅れることになるが、それゆえにアルシェイラへと降り注ぐ幻影剣を砕きながらレイフォンへと流れていく。

 軌道の変化によって生じた時間は極小。

 だが、その僅かな時間がレイフォンの行動を間に合わせた。

 

「シィィ──」

 

 餓狼駆を放つ薙ぎ払いの姿勢を修正し、刀の切っ先を鞘へ。

 瞬時の納刀とほぼ同時。

 外力系衝剄の化練変化、『疾走居合』。

 その初速は女王をして捕捉できないほど唐突で迅速なものだった。

 アルシェイラを通り抜けるようにして背後へと回ったレイフォンの軌跡から不可視の斬撃が溢れ出す。

 直後。

 二人は同時に動いていた。

 アルシェイラは反転しながらレイフォンへと直進。全身から剄が(ほとばし)る。

 その身に襲いかかる斬撃を殴りつけながら走ったのだ。

 対するレイフォンは疾走居合から流れるように振り向きながら刀を鞘に納めた。

 すると、鞘の中に剄の輝きが灯る。

 外力系衝剄の連弾化練変化、『次元連斬』。

 発生場所の読めない球形の斬撃が連鎖した。

 

「甘いって、言ってるでしょ」

 

 言いながらアルシェイラは前傾姿勢となり、さらに加速。

 次元斬が斬撃を形成する前に駆け抜けたのだ。

 レイフォンはアルシェイラの強さを感じながら思う。

 ……これが、女王か!

 いくつもの攻撃を重ねても軽い動作ひとつで打ち砕かれていく様子は、まさに最強。

 グレンダン女王、アルシェイラ・アルモニスは天剣授受者を超越すると、これでもかと見せつけられる。

 なにをやっても通用しない。

 まるで水中で無様に藻掻(もが)くような手応えの無さであった。

 しかし、それでもレイフォンは前に出た。

 刀から大剣へと持ち替え、地面を滑るようにして前進。

 進行方向へと切っ先を向けて突っ込んだ。さらに、

 外力系衝剄の変化、『刃鎧』。

 虚空から五つの黄金の剣が(あらわ)れて大剣の周囲をドリルのように旋回。

 半ば物質化した剄を自在に操る攻防一体の剄技、刃鎧によるソードフォーメーション・スティンガーズ。

 ぶち込んだ。

 

「ハアァッ!」

 

 武芸者の剄は身体能力と攻撃能力に直結する燃料である。

 防御力も向上するが、上昇率は攻撃能力に届かない。

 レイフォンの剄でも十分にアルシェイラを傷付けられることは分かっている。

 だが身体能力の差は速度差でもある。

 アルシェイラに攻撃を当てるには避けられない状態に追い込むしかない。

 今。

 アルシェイラの周囲は疾走居合の斬撃で満ちていて、背後には次元斬が残っている。

 だからこれは届くとレイフォンは確信していた。

 

「──ま、こんなもんでしょ」

 

 無造作な腕の一振りで、弾かれた。

 刃鎧を纏ったスティンガーは錬金鋼の暴発を代償に貫通力を限界以上に高めたものだった。

 それでもアルシェイラが少し本気で振り払えば、レイフォンの手から大剣ごと弾かれてしまうものでしかなかった。

 そして、アルシェイラは続く動作でレイフォンを沈めるべく拳をぶち込んできた。

 直後。

 打ち込まれた拳から轟いたのは、金属音。

 

「──間抜け」

「ここでリヴァースの……!」

 

 金剛剄が打撃を弾くと同時。

 アルシェイラはそれを見た。

 僅かな動きで懐に入り込み、腹部に両手を添えるようにして構えるレイフォンを。

 アルシェイラはレイフォンの意図を理解した。

 大剣は弾かれたのではない。

 自ら手放したのだ、と。

 ぶち込んだ右腕は弾かれた衝撃で後方へと流れつつあり、大剣を弾いた左腕は開かれた勢いが残っているからだ。

 両腕を戻すよりも早く、レイフォンの両手に満ちる剄が炸裂する。

 

「じっくり味わえ」

 

 外力系衝剄の変化、『爆導双掌』。

 触れた手から衝剄を体内に送り込む内部破壊。

 その極致たる剄技を、両手から同時に打ち込んだ。

 

 ●




アルシェイラ「私つよーい!」
リーリン「レイフォンはね。優しくて強くてぶっきらぼうでろくに話さないし、やる事全部がわたしのためでなきゃいけないの」
アルシェイラ「」

最近戦闘が物足りなくて書いてしまったら3万文字行っちゃったので分割。
後半? 明日ね
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