俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第十話:頂きに臨む 下

 ●

 

 最も破壊に優れる天剣、ルイメイの剄技、爆導掌。

 触れた手から衝剄を体内に送り込む内部破壊の剄技はそれだけでも老生体に通じるほど威力に特化されたものだ。

 それを二連で打ち込んだ。

 いかに天剣ではない錬金鋼を通したとはいえ、許容量を考えずに全力で打ち込んだ二連撃。

 

「ごふっ……」

「まだだ……!」

 

 アルシェイラは口から血を吐きながら後方へと吹っ飛んでいく。

 通ったのだ。

 しかし、レイフォンは理解していた。

 半分以上は防がれている、と。

 爆導双掌をまともに受ければ確実に肉体は崩壊するからだ。

 それを吐血する程度で済ませている以上、ダメージの大半は相殺されている。

 苦々しい表情でレイフォンは熱暴走を起こす手甲を投げ捨てると、ホルダーから錬金鋼を抜き取った。

 

「レストレーションV・S」

 

 復元されたのは、巨大な狙撃銃。

 バレルの長い無骨な銃を構えて、レイフォンは剄を集中していく。

 今練り上げることのできるすべてを注ぎ込み、やがて収束。

 レイフォンの剄を一発の弾丸に変換して、発射するまでを保てばそれでいい。

 たった一発を発射するためだけ、という極端な設計思想は最強に届かせるという一念そのもの。

 撃った。

 

「────」

 

 轟音もなく、静かに発射された剄弾はまさに光線だった。

 レイフォンにもアルシェイラにも見えないほどの速度で剄弾が飛翔。

 光の筋だけを残影に残してすべてを貫いていったのだ。

 そして、レイフォンはついに膝を突いた。

 

「はっ、ふっ、はあっ……!」

 

 剄の一時的な枯渇(こかつ)

 天剣授受者のなかで最も多い剄を持つレイフォンであっても限界だった。

 女王という最強に追い(すが)るには後先を考えた活剄では足りない。

 戦況を維持するために身体能力を高め、その上で惜しみなく剄を注ぎ込んだ剄技を連発してきた。

 ここまでしなければ仮にも戦闘が成立するような相手ではないからだ。

 そうして喪失した錬金鋼は三つ。

 大剣、手甲、狙撃銃。

 これらの暴発によって粉塵が舞い上がり、周囲を確認することはできない。

 ……どうなった……?

 アルシェイラが居るであろう方向を睨み付けていると、やがて風が流れてきた。

 レイフォンの剄技やアルシェイラの打撃、その余波だけで壁が二枚、消失している。

 もはや部屋とは呼べなくなった場所に周囲から風が流れ込み、粉塵も拡散していく。

 視界が開けたことで、レイフォンは見た。

 亀裂の走る壁を背にながら、悠然と立つ女王を。

 

「まさか、アンタがここまでやるなんてね」

 

 無傷ではない。

 爆導掌による内臓の損傷と脇腹に空いた小さな穴。

 出血は続いていて、血液が服に(にじ)んでいる。

 レイフォンが全身全霊を以て挑んだ戦果は、たったそれだけだった。

 

「これほど、か。──面白い」

 

 食糧危機のことで気勢を削いで、絶刀を餌にして戦闘に付き合わせた。

 アルシェイラが手加減するような状況を作り上げて、それでも攻撃を当てるだけで精一杯だった。

 ようやく当てた攻撃も大きなダメージにはなっていない。

 やはり、これほどの差があったのか。

 レイフォンが言葉にしなかった部分を明確に読み取ったアルシェイラは、軽い口調で続けた。

 

「気にすることないわよ~? 私があんたら天剣より上なのは事実だしね。自分より弱いヤツにこき使われたりすんの嫌でしょ、喜んどきなさい。それより驚いたのはアンタの方よ。ぶっちゃけ天剣とはいえ、新米にすぎないガキんちょにどうこうできるわけなかったんだけど」

 

 そこんとこどうなの? と、問いかけられた。

 レイフォンは呼吸を整えて、最後に吐息をひとつ吐き出すと、ややあってから、ゆっくりと語り始めた。

 

「……天剣授受者になれるような連中は、例外なく天才だ」

「そうね」

「極まった天才であるが故に、限界というものに縁がない。持って生まれた才覚を十全に使いこなせば、多少の困難など容易に乗り越えてしまう。そういう連中だからこそ脳に備わった限界を引き出す(すべ)など必要としなかったのだろう」

 

 アルシェイラの運動能力、反射速度は天剣のそれとは隔絶した領域にある。

 いかに天剣といえど、ただ闇雲に訓練を重ねただけで手の届くようなものではない。

 一般的な武芸者が天剣授受者に届かないように、天剣授受者もまた女王を打倒することは不可能だ。

 その遠すぎる差を埋めるためにレイフォンが求めたのは、二つの可能性だった。

 ひとつは継戦能力を捨てること。

 後先を考えて剄を配分して勝てるのは、順当に勝てる相手まで。

 だからレイフォンは短期決戦以外の可能性を最初から捨てていた。

 正攻法では届かないのであれば暴挙に走るよりほかにない。

 刹那の攻防にすべてを賭けるという、暴挙に。

 

「極限の生理状態を作り出せば、貴様の動きを視認できる状態に辿り着ける。あとは貴様に届く出力があればいい」

 

 もうひとつが時間をかけてあらゆる感覚を研ぎ澄まし続け、極限の生理状態を作り出すこと。

 ……感覚としてはある種の走馬灯に近い。

 肉体の持つポテンシャルを阻害する脳のリミッターを意図的に解除し、限界以上の能力を発揮し得る状態に持っていく。

 そこにアルシェイラの動きを見逃すことなく戦える可能性を見出し、それは正解だった。

 これこそが、レイフォンの必要とした手法。

 基本的な戦闘力を比肩したとき、他を圧倒するアルシェイラの領域に手を掛けるための一手。

 そういう意味ではグレンダン王家が担うあの場所は、誰が訪ねてくるでもなく静かで都合が良かった。

 

「脳に備わった限界、ね。なるほど、あんなトコに一ヶ月も籠ってなにしてんのかと思えば……。そう、そういうこと」

 

 アルシェイラが、やれやれ、と言い捨てた直後。

 殺意の籠もった視線がレイフォンを貫いていた。

 

「あそこは王家でも限られた人間しか知らないグレンダンの秘奥。ちょっとでもお茶目してたら、──殺してたよ」

「────」

 

 女王の巨大な剄に殺意が乗せられたことで、レイフォンは言葉を失った。

 剄という威圧と殺意という重圧が肌を撫でている。

 それは吹き(さら)しとなった場所に漂う夜風よりも冷たく感じられた。

 もはや老生体の凝視にすら匹敵しそうなほどの存在感に、レイフォンは思う。

 ……だからこそ、意味がある……!

 全身の毛穴という毛穴から汗がドッと出てきている。

 自身を圧倒する女王という絶対者の存在。

 戦闘に備えてレイフォンが凍らせた心を(すく)ませるには十分で、しかし、それはあまりに十分すぎた。

 

「へぇ……?」

 

 アルシェイラを前にして、レイフォンの顔にあるのは血に餓えた獣のように凶悪な笑みだった。

 天剣授受者よりも、汚染獣よりも、アルシェイラの方が怖い。

 だからこそ意味がある。

 そうでなくては意味がない。

 この一戦の価値は、最強の価値を測ることにあるのだ。

 

「あんた……、そう。サヴァリスの同類だったとはね」

「──当たり前だ」

 

 強大な敵と相対すれば誰であっても恐怖するだろう。

 だが、男ならばその状況に喜び、(ふる)い立つ時が必ずある。

 最強。

 たった二文字に憧れることのできる愚か者を、男というのだ。

 だから強敵を前にして恐怖を覚え、それ以上の歓喜に満ち足りる。

 そうでなければ。

 強さに焦がれるほどの夢を見なければ、本当にバージルを模倣しようなどと思い、実行するはずがない。

 そう。

 レイフォンは願っている。

 最強の魔剣士スパーダの双子の息子。その片割れのようになりたい。

 数多の異形の敵を何の気負いもなく斬り捨てる。そんなハンターになりたいと願っている。

 汚染獣という獲物に満ち溢れた世界は、どんな世界よりも相応しい。

 そして、今。

 レイフォンの眼前に誰もが認める最強がいる。

 ……やはり強い。途轍もなく。

 レイフォンが人生を懸けてどれだけ鍛え上げようとも、アルシェイラの領域には届かない。

 限界を超えて身体を壊してしまいかねない無茶を通しても、数十秒ほど耐えるのが限度だろう。

 伝聞の情報ではなく、レイフォンが実際に体験した事実を以て痛感した。

 だが、この事実に対して悔しさはない。

 

「……知っていた」

「うん? なにが?」

「俺が貴様に勝利する可能性がコレしかないことなど、知っていた」

 

 言うと、おもむろにレイフォンが構えを変えた。

 閻魔刀の(つば)を左右から挟み込むような独特の構え。

 その構えから繰り出される絶技を、アルシェイラは目にしたことがある。

 

「──絶刀。確かに見事だと思うけどね? それがどんな剄技なのか、私が理解してないとか温いこと考えてたりしないわよね」

「見抜いていたか」

「とーぜん。次元斬と水鏡渡(みかがみわた)り、それから連弾。よくもまあこれだけポンポン剄技とか考えつくわよねー。そこだけは認めてあげる。結局は自爆技ってのがまた笑えるけどさ」

 

 アルシェイラの言い草に、レイフォンもまた苦笑。

 まるで否定できないからだ。

 『次元斬』を『水鏡渡り』の足場とし、連弾変化によって継続する。

 言葉にしてみれば『絶刀』という剄技はそれがすべてだ。

 しかし、いざ実行となれば『次元斬』を無数の斬撃として放ち続けなければならず、さらに放った『次元斬』という剄技が発生する百分の一秒以下のタイミングを正確に足で捉えて移動し続けなければならない。

 そこまでして初めて『絶刀』という名に相応しい魔剣技に至る。

 姿を見せずに敵を切り刻む魔人の離れ業は天剣授受者の身体能力でも困難極まるもの。

 何の代償もなく再現は不可能だと悟るのにそれほど時間はかからなかった。

 だからレイフォンは肉体の限界以上の運動能力を得るべく、活剄密度を高める技術を修めた。そして限界以上であるために、制限時間を超えれば肉体が耐え切れず崩壊していくことは避けられない。

 自爆という評価は否定出来ない事実だった。

 その事実をレイフォンはこう思う。

 届かぬはずの領域に、些細な犠牲を払うだけで踏み込んだのだ、と。

 

「滑稽だな」

 

 だから、というようにレイフォンは笑った。

 

「そうまで嘲っていなければ安心できないのだろう? 哀れな女だ」

「言うじゃない。天剣()()()がさあ……!」

 

 アルシェイラの見たことがある絶刀はサヴァリスとの決闘騒ぎのもの。

 あの頃はまだ絶刀の細かい制御は出来ていなかった。あの絶刀は意図せず拡散型に終わった不完全なものとも言える。

 その不完全な絶刀を、アルシェイラが危険視しているのは間違いないらしい。

 たとえ制御が不完全であっても女王を打ち倒し得る可能性を秘める剄技だ、と認めたようなものだ。

 そして、レイフォンの最後の勝算は絶刀によって覆い隠されている。

 ……絶刀には、もうひとつのパターンがある。

 殺傷力は、こちらの方が確実に上。しかも、それだけでは終わらせない。

 勝てるだけの用意と言ったのは伊達や酔狂ではない。

 

「貴様を殺すぞ、アルシェイラ。精々無様に逃げ回り、──散るがいい」

 

 本当の意味で、バージルに届くかもしれない。

 戦う理由など既に忘却の彼方に吹き飛んでいる。いや、それすらどうでもいい。

 今この瞬間は、最強を打ち倒すために。

 それだけでいい。

 それだけがいい。

 身体の芯が沸騰してるぜ!

 

 ●

 

 アルシェイラは思う。

 ”殺すぞ”と本気で言われたのは随分と久しぶりだ、と。

 いつ以来だろうか、と思わず口角が吊り上がる。

 その上わずかにでも殺される可能性がある敵など、今までただの一人としていなかった。

 命を()して戦う機会など、奴らが襲来してきた場合に限ったことと信じ切っていた。

 負傷でさえ、即位してすぐリンテンスと戦ったとき手の甲に傷を受けたのが最後。

 だがレイフォンは浸透剄を見事に打ち込み、内臓を損傷。

 追撃の狙撃を躱したのはほとんど勘でしかなかった。脇腹を貫通した一射には賞賛しかない。

 生涯最初の“殺し合い”がグレンダン王家に定められた宿敵ではなく、ただの武芸者であるなどと夢にも思うものか。

 それもたかが十年やちょっと生きただけのガキに、

 

「この私が危機感を覚えるなんてね! レイフォン!!」

「ハァアアアァァア────!!!」

 

 魔剣技、『絶刀』。

 レイフォンが天剣技と銘打った技とすら一線を画す絶技。

 彼の集大成とも呼ぶべき剄技が放たれる瞬間、アルシェイラは悪寒を感じて後ろへと跳んでいた。

 空気が凍ったかと錯覚するほどに鋭い、茨のような悪寒だった。

 直後。

 一瞬前まで彼女の居た空間を斬撃が抉り取り、快音が幾重にも連続していく。

 

「これは……!」

 

 違う、とアルシェイラは内心で叫んでいた。

 かつて見た絶刀はサヴァリスを包囲し、無秩序かつ無数に放たれる『次元斬』という空間制圧であった。

 だが、これは明らかに違う。

 次元斬が無数に放たれ、刀が響かせる独特の快音を間断なく連続。

 いくつもの次元斬を同時に展開しながらも、そのすべてがアルシェイラを追尾し続けているのだ。

 これを目の当たりにして、確信した。

 間違いなく個人を対象とした剄技だ、と。

 

「────」

 

 無数の次元斬が連鎖しながら迫り、アルシェイラを両断せんと剄が走る。

 と、そのときだ。

 絶刀を回避し続けるアルシェイラは視界の端に、微かに光るものを見た。

 咄嗟の動きで、練り上げた剄を衝剄として腕に纏って首元をガード。

 その感触をアルシェイラは覚えていた。

 

「鋼糸か!」

 

 それだけではない。

 周囲全方位から幻影剣が放たれたのだ。

 とにかく全力で活剄の密度を高め、躱しきれないものを衝剄で弾いていくしかない。

 だからそうした。だが、

 ……器用なガキめ……!

 迫り来る絶刀は女王の首を刎ねるに申し分ない威力を持ち、いくら躱しても意味を見出せぬ程の連撃を続けている。

 さらに驚くべきことはアルシェイラが全力で回避しているのに音が離れていかない追尾速度。

 絶刀の追尾速度とアルシェイラの速度に大きな差はない。

 しかし、全速で引き離すための空間が足りない。まかり間違って空中に飛び上がってしまえば、軌道修正もかなわず斬られてしまうからだ。

 これだけでも十分な脅威であるというのに、

 

「……っ!」

 

 常に幻影剣がアルシェイラめがけて発射され続けており、そこに鋼糸による奇襲が混じるのだ。

 アルシェイラをして恐るべき剄技と言わざるを得ない。

 この絶刀は、サヴァリスを打ち破ったそれとは完全に別物。

 たった一人の敵を確実に葬り去る悪夢のような剣戟の瀑布であった。

 

 ●

 

 天剣授受者達は固唾を飲んで、レイフォンとアルシェイラの攻防を眺めていた。

 カルヴァーンやカウンティアのように、己の剄技を容易く打ち破られた者は鬼気迫る表情で。

 リヴァースやサヴァリスのように、多用される剄技を興味深そうな視線で。

 ルイメイやバーメリンのように、女王に通じた剄技を誇る者も。

 カナリスやリンテンスのように、かつて女王に敗北した者までも。

 天剣授受者たちの中でもレイフォンの剄技を最もよく知るトロイアットも同様であった。

 化練剄を教導したトロイアットからすれば、レイフォンの剄技が女王に通じていることは喜ばしい。

 たとえ自身のものから乖離した剄技であってもだ。

 トロイアットは愉快そうな表情で、事実を言葉にした。

 

「鋼糸、使ってるなぁ」

「……そうだな」

 

 リンテンスはぶっきらぼうに答えるだけだった。

 だが視線はレンズに釘付けであり、刺すような視線には殺気すら混じってきていた。

 煙草(たばこ)の煙が目を洗っても瞬きすらしない。

 トロイアットはあえて気にせず、折角の解説役を活用することにした。

 

「旦那のと違ってあれっぽっちか。あれで鋼糸って言っていいのか?」

「数は少ないが間違いない。あの小僧、大量の鋼糸を扱うことを放棄して隠密性を重視しているようだ」

 

 レイフォンの扱う鋼糸はリンテンスの鋼糸とは違って本数が極端に少ない。

 両足に装着された脚甲の、足の裏。

 そこから外周に向かって左足から五本、右足から五本の合計十本が伸びている。

 

「隠密性?」

「俺がやるなら幾億本のうち数本を奇襲に使う。だが小僧の鋼糸には殺傷力がない。俺の鋼糸よりも細くしただけの頑丈なワイヤーでしかなかった。だから鋼糸ではない、と踏んでいたが……。見たところ、攻撃の瞬間にだけ殺傷力を持たせている」

「……なるほどね」

 

 リンテンスの言う通りレイフォンの鋼糸は細い。

 誤差程度ではあるが、確かに視認を難しくしている。

 なによりトロイアットが面白いと思ったのはその運用にあった。

 

「なにが分かった? 貴様も解説しろ。俺にだけ話させるな」

「別に特別なことが分かったわけじゃねぇよ。レイフォンはサイハーデン刀争術を最初に学んだが、あの流派には水鏡渡りっていう高速移動の足技がある。あんたの鋼糸を、そのためのレールにしてるのさ」

 

 足を基点に周囲へと伸びる鋼糸を器用に動かしながら、水鏡渡りで移動し続けている。

 あの足技の速度は確かに天剣授受者を超えている。

 だがそれだけなら、女王であれば捕まえられるだろう。

 だからそうさせないために併用している剄技がいくつもある。

 

「全く無茶するクソガキだ。鋼糸、水鏡渡り、次元斬、連弾、幻影剣に、千人衝。おっと疾影とやらもだったか。一体いくつ剄技を重ねてやがるんだかな。自爆技で当然じゃねぇか」

 

 サヴァリス戦で見せた次元斬を足場にするという馬鹿げた曲芸から手法を変えて、鋼糸を足場にしている。

 複数の鋼糸をランダムに水鏡渡りで移動しながら、連弾で多重化した次元斬を放つ。

 千人衝で作った分身にも同様の動きをさせることで連続性と殺傷力を限界以上に高めている。

 なるほど、確かに絶刀という剄技は絶技といえるだろう。

 あそこまで剄を分割して練り上げ、それを維持する剄量と器用さはトロイアットにはないものだ。

 さらに的を(しぼ)らせないために疾影で気配を増加し、その全てから幻影剣が飛んでいく。

 厄介どころではない。

 あれを使われたら生き残ることすら難しい。

 

「確かに、器用な真似をする。だが……」

「ああ。あれだけの剄を使い続けるのは無理だ。あと数秒で終わる」

 

 いくらレイフォンが天剣授受者としても飛び抜けた剄を持つといっても、限度がある。

 あれだけの剄を使い続ければ、剄を練る速度が追いつかなくなる。

 次に剄が枯渇すれば、そのときがレイフォンの敗北だ。

 

「さて、どうなるか……」

 

 レイフォン・アルセイフという最も若い天剣に勝ち目がないという予想は、覆された。

 どれだけ薄くとも、皆無だった勝ち目を作り出しただけで大金星なのだ。

 これで燃えないやつは武芸者ではない。

 沸き上がる激しいジェラシーを抑えつけながら、瞬きせずに見守ることだけが許された行為であると天剣授受者達は知っていた。

 

 ●

 

 やられた。

 アルシェイラが思うのは、それだった。

 絶刀を理解しているという宣言をレイフォンは否定しなかった。

 だが、それすらも罠だったのだ。

 叩き潰してやろう、という(おご)りを突かれた。

 初動が完全に遅れたことで、外力系衝剄で一気に片をつけることができない状況へと追い込まれていた。

 

「く、そ……!」

 

 どこに発生するか読めない次元斬の回避は神経を()り減らす。

 それでも紙一重で躱しながら、決して床から離れすぎないように立ち回るしかない。

 幻影剣を砕いては躱し、首や脇腹を襲う鋼糸を防ぎ、次元斬の嵐を切り抜ける。

 だが、終わらない。

 途切れることなく斬撃が襲い掛かってくる。

 これが魔剣技・絶刀。

 尋常ならざる斬撃の連続性と速射性を併せ持ち、威力まで伴う絶技だった。

 ただの次元斬の連撃でしかなければ無視して本人を叩けば良かった。

 だが、絶刀は違う。

 レイフォンがどこにいるのかが分からない。

 レイフォン本人と千人衝による分身。そして、疾影による気配だけの攪乱(かくらん)

 あまりに感じ取れる剄が多すぎた。

 その中からどれが本当にレイフォンなのかを見極めなければならない。この斬撃の嵐をやり過ごしながら、だ。

 そう、アルシェイラは絶対に逃げてはならない。

 ……否。

 逃げるつもりなど最初から無い。

 アルシェイラ・アルモニスはグレンダンの女王。最強の武芸者なのだ。

 剄の枯渇などというくだらない結末まで逃げ回るなどあってはならない。

 やるべきことは、真っ向からこの剄技を打ち破ること。

 

「────」

 

 静かに、アルシェイラの意識が切り替わった。

 格下の若造を相手にしているのではなく、打ち倒すべき強敵を前にしているのだ、と。

 回避を重ねて見続けた。

 幻影剣を砕きながら、鋼糸を防ぎながら見続けた。

 やがて内臓のダメージも、脇腹の負傷も意識から抜け落ちていく。

 そうしていると、次第に景色がスローになっていった。

 加速した意識の中。

 時間が圧縮されたかのような景色を見ながら、アルシェイラは見定めていく。

 その選定は言語化された基準によるものではない。

 勘、としか表現しようのないものだった。

 アルシェイラは自身の本能に従い、殉じると覚悟を決めていた。

 そのためならば、腕の一本くらい。

 

「──くれてやるわよ!!」

 

 ぶちこんだ。

 

 ●

 

 レイフォンはマイアスの町並み、その屋上を駆けていた。

 無尽蔵に現れる狼面衆を刹那のうちに斬り捨て続けている。

 それでも速度は一切緩まない。

 

「バケモノめ……!」

 

 狼面衆どもが負け犬の遠吠えを吐けば、わずかに口角を吊り上げて、レイフォンは余裕を見せる。

 言葉はない。

 だが、その動きは余りに鮮烈だった。

 高く跳び上がるレイフォンを追って狼面衆もまた、追い縋る。

 しかし、

 

「砕け散れ」

 

 次の瞬間にはさらに上空から大剣ごと降ってきていた。

 

「!?」

 

 なぜ死んだのか。

 それすら理解できないまま、また一人の狼面衆が塵となった。

 

「速……すぎる!」

 

 攻撃の瞬間を狙おうとしても何もかもが間に合わない。

 狼面衆は一瞬にして別の個体のもとへと瞬時に移動するレイフォンに翻弄され続けていた。

 飛びかかった時には、まるで別の個体が攻撃されているからだ。

 

「これでは肩慣らしにもならん」

「────」

 

 外力系衝剄の化練変化、『流星脚』。

 白光が炸裂し、斜めに急降下。

 何体もの狼面衆をまとめて蹴散らしていく。

 まるで流星のごとく墜落。

 直後。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 脚甲から伸びる鋼糸の上を水鏡渡りで移動。

 刹那のうちに別の狼面衆の背後へ。

 

「少しは耐えて見せたらどうだ?」

 

 黒銀の斬撃二連。

 神速の居合いは、言葉を吐く一瞬すら与えない。

 狼面衆は何も出来ずに塵となって消滅した。

 

「……まるで手応えがない。本当にくだらん連中だ」

 

 呆れたように言いながら、レイフォンは攻撃と移動を繰り返す。

 旋剄を超えた速度を捕捉できるはずもなく狼面衆はただ砕かれるのみ。

 大剣がレイフォンの剄を受けてさらに蒼く輝きながら酷烈なほどに強靱な剄技が放たれる。

 手足に纏う錬金鋼から白が煌めきながら、打拳ひとつで敵を粉砕する。

 ひとたび抜刀すれば黒銀の斬閃が奔り、気付けば死んでいる。

 

「これで終わりか?」

 

 狼面衆はレイフォンに波状攻撃を仕掛け続けている。

 レイフォンが都市に現れてからずっとだ。

 だというのに疲労どころか準備運動にすらなっていない。

 どれほど差があればこんなことになるのか。

 いつしか狼面衆から、無駄、という言葉が消えていた。

 

「貴様、一体どれだけ……!」

 

 レイフォンが斬り捨てれば、それ以上の人数で挑む。

 十の隊員を繰り出し、百で攻め入り、千が無意味に散っていく。

 なのに、そのすべてが何も出来ずに消える。

 数の利がまるで存在していないのだ。

 超越的な戦力を持たない狼面衆には、この絶望的な状況を覆す手段がない。

 幾度もくり返し、都市を縦横無尽に駆け回ったことで、その時がやってきた。

 

「──見つけた」

 

 塵と化す狼面衆の向こう側。

 さらに追い縋る狼面衆を足蹴にして高く跳躍したレイフォンが呟いた。

 その視線の先。

 電光に襲われている小鳥がいる。

 学園都市マイアスの電子精霊だ。

 そして、まさに今、電光に撃ち落とされた。

 

「止めろ! 絶対に行かせるな!!」

 

 もはや狂騒といった様相で、狼面衆がレイフォンへと飛びかかっていく。

 だが、それよりも先に彼らを襲うものがあった。

 活系衝剄混合変化、『五月雨幻影剣』。

 蒼い剣雨。

 老生体を縫い止める暴虐の雨が降り注いだ。

 狼面衆たちにできることはない。

 一瞬にして無数の剣に貫かれて穴だらけとなった。

 そんなゴミをレイフォンは見ない。

 戦場にいるとは思えないほど通常通りの声色でメルニスクへと問いかける。

 

「あれが電子精霊で間違いないか?」

『そのようだ』

 

 メルニスクからの解答を聞いて、レイフォンは加速。

 内力系活剄の変化、『トリック・アップ』。

 超高速の移動を繰り返す。

 唐突に現れる狼面衆を斬り、潰し、砕きながら最高速で飛ぶように駆け抜けた、その先。

 レイフォンの視界に映ったのは鳥籠だ。

 一人の武芸者が鳥籠を掲げるように持っている。

 鳥籠の中には光を纏う小鳥が捕らえられていて、力なく座り込んでいるようにも見えた。

 だから、というふうにレイフォンは最初の一歩を踏みしめる。

 閻魔刀を腰に構えて速度を緩めず突っ込もうとした、その直後。

 声が届いた。

 

「あのクソ共、よくも僕を見下しやがって……! でも、もう終わりだ。最近汚染獣にまた襲われてほとんど死んだらしいからな。なにが楯として身を捧ぐ、だ。死んだら全部おしまいだってことすら分からない愚図どもめ! 結局生き残ったのは僕だ、ははははは!!」

「……ほう」

 

 視線の先から届いた言葉を理解したレイフォンは、自分でも驚くほど無感動に呟いていた。

 本当にバージルのものと誤認しそうなくらいに無機質な声だった。

 

 ●

 

 王宮の一室だった場所。

 響き続けていた剣戟の音が止んでいた。

 あるのはわずかに風が耳を撫でる音と、血液の滴る耳障りな水音だけだった。

 

「────」

 

 静寂の中で、アルシェイラとレイフォンは向き合っていた。

 二人はともに呼吸を整えて、やがてレイフォンが口を開く。

 

「なるほど……、やはり貴様は強い。だが、まだだ。まだ負けん……!」

「……どの口で言ってんのよ」

 

 レイフォンの状態は紛れもない瀕死。

 アルシェイラの視線からは、レイフォンの腹の大穴に突き刺さって貫通するモノが見えている。

 どこからどうみても死にかけでしかなかった。

 それでも。

 腹に大穴を空けておきながら意気軒昂。

 対するアルシェイラもまた、決して無傷ではない。

 

「もうあんたに勝ち目なんてないでしょ。いまは諦めておきなさい」

「……どうして俺の位置が分かった?」

 

 アルシェイラの口調にはレイフォンを気遣う色があった。

 だからだろうか。

 レイフォンの身体から力みが抜けて、腹に突き刺さるモノが滑り落ちた。

 アルシェイラは、レイフォンの腹から力なく抜け落ちたモノを一瞥(いちべつ)

 それは腕だ。

 絶刀によって肩から切り落とされたアルシェイラの右腕。

 

「勘よ」

「ふざけたことを言う」

 

 嘘ではない。

 アルシェイラが絶刀を打ち破るにはレイフォンを叩きのめす必要があった。

 そのために今までにないほどの集中力を発揮したが、それだけだ。

 そこにレイフォンが居る、と感じたから殴りに行ったのだ。

 結果としてレイフォンは腹をぶち抜かれ、アルシェイラは腕を失った。

 

「──だがダメだ」

 

 レイフォンは血反吐を吐きながらも再び絶刀の構えを見せる。

 眼前に鞘ごと天剣を横に寝かせ、その鍔を挟み込んだのだ。

 

「アルシェイラ・アルモニス。貴様には戦闘経験が致命的に不足している。想定外の事態にまるで対処できぬようでは、同等以上の存在には勝てん。これではグレンダンの敗北は必至。──ゆえに、ここで死んでおけ」

「!」

 

 アルシェイラは身構えて、ややあってから、レイフォンに動きが無いことを(いぶか)しむ。

 

「……こいつ」

 

 レイフォンは立ったまま気を失っていた。

 息を吐いて、アルシェイラは残った左腕で髪をかき上げる。

 

「いいわ。そこまでいうなら生かしておいてあげる。リーリンちゃん泣かせたくないし、目にもの見せてやるわよ、クソガキめ」

 

 ●

 

 ロイ・エントリオの生まれた都市は、平和を名乗っても問題のない都市だった。

 ロイが生まれる前から汚染獣の襲来は一度もなく、都市間戦争すら起こる年と起こらない年がある。

 他の都市と適度以上に離れた場所に都市のテリトリーがあるのだろう。

 放浪バスは少なく、平和であることが誇りであるかのような都市であった。

 汚染獣との実戦経験はロイの祖父の代しか持っていなかった。

 そんな都市に汚染獣がやってきたのだ。

 武芸者たちは都市外装備に身を包み、移動都市に近づけないために戦った。

 動員された武芸者は百名。

 死亡者は十名を超えた。

 そして、敵前逃亡者は一名。

 ロイ・エントリオ。

 誰もが未経験の戦場で、全身全霊をかけて戦った。ロイを除いた全員が。

 同世代の中では優秀な部類に入るロイからすれば、普段から嘲っていた程度の訓練仲間が命を費やした。

 必死の特攻で翼に穴を空けて引きずり下ろし、そのまま潰された。

 汚染獣に押し潰されて持ち帰ることすらできない凄惨な死に様のその横で、ロイは逃げたのだ。

 だからロイはここにいる。

 学園都市マイアスに。

 実家からゴミを捨てるようにマイアスに送りつけられたから。

 だが、それももう終わりだ。

 今やすべての運命は、この手の中にある。

 

「あのクソ共、よくも僕を見下しやがって……! でも、もう終わりだ。最近汚染獣にまた襲われてほとんど死んだらしいからな。なにが楯として身を捧ぐ、だ。死んだら全部おしまいだってことすら分からない愚図どもめ! 結局生き残ったのは僕だ、ははははは!!」

「おい」

 

 それは、余りに唐突な呼びかけだった。

 

「誰だ!?」

 

 ロイは錬金鋼を構えながら振り返った。

 誰も居なかったはずの場所から声がしたからだ。

 そこにいたのは一人の武芸者。

 武芸者は手足に白の錬金鋼を纏いながらも、左手に黒い錬金鋼を持っていた。

 それだけでも奇妙だが、最も奇妙なのはロイと同じか、それより少し若いくらいの少年に見えることだ。

 

「な、なんだお前は……?」

「楯として身を捧ぐ、と言ったな」

「……あそこの出身者か? それとも電子精霊の使いか? どっちにしてももう遅いぞ。こうしてマイアスは僕の手の──」

 

 次の刹那。

 ロイの視界をかすめるように、黒銀が瞬いた。

 なにが起こったのかを理解するよりも先に、刀を鞘に収める金属音が聞こえる。

 

「あ?」

 

 そして、ロイの右腕が落ちていった。

 それを呆然と眺めるロイは、ようやく事態を理解して叫んでいた。

 

「うわああああああああ!?」

「答えろ」

 

 腹部に強烈な打拳がぶちこまれた。

 打拳は、身体が爆発したと錯覚するほどの衝撃。

 

「……ッ!」

 

 ロイには叫ぶことすらできなかった。

 腹を抱えて倒れることだけで精一杯だったのだ。

 なにがなんだか分からない。

 明白なのは、この少年が圧倒的な格上だということだけ。

 

「貴様の言うあそことは、どこの都市のことだ?」

「……ツァーレン、ザルド! ツァーレンザルドだ!」

 

 必死に思考を回す。

 苦痛に呻きながら、目線を動かして少年を見れば、マイアスの入った鳥籠を手にしている。

 そして見た。

 一連の動きが何も見えないまま鳥籠の上半分が切り飛ばされたのを。

 動きすら見えないということは、活剄の密度だけでも尋常なレベルではないということ。

 だから思う。

 この場を切り抜けるには時間を稼ぐしかない、と。

 時間を稼げば狼面衆があれを回収しに来るからだ。

 

「マイアスを護りに来たのか……? それなら機関部に連れて行くしかない。あの結界の中でエネルギーを浪費してしまってるから、もうまともに動けも──」

「なぜ狼面衆に手を貸した?」

 

 少年には、ロイの言葉に耳を傾けようという様子が一切ない。

 次の瞬間には斬られてしまいそうな雰囲気があった。

 だから必死にロイは言葉を紡いでいく。

 

「汚染獣と武芸者による宿命的な戦いをこの世界から終焉させるために必要なのです。そのためには、仙鶯都市に行かなければならない。その縁を繋がせるためです」

「それが理由? なるほどな。貴様、──汚染獣から逃げたな」

 

 どこか陶酔するように言葉を読み上げていたロイに、冷や水が浴びせられた。

 凍り付いたロイの中で恐怖が蘇ってくる。

 脳裏にフラッシュバックするのは自分たちを食い殺そうとする汚染獣の姿だった。

 

「あ、ああ、あああああああああああああ!!!」

 

 ロイは頭を抱えてうずくまった。

 今度は痛みではなく、苦悩によって。

 

「くそっ! くそっ! くそぅぅぅぅ!! あいつらめ、あいつらめ! 掌を返したように馬鹿にしやがって! あれが、あれがどれだけ恐ろしいかも知らないくせに!!」

「武芸者として優遇されるという権利を享受するなら、汚染獣と戦うという義務を負う。それだけの話だ」

「またそれか! そんなものに何の意味がある!? 恐怖を! 苦痛を! 練武の地獄を! 全て僕たちに任せてのうのうと生きているだけの無力な下種たちめ! あんなやつらが生きていようと死んでいようと知ったことか!!」

「……無様なものだ」

 

 呆れと共に吐き出された侮辱。

 反射的に反論しようとして、首が凄まじい圧で握られていた。

 

「かっ、ぐがっ……」

「汚染獣と戦いたくないのなら武芸者としての権利を放棄して一般人として生活すればよかった。だが、もう遅い」

 

 尋常ではない力で握られているロイの抵抗を意にも介さない。

 呼吸もままならず、剄で肉体を強化できなくなっていく。

 と、ロイを掴み上げる少年が不意に横を見た。

 

「ちょうどいい」

 

 直後。

 急激な加速で景色が吹っ飛んでいく。

 幾度かの跳躍を経て、少年は外縁部近くの建物に着地。

 すぐ近くの外縁部には武芸者が集まっていた。

 少年は首を掴み上げながら、ロイに見せつけるようにこう言った。

 

「汚染獣だ。──そろそろ来るぞ?」

 

 もがいていたロイの動きが止まる。

 そして見えてきた。

 (おぞ)ましい化け物の姿が。

 眼下では、武芸者達が慌ただしく動いている。

 剄羅砲に剄が充填されていく。

 やがて、汚染獣がやってきた。

 

「────!!」

 

 悲鳴のような号令ともに剄羅砲から凝縮剄弾が放たれた。

 それは汚染獣に命中。

 鱗をいくつか砕いた。

 マイアスの全てに轟くほどの悲鳴が、汚染獣から響いた。

 

「雄生一期の成り立て。まあ、最弱に等しい雑魚だ。学生でも被害を考えなければ撃退できるだろう」

 

 汚染獣は怒りと痛みに目を血走らせながら、マイアスへと愚直に進んでくる。

 幾度も剄羅砲による剄弾が放たれるが、速度を緩めることすらない。

 

「それでも被害は被害。少なければ少ないほどいい」

 

 ロイには、もう少年の声など聞こえていない。

 来てしまうからだ。

 あの恐ろしい化け物が。

 あの悍ましい怪物が。

 呼吸すらままならないまま、無我夢中で藻掻(もが)いていた。

 

「……! …………!!」

「貴様を、学園都市マイアスの英雄にしてやろう。ツァーレンザルドの名を汚す前にな」

 

 血の霧を撒き散らして、汚染獣はとうとうエア・フィルターを突き破った。

 直後。

 ロイの背中が蹴りつけられた。

 それは打撃というよりは押し出すようなものであり、高速で吹き飛ぶ。

 

「ゴハァッ!?」

 

 それでも、剄すら練れないロイにとって十分致命的なものだった。

 背骨が砕けたのだ。

 そして、それで終わらない。

 外力系活剄の化練変化、『次元斬・蜃』。

 少年の居合いから放たれた剄がロイにぶちこまれ、剄ごとロイは飛来した。

 汚染獣の口の中へ。

 直後。

 ロイの体内に浸透した遅効性の剄技が斬撃として形成され、全方位に拡散。

 

「────!?」

 

 汚染獣に斬撃が叩き込まれたことで、動きが大きく鈍った。

 学生といえど、そんな隙を見逃すことはない。

 

「撃てぇ!!」

 

 剄羅砲の一斉射。

 剄の爆発が汚染獣の全体を飲み込んでいく。

 光と煙が消える頃。

 汚染獣の身体はいくつもの部位に千切れ、崩壊しながら墜落していった。

 あっけないほどの終わり。

 そして歓喜の声が勝ち鬨となって外縁部に響いていった。

 やがて彼らも気付くだろう。汚染獣の体内にロイの死体があることに。

 その意味を必死に考えるだろう。

 

「くだらん仕事だったな」

 

 彼らを見下ろす少年、レイフォンはつまらなそうに言った。

 ロイ・エントリオという狼面衆と縁を繋いだ愚者が消えたことで、マイアスから狼面衆は消える。

 マイアスも自力で回復できるだろう。

 

「マイアス。もうここに危機はないと考えて間違いないか?」

『助けられたようだ。礼を言う』

「気にするな。シュナイバルからの依頼で動いたにすぎない。武芸大会で会おう」

『……廃貴族を制御するほどの武芸者と? ひどい詐欺だ』

 

 頭の中に響く声は男性的というか、やたら成熟した大人といった雰囲気だった。

 嘆息するように言うその声に、レイフォンは苦笑。

 

「その通りだな」

 

 そして、溶けるように消えていった。

 

 ●

 

 気付いたらまた病院で目を覚ましたレイフォン。

 視線を下に向ければ、リーリンが手を握って眠っていた。

 

「……リーリン」

「ん……」

 

 リーリンは目を開けてレイフォンを見る。

 すると安堵と共に吐息を吐き出してから、今度は睨まれた。

 感情のジェットコースターですか? と思わないでもない。

 

「ねぇ、なんでこんな怪我ばっかりなの? もう少し自分を大切にしてよ」

「……すまない」

「無理しないでね。レイフォンは天剣授受者になったけど、リンテンス様だって、それこそレイフォンが教えを仰いだトロイアット様だって居るでしょう? あなたが無理する必要なんてないのよ」

「そうでもない」

 

 レイフォンが否定すると、リーリンは言葉に詰まった様子で固まった。

 これは直感にすぎない。

 だが、はっきりと理解したことがある。

 

「俺はグレンダンの宿命の中には居ない。だが、だからこそ俺が動かなければ、どこかで詰む」

 

 もっと外から見れば、レイフォン・アルセイフこそが中心。

 そこに疑問を差し挟む余地はない。

 レイフォンが動かなければツェルニは死ぬ。

 ツェルニには多くの役割があるはずだ。

 

「なんのこと? どういう意味?」

「リーリンが知れば、もっと早く気付かれるかもしれない。君には話せない。それでもリーリンは重要なカギだ」

「わたし? わたしはレイフォンと同じただの孤児よ。武芸者ですらないもの。宿命なんて知らない」

 

 リーリンが単なる孤児でないことは知っている。

 レイフォンにとって誰よりも大切な幼なじみだからこそ、ユートノールの顔立ちくらいは見ておいた。

 だからこの世界においても間違いない。

 

「リーリンがどこの誰の血を引くのかは知ってる。いずれ、君の存在は気付かれる。グレンダンにも、敵にもだ」

「……わたしの血? そんなの……。レイフォンは、なにを知っているの?」

「俺もすべてを知るわけではない。根幹はほとんど知らないだろう。だが、あと数年で開戦することは知っている。そのときまでには戻るつもりだ」

「戻る?」

 

 ああ、と今気づいたというように、レイフォンは軽い調子でこう言った。

 

「俺は期限付きの追放になる。学園都市を卒業するまでのな」

「はぁ!? なんで!」

「傷に響くからもう寝る。じゃあおやすみ」

「あ! こら、頭まで布団被るな! アホ! おバカ! レイフォン!」

 

 レイフォン、就寝の構え。

 え、話したい? ン拒否するゥ。

 

「こ、このボケカス……! ──覚えてなさいよ」

 

 めっちゃ声が低いんですが。

 やばぁい、本気で怒らせちゃったかも……。許してヒヤシンス。

 

 ●

 

 あ、甘……。あま、すぎる……。

 

「あらそう。で? それがなにか問題?」

 

 ……レイフォンは死んだ。スイーツ(笑)

 

 ●




孤児院のみんな「こっわ……知らんぷりしとこ」
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