俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第十一話:学園都市とは奇縁なり

 ●

 

 穏やかに時は流れていく。

 日常を慌ただしく過ごす学生たちは穏やかさの中に少しずつ感じ取っている。

 やがて、それは予感となっていった。

 まもなく戦争が始まるのだ、という確信めいた予感をツェルニの誰もが感じていた。

 嵐の前の静けさと祭りを前にした活気が都市に満ちていく。

 それは武芸者であれ、一般人であれ、同じことであった。

 教室へと足を踏み入れたレイフォンもまた、戦争に備えているのだ。

 

「お、レイとん。今日は出席か。厄介ごとは終わったのか?」

「ああ」

「無事でなによりだねぇ~」

「良かった、です」

 

 ナルキに呼び止められたレイフォンの様子はいつも通り、といった風情(ふぜい)であった。

 彼女たちも理解しているからだ。

 レイフォンは唐突に姿を消す。そして、それは彼ほどの武芸者が行くべき事態が起こっているのだ、と。

 だからレイフォンを囲んで安堵に笑みを浮かべていた。

 そうしていると不意にミィフィがそうだ、と声を上げた。

 

「それより聞いてよレイとん! 隊長(ニーナ)さんたら酷いんだよ? 第一小隊にボロ負けした試合のあと取材に行ったんだけどさ~、もうカンカン! 負けたわたし達を笑いに来たのか? ってやさぐれてたのよ!! まあ実際その通りではあるんだけど」

「お前な……。酷い試合の後だった訳だし隊長さんの気持ちがよく分かるぞ、あたしは。それにあれはミィが悪い。女子力が足りないからですか、はおかしいだろ」

 

 ミィフィの発言は、女の子らしさを投げ捨てている自覚のあったニーナへの容赦なき追撃であった。

 試合内容よりも深く、著しいショックを受けたニーナは女らしさを身につけるため、それらしいバイトに手を出すようになったほどである。

 大概はすぐにクビだが。

 

「いや、だってあの人のファンって女の子がほとんどなんだよ? 男よりかっこいいって評判だし。そういう意味ではナッキも結構人気あるよ? 女の子から」

「!?」

 

 ナルキ・ゲルニ。

 人生最大のショック。

 ボーイッシュと言われる容姿や言動をしている自覚はあるが、そこは恋する女の子。

 一直線に見ている相手がいるのでセーフ。

 致命傷で済んだ。

 

「…………。ソレは置いておくとして。レイとんに頼みがあるんだった。第一小隊との対抗試合にレイとんが出なかったのはレイとん自身の選択だっていう旨の記事をミィに書かせるとして、それの掲載許可が欲しい」

「許可?」

「あの対抗試合であたしたちは言い訳も出来ないくらい完敗した。でもほら、レイとんを出さなかった理由なんて外からは分からないだろ? だから他の小隊員が共謀して出させなかったんじゃないかっていう噂が出てしまったんだ。第十七小隊の誰が何を言っても言い訳にしかならないから、レイとんに言ってもらうしかないんだ」

「……くだらん」

 

 レイフォンが吐き捨てる。

 一緒に吐き出されたため息からは呆れの感情がにじみ出ていた。

 しかし、無視するつもりもないようで、ミィフィを見てこう言った。

 

「好きに使え」

「じゃあ、試合のときに言ってた発言も使っていい? 第十七小隊の本当の実力が分かるってやつ」

「ああ、構わない」

 

 そうレイフォンが言ったところで、教室のざわめきが急速に落ち着いていく。

 見れば、ちょうど上級生が教室に入ってきたらしい。

 

「先輩入ってきたね。もう、始まるよ」

「じゃあ、またあとでな。レイとん」

「またね~」

「ああ」

 

 メイシェンたちは自分の席へと戻っていった。

 静かになった教室で学生達は上級生へと視線を向けている。

 一年生たちの視線を受け止める上級生はやや戸惑った様子で告げた。

 

「あー、珍しい時期なんでちょっと困惑気味だが。──転入生だ」

 

 教室が再びざわめいた。

 一年生が学園都市ツェルニに入学してから半年。

 学園都市も放浪するため、入学の時期に間に合わない学生が出てくることはよくある。

 一ヶ月から二ヶ月程度のズレは仕方のないことだ。

 都市ごとに位置も違えば事情も異なる。

 だから留学や転入はそこそこあるイベントであった。

 とはいえ、半年という期間はそろそろ来年からの通学を考え始める時期に差し掛かる。

 そんなタイミングでの転入はさすがに多くない。

 

「センパイ! 女の子ですか!?」

 

 モテたい、とよく口する男子が勢いよくそう質問した。

 周囲の女子からの冷たい視線もセットの風物詩のようなものである。

 似たような場面を見てきたであろう上級生は苦笑し、ああ、と肯定を返した。

 

「女子だ。しかも二人。──入ってくれ」

 

 声に(うなが)されて、武芸科の制服に身を包んだ二人が入ってきた。

 背の高い長髪の女性と、平均的な身長で桃色の髪をした女性だった。

 長身の女性は腰まで伸ばした黒髪を後ろで結んでいる。起伏に富んだ体型と、鋭さを内包した表情からはクールな印象を抱かせた。

 もう一方の女性は桃色の髪を耳の後ろでまとめたハーフサイドの髪型をしており、こちらは人懐っこい。柔らかい表情と動物のような雰囲気がそう感じさせている。

 二人は教室の視線を集めながら、視線だけで全体を探るように眺めていた。

 やがて、二人の視線が一点に止まる。

 

「初めまして。楯血(じゅんけつ)都市ツァーレンザルドから来ました。リンネ・ガーレンです」

「初めまして! 同じくツァーレンザルド出身のテレンゼ・ロレンスです!」

 

 止まった目線は明らかにレイフォンへと向けられている。

 そして、二人は声を揃えてこう言った。

 

「──レイフォン様に孕ませてもらいに来ました」

「──レイフォン様に孕ませてもらいに来ましたっ!」

 

 あまりに唐突で、あまりに明け透けな宣言だった。

 教室の誰もが理解できずに沈黙する中、らしくもない間抜けな声がレイフォンからこぼれ落ちた。

 

「……………………は?」

「え。……え。ええええええええええ!!??」

 

 そして、続くようにひときわ大きくメイシェンが驚愕の悲鳴を上げたのだった。

 

 ●

 

「ちょっとレイとんどういうこと!?」

「レイとん! あんな美人、どこで引っかけたんだ!? いつ!?」

 

 ミィフィとナルキがレイフォンの下へと駆けつける。

 肩を掴んで揺さぶりながらとにかく疑問をぶつけてきた。

 レイフォンとて驚いているのだ。

 というか誰だって驚く。

 孕ませてもらいにってなんだよ、と。

 

「めっちゃ美人じゃん! めちゃんこ可愛いじゃん!?」

「メイだって綺麗だし可愛さなら負けないよなレイとん!」

「…………そろそろ放せ」

 

 レイフォンがそうしてナルキたちを強引に引き()がすと、盛大にため息が出た。

 立ち上がる。

 その瞬間、ちらちらと盗み見ていた学生たちのざわめきは波が引くように消えていった。

 教室中の視線がレイフォンへと集まった。

 レイフォンはゆっくりと歩いて行き、転校生の手前で立ち止まる。

 

「貴様らは誰だ?」

 

 鋭い、刺すような視線が転校生、リンネとテレンゼへと向けられる。

 二人は一瞬身体を硬くして、しかし、すぐに柔らかく微笑むとこう言った。

 

「あの戦場で生き残りました。──いいえ」

 

 リンネの視線に熱が()もる。

 

「貴方に救われた、ただの女です」

「…………」

 

 レイフォンは沈黙すると、ややあってから、今度は(ほが)らかな女性、テレンゼへと問う。

 

「俺がツェルニに居ると知った経緯は?」

 

 すると、テレンゼは持っていた学生鞄を置いて中を探った。

 そうして引き出された手の中には一通の封筒があった。

 テレンゼは封筒をレイフォンへと差し出す。

 

「ツァーレンザルドからグレンダンの統治者へと送った親書への返答ですっ」

「……親書」

 

 受け取った封筒に押されているのは確かにグレンダン王家の印章だった。

 女王の署名もある。

 封筒から手紙を取り出し、内容を確認する。

 

拝啓

 

貴都市におかれましては、いよいよご清栄のこととお慶び申し上げます。

さて、貴都市よりお問い合わせのございました「件の武芸者」につきまして、槍殻都市グレンダンの主として、ここに明確な事実をお伝えいたします。

 

当該の武芸者は現在、我が都市より一時的な追放処分となっております。それゆえ、彼の今後の行き先や身の振り方について、我が都市は何ら拘束する権限を持ち合わせておりません。彼がこれからどこの都市でどのように過ごすかは、ひとえに彼自身の望み次第でございます。

 

聞き及ぶところによれば、現在は学園都市ツェルニに籍を置いているとのこと。

もし貴都市が彼という力を必要とされているのであれば、どうぞご自身の力で、お好きなように彼を口説き落とし、味方に引き入れなさいませ。我が都市がそこに口を挟むことは一切ございません。

 

類い希なる至宝を前に、貴都市がどのような美しい言葉を尽くされるのか。遠き地より愉しみにしております。

グレンダン女王

アルシェイラ・アルモニス

 

 読み終えたレイフォンからこぼれたのは短い悪態のみであった。

 似合わない文章書きやがる、と。

 

「そういう訳ですのでグレンダンとツァーレンザルド、両都市から許可は得ています。レイフォン様は何も気にせず、いつでもどこでも手を出してください。認知はいりません。子供の面倒はすべてこちらで見ます。金銭も不要です。ただ孕ませて頂ければそれで結構です」

「もちろん、レイフォン様がツァーレンザルドに来てくださるなら歓迎いたします! いくらでも種付けし放題ですよ!」

 

 言葉が強すぎる。

 少なくともこの場で話すようなことではない。

 というかどう収めろってんだよ。ぶっ飛びすぎだろがい、と思うレイフォンであった。

 だから、とこれ見よがしに吐息をひとつ。

 流れをぶった切ることにした。

 こういう時は嘘ではなく事実で誤魔化すのがいい。

 

「──お前たちは間違えている」

「何を間違えているのか。ご教示いだけますか?」

「後にしろ。飯時なら話くらいは聞いてやる」

 

 ●

 

 誰もがそわそわするような午前中が過ぎ、お昼休憩。

 屋上ではメイシェンがレイフォンの腕にしがみついていた。

 レイフォンとメイシェンを挟むようにミィフィとナルキが左右に陣取り、正面にはリンネとテレンゼが腰を下ろす。

 中央には全員の弁当が並べられているが、蓋は閉じられたままだった。

 それは話し合いの場だという認識があるためであり、リンネが言葉を差し挟んだからでもある。

 

「そろそろ、よろしいでしょうか。それとも、見られながらがお好みでしょうか」

「間違っている、と言ったはずだが」

「なにがでしょうか」

「前提だ」

 

 美人。

 そう形容するしかない美貌を前にして、レイフォンはいいか、と言葉を置いた。

 

「お前たちはあまりに減りすぎた武芸者の補充を目的としている。その上で、可能な限り強い武芸者の種であれば次代に期待が出来る。だから俺のところに来た。相違(そうい)は?」

「それだけではありませんが、(おおむ)ねその通りです」

 

 認識を共有することは議論の前提。

 ゆえにレイフォンはまず、目的を明確化させようとしていた。

 

「次代……。子に期待するのは剄量か、技量か」

 

 問いを受けてリンネとテレンゼは視線だけでお互いを見る。

 そして、一呼吸置いてからテレンゼが口を開く。

 

「理想は両方ですよ。レイフォン様みたいな子なら言うことなしです! レイフォン様の剄量ならある程度は期待してもいいと思いますし、技量に関してはまあ、才能と環境次第?」

「それがそもそもの間違いだ。俺の子に剄量は期待できない」

「……なぜでしょうか」

 

 怪訝(けげん)そうな表情でリンネが訊ねる。

 テレンゼの発言に間違いはない。

 剄量がそのまま遺伝するわけではないが、傾向としては親の剄量に近いものになる可能性があることは分かっている。

 それは武芸者の性質であり、都市が違おうと遺伝的な性質は同じものだ。

 技量についてはなんとも言えないが、剄量という先天的な才能についてならば間違いない。

 

「前提が違うと言っただろう。俺が生まれ持った剄はおそらく、貴様らよりも少ない」

「……そんなはずは」

「俺の剄は外的要因によって増大している。その機会が二度、あった」

「…………」

 

 場を静寂が包んだ。

 メイシェンとミィフィは武芸者ではないから訝しむ程度。

 だが武芸者三人はありえないと思っているし、表情を隠すこともしていない。

 無理もない、とレイフォンは思う。

 剄量を劇的に増やす手段など無いと信じられているし、そんな訓練方法などレイフォンだって知らない。

 通常の鍛錬、特に剄息を中心とした剄脈系への負荷によって少しずつ増えていくが、たいした量ではない。

 

「詳細を教えるつもりはない。通常、縁のある類いのものではないんでな」

 

 嘘にも等しい真実で、断るための言い訳のように並び立てた。

 廃貴族は都市が滅びなければ生まれない。

 リーリンの茨は武芸者の原型の異能。

 狙って手に入れられるような方法ではなく、また信じられるようなものでもない。

 ……そういやリーリン、どうしたかね。もうどうするか決めたかな……?

 そろそろ会いに行くか。

 そんな想いを秘めながら、レイフォンはツァーレンザルドから来た二人を見た。

 レイフォンの荒唐無稽な発言で失望しているはずの女性は、しかし、穏やかにレイフォンへと微笑んでいた。

 

「それが嘘でも本当でも関係ないですよ。貴方の子が欲しい。ただそれだけです。子の才能なんて半分は建前なんですからね!」

「女を舐めすぎです。その程度で身を引くならそもそも都市を離れてまで会いに来たりしません」

 

 母性すら感じさせる微笑みからは好意しか見えない。

 ……馬鹿な。勝手に好感度が上がっていくだと……?

 レイフォンは(おのの)いているが、残念でもなく当然である。

 所詮武芸馬鹿(どうてい)に女心は分からぬ。

 

「どうしてそうなる。生き残ったろうが」

「──生き残ったからです」

 

 苦し紛れの発言には即答で返された。

 リンネは目を伏せて想う。

 戦場で果てた全てを。

 

「あの戦場で生き残れた武芸者は七十と少し。レイフォン様のご助力によって我々は滅びを乗り越えました。ですが、失われた者はあまりに多いのです。生き残った武芸者のうち、女性は五十三名。まだ幼かった者を含めても百人程度でしかありません」

 

 ツァーレンザルドを襲った汚染獣はまさに絶望そのものだった。

 無数の幼生体、群れを成す雄生体。そして、三体もの巨大な老生体。

 多くの戦友がその身を投げ出していった。

 友人が、師が、兄弟が、親が、子が、たった一秒を稼ぐために死んでいく。

 だが、その死すらも救われていたのだ。

 滅ぶと分かっていて諦観(ていかん)の内に身を投げ出したのではない。

 生き残れるであろう誰かのために命を費やしたのだから。

 

「誰もが滅ぶと確信したあの状況を貴方がひっくり返した。わたし達の多くが貴方に焦がれました。だから多くの選抜を経て、我々二人が来たのです」

「…………」

「どうしても今、わたし達を受け入れられないというのなら、機会をください。必ず貴方を口説いてみせます」

「お願いします。お側に居ることを許してください」

 

 リンネが、そしてテレンゼが伏して願う。

 土下座だ。

 

「────」

 

 その姿勢を見下ろすことになったレイフォンの心中は複雑だった。

 ツァーレンザルドは武芸者という防衛資源が完全に枯渇(こかつ)していて、戦争にも汚染獣の襲撃にも耐えられる状態ではない。

 だから積極的に武芸者の血筋を増やしたいのだ。

 それは切実な未来への投資であり、対策。

 レイフォンの生き方(ロール)からすれば断って当然のことだ。

 だがレイフォンが誓った武芸者の義務、都市を護るという方向から考えると冷淡に断るのも忍びない。

 

「…………」

 

 沈黙は、迷い。

 そう。

 レイフォンは迷っている。

 機会すら与えないでいいのか、と。

 武芸者の出産は推奨ですらない。半ば以上が義務なのだ。

 学園都市においてすら養育関連施設が常設されるほどに。

 

「ねぇ、レイとん」

 

 その場の静寂を破ったのは、レイフォンではなかった。

 メイシェンだ。

 

「レイとんはこの人達の都市を助けたんだよ、ね?」

「……そうだ」

「じゃあ、一緒に居させてあげて、ほしいです」

「メイっち?」

 

 ミィフィの困惑した声が聞こえる。

 それだけではない。

 ナルキも驚愕、といった風情で凝視していた。

 レイフォンに好意を向けるメイシェンがなぜ、と。

 だが、その疑問の解もまた、メイシェンからだった。

 

「だって……、私も助けてもらったから」

「────」

 

 穏やかなで、懐かしむような微笑。

 誰もがメイシェンを見つめるしかなかった。

 レイフォンですら、メイシェンに目を奪われていた。

 美しいモノを見た、と。

 

「だめ……、ですか?」

「…………いや。好きにしろ」

「ぃよし! メイっち! 勢いに乗ってこのまま告白だああ!」

「ふぇえええええ!??!?」

「いきなり暴走するな。まあ、気持ちは分かるが……」

「ナッキまで!?」

 

 三人娘の馬鹿騒ぎで空気が変わった。

 それを肌で感じ取ったリンネとテレンゼは彼女たちを見て、頭を下げる。

 

「ありがとうございます。……本当に手強そうで困りますね」

「ホントですねぇ。結構自信あったんですけど」

 

 そう言うと、テレンゼは姿勢を変えて鞄をごそごそと探り出す。

 そして、そのままレイフォンへと差し出した。

 

「レイフォン様。これを」

 

 差し出されたのは一通の手紙。

 差出人の名前は、

 

「ローガン・エントリオ……?」

「あの決戦を指揮した武芸者です。これは、ローガン様の遺書なんです」

「遺書……、か」

 

 手紙の名を何度も読み返しながら、レイフォンは戦場で見た壮年の武芸者を思い出す。

 優秀な指揮官だった。

 無数の汚染獣と老生体を相手にするという不可能に挑み、それでも多くを生き残らせた。

 レイフォンという規格外の戦力頼りだろうが、彼は成し遂げている。

 目の前の二人もまた、その戦果といえるだろう。

 

「あのときは軽傷に見えたが……。見誤ったな」

 

 まさか、手遅れになるような傷を負っていたとは。

 そんなレイフォンの含みを理解したテレンゼは、胸を張ってこう言った。

 

「いいえ、戦傷によるものではありません。腹上死です!」

「うん?」

「腹上死です!」

「ふくじょうし」

 

 レイフォンには単語の意味が理解できない。

 言葉が漢字として、文字として落ちてこないのである。

 理解が及んでいないのが分かったのだろう。

 リンネが補足を言葉にしてくれた。

 

「その遺書にも書いてありますが、六百人近い戦友を死なせた自分は死ななければならない、と血迷いまして。それを聞いたローガン様の奥方がそれはもう激しく大激怒しました。責任なら人口で果たせ、と。産んでもいいという女性をお代わり無限で(けしか)け続けました」

「…………」

 

 レイフォンは思った。

 なにそれ……、と。

 ローガンは見た目として五十代半ばから六十代前半くらいまでに見えた。

 つまり、紛う事なきジジイである。

 そんなジジイに対してお代わり無限? ただの拷問では。

 しかも腹上死するまでさせる妻とか鬼ってレベルじゃねーぞ。教えはどうなってんだ教えは。

 宇宙猫になりそう。というかなってるかも。

 

「ですので生き残った女武芸者は奮起しました。ヤっちゃっていいんだなあって」

「いやいやいやいやいやいや! そーいうのはそっちの都市だけにしなさいよ! レイとんはメイっちのなんだから」

「おや、恋人でしたか?」

 

 リンネたちはミィフィのツッコミにも動じない。

 軽く返されてむしろ返答に困ったのはミィフィであった。

 

「それは……、違うけど」

「では関係ありませんね。それに、恋人や妻が居ても構いません。孕ませて頂くだけで良いので」

「よくないだろ……」

 

 女たちのやりとりを無言で眺めていたレイフォンは決意する。

 よし、逃げよう。

 

 ●

 

 生徒会長の執務室でつい先ほどまで交渉を続けていたカリアンは来客を歓迎する。

 唐突な訪問で、しかもそれがレイフォン・アルセイフであれば誰でも慌てるだろう。

 しかし、カリアンは平然と紅茶を楽しみながら微笑みかける余裕を持っていた。

 

「よく来たね。なにか飲むかい?」

「──貴様。あの連中について知っていただろう」

 

 あの連中、という表現をされる人物。

 カリアンには心当たりがある。

 事前に会っているのだから当然だった。

 

「ツァーレンザルドからの留学生かい? もちろん知っていたとも」

「年上だろう、あれは。なぜあの教室に来る?」

「それなりの支援金があったからだね。財政的に苦しいわけではないが余裕がある、と気軽になれるほどでもない。なので受け入れることにした」

「…………」

 

 レイフォンが大きく息を吐き出す様子を見ながら、カリアンは思う。

 彼は愚かではない、と。

 カリアンがレイフォンへと告げたことには、明確に政治の範疇(はんちゅう)である、という意味を含んでいる。

 都市運営における収入があったということは個人間での話ではなく、都市間でのやり取りだということ。

 レイフォンはそれを理解したから、なにも言い返さない。

 いろいろと思うところはあるだろう。

 思惑はどうであれ、実際には彼女たちのアプローチを断っていれば実質的にはなにも変わらない。

 これは純然たる事実だ。

 そう言われれば反論などできるはずもない。

 そうした思考を理解しつつ、カリアンはレイフォンへとこう言った。

 

「タイミングよく来てくれてよかった。私も君に話しがあってね」

「チッ。……言ってみろ」

 

 粗雑な対応を受けて、カリアンは頷きをひとつ。

 姿勢を伸ばして、正面からレイフォンへと視線を向けた。

 

「では、最初の契約に基づいてレイフォン君に依頼したい」

 

 直後。

 カリアンを冷たい視線が貫いた。

 レイフォンからの凍り付くような酷薄な視線。

 ただ見ているだけのはずだが、冷や汗が背中を伝うのを感じた。それでも、

 ……今は交渉材料がある。

 だから、とカリアンは努めて平静を(よそお)って部屋の反対側を示す。

 そこには来客用のソファとテーブルがあり、一人の少女が立ち上がる。

 

「そこにいるミュンファ君と交渉をした。君への依頼はサリンバン教導傭兵団団長ハイア・ライアとの決闘。いくらか条件がつけられているがね」

「……くだらん」

 

 小さな呼気とともにレイフォンが吐き捨てる。

 

「あれがなにをどうしようと相手にもならん。時間の無駄だ」

 

 レイフォン・アルセイフとハイア・ライア。

 二人の戦力差は武芸者ではないカリアンにも分かる。

 最初の偶発的な戦闘ではレイフォンが瞬時に制圧。

 その後の発言や傭兵団の対応からも、レイフォンが格上であることは明白だった。

 ツェルニの学生よりも遙か上の武芸者だが、レイフォンはさらに上なのだ、と。

 

「だから条件がつけられたのだよ。レイフォン君の使用する剄はハイア君と同程度の量に制限し、錬金鋼(ダイト)も一般的なものを用いる。その上で、殺し合いではないことを両者に徹底してもらう。つまり刃引きだね」

「なんだそれは……。遊びなら他を当たれ。俺には関係のないことだ」

 

 そう言うと、レイフォンはカリアンに背を向けて歩き出す。

 受け入れないであろうことはカリアンも想定していた。

 だから背中に向けてこう言った。

 

「残念だが、関係はあるのだよ」

「なに?」

「当初の契約を覚えているかね? 私と君との契約だ」

 

 扉へと向かっていたレイフォンの足が止まる。

 数瞬の沈黙があり、ややあってから振り向いて、レイフォンの口からは契約内容が語られた。

 

「……武芸大会でツェルニを勝利させ、滅びを遠ざけること」

「その通り。ツェルニが滅びてしまう事態を避けるために武芸科へと転科と小隊への入隊をしてもらった。いくつかの便宜を条件としてね。では、現状はどうだろうか」

 

 カリアンの言いたいことを理解したのか。

 レイフォンの表情が曇った。

 忌々しい、とでもいうかのような表情だった。

 

「レイフォン君。君は放浪バスによらず、都市から姿を消して戦場に向かうことがある。それも短期間のうちに二回。これが武芸大会中に起こった場合、私との契約が果たされない可能性、状況が懸念される」

「…………」

「よって私はここでもうひとつ、別の対策としてハイア・ライアという強力な武芸者を活用したい。決闘の話は彼女が持ち込んだものだが、勝敗に関わらず私に格安かつ優先的に雇われるならメリットは十分にあると判断した」

 

 カリアンは言葉を切って、数瞬の間を置く。

 レイフォンからは怒りなどの熱を帯びた雰囲気を感じられない。

 どちらかといえば苦々しいものなのだろう。

 それは契約に対して誠実であろうという気質から生じるものと推測される。

 

「ここまでで疑義はあるかい?」

「……いいや、ない」

「よろしい。傭兵団が決闘の相手として指名したレイフォン君に戦ってほしい、というのが依頼だね。私としては、当初の契約における代替手段になり得ると考えている。もちろん、君という戦力に替えられる訳ではない。しかし、ツェルニを滅びから救うための策のひとつとして受託してもらいたい」

「…………」

 

 レイフォンは沈黙し、目を伏せる。

 ゆっくりと思考を巡らせているように見えた。

 と、そのときだ。

 レイフォンが答えを提示するよりも先に、動くものがあった。

 ミュンファだ。

 彼女はレイフォンの眼前で頭を深々と下げると、

 

「サリンバン教導傭兵団のミュンファと申します。あの、どうかハイアを助けてください」

「なぜそれを俺に言う」

「ハイアちゃ、……団長は貴方に勝ちたくて、でもどうしようもなくて。それで死にそうなくらい訓練しているんです。このままじゃ本当に死ぬまで続けそうで、でもわたし達じゃ止められないんです」

 

 自分たちの団長を圧倒したレイフォンを前にして、彼女の身体には震えがある。

 だが、逃げない。

 怯えながらも真摯に言葉を(つむ)いでいる。

 

「こんなことを言える筋でないことは分かっています。でも、貴方しか頼れません。どうか、お願いします。団長を、助けてください」

 

 カリアンからすれば都合の良い流れであった。

 説得する材料が勝手に増えたようなものだからだ。

 ……即座に却下しないのなら、余地はある。

 だから静観することにした。

 音を立てないように気をつけながら、二人の交渉を眺める。

 

「……どうなったら助けとやらがヤツと戦うことになる。俺に手を抜いて負けろ、ということか?」

「いいえ。一瞬で終わったら意味がないんです。対等に戦えるように剄量と錬金鋼を制限してもらえれば、勝ち負けは関係ありません」

「小僧が負けてもか」

「はい。団長が負けても、あのときみたいに何も出来ないまま終わらないなら、きっと。……きっと大丈夫だと信じています」

 

 腕を組んだレイフォンは、沈黙。

 しばらく動かなかった彼はやがて腕を下ろす。

 そうしてミュンファへと視線を向けた。

 

「…………あの日。貴様らと交戦したとき、俺は最低でもあの小僧は殺すつもりだった」

「!」

「ハイア・ライア。傭兵団の三代目。剣技・剄技のいずれにおいても高い技量があることは一目で分かった」

「それは、その……。ありがとうございます?」

「だが、同時に精神的な不安定さも見て取れた。あれが錯乱して殺戮でも始めたら俺が察知して止めに向かうまで何人殺すか分かったものではない」

 

 ミュンファは反射的に否定の言葉を口にようとして、しかし、動きを止めた。

 今のハイアには確かにそういう怖さがあったからだ。

 

「それでも殺さなかったのはフェルマウスの制止が間に合ったこともそうだが、貴様らがサイハーデンの系譜だったからでもある」

「サイハーデンを捨てたのに……?」

「捨てたからだ。不義理を働いた自覚はある」

 

 その一言は、ミュンファでも分かるほど声の通り方が違った。

 込められていた感情は気まずさだろうか、と。

 しかし、次の瞬間にはすべての温度が失われていた。

 

「──だが、これで最後だ」

 

 ミュンファを見るレイフォンの目は冷酷で無機質なものとなっていた。

 

「忘れるなよ。サイハーデンへの義理は貴様らが使い果たしたんだ」

 

 ●

 

 外縁部の停留所。

 そこから少し離れた場所に、傭兵団の所有する放浪バスがある。

 放浪バスの屋根に座り込むのは一人の少年。

 燃えるような赤髪を逆立て、顔に紋様を刻んだ武芸者。

 ハイア・ライア。

 

「…………」

 

 彼は視線を都市外へと向けたまま、ただ座り込んでいる。

 その内心は荒れ狂ったままだ。

 あまりにかき乱された感情を抱えたまま消化することができないでいる。

 

「…………ハイア……」

 

 グレンダンから届いた書状はハイアの手の中で握りつぶされていた。

 手紙の内容は傭兵団の全員が把握している。

 グレンダンからの書状を団長より先に見るなど本来はありえない行為だが、ハイアが無謀な訓練に夢中であったため、残る全員の合議により開封したのだ。

 書状は、長きに渡る放浪の旅への労いと廃貴族発見の報により捜索は完了。よって報酬を与えるので帰還せよ、というもの。

 だが、ハイアへ伝えることは(はばか)られた。

 廃貴族はレイフォンに任せよ、という文言があったからだ。

 任務完了と帰還命令。

 それ自体は誰もが喜び、しかし、レイフォンへの言及で全員が押し黙った。

 誰が伝えるのかを押し付け合った結果、結局は幼馴染みのミュンファが手紙を届ける役目を担うこととなったのだ。

 

「…………」

 

 そして、今。

 手紙を読んだハイアは都市外を眺めながら、放浪バスの屋根に座り込んで動かない。

 あまりにも不愉快すぎて感情が荒れ狂っているのだ。

 ハイアにとってサリンバン教導傭兵団は家族であり、家そのもの。

 任務を完了したなら帰還しろという命令自体は分かる。

 グレンダンから傭兵団へと来てから一度も帰っていないヤツだっている。

 帰りたいなら帰ればいい。当然の権利だ、と堂々と凱旋すればいい。

 だが、ハイアはどうすればいいというのか。

 ハイアはもともと孤児で、幼い頃にリュホウに拾われた。

 故郷など知らない。

 ハイアが人生のすべてを過ごした場所がここ。傭兵団こそが故郷なのだ。

 ……ふざけやがって……!

 廃貴族捜索の任務はレイフォンの所有する廃貴族を発見したことで終了だという。

 あまりにも馬鹿にしすぎている。それも、

 ……あとはレイフォンに任せろ? ありえないさぁ。

 ハイアがなによりも許せないのが、認められないのが、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフという少年だ。

 ハイアを拾ったリュホウとレイフォンを育てたデルクは兄弟弟子の関係にある。

 デルクの弟子は天剣に至り、それをリュホウが我がことのように喜んだことをよく覚えている。今でもその声が聞こえてくるほど克明な記憶だった。

 

「天剣授受者になれるほどとは……。おめでとうデルク。素晴らしい弟子を持ったなぁ」

 

 ハイアは子供心に理解できたのだ。

 リュホウが心の底から祝福していることを。

 天剣授受者になることが、それほどの喜びになるのだ、と。

 ……じゃあなんで俺っちに言ってくれなかったんさ、親父。

 ハイアなら天剣授受者になれる。

 たったそれだけの一言を。

 

「…………クソっ……」

 

 ハイアは間違いなく天才だ。

 リュホウの指導を受けて、瞬く間に傭兵団で最強の武芸者となったのだ。

 才能なら有り余るほどある。

 だからこそ理解できるのだ。

 廃貴族を宿したレイフォンのデタラメな強さが、どれほど遠いものなのか。

 ただの一振りで錬金鋼ごと断ち切られ、追撃の一発で骨まで砕かれた。

 その差が分からぬほど(へだ)たる実力差がそこにはあった。

 なにをどう努力しても、届くような差ではなかった。

 ハイアの感情は(こじ)れているが、ある意味では単純なもの。

 自分という孤児を救ったリュホウに証明したいのだ。

 リュホウの弟子はデルクの弟子に劣らない、と。

 だからレイフォンに勝ちたい。

 なのに勝つ方法はなく、いまや傭兵団すら無くなろうとしている。

 と、そのときだ。

 

「──ハイアちゃん」

 

 呼び掛けがあってから、ようやくミュンファが隣に座っていることを知った。

 だが、答える気になれない。

 沈黙するハイアとは違って、ミュンファは珍しく饒舌(じょうぜつ)だった。

 

「わたし……、さ。都市の責任者と交渉してきたんだ。一通り交渉が終わったと思ったら彼が来たからすごく驚いちゃった。すっごい怖かった! 全然怒ってる訳でもないのに怖すぎだよ……」

 

 彼、というのがレイフォンのことだということは言われなくとも分かった。

 だから続く言葉が耳に届いたとき、ハイアは驚愕していた。

 

「──レイフォンと戦えるよ。あっちはハイアちゃんと同じくらいの剄しか使えない。錬金鋼も、お互いに刃引きした普通のものを使う。そういう場を用意するって」

 

 沈黙を選んだのではない。

 反応を示せないほどの驚愕で絶句したのだ。

 ミュンファの告げた条件はありえない。

 剄量と錬金鋼の使用制限。

 あの馬鹿げた剄を使えないなら、理不尽としかいいようのない身体能力差が解消される。

 どうしようもなくかけ離れた衝剄の威力だって同程度になる。

 どこまでもハイアに有利な条件だけが並べられていた。

 

「こっちの条件は勝敗に関係なく、今後しばらくはここの統治者に格安で雇われ続けること。傭兵団じゃなくてハイアちゃんが、だけど」

 

 圧倒的な剄を持つレイフォンに勝つ方法を模索し続けていた。

 勝ち目を見出すことはついに出来なかった。

 だが、この条件ならば純粋な技量を競うことになる。

 ……勝てる。

 もちろん、ハイアはレイフォンの技量を低く見ている訳ではない。

 天剣授受者になっているのだから自分に劣るとは思わない。

 それでも勝ち目が十分にあると感じている。

 負けたくない。勝ちたい。

 サイハーデンを捨てたレイフォンなんかに負けたくない。

 心の奥底から(くすぶ)るような感情がハイアを焼き続けている。

 リュホウに認められたレイフォンに嫉妬して、反骨心はどんどん大きくなっていく。

 だからハイアはレイフォンを否定してやりたいのだ。

 リュホウのほうが、自分のほうが強いのだ、と。

 

「受けるさ、その話」

「──ホント?」

「ああ。俺っちに負けて言い訳するレイフォンを見てやるさ~」

「……勝つ気なの?」

「──勝つさ」

 

 きっと、ハイアだけが気付いていない。

 気付こうとしてない。

 対等ならぬ勝負にしか道を見出せないのならば、それは。

 正面から戦えば勝てないと(あきら)めた証拠ではないのだろうか。

 

 ●

 

 学生寮の屋上。

 柔らかな風が吹く、学生達の憩いの場。

 ここに二人の少女が居た。

 

「なんでこんなこともできないのですか」

「貴女と一緒にしないでくれます……?」

 

 フェリ・ロスとサアラ・ベルシュライン。

 念威の光が髪を淡く発光させており、女神のごとき様相でフェリが言う。

 

「都市ひとつ精査するのにどれだけ時間をかけるつもりですか。もっと短時間で済ませてください」

「貴女みたいに物量でのゴリ押しなんて出来ませんけど???」

「私は出来ます」

「……クソが」

 

 サアラ・ベルシュラインは目標を定めた。

 レイフォン・アルセイフと共に戦うための能力を手にする、と。

 だからフェリを基準にする。

 レイフォンの想定する戦場において必要な能力を持った念威の天才を。

 悪態を口にしながらも、サアラはフェリの領域を目指して試行錯誤し続けていた。

 レイフォン・アルセイフは間違いなく天才であり、彼が死力を尽くす戦場を共にするなら天才たちと同じことが出来なければならない。

 全てでその水準を満たす必要はない。

 一部だけであったとしても到達すれば、役に立てる。

 サアラはそう考えてフェリに協力を要請した。

 なにをしても、才能の差を、能力の差を見せつけられた。

 圧倒的な能力値の暴力を前に心が折れてしまいそうになりながら、歯を食いしばって食らいついていく。

 より効率的に、より最低限の労力で、たとえ一側面だけでも再現するために。

 

「はあああぁぁ。……次です」

 

 大きく息を吐き出して催促するとフェリは気負うことなく受託。

 

「では動目標のマーキングを。前回は放浪バスのタイヤでしたか」

 

 動目標に対してマーキングして位置情報を維持し続ける。

 言葉では単純だ。

 だが対象は都市を離れていく放浪バス、そのタイヤ。

 そのタイヤにあるたった一つの突起をマークし続けるのだという。

 サアラには出来なかった。

 近距離であれば観測を維持できるようにはなった。

 だが、距離が離れるにつれて安定性も精度も悪化していく。

 フェリにとっては面倒、という程度のことが実行できなかった。

 だから思い知った。

 これではダメだ、と。

 念威を使い方を大きく変えるしかない、と痛感したのだ。

 

「ええ。今は放浪バスもありませんけど。どうしますか?」

「仕方ありませんから都市の脚でもマークしましょう」

「分かりました」

 

 サアラは深呼吸をひとつ置き、ふたつ置いた。

 そして、二つの念威端子を手元で同調させる。

 端子をすぐに飛ばさないサアラを見て、フェリが不思議そうに訊ねた。

 

「なにをしているんですか?」

「すぐにわかりますよ」

「……?」

 

 同調させた端子の一方はそのまま手元に残す。

 もう一方の端子だけを飛ばしていく。

 やがて、念威端子が学園都市の脚部付近へと移動すると同時。

 サアラは手元の念威端子のみに念威を集中した。

 

「──波形一致。同期開始」

 

 ふたつの念威端子の動作、情報が共有される。

 遠方へと届けた端子を直接操作しているのではなく、手元の端子を介して連動されているのだ。

 

「やった、出来ましたよ! これでもう距離なんて関係ありません……!」

「これは……。なるほど、確かにマークも安定していますね」

「これなら、これなら問題なくレイフォンさんを支援できます。長かった……。ようやく出来たんですね……」

 

 サアラは自らが成し遂げた偉業がどういったものかを理解すらせず、等身大の達成感に身を浸していた。

 これで追いついたのだ、と。

 ようやく一緒に戦えるのだ、と。

 

「…………」

 

 そんなサアラを尻目に、フェリは彼女の行った念威端子の同期を観測し続けている。

 サアラの手元と学園都市の脚部へと送られた念威端子。

 この二つの念威端子の挙動は完全に一致。

 一方が右へ動けばもう一方も同じように右へ移動する。

 何よりも特異な点は、遠方の念威端子を操作していないことだ。

 サアラは明らかに手元の念威端子のみを操作している。

 最初の移動時はともかく、今はもうあちらへと念威を飛ばしていない。

 つまり、二つの念威端子による情報共有は念威を介したものではないということ。

 だからフェリはやってみた。

 手元で二つの念威端子を同調。そうして、A地点とB地点における二つの端子が念威を介さずとも全く同じ動きをするようになった。

 

「なるほど。これは便利ですね」

「…………天才め……ッ!」

 

 こんなことばっかりだよ、とサアラは嘆くしかない。

 ゴールに設定したはずの天才はその才能を発揮して、努力の結果を瞬時に血肉にされてしまう。

 何か月もかけた努力の結晶のはずが、天才の手にかかれば便利の一言で終わってしまうのだ。

 だからこそ、二人は気付いていない。

 量子力学という知識、概念すら存在せず。

 されども現象は天才()()によって始まるのだ、と。

 

 ●




サアラ「はいクソー!」
ハイア「はいクソクソandクソ」
ゴルネオ「生まれた時から知ってた」

大変お待たせ労働はクソしました。
アホほど忙しくて妄想すらできない時期をなんとか労働はクソ終えました。

ようやく頭の中でレイフォン君が動いてくれるようになり、文章を書けるようになりました。
ツァーレンザルドからの労働はクソ転入生リンネとテレンゼはオリキャラです。あんまり出番作る予定はないです。サアラさんもそうだったはずですけどね。

リンネはブルアカのリオな感じ。
テレンゼはミカの髪型を変えた感じ。
二人とも戦える女の子なので。
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