俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第十二話:訓練の成果は誰が為

 ●

 

 学園都市ツェルニ。

 対抗試合の行われる野戦グラウンドがいくつかある。

 そのうちのひとつ。

 この日、そこには熱狂が満ちていた。

 

「────」

 

 歓声が施設を超えて周囲に伝わるほどの、熱だ。

 観客席を埋め尽くす学生達の視線。

 その先。

 武芸長たるヴァンゼがマイクを手にしている。

 

「掲示されている通り、小隊長の個人戦はここで。そのほかの小隊員によるエキシビションはそれ以外の野戦グラウンドで実施される」

 

 歓声はない。

 その事実はある意味でわかりやすく、ひとつの事実を伝えていた。

 待ち望む一戦は小隊長による決闘ではない、と。

 

「ははは。君たちの一番の楽しみは最終日まで待て。俺たちも本気なんだ。無論、今日の俺は武芸長ではなくただ一人の武芸者だ。遠慮せず倒しに来い。まあ、余計な話はここまでとしよう。本当のエキシビションは最終日、ここで実施予定だ。では始めよう。

 ──小隊長による個人戦トーナメントの開会をここに宣言する!」

 

 一際大きな歓声が上がった。

 対抗試合も一段落して、戦争が始まるまでの(わず)かな期間。

 敗北すればセルニウム鉱山を失い、廃都となる瀬戸際であることは誰もが知っている。

 だからこそ。

 最後のモラトリアムになるかもしれない日々を盛り上げるトーナメントにツェルニの学生は熱狂していた。

 小隊長によるトーナメント。

 ツェルニで最も優れた武芸者たちの祭典だ。

 第十小隊の解体により、残る十六人が参戦。

 誰が最も強いのか。

 たったそれだけを競うシンプルな大会であった。

 そうして、歓声の中。

 野戦グラウンドの左右から武芸者が入場する。

 彼らは戦意を漲らせながら、十五メートルほどの距離で示し合わせたように歩みを止めた。

 

「最初の試合は俺が開始を宣言しよう。準備はいいな?」

 

 ヴァンゼの確認に対して、二人は相槌をひとつ。

 そして、錬金鋼を復元。

 

『第一試合、第四小隊隊長シン対第十六小隊隊長ウィンス! 試合開始ィィィィ!』

 

 ●

 

 小隊長トーナメントは三日間続けて開催される(もよお)しだ。

 その間、全学生は特別休暇となっていた。

 とはいえ、だからこそ商業科の学生は稼ぎ時とばかりに張り切っているようだ。

 野戦グラウンド付近の通りは出店で埋め尽くされていて呼び込みの声が途切(とぎ)れない。

 今日から三日間はずっと賑わうだろう。

 その中に、レイフォン達は居た。

 レイフォンと女の子達が歩いている。

 レイフォンの左右をメイシェンとテレンゼが、その周りをナルキ、ミィフィ、リンネが囲うようにして出店を見て回っている。

 レベルの高い女子の集団であり、周囲から嫉妬と怨嗟(えんさ)の声が上がるのも当然だった。

 

「うわ、綺麗な人……ってアルセイフかよ」

「可愛い子も美人さんもか。うらやまけしからん」

「見事にハーレムですね。羨ましいんですか?」

「──君がいればハーレムより嬉しいさ!」

「……まあいいでしょう」

「クソが! どいつもこいつもクソったれだ!!」

「クソ! なんかクソっ!」

「壁殴り代行でーす。殴りますか?」

「頼むわ」

「俺も!」

 

 周囲の視線すらも引き連れていながら、レイフォンは一切気にしない。

 ただ周囲の出店を見回すだけだ。

 すると、リンネがレイフォンに呼び掛けて礼を述べる。

 

「来て下さってありがとうございます、レイフォン様。ですが意外でした。甘味(スイーツ)巡りに付き合って下さるとは思いませんでした」

「そーだねぇ。今までレイとんがスイーツ店に付き合ってくれたことないし~? 誘っても断るし、嫌いなんだと思ってた」

 

 ミィフィがリンネの言葉に同意を示す。

 何度もというほどではないが、ミィフィもメイシェンもそれなりにスイーツ店に誘ったことがある。

 なのにこれまで一度も一緒に来てくれたことはなかった。

 レイフォンはスイーツに興味がない。もしくは、嫌いなのではないか、と感じるのも当然といえよう。

 実際どうなのかといえば、そうなのだが。

 レイフォンは意図してスイーツを避けていた、というのが真実である。

 彼の脳内で鮮明に再生されてしまう場面があるからだ。

 眼前に鎮座する巨大な白い悪魔(ホールケーキ)。

 振りかけられる色鮮やかな悪意の欠片(カラースプレー)。

 

 ふぅん。水が欲しいんだ。はいコレ。うん? ただのココアフロートじゃない。水? 水分が欲しかったんでしょう? 飲んだらどう? いいから早く飲みなさい。ほら、聞こえなかったの? じゃあもう一度言うわね。──飲め。

 

 甘いもの、特にクリーム類を見ると思い出される光景がこれ。

 レイフォンは努めて自身に言い聞かせている。

 ま、まだ慌てる時間じゃない、と。

 別に怖くないけども。

 トラウマでもないけど。

 

「…………見たくないだけで嫌いなのではない」

「それは嫌いって言うんじゃないのか?」

 

 ナルキが思わずツッコんだ。

 レイフォンは答えられなかった。

 

「レイとん……。無理して、ない?」

「申し訳ありません。決して強要するつもりはないのですが……」

 

 メイシェンとリンネの心遣いに対して、レイフォンは小さく首を横に振る。

 いつもと全く違う様子を見せるレイフォンを不思議に思うのは当然。

 そんなに嫌ならなぜ来たのか、と。

 だからミィフィは素直に聞くことにした。

 

「どうして今日は来ることにしたの?」

「チラシに気になるものがあった」

「どんなヤツだ?」

 

 ナルキから訊ねられたレイフォンは、一呼吸置いてからこう言った。

 だって気になるんだから仕方ないじゃない、という思いは内心に抑えながら、

 

「ストロベリーサンデー」

「それって期間限定パフェじゃない? ほら、ファンミューゼの」

「ああ、あれか」

「ナッキも知ってたんだ」

「あたしが知ってたらおかしいって意味か?」

「有名なお店なのですか?」

「それがね──」

 

 レイフォンからすれば商品名以外のすべてが眼中になかったが、ミィフィの情報網にひっかかっていたようである。

 なんでもファンミューゼは古くからある店舗で代々受け継がれてきた名店だとか。

 ケーキの専門店だが、その派生としてパフェなどを作ることもあるという。

 今回のストリベリーサンデーもそうした期間限定商品のひとつ。

 ミィフィの解説を聞き流していると、やがて目的の店舗が見えてきた。

 

「ほら行こっ! あそこがファンミューゼ! 限定パフェなら食べなきゃ嘘だよ」

 

 ミィフィはリンネとテレンゼを連れて駆けていき、早速注文。

 それに続くようにレイフォンもメイシェン、ナルキとともにメニューに目を通す。

 各々が注文を済ませてテーブル席に着席。

 やがてパフェが運ばれてきた。

 

「どれも美味しそう、だね」

 

 メイシェンの感想は全員の代弁だった。

 パフェは鮮やかで、目を引くものばかり。

 見た目の感想や他愛も無い雑談をしながら、誰ともなく手をつけていく。

 そうして、レイフォンもまた最初の一口を運んでいった。

 結構なボリュームがあり、生クリームやスポンジなどを満載のイチゴでデコレーションした、まさにスイーツ。

 ストロベリーサンデーを味わい、レイフォンは思った。

 ……美味しい。ダンテはこーいうのが好みなんか……。そういやバージルって食の好みとかあるんかな?

 イチゴ感はしっかりありつつもスイーツ部分以外は一般的なパフェ、なのだろうか。

 上にある部分は大半がクリーム。

 どこまでも甘い。しかし甘すぎない。

 レイフォンが目を閉じて丁寧な仕事に感心していると、視線が集中していることに気付いた。

 リンネとテレンゼ、としてメイシェンがこちらを凝視している。

 

「…………」

「…………」

「…………」

「どうした……?」

 

 レイフォンが問えば、ハッとしたように再起動。

 いつもの花開く瞬間を、メイシェンとツァーレンザルド組は至近距離で見てフリーズしていたのだ。

 少し頬に赤みがあるが、レイフォンにはその理由が分かっていない。

 ナルキとミィフィはといえば、あーあ、と言わんばかりである。

 と、そこで先駆けとなったのはテレンゼである。

 彼女は自分が注文したパフェをスプーンに載せて、レイフォンへと差し出してこう言ったのだ。

 

「レイフォン様、もしよろしければ一口交換しませんかっ!」

「!」

「!?」

 

 メイシェンとリンネは出遅れたことを自覚せざるを得なかった。

 やられた、と。

 だが、そこからは二人とも早かった。

 

「こちらもいかがでしょうか。私もレイフォン様と一口交換したいです」

「レ、レレレ、レイとん。ど、どーぞ!」

 

 リンネは優雅に、メイシェンは最早やけくそ気味であったが確かに後に続いた。

 レイフォンはこうした青春劇を披露するタイプではないが、こと飲食に関しては話が違う。

 日本という世界的に美食にあふれた国を基準として生きてきた男が孤児の、それも食糧危機という状況を長く過ごすことになった。

 過酷な変化としか言い様がない。

 質と量、共に最底辺へとたたき落とされたのだ。

 だからレイフォンに食事を断るという選択はできない。

 見たくないだけで甘いものだって味は好きなのだ。多分。たぶんきっと問題ない。

 

「……いいのか?」

 

 無論、レイフォンにも良識はある。

 なので差し出されたからと無遠慮に食いついたりはしない。

 確認くらいはするのだ。

 視線は完全に釘付けだが。

 

「どうぞ!!」

 

 直後。

 差し出されたスプーンに、たっぷり一口分。

 吸い込まれるようにしてレイフォンが食いついた。

 最初に差し出されたテレンゼの手を優しく掴んで固定。

 味わう。

 

「ピェ」

「────」

 

 喉の奥から奇声を漏らすテレンゼだけではない。

 その場の全員がレイフォンの表情に注目していた。

 

「……甘いな」

「────」

 

 スプーンを差し出した姿勢のまま、テレンゼは動けなくなっていた。

 いつも無愛想なレイフォン様が笑顔で手を可愛い食べあま!? とテレンゼはきゅん死。

 しかし、まだである。

 

「ほら」

「!?」

「交換だろう?」

 

 レイフォンがスプーンを差し出していた。

 

「ハヒ……」

 

 テレンゼはきゅん死(二回目)。

 その死に様はリンネとメイシェンの数秒後の姿であった。

 

 ●

 

 全小隊長たちによるトーナメントの一回戦は、予定通り初日にすべて終了。

 勝ち残った小隊長は八名。

 そして、二日目の今日。

 さらに半分になる。

 時間・場所、ともに余力がある場所では小隊員たちによるエキシビションが実施される。

 しかし、エキシビションのある周辺地域は興行的には少し厳しいものとなる見込みであった。

 一回戦にて二人の小隊長が注目され、そして、その二人が戦うことが公表されたからだ。

 一人は第五小隊隊長、ゴルネオ・ルッケンス。

 一回戦ではなんと武芸長ヴァンゼ・ハルデイを激闘の末に下して勝ち上がってきた。

 一気に優勝候補筆頭に躍り出た英傑である。

 もう一方は、第十七小隊隊長、ニーナ・アントーク。

 最年少の小隊長であり、勝ち上がることは難しいという評判であった。

 しかし、そんな前評判を一掃した圧巻の第一回戦。

 雷迅なる強力無比な剄技をもって一撃で終わらせた。

 その光景は野戦グラウンド中が一瞬沈黙し、直後には爆発のような歓声よって迎えられた。

 ゴルネオ・ルッケンスとニーナ・アントーク。

 二人の注目株が正午直前の第二試合にて激突する。

 

 ●

 

「すっごい人だね……」

「通路が立ち見で埋まってる。座れなかったら最悪だったな」

 

 どこを見ても人、人、人。

 野戦グラウンドは超満員。人で埋め尽くされていた。

 

「前もって座席を確保しておかなきゃ絶対座れなかったね」

 

 リンネが気を利かせて座席を確保しておいてくれたのだ。

 朝一番から試合開始までずっと確保し続けるためにレイフォンの名前を使ったようだが。

 まあ、レイフォン相手にケンカを売るバカはツェルニには居ないので合理的である。 

 なので特権的にリンネがレイフォンの隣となった。

 残る一席は公平にくじ引き。

 メイシェンが勝ち取り、テレンゼは泣いた。

 

「リンネさん、ありがとう」

「いえ、お気になさらず。私も楽しみにしておりましたので」

「この分だと明日のレイとんの試合は見られそうにないな。間違いなく今日より人多いだろ」

「それはそう。どうしよっかねぇ」

「映像だけなら外からでも見られるように特設されてるけど……」

 

 そうした場所は完全に早い者勝ちであり、他の試合を捨ててでも見たい連中や、そういう人達向けの商売の場になっている。

 二日目どころか初日の時点で完売しているだろう。

 今から確保することなど不可能だ。

 

「別に見る必要はないが」

「こっちが見たいの」

「確かにレイフォン様の勇姿は見たいですね」

「ですよねっ!」

 

 レイフォンは肩をすくめるしかなかった。

 女の意見が一致している場面で異を唱えても無意味。

 それどころか一斉攻撃されるだけである。

 孤児院でもそうだった。

 

「そろそろ始まるようだぞ」

 

 ●

 

 野戦グラウンドを()く。

 ニーナの対面に立つのは、第五小隊隊長ゴルネオ・ルッケンス。

 ニーナとゴルネオは共にレイフォンの指導を受けたことで武芸者として飛躍的に強くなった。

 互いがそれを知っている。

 

『さあ、お待たせしました注目の一戦が今、始まります! 第十七小隊ニーナ・アントーク対第五小隊ゴルネオ・ルッケンス!』

 

 二人は所定の位置に立つ。

 視線が(から)み、戦意が沸き立っていく。

 油断はない。

 ニーナはゴルネオが強いことを知っているし、ゴルネオもまた、ニーナが強くなったことを知っている。

 だから、とニーナはこう言った。

 

「──勝ちます」

「──やってみろ」

 

 直後、宣言が来る。

 

『試合開始──!』

 

 一秒として待たず、ニーナは行った。

 その身に雷光を(みなぎ)らせながら空間を瞬時に駆け抜け、鉄鞭を振り抜いた。

 活剄衝剄混合変化、『雷迅』。

 錬金鋼(ダイト)と身体に纏った剄を循環。

 空気との摩擦で剄が周囲に雷光を放つほどの速度で突撃し、推進力すらも攻撃力とする一撃だ。

 対するは、ゴルネオは右正拳とともに剄を放っていた。

 拳打から放たれる剄と衝撃を深くまで浸透させて、内部を破壊する剄技。

 流派ルッケンスにて編み出された浸透剄。

 外力系衝剄の変化、『剛力突破・突』。

 二人は互いに歯を食いしばり、渾身の力を込めて激突した。

 

「────!!」

 

 剄と剄、錬金鋼と錬金鋼が激しく叩きつけられた打撃音が空気を震わせる。

 正面からぶつかり合った勢いは、ニーナがやや押している。

 だから、というふうにニーナは剄を漲らせてさらに押し込んでいく。

 

「おおおおぁあああぁぁぁ!!」

 

 直後。

 

「がっ──!?」

 

 ニーナは右から顔面に衝撃を喰らった。

 押し込んでいた鉄鞭の軸がズレて、身体が流されていく。

 そして、見た。

 ニーナが押し込んだ分だけ身を引いたゴルネオを。

 彼は押されたのと反対側の拳を突き出している。

 ……風蛇!

 ゴルネオは拳から放った衝剄を曲げて相手を打ち付ける風蛇という剄技を使う。

 それを喰らったのだ、と直感した。

 まずい、という予感よりも早く、身体が反応していた。

 ニーナは強引に身体を引き戻しながら、伸びきった身体を逆回転。

 左手に持った鉄鞭を差し込んだのだ。

 

「シッ!」

 

 ゴルネオの動きは流れるようなものだった。

 突き出した左拳を引き戻しながら反対側の拳を(ねじ)りながら突く。

 ニーナの差し込んだ鉄鞭が最初の右拳を受け止めていた。

 だからこそ、ゴルネオは止まらない。

 同様の動作を繰り返す。それは、連打の動きだ。

 

『ラッシュラッシュラッシュラッシュ! ゴルネオが連打を叩き込む!! これは決まってしまったか──!?』

 

 実況の言葉を聞きながらニーナは思う。

 まだだ、と。

 いくらかの打撃を喰らってしまったがニーナは既に姿勢を整え、防御を成立させた。

 鉄鞭という巨大な錬金鋼。そして、金剛剄。

 錬金鋼による防御と金剛剄という鉄壁の剄技。

 この二つを超えることは不可能に近い。

 しかし、ゴルネオもそれを知っている。

 だからニーナが防御体勢を整えるよりも早く、いくつもの糸がつけられていた。

 外力系衝剄の化練変化。『蛇流』。

 ゴルネオの両手から四本ずつ、化練剄の糸がニーナへと伸びており、それらが拳打の衝撃をランダムに伝達している。

 直接ぶち込まれる拳とさらに糸を伝う衝撃。

 二重の攻撃を連打されているのだ。

 

「厄介極まりない、な!」

「防いでおいてよく言う……!」

 

 悪態をつきながら、少しずつニーナの反撃が増えていく。

 ゴルネオの打ち込みを鉄鞭で防御し、糸を伝わる衝撃を金剛剄で防いで反射してしまう。

 その瞬間、反対の手に持った鉄鞭を叩き込めば、

 

「はあっ!!」

「チィ……!」

 

 ゴルネオも防ぐか、迎撃するしかない。

 一方的に殴られる状況から変化する。

 乱打戦だ。

 ニーナが鉄鞭を振るい、ゴルネオが拳を打ち付ける。

 体術で上回り、体格と剄の扱いに優れるゴルネオと、

 攻撃力で勝り、剄技の質と度胸で勝るニーナ。

 徒手のゴルネオの方が攻撃の回転は速く、明らかに打ち込む回数が多い。

 しかし、それをものともせずに反撃するニーナの一撃は常に必殺の威力を持つ。

 互いに激しく攻撃を叩き込みながらも、完全に状況は膠着。

 一進一退の攻防であった。

 

『終わってない! ニーナ・アントークは終わっていない!! 完全に打撃戦だあ──!!』

 

 ゆえにニーナは思う。

 勝利するためには真っ向から打ち勝つ以外に道はない。

 今度こそ雷迅を叩き込むしかない、と。

 

 ●

 

 ニーナとゴルネオの戦闘が、四方から映し出されたディスプレイを観客席で見上げながらミィフィは感嘆を口にする。

 

「第五小隊の隊長も武芸長に勝つくらい強かったけど、隊長さんも強いんだね! 真っ向勝負じゃん!」

 

 ミィフィの思いは、彼女だけでなく多くの観客も同様であった。

 同調するように驚愕するのはツァーレンザルドからの二人だ。

 

「二人とも強い……!」

「そうね。正直、他のメンバーとは明らかにレベルが違うわ」

 

 体術という部分では、他の小隊長と比べて大きな差はない。

 しかし、剄技においては別次元と言ってもいいほどに違う。

 明らかに完成度が高い。

 それも頭一つ以上飛び抜けている。

 だからこそ、テレンゼとリンネは直感していた。

 二人に影響を及ぼしたのはレイフォンだろう、と。

 

「レイフォン様があの二人を鍛えたのですか?」

「半年程度はな」

「たった半年であそこまで……? それ以前はどうだったので?」

「さあ……? 他の連中と大差なかったはずだが」

 

 レイフォンのなおざりな返答は、興味の無さの証左。

 その意味では発言に信憑性がない。

 だから、とリンネは周囲のメンツを見た。

 この場にいるのは全員一年生であり、過去のことなどは知らない。

 唯一可能性があるとすれば新聞記者のミィフィだけだろう。

 視線を受け止めたミィフィは少し悩んでから、

 

「んー、いままでの取材記録とかを見たことあるんだけどさ。飛び抜けて強いっていう程じゃなかったと思う。そういう意味だと第五小隊の隊長さんは副隊長とセットで最強コンビって評判。こっちの隊長さんは……、優秀な新人?」

「……なるほど」

 

 リンネは思う。

 ありえない、と。

 半年という時間で、他の小隊長たちのレベルから今のニーナ・アントークまで剄技を熟達させる。

 それは不可能に近い。

 ゴルネオの方は平均以上の実力を持っていたであろう評判もある。不可能ではないかもしれないが、困難であることについては疑う余地がない。

 いずれにしても剄技の習得、そして慣熟には血反吐を吐くような努力が必要だ。

 だから、とリンネはレイフォンへと訊ねることにした。

 

「レイフォン様。レイフォン様はあの二人に半年間、どういった訓練を施したのです?」

 

 問われたレイフォンはなんでもないことのようにこう言った。

 

「剄の練り方から一通りの基礎を叩き込んだ。最低でも一晩中、寝ていても剄息を維持させるところからだったな」

「一晩中……!?」

「だから剄技があんなに力強くなったんですかっ!?」

 

 ツァーレンザルドにそんな訓練はない。

 剄息は剄の基本。

 それは教科書にだって書いてある事実だが、それをずっと維持しろなどとはどこにも書かれていないし言われたこともない。

 精々が戦闘中に剄息を途切れさせてはいけない、程度だ。

 それを一晩中。

 思わず、リンネ達は戦闘を続けるニーナへと視線を向けていた。

 

「そんな訳あるか。剄息の維持は最低限の土台に過ぎん。そこまでは出来るようになったから次の段階として剄のコントロールを覚えさせた」

「剄のコントロール、ですか。どのような訓練を?」

 

 再び問われたレイフォンは、活剄で視力を強化しつつ視線を眼下へ。

 ニーナとゴルネオの戦闘を直接見ながらなんでもないことのように言った。

 

「ひたすら一定の威力で剄技を放つ。ただそれだけを繰り返させた。ずっと、な」

 

 ●

 

 剄息の維持。

 レイフォンが課した訓練を、一定のレベルに到達したと認められたある日。

 ニーナとゴルネオは都市外縁部へと呼び出されていた。

 外縁部ではレイフォンが待っており、四本の鉄骨が突き立てられていた。

 鉄骨はどうやら二本で一対のようで、二十センチほどの間隔で地面から垂直に突き刺さっている。

 それが距離を空けて二カ所にあった。

 

「来たな」

 

 そう言って、レイフォンは二人を呼び止めた。

 

「先日も告げたように、貴様らの剄息は最低限まともになった。よくやった。これからは剄息の維持と並行して、コントロール訓練に入る」

 

 レイフォンは言うなり、足下のダンボールから紙を二枚取り出した。

 そのまま取り出した紙を、鋼鉄製の洗濯ばさみで鉄骨にマウント。

 紙は鉄骨のこちら側と反対側に同じように取り付けられる。

 

「なにを……?」

「お前たちの得意な剄技で、取り付けた紙を破壊しろ」

「遠距離攻撃、ということですか? 遠くからどこまで届くのか──」

「違う。場所はどこからでもいい。やりやすい距離を見つけろ。ただし、距離を変えるな」

「?」

 

 ゴルネオの確認に対してレイフォンは端的に否定し、指示を追加した。

 だからこそ二人は疑問だった。

 用意されたのは支えとしての鉄骨と、破壊対象の紙。

 見たところ単なる紙でしかない。

 

「……いくらなんでも簡単すぎないか? レイフォン、これで何の訓練になる?」

 

 ニーナの疑問はゴルネオの疑問でもある。

 遠くへ剄技を届かせる訓練として、その判定のための紙であるなら理解できる。

 しかし、距離は好きにしていいという。

 それではなにを意識しろというのかすら不明であった。

 

「俺は二枚とも破壊しろとは言ってない」

 

 だから続けられたレイフォンの言葉に、二人はハッとした。

 まさか、と。

 そして、その気付きは正しいとすぐに証明される。

 

「指令は二つ。鉄骨に用意された紙の手前側だけを破壊し、後方の紙は傷付けないこと。そして、少しずつその距離を狭めていくことだ」

 

 ●

 

 レイフォンの下した指令。

 すぐ近くにある紙の片方だけを破壊し、その破壊を最小に抑える。

 条件は位置を変更せず、繰り返すこと。

 つまり、一定以下の威力で攻撃し続ける訓練なのだ。

 ゴルネオは訓練開始から想像していた難易度を思い、笑うしかなかった。

 そして実際にやってみれば、これはとんでもなく厄介だと思い知った。

 

「はっ!」

 

 外力系衝剄の変化、『風蛇』。

 放たれた衝剄をあえて曲げることなく直進。

 容易に二枚の紙を砕く。

 剄技は当然のように突き進み、都市外へと消えていった。

 

「……くそ」

 

 幾度も幾度も、破れた紙を取り替えに行く。

 そして二枚とも破壊する。

 その繰り返しだった。

 

「剄の扱いが雑だ。もっと細部を意識しろ」

「簡単に言わないでくれ、レイフォン。言うほど簡単じゃないぞコレ」

 

 レイフォンからの指摘と、それに噛みつくニーナの声だ。

 自然とゴルネオの耳に入ってくる。

 簡単なことではない。

 これには全くの同感だったからだ。

 

「剄技を百回も放つだけで限界だ。その上で威力を調整するなんて無理があるぞ」

「同感です。俺もこいつも、貴方のような技量も剄量もありません。丁寧に剄を練り上げないと剄技のひとつだって使えません。最小の剄じゃあ剄技にすらならない」

 

 ある程度以上の剄を練り込まないと剄技を形に出来ない。

 苦慮して弱々しい剄技を放っても、それすら簡単に都市を飛び出ていく。

 ……なにより、揺れが酷い。

 移動都市は常に巨大な脚を動かし続けている。

 その揺れは決して一定ではない。

 前後左右上下。

 大きさの大小もあり、ランダム性が高い。

 普段なら気にすることの無い小さな都震がこれほど問題になるとは思わなかった。

 その上で剄技を使えば使うほど余計に疲労が溜まっていく。

 肉体的にも精神的にもだ。

 

「剄技が難しいなら単なる衝剄でもなんでもいい。か細い剄の扱いを身体に叩き込め」

「そもそも、剄技を弱く放つ訓練でコントロールが身につくのか? もっと限界に踏み込んでいくようなもののほうがいいんじゃないか?」

 

 ニーナの疑問に対して、レイフォンの解答は明瞭だった。

 

「馬鹿め。ガムシャラに身体を動かすだけで身につくことなどあるものか」

 

 そう言って、レイフォンはニーナとゴルネオを見た。

 そして、二人共が理解できていない、と深く吐息を吐く。

 

「……これは俺が昔やっていた訓練のひとつだ。剄技の威力をいくつかの段階で調整し、その数を増やす。最初は三段階程度、そこから五段階、十段階と増やしていく。そうして調整出来るようになったら次だ」

「なんのために? 戦場で剄が枯渇するのを避けるためですか?」

「継戦能力は当然伸びていく。だが本当の狙いはそこから生じる副産物にある」

「?」

「奇妙なものでな。剄技の威力を抑えよう、一定に保とうとすればするほど天井知らずに威力の限界が上がっていく。同じ剄量、同じ剄技でもまるで別物になる。威力だけでなく練り上げるまでの速度までもがな」

 

 理屈は分かる。

 剄のコントロール、その精度を上げれば同じ量の剄でも細部まで無駄なく扱えようになる。

 無駄が減り、ロスしていた剄が威力へと繋がる。

 扱えていると思っていた剄についてもより微細に、より精緻に意識の通りに剄が動くだろう。

 だが、言葉ほど簡単なことではない。

 

「剄息が安定しなければ意味のない訓練だが、貴様らはそこまでは出来ている。あとはどんな状況でも剄を安定させろ」

「…………レイフォンさんは何段階まで調整できるんですか?」

 

 だから、とゴルネオは思わず訊ねていた。

 直後にハッとしたが、レイフォンは意に介した様子もなく、こう言った。

 

「千だ」

「千、だと!?」

「五十を超えたあたりから威力以外にも減衰距離、減衰量であっても調整出来るようになってくる。俺の場合は閃断、斬撃を飛ばす剄技を使った。二枚組のティッシュを一枚だけ斬るなんて芸当も出来るようになった」

 

 想像を絶する領域だった。

 細部に意識を届かせる、とはよく聞く言葉だがレイフォンのそれは常軌を逸している。

 天剣としてすら飛び抜けた剄量のすべてをそこまで扱えるのだろうか。

 浮かんだ疑問を、ゴルネオは内心で否定した。

 ……いや。

 最も器用な天剣。

 レイフォンの異名に、その名があることを思い出さざるを得なかった。

 

 ●

 

「へぇ、不思議。威力を抑える訓練すると強くなるんだ?」

「結局やっているのは制御訓練だ。剄を扱う精度を上げれば威力に転じる。それだけだ」

 

 レイフォンは激しく打撃を交換しあう二人を眺めながら、ミィフィの疑問に答えた。

 

「制御の段階を増やすって、実際どういう感じなの?」

「……握力測定で掴んで握る、あれに近い」

「ああ、あれ」

「全力で握ったときに握力を百として、それを分割していくんだ。十分の一、十分の二、というようにな。そうして剄の出力に段階を作る」

 

 解説を聞いて理解はしたようで、みんなの表情に把握の色があった。

 とはいえ、それは理解であって感情としての納得ではない。

 特に武芸者達はそれがどれほど困難なことかをよく分かっているようだった。

 

「それは、……難しいですね」

「だね! ちょっと出来そうにないかな」

「あたしも無理だ」

「そうなの?」

 

 武芸者組の不可能の意に対して、メイシェンから純粋な疑問が出てきた。

 運動自体が得意でないメイシェンは自分が出来ないことは理解している。

 しかし、自分以外にとっても困難であるかの指標を持たない。

 幼馴染みの疑問にナルキは率先して説明すべく口を開く。

 

「メイ。自分の全力の握力は分かるか?」

「えっと、二十九キロだったと思う」

「三十ないんだ……。まあざっくり三十キロとしよう。半分の十五キロの握力を正確に発揮することはできる?」

「……ズレちゃいそう」

「レイとんの言ってるのはそういうことなんだ。何度でも同じ力を正確に発揮するのはひどく難しい」

 

 ナルキの解説を聞いて、そうかも? と呟いたメイシェンは、レイフォンへと顔を向けた。

 それは確認のような視線だった。

 レイフォンは内心で苦笑。

 

「まあ、そういうことだ。訓練としての難易度は高い。だが、これが出来るか出来ないかには大きな差がある」

 

 実際、それは天剣達の間にも存在する。

 リンテンスは数万どころではない鋼糸を精密に操作し、それを触覚としてすら発達させた。

 鋼糸で触れる触診を通して視界の通らない場所の状況を把握できるほどに。

 そうした繊細さ、精密さが鋼糸の硬度や威力にと繋がっている。

 だからリンテンスは天剣最強と言われ続けたのだ。

 

「レイフォン様レイフォン様! あの二人はどの程度なのでしょうか!?」

「さて……? 十か、よくて十五といった程度に見える」

 

 テレンゼの高めのテンションにやや引きながらレイフォンは、ニーナとゴルネオの二人を推し量りながらそう言った。

 遠くから詳細を見ているだけでは詳細は把握できないからだ。

 剄の流れは見えてもそれが本人にとってどの程度のもので、どういう意識で扱っているかなど分かるはずもない。

 と、そのときだ。

 レイフォンは流れの変化する瞬間を察知した。

 

「あの突撃馬鹿め……。そろそろしびれをきらしそうだ」

 

 ●

 

 剄と剄、錬金鋼と錬金鋼が激突し、激しく火花を撒き散らす。

 

「はっ!!」

「はあああ!」

 

 左右の拳は直進とやや曲線を織り交ぜた連撃で、そこに交じるように両側から弧を描く爪蹴(そうしゅう)

 ゴルネオの連打がまるで演舞のように流れていく。

 徒手空拳の攻撃は、鉄鞭を振るうニーナを速度で圧倒する。

 身を躱し、防げるものを防いで、それでも全てを防御することはできない。

 攻撃を重ねることで崩された防御の隙を、ゴルネオが狙い撃つ。

 被弾する。しかし、

 

「ちぃ!」

 

 活剄衝剄混合変化、『金剛剄』。

 剄と剄がぶつかり合う音が弾けた。

 それは金属同士が擦れるような不快な音に近い。

 金剛剄はゴルネオの打ち付けた蹴り足を受け止め、同時に衝剄を返す。

 蹴り足を弾き返したことで、今度はゴルネオの姿勢が崩れることとなった。

 だから、とニーナは大きく踏み込んで鉄鞭を打ち下ろす。

 

「はあっ!」

「ぐ……!」

 

 鉄鞭は、防御する手甲に阻まれていた。

 ニーナは思う。

 まただ、と。

 同じ事の繰り返しだ、とも。

 ニーナとゴルネオ。

 二人の攻防は奇妙な拮抗状態にあったからだ。

 ゴルネオは積極的に前に出て距離を潰す。

 ニーナの攻め手は雷迅にあり、この剄技が本領を発揮するには助走が必要になる。

 接近戦を強要し、徒手空拳の間合いで打撃を交換するならゴルネオのほうが強い。

 ニーナの強みを消し、ゴルネオの強みを押し付ける戦術。

 正面から打ち崩す術を持たない不甲斐なさを噛みしめながら、金剛剄で起死回生を狙う。

 ニーナにはそれしかできなかったからだ。

 金剛剄で受け止めて、打撃を返す。

 しかし、姿勢を崩しても単なる打撃では防御されるだけ。状況を一変させるような事態には繋がらない。

 

「ふんっ!!」

「く……!」

 

 即座に反撃が来て、それをニーナが防ぐ。

 また振り出しに戻ってしまった。

 強く、巧い。

 自分には、こうしたクレバーな戦い方はできない。そんな器用さは持ち合わせていないからだ。

 だが、ニーナは思う。

 ……違うだろ!

 ニーナ・アントークはいつだって自分が不器用であることを知っていた。

 だから愚直に真っ直ぐに、どこまでも。

 攻めて攻めて、攻め続ける。

 ……距離が短いから。雷迅の威力が弱まるから。だからなんだというのか……!

 ゴルネオの右ストレートを金剛剄で受け止めた。

 二人の間に生じるのは、ほんの一瞬の停滞。

 

「シィィィィィ────」

 

 身体の右半分を下げて半身になり、強く引くことで強引に距離を作る。

 鉄鞭から身体全体を循環するように剄が巡っていく。

 姿勢だけで作った距離を、身体を捻る勢いで右手に構えた鉄鞭が通過。

 ニーナの身体が僅かに、しかし、確かに雷光を帯びた。

 活剄衝剄混合変化、『雷迅』。

 

「!」

 

 その様子に一瞬、ゴルネオは瞠目した。

 しかし、直後には反応して剄を練り上げる。

 無理して踏み込んだ一歩と同時。

 

「おおおっ!」

 

 外力系衝剄の変化、『剛力突破・突』。

 直後。

 二つの剄技が激突した。

 

「────」

 

 衝撃音が野戦グラウンドに木霊する。

 空気が爆発したかのような重低音だ。

 それは一瞬の均衡を保ち、すぐに引いていく。

 続くように沸き立つ観客席。

 会場のボルテージが天井知らずに上がっている。

 歓声の中で、ニーナはゴルネオの眼を見ていた。

 爛々(らんらん)とギラつく視線を。

 

「まだだ!」

「知っています!!」

 

 中途半端な雷迅ではどうにもならない。

 そんなことは分かりきっていたことだ。

 だから、と衝撃で仰け反った身体を無理矢理にでも前進させた。

 ニーナはもう一度、雷光を纏う。

 活剄衝剄混合変化、『雷迅』。

 

「連撃とは……!」

 

 驚愕を飲み込んだゴルネオもまた、同じ剄技を繰り返した。

 外力系衝剄の変化、『剛力突破・突』。

 再び二つの剄技が激突。

 同じことの繰り返しだが、違うことがひとつだけあった。

 先程のそれよりもニーナの助走が長い。

 

「……!!」

 

 ゴルネオが先程よりもさらに大きく弾かれた。

 対するニーナの姿勢は崩れていない。

 完全に押し勝ったのだ。

 ……行ける!

 だから、とニーナは大きく飛び退く。

 そして、行った。

 

「はああぁあぁぁぁ!!」

 

 活剄衝剄金剛変化、『雷迅』。

 三度、雷迅。

 三度目の雷迅は姿勢も距離も十全。

 対するゴルネオは崩れた姿勢を戻したが、それだけだ。

 既にニーナは雷迅によって生まれた距離を踏破。

 鉄鞭をゴルネオへと振り下ろす。

 ゴルネオの咄嗟の迎撃は、苦し紛れのような蹴り。

 雷迅の一撃が蹴り足諸共ゴルネオを粉砕する、そのときだ。

 

「!?」

 

 ゴルネオの蹴り足から衝剄が飛んだ。

 外力系衝剄の化練変化、『風烈剄』。

 蹴り足から放たれた剄が化練変化し、真空の刃となってニーナを切り裂いていく。

 

「がぁっ!?」

 

 攻撃だけに意識を集中させていたニーナは、金剛剄で防ぐこともできない。

 刃が鉄鞭をかち上げ、隙だらけの身体を通過したのだ。

 いくつもの小さな刃と大きな刃を、体内で感じた。

 

「あつッ────……」

 

 熱い。

 熱さは身体の左側にあった。

 ニーナは急速に失われていく意識の中で、見た。

 力なく地面に落ちていく左腕と、腹部から滝のように流れる赤い血を。

 

「しまった……! おい! 担架を急げ!!」

 

 ゴルネオが何かを言っている。

 聞こえない。

 だがそれでも。

 敗北した、と認識せざるを得なかった。

 

 ●

 

 ニーナとゴルネオの成長過程は面白い。

 担架で運ばれながら応急処置をされ続けるニーナとそれを眺めるゴルネオ。

 二人を観客席から見ながら、レイフォンはそう自覚した。

 物語として知ってはいても、実際に見た彼らは取るに足らない子供でしかなかった。

 サヴァリスに頼まれたからゴルネオを鍛えた。

 ニーナが真っ直ぐに願うから、気まぐれに手解きしてやった。

 周囲すべてが天才ばかりだったレイフォンにとって、普通の武芸者の成長過程は新鮮なものだった。

 剄技を会得できず、剄息すらままならない未熟者。

 

「幕切れは呆気なかったな」

 

 レイフォンが呟くようにそう言うと、メイシェンが青い顔で縋ってきた。

 

「隊長さん……、大丈夫だよ、ね?」

「問題ない。四肢欠損、内臓も再生治療で元に戻る。それくらいの用意はしてあるだろう」

「そう。よかった」

「……なあ、レイとん。最後のあれ。あの蹴り技だけは隊長の雷迅より強かったよな? そんな凄い剄技には見えなかったけど」

 

 ナルキが違うのか、とレイフォンへと訊ねる。

 問いに対して疑問を覚えたレイフォンは、少し考えてから思い至った。

 ルッケンスの流派はツェルニでは有名な武門ではないのだ、と。

 

「ルッケンスには疾風迅雷の型がある」

「疾風迅雷の型?」

「動きそのものに剄を練るシステムを組み込んだ型のひとつだ。乱打戦の最中の蹴りはほぼそれだろう。そうすれば単なる風烈剄でも練りに練った剄の分、雷迅を上回れる」

 

 疾風迅雷の型は優秀だが剄の威力を向上させる以外はただの連撃だ。

 サヴァリスと戦ったときに使われなかったのは、型として動きが制限されることを嫌ったからだろう。

 どう動くか分かっていれば対処は容易い。

 とはいえ、ニーナには困難だろう。それを見越して備え続けたゴルネオの戦略勝ち、といったところか。

 

「つまり、ずっと準備してたってことか」

「さっすがベテランよねぇ」

 

 ナルキとミィフィはゴルネオの戦略を称えた。

 

「ここまでとは思いませんでした。レイフォン様は指導者としても優れているのですね」

「二人とも強かったね! コントロールの訓練の成果かな?」

 

 続くように称賛を言葉にしたリンネとテレンゼ。

 ツァーレンザルド組はあまり知らないツェルニの学生よりも、レイフォンへの称賛だった。

 

「……闇雲に全力を出しても得られるものは少ない。集中力はすぐに切れるし、身体に負担もかかる」

 

 彼女たちの立場、目的を考えればおかしな行動ではない。

 愉快なものではないが、足蹴にするほどでもない。

 都市の未来を憂えるなら当然でもある。

 だからレイフォンは少しだけ補足することにした。

 

「コントロールする練習の方が多くを考えるし、身につくモノは多い。コントロールを極めてこそ、本当の限界に近付ける」

「心に刻みます」

「……だね」

「──さて」

 

 と、レイフォンは立ち上がった。

 

「もう帰って休むの? 明日はレイとんの試合だもんね」

「いや、少し用事がある」

「そっかー。じゃあこっちは皆でスイーツ巡りしてくるね~」

「では、レイフォン様。今日はありがとうございました」

「またな、レイとん」

「レイとん、また今度、です」

 

 レイフォン以外全員がスイーツ巡り(二巡目)に行くとは思ってなかった。

 え?

 マジでまた行くの?

 と、まだ胸焼けが残るレイフォンは思いました。

 

「……行くか」

 

 ●

 

 レイフォンが向かった先は、校舎の屋上。

 そこに一人の少女が待っていた。

 あるいは、レイフォンこそが待っていたのかもしれない。

 

「──お待たせしました、レイフォンさん」

 

 サアラ・ベルシュライン。

 レイフォンを支えると言った念威繰者が、透明な笑みでそう言った。

 

 ●

 




デュエルじゃないです。
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