俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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ザ・モーニング・スター編第五話:学生たちの過ごす日々

 ●

 

 放課後。

 学生は苦行の様な時間から解放され、思い思いの過ごし方に興じる時間だ。

 錬金科の学生であるハーレイが来たのは野戦グラウンド。

 ここは対抗仕合にも使用されるため、小隊員は模擬訓練の場として活用している。ハーレイが専属として就く十七小隊と、別件のレイフォンも今日は練武館ではなく、こちらで訓練の予定になっていた。

 本来であれば、もう少し早く合流出来たのだが、

 

「遅れちゃったかなあ。キリクと対論を始めちゃったのはまずかった」

 

 今の時間であれば、小隊員は訓練に精を出しているはずだ。

 すれ違いにならない様に控え室を覗いておく。

 野戦グラウンドの控え室はそれぞれ男子と女子の更衣室に繋がっていて、試合前の武芸者が入場前に腰を落ち着ける部屋になっている。訓練時には荷物置き場になる事も少なくないが、これは更衣室まで戻るより手早く済むためだ。

 現在は長椅子に荷物が二つ。

 レイフォンとシャーニッドの物だ。

 ちなみに武芸者でも女性は女性。みんな更衣室のロッカーに仕舞っている。

 

「うん、居るみたいだね」

 

 確認したハーレイは数歩を進み、扉を押し開くと広い空間に出た。

 高さ二十メートルはありそうなドーム型の空間で、一部は木々が乱立している。他の所は地面が隆起した場所や逆に僅かばかり沈下している箇所もある。そして最も多くの面積を占めるのは乾いた土の平坦なグラウンドで、そこには拳を交わす二人が居た。

 

「ニーナ、シャーニッド先輩!」

「ハーレイか?」

「珍しいな。お前さんがこっちまで来るなんて」

 

 二人はハーレイに視線を向ける事なく地面を蹴り、砂と空気をかき乱す。

 

「錬金鋼を使わないで、えっとなに? 組手?」

「ああ。レイフォンに言われたのでな」

「師事を頼んだんだっけ?」

 

 昨日だか一昨日にニーナがやけに嬉しそうに言っていた事を思い出す。

 これでもっと強くなれるぞ、と心の底から喜びを口にしていたっけなあ。

 

「あいつに頭を下げるなんて思わなかったけどな。マジ驚いたぜ」

 

 頭の後ろでまとめ、男にしては長めの髪を揺らしながらシャーニッドは愉快そうに笑う。

 するとニーナは、うるさい、と僅かに顔を朱に染めた。しかし、すぐに表情を引き締めると親指でグラウンドの反対側を指し示す。

 

「あれを見て、お前は何も感じないのか?」

 

 ニーナが示した先。

 ハーレイから見て奥の左側。林のすぐ近くだ。

 その”姿”を一目見て、息を飲む。

 左手の鞘から刀が引き抜かれ、姿勢の完成を以て居合いと成す。

 ゆっくりとした動作であるにも関わらず、姿に秘められた勢いを見せつけられる。レイフォンの繰り返す動きには、そう思わせるだけの力強さがあった。

 

「…………」

「ま、俺だって凄いと思うぜ。それでも頭下げてまで頼み込むとは思わなかったんだよ」

 

 訓練に来たレイフォンに対して、ニーナがとった最初の行動がそれだった。

 ニーナは初日に叩きつけられ、レイフォンと話した内容で随分と悩んでいた。しかし、翌日には持ち前の猪突猛進さを発揮。下を向いて思い悩む自分に渇を入れ、無理矢理に前を向けさせた。

 その結果が”頭を下げて教えを請う”という行為である。

 

「お前だって一緒に頭下げただろうがっ」

 

 シャーニッドも同様だった。

 いつもは訓練にすら遅刻して来るのに、何故か普段よりもかなり早く練武館に来ていた。そしてレイフォンが到着すると、ニーナと一緒になって彼も頭を下げた。

 

「俺は女にだけ恥かかせるなんて真似はしないのさ」

「お前はその妙な真面目さを少しは武芸に向けたらどうなんだ?」

「無理無理。俺の情熱はもう使用限界だっての」

「まったく、お前というやつは……」

 

 軽口を叩きながら組み手を続けている時だった。

 奥の雑木林に居たはずのレイフォンが近付いて来た。

 彼はニーナ達に休憩の旨を伝えると髪を掻き上げ、

 

「どうしたハーレイ。十七小隊の誰かに用でもあったか?」

「あー、俺たちはベンチで休んでるわ」

「うん、お疲れさまー。僕の用はレイフォンにだよ、はいコレ」

 

 一枚の紙を手渡す。

 錬金鋼についての情報が数値として記された仕様書だ。仕様書の一番に正式名称を記載する欄が設けられているが、そこだけは殴り書きでこう書かれていた。

 

「……複合(アダマン)錬金鋼(ダイト)? これは?」

「『連弾』で錬金鋼がダメになるって言ってたでしょ? それに関しては研究し直しだったけど、研究仲間が昔から考えてた新型錬金鋼がいい感じでね。一応、試作型が完成したんだ」

「ほう。現物はどこにある?」

 

 仕様書に一通り目を通したレイフォンは野性味のある笑いを浮かべて問いかけた。

 食いつき方は悪くない。少なくとも期待できそうだ、と考えている事はハーレイにも分かった。しかし、複合錬金鋼を託すにあたって重大な問題をひとつ残している。それは、

 

「すごく重いから研究室に置いてきたんだ。大きすぎてた身体が振り回されちゃうくらいだしさ、やっぱり実際に来てもらって細部の微調整した方がいいかなーって。あ、でも今後は改良を重ねてもっと軽量化してみせるから!」

「刃渡り百五十、重量にして五キル。確かに巨大かつ重い錬金鋼だが扱えぬ程でもない。訓練を終えたら訪ねよう」

「じゃあ終わるまで待ってるよ。細かい要望とかあれば聞いておきたいし」

 

 そして思う。

 レイフォン・アルセイフという男ならば、小さな不満は有っても扱いきれるだろう、と。それだけの技量を持ち合わせているとも。

 ハーレイはそういった実力者が満足する調整をこそ専門としている。

 生徒会からの特別依頼でもあるため予算に上限は無いに等しく、ある意味では腕の振るい甲斐がある状況だ。

 ……技術者冥利に尽きるってね。

 一人の特別に対する錬金鋼という研究も、誰よりも細かく武芸者の要望に応えるという調整も、その研究領域故に研究室の認可が下りなかった。それがただ一人の特別な武芸者が来た途端に重宝される様になったのだ。

 その事に思う所が無い訳ではないが、それでも自由に研究を突き詰められる現状の方がありがたい。

 

「今日はどれくらいで終わるんだい?」

「訓練は終わりだ。あとは少し、あいつらに聞いておくことが残っている」

 

 そう言うと、レイフォンはベンチで身体を休めていた二人に向かって問いかけた。

 

「ニーナ・アントーク、シャーニッド・エリプトン。お前たち二人に訊こう」

「私達に?」

「お前たちは、どんな武芸者になりたい?」

 

 ●

 

 対抗試合は二日間に渡って行われる。

 今回は四試合ずつ予定されていて、十七小隊の試合は初日の第三試合に組まれていた。

 当日の野戦グラウンドは超満員。

 既に第二試合が始まっていて、もうすぐ十七小隊の試合が始まろうという時間だ。

 試合直前になり、レイフォンは着替えを済ませて控え室に戻る。そして、いきなり眉尻を釣り上げることになった。

 シャーニッドの陽気な振る舞いは問題ない。フェリのやる気のなさも特におかしなことではない。しかし、

 

「……どうした?」

 

 ニーナの雰囲気が沈んでいた。

 彼女の纏う空気は厭戦の様な物ではない。どちらかと言えば、何かに悩む迷い子の様な物だ。だから、とレイフォンは先日の出来事に当たりをつけて問いかける。

 

「まだ答えは出ないか」

「ああ、まだ分からない」

 

 自分のことすらも分からなくなった、という様相でニーナは言った。

 

「私はずっとツェルニを守る事を考えてきたが私自身がどうなりたいか、なんて想像した事も無くてな。どうしたらいいのか、さっぱりだ」

 

 彼女の悩みは自分の”生き方”を求めるもの。

 これは余人に関われることではない。どれだけ言葉を尽くそうとも、自分を決められるのは自分自身に他ならない。

 だからレイフォンは己の経験で得た答えを端的に示すことにした。

 

「なるようにしかならん」

「――――」

 

 ニーナは目を見開いた。

 そして、声をかみ殺して笑う。

 今の言葉を聞いて、なんらかの意義を見い出したらしい。次の瞬間には今まで通りのニーナに戻っていた。

 

「――よし、最後に作戦の確認だ。シャーニッド!」

「あいよっと。俺は殺剄して隠れる。なんとか相手側の狙撃手をかわしてフラッグを狙う」

「レイフォン!」

「二人は止めてやる」

「フェリ!」

「可能な限り頑張りますよ」

「お前はもう少しやる気を出せ!」

「出してます」

 

 ニーナは息を吐く。

 

「まあいい。今回の試合は我々が攻撃側のため、私が倒された瞬間に敗北となるが、その上で私を本命に見せかける」

 

 それは、

 

「四人で五人を倒すのは工夫が要るが、私に目を引きつける。特に相手となる十六小隊はベテランの小隊。新入生が大活躍、そこで私が突撃となれば嫌でも目に付くはずだ。

 正攻法で挑んでも勝ち目は薄いなら、躱して行けばいい。全員が役割を果たせば勝てる! やるぞ……!」

 

 ●

 

 野戦グラウンドの中央でニーナは十六小隊の隊長の前に立つ。

 

「新設の小隊でどこまで出来るのか、見せてもらおうか。ニーナ・アントーク」

「――望むところです」

 

 会場の中央で握手を交わしたニーナは自陣のベンチへと向かう途中に思う。

 自分の作った小隊の初試合だ。絶対に勝ちたい、と。

 さらにに思う。

 ……負けはないんだろうな……。

 レイフォン・アルセイフ。

 グレンダンから来たという凄腕の武芸者の発言を思い出す。

 ニーナ・アントークが倒れる直前までは従ってやる、と。

 これは即ち、十七小隊というチームが敗北する時は自分の手で全て終わらせる、という宣言だ。彼の性格を思うに、おそらくそれで間違いないだろう。

 そうなってしまえば、レイフォン・アルセイフという武芸者の勝利であって、十七小隊の勝利ではなくなる。

 だからこそ、ニーナはレイフォンという鬼札を使うことなく勝利したい。

 ……難しい、な。

 そんなことを考えながらベンチに戻ると、シャーニッドの軽口に迎えられた。

 

「お? どうしたよ。旦那に挑発でもされてナーバスかい? 勝つぞ、なんて息巻いてたのに顔色悪いぜ」

「シャーニッド」

 

 名を呼び、息を吸う。

 

「我々は得難い指導者と、心強い戦友を得た。だからこそ、十七小隊で勝つぞ」

「……おう。任せな」

 

 そして、試合開始の時が来た。

 ブザーが鳴り響く。

 

 ●

 

 ブザーを耳にしたレイフォンは疾駆する。

 しっかりと学生に合わせて活剄を抑えているが、同様に飛び出したはずのニーナよりもかなり速い。

 ……少し、速いかねー?

 とはいっても、最低でもツェルニ最強アタッカーと示さなければならない。

 武芸者にとって、戦闘力とは発言力だからだ。

 発言力が必要になるかはとにかく、面倒を避けるのには有って困る事のないチカラだ。少なくとも面倒事が起きる事は知っているし文字通り力尽くで、

 ……取りに行く!

 数秒間を走れば野戦グラウンドの半分を越える距離を走破。半分から少しの地点で、敵側の武芸者がまだ動いていない事を察知する。

 当然だ。

 この試合は攻撃側と防御側に分かれて戦うもの。防御側はフラッグを折られれば敗北となるが、それ以外に敗北の条件が無い。

 フラッグ周辺で罠を仕掛けて待つに決まっている。だが、

 ……十六小隊の前線を構成するのは三人のはず。

 一人はニーナでも抑えられるとすれば、レイフォンが足止めするのは二人。新入生が一人で陣地前に姿を現せば”新人ゆえに組み易し”と判断して潰しに来るだろう。そこで目を引き付けておきたい。

 行った。

 走りにくい野戦グラウンドを反対側まで走り抜ければ、そこには五人。トンファー、斧、剣を持った近接戦術者が三人と、狙撃銃が一人、念威繰者が一人だ。

 三人の内の一人、トンファーの男が口を開いた。

 

「ここで一気に戦力差を広げれば後が楽だ。確実に落としてこい」

「了解」

「馬鹿め、一人で突出し過ぎたな!」

 

 二人がレイフォンを挟み込む様な動きで間合いを潰してくる。

 堅実な戦法だ。

 十六小隊は機動力に定評があっても過信はしていない。逃走と加勢の場合を想定した動きを見せていた。

 

「レストレーション」

 

 静かに練金鋼を復元。

 手にしたのは複合練金鋼。巨大さに見合う重量を持った太刀は十分な威圧感を伴っていた。

 

「でかい……!」

 

 しかし、それだけで怯む様な小隊員ではない。彼らは知っている。

 

「新入生に”ソレ”が使いこなせるか――!」

 

 巨大な武器は威力を保障する代わりに、重量や長大さ故に使い手を著しく制限するのだ。レイフォンの手にするソレは、熟練の武芸者であっても扱いが難しい。間違っても新入生程度に扱える代物ではない。

 即ち、虚仮脅しの時間稼ぎと判断できる。それを好機と見た二人はタイミングを合わせて突撃。

 斬りつける。

 

「ほう?」

「!」

「二人同時の攻撃を受け流しやがった……!?」

 

 悪くない剣筋だ、とレイフォンは思う。

 優れた武芸者による指導もなく、大した経験もない未熟者の攻撃にしては筋がいい。

 もう少し余力を削ぎ落としてもらえば、少しは複合練金鋼の慣熟練習にはなるだろう。だから、と激昂する様な物言いを思考したが、すぐに思い至る。

 ……バージノレロールなら問題なくね?

 

「戯れだ。付き合え」

 

 ●

 

 十六小隊のアタッカー二人を真っ正面から新入生が抑える。そんな光景にツェルニのほとんどの人間が目を奪われているだろう。

 試合中でなければ自分も見てみたい、という思いを胸に、ニーナは野戦グラウンドを駆け抜ける。

 レイフォンの位置を越えて、フラッグを視界に捉えた。もう少しでフラッグを取れる地点には到着した。しかし、

 

「そう簡単にはいかないか……!」

「期待の新人に前線を作らせ、その隙に自分でフラッグを狙う。……少し変わったか? ニーナ」

 

 殺剄で気配を隠しながら一気に駆け抜けて、あわよくばフラッグ強奪を狙う。それは、

 

「人数差があり、しかも機動力を、即ち即応性をウリにしている我々十六小隊に対して隊長が特攻とはな。無謀だぞ」

「そうでしょうか。少なくともウチのアタッカーが人数差を補っていますよ?」

 

 視界の端には、十六小隊のアタッカー二人に対して一歩も引かないレイフォンが居る。

 複合練金鋼を使いこなして戦う姿は手加減してるにも関わらず圧倒的だ。

 

『これは予想外の展開だあ――!! 無謀にも一年生アタッカーが十六小隊に特攻したかと思えば上級生二人の猛攻を前に一歩も引かない善戦を見せているぞ!』

「なるほど逸材だ。あの二人を同時に相手取って戦えるとは……」

「あとは、私が貴方を”抜け”ば終わりです」

「貴様如きに出来るものかッ!」

 

 十六小隊の隊長は強い。

 二年前の”あの戦い”の時も思った事だ。

 だが、今は更に強くなっている。

 トンファーの連撃は早い代わりに重さを伴わない。しかし、今の彼の連撃はその欠点が露呈しない様に工夫が為されていた。

 

「トンファーを回転させる事で更に速度を上げたのか……!」

「僅かだが遠心力で威力も向上しているぞ!」

 

 威力の改善が見られても、遠心力だけではタカが知れている。実際にニーナの感覚では大したことのない一撃だ。だとしても、それを補うための修練は確かに実を結んでいる。

 速く、鋭い連撃は受け止める事は可能だが、

 

「反撃の隙が……」

 

 ない。

 受け止めるので手一杯だ。

 このまま受け続ければ、いつか潰されてしまうだろう。

 

「どうした。このまま受け続けるだけか!」

「く……!」

 

 苦しい状況だ。

 だが、戦える。

 以前ならば既に膝を折っていた程の猛攻に、ギリギリの均衡だとしても未だ耐えている。これ程の成長を実感出来た行為はただひとつしかない。

 ……剄息の効果か!

 始めは大変だったが、今では剄息をしていなければ息苦しいくらいになっている。それがこれほどの効果を発揮するとは思っていなかった。

 

「チィ、まだ耐えるのか……」

 

 声から若干の疲労のニュアンスを嗅ぎ取った。

 心なしか、猛攻も勢いが衰えている様にも思える。

 ……判断を間違えたな!

 敵が短期決戦を可能と踏んで猛攻を仕掛けた結果、体力に陰りが見える。対してニーナにはまだまだ持久力に余力があった。その差をモノにするには攻めるしかない。

 集中が緩み、速度が鈍った瞬間。

 

「――はあッ!」

 

 軽いトンファーの攻撃を跳ね除ける。

 あとは、右手に振りかぶった鉄鞭を脳天に叩きつければ終わりだ。

 ニーナは勝利を確信する。

 直後。

 

「ぐあッ!?」

 

 腹部に打撃が炸裂した。

 痛い、という思いよりも先に馬鹿な、という思考が意識を充満する。

 ニーナが受けたのは単純な攻撃だが、トンファーによる攻撃の中で最も威力を見込めるもの。拳よりも細く硬い錬金鋼が勢いよく叩きつけられ、対象に抉りこむ様な打撃を加える一撃だ。

 攻勢を見せた瞬間に最大の攻撃を浴びせるというカウンターが示すのはひとつの事実。

 

「読まれて、いたのか……」

「それもある。だが結局の所は間違えていただけだ」

 

 腹部を押さえて膝を折るニーナを前にして、彼はトンファーを引き絞る様に構える。

 すると、剄が収束し始めた。

 

「ニーナ・アントーク、お前は防御力に優れている。鉄壁と言ってもいいほどにな。だがそれ故に攻防の駆け引きに慣れていない。だから読みやすく対処も容易い!」

「――ここまでだ」

「!」

 

 ニーナと戦っていたはずの男が、

 ニーナを倒していたはずの男が、あっさりと崩れ落ちた。

 それを成した人影はすぐ後ろから現れた。

 

「レイフォン……」

 

 レイフォンは応えず、林に、次にフラッグへと視線を送っている。

 つられてニーナが視線を向けると、直後。

 シャーニッドの歓喜の声と共に試合終了を告げるブザーが響いた。

 

「…………負けたのか、私は」

「まずは己を知るといい、ニーナ・アントーク」

 

 ●

 

 夜の祝勝会まで自由行動となったため、思い思いの行動を取ることとなった。ニーナは続く第四試合の観戦。ハーレイは複合錬金鋼の調整。シャーニッドはどこぞに消えた。

 そしてレイフォンは自室のある寮へと足を向けている。しかし、彼は一人ではなかった。一人の女性が彼を率いて歩いていた。

 

「俺に用があるんだろう、フェリ・ロス。いつまで黙っている気だ」

「ええ、お聞きしたいことがあります」

 

 聞きたいことがある。

 そう言いながらもフェリは足を止めない。振り向くことすらしない。まるでレイフォンを視界に入れぬ様に、と無理をしているともとれる素振りだ。

 呼び出しておきながら視線も向けない。そんな行動に、レイフォンは心当たりがあった。

 

「ふん。畏れを抱きつつも問いを投げるのか」

「……貴方を恐れているのは事実です。ですが、無闇に危害を加える様な愚かな方とも思いません」

 

 それに、

 

「私たち念威操者は感情は薄く、それすらも切り離して思考することが可能です。貴方ならご存じでしょう?」

 

 レイフォンが鼻を鳴らして応えると言葉が途切れ、足音だけが響く時間が生まれた。

 無言のまま歩き続けて建物の様式が違うものになる頃、不意にフェリが足を止めた。彼女は息を吸い、そして吐く。ようやく、という時間をかけて意を決し、振り向いた。

 

「試合が終わる時、貴方は隊長にこう言いましたね。――己を知れ、と」

「言ったな」

「では、これを見て貴方はどう思いますか?」

 

 言うやいなや彼女の頭髪が青白く光を放った。

 念威の光だ。

 足下に届くかという長髪の全てが念威の光に満たされていた。

 凄まじいまでの念威。才能だけ見れば間違いなく天剣授受者と遜色ないレベルだ。デルボネが存在を知れば後継者にと望むだろう。

 まさしく規格外の才能の塊。

 

「……なるほど、桁外れな念威だ」

「そうですね、私は故郷において天才と呼ばれた念威操者です。誰もが私に”そう”生きろと言うんです。ですが私には、誰もが言う念威操者という生き方が分かりません。ひどくイビツに感じられるのです。あるいは、それは私が私を知らないからなのでしょうか。もしそうなら私は……。

 ――きっと貴方も天才と呼ばれていたのでしょう? 故郷では天剣という称号を授かるほどなんですよね。だったら教えてもらえませんか? なぜ貴方は武芸者であることに一点の曇りもないのですか――?」

 

 切実な訴えは、絶叫だ。

 心が張り上げる悲鳴だ。

 己という存在の定義を問う慟哭(どうこく)なのだろう。しかし、とレイフォンは思う。

 

「下らん」

「な――」

 

 レイフォン・アルセイフにとって己の定義に不明な点などないからだ。

 何をしたいのか、

 何を成すべきか、

 何が義務なのか、

 何が権利なのか。

 その全てに疑問を差し挟む余地はなく、かつてといつかに対して一切の躊躇(ためら)いなく生きている。

 だから、とフェリが絶句するのを無視して告げた。

 

「貴様も、貴様の都市もだ。――フェリ・ロス」

「どういう意味、ですか」

「己が何者であるかの決定を、他人の意志に(ゆだ)ねるのか?」

「――――」

 

 問いかけの意図は、単純にして明快。

 それは、

 

「私が、何者で在りたいのか」

 

 誰がどう言ったからではなく、

 自分がどの様に生きたいのか。

 

「そうやって考えれば――――?」

 

 フェリが思考の渦から戻った時、レイフォンの姿は既にない。

 彼女は身体から力を抜くと、一言呟いた。

 

「……無責任なヤツ」

 

 ●

 

 対抗試合の二日目も無事終了し、夜。

 レイフォンはミィフィたちに連れられ、レストランに来ていた。

 先日の祝勝会は小隊のメンバーのためのものであったため、個人的に祝いの席を用意してくれたらしい。勝利を祝うという行為には縁がなかったが、

 ……結構、嬉しいモンだわ。

 表情は一切動かさずに内心で喜んでいると、

 

「最初にこれを。都市警の所長から渡してくれってさ」

 

 ナルキが無造作にそれをテーブルに乗せた。

 九百万という札束だった。

 

「え、えええっ!? ちょ、ナッキどうしたのこのお金!」

「ミィ静かに! レイフォンも早く受け取ってくれ。こんな大金は心臓に悪いんだ……」

「面倒を掛けた。手間賃とでも思うといい、今日は奢ってやろう。この通り、金はあるしな」

「え、いいの! やったあ――!」

 

 ナルキは落ち着け、とミィフィを手で制し、

 

「ともあれまずはレイとん、十七小隊の勝利アンド大活躍おめでとう!」

「おめでと――!」

「……おめでとう、レイとん」

 

 三人分の拍手が耳を打つ。

 

「よし、遠慮しないで食うからな! すいません、注文お願いしまーす!」

「今日のナッキはノリノリですなー」

「いきなりこんな大金渡されたんだぞ! 不安だった分、食えるだけ食ってやる」

「根に持ってたんだ……」

「構わん、好きに食っていいぞ。明日の体重計が楽しみだが」

「それは言わない約束だぞレイとん!」

 

 ナルキはやれやれ、と吐息。レイフォンの手元にある札束に視線を向けた。

 

「それにしても、この大金はなんなんだ? 人に言えないこととかしてないよな」

「もー、なに言ってんのさ! ナッキって結構ニブちん?」

「どういう意味だっ」

「都市警の偉い人が渡してきたんでしょ? それなのにヤバいお金とかある訳ないじゃん」

 

 ね? というミィフィの確認に軽く頷く。

 

「ただの配当だ」

「配当? まさか、対抗試合の賭博(とばく)か!?」

 

 ナルキの声に怒気が混じった。

 しかし、レイフォンは答えない。ただナルキを冷めた眼で見つめるだけだ。

 

「ちょ、ちょっとナッキ止めてよ、お願いだからさ」

「あの……あの、ナッキ……!」

「あ、ご、ごめん。でも、レイとんも何か言ってくれないか。これじゃあ……」

「ふむ」

 

 慌ててナルキを宥めるミィフィと、あわあわと動揺するメイシェンを見て、思い直す。

 ……確かに、黙ってたら場の混乱がヤバいです。

 だとしても、十七小隊の勝利に賭けたのは事実であり、小隊員が対抗試合に賭けをしてはならないのもまた事実。色々と言い訳は可能だが、あくまでルールに対して穴をついただけだ。

 純粋に武芸を信望する心根には黒すぎる。

 どうしたものか。

 悩んだレイフォンの頭脳が弾きだした答えは、

 

「何か問題があるのか?」

「ウッソ、そこで開き直んの!?」

 

 ミィフィのツッコミは素晴らしいが、状況が状況なので華麗に無視。

 

「ばっ、馬鹿を言うな! 武芸は私達がこの世界で生きていくための大切な贈り物だ。それを私欲で(けが)したんだぞ!?」

「その思想が必要であることは十分に()()()()()。不要だと切り捨てるつもりはない。だが、その思想に身を浸そうとも思わん。それは――」

 

 レイフォンから表情が無くなり、声の抑揚(よくよう)も失われた。

 ひっ、というメイシェンの小さな悲鳴も耳に入らない。

 

「……俺にとってそれは、飢餓(きが)(あえ)ぎ、死に(ひん)する者に向かって『武芸者の誇りために死ね』と告げることと同じだからだ」

「――――」

「武芸者としての義務を果たしている限り、どう生きようと個人の自由だ。誰に(はばか)ることもない」

「あ、う……」

 

 レイフォンは吐息する。

 昔を思い出して熱くなってしまっていた、と。

 やれやれ、と視線を落として大きく息を吐き出すと、再びナルキに向かい合ってこう告げた。

 

「威圧してしまったな。詫びと言ってはなんだが、ひとつ講義をしてやろう」

「……こう、ぎ」

「ナルキ・ゲルニ。武芸を扱う意義について問おう。――我々武芸者の義務とは、なんだと思う?」

「――え、あ、えっと」

 

 気に当てられて呆然としていたナルキは、問いかけられると視線を忙しく動かし、考える。

 ややあってから、

 

「市民だ。都市警察志望だからかもしれないけど、私はそう思う」

「正解だ。武芸者は都市を損ねる可能性の全てと戦う義務を負う。しかし、それは都市にしか人間が住めないから都市を護っているに過ぎない。即ち、市民の守護こそが最大の義務」

 

 そして、

 

「守護を(うた)っておきながら戦うことしか出来ない我々が守護者足り得るのは外敵が在ってこそだ。だからこそ考えろ。どういった行動がどんな影響を生み、護るという結果に繋がるのかを。常に意識しろ。護るべき市民が最優先だと」

「…………はい」

 

 まだ呆然としているのか、内容に理解が及ばないのか、レイフォンに教えられるのが悔しいのか。返事はどこか間の抜けたものだった。

 

「あ、……お料理、……来たみたいだよ」

 

 細々とメイシェンが言う。

 彼女が示した方向を見れば、確かにウェイターの青年がいくらかの料理を運搬していた。

 

「ふむ、せっかく用意してもらった祝いの席だったな。危うく台無しにする所だったが、ちょうどメシも来たんだ。仕切り直し、としてくれないか?」

「もちろん、オッケーだよ!」

 

 ミィフィの快諾がありがたい。

 視線をナルキに向けると、小さく頷いた。メイシェンとミィフィが取り繕ってくれた空気を壊すような真似はしない、といことだろう。

 レイフォンにしても全く同感だ。

 テーブル一杯に料理が並べられるとミィフィは音頭を取った。

 

「かんぱーい! いやー、レイとんスゴかったねー!! 最後なんかババーっと隊長さんの所まで言ってたし! そこんとこ、うちのナッキはどう思う?」

「ん、そうだな。あそこまで強いとは思ってなかった。あれは凄いよ」

「……でも、あんなに強いのに、……どうしてすぐ倒してしまわなかったんですか?」

「俺がすぐに倒すのは確かに容易い。だが、それでは対抗試合の意味が無くなってしまう。あのままニーナが持ちこたえていたなら、……これは!」

 

 大地が跳ねた。

 否。

 都市。

 震動で、都市全体が大きく揺らいでいるのだ。

 

「え、ええ――!?」

 

 最初に大きく縦に揺れ、それから斜めに激しく揺れが続いている。最初に穴かなにかに落ちて、そのまま滑っているということだろう。

 通常なら、このままでは、と危機感を募らせる場面だ。しかし、レイフォンはこの出来事を予期していた。

 

「……やれやれ、つくづく祝い事には縁がないらしい。ウェイター! タッパーかなにかを用意しろ!」

「レレレレ、レイとん!? あの、その、えっと!」

 

 倒れそうになったメイシェンは隣に座っていたので、咄嗟に抱きかかえていた。

 取り繕いようもなくテンパっていると小動物の様だ。

 

「ああ、すまん」

「あのー、レイとん。私と対応が違うんですけどー?」

「ナルキが居るだろう」

 

 ミィフィはナルキが抱えているので、怪我などは一切なく済んでいる。

 と、ウェイターがプラスチック製の容器をいくつか抱えてやって来た。

 

「適当に置けばいい。あとはこちらでやる。ミィフィ、メイシェン。二人で適当に詰め込んでおけ」

「えっと、どうしたの?」

「早くしろ。それからナルキ。お前は二人をシェルターまで警護、その足で都市警に向かえ」

「シェルター?」

「……レイ、とん?」

 

 困惑する三人に向かって、パニックにならぬよう慎重に言葉を重ねていく。

 

「事実はどうであれ、すぐに緊急招集があるだろう。最悪の場合、一般市民はシェルターへと避難しなくてはならない」

「レイとん、もう少し分かりやすく言ってくれ。回りくどいぞ」

「ナルキ、よく聞け。二人も騒ぐなよ」

 

 冷静に告げる。

 

「汚染獣が来た」

 

 




いつからレイフォン視点がのほほんだと勘違いしていた……?



ということで五話です。

戦闘BGMはDMC1の通常戦闘(いっちゃん最初の人形戦ってことで。名前しらない)
日常のほのぼのBGM『フンフンフン♪だよ、らき☆すた』 らららこっぺぱん

作業用BGMはブレイジングツアーを適当に聞き流してました。

ある意味では差し挟みの様な回ですが、この話の次の話でレイフォンの人生観が少し分かる、という形にするつもり。時間掛かりますけど。すみません。


きっと、ここから始まって色々変わってしまう歴史の分水嶺。そのひとつですなあ。

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