俺はスタイリッシュなヴォルフシュテイン   作:マネー

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第六話:過去と現在と

 ●

 

 クラリーベル・ロンスマイアは、グレンダン三王家のひとつ、ロンスマイア家の娘で、現天剣授受者であるティグリスの孫であり、女王・アルシェイラの従妹にあたる。

 血筋から才能を良く受け継いだのか、幼くともその実力は高く自他とも認める天才だ。

 愛称はクララ。親しい者にはそう呼ぶように言っている。

 

「行ってきますね、お爺様」

「うむ。毎度の事で慣れてしまってるやもしれんがトロイアットには気を付けろ、クラリーベル。奴は――」

「はいはい」

 

 祖父の“小言”を軽く受け流し、閉じる門の隙間に言葉を置いた。

 

「大丈夫ですって。先生は手の早い方ですが道理は(わきま)えていますよ。同意もなく馬鹿はしません」

 

 既に脚はいつもの鍛錬場所であるトロイアット宅に向かっていた。

 急ぐ必要は無いが、心なしか少し足早になっているかもしれない、とクラリーベルは苦笑する。

 

「仕方ありませんね、私も。いくらレイフォンと戦えるからといって浮かれすぎなんでしょうか」

 

 彼女が脳裏に描くのは、かつて初陣の際に不手際により窮地に陥るも、後見人となったレイフォンに救われた情景だ。

 自分と同じ世代の子供がグレンダンで武芸の頂点に立つという偉業。最年少で天剣を手にした少年に思う所があった訳ではない。しかし、クラリーベルとて一人の武芸者だ。羨望や嫉妬を抱いたこととてある。

 曖昧な感情を抱いていたからこそ、自分という才能を魅せつけたいと思った。そして、自覚せずとも舞い上がっていたクラリーベルは当然の様に無様を晒す結果を招いた。

 ペース配分を誤り、トドメを刺す前にダウン。

 なんたる恥辱か。

 許せなかった。

 汚染獣ではない。

 余りに不甲斐無い自分という存在が、だ。

 だからクラリーベルはレイフォンに執着を持っていても何もしなかった。何をするにしても自分が弱くて、弱すぎて話にならない。

 経験の不足はもちろん、基礎能力すらも貧弱である事実を認識した上で祖父以外の者にも教導を願い、天剣の一人、トロイアット・ギャバネスト・フィランディンを(たの)んだ。クラリーベルと同じく化錬剄を得意とする彼は急な依頼を快諾し、それ以来は師弟関係が続いている。

 歩くことおよそ十分。

 トロイアットの住居に到着した。感じ取れる剄から判断すれば、中に居るのはトロイアットのみ。

 感じ取れる剄は中庭からだ。

 

「――先生?」

「おう、クララ。今日は早いな」

 

 白塗りの豪邸に備え付けられたプールがあり、声はその隣の芝生の方からだ。

 

「気が逸ってしまったようで。やはりレイフォンと戦えると思うと抑えきれません」

「やっぱあの小僧かよ。初恋?」

「彼と同世代の武芸者なら誰だって“こう”なりますよ。十才という若輩でも天剣に手が届くと証明した人なんですからね」

 

 グレンダンの少年少女にとって、天剣は憧れだ。その憧れの存在になれるかもしれないという希望。それがレイフォンだ。

 熟練の武芸者達は『天剣』が特別な者だと知っているが、子供は知らない。だからこそ誰もが彼に憧れ、その姿を目指し、そして越えたいと想いの火を胸に灯すのだ。

 今の自分で届かないからずっと届かないとは思わない。レイフォン越えを願う一人の武芸者として、その機会を得られたというだけで舞い上がっても不思議はない。

 

「ふーん。まあ、クララは才能あるし、もしかしたら勝てる()()()()()()な」

「――つまり、今の私では絶対に勝てないと言うんですね?」

「そりゃ無理だろ。剄力じゃあ天剣でもトップクラスだが、それを除いてもアイツは俺レベルの天才だ。だから勝てねえ」

「説明になってませんよ」

 

 言いたい事は分かりますが、とクラリーベルは口元を手で隠しながら笑う。

 

「なんにせよ、私はレイフォン越えに挑戦するだけです」

「命短し恋せよ乙女ってか。ま、ひとつアドヴァイスしてやっから頑張んな」

 

 やや憮然とした表情でトロイアットが言った。

 

「レイフォンの戦いには対人の概念がねえ。老性体との戦闘以外を想定してねーんだ」

 

 それは当たり前の事だ。グレンダンでは老性体と戦えるのは女王を例外とすれば天剣のみ。その天剣が老性体と戦うために腕を磨くのは当然の事と言える。

 しかし、それではアドヴァイスと言った意味が分からない。

 

「人間と戦う事を想定していないって、天剣争奪戦は勝ち抜いてますよ? サイハーデン刀争術。見事な刀技でした」

「そうじゃねえよ。あいつはほとんどサイハーデンの剄技を使わない」

「はい?」

 

 サイハーデン刀争術は、レイフォンが初めて修めた戦闘術のはずだ。身体に染みついた戦闘技術を最大の実戦で使わないなど自殺行為にしか思えない。

 第一、身に着けた技術を汚染獣との戦闘、それも老性体に使わないならば一体いつ使うのか。

 

「戦いの基礎をサイハーデンで学んで、俺に化錬剄の基本と概要を教わってからは自己流のはずだぜ。様々な体系の剄技をどれも使う自分なりの戦い方ってヤツを作り上げたんだろうよ。だから基本が対老性体になってる。変な先入観があるとすぐに負けるぞ」

「動きの基礎がサイハーデン。そこに先生から学んだ化錬剄を融和。しかも独自開発とは、さすがはレイフォン。凄いです。あの時にはもう先生の化錬剄とかなり違う系統になってませんでしたか?」

「戦い方が変化するのは当然だろ。それ以上に剄技が違う」

 

 トロイアットは大きく息を吐く。

 

「どう説明すっかな……。サイハーデンを使ってた頃と違って、今のレイフォンに対人間レベルは意識にないはずだ。アイツがまともに戦うってことは老生体を殺し尽くすことと同じなんだよ」

「つまり、本気にさせるには老生体と真っ向から戦える戦闘力が必要だと?」

「その程度も出来ないなら、全力なんて出せねーのは確かだな」

 

 ●

 

 デルク・サイハーデンは目の前の光景を、いつか見たものだ、と思いを馳せる。

 

「気を付けてね、レイフォン。あんまり遅くならない様に」

「気を付けよう」

「うん、いってらっしゃい」

「ああ」

 

 レイフォンを見送る少女の名はリーリン・マーフェス。目鼻立ちがクッキリとし亜麻色の髪と緑色の瞳で、肩までかかる美少女と言って過言ではないだろう。将来が楽しみな子の一人だ。

 彼女が見送るのがレイフォン・アルセイフ。かつて自分に師事した少年であり、今や天剣に名を連ねる天才。

 ただそれだけだったのなら、何も問題は無かった。あるいは、それが努力の末による結果であれば素直に喜んでいただろう。だが、レイフォンは違った。

 ……レイフォン、お前は――。

 

「どうしたの、怖い顔してるわ」

「――いや。昨日は眠れなくてな、すまん」

「ホント? 無理はしないでよね、お義父さん。もう若くないんだからさ」

 

 リーリンの気遣いは嬉しい。血の繋がりが無くとも娘に気遣われるのは父親にとっては得難い喜びだ。

 

「お義父さん?」

「まだ朝は冷える。身体を冷やさないようにしなさい」

「あ、うん……」

 

 リーリンが家に戻った事を確認して、思考を巡らせた。

 ……レイフォン……。

 リーリンと共に保護した少年は、寡黙だった。誰と話すでもなく、誰と笑うでもなく、ただ武芸者として鍛錬し続けていた。

 かつて、なぜそこまで強くなろうとするのか、と問いかけた事がある。その時、レイフォンは淡々とこう言った。

 必要だからだ、と。

 当時、考えられた事情は武芸者への配給だが、それも違うと言っていた。

 デルクには、必要だという言葉の意味が分からなかった。

 レイフォンが何を考えているのか分からなかった。

 汚染獣が来てもグレンダンの武芸者達は難なく撃退している。十にも満たぬ子供が自分の身体を虐めてまで急いで強くなる必要など無いはずなのに、一体いつ武力を行使すると言うのだろうか。

 不思議に思う自分に対してレイフォンは更に、孤児院の資金運営はやっておくから心配しなくていい、とまで言った。デルクは自分がやっても上手く出来る訳ではないと考え、自分の監督下であるなら、と任せた。

 レイフォンは付加価値やらリスク・マネジメントやらと意味の分からない言葉を使っていたが、不思議な事に金に困る事は少なくなっていったのは覚えている。

 だからこそ理解が及ばない。

 ただの天才ならば理解出来なくても納得は出来よう。しかし、経営は知識なくして成功するものではない。ならば武芸に心身を注ぎ続けたレイフォンは、それだけの知識を一体どこで仕入れたというのか。知る機会なくして識るレイフォン・アルセイフ。

 ……お前は一体、何なのだ……?

 

「――いかんな」

 

 レイフォンの事を考えると、身体に力が入ってしまうらしい。いや、自分を誤魔化すのは止めるべきだ。認めるべきだ。目を逸らしてはならない。

 デルク・サイハーデンは、レイフォン・アルセイフに感謝すると同時に恐れている――――。

 

 ●

 

 トロイアットの屋敷の庭に、屋敷の主であるトロイアット本人とその弟子たるクラリーベルが立っていた。そしてレイフォンは相対する位置で歩を止める。

 

「来てくれましたね、レイフォン様」

 

 クラリーベルの口から告げられた言葉は歓迎だが、出で立ちや振る舞い、剄の輝きまでもが高揚した戦意を顕著に示していた。

 いや、とレイフォンは己の思考を否定した。彼女にとっては戦闘は歓喜に満ちた空間であり、十分な戦力を持った相手は歓迎すべきなのだろう、と。

 

「呼ばれたからと足を運んで来てみれば。――――貴様と戦えと?」

「お嫌ですか?」

 

 そう訊ねる彼女は、今にも襲いかかってきそうにも見えた。

 レイフォンは息を吐く。

 

「手間だ」

「手間を感じる程度には私を認めてくれているんですね」

 

 クラリーベルとは、あまり接点がないために正確な戦闘力を出で立ちだけで判断することは難しい。

 それでも、とレイフォンは思う。

 彼女には才能がある。それも天剣と比肩し得る天賦の才を、だ。そして今が身体が少しずつ出来上がっていく時期であることも考慮すれば、初陣の頃とは比べ物にならないほど成長していることだろう。

 ……だから厄介なんだよなあ。

 どれだけ目映(まばゆ)い才能を開花させつつあるとしても“準天剣級”と称される程度の武芸者では届かないのだ。

 全力を出してしまえば殺してしまいかねず、どこまで成長したかにもよるが、手を抜けば倒し切れない。そんな領域に居るものが、準天剣級。

 

「煩わしいと言っているんだ」

「言ってくれますね、と見栄を張りたい所ですが今の私では敵わない事くらい分かってます」

 

 とはいえ、

 

「そうまで軽視されると驚かせたくなる程度には意地がありますよ?」

 

 だからどうした、とは口にせず、レイフォンは視線だけでトロイアットに問いかけた。

 ……実際どーなのよ?

 対するトロイアットは眉をひそめ、すぐに表情を改めるとひとつの応答を作った。

 トロイアットは、悠然の笑みを作り、レイフォンに返したのだ。

 

「――――」

 

 試してみろ、と言っているらしい。

 だとすれば、本人が言葉にしている様に驚くことがあるのだろうか。

 ……相手が悪いね。

 訝しむ意識が見えたのか、クラリーベルは不満そうな口調でこう言った。

 

「私では無理とでも言いたそうですね?」

「ふん」

 

 いくらレイフォン・アルセイフという武芸者の肉体が途方もないポテンシャルを誇っているとしても、才能の上に胡坐をかいていた覚えはない。

 天剣授受者と呼ばれるだけの戦闘力を手にするまでに相応の代価を支払っている。

 クラリーベルの才能は認めよう。しかし、まだまだ磨き足りない原石に苦戦などあり得ない。

 なによりも、レイフォンはクラリーベル・ロインスマイアという武芸者の戦い方を“知って”いるのだ。自信を持ってこう言い切った。

 

「少なくとも今は不可能だ」

 

 ●

 

 格下だ、と明らかに宣言されたと同時。

 クラリーベルは動いた。

 トゲのあるメリケンの両端にナイフを付けた様な紅玉錬金鋼(ルビーダイト)胡蝶炎翅剣(こちょうえんしけん)に手を掛けた。

 自ら考案した錬金鋼は間合いが短い代わりに取り回しが良く、素早い攻撃を可能としている。

 ……これが避けられますか!?

 抜き打ちの一撃。

 滑るような、空気すらも切り裂く斬撃だ。

 今の自分に放てる攻撃としてはおよそ最高の斬撃だと確信出来る。不意打ちとして放たれた最高の斬撃は吸い込まれる様な軌道でレイフォンの首へと向かい、

 

「な――ッ」

「なるほど、思ったよりは速い」

 

 剣を抑えられるか、避けられる。そういった対応をされる。あるいは天剣授受者ならば素手で受け止められてもおかしくはない、とすら考えていた。

 しかし目の前の光景は、そんな予想すらも軽々と超えていた。

 レイフォンは刹那という時間で胡蝶炎翅剣をすり抜ける様にして突破。剣を振り切って態勢を硬直させたクラリーベルの眼前に身を置き、

 ……首を、掴み上げられるなんて……!

 不意を突いて得意の抜き打ちを放って、それでもなお相手にされなかった。一合を交わす事無く終わってしまった。格が違う、と否応なく納得させられた。

 途轍もなく圧倒的なまでの戦闘能力。

 クラリーベル・ロンスマイアという小さな武芸者とはかけ離れた領域。ひとつの頂点に触れたことで湧き上がった感情は、悔しさではない。

 それは、――歓喜。

 

「……なぜ笑う?」

「笑う?」

 

 言われてみれば、確かに口元が歪んでいた。

 掴み上げられているのが自分でなければ、そんな状態で笑えるはずがないという感想を抱いていたかもしれない。

 ()()()()()言い切れる。

 片手で自分を持ち上げるレイフォンを見つめて言い切ってやる。

 年若くして天剣授受者に至る可能性が証明された時から。初陣で後見人の貴方に助けてもらった時から。私をこんな女にしたのは貴方だ、と。

 

「決まってるじゃないですか」

 

 そして今、天剣授受者という武威を如実に示した時。私にこんな想いを抱かせたのは、

 

「――貴方が強いから」

 ……貴方が好きです。

「――――」

 

 クラリーベルは、レイフォンの顔色が変わるのを見た。

 怪訝の色から無へ。

 変化は驚愕を含むものであり、ある種の呆然とした不理解の色だ。

 “驚かせた”ことと自分の想いを切り捨てられなかったこと。このふたつの事実はクラリーベルに快いものを抱かせ、自然と表情が笑みへと変わっていくのが感じられた。

 と、その時だ。

 

「あっ」

 

 クラリーベルの視界は反転し、エアフィルターで隠される錆びた空が見え、次の瞬間には鈍い音を響かせて地面に尻から叩き落とされる。

 

「きゃん!」

「……ふん」

「い、痛いじゃないですか。いきなり投げ捨てないで下さいよ」

「知るか、たわけ」

 

 抗議の言葉も口にしつつも、クラリーベルの表情は照れくさそうに崩れていた。

 レイフォンの反応がまるで照れ隠しのように思えて、その途端に自分までも照れくさくなったのだ。

 だから、という風に立ち上がると痛む尻を撫でて誤魔化し、微笑みを携えてこう言った。

 

「ふふ、それでですね、レイフォン様。もうしばらく私に付き合ってくれませんか?」

 

 さっきまでの無様な姿は、もう晒さない。

 過度な緊張はなくなった。勝てない相手だと十分に思い知った。今なら、気負うことなく戦える。

 レイフォンの眼だけをじっと見つめると、クラリーベルは口を開いた。

 

「今度こそ退屈させませんから」

 

 しばらく見つめ合っているとレイフォンが目を逸らし、ややあってから吐息。

 

「たまには、お前の遊びに付き合ってやろう」

「――はいっ!」

 

 宣言と同時に踏み込むクラリーベルには、確信があった。

 レイフォンが“付き合ってやる”と言った以上、自分から攻め立てて終わらせる様な真似はしない。

 ……私の攻勢を待つはず。

 それは、クラリーベルがレイフォンよりも遥かに弱いからだ。

 自分よりも弱い者に対して果敢に攻めれば、すぐに終わってしまうかもしれない。レイフォンはそう思っている筈だ。

 だからクラリーベルが攻め、レイフォンが受けるという構図が成り立つ。だというのに、

 

「……ッ」

 

 攻め入る隙が全く見出せない。

 レイフォンの姿勢は一見すると無防備にも思える。()()()()したままの天剣と、鞘となる黒鋼錬金鋼(クロムダイト)を手に持つ以外、特筆すべき点はない。鞘に手を添えて、ただそこに立っているだけだ。

 明らかにサイハーデン刀争術とは異なる姿勢。これがレイフォンの構え。

 あの日、天剣であるサヴァリスすら手を焼いた姿勢に対し、

 ……私が突破口を見つけ出せる道理などありませんね。

 ならば、下手に探りを入れず自分に出来ることを積み重ねていけばいい。

 身体を揺らしながら化錬剄の幻惑を用い、フェイントや牽制を動きに織り交ぜて進行方向をかく乱する。挙動を、視覚を、感覚を誤魔化していく。

 

「行きます!」

 

 行った。

 

 ●

 

 クラリベールが脇目も振らず接近していく。

 旋剄を用いた高速移動での突撃だ。

 彼女が胡蝶炎翅剣を構えると、姿がブレた。ブレはそのまま拡大してゆき、クラリーベルと全く同じ姿を現した。

 数にして十一。

 化錬剄によって作り上げた幻惑だ。

 クラリーベル達は、それぞれが化錬剄の幻惑を使いつつ、レイフォンとの間合いを詰めていく。

 対するレイフォンがひとつの動きを見せた。

 十一人のクラリーベルのうち、たった一人だけをあからさまに注視し出したのだ。

 

「どうした。……来ないのか?」

「行きたいのはヤマヤマなんですが、そう直視されると恥ずかしくなってしまいます。それよりも――」

 

 クラリーベルは吐息。

 彼女の剄と同じ色を拡散させ、化錬剄の幻影が空気に溶けた。

 

「そんなに分かりやすいですか? これでも結構見抜かれない自信はあったのですが」

「阿呆」

 

 淡々とした口調で、レイフォンはこう言った。

 

「トロイアットのやり方は俺も知っている。ヤツほどの練度もなく、何の工夫も見えん。それで通じる道理などあるまい」

「それは――」

 

 クラリーベルの分身として散らした剄の偽装を解除。

 代わりに顕在化するのは複数の剄弾だ。

 

「――知っていましたっ!」

 

 数にしておよそ三十。

 迫り来る剄弾に対して、レイフォンは緩やかな動作で後ろに跳んだ。

 回避の動きを見たクラリーベルは叫び、自身もまた攻め立てる。

 

「逃がしません……ッ!」

 

 剄弾は直線的な動きで追尾を開始。

 レイフォンが下がり、レイフォンを追う剄弾があり、そのまた向こうにはクラリーベルが追い縋る。

 と、不意にレイフォンが足を止め、抜刀。天剣を回転し始めた。刀身の白をそのままに、しかし、透き通った色で、傘の形状をした剄が作られていく。

 クラリーベルが疑問を口にする前に、変化があった。

 ……剄弾が……。

 爆発することなく、天剣に絡め取られた。

 剄弾は、それそのものが剄で出来た弾薬だ。半ば物質化しているためにタイムラグがあるとはいえ、触れれば直後に爆発する性質を持っている。

 それを無視した目の前の光景に対し、なぜ、という思考を作るよりも早く、レイフォンが動いていた。

 レイフォンは絡め取った剄弾を器用に刀身に並べると、クラリーベルに投げ返す。

 

「ふんッ!」

「く、ああッ」

 

 返された剄弾に向かって突撃している状況に叩き込まれたクラリーベルは、強引に身体を捻り込む。

 だが、回避にはまだ足りない。

 剄弾の一部が脚をかすめ、頭部に向かったものは腕で防御。

 接触と同時に剄弾は弾け、衝剄をばら撒き、クラリーベルは吹き飛ばされた。

 地面を転がって衝撃を散らす。数回ほど転がると脚を伸ばして静止。慣性を押し留めた衝撃が脚を貫き、激痛が襲った。

 裂傷の痛みを堪えていると、

 

「己の未熟に救われたな」

「!」

 

 首筋に触れる冷たい感触に息を飲む。

 剄弾に弾かれたクラリーベルに、いつ接近したのか。いつ天剣を首に突き付けたのか。

 ……気付けなかった……。

 速い。

 しかし、無理矢理の速度ではなかった。

 自然な動きで可能な速度だからこそ、いつ動いたのかすらも分からず仕舞いなのだ。

 レイフォンにとっては余裕を持った速度に意識が追いつかないという事実に、クラリーベルは悟る。

 クラリーベルとレイフォンの間にある、その差が分からぬほどに隔たる実力差。

 

「……さすがは、レイフォン様」

 

 敵わないなあ、と息を吐く。

 と、不意に彼女に声が掛けられた。

 

「ありきたりだったんだよ、クララ」

「先生! ……居たんですか」

「ここは俺ん家だ馬鹿野郎」

「夜を過ごした事も無い家でしょうに」

 

 腰掛けたベンチで、まあな、とトロイアットは笑った。

 

「で、なんで負けたか分かってるか?」

「さすがは天剣授受者ですね。手も足も出ませんでした」

「それ以前だったがな」

「どういう意味ですか?」

「どうもこうもねーよ。ヤツを見な」

 

 と言って彼が指で示したのは、そばで静かに佇むレイフォンだ。

 

「レイフォンの野郎な、最初から最後まで一歩として動いちゃいねーぞ」

「え? それは、どういう……」

「化錬剄の幻影さ。最後に天剣突き付けた時は本人だったけどな。それ以外じゃ、ずっとあそこに居たぜ?」

「では、最初に私が化錬剄を仕掛けていたのは!?」

「幻影。努力を間違えちまったな」

「――――」

 

 言葉が出なかった。

 全力で化錬剄を使い、奇策を用意して、神経をすり減らす思いをして攻め方に苦心していたのに、その全てが無意味。いや、意味を問う以前の問題だった。

 レイフォンと戦う“場”に立つことは叶わず、そのことに気付くことすら出来なかったのだ。

 

「私、は……ッ!」

 

 勝敗以前の問題だ。

 このザマで、どうやってレイフォン越えだなどと(うそぶ)くのか。

 

「見事だった」

「なにを――」

 

 失態を悔やむクラリーベルに声を送ったのは、レイフォンだ。

 

「――確かに俺と戦うに至らなかったが、お前の取った行動それ自体にミスは無い。的確な行動選択だった。ヤツの教導をモノにしているのだろう。その他に不足があるというなら、これまでと同じ様に積み上げていくといい」

 

 これが単なる慰めであれば怒っただろう。しかし、レイフォンに見事だった、などと言われて、

 ……嬉しくない訳ないじゃないですか。

 幼いながらの淡い憧憬を覚えさせたのはレイフォン。叶えられると夢見させたのも、レイフォンだ。だから、満面の笑みで期待に応えよう。答えを示そう。

 

「――はい!」

 

 この日からクラリーベル・ロンスマイアはレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフに対する想いを公言する様になった。

 そしてこの日からレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフは変態になった。

 

 ●

 

 クラリーベルとの決闘紛いをした日から数日が過ぎたある日。

 レイフォンは王宮に呼び出されていた。

 迎えに出てきたカナリスに連れられて王宮庭園へ向かい、だらしなくベンチに寝そべる女王を眼にする事になった。薄着ではないが、露出が比較的多い部類だ。妙にイラっとした。

 彼女はベンチの傍に立つティグリスと話していたがレイフォンを見て足を組むと、口元を不快気に歪めた。

 

「俺に対する視線誘導が目的か?」

「ガキが粋がってんじゃないわよ」

 

 アルシェイラ・アルモニス。

 グレンダンの女王たる最強の武芸者。

 彼女は背後に影武者であるカナリスを控えさせ、レイフォンと向き合った。視線に険は無い。警戒すらもなく、どことなく呆れの雰囲気が伝わってくる。

 

「で、アンタさ。なんで呼び出されたか分かってる?」

「いや」

 

 短く答える。

 すると、ティグリスが問いを投げかける。

 

「惚れた女人を甚振(いたぶ)り、辱める趣味があるというのは本当か?」

「どういう意味だ。……ティグリス翁?」

「……まあ、そうだろうな」

 

 吐く息と一緒に言葉を吐き出したティグリスは疲れた様にこう続けた。

 

「クラリーベルがお前に想いを寄せているそうだ。それ自体は構わんが先日からソレを隠そうともせん」

「それが?」

「それとほぼ同時に“ヴォルフシュテインが少女の首を締め上げていた”といった類いの噂が流れた。少女がクラリーベルである、という内容も含めてな」

「…………」

 

 レイフォンは応えない。既に嫌な予感で一杯だからだ。

 

「これが間違っていると言い切れない事は知っている。今、グレンダンではお前が――」

「もういい。先程の下らん問いはそれか」

「そーいうこと」

 

 アルシェイラが軽い声色で応える。

 

「それで色々言われてんのよねー。情操教育もままならない十歳の子供に天剣を与えるからだ、とかね。ホント下らないったらないわ」

 

 情操教育、倫理観念、一般常識。

 何が不足していようが“強さ”さえ確かであるなら天剣授受者足り得る。それを一番識っているのはアルシェイラ自身だ。噂ごときで天剣を呼びつけたりはしない。

 だからこそ分かる。天剣が“強さ”という絶対基準を満たしていても解任する例外があり、それが今回なのだ、と。

 

「おおよそ見当はつくが一応は聞いておこう。俺にどうしろと?」

「一〜二年の猶予はあげる。その間にどこか別の都市を探しなさい。……条件付き都市外追放よ」

 

 例外とは、民意。

 都市を構成する要素の中で最も重要であるが故に、決して無視出来ぬ大河の如き一方通行の流れだ。

 

「処分は分かった。だが、まだ建前ではない方の追放理由を聞かされていない」

「……そうね。例えば、武芸者が何をしようとしても、一般人に抗う術がないと広く認知されたらどうなると思う?」

「暴動が起こる。果ては都市社会の崩壊、即ち人類の滅びだ」

「そ。ましてやアンタは武芸者ですら止められない天剣授受者。本当にそうなりかねないのよ」

 

 天剣という暴威を若干とはいえ示してしまったレイフォンを置いておくことは出来ない。天剣が力づくで少女に迫った場合に止められる者が居ないという事実は民衆には重かったからだ。

 しかし、

 

「ハッ、面白いことを言う」

 

 レイフォンはアルシェイラを嘲笑う。

 これはお前たち王家が招いたのだ、と。

 

「ユートノールが居なければ、そんな懸念は出て来なかっただろう? 下らんな、実に下らん」

「アンタ、知って……」

 

 狼狽えるアルシェイラとは逆にティグリスは眉を立て、

 

「馬鹿な真似はするなよ、レイフォン」

「馬鹿な真似? ミンス・ユートノールを俺が殺すとでも思ったか、たわけ」

「なに……?」

「恐怖ゆえに俺を排除せんとするのはおかしなことではない。愚かだとは思うがな」

 

 それに、

 

「愚図とはいえ、無能ではない。保護者の真似事くらいは出来るだろう」

「!」

 

 ティグリスの顔色が変わった。

 呆から、険の色。

 明らかに“知っている”反応だ、とレイフォンは確信する。反対に、アルシェイラに理解の色は見えない。とぼけている様にも感じられない。

 まだ、知らないのだろう。

 

「保護者? どういう意味?」

「理解が及ばんならそれでいい。だが、これだけは覚えておけ」

 

 有りっ丈の殺意を込めて言い放つ。

 

「どんな理由であれ、護るべき市民を俺たちの戦争に巻き込むなら、アルシェイラ。――――俺は貴様を殺す」

 

 後日。

 レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフの天剣一時退位と、情操教育のために学園都市に留学することが発表された。

 

 

 

 ●

 

『本当にレイフォンは不器用だね。

 手紙を送ってきたかと思えば、封筒の中には(しおり)が一枚入ってるだけ! 何度も言ったよね? 言葉を伝えないと気持ちだって伝わらないって。いつだってあなたは一言二言だけで黙っちゃうし、誤解をされるような言い方もしてた。

 わたしは分かるよ? ずっと一緒に居たんだもの。でも、他の人には分からない。伝わらないんだよ。だからクラリーベル様の一件でグレンダンを追い出されることになったって分かってるよね? 分からない、なんて言ったら怒るから。

 でも、分かってるって言ったらもっと怒ります。絶対に分かってないし。手紙もまともに書けない人に相互理解なんて難しいことが出来るとは思いません。そんなあなただから、ツェルニでも、きっと対人関係に苦労してると思います。だから、少しだけでいい。昔を思い出して。

 わたしたちと普通に会話してた頃があったんだよ。少しの間だけだったし、すぐにレイフォンは今みたいになっちゃったけど、それでも誰とでも普通に話してた時期があったの。忘れた、とか言ってないで思い出しなさい。

 

 きっと、大丈夫。

 

 レイフォンはグレンダンのみんなの、孤児の英雄だったんだよ。あなたが本当は優しい人だって昔から知ってたわたしたちだけじゃない。他の人たちだって、みんなレイフォンのことが大好きでした。これは嘘じゃない。みんながそう思ってた。

 わたしだって、式典とかで陛下の(となり)に立っているあなたを見たりすると遠くに行ってしまったように感じたりしました。

 そんな眩しいくらいに輝いていたあなたに孤児院のことまで押し付けてしまったから、こんなことになってしまったんだと思う。わたしたちはレイフォンに頼り過ぎていたんだって、そんな風に考えました。

 だから、わたしたちにできることからやっていきます。働くのではなくて、上級学校に行こうと決めました。

 わたしは経営を学びます。レイフォンが心配しなくていいように、レイフォンよりも経営に詳しくなろうと思います。お父さんもあなたの一件があってから、少しだけ考えを改めたようです。引き取った孤児のみんなに、父親として生き方を教えていきたいって、そう言っていました。

 本当、わたしたちのお父さんは不器用だよね。あなたもそんなところばかり似なくてよかったのに。

 

 わたしは、お父さんの手伝いをしようと思います。経営を学んで、これからもお金に困らないで済むような孤児院にしようと考えています。

 お父さんとわたしで孤児院を守っていきたいと思います。

 今までずっとレイフォンにばっかり苦労を押し付けてたけど、これからはわたしたちだって頑張るから。許して、なんて言わない。あと少しだけでいいんだ。

 レイフォンも頑張って。

 

 素敵な押し花の栞をありがとう。見たことない花だけれど、とても綺麗だね。

 いつか、あなたがグレンダンを守ってくれるあの暖かい日々が再び来ることを、わたしは祈ります。

 

 

 親愛なる、レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフへ

 

 

                              リーリン・マーフェス』

 

 

 

 

 ●

 

「……悪いな、リーリン。もう変えられないし、変えようとも思わないんだ」

 

 レイフォンは手の中にある一枚の手紙に、言葉を落とした。

 

「あれからもう二年、か」

 

 眼下に広がる風景は、グレンダンのものとは違う。

 ツェルニの学生たちが描く何気ない日常だ。そして、非日常がすぐそこまで迫ってきている。

 この世界で生きる人間に襲い掛かる災厄――汚染獣。

 生まれたばかりの赤子が相手だとしても、学園都市に住まう武芸者も年若い者だけだ。共に未熟であるならば、生存競争の頂点たる汚染獣に軍配が上がる。

 彼らが独力で撃退するのは難しいだろう。

 ここから始まる物語が、

 

「“鋼殻のレギオス”。でも――」

 

 果たして、語られた物語をなぞることになるのか、否か。

 最後を知らない『レイフォン・アルセイフ』に走破出来るのか、否か。

 どちらにしろ、やってみないと分からない。

 いや、とレイフォンは続きを口にした。

 

「――やってみないと、それすら分からないよな」

 

 『レイフォン・アルセイフ』を成し遂げようとは思わない。

 『レイフォン・アルセイフ』を成し遂げると、そう決めた。

 遠い昔に誓ったことだ。

 それが、『レイフォン・アルセイフ』という天才の肉体を自分勝手に遊び尽くす権利の代価。

 

 




四歳児れいふぉん「あい にーど もあ ぱぅわー(巻き舌)」
デルクだでぃ「えっ」


作業用BGM「dmc4 combo mad3」(ニコニコ動画)4:50からのコンボがカッコ良すぎた。
作中BGM「Din Don Dan Dan」(Ragnarok 2) 結構いい感じかな? はじまりって感じ。ちょっと合わない場面もありますが。


DmCにお兄ちゃんが出演すると聞いていたんだが、それは間違いだったよ。
あんな小物……。

しょせん がいでん グギギ
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