「……zzz……う~ん、んんっ……」
時折寝返りを打ちつつ、なのははベッドの上で熟睡している。
なのはの姿勢は、眠り始めてからほとんど変わっていない。なのはは元々寝相が悪いわけではないが、疲労の蓄積ゆえか、その様子はまるで体を動かさないのではなく、動かせないように見えた。
「やっぱり、相当疲労がたまっていたんだな。シモンさんの言う通り、今日を休みにしてよかったかもしれない。ただ……」
なのはの枕元にいるユーノには、一つ不安なことがあった。
「ジュエルシードの暴走は待ってはくれない。それでもどうか、今日くらいは発動しないでくれ……」
ジュエルシードはこちらの都合関係なく発動する。いくら今日を休みと決めていても、自然の摂理のごとくそれを無視して、どこかで大規模な被害をもたらすかもしれない。
そうなれば休みは返上、なのはの負担は増すばかりだ。今までジュエルシードが発動しない日は、もちろんあった。
せめて今日は何事もなく一日が終わってほしいとユーノは思う。
しかし、現実はそううまくいかないものであった。
「……っ!!この感じ、もしかしてまた!?」
「残念だけど、たぶんそうだ。なのは、ごめん。今日はお休みにしたかったけど、そうもいかないみたいだ」
「……ううん、大丈夫。ちょっと寝て少し休めたから。それより急がないと」
どこかでジュエルシードが発動したらしい。
それを感じ取ったなのはは熟睡状態から目を覚まし、ユーノと確認する。渋い顔をして謝るユーノに、疲労が抜けきらない顔で返すなのは。
なのはは再び着替え、ユーノを肩に乗せて、玄関を飛び出した。
「これは一体……」
「酷い、こんな……大きな木が街を埋め尽くして……これがジュエルシードの仕業なの……?」
そこではおそらくジュエルシードの暴走により生えた巨大な木が根を広げ、街を破壊していた。
今までに見たことのない規模の惨状になのはは思わず言葉を漏らす。
「たぶん、人間が発動させちゃったんだ。強い思いを持った者が願いを込めて発動させたとき、ジュエルシードは一番強い力を発揮するから」
「そんなっ!?じゃあやっぱり、あの時の子が……。私、気づいてたはずなのに……こんなことになる前に止められたかもしれないのに……!!」
人間が発動させたと聞いて、翠屋にいた選手のことを真っ先に思い浮かべる。
自分の見間違いだと思ってしまったばかりに、ジュエルシードが発動してしまったこと、それ以前に被害を出さず回収できたかもしれないという後悔になのはは苛まれていた。
「なのは、バリアジャケットを。とにかく今は、原因となっているジュエルシードを探そう」
「……わかった。レイジングハート、お願い!!」
[standby ready. setup]
沈み込んだ表情のなのはに、ユーノはバリアジャケットを展開するように促す。
今は後悔よりもジュエルシードの暴走という現状を何とかするのが先決だった。
なのははバリアジャケットを展開し、暴走しているジュエルシードの本体を探そうとする。しかし、
……ズリュ、ズリュ
「何の音……?何かが地面を這ってるみたいな……」
「気を付けて。今回は動物型じゃないから、何が起こるかわからない」
「うん……。でもどこから音がしてるんだろう……」
辺りから聞こえる何かが地面を這うような不気味な音。
今までにないパターンのため、ユーノはなのはに注意するように言う。
しかし、周りを見回してもそれらしいものは見当たらない。そのとき、
「っ!!なのは、後ろだ!!」
「えっ!?」
何かに気づいたユーノの声に反応してなのはが後ろを向いたとたん、巨大な木から伸びた槍のような根がなのはに向かって伸びてきているのが見えた。
(防御魔法が間に合わない!?ダメ!!)
不意を突かれたことで反応が遅れ、なのはを攻撃しようと根が眼前に迫ってくる。
反応が遅れたなのはは防御魔法を展開できず、ぎゅっと両手でレイジングハートをつかみ、目をつぶる。しかし、攻撃が当たる瞬間、一つの影がなのはと根の間に飛び込んできた。
「なのはに手を……出させるかよ!!」
「お兄さん!?」
「シモンさん!!」
いきなり声が聞こえて目を開けたなのはの前には、なのはに向かっていた根を螺旋力をまとった拳で破壊するシモンの姿があった。
「ふぅ、何とか間に合ったみたいだな」
1時間ほど前、喫茶翠屋にて……
「ふ~、清掃完了、だな。おっ、士郎、桃子、掃除終わったぜ……って何見てるんだ?」
「あぁ、シモンくん、清掃お疲れさま。これは今日の買い出しのメモだよ。今から行ってくるから、シモンくんは家に戻ってくれていいよ」
シモンが清掃を終えて一息ついていると、店の入り口から士郎と桃子が出てきた。
メモの切れ端をにらんでいるので気になったシモンが士郎に聞くと、それは買い出しの品を記したメモだった。
g単位でかなり具体的に書いてあり、思えば毎回買い出し直前には冷蔵庫の中に余り物はほとんど残っていなかった。そんなところから、士郎と桃子の節約に対する気配りが垣間見える。
「いや、俺が行ってくるよ、士郎。商店街の店の配置は大体わかったから、すぐに買ってこれるさ」
「そうかい?じゃあ頼んだ。メモと、あと買い出し用のお金だ。落とすんじゃないぞ?」
「わかった……ってそれは子どもに言うことだろ?大丈夫だよ、いくら見た目がこんなでも、ちゃんと気を付けてるから」
「いや、はは、ごめんごめん。つい、ね」
士郎はシモンにメモとお金を渡すが、まるで子どもにお使いをさせるときのようなことを言われたシモンは士郎に反論する。しかし、見た目が見た目だけに、シモンの主張にはあまり説得力がなかった。
「じゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい。気を付けてな」
「いってらっしゃい」
そう言ってシモンは翠屋を出て、少し離れた商店街へと向かう。
「……なんだか、もう一人息子ができたみたいね」
「はは、そうだな」
遠ざかるシモンの背中に手を振りながら、士郎たちはそうつぶやいた。
「あれとこれと……あぁ、あとそれだ。おっちゃん、お会計よろしく」
「あいよ。うん、占めて1320円だ。でもまぁ、1200円にまけてやるよ」
「え?いいのか?どれも新鮮でおいしそうだし、傷んでるわけでもなさそうだけど……」
八百屋に来て野菜を買おうとしていたシモンは、店主が値段を下げたことに驚いた。
「別に傷んでるから値引きするわけじゃないさ。お前さんあの翠屋の手伝いをしてるんだろ?あそこのお二人さんにはいろいろ世話になってるからな。それにお前さんも若いのに働いて、たいしたもんだ。だからこれは、俺の心遣いってだけよ」
「……わかった。じゃあはい、1200円。ありがとう、おっちゃん」
「まいどあり。また来いよ」
「ブミュッ!」
「おう、ブー公もまたな」
店主の気前のいい声を後に八百屋を出たシモンは、たくさんの野菜が入った袋を肩から下げ、メモを見て次の目的地である精肉店に向かう。
「あとは肉か……米はまだ十分にあるみたいだから、これで終わりだな。そういや、買い物に来るとこうやって値引きしてくれることが多くなったな。士郎たちに世話になってるってよく聞くけど、どういうことなんだろう」
買い出しの回数が増えるにつれて、シモンは値引きをしてくれる店が多くなったように感じていた。
みんな士郎と桃子に何かしら縁があるようで、そのおかげらしい。が、それは口実で、実際はみんながシモンの働きに感心しているのが大きいのだが、そのことに本人はあまり気づいていなかった。
というのもやはり、中身は店主たちよりもはるかに年上であるからだろう。
「メモの通りだと、今日の精肉店は……あそこか……っ!?」「ブミッ!?」
「きゃぁぁぁああああああ!!」
「じ、地震か?!」
「いや、違う、これは地面の中からの揺れじゃない!それにこの感じ……まさか!?」
精肉店を見つけると同時に、辺りは大きな揺れに見舞われる。
周りの人たちは地震が起こったのではないかとパニックになりかけていたが、シモンは揺れ方の違いから地震ではないと直感する。そしてこの異変はジュエルシードが原因ではないかと思った矢先、商店街から離れた場所に光の柱が立ち上っているのが見えた。
「……止まった……?」
「真昼間に暴走か……面倒なことにならなきゃいいんだけどな」
シモンは光の柱が見えたほうへ目を向けると、買い物袋はそのままに全速力で暴走体の元へと走った。
そして、商店街から少し離れた街道に抜けると、
「これは……」
「ブミュゥ……」
目の前に広がる、建物を破壊し、街を侵食していく巨大な木の大群。
その光景にシモンとブータは、一瞬言葉がつまった。
「これもジュエルシードの力なのか……。今までとはまるで規模が違うじゃないか……!!」
人間が発動させたジュエルシードが引き起こした破壊の大きさにシモンたちは驚く。
「いや、これだけデカい暴走体でも、本体のジュエルシードを封印すれば消えるはずだ。けど、今なのはを呼びに行くのは……」
いくら暴走体が巨大だからだと言って、ジュエルシードが生み出していることには変わりない。
本体であるジュエルシードを封印すれば、何とかなるかもしれないと思ったシモンだったが、あれだけ疲労のたまったなのはに、今目の前の暴走体を封印するのは、かなりの負担であることは明白だった。
「……とにかく、本体のジュエルシードがどこにあるかを調べよう。理論とかはわからないけど、今まで見てきたなのはの封印魔法は、外側から魔力で暴走体を包み込んで力の暴走を抑えこんで封印していた。なら、魔力の代わりに螺旋力で覆って力を抑えつければ、封印とはいかなくとも少しは暴走も収まるかもしれない」
封印魔法が使えるなのはがいなければ、ジュエルシードを見つけてもどうすることもできない。
しかし、何とかなのはを呼ぶまいと、とっさに螺旋力で暴走を止めることを思いつく。
実際、これは成功するかどうかもわからないし、成功したとしてもただの時間稼ぎにしかならないかもしれない。だが、
「なのはにまかせっきりじゃ、男が廃るってな」
それはシモンの意地だった。鼻をこすり上げ気合を入れなおしたシモンは、再び走り出す。
巨大な根が張り巡らされた街の中を走り回り、シモンたちは本体であるジュエルシードを探す。なのはたちとは違い、魔法の使えないシモンには目視以外の探索方法がない。だからこその古典的な足での探索なのだが、
「くっ、このっ……おりゃぁっ!!」
「ブミッ!」
そう叫びながら、シモンは迫ってくる根の槍を力任せに殴り、破壊する。
最初こそ何の変化もなく、動かずを決めていた暴走体の木々は、シモンたちが本体のジュエルシードの探索を始めると間もなく、根を伸ばしてシモンに攻撃を仕掛けてきた。
「はっ、そらっ!!」
真正面から来る根は拳で迎撃し、足元から足を引っかけてくる根は跳んで回避、回し蹴りで打ち砕く。四方から狙われている状態で、シモンは街の中を走り回る。
ただ単に動くものに攻撃をしかけてきているのか、はたまた本体のジュエルシードを守るための防衛機能なのかは定かではないが、無制限に湧く根の攻撃をさばきながらの探索は、シモンに時間を浪費させるばかりだ。徐々に探索ではなく、追う追われるの構図になっていった。
「らちが明かねぇな……ブータ、そっちはどうだ?」
「ブミィ……」
人間よりはるかに優れた嗅覚を持つブータにも、匂いでのジュエルシード探索を頼んでみたのだが、シモンの質問にブータは首を振った。
「目もダメ、鼻もダメか……なら……」
「ブミッ?」
シモンはスライディングの要領で勢いを殺して動きを止め、その場で目を閉じる。シモンの動きが急に止まったために、根も急ブレーキをかけたようにビタッと静止する。
シモンは情報量が最も多い視覚を遮断し、脱力して神経を研ぎ澄ませていった。穴掘りをするときと同じ感覚。風が肌をなで、揺れが体を震わせる。肌で感じるすべての感覚を受け入れる。動かないシモンを警戒しているのか、根は活動を再開し、様子を探るようにシモンの周りでうごめいていた。そして、
「っ!……なのは!?くそっ、間に合え!!」
ジュエルシードよりも先に、なのはの魔力を感じ取った。
なのはの魔法を身近で感じていたおかげもあり、シモンはなのはの魔力をシモンはわずかながら感じることができた。
だが、今シモンがいる位置からなのはがいる場所までは、少しばかり距離が離れていた。
「なのはの魔力が上がったとたんに動きが変わった……!あの根は魔力に反応してるのか……!」
なのはの魔力が大きくなったことでバリアジャケットを展開したとわかったのだが、瞬間、今まで以上に周りの根の動きが激しくなる。
今までのようにシモンを追って攻撃することはなくなったが、なのはの魔力に反応したのか、方向的にそれはすべてなのはに向かっていた。それを見たシモンは脱兎のごとく駆け出し、全速力でなのはたちのいる方角へ走る。
幸い、暴走体の根が張っている範囲には人気はなく、周囲の安全を確認する必要なくしてシモンは街道を走り抜けた。そして、
「なのはに手を、出させるかよ!!」
「ブゥ!!」
すんでのところでなのはに迫った根を弾き飛ばした。そのままシモンはなのはたちに合流する。
「今日は休みって言ってたのに返上になっちまって、悪かったな」
「い、いえ、ジュエルシードの暴走はほっとけないですから。けど……」
「けど……、どうかしたのか?」
「それは……」
シモンの問いになのはは言いよどむ。向けられたシモンの視線から目をそらした様子からも、シモンはなのはが何かを隠していることを感じていた。
「シモンさん、助かりました」
「ああ、でも油断するなよ、二人とも。木から伸びる動くツルが厄介だ。あいつが邪魔をしてまだジュエルシードが見つかってねえ」
なのはを襲ったツルは防いだものの、いまだ周りを取り囲む根はズリュ、ズリュ、と不気味な音を立ててうごめき、シモンたちを仕留めようと隙を伺っていた。足止めを食らっていたこともあり、シモンは二人に動く根に注意するように促す。
だが、
「……」
「なのは?おい、聞いてるか?」
「へっ?!はっ、はい!聞いてます!」
なのははうつむいたまま心ここにあらずという様子で、尋ねてきたシモンにも驚くようなありさまだった。
「ジュエルシードの位置がわからない以上、むやみに動くのは得策ではありません。何とかして木々の本体がわかればいいんですが……」
「そこにジュエルシードがあるってわけか。俺がいた西側にはそれっぽい木はなかったぜ」
「となるとここから東にかけてのどこかに本体が……」
「なら俺がもうひとっ走r「……私が、やります」……なのは?」
シモンがもう一度走りだそうとすると、なのはがそれを遮る。
「ごめんなさい、お兄さん……。でも、これは私にやらせてください。私がやらなきゃいけないんです……!……だから、お願いします」
いつになく決意のこもった目でシモンに訴えるなのは。しかし、わずかに揺れる瞳に、彼女の後悔が表れていた。それを感じ取ったのか、いつもと違うなのはの様子にシモンは若干驚くものの、
「……わかった。お前がそこまで言うんだ。ここはお前に任せる。けどな……」
「けど……?」
「お前の背中は俺たちが守ってやる。だからお前は安心して、全力でぶつかっていけ」
「……うん!」
シモンはなのはに任せることにした。
なのはが何を後悔しているのか、シモンにはわからない。だが、その奥にある強い決意をシモンは感じ取った。だからこそシモンは、この場をなのはに任せようと思った。
打算があるわけではない。根拠があるわけではない。それはただ、なのはが何かをやってくれると信じただけなのだ。
「とは言ったものの、どうやって探したものか……」
「それについては、試してみたいことがあるんです」
「試してみたいこと?」
「はい。守るイメージで防御魔法が発動するなら、きっと……!」
何かを思いついた様子のなのはは、レイジングハートを握りしめ、目を閉じる。
(”守る”んじゃない、”探して”!)
なのはがイメージを固め、杖を構えて振りかぶると、レイジングハートが光だし、それと同時に足元に魔法陣が展開される。
[area search]
「リリカル、マジカル!探して、災厄の根源を!」
新たな呪文を唱え、魔法陣にレイジングハートを振りかざす。すると、魔法陣から桃色の光が立ち上り、街全体に放射状に無数の光が飛んで行った。
「これが、なのはの新しい魔法か」
「ブィ……」
今までとは異なる魔法に驚き、シモンとブータは思わず言葉を漏らす。
一方のなのはは、飛んで行った光を通して、街の中を探索していく。
(ここは……違う。ここも、違う。いったいどこにあるの……?)
街の至る所に生えた巨木を、一つ一つ、同時に確認する。
見落としがないか気を配りつつも、その探索速度はシモンの比ではなかった。
そして、街の東側、一層大きな木の中腹にて、
「……見つけた!!」
そこにはジュエルシードの暴走に巻き込まれた選手とマネージャーの姿があった。二人は暴走したジュエルシードの魔力に捕らわれ、身動きが取れずにいた。
「待ってて、すぐ封印するから!」
「だめだ、なのは!ここからじゃ遠すぎる!何とかして近づかないと!」
「大丈夫だよ。できるよね、レイジングハート!!」
[shooting mode]
なのはがレイジングハートに呼びかけると、レイジングハートはその先端を、三日月の形から音叉のような形へと変容させる。
「レイジングハートが変形した!!」
「ブィ!?」
「お願い、ジュエルシードを捕まえて!!」
なのはが叫ぶとともに、レイジングハートは羽を展開し、その先端に魔力を溜めていく。
そして、
「いっけぇえええええええええええええええ!!」
桃色の魔力のビームが一直線にジュエルシード本体へ向けて放出される。
「これなら、いける!!」
空気を切り裂いて進む光は、そのままジュエルシードに直撃する……
はずだった。
ズァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!
「そんな!?」
「何だと!?」
光がジュエルシードに当たる寸前、周りの木から伸びた根が一斉に動き出し、魔力を防ぐ壁を作ったのだ。なのはの放った魔力はその壁に遮られ、本体にたどり着くことなく離散してしまう。
壁自体もただではすまなかったようで、ボロボロにはなっているが、完全に打ち破ることはできず、こちらの封印魔法は完全に防がれてしまった。
「そんな……うまくいくと思ったのに……。やっぱり私だけじゃダメなんだ……私が”お荷物”だから…!!」
「なのは……」
新たな魔法が通用しない相手に、なのはの心に少しずつ影が差し始めた。そのとき、ぽん、となのはの頭に手が置かれる。
「……お兄さん?」
「熱くなるのはいい、けど焦るな。大丈夫、まだお前の封印魔法が通用しないって決まったわけじゃない」
なのはが見たのは、シモンの優しさと力強さを含んだ目だった。相手を信じて、お前ならできる、と安心させてくれるような眼。その目を見て、なのはの気持ちの落ち込みは、だんだんと軽くなっていった。
「届かないなら届かせる。壁を作れないくらいの至近距離まで、俺たちがなのはを連れていく!」
壁を作って魔法を防がれたのなら、壁を作れない距離まで接近して叩き込めばいい。シンプルながら、有効な作戦だった。
「でも、向こうも今ので警戒し始めたみたいです。妨害はさらにひどくなるでしょう」
「私の防御魔法も、たどり着くまで維持できるかどうか……」
本体を攻撃されたと判断したジュエルシードは、至る所の木を活性化させ、本体まで続くあらゆる道に多くの根を配置していた。そのまま突っ切ろうとすれば、間違いなく周りから集中砲火を食らうだろう。
「……なら、いっちょアレをやってみるか!」
「アレって、……いったい何なんですか?」
何か策があるような様子のシモンに、なのはが聞き返す。アレ、と言う当たり、シモンはその策になかなか自信があるようだ。いったいどんな策なんだ、となのはとユーノが注目する中、シモンが発したのは、
「アレって言ったら決まってるだろ?合体だ!!」
「「が、合体……!?」」
シモンの考えた秘策、それは『合体』であった。しかし、その意味が分からない二人は思わず復唱してしまった。
「合体って、何をするんですか……?」
自信満々の表情のシモンに、なのはは困惑した表情で聞き返す。
「それは……こうだ!!」
「はえ?わ、わぁっ!?」
シモンはなのはを持ち上げ、そのまま上に投げると、背中で見事キャッチする。スポッという音が聞こえてきそうなほど、寸分のずれなくなのはの身体を受け止めたのだ。
「螺旋と魔法、重ね合わせて、ドでかい壁をも突破する!!これが……魔法合体だ!!」
「これが合体……って、ただのおんぶなんじゃ……、それにこれだったらわざわざ上に投げなくてもよかったんじゃないですか!?」
「何言ってんだ。合体ってのは、気合と宙を舞う美しさが重要なんだ!」
「意味が分かりません!!」
『合体』を決め、見栄を切るシモン。それに対し、なのはは恥ずかしいやら意味が分からないやらで混乱していた。
そして、
「あの、そろそろ……」
「え?あぁ、そうだな」
呆れたような、もしくは戸惑っているようなユーノの声で我に返ったシモンは、スタート前になのはに確認する。
「なのは、これから一気に加速する。落ちないように、しっかりしがみついてろよ?」
「っ……はい!……っく!」
なのはが返事を返したその瞬間、体が吹き飛ばされそうなほどのGがなのはに襲い掛かる。
走り出したシモンは、螺旋力を全開にし、どんどん加速していく。
踏みつけられた地面が悲鳴を上げ、砕ける音すらシモンには追いつかない。
強烈な風がうずまく世界を、彼らは強引に突き進んでいた。
「これだけ地面が侵食されてるんだ。足跡が残ったって、誰かに気づかれることはない!」
シモンにはちゃんとこの合体をした理由があった。
砕けるのはジュエルシードから伸びる巨木の根であり、暴走体が消えれば足跡も消える。
巨木の根に侵食された地面は、シモンが螺旋力を全開にできる格好のフィールドだった。
「……!お兄さん、右から来てる!」
「…!よっ!」
「今度は左!」
「ほっ!」
さらに、根が攻撃を仕掛けてきても、なのはの指示で来る方向が分かっていれば、かわすのはたやすい。
走ることに集中して死角からの攻撃に対応できないシモンを、なのはたちがサポートしていた。
「……っ!?下から!?」
根はシモンが通り過ぎる寸前、下から地面を突き破って現れ、シモンに向かって攻撃する。
横道のない一本道、前も後ろも根に阻まれ、逃げ場所はない。
「なら、これでどうだ!!」
「うそ……!?」
「すごい……」
地面をけり上げたシモンはそのまま建物の壁に向かって跳ぶと、壁に着地し、そのまま走り始める。
「か、壁を走ってる!?」
「まだ本体まで距離がある。頼むぜ、なのは!」
「…!は、はい!」
右へ左へ、上へ下へ、地面がだめなら壁の上、と縦横無尽に走る彼らを根はとらえることができない。
そして、
「「「見えた!!」」」「ブゥ!!」
シモンたちは根の攻撃を振り払い、ジュエルシード本体が宿る木の眼前まで迫っていた。そのとき、
ズァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!
「また壁が!!」
「まずい、このままだと……」
ここまで近い位置まで接近されたことに脅威を感じたのか、先ほどよりもいっそう厚い壁が作られる。
攻撃する根すら巻き込んで、完全な守備の構えをとっていた。このままでは十分に本体に近づけず、足止めを食っているところに集中砲火を食らう。焦るなのはたちとは裏腹に、シモンはニヤリと笑っていた。
「同じ手は……」
「えっ、お兄さん!?きゃ、きゃあっ!!」
シモンはなんと根の壁を駆け上がり始め、そのまま壁の上空に跳躍する。
「喰わねぇぜ!!」
螺旋力をまとわせた、ギロチンのようなかかと落とし。
本体を守るため硬質化していた根の集合体は、バキバキと無残な音を立て、崩れ落ちた。
「へへっ……何?!」
シモンが壁を貫いた矢先、シモンたちの目の前には大量の根の槍が迫っていた。空中のため、方向転換をすることも、ブレーキをかけることもできない。今度はシモンが面食らう番だった。
(着地が間に合わねぇ!?……ならせめて……!)
このままではなのはともども無事では済まない。せめて体で受け止め、背負っているなのはに当たらないように覚悟するシモンであったが、
「……やらせない!!」
「なっ?!」
迫ってきていた根の槍は、なのはを中心とした防御魔法で弾かれ、二人に傷一つつけることなく折れていく。
「……私だって、助けられてばかりは嫌だから……!!」
片手で杖を振りかざし、魔法を発動したなのはの顔は、シモンには何か覚悟が決まったかのように見えた。
なのはの防御魔法によって槍が消し飛び、更地となった地面にシモンは滑るように着地。ある程度速度が落ちると、再び走り出す。そこはもうジュエルシードの真正面であった。
「あとはお前の仕事だ、なのは!!」
「はい!!」
目の前まで迫るジュエルシードの本体。絶対に外さないように狙いをすまし、封印魔法を叩き込む。
「はぁあああああああ!!」
放出された桃色の光は、遮られることなくジュエルシード本体に向かっていく。
「今度こそ、捕まえた!!」
確信をもって、なのはは叫ぶ。
「リリカル、マジカル!」
唱えるは封印の言霊。荒れ狂う力を浄化し、鎮める聖なる呪文。
「ジュエルシード、シリアル10。封印!!」
呪文を唱えた瞬間、さらに大きな光がレイジングハートから射出され、ジュエルシードを包み込む。
そしてそのまま、光はジュエルシードの暴走を抑え込む。封印が完了すると、巨木の怪物を生み出していた宝石は魔法の杖へと吸い込まれる。それを確認すると、シモンは足で思い切りブレーキをかけ、砂塵を舞い上げながら勢いを鎮めていった。
そして、
「……!街が……」
ジュエルシードの封印が完了したとたん、街を侵食していた巨木は次々と姿を消していく。
残ったのは、
「……ごめんなさい」
暴走体が消えてもなお、なくならない傷跡だった。
夕暮れの街をなのはたちは歩いていた。
帰路につく4人のなかでも、なのはの足取りは重く、先を行くシモンたちよりも遅れてしまっていた。
「……どうした?」
立ち止まって振り返ったシモンが、後ろを歩くなのはに尋ねる。
「……私がもっと早く気づいていたら……あの時ちゃんとお兄さんに確かめていたら……こんなことにはならなかったんじゃないかって。誰も危険な目に合わなかったんじゃないかって。……どうしても、そう思っちゃうんです」
立ち止まったなのはは、その心の内を吐き出す。一つの見落としが招いてしまった不運と、暴走体を倒しても傷ついたまま戻らない街。その光景が、一層なのはの後悔を大きくさせていた。
「私、だめですね……。ユーノ君を手伝うって言ったのに、私はユーノ君の気持ちをわかってあげられてなかったんです。自分がやったことでほかの人が傷つくのが、こんなにつらいなんて……」
ユーノと初めて会ったとき、ユーノはジュエルシードを掘り起こしてしまったことを後悔していた。なのはは今日、ジュエルシードに対してユーノが感じていた後悔を、身をもって初めて理解できたのだ。
「それに今日だって、新しい魔法が効かなくて、お兄さんの足を引っ張って……。怪我した人がいなかったのは、本当に運が良かっただけで…………っ!?」
泣きそうになりながら話すなのはの頭を、シモンが優しくなでる。なのはが驚いてシモンを見ると、シモンはしゃがんでなのはのほうを向いた。
「いいじゃねぇか、それで」
「……え?」
シモンから出た肯定の言葉に、なのはは思わず聞き返してしまう。
「ユーノもそうだけど、子どもながら難しく考えすぎなんだよ、二人とも。今日は運が良かったから、被害は少なくて済んだ。それが事実だ。それをどう思ったって、起きたことが変わるわけじゃない」
「……はい」
「シモンさん、そんな言い方は「けどな!」……?」
「事実が変わることはなくても、見方を変えることはできるはずだ」
なのはの気持ちを無視するような言い方をしたシモンにユーノは反論しようとするが、シモンが次に発したことを聞いて言葉を飲み込んだ。
「今のなのはみたいに、全部を悪くとらえて自分を責めちまう気持ちもわかる。けど、俺からすれば、いいこともちゃんとあったんだぜ?」
「いいこと、ですか……?」
気持ちの沈んでいるなのはには、今日失敗した出来事ばかりが浮かんできて、とてもよかったことなど思いつかなかった。
「そう。それはなのは、お前が新しい魔法を覚えたってことだ」
「私の、新しい魔法……。けど、あれは結局暴走体に防がれて……」
確かにそれはなのはたちにとってよかったことだ。しかし、広域探索魔法ならまだしも、砲撃魔法は暴走体に防がれてしまった。それゆえ、なのはは新しい魔法が役に立たないのではないかと自信を持てなかった。
「確かに、あのビームみたいな魔法は防がれちまった。けどそれは、お前の体調のせいだろうな。いつも通りだったら、あの壁ぶち抜いて、俺が手伝わなくても封印できただろう」
「え……?まさか、そんな……」
シモンはなのはが砲撃魔法を放ったとき、いつもよりもなのはの魔力が少ないように感じた。なのは自身気づいてなかったかもしれないが、疲れている体で無理やり魔力を振り絞っていたのだから、威力が下がるのは至極当然であった。そして、いつも通りのなのはならおそらくシモンの手助けなく封印できるとシモンは直感していたのだ。
「いいか、なのは。悪いところを直そうと反省することは大事だし必要なことだ。けどな、今のお前は悪いことばかりに目を向けすぎて、よかったことを見落としちまってるんだ。自分のいいところをな。そんなのただつらいだけだろ?」
まだ自信の持てていないようななのはに、シモンは言い聞かせるように静かに話す。
「見過ごしてしまったことは、正直俺も悪かったと思う。あのときちゃんと確かめていれば、俺もお前のことを気遣っていれば、暴走が起こらなかったかもしれない。けど、暴走はお前が、自分の手でちゃんと止めた。けが人もいない。街はボロボロになっちまったけど、直せないわけじゃない。失っちゃいけないものは、何一つ失っちゃいないんだ」
「失っちゃ、いけないもの……」
なのははシモンの言葉をかみしめるように繰り返す。それを絶対に忘れないように。
「けど、今日みたいなことがあったら?私がまたお兄さんの足を引っ張ってしまったら……「それでも俺は、なのはを信じるさ」……!!」
「お前が自分を信じられなくても、俺がお前を信じてる。だから、俺を、お前を信じる、俺を信じろ!!」
「私を信じる、お兄さんを、信じる……」
自信を持てずに重くなった心が、少しだけ軽くなったような気がした。そして、
「……私、決めました」
少女は今日、たった一つだけ、しかし本気の決意をする。
「今までの私は、言葉だけだったんです。ユーノ君の気持ちをわかったつもりで、『手伝っている』だけで……。自分の思いにも中途半端だったから、失敗しちゃったんです。けど、今日のことで、こんな形ですけど、少しユーノ君の気持ちがわかったんです。だから……」
「……なのは」
「だから今度は、ちゃんと自分の意志で、暴走を止めたいって、強く思いました。『自分がやりたいからやる』んだって、そう決めました。中途半端じゃない、私の本気です」
「そっか。なら、俺たちだって、最後まで付き合うぜ」
「ブヒュイ!」
「もちろんです!」
「……ありがとう、ございます!」
まだ自分を完全には信じられないかもしれない。
しかし、新たに固めた少女の決意は、彼女が自分を信じるようになるための、小さな成長の一歩であった。