閑散とした町。いまだ吹く風は冷たいものの、太陽が昇ればぼかぼかと暖かく、寒さを耐えしのいだつぼみは、今か今かと開花の時を待つ季節、春。太陽が東の空から昇りかけているところから見ると、朝の5時あたりだろう。朝日が空に浮かぶいわし雲を照らし出し、だんだんと強くなる光は町全体を照らしていく。もうまもなく町は眠りから目を覚ますだろう。さきほどまで薄暗く、あたりの様子も十分に把握できなかった少年は、ようやく町の様子を知ることができた。
「なんだ……ここは……?」
口を開いて真っ先に出たのは驚愕のことば。目の前に広がるのは、直方体や直方体に横にした三角柱を載せたようなものの大群だった。
「あれは建物…なのか?」
窓やら入口やらが見受けられるから、建物であることはすぐにわかったが、周りを見渡す限りその数がとんでもない。今のカミナシティほどではないが、明らかな都会だった。その上自分の背後には海も見える。
やはりどう考えてもおかしい。少年はまた首をひねる。さきほどまで確かに自分は都会とは縁のない荒野にいたはずだ。なのにどうして今度は都会のど真ん中にいるのか。何度考えてもその疑問の答えは同じだった。右手でわしづかみにしている元凶に目を向け、こんなものがこんなことを起こすなんて、と少年は不思議そうに見つめる。見知らぬ土地に瞬間移動しても、驚きはしたが特に慌てる様子もなく落ち着いて状況把握できるのが、この少年の旅人気質なところだったりする。
そんな時、少年に悲劇が再来する。
「……やべっ…!」
好奇心に邪魔をされ、おとなしくしていたはずの飢えと渇きが復活した。
途端に四肢の力が抜け、前のめりに崩れ落ちる。彼の体は限界だった。意識がもうろうとしてきて、息をするのも苦しくなる。
「……まさか俺の最期が餓死だとは……人生本当に何があるかわからないもんだ………………………ってあきらめてたまるかよ……!こんなんで死んでたまるか……!」
「ブィッ?!ブミュゥル!!」
体は悲鳴を上げているが、精神的にはまだまだ余裕がありそうなこの男。というか、そのまま死んでしまったら、なんとも間抜けだ。天国で待っている仲間たちに合わせる顔がない。そう思って手足に力を入れようとした。しかしさすがに精神力だけで解決する問題ではなく、気張る台詞とは裏腹に、今にも気を失ってしまいそうだった。相棒が必死に声をかけるが、あまり効果も見受けられず、少年の意識は、徐々に闇に飲まれていった。
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「今日こそ父さんに勝ってやる!……って言いたいところだけど、まだまだ父さんにはかないそうにないなぁ」
「何言ってるんだ、そんなこと言っていたら、一生かかっても俺には勝てないぞ。俺に勝ちたいんだったら、常に越えてやる、って気持ちを持っていなくちゃな。そうだ、お前の気合を入れなおすために、今日のけいこはいつもの倍にしてみようか」
「……そうだな、一度俺も気を引き締めなおさなきゃいけないかもな。やろう、父さん」
公園に向かいながら、父親とその息子がそんな話をしている。名は、高町士郎と高町恭也。二人とも剣術の道を志しており、父子にして師弟の関係でもある。さらに息子はその妹の師でもあるが。そんな二人は、毎朝決まって公園でけいこに励む。今日もいつもと同じ、いやいつもと少し違う形で鍛錬に励もうと公園に向かった彼らだが、
「じゃあ、さっそく……って誰か倒れてる?」
「えっ?!」
公園に着いてけいこを始めようとしたが、公園の真ん中で人が倒れているのを士郎が発見する。
「ブィ?!」
誰かがこちらに近づいてくるのに気付いた相棒は、急いで少年のまとっている海松色のローブの中に身を隠す。
「……子ども?なんでこんな時間に……?いや、それよりも……おい君、大丈夫かい?しっかりするんだ」
「うぅ……」
近づいて体を抱えて起こし呼びかけても、うめくだけで起きる様子はない。
「どうしたんだろうか。見る限り全身ボロボロじゃないか。どうしたらこんな傷が……とにかく病院に…って今の時間帯でやっているところなんて……」
士郎はどうにも様子がおかしい少年を助けようと考える。ここまで全身がボロボロとなるとすぐに治療が必要になるが、あいにくの時間帯で、やっていそうな付近の病院は思い当たらなかった。
「とにかく家に連れ帰って応急処置だけでもしよう。そのあとで病院に連れていけば、まだ助かる可能性はあると思うが……」
目の前の少年を助けようと、士郎は今できる限りの最善の手を考えようとする。
一方、すぐそばで見ていた恭也は目の前の光景にすぐにはついていけなかった。いつもと同じようにけいこをしようとしたら、死にかけの子どもが倒れていたことに多少なりともショックを受けていた。だが、彼はそのまま思考停止してしまうほど未熟でもなかった。彼も、目の前で死にそうになっている人間を見捨てるなんて気は毛頭ない。すぐに頭を切り替え、少年を助けようとする父親の手助けを始めた。
「だったら、俺が家まで運んでいくよ。剣術じゃまだまだ父さんより下だけど、体力のほうは自信があるからな」
「わかった。じゃあ、彼を頼む。俺は彼の【ぐぎゅるるるるるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ】………………………」
持ち物を持っていこう、と士郎が言おうとしたとき、なんとも間の抜けた音が少年から鳴り響いた。体力が底をついた彼の体が、最後の力を振り絞って発したSOSコールが。
「……み、みず…………あと……はら…へったぁ……」
「「あ、あははははは……」」
かろうじて意識を持ち直した少年はそれだけを口にしたのだが、大けがで動けないと思い込み、彼を必死に助けようとした父子の勘違いを解くには十分だった。
「……とりあえず、母さんに朝ご飯多めに作ってくれるように頼もうか……」
「……そうだね」
彼を助けようと必死になっていた自分たちが馬鹿らしくなった。そしてすぐに父子は今できる限りの最善の手を思いついた。
「これは……ドリルと……宝石?」
若干疑問が増えたような気がするが。
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「んぐっ、んぐっ、ぷはあぁぁぁぁぁ……生き返った……」
「ブミィ~イ」
少年はコップに注がれた水を豪快に飲みほしていく。彼の相棒も、少年が息を吹き返したことに安どしている。恭也に背負われ高町家に運び込まれた彼は、とりあえずの水と朝ご飯をいただいていた。高町家の食事を作っているのは、士郎の妻であり恭也の母親である高町桃子氏。二十歳近い息子がいるとは思えないほどの美貌と若々しさを兼ね備えた女性である。初めて彼女の年齢を知った人はまず必ず驚く。それはともかく、彼女の作る料理はどれもこれも本格的で、空腹にあえいでいた少年にはまさにごちそうであった。用意された料理は次々と少年の胃袋に収まっていく。どこにこんな量が入るのかと疑問に思うほど、彼は大食漢であった。
「ごちそうさまでした!」
「あらあら、お粗末様でした」
おかげで冷蔵庫の中身の9割を持っていかれたが。少年の大食いっぷりに唖然とする男二人と、満足そうな顔をする少年をにこにこしながら見つめる母親であった。
今から1時間ほど前、彼女は起きてすぐに恭也が連れ込んできた少年に気づき、どうしたのかと二人から事情を聴くと、
「じゃあ、たくさんごちそう作らなきゃね!」
そう言ってあの大量の料理を作り始めた。
その量に高町家の男二人は、いくら何でも作りすぎじゃないかと思っていたが、少年に見事に平らげられてしまい、高町家の母の先見の明を実感した。母が料理を作っている間に、気絶している少年の衣服が酷く汚れていたので、数年前の着られなくなった恭也の服を引っ張り出してきて、彼の体を入念に拭いてから彼に着させた。
腹を満たし、危機を脱して落ち着いてきた様子の少年の向かい側に座り、士郎はようやく少年に尋ねる。
「落ち着いたかな。俺の名前は高町士郎。さっそく聞きたいんだけれど、君はどうしてあんな時間に公園で倒れていたんだい?恰好を見る限りは、どうにもここら辺に住んでいるようにも思えないし、何より公園にはちゃんと水道だってあるんだ。どうしてそうなる前に水飲み場までいかなかったんだい?」
「うーん……なんて説明したらいいかな。あ、その前に名乗ってなかったか。俺の名前はシモン。で、こいつは俺の相棒のブータ。」
「ブミュゥル!」
「俺はあそこで倒れる直前まで、こいつと一緒に荒野のど真ん中にいたはずなんだ。何日も飲み食いしてなくてさ、俺は穴掘りが得意だったから、水脈を掘り当てて何とか水を確保しようとこいつで穴を掘っていたんだ。」
「はぁ?!水脈?!」
1000年以上の月日がたっていては、『シモン』という名を聞いても、『ああ、あの英雄と同じ名前ね』と思われるだけで誰も本人とは思わないので、自分の名前を偽る必要はないだろうと思ったシモンは、正直に自分の名を口にし、士郎が持ってきてくれていた自分のハンドドリルを取り出す。隣に座って士郎と同じように聞いていた恭也は、そのなんともぶっ飛んだ思考に驚く。
「それに大体荒野のど真ん中ってどういうことなんだよ。ここ一帯にはそんな場所なんてどこにもないぞ。空腹で幻でも見ていたんじゃないか?」
その疑問は至極当然のものであった。あるはずのない場所に直前までいたといわれれば、空腹で頭がおかしくなっていたせいだと考えるのは自然の流れであった。
「いや、そうとも言い切れないよ、恭也」
「えっ……父さん…?」
しかしそれを否定する父親の言葉に恭也は驚く。
「さっき汚れていた彼の衣服を脱がせただろう?俺が触ったとき、手に赤い土がついたんだ。あんな土を持つ土壌は付近にはない。むしろアフリカとか、熱帯地域にみられるような土だ。もし彼の話が彼の見た幻だったとしたら、その説明がつかない。仮に彼がそういう場所から移動してきたにしても、その間あんなに大量の土がついたままというのも常識的に考えておかしい。」
「た、確かに……」
父親の示す根拠に何も言えなくなる恭也。
「話をさえぎって悪かった、続けてくれ。」
「ああ。それで俺は地面を掘り進めていったんだけど、なかなか水脈は見つからなくて。でもそのまま進んでいったら、これを見つけたんだ。」
そう言って、ズボンのポケットからあの石を取り出す。コアドリルのことについてはほとんど知るものがいないため、彼らには伏せて話す。
「これはさっきの……」
「……きれいだな」
「こいつを見つけて回しながら眺めていたんだけど、急にこいつが光りだして、次に目を覚ました時にはあそこに……」
「瞬間移動していた、というわけか。にわかには信じがたいが、さっきのことを鑑みると、そう考えたほうがつじつまが合う。」
「瞬間移動か……」
まるでどこぞの漫画のような展開だな、と恭也は考える。
「で、君はこれからどうするんだい、シモン君。君は元いた場所に戻りたいのか、それともどこか行く当てがあるのか」
士郎は命の危機が去った少年に対してこれからのことを尋ねる。
「助けてくれたことにすごく感謝してる。これからどうするかはまだ考えていないけど、まずは助けてもらった礼をしないとな」
「礼だなんてそんな……倒れていた君をほっとけなかっただけだよ」
「いや、それでも筋は通しておかないと。何か俺にできることはないか?」
「う~ん……」
自分がしたくてやったことだから別に礼などいらないと断る士郎と、助けてもらったなら礼をするという筋を通したいシモン。どっちもどっちで頑固者だった。すると頭を悩ませている士郎が口を開く。
「でもやっぱりまだ子どもの君がそこまで気負う必要はないさ。筋を通すのもいいことだけれど、今回は命があぶなかったからね。俺は別に気にしないけど、君が気になるんだったら、君がおとなになったときに何かの形で返してくれればそれでいいよ」
士郎はシモンを納得させようとする。しかし、その言葉にシモンはとんでもなく違和感を覚える。
「へっ?子ども?」
「えっ?」
シモンの素っ頓狂な声に、士郎も変な声が出てしまう。
「ちょっと待ってくれ、士郎。俺は少なくとも50は超えてるぞ。それなのに子どもってどういう……」
自分の元の見た目に合わせて歳を50としたが、何も問題はないはずだ。しかし、さっきから士郎が自分のことを『君』づけで呼んでいることや、桃子氏の料理を食べているときの体の違和感を思い出し、まさか、と思う。
「し、士郎、どこかに鏡はないか?!」
「あ、あぁ、それなら奥にある脱衣所に……」
どこか鬼気迫った表情のシモンに押され、士郎は脱衣所の方向を指をさして教える。次の瞬間、シモンは椅子から飛び出し、脱衣所に全力疾走。恐る恐る鏡の前に立ち、その姿を確認する。そこに映ったのはまぎれもなく、若かりし頃の「シモン君(14歳)」であった。
「……なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
少年の叫び声が高町家中にこだました。
シモンどころかリリなの勢の会話も心配だ(泣。シモンはwikiとかでは味音痴と言われていますが、本編第4話でブータのしっぽをアニキと一緒に食べたとき、二人ともうまいと言っていたので、ただ単に守備範囲が広いだけなのだと思います。ただしアニキも味音痴だったら慈悲はない(汗。完全味音痴だと、たぶんシモンは士郎さんに殺される(迫真。荒野の土 = 熱帯の土 かどうかは正直自信ありません(謝。