真っ暗な森の中。恐ろしく不気味なその空気の中を、一人の少年が走っていく。少年は何かから逃げるように、息も絶え絶えに森の中を突っ切る。そして少年は立ち止まり、自分が走ってきた方向に目を向けた。その数瞬後、全身毛におおわれた”ナニカ”が少年のあとを追うように茂みから飛び出してきた。その真っ赤な目はギラリと鋭く、標的である少年をまっすぐに見据えている。少年は懐から小さな赤い玉を取り出し、その”ナニカ”に向けると、赤い玉からは盾のように円い魔法陣が出現する。瞬間、その毛むくじゃらの”ナニカ”は勢いよく走りだして跳躍し、少年に向かっていく。それを見計らい、少年は呪文のようなものを口ずさむ。”ナニカ”はその魔法陣に勢いよくぶつかるが、魔法陣はびくともしない。ぶつかった衝撃で手傷を負ったのだろうか、その体からは血が流れだしており、やむなく”ナニカ”は茂みの中へと撤退していった。一方、何とか体当たりを防ぐことはできたものの、おそらく”ナニカ”にやられたであろう少年の全身はひどく傷ついており、少年は”ナニカ”を逃がしてしまったことを悔いながら、うつぶせに倒れ、気を失いそうになる。
少年は気を失う直前、最後の力を振り絞り、何とか言葉を絞り出す。今にも消え入りそうな声で発した言葉は、彼の願いであった。
(誰か……僕の声を聴いて……力を貸して……!……魔法の……力を……)
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高町家の中にある一室はある少女の部屋となっており、同時に彼女の寝室でもある。ベッドにもぐりこんでいる彼女はいまだに夢の中。何かいい夢でもみているのか、その顔には笑みが見える。彼女にとっての至福のひと時というやつだ。そんな幸せな時間はもうすぐ終わる。もう現実世界では太陽が昇りはじめ、少女が自分で設定した目覚ましが音を立て、まどろみの中にいる彼女の意識を引っ張り上げるはずだ。そう、いつものことなら。
「……なんじゃこりゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
目覚ましで覚めるはずの彼女の意識は、彼女の知らない誰かの叫び声によって覚まされてしまった。
「えっ?!何?!何なの!?」
------その日、私を目覚めさせたのは、私の知らない叫び声でした。男の人の声というのはわかるけれど、お父さんの声とも、お兄ちゃんの声とも違う、もっと幼い感じの声でした。私の家にお兄ちゃんよりも若い男の人はいません。部屋の外から聞こえてきた知らない声にひどく驚きながらも、私はその声の主を探そうと、声がしたと思われるほうへ向かいました。そして、脱衣所の前まで来たとき、
「天誅ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!??????」
「……えっと……これは……?」
そこには木刀を振りかざして誰かを切り伏せようとしているお姉ちゃんと、それを白刃取りで受け止めるお兄さんがいました。
「ごめんなさい!!……急に襲い掛かったりなんかしちゃって……」
再びリビングに戻ったシモンに、先ほど襲い掛かった美由希は頭を下げて謝罪していた。
「あぁ、いや……びっくりしたけどケガとかはしてないし、大丈夫だよ。気にしてないから早く頭を上げてくれ」
美由希がシモンに襲い掛かったのにはちゃんと理由がある。ことの顛末はこうだ。
①今日は朝稽古をつけてくれると約束していた兄・恭也を待つために道場にて待機
②時間になってもなかなか来ない恭也に少々イライラしながら待っていると、突然の誰かの叫び声
③叫び声のするほうへ急いで向かう with 木刀
④叫び声がしたであろう脱衣所に到着
⑤そこで知らない男の子がどこかで見たことのある服装で鏡を見て唖然としているのを発見
⑥着ている服が恭也のものだとわかり、少年 = 泥棒 と判断(!?)
⑦「天誅うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」
……どう考えても美由希の早とちりだった。
「話からすると、お父さんと恭ちゃんが公園でこの子が倒れているのを見つけて、家まで連れてきて介抱してあげた、と。それで道場に来るのが遅くなってたのね、恭ちゃん。……っていうか、二人とも私の朝稽古のことすっかり忘れてたでしょ。覚えてたなら稽古をいつもの倍にしようなんて言い出さないだろうし。どっちにしろ私の稽古に付き合ってくれる時間なんて残ってなかったんじゃない」
「「……それは……面目ない……」」
とりあえずリビングに集合した高町家の面々は、シモンのことについて話していた。
「じゃあ自己紹介ね。私は高町美由希。よろしくね」
「え、えっと、高町なのはです。よろしくお願いします……」
「改めて、高町士郎だ、でこちらが俺の奥さんの桃子」
「高町恭也だ、よろしく」
「シモンだ。よろしくな!」
お互いに自己紹介をするが、先の姉とシモンのやり取りを見て、事態によくついていけていない高町家次女こと高町なのは。もっとも、兄や父以外で自分の家に年上の男がいることがほとんどないため、少々戸惑っているようでもある。
「それで、シモン君……あぁ、シモンさんと呼んだほうがいいのか……」
「いや、無理に呼ぶ必要はないよ、士郎。あまり呼ばれ方を気にするほうじゃないし、この恰好じゃ前の呼び方のほうがしっくりくる。よくはわからないけど、体が子どもに戻ったら感覚も戻った感じがするんだ。見た目通りに扱ってくれてかまわないよ」
「精神が肉体に引っ張られるというやつか……。それでさっきの話から、君は俺よりずいぶんと年上ということになるが、そうなってしまった原因に心当たりはあるのかい?」
シモンの話はさっきから突拍子もないことばかりだが、まさかの体が若返ってしまっているというこれまたとんでもない話題に、士郎たちはもう驚きっぱなしだった。
「どうだろう……。別に今までこんなことがあったわけでもないし、考えられるとすればやっぱりこの石だけだけど……。まあ、子どもになったところで困るようなことはないんだけどなぁ……」
シモンの手の中でキラキラと輝いている宝石のような石。本当に変わったところが見られないこの石を見て、シモンも士郎も首をかしげていた。
「とりあえずシモン。さっき父さんも言ってたけどお前、これからどうするんだ?その石が原因ならもう一度使えばまた瞬間移動できるかもしれないが、その様子じゃ使い方なんてわからないだろうし、使えたとしても元の場所に戻れる保証なんてどこにもない。行く当てがあっても見た目が違うんじゃ、お前を知っている人と会えても、お前だと気づいてもらえないだろう?」
さっきのシモンの言葉を受けて、恭也もシモンを14歳の少年として見るようにした。見た目は子どもなシモンに敬語を使うというのもいささか違和感があったからだ。
「うーん……さっきも言ったように、助けてもらった礼がしたいんだ。何かできることがあれば教えてほしい」
「……そうだなぁ、さっき俺が出した条件は満たしているのか……。それなら……ってもうこんな時間か。すまない、シモン君。俺と桃子は仕事にいかなくちゃいけない。恭也と美由希、なのはは学校だ。この話は夜帰ってきてからにしよう」
話をしている間にあれよあれよと時間は過ぎ、高町家は全員家を出る時間になってしまった。
「じゃあ、俺は……」
特に行く当てもないシモンはみんなが帰ってくるまでどうしようか考えていると、
「君には留守番を頼む」
「えっ?」
「「「えっ?」」」
士郎は頭を悩ませるシモンに留守番を依頼した。当然、シモンと高町家の子どもたちは驚く。
「父さん、さすがにそれはまずいんじゃ……」
「うん、私も恭ちゃんに賛成かな……」
「いいのか?こんな誰ともわからないような人間を誰もいない家において……」
「できることをやってくれるんだろう?なら、頼んだ」
さすがに見知らぬ人間を留守の家に一人でおいておくなど、不用心すぎやしないかとシモンは考えた。シモンは士郎に却下の意味で確認したが、シモンが自ら進言したことを利用して言い返され、ぐうの音も出なくなってしまった。
士郎自身、本当に知らない人間なら留守の家におくようなことはしないが、シモンと話をしてみて、彼が悪事を働こうとするほど悪い人間ではなく、助けてもらったら礼をするべきという筋を通そうとする義理堅い人間であることは十分にわかった。士郎は留守を任せられるくらいにはシモンを信頼していたのだった。
「……わかった。俺が言い出したことだからな。留守番はまかせろ!」
そう言ってシモンは留守番役を了承したのであった。
「------っていうことがあって」
「へぇ、朝起きたら家に知らないお兄さんがいて、その人は倒れていたところを恭也さんと士郎さんに助けられた、と。しかもその人が言うには、本当は大人だけど体が子どもに戻っちゃったってことだよね」
私立聖祥大附属小学校の屋上。なのははこの小学校の3年生であり、昼休みの今、親友であるアリサ・バニングス、月村すずかとともに3人で昼食をとっていた。その間の会話で今朝の高町家での珍事が話題となった。
「……怪しいわね」
「えっ?」
なのはが話し終わると、唐突に話題の人物をいぶかしげに思うアリサ。
「だってそうでしょ?士郎さんには悪いけど、何にもない荒野からこの海鳴市の公園に瞬間移動するなんて、どう考えてもあり得ないわよ。そんな証拠いくらでもねつ造できるわ。きっと何か目的があるはずよ。……そう、そうよ、その人は旅人で無一文だったわけだし、今その人は家に一人で留守番してるんでしょ?だったら、最初から金銭目的で士郎さんたちに近づき、留守を見計らって家中をあさって、もう現金や金目のものはすべて盗んでトンズラしてるはずよ!!」
なんともめちゃくちゃな推理をする彼女。まあ、彼女が言っていることもわからなくはないが、本人をわずかな時間でも見ているなのははストップをかける。
「ちょ、ちょっと待ってアリサちゃん。あの人はそんなことをする人じゃない……と思うよ。しきりにお父さんたちに恩返ししようとしている人だもん。私にはあの人がそんなに悪い人には見えなかったよ?」
「甘いわよ、なのは。大人っていうのは嘘の仮面をかぶっているものなのよ!……一部を除いてね……。その人もいい人を演じているだけだわ!」
「そんな無茶苦茶な……」
暴論を展開するアリサだが、決して悪意があってしているものではなく、純粋になのはを心配しての発言であった。大人に対する見方も、彼女が大企業の社長の一人娘であり、幼いながら大人の汚い側面を幾度か見たことがあるためである。
「とにかく、家に帰ったら一回確かめてみなさい、なのは。もし何かおかしなことがあったら、私が絶対にその人を見つけてこらしめてやるんだから!」
「……え、えっと、ありがとう、アリサちゃん……」
ものすごい剣幕でなのはに詰め寄るアリサ。あまりの迫力になのはは若干身を引いてしまった。顔も少々引きつっている。アリサの持つ力ならば本当に彼女の言ったことが実現してしまうということも、なのはの表情が引きつった原因であった。というか、もし本当にそうなったら、彼にはこの国に逃げ場所などどこにも残されていないだろう。
「あっ、話していたらもうこんな時間。なのはちゃん、アリサちゃん、そろそろ戻ろう?」
「「うん!」」
昼休み終了5分前。彼女たちは昼食を食べ終え、空になった弁当箱をしまい、教室へと戻っていく。
そしてその日の放課後、塾へと向かう近道の途中で、彼女たち3人は傷だらけで倒れているフェレットを見つけることとなる。
------ちょっと時間をさかのぼって4時間前の午前9時、高町家。
「……暇だ……」
「ブィ……」
リビングの椅子に座り、テーブルに突っ伏しているシモンと、テーブルの上に寝そべっているブータ。彼らは言いつけ通り留守番をしていた。旅をしているときはなんでも自由に自分のしたいことができたため、時間がすぎるのはあっという間だった。しかし、他人の家で好き勝手するわけにもいかず、全然高町家のことを知らないシモンは、日中するべきだと思っていた掃除や皿洗いすらできずにいた。そして行き着いた結論は「何もしない」ということだった。読んで字のごとく、留守の番をしているのだ。何もしないというのは楽そうに見えるが、実際は楽より退屈が圧倒的に勝る。退屈だと体感時間はとてつもなくゆっくりだ。シモンは今、あまりにも退屈を持て余していた。
「確か最初に帰ってくるなのはが午後の5時だったか。あと8時間もあるのかよ……にしても、恭也たちはすごいよなぁ、学校行って勉強するなんて……俺には絶対真似できないよ……」
そんなことを口にする。自分が子どものころはそもそも「学ぶ」ということ自体を知らなかったし、地上を取り戻すための戦争中の作戦会議や月落下阻止後の会議でも、もともとそんなに頭がいいわけではないシモンは訳が分からず爆睡していた。だからこそ、「学校へ行って勉強する」ということをほぼ毎日行っているという高町家の子どもたちに素直に感心してしまった。
そして、元来バカ騒ぎが大好きなグレン団である彼にとって、退屈はある意味最大の敵であった。しかし、士郎たちと約束した以上、それを曲げるわけにはいかない。彼は必死に退屈と戦っていた。
「仕方ない、新聞でも読むか」
退屈しのぎにシモンはテーブル上にある、今朝士郎が読んでいた新聞を手に取る。これで少しはこのあたりの情報を得ることができると考えていた……のであるが……
「……なんだ……これ……」
新聞に目を通すシモン。だが、そこに書かれていることに驚きを隠せない。一体何が起こっているのか、彼には分らなかった。
「な、なら、テレビは?!」
慌ててリモコンを取り、テレビをつける。時刻は午前9時半。テレビをつけたときのチャンネルでは朝のワイドショー番組を放送していた。コメンテーターや司会者が最近起きた事件について話をしていた。シモンは額に汗をかきながらそれを食い入るように見ている。しばらくして、ワイドショー番組は終わってしまったが、話している内容は理解できた。しかし、彼の知っているものと比べるとおかしい点がある。それは、
「……なんだ……この文字……?!」
------彼は日本語が読めなかった。
シモンが使っている言語は確かに日本語と相違はないが、それは言葉としてであって、文字の表記は全く違った。シモンは長い期間世界中を旅してきたので、今世界で使われている文字の中に彼が知らない文字などあるはずがなかった。それなのに、彼の目の前には見たことのない文字があふれている。彼にとってはあり得ないことだった。
「一体、何が起こってるんだ……?」
自分の相棒以外だれもいない高町家の中で、シモンはただ一人、ぽつんとつぶやいた。
一話書くためにアニメを見返していたらこんな時間かかってしまった(汗。次はもっと早く投稿したいなぁ(願。