シモンは考えていた。自分の身に起こった現象と、自分がいまどこにいるかについて。それまでシモンは石の力を「瞬間移動」だと思っていた。つまり、ある場所から距離の離れた同じ世界の別の場所へ一瞬にして移動するということだ。自分が荒野から街に移動していたこと、真昼間だったのに明け方になっていたことなど、そう考えられる根拠は明確に存在した。しかし、それだと説明のつかないことを今、目にしている。ここは自分のいた世界ではない。そう結論付ける証拠が。
「……ここは地球で間違いない……。さっきの番組でも何回かそう言っていたしな。けど、俺の知ってる地球じゃない……。……どうなってんだ……?」
考えれば考えるほどシモンの頭の中はハテナで埋め尽くされていく。もう少しで容量オーバーになりそうなところで、シモンはふと、かつての最大の敵が仕掛けた大規模な罠を思い出す。
「……確かあれは……多元宇宙……だったっけか……?」
かつての戦争において、アンチスパイラルがグレン団の螺旋力を封じるために、彼らの意識を別の多元宇宙、すなわち並行世界に閉じ込めてしまったことがある。感覚としてはそれと同じだ。体が子どもに戻って、周りは知らないものばかり。ただ違うとすれば、あの時はその世界の人間としての記憶しかなかったのに対し、今回はちゃんと自分の記憶があるということだ。
「……ここが別の多元宇宙だったとして、アレには世界を越える力があったってことか……。長いこと生きてきたが、まだまだ知らないことばかりだな……」
「ブミィ……」
自分の置かれた状況をやっと理解できたシモンとブータ。だがそうなると、今度は元の世界に戻る方法を見つけ出さなくてはならなくなった。彼らとの約束を守ること。人間はそこまで愚かじゃないと言いきった責任として、人間が創る世界の行く末を見届けること。それはこの世界にいてはできないことだ。自分は何としても元の世界に戻らなければならないのだ。
「士郎たちが帰ってきたら話をしてみるか。本当に俺のいた世界とは違うのか、もっと確証がほしいしな。……信じてくれるかなぁ。俺にだって信じられないことだってのに。……あっ……」
ふいに時計を見ると短針はすでに1を通り過ぎていた。考え事をしていたら、時刻はすでに午後1時をまわっていた。少々不安を抱えながら、桃子が用意してくれた昼飯のおにぎりをほおばる。すぐ隣にいる相棒にも皿に分けて一つ渡すと、彼は自分よりも大きいおにぎりにかぶりつき、どんどんその形を崩していく。二人ともすぐに食べ終わったが、満腹になったせいか、ひどい眠気におそわれた。よくよく考えてみれば、飢えと渇きのせいでここのところまともに睡眠などとっていない。
「まぁ……みんなが帰ってくるまでには時間があるし……ちょっと…昼寝…でも…し…よう……か…………ブー…タ……しばらく…した…ら……起こして…く………zzzzzz」
目もうつろになってまともに話すこともできず、シモンの意識はそのまま夢の世界へ旅立った。
「ブミィ~ィ」
これでは留守番の意味がなくなってしまうではないかとブータは彼に言いたいところだが、極限状態をやっと切り抜けたところだ。今おかれている状況もわかって安心してしまったのだろう。大きな寝息も立てず、死んだように眠っている主人を見て、これでは起こそうとしても起きないだろうと理解した小さな相棒は、疲れ切った彼の代わりに留守番の役を担おうと考えた。
------午後5時
「ただいまー!……あれ……?」
家族の中で一番早く帰ってきたなのはは、家の中から返事がないことが気になった。
(あのお兄さんが留守番してるはずなのに……。なんで返事がないんだろう……。まさか、アリサちゃんの言う通り、あの人悪い人なんじゃ……?)
昼間アリサが言っていたことを思い出す。なのははまだ家の中にシモンがいるのではないかと思い、そろりそろりとリビングへ向かう。
「……あっ」
そこにはすぅすぅと寝息を立てて眠っているシモンがいた。
「いた……。よかった……」
なのははほっと胸をなでおろす。
(けど、あれって留守番になってるのかな……?)
安心しきった様子で寝ているシモンに別の疑問が浮かんでしまった。
「ただいま。えっと、ブータ君」
「ブミュ~ル」
椅子に座ったまま寝ているシモンに近づき、そばで見張っていたブータに話しかける。
「ん~ん……んぁ?」
「あ」
ちょうどそのときシモンが目を覚ます。
「おっ、おかえり!なのは」
「たっ、ただいま、です…」
シモンの言葉にぎこちなく答える。アリサの言う通りではないにしても、やはりまだなのははシモンを警戒していた。
「なのはが帰ってきたってことは……かなり寝ちまったな。悪い。これじゃ留守番も何もないよな」
「いえ、まともに寝てなかったなら、仕方ないと思います。あまり気にしなくてもいいと思いますよ」
「そっか……ありがとうな」
若干困り顔で話すシモンに、事態を察したなのはは優しく返す。もし自分がシモンの立場であっても、眠気を我慢することはできないと思ったからだ。
(やっぱりそんな悪い人じゃなかった……。でもなんか気まずいなぁ……)
先ほどまで彼を疑ってしまっていたことと、それから話すこともなくなってしまったことで、シモンとなのはの間には微妙な空気が流れていた。そんな空気を断ち切るかのように、シモンが口を開く。
「……そういえば、なのはは学校でどんなことを勉強してるんだ?俺は学校に行ったことないから、学校でどんなことしてんのかなーって気になってさ」
「えっ……?」
「んっ……?あっ……」
「学校に行ったことないって…どういうことですか……?」
シモンは純粋に気になったことを聞いてみただけだが、それがまた疑問の種を生んでしまう。
確かにシモンは『学校に
対してシモンは、こちらの世界だろうと向こうの世界だろうと、『「学校に行ったことがない」ということが普通ではない』ことをすっかり忘れていたため、なのはに聞いてみてから自分が言ったことが本来はおかしいということに気づいた。補足しておくが、向こうの世界、つまりシモンの元いた世界でも、戦争から1000年以上経っている現在では、学校の制度は世界中で施行され、どんな田舎町でも最低限小学校は存在するようになっていた。まぁ、この世界が別世界であると知ったことで、あまり自分の正体がばれるかどうかなんて気にしていないこの男は、とりわけ慌てることもなく、冷静になのはに返す。
「まぁ、そうだな、そのことも含めて今夜みんながいるときにいろいろ話すよ、俺のこと。信じるかどうかは任せるけど。」
「……はぁ……」
シモンにそう言われてしまっては、ここではそれ以上聞くことはできないだろう。仕方なくその答えは家族のみんなが帰ってくるまで我慢することにした。
「ただいま~」
「あっ、お姉ちゃんだ」
そうこうしているうちに美由紀が帰ってきた。
もうすぐ士郎たちも帰ってくるだろう。
(ま、話したところでどうなるわけでもないんだろうけどな。これから本当にどうしていこうか……)
高町家が全員そろうまで待つ間、天井を見上げながら、シモンはこれからのことを考えていた。
「そういうわけで、そのフェレットさんをしばらく家で預かるわけにはいかないかなーって」
「フェレット?」
夕食時になり、食卓には桃子の作った料理が次々と並べられていく。今朝シモンの胃袋に消え去った分の食料は無事その日のうちに調達し終えていたようだ。ちなみにシモンは、その気になれば大食漢ではあるが普段はそんなに食べないほうなので、桃子に前もって断りを入れ、食事の量は恭也たちとほとんど変わらないくらいになっている。
シモンの話は、本人が「ちょっと長くなる」と言っていたため、夕食後に回った。そこで、なのはは夕方見つけた傷だらけのフェレットについて話し始める。
「フェレットっていうのは……?」
聞いたことのない単語に首をかしげるのはシモン。
「聞いたことないか?イタチの仲間だよ、シモン」
「だいぶ前からペットとして人気の動物なんだよ」
恭也の説明に美由希が補足する。
「へぇ、そんなのがいるのか」
「???」
「って父さんも知らなかったのか……」
二人の説明を聞いて初めて聞いたような士郎に恭也は少々呆れ、フェレットの前にイタチすら知らないシモンは、さらにハテナを並べていた。
「フェレットって小さいでしょう?その子はどれくらいなの?」
「んっと、このくらい」
桃子の問いかけになのはは手で大きさを表す。
「しばらく預かるだけなら、かごに入れてあげて、なのはがちゃんとお世話できるならいいと思うけど、どうかしら」
「俺は特に異存はないけど」
「私も!」
「……だそうだよ」
「???……なんかよくわかんないけど、よかったな、なのは」
「……うん!」
なのはは嬉しそうに返事をする。こうして、そのフェレットは高町家が一時的に預かることが決定した。
「……それで、シモン君、聞かせてくれるかな、君は一体何者なのかを」
夕食を食べ終わり、いよいよシモンの進退についての話が始まった。士郎も最初はこんな物々しい言い方をするつもりはなかったが、なのはから話を聞いて、まずは目の前のシモンがどういう人物なのかを知らなければならないと思い始めた。そしてシモンは話し始める。
「信じる信じないはそっちに任せる。俺も正直驚いてるからな」
「俺は、この世界の人間じゃない……たぶんな」
「えっ?」
「「「はい?」」」
「あら?」
シモンの口から飛び出したのは驚愕の真実!(?)
「いや、シモン、百歩譲って瞬間移動は認めてもいいが、お前が異世界人だっていうのはさすがにふざけすぎてるんじゃないか?」
「う~ん、こことは別の世界…かぁ」
シモンに聞き返す恭也と腕を組み何やら考え込む士郎。
「今日一日留守番させてもらって気づいたことがある」
そう言ってシモンは今朝の新聞を取り出す。
「俺はここに書いてある文字を読めなかったんだ。士郎は今朝普通に読んでいたから、たぶんしゃべっている言葉と同じ言語で書かれていることはわかるんだけど、俺は今までこんな文字見たこともない」
真剣な表情で話すシモンに、全員黙って聞き入っている。
「俺は今まで世界中、いろんなところを旅してきたから、地球上で知らない文字はない。だから、意味は理解できないことはあっても、読めない文字があるっていうのはおかしいんだ。だからここは俺のいた世界とは違うと思ったんだ」
「マジかよ……」
シモンの言葉に言葉を失う恭也。
「だとすると君は、この世界では行く当てもなければ頼る人もいない、ということになるな。これから先のことは考えてあるのかい?」
「士郎たちに恩返しした後はこの世界を周ってみるつもりだ。元の世界に戻る手掛かりがつかめるかもしれないしな」
シモンが出した結論はいたって単純。ようは世界中探せば何とかなるだろうということだ。
「……すまないなシモン君。俺たちの世界では異世界が存在することすら信じられていないんだ。君が元の世界に戻る手助けをすることはできなさそうだ」
「気にしないでくれ、士郎。死にかけたところを助けてくれたんだ。それだけでも感謝しきれないよ。こっちに来たのはこの石のせいであっても結局は自業自得だったんだ。そこまで手伝ってもらったら罰が当たっちまう」
士郎は申し訳なさそうに言うが、シモンはまったく気にしていない。
「……ったくお前の精神はどんだけ強靭なんだよ。異世界に一人と一匹で放り込まれても平気なんて」
シモンの動じない様子に驚き半分呆れ半分の恭也。
「そうでもないさ、恭也。俺もちょっと元の世界でやらなきゃいけないことがあってな。何としても戻らなくちゃいけないんだ。これでもかなり動揺してるんだよ」
ここでようやく話についてきた美由希がある提案をする。
「とりあえず、しばらくは家に泊まってもらったらいいんじゃないかな。シモン君は寝床が確保できるし、お父さんやお母さんに恩返しするんだったら、家にいたほうが何かと都合がいいと思うし。どう?」
「いいのか?」
「俺はいいと思うが……」
「私もいいわよ」
「う、うん私も…いいかな…」
「俺も特には……だがシモン、そんなことはないと思うが、万が一美由希となのはに手を出したら……」
「承知しない、だろ?大丈夫だよ、そんな真似しないから。ありがとう、みんな」
恭也の言葉に笑って返すシモン。
こうして、今度はシモンが高町家に居候することが決まったのであった。
なかなか第1話が終わらない(汗。次回で何とか終わらせようと思います。