螺旋と星と雷と    作:螺旋

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第7話 男の提案、少女の思い

「はぁ、はぁ、ここまでくればいくら警察でも疑わねぇだろ。……ぜぇ、ぜぇ」

 

 なのはたちを背負ったまま走るシモンは、なのはの指示で化け物と戦った住宅街から離れた並木道に向かった。

街灯の明かりのみが頼りのほの暗い道。人通りも少なく、落ち着いて状況を整理するには十分な場所だった。

なのはを背中から降ろし、二人は道に並ぶベンチの一つに腰を掛けるが、なのはの顔は少々暗かった。

 

「うぅ……やっぱりあそこから逃げ出しちゃったのはかなりまずかったのでは……警察の人にも迷惑かけちゃうし……」

「何言ってんだ。あのままじゃ警察の厄介になっちまってたぜ。そうなればあのマホウってやつのことも話さなくちゃならねぇ。……あんまり話さないほうがいいんだろ?」

「はい……まさか毛むくじゃらの化け物が暴れていて、私が魔法で倒しました、なんて言っても信じてくれないし、いいごまかし方も思いつかないし……。私も自分が魔法を使えて、しかもあの毛むくじゃらを倒したなんて、今でも信じられないんです。この子のこともあるし、落ち着いて、しっかり考えなきゃって思って……」

「だったらあんま気にすんな。下手に混乱させるよりも全然いいさ」

 

 現場から立ち去ってしまったことに少々罪悪感を覚えているなのはをシモンが励ます。

 正直に魔法のことを話したとしても、警察は決して信じない。化け物が暴れたあの惨状を見れば、警察は何か大きな事故があって、それを見たショックか何かで精神がやられてしまったのだと思うだろう。警察どころか精神病院送りだ。あの場から離れたのは正解だった。そんなことを話していると、

 

「……すみません」

 

 気絶していたフェレットが目を覚ました。身を起こして体を震わせると、その細い体に巻き付いていた包帯が脱げ落ち、ボロボロだったとは思えない毛並みの整った肌があらわになる。

 

「お、よかった、起きたか」

「ケガの具合はどう?まだ痛んだりする?」

「ケガは平気です。もうほとんど治っていますから」

「本当だ。ケガの跡がほとんどない。あんなに傷だらけだったのに」

「なのはがこいつを拾ったのは今日の夕方だろ?もうケガが治ってるってことは、それも魔法なのか?」

「はい、簡単な治癒魔法です。残っていた魔力は少なかったですが、助けてもらったおかげですべて治療に回すことができました。ほら、この通り……って、それよりも!」

「なんだ?」

 

 その場でくるりと回ってもう大丈夫と言うフェレットであったが、途中でシモンに対して大声を上げる。

 

「僕よりあなたですよ!さっきの戦いで、おなかを貫かれていたじゃないですか!」

「あっ、そ、そうだった!あのあとすぐに立ち上がってたから見間違いかと思ってたけど!」

「明らかに重症です!すぐに病院に……!」

「ちょ、ちょっと待てお前ら!?いったん落ち着け!」

「「落ち着いてますよ!?」」

 

 先ほどの戦闘でシモンが化け物の触手に貫かれていたことを思い出したなのはとフェレットは慌ててシモンに問いただした。腹を貫かれたのならのんきに話をしている場合ではない。二人は口では落ち着いているとは言ったものの、軽いパニック状態だった。

 まくしたてるようにシモンに詰め寄る二人をシモンは何とか制す。

 

「確かにあの時、あの毛玉野郎から伸びたぐにゃぐにゃに腹を刺されたし、すげぇ痛かったってのは覚えてる。けど、一度倒れて目を覚ましたら痛みがなくなってたんだ。あの時は夢中で気が付かなかったけど、そういやあのケガはどうなったんだ?」

「えっ、ちょっ、あのっ、ここで見るんですか……?」

「……あー、なのははあっち見てろ。見てて気持ちのいいものでもないだろうから」

「……すみません、そうさせてもらいます……」

 

 シモン自身もよくわからない痛みの謎。痛みもなしに体が問題なく動くからこそ、余計に不気味だった。シモンは傷の様子を確認するために着ていたシャツをまくり上げようとするが、腹を貫かれたのだ。傷跡は相当ひどいものだろう。ただでさえ若干9歳のなのはには衝撃的なシーンだったのに、その傷跡を確認することになのははかなり抵抗があった。それに気づいたシモンは精神衛生的に悪いと思って、なのはに目を背けているように言う。

 

「お前もあっち向いてていいんだぜ?」

「……いえ、僕にも見せてください。少し魔力が回復したので、応急処置くらいはできます。それに、その傷の責任は僕にあるんですから」

「お、おう、じゃあ頼む……(俺たちがあの化け物と戦うことになったのはこいつの助けを求める声を聞いたからではあったけど、責任って言うほどのことか?)」

 

 フェレットのほうは案外平気なようで、一緒に傷を見ることにしたようだが、それよりもどうにも余裕がないようだ。その少しばかり大げさにもとれる言葉と姿勢にシモンは若干疑問を持ちつつ、着ていたシャツを脱ぐ。

無惨にも風穴があき、血で濡れたシャツがその悲惨さを物語っていた。その下にはぐちゃぐちゃになった大穴があいているであろうことは容易に想像できる。覚悟を決め、その傷を見ようとする二人だったが、

 

「おっ?」

「えっ?」

 

「……?二人とも、どうしたの?って、あれっ?」

 

 二人の驚く声が聞こえ、目を背けていたなのはも振り向いてシモンのおなかを見るが、見たとたんになのはも思わず驚きの声をあげてしまう。

なぜなら、そこには本来あるはずのものがなかったからだ。

 

「「「……傷が……ない……?」」」

 

 もちろん何も傷がなくまっさらであるとは言えず、ボロボロというのは事実である。しかし、それは旅を通してついたいくつもの古傷のせいであって、シモンのおなかには風穴どころか針で刺したような傷さえなかった。まるで最初から貫かれていなかったかのように。

 

「えぇっと、どういうこと?本当は貫かれてなかったってことなの?」

「…いや、そうじゃありません。この人はちゃんと痛みを感じているから、ケガをしなかったんじゃなくて、ケガが治ったと考えたほうがよさそうですね」

「刺されたのに治っちゃったの?あの一瞬で??」

「あり得ないかもしれないけど、たぶんそうなんだと思います。ただ、どうやって治ったかは僕にも……」

「うーん、あなたと同じように魔法で治しちゃった、とか?」

「さすがにあんな大きな傷を一瞬で治せるような治癒魔法はありませんよ。だけど確かに魔法以外でそんなことができるとは思えないですし……」

「まぁ、俺自身がよくわかってないんだから、ここで悩んでもしょうがないだろ。んなもん後でわかればそれでいい。それに俺はこの通りぴんぴんしてんだ。ケガがないんなら大丈夫さ」

「それは……そう、なのかな……?」

 

 消えた傷について考えを巡らせる二人に対して、傷を負った本人は気楽なものだった。

そんなシモンを見て、なのはも傷跡について深く考えるのはやめたようだ。

そのまま上半身裸のままでいるわけにもいかず、シモンは上着のパーカーを着て、改めてフェレットに向き直った。

 

「細かいことは気にすんな。んで、そろそろ話してもらってもいいか?お前のこととあのジュエルシードってやつのことを」

「それって細かいことでしょうか……?んんっ、それでは改めて。僕はユーノ・スクライアと言います。スクライアが部族名だから、ユーノが名前です」

「ユーノくんかぁ。かわいい名前!」

「はは、かわいい……ですか……」

「あれ、落ち込んじゃった?」

「あはは……なのは、あんまり男に向かってかわいいって言わないほうがいいと思うぞ」

「え、そうなんですか?」

「あぁ、どっちかっていうとかっこいいって言われたほうが喜ぶかな」

 

 ユーノと名乗ったフェレットは、なのはの「かわいい」という発言にしょげてしまい、その理由がわからないようであるなのはは首をかしげる。同じ男としてユーノの気持ちがわかるシモンはすぐにフォローを入れた。

 

「私は高町なのは。家族や友達からはなのはって呼ばれてるよ」

「俺はシモン。で、こっちが相棒のブータだ」

「ブミュウ!」

「俺たちはもともと世界中を旅してたんだけど、訳あって今はなのはん家に厄介になってる」

「なのはさん、シモンさんにブータさん、ですか」

 

 各々が自己紹介をして、ユーノは一人ずつにその顔を向ける。そして

 

「……本当にすみませんでした。あなたたちをこんなことに巻き込んでしまって……」

 

 ユーノの口から出たのは謝罪の言葉だった。

 

「僕に力がなくてあなたたちを頼ってしまったばかりに、あなたたちを危険な目に合わせてしまいました。シモンさんに至っては下手をすれば命にかかわっていたかもしれないのに……」

「別に構わないさ。俺たちはお前を助けたいと思ってここに来たんだ。結果、お前を助けられて、みんな無傷なんだから、完璧じゃないか。それにお前が呼んでくれなきゃ、あの化け物は俺たちだけじゃなくもっと多くの人を傷つけていたはずだ。誰かを傷つける前に退治できたのはお前のおかげなんだ。だから、あまり自分を責めるのはやめろよ?」

「うん、お兄さんの言う通りだと思う。それにこういう時は謝るよりもありがとうって言ってくれたほうがうれしいかな」

「……はい、すみませ、いえ……ありがとうございます」

「えへへ、どういたしまして」

 

 なのはの言葉を受けて感謝を述べたユーノの顔は、さきほどよりも明るかった。そしてすぐに真剣な表情になり、事の発端となったあの宝石について話し始める。

 

「そして本題、あのジュエルシードについて知り得る限りのことを話します」

「あぁ、頼む」

「ジュエルシードは、僕たちの世界の古代遺産の一つです。本来は手にした者の願いをかなえる魔法の石なんだけど、力の発現が不安定で、暴走して使用者やそのまわりに危害を加えようとすることもあるし、たまたま見つけた人や動物が間違って使って、使用者を取り込んで暴れ出すということもあるんです」

「願いをかなえる、か。さっきの化け物を見るとその伝説も眉唾物だな。すげぇ力があることは確かなようだが」

「そんな危ないものがどうしてこんな近くに?」

「……僕のせいなんです」

「…どういうことだ?」

 

 うつむき加減で話すユーノにシモンが問う。

 

「僕はもともと遺跡発掘の仕事をしていて、その発掘の最中に偶然そのジュエルシードを見つけてしまったんです。ジュエルシードは調査団に連絡して保管してもらっていたんですけど、それを運んでいた次元航行船が大破してすべてのジュエルシードがこの世界に飛び散ってしまいました。それが事故なのか、誰かに襲われたせいなのかまではわからないんですけど……」

「え?けどそれじゃジュエルシードが飛び散ったのはあなたのせいじゃないんじゃない?あなたはただ見つけただけでしょ?」

「それが問題なんです!僕が見つけなければジュエルシードがこの世界に来ることはなかった。この事態を引き起こしてしまったのは僕なんです……」

「ユーノくん……」

 

 再びユーノの顔が曇り始める。落ち込むユーノの様子に何か言えることはないかと思ったなのはだが、事態が事態なだけにかけられる言葉も見つからなかった。

 

「それがさっき言ってた”責任”ってことか……よしっ!」

「?どうしたんですか?」

 

今の話からユーノに感じていた違和感の正体がわかったシモンは何を思い立ったのか、いきなり声を上げた。

 

「ユーノ、俺がそのジュエルシード集め、手伝ってやるよ!あ、もちろんブータもな」

「ブィ!」

「「えっ?」」

 

 シモンはユーノのジュエルシード集めを手伝うことにしたのだ。だが、

 

「……手伝ってくださるのはうれしいのですが、お断りさせていただきます。これは僕が起こした問題です。あなたたちをこれ以上巻き込むわけにはいきません」

 

 ユーノはシモンの提案を拒んだ。これ以上3人を危険な目に合わせるわけにはいかない。責任感が強いのか、ユーノは一人でこの問題を解決しなければならないと考えていた。

 

「そうは言っても、お前ひとりじゃあの化け物を倒せないんじゃないのか?」

「うぅ、それはそうですが……何とかします!」

 

 ユーノ一人ではジュエルシードの暴走体を相手するのは無理があるのは明らかだった。だがユーノはかたくなに拒否した。それでもシモンはユーノを説得する。

 

「なぁユーノ。責任感が強いのは結構だが、お前ひとりが背負い込む必要はないんだぜ。俺たちはもう無関係ってわけじゃないんだ。困ってんなら頼ってくれたってかまわない。協力すればジュエルシードも早く集まるってもんだろ?」

「うむむ……」

 

 シモンの言うことも一理ある。自分一人が背負い込んでジュエルシードを集めようとしたところで、力及ばず集められませんでしたでは意味がない。それどころか一人でジュエルシードを集める手段があったとしても、間に合わずに暴走体が人々を傷つけてしまっては本末転倒だ。ユーノは考えた末、シモンに質問する。

 

「……危険ですよ?」

「わかってる」

「……想像もできないようなことが起こるかも」

「そういうのには慣れてるんでな。それにそれこそお前ひとりでやらせるわけにはいかないじゃないか」

「…………いいんですか?」

「おう!どーんと任せておけ!」

「……わかりました。お願いします、ジュエルシードを集めるのを手伝ってもらえませんか?」

「へへっ、承知した!」

 

 ついにユーノが折れ、シモンとブータはジュエルシードを集めることに協力することになった。

 

 そんなシモンとユーノの様子を見て、おいてけぼりをくらっているなのははというと、

 

(私は……どうしたら……)

「なのはさん……?」

 

 彼女は悩んでいた。

 

 なのはが魔法を使って戦うことになったのは半ば状況に流されてのことである。傷ついたシモンを助けるため、目の前の脅威から身を守るため、無我夢中で発動した大きすぎる力。周りの状況は彼女の思考スピードを追い越して進み、その中にいる彼女は状況の終息を待つほかはなかった。そして落ち着きを取り戻した今、

 

(魔法が使える私にはジュエルシードを封印できる。でも、お父さんたちに心配はかけたくない……)

 

 彼女は二つの気持ちに板挟みにされていた。

 シモンたちが立ち向かおうとしているのは彼女が経験したことのない非日常の世界の緊急事態。彼らがやるのだから自分も、と成り行きに任せて判断してよいものではない。中途半端な今の自分には、彼らと一緒に、と言うことがとても難しいと感じられた。

 

(あの魔法の力がないとジュエルシードを封印できない。だから私がやらなきゃいけないの……。私が……けれど……「わぷっ?!」

「な~に辛気臭い顔してんだ、なのは」

「お兄さん……?」

 

 どんどん悪い方向に考えが向いてしまっているなのはだったが、シモンが少々乱暴になのはの頭をなでたことでその考えは中断される。

 

「なんか思いつめたような顔していろいろ考えてるみたいだけど、こういうのは難しく考えないほうがいいぜ。魔法が使えるからお前がやらなきゃいけないだとか、特別な力がないから関わっちゃいけないだとかなんてのは関係ない。むしろ大切なのは今、お前がどうしたいかってことだ」

「今、私がどうしたいか……?」

「あぁ、自分の素直な気持ちっていうのは単純だけどどんな思いよりも強い。お前自身が心の底からやりたいと思えることなら、お前はどんな困難にも立ち向かっていけるし、それが本気なら士郎たちもわかってくれるさ」

「あ……」

 

 そう言われてなのはは気づいた。状況に流されないようにと考えていたつもりが、話が重くなっていくたびに状況ばかりを見て自分の気持ちを無視してしまっていたことに。そして数度深呼吸をすると、頭の中にかかっていたもやが晴れ、たった一つ残った自分の気持ちが見えてきた。それは

 

 

「……私はユーノくんを助けたい……だから、私も一緒に手伝わせてください!」

 

 

 とても単純な思いだった。

 

「決まりだな!」

「ブィ!」

「はい、これからよろしくお願いします、なのはさん、シモンさん、ブータさん!」

 

 こうして、4人のジュエルシード集めが始まったのであった。

 

 

 

 

 

「ところで、このシャツどうしよう……」

「「あ」」「ブィ?」

 




投稿に時間がかかってしまって申し訳ございませんでした。10月からとにかく忙しく、最新話にも何かと手間取ってしまい、半年近くあいてしまうことに……。次話投稿もこれくらいになるかも……。
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