「おはよ「ぬぁぁのぉぉはぁぁ~~~~~~!!!!!!!!」ど、どうしたの、アリサちゃん……?」
登校して早々、なのははアリサに詰め寄られる。ズンズンという足音が聞こえてきそうなその迫力に押されて、なのはは後退し始め、そのまま壁際まで追い詰められた。なぜこんなことになっているのかわからないなのはは、アリサに理由を尋ねる。すると、
「どうしたもこうしたもないわよ!!なんで件の男がなのはの家に居候することになってるの!?」
「あ、昨日のメールのことね……」
魔法やら螺旋力やらジュエルシードやらでごたごたしていてすっかり忘れていたことその2。どうやらアリサはシモンがなのはの家に居候することに不満があるようだ。感情が高ぶっていたために声が大きく、教室中から視線を集めてしまったが、アリサは構わずなのはに問い詰めていた。
「朝来たときからずっとこの調子でいるの。でもアリサちゃんほどじゃないけど、私もびっくりしちゃった。なんでそのお兄さんがなのはちゃんの家に泊まることになったの?」
「提案したのはお姉ちゃんなの。お兄さんが何かお礼をしたいんだったら、私の家にしばらくいればいいって。それにお父さんたちも賛同してくれてね、今お兄さんはお父さんが昔使ってた部屋に泊まってるよ」
「ふーん、そうなんだ」
すずかが間に入ってアリサを落ち着かせた後、なのはに事情を聴いてきた。彼女もシモンがなのはの家に泊まると決まったことに驚いていたようで、なのはは事の経緯を話す。
「『私の』なのはが見知らぬ男と一つ屋根の下だなんて……どうやって取り入ったか知らないけど、絶っっっっっ対にゆるさないんだから!!」
「アリサちゃん大げさだよ。それに一つ屋根の下って、住んでるのはお兄さんと私だけってわけじゃなんだし……」
反応がオーバーなアリサになのははツッコむ。それと、彼女のなのはに対する感情は決して重いものではないとここに明記しておく。
「でも意外だね、泊まるのを提案したのが美由希さんだったなんて。てっきり士郎さんか桃子さんが言い出したんだと思ったけど」
「うん、少なくともうちのみんなはお兄さんを悪く思ってはいないと思うよ。お姉ちゃんが言い出したのもたぶんお兄さんが悪い人じゃないってわかったからだと思う。ただちょっと変わった人だけどね」
「ふん、それはどうかしらね?私が直接会って化けの皮をはがしてやるわ!」
「お兄さんに何かうらみでもあるの、アリサちゃん?!」
「二人は会ったことないからそれはないんじゃないかな」
なのはの話を聞いても一向にシモンのことを認めないアリサ。その背後には燃え上がる炎が見えるような気がした。
メラメラと燃えているのは、怒りの炎か、嫉妬の炎か。それはアリサ本人にしかわからない。おそらく前者のほうだと思…………いたい。
「あっ、そういえば……」
「どうしたの?」
さきほどまで目を燃やしていたアリサは、何かを思い出したようになのはに目を向ける。
「夕べの話聞いた?」
「夕べ?何かあったっけ?」
「昨日フェレットを預かってもらっていた動物病院の近くで事故があったんだって。家の壁が壊されたり、地面に穴が空いてたりしたらしいよ」
「へ、へぇ~、そうなんだ。知らなかった……(そっか、昨日のことは事故ってことでおさまったんだ。できれば事故のままにしておいてくれたらうれしいんだけど……)」
昨日の暴走体との戦場を、警察は事故現場として処理したようだ。それを聞いたなのはは、自分たちが疑われるようなことがなさそうだとわかり、ほっとした。
「それと警察の人が何か変なこと言っていたわね」
「変なことって?」
「うん、あれは車が起こした事故じゃないって。まるで重機が暴れまわった後みたいにめちゃくちゃに壊れてたんだってさ。あと、事故を起こしたと思われる車両も見つかってないそうよ」
「そ、それは、わ、私にもわからない、かな……?」
「?別になのはに聞いたわけじゃないんだけど……あんた今日大丈夫?さっきから言葉が詰まってるわよ?」
「あ、あはははは……大丈夫、大丈夫……(いけない、平常心、平常心……)」
前言撤回。やはり警察にとってもただの事故として処理するにはあまりにも破壊が大きすぎた。そこに矛盾は発生してしまうが、そこからなのはたちにたどりつくには相当無理がある。それでも、自分が隠そうとしていることに疑いが生じているとわかると動揺してしまうのは、まだ彼女が隠し事に慣れていない証拠でもあった。
「ん~あとなんだったかな、何かが残ってるって言ってた気がするんだけど。絶対あり得ないものが……」
「まだ何かあるの……?」
「確か足跡じゃなかったっけ?」
「それ!それよ、すずか!足跡!」
「あ、足跡!?って……それのどこがあり得ないの?」
あの場所に足跡が残っていたということになのはは一瞬驚くが、あり得ないという言葉が引っかかってアリサに聞き返す。
「それがね、アスファルトにくっきり残ってたらしいのよ、足跡が。アスファルトが陥没してて、まるでものすごい力で靴を押し付けたみたいに。何があったらそんなものが残るのかしら?」
「……あ~……よ、世の中不思議なことってあるんだねぇ~、あはははは、はぁ…………(そういえば、あの時お兄さんの足元でボンッて音がしてたような……)」
「なのは、あんた熱でもあるんじゃないの?やっぱりちょっと変よ?こんな事故にあんたが関わってるわけじゃないんだし、そんなに気にすることじゃないとは思うんだけど。ま、事故車両が見つかって、犯人が見つかるまでは安心できないけどさ」
「うん、そうだね……」
心当たりがありすぎた。おそらくその足跡は、シモンが螺旋力全開で跳んだ時にできたもの。あまりの脚力にアスファルトが耐えられなかったのだ。
なのははなるべく平静を装ってみてはいるものの、背中を流れる冷や汗が止まらなかった。ばれるかもしれないプレッシャーはまだなのはには重すぎたからだ。それはもう、なのはに考えることを放棄させるほどに。だが幸運だったのは、今目の前にいる二人の親友はどちらもなのはがこの事故と関係があるとはみじんも思っていないことだった。
「それで私、フェレットのことが心配で……その事故に巻き込まれちゃったんじゃないかって……」
「……あ~、えっとね、その件はその……」
「そっかぁ。無事でなのはん家にいるんだ」
「でもすごい偶然だったね。たまたま逃げ出してたあの子と道でばったり会うなんて」
「わ、私もそう思う……(嘘はついてない嘘はついてない!ちょこっとだけ真実をぼかしただけ!事故のこともさっきまで本当に知らなかったんだし、二人をだましてなんかない!……けどやっぱり罪悪感が……)」
なのははユーノのことについてかなりぼやかして二人に話した。アリサとすずかはそれで納得してくれたが、なのはは二人に隠し事をしていることへの罪悪感と必死に戦っていた。昨日はとっさのことだったので仕方がないと思っていたが、落ち着いているときにごまかすと、やはり二人に悪いことをしているようでいたたまれなかった。何とかカラ笑いでごまかしたものの、二人の目が離れると机に突っ伏して思いっきりため息を吐く。
(はぁ~。これ、私もつかなぁ……)
授業が始まっても、なのはの心はなかなか落ち着かなかった。
一方、高町家では……
「あ、い、う、え、お、か、き、く、け、こ、と。だいぶ慣れてきたな」
誰もいない家の中でシモンが机に向かい、白紙に文字を書きなぐっていた。そのまわりを何回も練習したであろう文字だらけの紙が埋め尽くしている。シモンは留守番をしながら朝から文字の勉強をしていた。
「”日本語”っていうのは便利でいいな。俺の世界ではだいたいひとつの音を二つの文字で表わすことが多かったけど、この言葉は一文字で表わせる。漢字になると二つ以上の音も一文字で表わせるんだから、相当文章が短くなりそうだ」
シモンは日本の文字をかなり気に入っていた。彼の世界では例えば「き」と書くとき、アルファベットで「ki」と書くように、一つの音をあらわすのに母音に当たる文字と子音に当たる文字の二つを書かなければならないので、それを一文字で書ける日本語に利便性を感じたのだ。もちろん、他の言語が不便というわけではなく、しゃべっている言語が同じなのに、文字での表し方が異なるという、通常ではありえないことが起きているからこそ感じていることなのだが。
「でも、シモンさんの世界の文字もおもしろいですよ。アルファベットでの書き方と法則は似ていますが、アルファベットとはまた異なる成り立ちをした文字ばかりですから」
「そうか?まぁある程度流し書きしても意味が通るからそこはいいところだと思うけどな」
ベッドの上にいるユーノはシモンに書いてもらったシモンの世界の母音・子音表を見ていた。昼間は士郎たちがいないので、ユーノもフェレットのふりをする必要がなく、言い方は悪いかもしれないが暇なので、シモンの勉強に付き合っている。シモンが自分の世界の文字にあまり好感を示していないのは、総司令時代に書類を書かされまくったせいであるかもしれない。
そもそもなぜシモンが文字を勉強しているかというと……
「喫茶店?」「ブゥブ?」
「そう。『翠屋』と言ってね。俺と桃子が経営しているんだ。シモン君が納得するようなものではないかもしれないけれど、君にはその喫茶店で俺たちの手伝いをしてもらう。それが君に頼みたいことだ」
昨夜のこと。今朝言いかけたシモンの恩返しの件について、士郎が思いついたのは店の手伝いだった。しかし、シモンは浮かない顔をしていた。
「やっぱり嫌かな?」
「いや、頼んでくれたら全力でやらせてもらうし、士郎たちがいいならそれでいいんだけどさ……俺は接客なんかやったことないんだ。俺がやって大丈夫か?」
シモンは珍しくちょっと不安になった。やる以上誠心誠意やるつもりではあるが、それが空回りして恩をあだで返すようなことになるのは嫌だったからだ。
「ふふ、大丈夫。接客と言ってもお客さんから注文を聞いて、私か士郎さんに伝えてくれるだけでいいの。ただちょっとやり方はあるからそれさえ覚えてもらえば十分よ」
「……わかった。やらせてもらうよ」
少し考えた後、シモンは店の手伝いをすることを了承した。
「それじゃあ早速明日から……っとそういえばシモン君、日本語の方は……」
「……あぁ、からっきしだめだ。読めないし書けねぇ……」
「じゃあまずそこから、だな」
……ということだ。
店で注文を取る際、メモを書くために必ず文字が必要だ。メモを取るだけならシモンの世界の文字でもいいのだが、万が一の時に士郎や桃子がメモを見て、何が書いてあるかわからないということにならないよう、日本語を書けるようになっておいた方がよかった。
「平仮名やカタカナはもうばっちりだ。あとは漢字だけど……これは時間がかかりそうだな。前の2つよりかなり難しい上に数も多い」
「一応その2つだけでも注文は取れますから、ゆっくりでいいと思いますが」
「それもそうか」
朝から今までずっと練習した甲斐があって、漢字以外は読み書きができるようになった。さすがに漢字まで同じようにはいかなかったが、とりあえず店の手伝いに必要な最低ラインは突破したようだ。
「そういえば、ジュエルシードっていくつあるんだ、ユーノ?」
シモンはジュエルシードを集めると言ったものの、集めるべき個数を把握していないことに気づき、ユーノに質問する。
「全部で21個です。そのうち昨日回収したのを合わせると、今僕たちが持っているジュエルシードは2つになります」
「なるほどな。ってことは残りは18個か」
「18?19個じゃないんですか?」
「あぁ、お前にはまだ見せてなかったよな」
シモンが計算を間違えていると思ったユーノがシモンに聞き返すと、シモンは机の引き出しを引いて中から小さな宝石を取り出す。シモンがこの世界に来るきっかけを作った元凶を。
「ジュエルシード!?でもこれは…………何でしょう、魔力が感じられないというか、魔力を使い果たしてしまった後のような……」
「俺も昨日のジュエルシードを見たとき同じことを思ったよ。お前の言う暴走を起こすジュエルシードとはたぶん違う。こいつはもう力を使い果たした空っぽの入れ物みたいなものだ」
シモンが見せたジュエルシードらしきものからは、暴走体を倒した後に出てきた光り輝くジュエルシードとは異なり、暴走を起こすような莫大な力がいっさい感じられなかった。まるで中に入っていた力が全部抜けたあとの抜け殻のように。
「ジュエルシードがこんな風になるなんて……いったい何が起きたんでしょうか?」
「それを今からお前に話す。お前が知る限りでいい。お前の意見を聞かせてほしいんだ。魔法っていう観点から見られるのはお前だけだから」
「……わかりました。聞かせてください」
そしてシモンはユーノに話す。彼の世界でうわさされた、呪われた大地のことを。そして旅の途中に立ち寄った彼が、荒野のど真ん中で見つけた輝く宝石のことを。