ドラえもんをぶん投げた日   作:通雨

1 / 3
第1話

 子猫だと思って育てていたら、虎だった。

 などと、のっけから阿保みたいな事を言ってしまったが、もちろん比喩だから安心して欲しい。そんな間の抜けた話、現実にあるわけがない。

 

 子猫みたいに小さくて、可愛かったアイツと出会ったのは、アイツが小学一年生だった時だ。

 出会った当時、私の方が一歳年上だったことも手伝って、アイツの身長は私より頭一つ分低かった。

 あんなに小さかったアイツが、今では見上げるような長身に成長しやがった事は、私としては余り納得がいかない。

 中学ニ年生だというのに180センチもあるというアイツは、いまだに成長中らしい。

 この間など、「身長は187くらいで止まってほしいんですよね。190以上だと、なんかデカすぎるって感じしません? タバコ吸えば成長止まるっていうけど、タバコは校則違反だしなあ」と言っていた。

 校則違反以前に、この国では未成年の喫煙は許されていない。

 だいたい、全国には身長を伸ばしたくてカルシウムの摂取に余念がない方々がたくさんいるのだ。

 私だって、毎日然程好きでもない牛乳をせっせと飲んでいるというのに、喧嘩売ってやがるのか。

 そんな私の身長は、どうやら160センチで頭打ちらしい。

 私は中学三年生の女子であるということを考えると、これからなんとか1センチでも伸びてくれれば儲けもの、いや、むしろ縮まなければ超ラッキーくらいに考えておかなければならない。

 私の一つ上の姉は、170センチもありやがるので、私もそれくらいまでは伸びるのかな、という展望を持っていたのだが、人生とはままならないものである。

 

「センパイは、ちょっと小さいくらいが可愛いですよ」

 

 アイツこと、滝岡虎雄の言葉に私は嘆息した。別に160センチは女子としては小さくない。お前がデカいだけである。

 虎にじゃれつかれる猫の気分だ。

 もちろん、比喩なので、安心してほしい。

 

 

 

 私は姉の影響で小学生の頃、少林寺拳法を習っていた。

 私たちが通っていた小学校の敷地には、コミュニティセンターが併設されていたのだが、そのコミュニティセンターの中にあった武道場では、火、木、土曜日は剣道。水、金、日曜日は少林寺拳法のカルチャースクールが開催されていた。

 当時小学二年の女子にも関わらず、姉は父親が集めた、『サラブレッドと呼ばないで』だの『オッス!少林寺』だの『旋風の橘』だのという格闘マンガを読破していたので、どこからかカルチャースクールの噂を聞きつけた姉は、速攻で両親に「剣道でも少林寺でもどっちでも良いから、どっちか習いたい!」と懇願した。

 格闘マンガを集めているだけあって、自身も格闘技や武道を好んでいた父ーー若い頃はボクシングをしていたらしいーーは、姉のお願いに即答でOKを出した。小学生の娘が怪我でもしたらどうするんだ、少しは止めろよ、と私は思った。

 その点、母は少し悩んでいたのだが、「剣道は竹刀とか防具とかにお金がかかるから、少林寺にしなさい」と言って、結局OKを出した。悩んでたのは金の問題かよ、怪我の心配はしないのかよ。

 まあ、別に姉が少林寺拳法を習おうがどうしようが私には関係ないか、と適当に放置していたのだが、お姉ちゃんが習うんなら貴方も一緒に習いなさい、という母の厳命によって、私も何故か少林寺を習わされる事が決定した。

 私としては、拳法なんて野蛮ですわ、わたくし、お華かお琴を習いたいですの、なんて嘯いてみたかったのだが、小学校低学年の子供である姉を、放課後に一人でコミュニティセンターと往復させるのも、妹である私を家に一人で留守番させておくのも、母としては絶対できない事だったらしい。

 姉妹二人とも習わせて一箇所に固めておいた方が、見守りやすいという判断だったのだろう。

 こうして、いたいけな少女であった私が、少林寺拳法などという、殴った蹴った投げた極めたの世界に飛び込む事となったのである。

 

 さて、不承不承ながら少林寺拳法を習い始めた私だが、これが意外と私の性に合っていた。

 道場には少年拳士の部ーー少女の場合も少年拳士というのであしからずーーしかなく、大人といえば道場責任者の優しいおじいちゃん先生か、拳士たちの保護者くらいしかいなかったのが良かったのかもしれない。

 顰めっ面で厳しい、如何にも拳法家といった雰囲気の人が指導者だったら、私は三日で挫折していた自信がある。

 正直いえば、とりあえず最初は付き合いで通って、嫌になったら辞めてやろうと思っていたのだが、通い始めて一カ月もする頃には、私は拳法の魅力に嵌っていた。

 突きだの蹴りだのを多少まともに打てるようになった時は嬉しかったし、新しい技を覚えていくのは楽しかったし、初めて昇級考試に受かって白帯から黄帯になった時など感動を覚えた。

 

 そして、そんな日々が一年ほど続いたある日、一番下っ端だった私に後輩が出来ることになったのである。

 その後輩は、おそらく母親の趣味であろうおかっぱ頭に、コイツもしかして私より可愛いんじゃないかと思わせる相貌を持ち、黄帯の実力を持つ私が殴ったら折れてしまいそうな肢体の、まるで女の子のような容姿だった。

 まるで女の子、という表現から分かる通り、ソイツは実際には男の子で、自らの貧弱っぽい見た目にコンプレックスを持っていた。

 今にして思えば、小学一年生なんて皆ひ弱なのが普通なのだから、あまり気にするような事でもないと思うのだが、当時のソイツ、滝岡虎雄には我慢ならない事だったらしい。

 

「今日からお世話になります。滝岡虎雄です。よろしくお願いします」

 

 おチビちゃんにしては礼儀正しく、かしこまった態度でそう言った虎雄に対して、ヤンチャだった姉は、「虎っていうより、子猫ちゃんみたいだな」と、からかうように言った。

 虎雄は唇をへの字気味にしながら眉間に皺を寄せる。

 そんな反応が餌を取り上げられた子猫みたいだったので、姉の言う通りだと思った私は、思わず吹き出して笑ってしまった。

 ウチの道場の先生は、常に優しいおじいちゃん先生であるが、礼儀に関連した事には結構厳しい。

 後輩の精一杯の挨拶をからかい、笑ってしまった私たち姉妹は、その後こっぴどくおじいちゃん先生に叱られた。

 虎雄の私たちに対する初対面での印象は、自分の挨拶を笑った失礼な姉妹、という甚だ芳しくないものであったが、存外すぐに彼は私たち姉妹に懐いた。

 姉も私も、可愛い弟が出来たみたいで嬉しくなり、何かと言うと虎雄の事を構いたおした。

 

「とらお、私のことはお姉ちゃんと呼んでいいぞ。ウチの妹は生意気だから、私のことをお姉ちゃんとは呼んでくれないんだ」姉は虎雄にそう言った。

 

 確かに私は、普段姉の事は名前で呼んでいる。

 一個上の姉なんて、名前呼びで充分だと思っていたし、姉自身も名前で呼ばれる事を納得していると思っていたのだが、実は姉は、「お姉ちゃん」と呼ばれる事に憧れを持っていたらしい。

 虎雄は素直に、姉の事をお姉ちゃんと呼んだ。

 因みに、私が虎雄に「センパイ」と呼ばれるようになったのも、この頃である。

 実は私は、「センパイ」と呼ばれる事に憧れを持っていたのである。

 

 虎雄は、見た目は貧弱な少年であったが、運動センスは意外と高く、技を覚えるのは早かった。

 私の得意技であった送り小手返しを、一目見て覚えた時など、なんだコイツ、虎雄のくせに生意気だぞ、と思ったものだ。

 

「センパイの送り小手返し、綺麗だから見本にしやすかったんです」

 

 などと、殊勝なことをいう虎雄に、私の機嫌が直ったことは言うまでもない。

 

「とらお、アンタなかなか見込みあるね。わたしの必殺技も教えてあげるよ」

 

 虎雄が私の得意技である送り小手返しを習得した事が面白くなかったのか、姉はそう言って、虎雄の手を引っ張って道場の隅へ連れて行った。

 姉は子供の頃からかなり大雑把な性格で、小手返しの様な細かい技術を要する技は苦手としていた。

 虎雄のくせに送り小手返しなんて技を覚えられた事が生意気だったのか、それとも、虎雄が自分の得意技ではなく、妹である私の得意技を覚えてしまった事が癪に触ったのか。

 どちらが正解かはわからないが、姉は道場の隅っこで虎雄に対して、左裏拳、右振り打ち、右上段蹴り、左後ろ回し蹴りの必殺コンボを放った。

 打撃の受け方などまだ知らなかった虎雄は、四連撃全てを綺麗に当てられ、道場の畳にすっ転がった。

 当てた方である姉は、「と、とらおー! 大丈夫かーっ!」と慌てた様に叫び、虎雄に駆け寄った。

 結構抜けたところのある子供だった姉は、虎雄がまだ防御の仕方を習っていないという事をうっかり忘れていたらしい。

 まったく、ヤンチャな姉である。

 

 

 

 私たち姉妹と虎雄は、道場以外でも遊ぶ程度には仲が良かった。

 ある日、虎雄が私たちの家に遊びに来たとき、ドラえもんのドンジャラをやったことがある。

 ドンジャラってなんだよ、知らねーよ、という人は、簡易麻雀だと理解すれば良い。

 要するに、牌を揃えりゃ良いのである。

 メンツは、私、姉、母、虎雄の四人。

 最下位になったら、罰ゲームとして語尾にニャーを付けて猫語で喋るというルールだった。

 私と姉は、子供ながらにコンビ打ちを極めていたので、お互いジェスチャーを相手に送りながら卓の下で牌渡しを行う。

 例えば、ジャンケンのグーを見たらドラえもん牌を相手に渡し、目元を撫でる仕草を見たらのび太くん牌を渡すのだ。勿論イカサマである。

 何としても虎雄にニャーニャー言わせたかった私たちは、家族打ちで鍛えたコンビプレーを存分に発揮し、虎雄を追い込んだ。

 しかし、虎雄の野郎は何故か不思議な天運に恵まれたヤツで、終盤にチョイチョイと勝ちを拾うと、オーラスで母の捨て牌から、スペシャル役である野比家セットを揃えた。

 虎雄の猫語が聴けなかった私たち姉妹が、思いきり悔しがったことは言うまでもない。

 

「今日の晩御飯はオムライスだニャー」

 

 母の猫語など聴きたくなかった。

 

「飲み物は何にするかニャ? 水かニャ? お茶かニャ? 実は、今日はコーラもあるニャー」

 

 聴きたくないっつってんだろ。

 

 

 

 ドラえもんのドンジャラは、姉が誕生日プレゼントとして買ってもらった代物なのだが、誕生日にドラえもんのオモチャをねだる事から分かる通り、姉はドラえもんの大ファンである。

 私は正直言って、放送日に暇だったら視聴する程度の興味しかない。

 なので、姉のような、むかーしむかしに上映された劇場版を態々レンタルしてきて観る人は、奇特に思った。

 ある日、父も母も家を空けていて、二人で留守番している時、姉は「ドラえもんのDVD観よう。めっちゃ感動するヤツ借りてきた」と言って、私に雲の王国とかいう映画のDVDを手渡してきた。

 まあ、暇だし、ちょっと付き合って観てやるか、と思った私は仕方なくデッキにDVDをセットした。

 感動する、という姉の言葉の通り、雲の王国は結構シリアスなところがある内容で、ノアの箱舟に擬えた天上人の計画なんかは、子供向けの割りには中々シビアだった。

 まあ結局は、自然を大切にしなければいけませんよ、という教訓的メッセージを含んでいるんだろうなあ、などと、小賢しい子供だった私は理解しながら観ていたのだが、姉はそんな私の隣で、「ドラえも〜ん」とのび太くんのような声を出して時折泣いていた。

 視聴する前から『めっちゃ感動するヤツ』などと言っていたことから分かる通り、姉はこのDVDを既に何度も観ていた筈なのだが、何度観ても泣けるというのは、それだけ姉がこの雲の王国を好きだということの証明に他ならない。

 

 だからこそ、映画のクライマックスで私が吹き出して笑ったことは、姉にとって許せないことだったのだろう。

 だって仕方ないじゃないか。ドラえもんがタンクに向かって頭から突っ込んで行くシーン、なんだかコミカルに見えて面白かったんだもの。

 いや、分かるよ。自己犠牲的ではあるけれど、心優しいロボットであるドラえもんの尊い行いなんだって、充分理解できるよ。

 でも、笑っちゃったもんは仕方ないじゃないか。

 

 姉と私が大喧嘩したことは、言うまでもない。

 突きだの蹴りだの、無駄に鋭い姉の当身を、なんとか捌いていく私。

 自分で言うのもなんだが、小学校低学年の姉妹喧嘩にしては、無駄に高度だったのではないだろうか。

 後日虎雄に、ドラえもんを理由に喧嘩した事を話してやると、「お姉ちゃんもセンパイも、大人気ないですよ」と、やんわり注意されてしまった。

 大人気ないも何も、事実、我々姉妹は子供である。

 大体、年齢的には虎雄が一番子供なのに、虎雄のくせに生意気だ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。