やんでれかるであ!   作:織葉 黎旺

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普通に真名バレするのでご注意ください


ほのぼのしてたミドキャスさんがドルセントな三夜目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、そのお取引でこのくらいの利益が入ってきそうなんですよお!」

 

「そっか、それはよかったね」

 

 目を(ドル)色に輝かせるシバの女王に対し、立夏は微笑んだ。お金の話する時のこの人は子供みたいで可愛らしいなあ、なんて思って。

 

「うふふ、ラクダゲットまでもう秒読みですよ〜、その時にはマスターにも手伝って頂きますからね?」

 

「うん、俺も楽しみにしてるよ」

 

 立夏と彼女はこうして色々話すことが多い。というのも、以前彼女がラクダを欲して一騒動を起こした際に立夏が「ラクダは飼ってあげられないけど、その分俺に出来ることは何でもするよ」などという己とラクダを等価値に見た不思議な約束をした為であり、彼女がそれに対して「それなら臓器……じゃなくて、暇な時、お話にでも付き合って下さいますぅ?」と大変淑女的な平和的約束をしたからである。以来、このようにくだらない話を不定期的に二人で行っている。

 

「マスターはこういう動物が好き、とかないんですか?」

 

「んー、そうだな……動物なら大体好きだね」

 

 もー、なんですかそれ、とシバは笑った。

 

「本当にみんな好きなんだよね。でも敢えて言うなら……猫かなあ。昔、飼ってたことがあったからさ」

 

 懐かしいなー、と目を細める立夏を見て、シバの心に一つの興味が生まれた。

 

「マスターの小さい頃って、どんな感じだったんですか?」

 

「俺のちっちゃい頃かー……確か、ゆとり教育とか何たら政権とかが問題になってたような」

 

「いえ、そういう話ではなくぅ……」

 

 そこで立夏はようやく気がつき、自身を指さした。

 

「え、俺自身の話?」

 

 そうですよ、と答えるシバ。立夏は困ったように髪をかいた。

 

「そう言われても、俺の話なんて多分全然面白くないよ? 極めて普通だし」

 

「構いません。私は、マスターの話を聞きたいんです」

 

 真っ直ぐなシバの眼差しに立夏は嘆息し、細々と話し始めた。家族のこと、友人のこと、学校のこと、趣味のこと。口に出してみると、意外と色々話すことがあって、己の人生を振り返る意味でもいい機会だったかもしれない。こんな人生を過ごしてきてたのか、と立夏は他人事のように思った。もっとも、カルデアに入ってからの方が余程他人事じみているが。

 

「ありがとうございました、いいお話でした〜」

 

「はは、まあ楽しんでもらえたならよかったよ」

 

 少しぬるくなったコーヒーを口に運びながら、立夏は笑った。

 

「でも、まだ聞けてないお話があると思うんですよぉ」

 

「?」

 

 ニヤリと笑って、シバは続けた。

 

「恋のお話、とか……」

 

「!?」

 

 コーヒーを噴き出しかけたが、ギリギリで踏み止まった。あえて避けていたのだが、普通にバレていたらしい。逆に不自然だったのだろうか。

 

「それはほら、プライバシーの侵害なので話したくありません」

 

「プライバシー、おいくらなら売っていただけますぅ?」

 

「十万QPくらい……?」

 

 お買い得ですね〜、とシバが言うと、二人は笑った。その辺、この女王は弁えていた。

 

「でもでも、話したくなったらいつでも呼んでくださいね?」

 

 多分ないだろうな、と思いつつも、立夏はとりあえず「うん」と頷いた。コーヒーを飲み始めたシバのぴょこぴょこ動く獣耳を見て、立夏も一つの疑問を投げかけた。

 

「シバもそういう話、ないの?」

 

「……んー、そうですねえ」

 

 カップを置く音が静かな部屋に響く。別に強く置いたわけでもなんでもないのだが、何となく空気が変わったな、と立夏は思った。

 

「とは言っても、昔の話ですしぃ……」

 

 生前な上に二千年以上前なのだから、本当に昔の話である。

 

「それこそ、面白い話じゃないと思いますよ?」

 

「いや、面白いかどうかなんて気にしないよ」

 

 ただ、シバのことが知りたいんだ。そう言って、立夏は笑った。何処かで見たような真っ直ぐな瞳で。

 

「うう……どうしても知りたいですか?」

 

「知りたい!」

 

「……わかりました」

 

 シバは、立てた指を立夏へと向けた。

 

「一億QPで手を打ちましょうかぁ?」

 

「ええ、お金とるの!?」

 

「当たり前です。女性のプライベートな部分なんですから、しっかり料金いただきますよ?」

 

「い、一億……サーヴァント一人をスキルマレベルマにして聖杯五個捧げるくらいの衝撃だよな……」と懐との計算を始めた立夏の耳元で、シバは呟く。

 

「でも、()の話であれば別ですよぉ?」

 

「い、今?」

 

 ええ、と言ってシバはミステリアスな笑みを浮かべる。その頬は、少し赤くなって見えた。

 

「え、相手は? 職員、それともサーヴァント?」

 

「さあ、どうでしょう?」

 

「……おいくら万QP求められるんでしょうか?」

 

 む、とした様子で、シバは立夏を睨む。

 

「マスター……私、そんなにがめつく見えます……?」

 

「うん。……って冗談だよ、ごめんシバ。そんな悲しい顔しないで、ちょっとがめついけど、そこまでがめつくないってわかってるからさ」

 

「……本当ですか?」

 

「うん」

 

 立夏は優しく頷く。

 

「マスター……!」

 

「シバ……!」

 

「それはそれとして、深く傷ついたので損害賠償請求したいです」

 

「ウソ!?」

 

「ウソですよ〜♪」

 

 ニヤリと悪戯っぽく笑って、シバは目を細めた。立夏は、「くそー騙されたー!」と頭を抱えた。

 

「むむむ、とはいえどんな人なのか気になるなあ」

 

「ふふ、マスターにならヒントをあげてもいいですよお?」

 

「やった、どんな人なの?」

 

「とっても優しい人、ですかね〜」

 

「……ダメだ、それっぽい人が多すぎて特定できねー!」

 

「もうちょっと詳しいヒントが欲しいですか?」

 

「うん」

 

 顎に手を当て、そーですねー、と少し悩むシバ。しかしその耳はピクピクと、尻尾はブンブンと、足はパタパタと、全身余すことなく動いていた。その人のことを考えるだけで楽しいのだろう。そう思って、立夏は微笑ましく思った。

 

「気さくな人で、よく私の話に付き合ってくれて、とっても鈍感で、」

 

「ふむ、まるで俺みたいな人だね」

 

「…………」

 

「いや、ごめん、冗談です。冗談ですから、そんなに睨まないで」

 

 女王はふう、と嘆息して肩を落とした。申し訳なさそうな立夏は、やっちゃったなと思いながら様子を窺った。

 

「何で睨んでるかわかります?」

 

「俺がつまらない冗談を言ったからじゃ……?」

 

「まあ、確かにそれが原因ですね〜……本当に、鈍感なんですから」

 

「え……!? ってことは、シバの気になる人って……!」

 

 目を見開いた立夏に、シバはコクリと頷く。

 

「俺!?」

 

「そうですよ!」

 

 元気よくシバは肯定した。伝説の女王は案外ストレートである。対して、立夏は動揺した。激しく動揺した。

 

「お、おおおお俺なんかでいいの!? なんで!?」

 

「だから、とっても優しくてお話に付き合ってくれるからです。それだけじゃダメですかぁ?」

 

「だ、ダメじゃないけど……俺ごときじゃシバに釣り合わないっていうか……」

 

「じゃあ私に釣り合うような立派なヒトに、これからなりましょうよ? 貴方ならきっとなれます、このシバが保障しますよっ!」

 

 真っ直ぐな好意。そんなものをこんな美人に向けられて、動揺しない男がいるはずない。立夏の心は照れと喜びと懊悩で一杯だった。彼の様子を見て、シバは目を細める。

 

「急がなくてもいいので、答えを出してもらえたら嬉しいです〜」

 

「……うん、わかった。長くはしないから、少しだけ待ってて」

 

 嬉しいようで困ったような立夏の笑みに、シバはいつかの面影を重ねながら、ゆっくり瞬きをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言っても待ち遠しいですね……」

 

 アラビアンな雰囲気の部屋の中。豪奢なベッドの上で、シバはソワソワしていた。枕に飛び込み、クッションを抱えてゴロゴロ転がる。その姿はさながら年頃の少女であった。しばしそうしていたものの、唐突に起き上がり、部屋を出る。アビゲイルにお茶の誘いを頂いていたのを思い出したからである。

 

「部屋の中にいても落ち着きませんしね〜……」

 

 見慣れた廊下を進み、スタスタと食堂に向かう。珍しく誰ともすれ違うことなく入口に着くと、中から話し声が聞こえてきた。入ろうと動くが直前で踏みとどまる。立夏とアビゲイルの声が聞こえてきた。

 

「―――が、―――――ど」

 

「まあ、――――なら、―――――かしら?」

 

 距離のせいか、会話の詳しい内容までは聞こえなかった。一旦戻ろうかとも思ったが、どうしても好奇心に逆らえず、いけないことだと思いつつも、入口の物陰でシバは耳をすませた。

 

「――――断ろうと思うんだ」

 

 その一言は、はっきりとシバの耳に響いた。どきん、と心臓が締め付けられるような感覚がした。

 

「まあ、どうして?」

 

「受けてもいいと思うんだけど――何となく、今回はやめとこうかなって」

 

 立夏の声が脳内で反響する。淡々と三周ほどして、シバの脳は冷静に事実を受け入れた。ふう、と小さく息を吐く。

 

「私は……マスターがそうしたいなら、それでいいと思うわ」

 

「うん……ごめんね、アビー」

 

「もう。謝るのは私じゃなくて、あの方にでしょう?」

 

「そうだね」

 

 そこまで悲しくはなかった。何となく、断られるような気はしていた。彼が一人を選ぶようなことはないだろうし、選ぶとしても自分ではない。そんなことは、予知するまでもなく予感していた。

 

「…………ッ」

 

 悲しくない、悲しくはないはずなのだ――だが、目頭は熱くなった。本当に好きだったんだな、と他人事のようにシバは思った。

 悔しい気持ちは当然のようにあった。だけど、答えを塗り替える力をシバは持たなかった。

 

「……彼が直接伝えてくれるのを待ちますか」

 

 答えのわかっている問答は少し切ないが――ズルをした罰だと思って受け入れよう。そう思って、食堂を後にしたその時。

 

「嗚呼――そうすれば、いいんですね」

 

 結末をひっくり返す力に彼女は気づく。お香のような甘い匂いが、した気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、マスターがスカサハさんのケルト式合宿を断るなんて意外だったわ。クーフーリンさんやフェルグスさんたちと一緒に体を鍛える様子、好きだったのだけれど」

 

「受けようと思ったんだけど、最近疲れてたしなんとなく気がひけてさ。……って、それよりも告白の返答どうしよう……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シバー?」

 

 一週間後。藤丸立夏はカルデア内をさまよっていた。答えは出たのだが、肝心のシバの女王が何処にもいない。見たという話は聞くのだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()、惜しいところで入れ違う。

 

「まさか嫌われたかな……」

 

 仮にも告白してくれたのだし、それはないと思うが、明らかに避けられている現状に立夏は少し気持ち悪い感じがした。不気味というか、嵐の前の静けさというか。少なくともいいことが起きる気は、しなかった。

 

「……とりあえず今日は諦めるか」

 

 カルデアを一周したところで、今日は無理だろうと察し、立夏は部屋に戻ることにした。足取り重く自室の前に辿り着いた時、()()に気づく。

 

「ちょ、ちょっと! 何やってるんですか!?」

 

 閉まっていたはずの扉は開けられている。そして部屋の中は、屈強な見た目の黒服の男たちに荒らされていた。より正確に言えば、ほとんど全て運び出されていた。既に部屋の中は、ベッド以外何もない。

 

「藤丸立夏だな」

 

「そうですけど……ってそれよりも俺の質問に答えろ! 人の部屋に勝手に何やっ」

 

 言葉は続かなかった。男の一人の拳が、鳩尾に突き刺さる。そのまま首元に手刀をあてがわれ、なすすべなく立夏は倒れた。数々の死線を乗り越えてきたマスターだろうと、不意の一撃にはどうしようもなかった。

 

「……おい、大切な()()だ。丁重に扱え」

 

「ああ、気をつける」

 

 黒服たちのそんな会話とともに、立夏の意識はぼんやり消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 意識が戻った立夏が真っ先に感じたのは、優しく頭を撫でられる感触だった。次いで、嗅ぎ慣れてはいないが嫌いではない、そんな感じのお香の香り。最後に、後頭部に妙な柔らかさと硬さを感じて、ゆっくりと目を開けた。

 

「あら、お目覚めですね〜」

 

「し、シバ!?」

 

 立夏が目を覚ましたのはシバの部屋の中で、シバの膝の上であった。嬉しそうに、愛おしそうに頭を撫で続けるシバに、立夏は少し怒気を込めて話す。

 

「俺、シバのこと必死に探してたんだけど……ここ数日、絶対俺の事避けてたでしょ」

 

「ええ」

 

 隠す気もないようで、女王は即答で頷いた。

 

「会う訳には行かなかったんです、準備が終わってなかったので」

 

「……?」

 

 いつもと雰囲気が違う、と立夏は思った。そして、意識を失う直前のことを思い出す。

 

「そうだよ、それよりも俺はなんでここに……!? 黒ずくめの奴らに気絶させられたはずだけど……ッ!」

 

 視界の端に見慣れたクローゼットが映る。礼装を仕舞っているそれは、立夏の部屋に置いてあるものだった。続いて机、食器、ポット。いずれも部屋に置いてあったもの。彼は、全てを察した。

 

「まさか、シバ……!」

 

「ええ、買いました」

 

 女王は妖艶に微笑む。

 

「貴方の物、職、戸籍、個人情報――みんなみんな、もうこのシバの物です。契約書とかはちゃんと読んだ方がいいですよ? こんな風に、すげー取り返しのつかないことになりますからね?」

 

「そんな……!」

 

 シバが目を付けたのは、立夏とカルデアとの契約書だ。魔術協会から少し離れているとはいえ、このような怪しい施設なのだからもしかしたら、としっかり契約書に目を通すと、『尚、当施設職員の権利は、当施設内に限り、アニムスフィア家が管理する』という一文があった。後は簡単である。アニムスフィア家の遠縁から、藤丸立夏の権利を購入した。

 

「貴方はもう何も心配しなくていいんですよ〜。人理の為に働く必要も、私以外のことを考える努力も必要ありません。だってもう、頭からつま先まで全部、私のモノなんですから」

 

「シバ、俺は……ッ!?」

 

 反論はさせてもらえない。口は唇で塞がれた。魔術でも使っているのか、抵抗する力は全く沸いてこなかった。

 

「……答えなんて、もういいんです。塗り替える時間はたっぷりあります」

 

「シ……バ……」

 

 口の中で何かが溶けていく。さっきのキスで薬でも仕込まれたらしい。思考が、まとまらなくなってきた。ふらつく頭で必死に、答えを伝える。

 

「おれは、きみが――――」

 

「うふふ、眠くなってきちゃいましたか〜? いいんですよ、自分に素直になって。私が全て、満たしてあげますから」

 

 ベッドに沈み込むように覆いかぶさられる。言葉は雲散霧消した。そっと瞼を閉じる。

 

 

「――愛してます、所有物(マスター)


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